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ワイシャツを着たネコ

/ワイシャツを着たネコ
※この作品には官能シーンが含まれています。
ワイシャツを着たネコ
written by ウルラ
illustrated by 朱烏

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 - 1 -

 ミューロは憂鬱な気分だった。
 気晴らしに白いレースカーテンの外に見える公園にでも散歩に出かけようと思っても、地を駆けるための四つ脚はなかなか立ち上がろうと動いてはくれない。紫色の毛を纏った彼女の身体は、主人が気に入っている赤いソファに沈み込んでしまっていた。
 鼻先をソファにつけて息を吸えば、主人の匂いが鼻腔を満たしていく。しかし肝心の彼は今は仕事でこの家を留守にしていて、今はひとりしかいない。それ自体が憂鬱にさせている直接の原因ではないものの、要因の一つにはなっていた。

 彼女の心が沈んでいる原因は、紛れもなくその主人にあった。
 彼女は主人の事が好きだった。それはトレーナーとしてではなく、ひとりの異性として。人間である主人に恋い焦がれてしまった事に彼女自身は何も負い目は感じてはいない。だが人とポケモンという壁は予想した以上に厚かった。
 ポケモンである彼女の言葉は、当然人間には通じない。人間の言葉はある程度までは理解できるものの、それを声として出すためにはあまりにも口の形が違いすぎた。それに理解までは出来ても、それをどのように人の言葉に当てはめていけばいいかまでは分からない。言葉で直接伝えることは無理だった。
 ならば行動で示したらどうだろうかと、これまで何度か彼に対して積極的なアプローチを仕掛けてみたことはあった。ただそれはどれも失敗に終わってしまった。ソファの上で足を伸ばしながらなるべく主人に腹部が見えるように座ってみても、軽く頭を撫でられるだけ。次は人間にとっては口と口を合わせることが親愛を示すものだと知って、口元を舐めてみたものの、甘えていると取られて思いっきり撫でられた。これはこれで彼女にとっては嬉しいものだったが、望んだ結果ではなかった。これならどうだろうかと、はっきりと分かるように大胆に尻尾を上げて後ろを見せつけてみても、彼はほんの少し苦笑いを浮かべただけ。どれも主人が彼女の気持ちを理解するには至っていない。
 いっそのこと自分から夜這いして無理矢理にでも分からせてしまおうかとも考えたことがあるものの、それは彼の気持ちを無視してしまうことになるとそれだけは堪えていた。あくまでも気持ちが彼に伝わった上で、彼からの返答が彼女は欲しかった。ただ、あまりにも伝わることのない現状に苛立ちを隠せずに、思わず主人のことを「このニブチン」と罵ってしまったこともあったが。これも彼は「どうしたの」といつものように頭を撫でてくるだけに終わった。

 ため息をついていても仕方がないと、首を横に振ってそれまでの失敗を頭から消していく。とにかく気を落ち着けようといつものように洗面所へと向かう。白い陶器の洗面台の近くには洗濯機が置いてあって、その下には洗濯物を入れていく籠がある。そこに前足を入れて、彼の洋服を取り出す。彼が仕事で使った白いワイシャツだった。軽くその生地を鼻先につけて吸うと、彼の匂いが再び鼻奥を満たす。こうしているとそわそわとしていた気分が落ち着いてきて、何とも言えない幸福感が心を満たしていく。この様子を主人に見られてしまったらどうしようという恥ずかしい気持ちはあるものの、もう既に日課のようなものになっていて止めようにも止められなくなっていた。
 そのワイシャツを口に咥えたままリビングへと戻ってきて、赤いソファの上に再び座り込む。匂いを十分に堪能した後は、彼がこの服を着るときにそうしていたように、ワイシャツをまず羽織る形にしてから、袖の中に前足をゆっくりと通していく。チョロネコの時の手の器用さが、進化してからも少しだけ残ったのは彼女にとっては幸いだった。襟元が丁度首に当たるところで、もう片方の袖も同様に足を通していった。彼のように腕は長くないから袖の先から足先が出ることはない上に、人の指のような器用さはさすがに持ち合わせてはいないためボタンは閉じられない。ただそのワイシャツを羽織るだけでも、彼女は彼に包まれている気がして心が温まっていくのを感じていた。
 それと同時に他のところも火照り始めてしまっていて。袖を捲って右の前足を出して、下腹部と太ももの裏に前足を滑らせてから目的の箇所に添える。案の定そこは水気を纏って湿っぽくなった秘所があった。このまますれば彼のシャツを汚してしまうかもしれないという考えが浮かんだが、彼女はどうにも堪え切れずに表面を前足で撫でた。背中を撫でるような甘美な刺激にじんわりと下半身が熱を帯びていくのを感じながら、その刺激がもっと欲しいとより強く肉球をそこに押し付ける。いつの間にか息を止めていたわけでもない、走ったわけでもないのに、彼女の口からは息が漏れて肺がもっとと酸素を求めてきた。要求通りに息を吸いこめば、それは口から淡いため息となって吐き出される。
 やがてその息が艶を帯びてくるようになるころには、彼女は自らの指先を中へと入れ込んでいた。爪を立てないように丸め込んだ状態の中指を押し付けるようにして、快楽を貪る。足先の肉球で押す度に、彼女の身体が小さく跳ねた。
 体を震わせて何度も何度もそれを繰り返すと、途端に眉間に大きくシワを寄せる。押し殺した嬌声が、彼女の口から漏れる。天に伸ばしていた足が力なくソファに落ちて何度か反発をしてからやがて落ちつくと、その頃には彼女は恍惚とした表情を浮かべながら深い呼吸をゆっくりと繰り返す。
 彼女の瞼は、やがて閉じられていった。



 - 2 -

 先程まで真上にあったはずの太陽はいつの間にか落ちて、建物の影を膨らませていく。そのまま影が街全体を覆う前に、街頭がぽつぽつと点灯を始めた。そんな様子をここグランドホテルの窓から眺めるのは、いつものことだった。しばらくすればここから見える景色は一面の夜景に変わる。ここから見えるミアレシティの夜景は、このホテルの売りの一つでもあった。しかしそれもほぼ毎日のように眺められる自分からすればいつものことであるし、普遍的な光景でしかない。それでもたまに眺めれば、やはり目を見張るほどに綺麗ではあった。
 窓から視線を外した彼は、再びベットのシーツの端を掴んで二、三度手前に引く。するとマットレスの上にあった白いシーツがまっすぐに伸びて、目立った凹凸のない綺麗な面になる。あとはそれをマットレスの下に入れ、毛布などを正せばこの部屋を最後にこの階層の仕事は終わる。最終チェックを終わらせると、彼はその部屋を後にした。

 スタッフルームへと向かって、その後日報を書いて今日の勤務は終了……。
 そんな残りの作業を彼は考えていると、廊下の先から宿泊客がポケモンを連れて歩いてくるのが見えた。白いワンピースを身にまとった若い女性のすぐ足元に、すらりと伸びた鼻先を持つ黒いポケモンが見える。ヘルガーと呼ばれるポケモンだったろうかと、記憶を頼りに彼は思い出した。一礼をして通り過ぎるのを待ってから、再び歩き出す。下を見ていた視界の隅に少しだけヘルガーがこちらを怪訝そうな顔で見ていたことを思い出して少しだけ苦笑すると、エレベータへと乗り込む。
 そういえば家にいるミューロは大丈夫だろうかと、自身のポケモンであるレパルダスの姿を思い出す。今までそっけない態度を取っていた彼女が体を擦り寄せてきたりお尻を向けたりと、ここ最近妙な行動が目立つ。実家を離れて自身だけが世話をするようになって懐いてきたのか、それとも仕事で出ている間は退屈でストレスが溜まってしまっているのか。場合によってはまた実家に行った時にミューロを置いていく、という事になるかもしれないと、開いたエレベーターの扉から出ながらそう考えていた。

 そこからはスタッフルームに戻って日報を書いて、同僚に軽く挨拶をして帰宅の途についた。ミアレの夜もまだ賑やかな繁華街を横目に、駅へと入り停車していた列車に乗り込む。
数十分ほど列車に揺られながら船を漕いで、気づけば自宅最寄りの駅についていた。そこから数分歩いて自宅へ。平日の、いつもと全く変わらない帰宅だった。唯一違うのは、明日から大型の連休、というところだろうか。世間の連休期間はもうとっくに終わってはいるが、それが一段落したため休める従業員から随時連休を取る形になっている。
 ただ、ここ最近の忙しさからか連休中に何をしようかなど考える暇もなく。気づけば明日からその連休だというのに、一切の予定も考えてはいなかった。去年のように、どこへ行こうかと考えながらも結局家の中でゴロゴロとする毎日になりそうではある。
 そんなことを考えながらも家の鍵を開けて中へと入る。もちろん、ミューロのお迎えはない。彼女のチョロネコからの、勝手気ままで誰に対しても素っ気ない性格を知っている自分からすると、彼女がお迎えしてきたら逆に何かあったんだろうかと心配になるくらいだ。
 リビングへと入り、扉のすぐ横にある明かりのスイッチをつける。いつものように赤いソファに腰掛けようとしたところで、足が止まる。そこにはいつものようにお気に入りの赤いソファで眠るミューロの姿があった。いつものように、ソファをまるで自分専用のベッドのように。丸まっている、はずだった。その場にあるのはあまりにも不自然なものがそこにはあった。確か昨日洗濯かごの中に入れておいた自分のワイシャツを、ミューロが着ている。幻でも見ているのだろうか。ここ最近の妙な行動が、とうとうここまでエスカレートしていたとは思いもよらなかっただけに、いつものようにただいまと声を掛ける事もできない。そしてここまで来たらいつもなら眠たげに首をもたげてくる彼女も、すっかりと寝入っている。
 いつの間にか止まっていた息を吐き出して、もう一度深く息を吸った。突然の出来事に頭が追いついていないどころか、自らの生命活動すら捨ててしまいそうだった自分の頬を抓ってこれが夢でないことを確かめる。今では非常に廃れたような確認方法ではあるし、そもそも痛いからとって夢である確証なんてない。それでも、今のこの鮮明に映り、自分の動かしたいように体を動かせるこの状況は、それ自体が夢ではないことを暗に告げていた。
 ゆっくりと足音を立てないようにしてミューロに近づいていく。彼女の呼吸は聞こえている限り深いものだった。近づいている中で、ワイシャツにシミのようなものがついてるのが目に入った。それが特に気にも留めないような場所であればよかったものの、それはちょうど彼女の股座の元にあった。そして非常に運が悪い事に、今のミューロの背が丁度ソファの背もたれとは逆の方を向いていて、尾が床にしなだれていた。有り体に言うのであれば湿ったように色が変わっている彼女の黄色い体毛と、それに囲われた桃色の箇所をはっきりと目視してしまっていた。今までミューロと共に暮らしてきてその箇所が目に入るようなことは何度かあった。それでもその時には果たして今のように心臓が波打つようなことはあっただろうか。今この状況下に置かれて、首を強く横に振れる自信など無くなってしまった。
 生唾を飲み込んだ音が、自分の喉から聞こえてきた。



 - 3 -

 身体に走るむず痒さと、聞こえてきた妙な音。そして自らの下腹部がじんわりと火照っていく感覚で、ミューロは瞼をゆっくりと開く。
 彼女の目に飛び込んできた光景は一瞬で暗闇になった。目の前で起きている事がもし本当で、夢でないのなら、彼女はここで起きている事を悟られたくはなかった。もっとも、もしこれが夢だとしてもきっと彼女はそうしていた。
 彼女にとって一番愛しいその人が、自らのほとに指を触れさせていた。混乱しそうな頭の中をどうにか鳴き声を上げない程度に落ち着かせる。今起きているこの状況を理解するために寝る前までの記憶を辿っていく。そこで彼女は気づく。いつ彼のワイシャツを片付けただろうか、と。
 見れない分敏感になっている股座を滑る彼の指先の動きで、口から息を吐きながら目を瞑ったまま両前足を少しだけ動かす。ソファの表面を擦る感覚と、その間に薄いきめ細やかな布地の感覚が返ってくる。どうやら戻すのも忘れて寝入ってしまったまま彼が帰ってきてしまったようだった。
 ばれたくはなかった日課が完全に彼にばれている。ばれているはずなのに、なぜ彼はこうも息を荒げて、ひとの股座に手を差し入れているのか。なぜその指先が中を堪能するかのように動き回っているのか。疑問は尽きない。それでも彼にこの行為をやめてほしくはない自身が彼女の中には確かにあった。むしろこれは望んでいたことじゃないのかと、状況を理解して、もやもやとした感情が歓喜へと変わっていく。順序がちぐはぐのまま一線を越えようとしているこの状況下であっても、彼女の心ははっきりとこのままを受け入れようとしていた。
 やがて彼の指はミューロの股座から離される。次は何をするのか、それともここで切り上げてしまうのか。彼女は目を開けて彼が次に何をするのか確かめたいのをただ堪える。起きた直後はまだ彼が指先に集中していたこともあり気づかれてはいなかったが、彼が何をしているのか分からない上に、仰向けのままの彼女が目を開けてしまえば起きていることを気づかれてしまう。彼女が今分かるのは、頭に響くような彼女自身の心臓の音と、彼の荒くなった息遣い。軽い布擦れと粘着質な水音がそこに加わる。
 一瞬だけ、彼女は吸い込んだまま息を止めた。指にしては大きく熱を持った何かが、彼女のほとに軽く当てられる。それが一体何なのか。彼女はよく分かっている。脱衣所で彼の一糸纏わぬ姿を見かけた時に、反射的に見てしまったそれを。そしてこれから彼が何をしようとしているのさえも。何度かそのまま擦るように上下したり、やや強めに押し付けられる度、むず痒さで彼女は声を漏らしてしまいそうになる。やがて何度かそれが繰り返されてから、彼が深く息を吸い込んで、ゆっくりと息をまた吐いた。ぐっと、今までよりも強く押し付けられるそれに、彼女は知らず知らずのうちに身体を強張らせる。それの先端が、彼女のほとに入り込んでくる。下腹部に感じる異物感と、中を押し広げられる感覚を味わいながら、彼女の体温は徐々に上がっていく。閉じていたはずの口は半開きになり、浅く息をつく。ようやく半分ほどが入ったところで、彼女の柔らかな腰に彼の手が当てられる。いよいよだと、彼女は覚悟を決めた。彼の手に力が込められる。
 一気に奥まで突き立てられた彼のものに、彼女は半開きの口から小さく声を漏らす。彼女は急激に圧迫感を増した下腹部に力を入れて、声もなく彼に小さく抗議した。それ受けてなのか、彼は小さくうめき声を上げる。意外なことに痛みは彼女にとってさほど強くなく我慢できるものではあった。それでもゆっくりと奥まで入れてくるものだと彼女は思っていたものだから、彼の大胆な行動は予想外だった。
 落ち着いてきたところで、彼は再び動き出す気配を彼女は感じ取る。ほとに入り込んでいた彼のそれは徐々に抜き去られて、丁度半分の辺りで止まる。そして、再び奥へと入り込む。ゆっくりとした抽送ではあったが、それでも人間とレパルダスの身体の差は大きい。それだけでも、ミューロは下腹部に熱が籠もっていくのを感じていた。彼がそれを繰り返す度に、彼女の太腿に彼の大きな脚がぶつかる。彼の手が彼女のすらりとした腰をなぞるようにして移動する。時折、その手は側面から腹の上へと移動して、手入れをされたさらさらの毛並みを愛でられる。その毛の裏に隠された小さな幾つかの突起に何度か指が引っかかり、声を出しそうになるのを彼女は堪える。ゆっくりとした彼の愛撫とほとへの抽送で、彼女は頭がぼんやりと熱を持っていくのを感じていた。やがて彼が動くと時折、粘着質な水音とふたりの荒い息遣いが部屋に響くようになり始める。徐々にそれは激しさを増して、最早抑えられなくなった嬌声を彼女は出し始める。それでも目を開けようとはしなかった。最早それは起きていることを知られたくないためではなく、意地に近いものだった。
 ふと、彼が動きを止めた。彼女は戸惑ったが、突然彼の手が彼女の尻を抱えて持ち上げた。急に持ち上げられたことに思わず声を上げそうになるが、咄嗟に口を閉じてうめき声に留める。されるがままでいると、ずしりと背中のソファが沈み込む。彼がモノを入れたままで彼女の上を跨ぐ体勢に変えたからであった。
 腰を半分浮かされたまま、彼は再び動き出す。奥に突き出された彼のものが、今まで軽く当てられるだけだった最奥に、強く押し付けられるようにぶつけられる。閉じていた口が開いて、息が押し出され微かな喘ぎ声が出る。彼も刺激が強いのか、呻くような声を出しながら幾度となくモノを子袋の口に突き立てる。水音、息遣いが大きく部屋に響く。声はどちらともなく押し殺したようになっていく。互いの熱を受け渡し合いながら、高まっていく。
 閉じた瞼の裏で火花が散った。最奥に一層強く打ち付けられた彼のモノから、熱い滾りが放たれる。彼女は彼のモノが自分の中で脈動するのを感じて、深く息を吐き出す。満たされたようなそんな感覚に、彼女は恍惚としていた。そんな長いようでいて短い幸福な時間は、やがて息を整え終わった彼がモノを抜こうとしたところで終わりを迎える。そのはずだった。彼女は咄嗟に自らの長い尻尾を彼の脚に巻きつけたのだった。悪くはなかったが、彼女にとってはあともう一歩物足りなかった。
 それが通じたのか。それとも単に彼の火に再び薪を焚べただけだったのか。彼女が望んだことを、彼はもう一度始める。
 熱はまだまだ冷めそうにはない。



 - 4 -

 火に炙された油がはねる小気味良い音と、鼻奥をくすぐる香ばしい匂いが、閉じられていた彼女の瞼をゆっくりと開かせた。
 ふとすればまどろみに落ちそうな気を持ち上げる。ミューロは前足を組み直して、そこに顎を乗せた。光が差し込むカーテンの隙間を眺めつつ記憶を辿れば、昨夜の行為がありありと目に浮かぶ。長い夢だったのかもしれないとミューロは考えた。着ていた彼のワイシャツは無くなっている上に、ソファには染みも残っていない。彼女の体毛はいつもどおりさらさらとしたまま。しかしそれでも身体にのしかかる倦怠感と強く残る彼の匂いに、はっきりと否定される。
 彼女の後ろから声が掛けられる。おはよう、と言う彼の声は、いつもどおりのものだった。それに対しいつものように尻尾を振ることで返す。今はなおさら彼に顔を向けることが出来ない。それに加えて、彼があの夜の後にどう接してきてくれるのか、気になったからでもあった。
 それからは彼と彼女にとってのいつもどおりの朝が過ぎ去っていった。少しだけ違うのは、彼が外へと働きに出る時間になっても、いそいそと支度をし始めていないことだった。何日かに何度かある仕事がない日、それが今日なのだろうと彼女は思った。だからこそなのかもしれない。彼女が彼に期待をしたのは。しかし待てども待てども、彼は何もしてこない。それどころか、いつもなら何の気無しにソファに座り込んで毛並みを堪能するためだけに撫でたりもするのに、今はテレビに目を向けるばかり。その番組が気になるわけでもなく、ただぼうっと空虚に眺めている。つまらなければすぐ止めてしまういつもの彼ではない事は、彼女にさえ分かった。意図的に接する事の出来ない理由を作られている気がして、彼女は身体の奥が締め付けられるような、そんな心地の悪さを感じ始める。
 それならと、彼が眺めている目線の前まで歩いて、そこで陣取ってみる事にした。彼はふと目に入って来た彼女を見て、はっと何かに気づいたようにリモコンのボタンを押してテレビを切る。そこから、彼女の頭に手を伸ばして軽くひと撫でしてから立ち上がった。買い物に出て来るね、と彼は彼女に目を合わせる事無く、クローゼットを開いて出かける準備をし始める。
 結局彼が玄関から出ていくまで、昨夜のことについて口を開くことはなかった。
 彼女は分かってしまった。彼が今一体どういう考えでいるのか。昨晩に帰ってきた時に彼女が彼のワイシャツを羽織って寝入っているところを見たことには間違いない。そうでなければ彼が昨夜彼女にしていたことの、繋がり合っていた事の説明が付かなくなってしまう。彼の情欲を刺激した一夜限りのことであっても、彼女にとってあれは嬉しいことだった。それなのに、彼はきっとこのことを無かったことにしようとしている。あの夜に起こったこと全てを忘れてしまうことを望んでいる。そう分かってしまった。
 仕方がない、人とポケモンの壁は大きすぎる。それは今まででも分かっていたこと。そう自分の中で結論づけてどうにか気持ちを落ち着けようにも、彼女の視界はぼやけていくばかりだった。止めようと瞼を下ろせば、瞳に溜まっていたものが行き場を失って頬を伝う。彼女は声も上げずに、立ち尽くしたままでいた。
 彼女はしばらくして、力のない足取りで洗面所へと向かう。あれから洗濯機は回されてはいないから、まだ残っているはずと洗濯カゴの中身を見る。案の定そこには彼のワイシャツがまだ残っていた。彼は今日仕事ではなく買い物に行っただけで、すぐ戻ってくることは分かっていた。しかし既に彼にはもうバレてしまっているのだからと、彼女はいつものようにカゴからそれを引っ張り出してソファへと半ば引きずりながら持っていく。赤いソファの上に乗り、彼のワイシャツを羽織ってから袖に腕を通す。一通り着込んでから、力なくソファの上に倒れ込んだ。ふわりと舞った彼のにおいに包まれるが、それでも心は落ち着いてくれない。それどころか、一度はおさまっていた感情が再び溢れ出してしまう。歪む視界を断ち切りたくて、彼女は瞼を閉じた。

 ――誰かに名前を呼ばれた気がして、ミューロは閉じた瞼を片目だけ開いた。
 高い位置から見下ろす顔。その顔は今でも覚えてる彼の顔だ。気になるのは彼がまだ小さかった頃の顔立ちをしていたこと。それに彼女自身の視線の位置もいつもより低い。そして勝手に自分の口から、チョロネコの頃の鳴き声が出た。自分の思うように動けないことから、彼女はこれが昔の記憶を夢で見ているんだとすぐに理解した。記憶の奥底から取り出してきた割には鮮明なその記憶に、ミューロは苦笑した。何もこんな時に見せなくてもいいのに、と。
 出会った時から、彼女は彼にミューロと呼ばれていた。彼の父親がチョロネコだった私を誰かから譲り受けたと言って渡す際に、彼が一番に名前を考えたのだと言う。最初に顔合わせをしたのも彼だったし、一番最初にその名前で呼んだのも彼であった。
 そんな彼に最初はひどくそっけない態度を取っていたのをその記憶から思い出す。彼が挨拶をしても鳴き返す事も、今みたいに尻尾で返す事もしなかった。触ろうとすればその手を抜け出して別の場所で丸くなったり、機嫌が悪いときは威嚇さえもした。
 無愛想なミューロに、真っ先にお手上げ状態になったのは彼の両親の方だった。それでも彼だけは、コウだけはめげずに毎日挨拶やスキンシップを繰り返してきた。時には彼でさえも彼女が全く懐いてこないことに不貞腐れて、両親に慰められていたこともあった。それもしばらくしてからはなくなり、多少の距離感は取りつつも決して諦めはしなかった。それでも彼女は手で触れられれば逃げ、挨拶をされては無視するような、そっけない態度を繰り返し続けた。
 その毎日に転機が訪れたのは、彼女が進化の時を迎えた時だった。その時の光景を見ながら、彼女は思わず口元をゆるめた。その先の出来事を知っているからだった。チョロネコからレパルダスへ、体格も顔つきも大きく変わる。恐らく両親はチョロネコの進化先など知らなかったのか、予想だにしていなかったその変化に、二人の顔から怯えの表情がありありと浮かんでいた。そんな時でもコウは少しだけ驚いた表情を見せただけで、すぐに寄ってきた。危ないと警鐘を鳴らす両親を尻目に、彼は笑顔で目線を合わせておめでとうと言った。彼女は彼の変わらない態度に呆然としていて、その時だけは彼女の頬に添えられていた、彼の幾分か大きくなった手からすり抜ける事を忘れていた。
 それからは彼女の考え方も変わり、コウを受け入れるようにはなった。ただ彼女の今までの、チョロネコだった頃の接し方からいきなり変える事は今更出来るわけもなく。普段通りのそっけない態度を取り続けた。すると当然彼も普段通りに彼女に接してくる。進化してから一ヶ月ほどそれが続いて、とうとう彼女は根負けしたのだった。撫でられても機嫌のいいときはそれを受け入れ、呼ばれた時は最低限の動きで返すようにした。そんな些細なな変化でも彼は大層喜んで、より進んで彼女と接してくるようになった。
 そんな毎日のベタつきぶりに、両親がまるで恋人みたいだと揶揄したのは、コウがちょうど思春期を迎えるか迎えないかの頃だった。ミューロはそれを聞いて全身の毛が思わず逆立ちそうになったが、それを何とか押さえ込んだ。コウはその言葉に顔を真っ赤にして何度も否定していた。それは絶対にない、と。その言葉を聞いて、彼女はなぜだか妙に不機嫌になって、不貞腐れて無愛想な態度をしばらくとり続けたことがあった。それを思うと、あの時から既に彼に思いを寄せていたのだろうと彼女は改めて気づく。
 彼が必死に否定する気持ちがその時こそ彼女には分からなかったが、その後に人とポケモンの間には隔たりがあることを知っていった。それは両親の会話であったり、テレビから流れてくる名も知らない人達の世間話であったり。人とポケモンは距離こそ近いとはいえ、人生の伴侶としては遠い存在である、と。だからこそ彼は世間体を気にして、彼女を意図的に遠ざけた。毎日挨拶をしてきたり、撫でてくるのは変わらない。ただ、抱きしめてきたり頬をすり合わせたりするような、両親に過剰だと判断されるスキンシップは取らなくなっていった。
 彼は昔からそうだった。周りの人の目を気にして、自分を抑える事が多々あった。それでも彼女は諦めなければ彼に通じると考えていた。いつか彼が彼女にそうしたように、彼女が諦めずに彼にそうすればきっと彼は受け入れてくれるだろうと。
 それが今はどうだろうかと、彼女は真っ暗闇になってしまった場所で座り込む。これまでも彼に態度を示して何の反応もなく終わってしまった事は多々あった。それでも幾度となく彼にアピールをし続けた時の事を思い出す。結果全敗に終わっても、また次の手を考えていた。それが今は、少し突き放されただけで諦めかけている。彼はどうだっただろうか。あの時どんなに彼女が突き放した態度を示しても、諦めてはいなかった。凹んでいる時もあれど、その後はまた接してくるための手段を変えてきた。なら、自分はどうするべきかと、彼女は自身に問う。彼の気を変える程にはまだまだ足りないのなら、どうすればいいのか。
 答えはもう、既に彼女の中にあった。



 - 5 -

 久々の彼の休日の買い物は、いつもより早く終わった。
 必要な日用品と、飲み物を数本。後は今週分の食材を買い揃えた。いつもなら商品を眺めている内に目移りしてついつい嗜好品を多く買い込んだりもするが、今日はどうにもそういう気分にはなれなかった。少しでも考え事をすれば浮かんでくるあの光景で、かき乱される。それは他でもないミューロのことであった。
 とうとう家の前に着く。ポケットから取り出した鍵を使うだけなのに、それが彼には酷く重く感じられた。深呼吸をして、玄関を開ける。自分の部屋のはずなのに、彼の足取りは初めて友達の家に訪れたように慎重だった。フローリングの床板が軋む音が、頭の中を何度も刺す。玄関からリビングへの距離は、こんなにも遠かっただろうか。
 重い足に鞭を打つように動かしてリビングに入った途端、彼は自分の買ってきた荷物が手からすり抜けるのも気にせず、ただ一点のみを見ていた。
 ソファの上には、ワイシャツを着て寝ているミューロの姿があった。

 ――どうしてあんな行動に出てしまったのか。ただミューロのあられもない姿を見た途端、彼はえも言えぬ高揚感でそこから目を外すことが出来なくなった。気付けば手が彼女の身体に伸びていて、そこから先はただひたすら自分の情欲に従っていた。今までも彼女の身体や仕草を見て艶めかしさを彼は全く感じなかったわけではない。しかしそのいずれも理性を失わせる程のものではなく、脈が早くなることもなかった。唯一の違いといえば、ミューロが彼のワイシャツを着込んでいた事だった。
 ミューロが彼のワイシャツを着ていたのは偶然ではないのは確かだった。脱いだ後のワイシャツを乱雑にソファに置いていたわけでもなく、洗濯機前のカゴに入れておいたはずなのだから。そうすると彼女がそれを自分で引っ張り出してソファまで運んで着ていたことになる。昨日だけそうしていたのか、それとも常習的にやっていたのか。そしてわざわざそんな手間をかけてまで彼女がそうしていた理由は何なのか。
 そう改めて問い直さずとも、理由は分かっていた。分かっていなければ、きっと彼は昨日のようなことは決してしなかっただろう。
 それでも決して認めたくない感情が彼の中にはあった。それをひとたび受け入れてしまえば、認めてしまえば、いつもの日常には戻れない気がしていた。そしてそれが明るみになれば両親がどんな顔をするのか、そして友人は、仕事先の同僚はどういう目でこちらを見るようになるのか。考えれば考えるほど、恐怖で目の前が真っ暗になる。

 ミューロの眠るソファへと恐る恐る彼は近づいていく。彼女は昨日の事を覚えていないのか。それとも単に覚えていた上でばれてしまっていると分かっているから開き直っているのか。今日が休日だということは、きっとミューロも気づいている。買い物に出るときはすぐに戻ることも分かっているはず。それなのにミューロは昨日のようにワイシャツを羽織って、ソファで寝息を立てている。
 眠る彼女の顔を見て、彼は気づいた。目元の短毛が少しばかり色が濃くなっていることに。彼はミューロを起こさないようにゆっくりとソファに座り込んだ。そしてそっと彼女の頭に手を伸ばしていく。
 彼はやがてぽつぽつと、語りだした。
 昨日の夜の事をミューロが覚えているだろうこと。無理矢理に襲ってしまったことを悔いていること。朝は無かったことのように振る舞ってしまったこと。自分のワイシャツを着た姿を見た時の感情をどう整理すれば、分からなかったこと。
 ミューロの頭をゆっくりと撫でながら、彼はまるで懺悔するかのように話す。実際、彼は罪悪感を抱いていたのだろう。そうして最後に彼の口から出てきた言葉は、彼女への告白にも似たようなものだった。
「ただ、これだけは誤解はしないで欲しい。僕はミューロの事が好きなんだ」
 その言葉で、彼女の耳が少しだけ動いたことに、彼は気づいてはいない。彼は更に言葉を続ける。それでもこれが世間に知られてしまうことがとても怖い、と。その一歩を踏み出すような勇気も、自信も今の自分にはないと。彼がその次の言葉を続けようとしたときに、ミューロがすっと身体を起こす。彼が撫でるために伸ばしていた腕の内側にするりと抜けて、彼女は彼の顔へと自らの鼻先を近づけた。
 初めてミューロの舌のざらつきを、彼は唐突に味わうことになった。彼女は言い訳を連ねるその口を塞ぐために、彼の舌を貪った。彼女は彼からあの告白の言葉を聞ければ十分だった。それ以外の雑味な言葉はいらない。世間に知られたくないのであれば、このままお互い隠したままで生きればいい、と。
 彼女の舌を遠ざけようとしていた彼も、次第に彼女の舌へと自ら絡めるようになっていく。浮かせていた彼の腕も、やがて彼女の背中へと回される。しばらくして、その口を離したのは彼女の方からだった。唾液が溢れないように舌ですくい上げながら口を離した彼女は、満足気に口周りを拭うように舌なめずりをする。彼女の艶めかしい動作に彼は思わず生唾を飲み込んだ。
 白いワイシャツの袖を通した両前足を軽く振るうと、彼女はそのままソファに仰向けに倒れる。座面の裏にあるバネが跳ねて、少し軋んだ音を立てた。腹の黄色い毛が白いシャツの間にさらけ出される。その上、彼女はその目を、彼にしっかりと向けている。彼女は「くろいまなざし」は覚えてはいないはずだ。しかし彼は彼女のその目に捉えられてしまって逃げられない。視線を彼女からそらすことすら許されないそのしっかりとしたまなざしに、彼は生唾を再び飲み込んだ。



 - 6 -

 期待のまなざしを受けながら、彼はゆっくりとミューロに覆い被さる。遠慮気味に彼女の背とソファとの間に差し込んだ手を、彼女は自らの腰を少しばかり持ち上げることで受け入れた。再び彼が口を近づけていくと、彼女もそれを察したようで自らも首をもたげてそれを迎える。二度目の口吸いは先ほどよりも短く、軽く舌を絡めただけに終わった。お互い次の行動を急いてはいるものの、早く終わらせたくはない。そんな矛盾した感情を燻らせながら、彼女の着ているワイシャツの中に手をくぐらせる。
 手の平で彼女の薄く柔らかな腹の毛並みを堪能しつつ、手を滑らせて股の内側へ持っていく。深い毛に指を埋もれさせて、その裏側にある肉の感触を楽しんでいく。ミューロは時折外で思い切り走らせているとはいえども、普段はだいたい家の中でくつろいでいるからか、とてもではないが引き締まった筋肉という感触ではない。それでも弾力を持って押した指を押し返してくる。ミューロといえば、こそばゆさからか小刻みに身体を震わせて、耳も忙しなく動いている。段々じれったくなってなってきたのか、彼女の足先が頬に当てられたところで、彼はようやくそれを止めた。
 彼は彼女の言いたいことがぼんやりとではあるが分かっていた。それはきっと同じ気持ちだからだろうと、彼は自分の中でそう納得する。指先をそのまま彼女の股座へ移動し、ほとへと持っていく。昨日と同じ動きだが、昨日とは随分と違って見えた。彼女の中に指を入れ込んでいくと、じっとりと湿ったそこは既に準備は万端といったようだった。それではそのまま指を中で滑らせ始める。彼女には分かった。彼はもう一度昨日と同じことをしようとしていることを。きっと昨日のやり直しをしたいのだろうと。唯一違うのは、ふたりが目を合わせていることだった。
 指が起伏を滑り上げる度、彼女は喉をごろごろ鳴らす。時折、か細い鳴き声もそれに混じる。声を押し殺していた時とは違う心地よさが彼女の頭を揺さぶる。彼も彼で昨日とは違う反応を見せる彼女に、背中から脳天に向かってじんわりと言い知れない感覚が伝う。特に刺激も受けていないのに心地よくなる感覚は、彼の呼吸を荒くさせた。動きが加速していけばいくほど、彼女の頭の中は真っ白に染められていく。彼女が唐突に全身を強張らせて、息を大きく吐き出したことで、ようやく彼の指は彼女のそこから抜かれる。
 荒くなった息を彼女は整えつつ、彼の後ろ首に長い尻尾を掛けて、口吸いを無言でせがむ。再びふたりの口が触れ合い、舌を絡ませる。口の形が違うからか、どちらも口を開いた形になる。その上どちらかが顔を傾けることになるが、しかしそこから生まれるもどかしさもまたふたりにとっては背徳感を刺激するものになっていた。
 しばらくして口を離し、お互いに目を合わせながら深い呼吸を繰り返す。彼女のエメラルドのような青緑色の瞳が、レースカーテンを通した陽の光で淡く光っている。それに思わず惹き込まれて見入ってしまっていた彼に、彼女は彼の股座の張り詰めた布地を尾の先で撫で上げる。彼女からの無言の合図だった。

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 一糸纏わぬ姿になった彼に対し、彼が着ていたワイシャツを纏うミューロ。常態とは違う姿に魅せられて、お互いに身体を火照らせる。
 最初に動いたのは彼だった。彼女の中へと自らのモノをゆっくりと沈めていく。気遣うように徐々に入れられていくそれは、やがて奥へとたどり着いた。彼の存在を感じながら、彼女は前足で自らの下腹部を満足気に撫でる。それが彼に火を付けたのか、やがて動き始めた。
 緩急を付けながらも彼は彼女への抽送を繰り返す。彼女もその動きに合わせて徐々に声を漏らしていく。もう抑える必要など無いのに、声を必死で抑えている彼女の様子を見かねて、それなら声を出させないようにしてしまおうと、彼女の口を自らの口で塞ぐ。もう何度目かも分からないその接吻で彼女は声を出すことは出来なくなったが、それでも止まらない彼の動きにつられて、くぐもった声が合わせた口の合間から流れ出す。満足した彼が口を離した頃には、彼女は抑えきれずに艶がかった声を出し始めていた。そんな状態を彼女は見られたくないのか、袖を通した前足を顔の目の前に持ってきて少しだけ彼から顔を見えないように隠す。それでも彼の顔を見たいのか、少しだけ見えるように時折前足をずらす。
 そんな矛盾した行動に彼が気が付いていないわけもなく、隠す余裕すらも与えないようにより抽送を速めていく。当然手でそれらを退かす事も出来るが、彼女の反応を見たいがために彼はそれをしなかった。代わりに彼女が精一杯鳴いてくれるように彼は自らを奮い立たせて、攻め立てる。その何度目かの抽送に、とうとう彼女は一際大きな鳴き声を上げる。レパルダスの鳴き声だとは到底思えないような、艶がかった嬌声を。彼もうめき声を上げてより腰を前を突き出して、彼女の中へと熱を注ぎ込んでいく。その脈動を感じながら、ミューロは恍惚とした表情を浮かべていた。
 ややあってふたりは荒くなった息を落ち着かせながら見つめ合う。交わす言葉などなくとも、お互いにその先をよく分かっていた。元より人とポケモンの共通の言語などありはしないが、共通の意思だけは確かにそこにはあった。
 ミューロはただそっと、身を起こす。粘着質な水音を立てて抜け出た彼のそれが力なく垂れたのを見て、彼女は少しばかり不満げに眉間にしわを寄せた。くるりと身体の向きを彼の方に向けると、そのまま口を開けて自らが前に出てそれを迎え入れる。牙を当てないよう口は少しばかり開いたままでも、ざらつく舌を巧みに操って彼にうわごとを吐き出させる。お返しにと首元を撫でる彼の手に目を細めながらも、彼女は舌でそれが固さを取り戻していくのを感じて、そっと口を離した。今度は彼が不満げな顔をしたが、そんなことよりと言わんばかりに、ミューロは彼に背を向けて尾を高く上げる。白濁とした液体が糸を引きながら床へと垂れていくその扇情的な光景を前に、彼は再び欲望をもたげさせた。
 ポケモン同士のような体制で彼が彼女の後ろから覆い被さる形になれば、彼女は自然とそれを受け入れてされるがままになっていた。最早彼女も興奮しきっているのか彼が最奥を突く度に声を抑えることなく嬌声を響かせる。やがて再び彼は彼女の中へと熱を注ぐ。その行為は留まるところを知らず、そのまま彼がミューロの身体を持ち上げて抱え込む形に変えた状態で一度。彼女が口吸いをせがんだので抱えたまま向き合う形に変えて、上下に揺さぶりつつもう一度。
 ふたりが体力の限界を迎えて終えたのは、陽が一番高く昇った後のことだった。



 - 7 -

 軋むように悲鳴を上げて抗議してくる身体に鞭を打って彼は何とか立ち上がると、赤いソファの『惨劇』を目にしてどっと肩が重くなる。そこにくたりと寝転ぶあられもない姿のミューロの姿も目に入るが、流石にもう愚息は彼に訴えてはこない。している最中には気にも留めなかった強烈な臭いが鼻腔を突いてきて、彼は窓を開けて空気を入れ替え始める。
 丁度開け終わったところで彼女も緩慢な動きで起き出して、しかしそれでも彼よりもしっかりと地を踏みしめた歩みで彼の近くに向かう。一瞬彼女に笑みを見せた彼ではあったが、すぐに手を前にかざす。彼女も怪訝そうにはするが、一応その場で止まった。彼女の歩いてきたフローリングには、少しだけ白くなった肉球の跡が連なっていた。

 浴室から出てきたミューロの毛並みは、いつも通りの滑らかな艶に戻っていた。一方の彼は先に彼女の身体を洗って乾かしていたためか、まだ浴室からは出てきていない。いくらか臭いの弱くなった部屋を眺めてから、彼女は再びソファに戻ろうとして止めた。まだ居座れる状態ではないことは見ただけで彼女でも分かったからだった。同時に、行為の激しさをその光景から思い出して、彼女は満足げに息を吐いた。先程起きていたことがいまだに信じられない彼女ではあったが、それでも目の前から伝えられる光景はそれが真実であることを教えてくれる。
 やがて遅れて出てきた彼にミューロが駆け寄る。大分待てを食らっていた彼女に、彼はその頭を思う存分撫でた。さらさらと手触りの良い毛並みに戻ったことに、彼も満足げだった。撫でているだけでは物足りなくなったのか、彼は屈み込んでミューロの首に腕を回して抱え込む。首から背に掛けて撫で始めると、ミューロは心地よく喉を鳴らして頬擦りをし始める。ここまでのスキンシップを取るのはいつぶりだろうかと彼は思い出しながら、それ以上のスキンシップを先ほどやったばかりじゃないかと思い出して苦笑する。そのままふたりはしばらく不足していた分を取り戻すかのように、お互いのぬくもりを存分に感じ合った。

 少し遅めの昼食を取った後、ソファを拭いたりカーペットを洗ったりなどしていると、あっという間に日は落ちて夜になっていた。疲れからかどうしてもそこまで大層なものを作る気力のなかった彼は、とりあえずで冷凍庫から食品を引っ張り出して温めるだけで出来るようなものを選んだ。ミューロも特に異論なくいつもはあまり口にはしないポケモンフーズを食べていた。疲れている時は、味よりも栄養を身体が欲するのは、どうやら人もポケモンも同じようだった。
 夕食を食べ終えて、テレビを眺めつつ綺麗になったソファの上でふたりはじゃれ合う。いつもであればもう少し起きていられるが、疲れがやはりあるのか早めに眠気が来てしまった彼は洗面台で軽めに歯を磨いてから寝室へと向かう。ミューロはまだ元気そうではあったが、居間にひとり残されるのも寂しいからか、そのまま彼についていく。眠い目をこすりながら彼は寝間着に着替えて、ベッドへと入る。その脇で入りたそうにしていたミューロを呼ぶと、嬉しそうに彼の横に潜り込んだ。
 隣にうつ伏せで寝転ぶ彼女の頭から背までを撫でる。喉をからころと鳴らすのを耳に入れながら、彼は早くもまどろんできた瞼を閉じていく。彼女も大きく欠伸をしてから、彼に倣って目を閉じた。そこから意識を手放すまで、ふたりともそう時間はかからなかった。

 ――外から聞こえてくるマメパトの鳴き声に、ミューロはゆっくりと目を覚ます。カーテンの隙間から漏れ出ている光を眩しく感じて思わず目を閉じるが、すぐに慣れてきて部屋の様子を見渡せる程になる。そうしてぼんやりとしていた視界がはっきりと開けてくると、彼の寝顔がはっきりと見えてくる。まだ夢の中にいる彼の寝息を聴きながら、彼女は頬へと口付ける。
 その感触に一瞬だけ目を強く瞑ると、彼はやがてゆっくりと瞼を開けた。今の状況がまだ飲み込めていないのか、それとも目を開けてるだけで頭が起きていないのか。何度か瞬きを繰り返して、ようやっと目の前にミューロがいることに気付いたようだった。
 眠たそうに一回だけ大きなあくびをしてから、彼は朗らかな表情でミューロの頭を撫でる。そうして彼はおはようと、小さく言った。
 彼女は昨日の朝とは違う、無かったことにしようとしていない彼の行動を見て、なんとなく恥ずかしくなって頭を彼の胸板に押し付けた。そのまま捻りを加えてグリグリと彼の服にシワを増やしてやっていくと、彼は笑いながら仕返すように頭と頭を押し付け合う。
 次第に戯れあいは熱を帯びていき、ミューロは彼の上に腹ばいに飛び乗った。ふと腹部に押し付けられた彼の何かに気づいて、彼女は大きく舌なめずり。彼は誤解を解こうと朝の生理現象だなんだと言い訳を並べるものの、彼女のスイッチはとっくのとうに入ってしまっていて。
 しばらく彼は彼女の下で今までおあづけだった分、こってりと絞られてしまうのだった。



あとがき:
 最後の締めは色々な意味で締められる終わり方に(ぇ
 うんうん悩みながら書いていたら書き始めてから大分経ってからの完結となりました。相変わらずの遅筆っぷりで申し訳ない。
 普段服を来てないポケモンがワイシャツを羽織るだけでも相当扇情的になると思ってます、うん。
 
 途中の挿絵は朱烏さんが描いて下さいました。凄いです(語彙力
 というよりも、ツイッターでリクエストを募っていた時に描いてもらって絵に感動して書き始めたのがこの作品です。
 書くのが遅すぎて途中シュウさんが態々描き直してくださってます。つまり貰うの二回目ですこれ。嬉しいのと同時に申し訳無さが……。
 
 ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
 また次の作品も楽しみにしてくだされば幸いです。


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こめんと:

お名前:
  • しっとりとした雰囲気の文章の中、一匹で静かに行為に及ぶのもそれはそれで乙なもの。
    とはいえこれではミューロちゃんが浮かばれないのでご主人が彼女の気持ちに気付いてくれることを期待させていただきますね。
    次の更新も頑張ってください。
    ――カゲフミ 2016-01-11 (月) 20:13:04
  • >カゲフミ さん
    感想ありがとうございます。
    序盤で主人を思ってひとりで行為を重ねるのは、過去作でもあったような気がして今デジャブを感じております(笑
    ミューロの気持ちに主人が気づくかどうかはこの続きを楽しみにしていただければ、と。
    とはいえこれからの展開はカゲフミさんの中で予想がついてはいそうですね(
    その予想をいい意味で裏切れるように更新頑張ります。
    ――ウルラ 2016-01-11 (月) 21:32:28
  • 更新乙なのです。
    主人があられな姿のミューロを見てしまった……
    展開がある程度読めているとはいえ、主人がどう動くのか、どきどきします。
    続き頑張ってください。応援しています。 --
  • >2016-05-05(木)22:50:42の方
    コメント返信遅くなりましてすみません。
    ミューロの姿を見てどうするのか、今回の更新でどうぞお納めください。
    コメントありがとうございました。 -- ウルラ
  • ポケモンが喋らない世界観での情事。台詞はなくとも主人公とミューロちゃんの息遣いが聞こえてきそうなほど濃密な描写だったと思います。
    今回の件で種族の違いとか関係なく主人公は本当の意味でミューロちゃんとパートナーになれたのではないでしょうか。
    そして最後に絞られてしまうのはお約束というか様式美ですね( 完結お疲れ様でした!! -- カゲフミ
  • >カゲフミ さん
    言葉が通じないから動きとか表情とかでそれぞれの感情を伝える描写は色々と入れました。
    ピロートークとか入れられない代わりにスキンシップ多めに、などなど。何よりどちらも積極的に求め合う情景を書きたかったので(
    種族の違いなくお互いパートナーに、古今婚……うっ頭が(ry
    結局前の作品と似たような展開にはなってしまいましたが、前回よりもお互いの葛藤とか感情とか、書きたいものは書けました(
    最後に結局雌優位になるのは何というかお約束みたいになってきましたね。でもなんか入れちゃうんですよねこういうの。
    最後までお読み頂きありがとうございました! -- ウルラ
  • 言葉が通じないせいですれ違うふたりの気持ち、最後にはミューロの想いが伝わってくれてハッピーエンドもひとしおです。2場面ある濡れ場が、彼女に対する主人の気持ちでしっかり差別化されているのがグッときますね。
     官能シーンも寡黙だからこそにおい立つようなリアリティでした。ワイシャツの使い方も、フェチとしてだけではなくストーリーに絡めてくれたのが面白いです。 -- 水のミドリ
  • > 水のミドリ さん
    ミューロが一途でなければ最後にしっかりと伝わる事は無かったかもしれないですね…。
    2場面の同じような濡れ場は感情の変化とかの対比を書きたかったので狙ったとおりで嬉しいです。ただ今見返すともうちょっと感情に関して書けたかなと思わないでもないですが……(
    ポケモンの彼シャツ最高です。感想ありがとうございました! -- ウルラ
  • 恋するポケモン、ミューロの抱く特別な感情と、種族を越えた禁断の恋に葛藤する主人。
    考え方などのメンタルは同じにも関わらず、ただ種族が違うと言うだけですれ違ってしまう二人の微妙な距離感のもどかしさがなんとも言えなかったです。
    それだけに、最後は無事に結ばれて本当に良かったです。今まですれ違い続けていた分、末永く絞り取……ゲフンっ、幸せになって欲しいものですね(
    最後になりましたが、完結お疲れさまでした -- てるてる
  • >てるてる さん
    最初はミューロだけが主人に対して特別な感情を持っていましたが、後半で主人もそれに気づいて葛藤する。
    こういったお互いの種族に違いから来る壁を乗り越えるお話が好きだったりするので、ついつい書いてしまいますね。異類婚姻ものの王道というかなんというか(
    体力的にはどうしたってポケモンが上になりますから、主人はこれからも事あるごとにミューロに求められる事になりそうですね(
    感想ありがとうございました。 -- ウルラ

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Last-modified: 2017-08-24 (木) 22:49:32
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