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レート環境勉強会

/レート環境勉強会

作者:彩風悠璃
ガブリアス(♂)×フライゴン(♂)

最近レートでの戦績が芳しくなかった。
そこで開かれた定例会議でメタグロスの出した案は――
「意地っ張りなガブリアスさんを陽気な性格にしましょう」
メガガブ運用型の意地っ張りガブリアスがメタグロスの施した改造(?)で突然陽気な性格に変わってしまって……!?
改造ダメ絶対!


「フライゴンさん、いつまで寝ているんですか。時間なので起きてください」
「……むにゃ?」
 脳裏に響く声に意識を呼び起こされ、フライゴンは眠気が残る瞼をうっすらと持ち上げた。ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体が心地よく痺れている。
「グロス、最近ちょっと寝心地悪いよ。もっとしっかりして欲しいな」
「善処します。ですから早く席に着いて下さい」
 憮然に唇を尖らせてメタグロスの頭をぽんぽんと軽く叩くフライゴン。以前秘密基地に置いている“てれび”の調子が悪くなったときガブリアスが叩いたら直ったのでそれを模倣してみたのだが、これできっと次回から寝心地も良くなるだろう。
「ベッドの代用品になっちまってる事に関してはスルーか。ま、いいけどよ。おいフライゴン、こっち来い」
「あ、うんー」
 ガブリアスに促され、皆が待つ円卓へとふよふよ移動する。ガブリアスとサザンドラの間。不自然に空いた場所を埋めるように腰を下ろし、フライゴンは眼前を見つめた。
「それで? 今日の議題は何だっけ?」
 頬杖をついたガブリアスが胡乱な目つきでメタグロスを見遣る。メタグロスの傍には『秘密基地定例議会』と書かれた黒板が佇立していて、ここに居る全員の視線を一点に集めている。
 この秘密基地では定期的に全員が集まって会議をする。その議題は生活改善やバトル考察といった真面目なものから、『ガブリアスのベッドの下からメスポケモンの如何わしい本が見つかりました』というガブリアス晒し上げ会議のようなものまで千差万別だ。その事が切っ掛けでガブリアスに新たなニックネームとしてオレさま改め『ムッツリさま』という名誉な称号が与えられたのだが、それはまた別の話である。
「はい。その前に皆さん、最近レートでの手ごたえは如何ですか?」
「レートでの手ごたえ、か」
 メタグロスの言葉をオウム返しにして呟いたのはバシャーモ。レートに登ればバシャーモを見ない日は無いと言っても過言ではないだろうが、その中でも彼は稀に見る猛火スカーフ型だ。拳で顎を支えて目線を虚空へと飛ばすその仕草は、恐らく記憶の糸を辿っているのだろう。
「つい昨日だったか。ガブリアスと対面したのだが抜かれて初手で地震を撃たれてしまった。予想の範囲内だったとはいえ、迂闊だった」
「なるほど、スカーフガブリアスですね。他の方はどうですか?」
 その視線が貫くのは憂わしげな溜息を紡ぐサザンドラ。
「俺も似たようなものかな。俺は元々ガブリアスにSが劣っているのもあって、鉢巻ガブリアスの逆鱗の餌食にされちまった」
「そうですね。ドラゴンタイプ同士の対面だとガブリアスは厳しいものがあると思います。ニンフィアさんは?」
 次に指名されたニンフィアは自嘲を飛ばすように身を竦める。スカーフバシャーモにメガガブリアスと数多の変態型が集うこの秘密基地内でも随一を誇る、メロメロボディ物理受け型だ。本来のニンフィアならば然程苦労しないガブリアス相手でも分が悪いらしく、彼は苦笑いを浮かべて。
「あー、オレもダメ。意地っ張り鉢巻ガブリアス相手だと甘えて低乱引いても確2発なんだ」
「タイプ相性で勝っていても越えられない壁があるということですね」
「そういうメタグロスはどーなの?」
「ワタシはスカーフや襷ガブリアス相手なら一発受けて冷パンからのバレパンで落とせますが、鉢巻だとまるで歯が立ちませんね」
「そっかー。ふりゃちゃんもやっぱり厳しいの?」
 軽々しい言葉遣いではあるが、ニンフィアの問いはフライゴンの心を抉る問いかけだった。本人に悪気はない。ニンフィアはあっけらかんとした性格で、思った事を包み隠さずはっきりと告げてしまうのだ。
「……う、うーん。ボクはほら、やっぱりガブリアスの劣化だから」
 乾いた笑顔を浮かべ、視線を円卓へと注ぐ。言葉を失っていると、不意に肩に何かが触れて。
「何落ち込んでんだよ、フライゴン」
「ガブ……」
「……てめぇはオレ様を倒しただろうが。もっと自信持て」
 頬に朱を湛えて、今にも消え入りそうなか細い声でガブリアスが告げる。目線も泳がせているしすごく恥ずかしそうだけれど。それでもガブリアスの言葉はしっかりフライゴンの心に響いた。
「……うん。そうだね」
「ガブリアスさん。問題は貴方ですよ」
 重々しいメタグロスの前足がビシッとガブリアスを射止める。
「データを見てみた所、普段偉そうなことを言っている割にガブリアスへの勝率がそれ程芳しくないようですが」
「なッ! オレ様はな、性格無補正火力補強アイテムなしのガブリアスの逆鱗なら中乱数より高い確率で一発は受けるんだぜ!? メガシンカしたオレ様の火力ならガブリアスなんざダブルチョップで落とせるし」
「ええ、確かにスカーフや襷相手の勝率は悪くないですね。問題は鉢巻ガブリアスには勝てないという所でしょうか」
 データを基に分析しながら冷徹に言葉を紡ぐメタグロス。そんな彼に対し、ガブリアスが大仰に溜息を落して言葉を継いだ。
「あのなぁ、ポケモン勝負に絶対なんかねぇんだ。相手の道具なんざ戦ってみるまで分かんねぇ。オレ様が言うのも何だが、ガブリアスの強みは持ち物が分かりにくい所にある。事前に分かってさえ居れば対処は容易だ。スカーフ相手ならグロスが出りゃあいいし、襷なら先制技を持ってるフライゴンやダブルチョップ搭載のオレ様が出れば良い。だが、それはできねぇ。せいぜい見せ合いの6匹から持ち物を予測するしかできねぇんだ。スカーフもハチマキも襷も一定数以上居る。これを全部一匹だけで対処しようなんざ無理な話だと思うぜ? いいか、ポケモンバトルは一匹でやるもんじゃねェ。6匹、ないしはバトルに選出される3匹でやるもんだ。鉢巻なら読み合いに勝ちゃいいんだよ。地震読みでサザンやフライゴン、逆鱗読みでニンフィアを出せば良い。ガブリアスをそれぞれ1匹で、しかも対面で対処しようってんだから無理が――」
 饒舌を振るうガブリアスに、フライゴンたちは唖然と声を失った。
「……あ? 何だよお前ら。オレ様、何かヘンな事言ったか?」
「い、いや、そうじゃなくてだな」
 ぎこちなく視線を泳がせるサザンドラ。確かに彼の言っている事は間違っていないし、妙でもない。バトルに詳しい者ならば誰もが考えることだが――
「性格の割に以外と冷静に分析しているんだな、って思っただけだよ」
「だよねー。オレもオレも!」
 感心したように肩を竦めるサザンドラに相槌を返したのはニンフィアだった。
「ガブ君って本当バトルの事になったら変わるっていうか。もっとゴリ押しする性格だと思ってた。オレ様はドラゴン最速だーっつってラティオスやオンバーンに突っ張っていくタイプかなって?」
「そうそう。相手が深読みした結果偶然勝って、それを積み重ねてるうちに自分は最強だって勘違いしてそうだと思ってな」
「……なんか、すげぇバカにされてる気がすんのはオレ様の気の所為か?」
 サザンドラとニンフィアが視線を重ねて頷きあう。釈然としない面持ちで目を眇め、ガブリアスが腕を組んだ。
 褒めているのに素直に受け取れないのは彼の性分なのだろうか。フライゴンは彼の怪訝さを取り除くように険のない微笑みを向けた。
「そんなことないよ。みんなガブのこと、すごいって思ってるんだから!」
「そ、そうか? お前がそう言うなら、そういう事にしておいてやってもいいけどよ……」
「……ふりゃちゃん、ガブ君の扱いに慣れてきてるよね」
「え? 扱い?」
 ニンフィアが意味ありげに囁いた言葉を反芻し、首を傾げるも彼がそれ以上口を開くことはなかった。
「そこでですよ、敵を分析するためにガブリアスさんに協力をして頂きたいのです」
「……は?」
 忌まわしげに視線を持ち上げるガブリアス。彼の双眸には、まるで嫌な予感がすると言わんばかりのげんなりした色が浮かんでいた。
「貴方は意地っ張りで、それも耐久に振っているガブリアスです」
「……何が言いてぇんだ?」
「率直に言います。今から少しの間、貴方の性格を“ようき”に変えます」
 メタグロスのその発言は、場の空気を凍らせた。
「は、はぁ!?」
「ご心配なく、後遺症などはありません。痕跡さえ残らなければ問題ありませんから。タブンネ」
「た、タブンネ!? お前、自分が何言ってんのか分かってんのか!?」
「何をそんなに慌てているのですか。ほんの少し、貴方の身体を弄るだけじゃありませんか」
「それ改造って言うんじゃねーの!? 改造ダメ絶対!」
「大丈夫ですって、後で戻しますからバレませんよ。乱数だってグレーなんですから」
「乱数と改造は全然違ェだろーが!」
「という訳でさっそくこの装置を被って下さい。あ、フリーサイズなので問題はありませんよ」
「問題はサイズじゃねぇだろ! つーか何で、オレ様の許可なく勝手に使おうと――」
 卒然、冷気を孕んだメタグロスの拳がガブリアスの腹部を殴打した。メタグロスの口許が剣呑に歪んでいたのは、きっと気の所為ではないだろう。
「ご安心ください。みねうちですよ」
「……お前、みねうち覚えねぇ……だろ……ぐふっ」
 その言葉を最後に、ガブリアスはどさりとその場に崩れ落ちた。意識を手放したガブリアスの頭にせっせと装置を取り付けるメタグロス。その手付きと眼差しは、実験観察の対象を値踏みしているような感情を排した冷徹な雰囲気を纏っている。味方だと心強いが敵に回したくない――心の根っこに巣食う本能がそう訴え、フライゴンの背筋を震撼させた。間も無くして、実験の開始を告げる駆動の嘶きが部屋の中に広がっていく。
「さて、これで準備オッケーです。ついでに努力値配分も変えてしましましょう」
「……あ、あのさ、グロス」
「ん? どうしました、フライゴンさん」
「努力値はまっさらバッグを叩かせれば良いんじゃないかな?」
 純粋に浮かんだ疑問。周囲から『突っ込むところはそこじゃないだろ』と声を浴びせられるのを意に介さず、フライゴンはメタグロスをじっと見据える。
「彼が素直に『はい分かりました』って言ってまっさらバッグを殴ってくれるとお思いですか?」
「……そうだね」
 ――他人に指図するのを嫌うガブのことだ。絶対、素直に従ってくれないに決まってる。
 だからこうして無理やりにでも装置を使わないといけないのだろうけれど、肝心の本人の意思は度外視らしい。残酷で冷徹だとも思うが、メタグロスは感情を排したコンピュータなのだ。本人に悪気はないし、あくまで実験過程で必要な事としか思っていないのだろう。
「その装置で本当にガブが陽気な性格になっちゃうの?」
「はい。間違いありません。以前、ガブリアスさんを臆病HS全振り砂隠れ型に変えたときも問題ありませんでしたし。因みに技は砂起こしと影分身と眠る、そして竜の怒りです」
「そっか! その後元の意地っ張りな性格に戻ってたってことは大丈夫なんだね! 安心したよ!」
 ぽんと両手を叩き、フライゴンは満面の笑みを浮かべて大仰に頷く。
 良かった。後できちんと戻るなら安全だよね。
「……なあ、臆病とか砂起こしとか竜の怒りとかには突っ込んじゃいけねえのか?」
「触れない方が良いと思う。この秘密基地に居る以上、そういうのって日常茶飯事だし」
 傍でひそひそ耳打ちをし合うサザンドラとニンフィア。よく分からないが仲が良さそうな二匹が微笑ましくて、自然と頬が緩んでしまう。
 それにしても――フライゴンは装置を取り付けられて項垂れているガブリアスを眺め、爛々と目を輝かせる。ガブリアスに申し訳ないという気持ちと、陽気な性格になった彼を見てみたいという好奇心――相反する感情が混じり合う。きっとこの気持ちは、絶対に大丈夫だという保障があるから抱くことができるのだろう。メタグロスに対する確固たる信頼があるからこそ、彼を信じることができて、実験の過程を楽しむ余韻が生まれているのだ。
「はい。完了です」
 機械が排出していた規則的な音が止み、再び部屋に静寂が舞い戻る。ガブリアスの外見には特に目立った変化点はない。装置を付ける前と同じく、昏々と眠りについている。そんな彼をサザンドラが訝しげに値踏みする。
「本当にガブリアスの奴、性格変わっちまったのか……?」
「早速証明してみせましょう。ほらガブリアスさん、いつまで昼寝しているんですか」
 つんつんと前足の爪でガブリアスの頬を突くメタグロス。ぴくり――突かれている片頬がにわかに強張って。
「っ、いって! 何しやがる!?」
 メタグロスの前足を腕で払いのけながらガブリアスが立ち上がる。無事に目を覚ましてくれたことに安堵の息を紡ぐと同時、フライゴンはふと違和感に気付いて首を傾げた。
 ……あれ? 前と変わってないような。
「おはようございますガブリアスさん。気分はどうですか?」
「あ? ざけんじゃねーよ。サイテーに決まって……」
 鋭い剣幕でメタグロスに食い付いていたガブリアスが、ぱたりと動きを止めた。
「……っ……あー、気分悪ィ。ちょっと部屋で休んでくるわ。フライゴン」
「――え?」
 不意にこちらを振り向いたガブリアスと視線がぶつかった。深く鋭い眼光。獣を彷彿とさせる眼差しに意識を奪われる。互いの目線が交錯した後、一拍の空隙を挟んでその眼差しから険がとれて。
「悪ィけど、オレ様を部屋まで運んで貰えねぇか? お前しか頼れる奴がいねぇんだ」
 憂いを孕む溜息を紡ぎ、肩を竦めるガブリアス。
 ……実験が失敗しただけじゃなく、体調を崩しちゃったのかな。
 頼れるのはお前だけ――この言葉におぼろげな誇りを感じ、フライゴンはキリッと口許を引き締めた。がっくりと姿勢を崩すガブリアスの元に寄り添い、その身体を支えて浮遊する。
「あれー? ガブ君、どうしちゃったんだろう。メタグロスの実験失敗しちゃったのかなぁ」
 安否を気遣う視線を送るニンフィアに対し苦笑を返すフライゴン。
「どうだろう。でもガブが疲れてるのは本当みたいだからちょっと休ませてくるよ」
「うん。オレたちのことはいいから、そのままガブ君と一緒に居てあげなよ」
 ありがとう――ふんわりとした笑顔を浮かべるニンフィアに、フライゴンも同じく微笑みで答えた。
「なぁメタグロス。あれ実験失敗してんじゃねーのか」
「そうだよ。やっぱりポンコツじゃん!」
 フライゴンの背後でサザンドラとニンフィアがメタグロスに止め処ない罵声を浴びせる。しかし当の本人は焦りや怒りで感情を昂らせるどころか、愉しくて堪らないとでも言いたげな冷笑を零す。
「ふふふ。見ていれば分かりますよ。ワタシが天才であることがね」
 ――どういう意味……なのかな……?
 メタグロスの唇が紡いだ微笑の意図が汲めないまま、フライゴンはガブリアスの巨躯を引きずり運んでいった。



「それじゃあ、水取ってくるからちょっと待っててね」
 ガブリアスをベッドに座らせ、くるりと身を翻す。
 本来、秘密基地というのは一つか二つの空間しかない。この場所も例外ではなく、元は一つの部屋しか存在していなかった。だがフライゴンたちのトレーナーがポケモンをここに住まわせる為に改築をして、今では六匹分の小部屋が存在している。
 ガブリアスに宛がわれたこの部屋は飾り気がなくて殺風景。ベッドと小柄な机と椅子――即ち最初にトレーナーから与えられた必要最低限の家具しか配置されていない。唯一彼らしいものがあるとすれば、机の上に乱雑に置かれた様々なトレーニング機具だろうか。余計なことを嫌う彼らしいといえばそうだが、あまりにも寂しい光景だ。愛らしいぬいぐるみを置いても浮いてしまうだろうし。そんな事を考えながら部屋を出ようとすると卒然、背後から届いた声に呼び止められる。
「え? 何――」
 ガブリアスの方に一瞥をくれると同時、腕を力任せに掴まれる。腕から伝う激痛に顔を歪める暇もなく、フライゴンは成すすべもなくガブリアスの胸元に引き寄せられた。ざらざらとした鮫肌が背中と羽に触れてちくりと痛む。
「な、何するのガブ!? 痛……っ!」
「オレ様と二匹っきりになって、何とも思わねェのか?」
「え? 何ともって、体調悪そうだから心配だとは思ってるけど……」
「へぇ……。そうやって油断して隙だらけな所も可愛いな」
 ――え……?
 耳朶が蕩けるような甘い耳打ちに、頬に熱が灯って紅潮していく。
 ――か、かわ、いい……かわい、い……?
 口ずさまれた言葉が脳裏で何度も反響する。
「な、なな……! 何言ってるのガブ!? どうしちゃったの!?」
「さぁ、どうしちまったんだろうな。お前が可愛すぎてお前しか見えねぇよ」
 フライゴンの身体を抱擁する力が増し、物理的な圧迫感と心臓の動悸で息が詰まる。首を僅かに回せばガブリアスと目が合うが、赤くなった顔を見られたくなくてフライゴンは頑なに向きを変えようとはしなかった。
 ……これ、本当にあのガブ、なの……?
 姿形はもちろん、口許を緩めて自信ありげに紡いでいた一人称もそのままなのに。けれどどうにも違和感が拭えない。気難しい性格であった彼は一転、軽薄そうな口調に豹変。積極的に誘われて嬉しさのあまり全身の血が湧き上がると同時に、しっくり来ない不思議な感覚が心を支配する。
 ガブリアスはそう簡単にフライゴンの事を『可愛い』とは言わないし、間違っても軽薄な事を口にはしない。ガブリアスの性格が本当に変わってしまった――その事実を把握するのに、それ程時間は有さなかった。
「そ、そうか。ガブ、疲れちゃってるんだよね。早く休んだ方がいいよ! うん、絶対にそうだよ!」
 全身を巡る血液が沸騰しそうな胸の高鳴り。それを誤魔化すようにフライゴンは決まり悪げにはにかみ、ガブリアスの腕から逃れようと身を捩らせる。
 だが――
「……どうしてオレ様から逃げようとするんだ?」
 焦りと困惑が感情を支配する中、ガブリアスが耳元に口を寄せて甘えるように囁いてくる。
「へ? に、逃げるわけじゃなくて、ほら、ボクがここに居たら邪魔でしょ? だから――」
「邪魔じゃねェよ。むしろ、こうしたかったんだから」
「うわ――!?」
 身体が重力に逆らってふわりと浮く。自分の意思に反して動いたことに驚く間もなく、ガブリアスが腰を下ろしていたベッドに叩きつけられた。
 交錯する視線。鋭く勇ましい双眸は獣欲の色で淀んでいる。無理やり持ち上げられて押し倒されたが、毛布が身体を受け止めてくれたおかげで痛みはない。
 成熟したドラゴンであるフライゴンは決して軽くはない。その身体をまるで空き箱を持ち上げるかのように容易く持ち上げてしまうガブリアスの筋力に吃驚し、喉を鳴らした。同性としての羨望、そして何よりその強さへの憧れが心臓の鼓動を加速させる。
「な……!?」
「フライゴン、好きだ。愛してるぜ」
 飾り気のない率直な言葉。好き、愛してる――確かに彼の唇はそう告げた。雄々しい琥珀の虹彩に射止められ、心も身体も何もかもが彼によって呪縛されてしまう。
 ……嬉しい。ガブリアスに求められて嬉しい筈なのに……どうしてこんなに悲しいのだろう。
 視界が潤みを帯び、ガブリアスの姿が滲んでいく。じわりと溢れた涙の理由が分からず動揺していると、不意にガブリアスの端正な顔が嫣然と微笑んで。
「……そんな顔を、他の奴に見せるんじゃねェぞ」
 目元を爪で優しく拭われる。泣き顔を見られた羞恥で思わず視線を逸らしてしまうが、ぐいと無理やり引き戻されて再びガブリアスと視線が重なった。
 ――他の誰にも弱味を見せるな、という意味なのだろう。
 率直にフライゴンを愛していると告げるだけでなく、フライゴンの全てを己一匹で受け入れようとしている。
「だからフライゴン。オレ様の物になれ」
 一切の淀みも、逡巡も感じさせない決然とした眼差しに、フライゴンは心も躰も射止められた。
 ……ボクを……受け入れてくれるの……?
 一度はガブのことを『居なければ良かったのに』と突き放し、強い奴にボクの気持ちなんて分かる筈がないと嫌味を言い、キミを散々傷付けて苦しめたボクの事を……。
「ボクのこと……許してくれるの? ガブを傷付けたのに……」
「許すもなにも、オレ様は最初から怒ってなんかいねぇよ。お前も、オレ様の事が好きなんだろ?」
「え……!?」
 心の内面をそのまま見透かされ、フライゴンは羞恥心で身体を硬直させる。
 ――好き……。うん、ボクはガブのことが、好き……。
 今まで押し殺していた筈の感情を指摘され、フライゴンは言葉を詰まらせてしまう。かつては恨んで、互いに目障りだと思っていた存在なのに。
「……ボクがガブの事を好きになっても良いの?」
「はぁ? なに訳のわかんねぇ事言ってんだ」
 訝しげに目を眇め、ガブリアスが肩を竦める。
「他の誰が何と言おうと関係ねぇ、お前はオレ様のもんだ。手放すつもりはねぇからな」
「本当に……?」
 厚い胸板にそっと引き寄せられる。肌にざらついた鮫肌が触れるが、その痛みも彼と触れ合っている事実として脳が甘美な快感に変わっていく。脳髄が焦げ付くように痺れていくのを感じながらも、フライゴンは何度も嗚咽を零した。きっと今の自分は子供のように涙で顔をぐしゃぐしゃにしてしまっているのだろう。
「お前はオレ様のことが好きで、オレ様もお前のことを愛している。間違っちゃいねぇだろ?」
「……うん」
 確認されるように何度も言われ、それに同意するよう頷けるのが心から嬉しい。
 ……そうなんだ。ボクはガブの事を好きになってもいいんだ。
 その事実と同じくらい、ガブリアスが自分のことを想ってくれているのが本当に嬉しかった。
「だったらそれで良いじゃねぇか、お互いに好きなんだからよ。何か問題あるか?」
「で、でもボクたち、オス同士だし……」
「性別なんざ関係ねぇ。オス同士でもヤることヤれるんだからよ」
 ――それって……どういう……!?
 とくん、と心臓が跳躍した。その言葉の意味が分からず、激しい動悸からくる眩暈に襲われる。動揺しているフライゴンなど意に介さずと言わんばかりに、ガブリアスの手がフライゴンの下肢に伸びて――
「っ!? ち、ちょっと待って、ガブ! 体調悪いんじゃなかったの!?」
 下腹部にさしかかったガブリアスの手を掴み、乾いた唇で言葉を紡ぐ。するとガブリアスは困ったように眉を顰めて苦笑を零した。
「……ごめんな。体調が悪ィなんて嘘なんだ」
 ――え……う、ウソ……?
 優しく目元を眇めて呟かれたその言葉に、フライゴンは耳を疑った。
 ガブリアスは我が強く、気難しくて不器用だけれど決して嘘だけは付かない。素直に自分の気持ちを伝えるのは苦手だけれど、彼の言葉や態度は全て正直だった。
 口下手で、ぶっきらぼうだけど優しくて、嘘をつくのがとても下手で――そんな“意地っ張り”なガブリアス。ただ強いだけじゃない。自分の弱い部分を受け入れて辛いのに頑張って、それでも素直になりきれない不器用な彼に自分は惹かれたのだ。
 ――ボクの……ボクの知ってるガブじゃ、ない……。
 姿、声、口調――全てがいつもの彼。それなのに何もかもが違っていて。
「お前と二匹になる為に言っただけなんだ。だからオレ様の体調を気遣う必要はねぇぜ」
「っ……!」
「だからよ、フライゴン。オレ様と一つになろうぜ?」
 軽はずみな口調で耳元に迫るガブリアス。フライゴンは唇を噛み締め、溢れる気持ちを抑え込む。ガブリアスの体調を気遣ったのを無下にされたことよりも。こちらの了解を得ずに無理やり犯そうとしたことよりも、何よりも。
 ――ボクの……ボクの知ってるガブを……返してよ……。
「……返して……ボクのガブを返してええぇっ!」
「え――」
 静寂を引き裂く慟哭。それが呼び起こしたのは星の奔流だった。物理法則を歯牙にもかけず突如この空間へと現れた流星群は、ガブリアスの身体めがけて降り注ぎ、その身体を無慈悲に焼き尽くす。フライゴンが己のしたことを自覚したのは、ほぼ焼け野原となったガブリアスの部屋の残骸を見渡した後だった。



「全く、フライゴンさんにも困ったものですね」
「……ごめん、グロス」
「謝るのはワタシにではなく、目を覚ました後の彼にではないですか?」
 カチャカチャと奇怪な接触音が鼓膜に触れる中、メタグロスが溜息交じりに呟いた。
 フライゴンが無意識に放った流星群を全身に浴び、ガブリアスが意識を手放した後。どうしたものかと慌てていたら様子を見かねたメタグロスが来てくれて、今はこうしてガブリアスの頭部に再び謎の装置を取り付けている。
「それを使えばガブは元に戻る?」
「問題なく戻りはしますが、何かあったのですか?」
「ううん……何でもないよ」
 憂いを孕んだ眼差しを眇め、フライゴンは口を間誤付かせる。
 ――言えない……。陽気なガブに愛を囁かれて、そのままベッドに押し倒されてしまっただなんて。
「ねえ、グロス」
「ん? 何でしょうか」
「その装置って、変えるのは性格だけ? 人格とか、考えてる事とかも変わっちゃうの?」
 自分でも驚くほどに震えた声音で、フライゴンはメタグロスに詰め寄る。確かにあんな事を言って貰えたのはすごく嬉しかったし、本音だったらどれだけ良いか――とも考えてしまう。しかしあまりにも普段のガブリアスとの差異がありすぎて、ガブリアスがあんな事を自分に対して思っている筈がないのも分かっている。こんな疑問を口にすれば、知的好奇心を刺激されたメタグロスに矢継ぎ早に質問されるかも知れない。
 それでもフライゴンは真実をはっきりとさせたかった。
「んー……そうですねぇ」
 機械なのだから思い出さずともすぐに答えることができる筈なのだが、彼は一拍の空隙に悪戯な微笑みを挟んで。
「変わるのはあくまで表面上の性格だけですね。考えていることや本質が変わったりはしませんよ」
「え……。じ、じゃあ例えば、陽気な性格で軽々しい感じになって、特に何とも思ってなかったポケモンを適当に口説いちゃう……ってことは……」
「……何があったのかおおよそ察してしまいましたが。まあ、そんな事はないでしょう。口説くとしても、元から意識していない相手には本気にならないと思いますよ」
 冷ややかな視線をこちらに注ぐメタグロス。それも意に介さず、フライゴンは息を呑んだ。
 ――それってつまり……。
「誰かさんと同じで、貴方も嘘を吐くのが苦手なんですね」
「え? え、えへへ……」
「褒めたつもりはないのですが。あ、そろそろガブリアスさんが起きますね。それではワタシは失礼します」
「あ、うん。グロス、ありがとー」
 巨躯な四肢でゆっくりと前進して部屋を後にするメタグロスを見守りながら、フライゴンはひらひらと手を振った。扉の奥にその姿が消えていったのを確認すると、フライゴンは再びベッドの上で昏々と眠るガブリアスへ視線を戻す。
 ――フライゴン、好きだ。愛してるぜ。
 ――だからフライゴン。オレ様の物になれ。
 脳裏で流れた低音の囁きが身体を火照らせ、耳と尻尾が反射的に立ち上がる。その記憶を振り払おうにも余計に意識してしまって身体が硬直した。
 ……その言葉が現実ならどれだけ嬉しいか。一瞬でもそう思ってしまった自分が悔しくて、フライゴンは唇を噛み締めた。
 咄嗟に流星群を放ってガブリアスを瀕死状態にしてしまった罪悪感で胸が締め付けられる。あのガブリアスが嘘を吐いたことに驚いて反射的に技を放ってしまったが、性格が変わったとはいえ本質は変わっていないのだ。手段がやや強引だっただけで、ガブリアスの気持ちは純粋に嬉しかったのに。
 その上、それが性格の差異によるものではなくて元から思っていたことだと発端のメタグロスに言われると嬉しさのあまり舞い上がってしまいそうになる。
 ……あんな風に言われちゃうと舞い上がっても仕方ないじゃないか。
 自分に言い聞かせるように想いを噛み締め、爪が食い込む程に拳を握りしめる。自分はガブリアスなんか居なければ良かったと言って傷付けただけでなく、かつてはガブリアスを妬んで恨んで、疎んでいた。みんなと過ごしているときは楽しかったけれど、それでも心には埋めることのできない空漠があった。
 やたらと比較され、周りから自分の存在を否定され、笑い者にされ、後ろ指を差されてきた過去がフライゴンの心を淀ませていた。
 ……そんなボクを救ってくれたのが、まさかのガブリアスだった。
 かつて世界で一番恨んでいた存在が自分を受け入れ、認めて、弱味を見せてくれて、今では共に過ごしている。時々夢でないかとすら錯覚してしまう程に幸せな毎日。だから現状で満足しなければいけないのに、フライゴンはガブリアスに対してそれ以上の感情を抱いてしまっている。
 ――この想いを隠さないといけないのに、あんな風に言われてしまったら堪えることができなくなる。
 茫然と虚空を眺め、目を眇める。静寂が支配する部屋の中で、鼓膜にかすかな呻き声が触れた。
「ん……っ」
 重い瞼をゆっくりと持ち上げ、ガブリアスと視線が交錯する。
「ガブ、おはよー」
「おうフライゴンか、おはよ……って、今はおはようなんていう時間じゃねえだろ」
「あ、そっか。じゃあおはようじゃなくておそようだね」
「おー、おそよう。……え、な、何だこれ!? なんでオレ様の部屋がこんなに荒れてんの!?」
 ぼんやりとした眼差しを数度瞬かせたかと思うと、突然目を瞠ってガブリアスが飛びあがった。性格が変わっていた間の記憶がないのか、それとも唐突に意識が途切れたせいで何が起きたのか分からなくなっているのだろうか。フライゴンはガブリアスの腕を掴み、涙で潤んだ上目遣いを送る。
「ご、ごめん、ガブ。ボクがやっちゃって……」
「……は?」
 その言葉を耳にしたガブリアスが目を瞠ってこちらを振り向いた。
 ――言い訳なんかしない。ショックを受けたからとはいえ、ボクがガブを気絶させて部屋を荒らしたのは事実だから。
 何が起きているのか分からず、部屋を滅茶苦茶にした張本人が目の前に居るとなるとガブリアスはさぞ怒るのだろう。降りかかるであろう怒号を覚悟し、歯を食いしばる。するとガブリアスは深い嘆息を零して一言、吐き捨てるように呟いた。
「そうか……ごめんな」
「え?」
 切なく視線を逸らすガブリアスに、フライゴンは声を失う。怒られることは覚悟していたが、まさか謝られるとは思って居なかった。
「ごめんって、何が?」
「あ……えっと、その……」
 ばつが悪そうに口を間誤付かせるガブリアス。一向に重ねてくれない目線を追いかけるように顔をぐいと近づけても、それから避けるように引かれてしまう。
 ……もしかして。一つの答えが頭を巡る。
「……覚えてるの?」
「っ!?」
 ガブリアスの肩がびくりと跳ねる。
「覚えてるんだね」
「…………」
「どこまで覚えてるの?」
「…………。全部、な。お前に何か叫ばれた直後からの記憶はねえけど」
 あからさまにフライゴンの視線を避け、消え入りそうなか細い声でガブリアスが答える。
 “全部”――その言葉で、触れられてもいない背筋が愉悦に戦慄いた。
「そっか……そうなんだ」
「…………」
 互いに口を噤んでしまい、重い沈黙が降り注ぐ。ガブリアスは目を合わせてくれないし、フライゴンもあの光景が記憶を駆け巡ってまともに声をかけられない。
「……あれ、本当なの?」
「…………」
「ボクは、ガブの事を好きになってもいいの……?」
「…………」
「ガブは……ボクの事を好きになってくれているの?」
 胸が詰まって息苦しい中、フライゴンは言い淀みながらも確実に言葉を紡いだ。
 返事はない。
 すると不意に伸びた影がフライゴンの頭上を覆って――刹那、ふわりと身体が何かに包まれた。
「え――」
「……っ」
 ――気付けば、フライゴンはガブリアスの腕の中に居た。
 ガブリアスの肩口に額を押し付けられ、震える手で頭をぎこちなく撫でられる。鮫肌がちくりと肌を刺したが、耳朶に触れるガブリアスの鼓動がその痛みを忘れさせた。
「……好きにしろ」
 ぶっきらぼうな低音の声で、それでも懸命に絞り出したであろう言葉がフライゴンの耳に落ちてきた。
 ――好きにしろ。
 乱暴な言葉だが、それがガブリアスの全ての想いだった。否定はしていない。……やっぱりガブは嘘がつけないんだ。内からこみ上げてくる感情が目頭に熱を灯し、やがて視界が潤んでいく。
「……え!? な、何で泣くんだよ!? オレ様、何かヘンな事言ったか!?」
「ち、違うの、違うんだ……」
 滴る小さな雫を笑顔で弾くフライゴン。
「……嬉しいんだ。ガブが戻ってきてくれて。あの言葉が嘘じゃないっていうのが分かって。ガブを好きになってもいいんだって。ガブに受け入れて貰えて、ガブに愛されているんだというのが本当に嬉しいんだ」
「な、何言って……」
「ガブ、大好きだよ!」
 もうこの言葉を伝えるのを迷わない。
 自分の気持ちを口にするのを躊躇わない。
 ガブリアスを好きなこの気持ちを否定しない。
 だってボクたちは嘘が下手だから――
「……お、おう」
「ガブは? やっぱり改めてガブの口からも聞きたいな?」
「っ! ふ、ふざけんじゃねぇ! んな恥ずかしい事改めて言え――」
 ガブリアスの言葉が不自然な所で途切れる。しゅんと肩を落とし、視線を足元に注ぐフライゴンの姿が彼の言葉を遮ってしまったのだ。
「…………。す、好きだ。こ、これで良いか?」
「うん!」
 顔を持ち上げ、フライゴンは満悦の笑みで答えた。
 目線は合わせてくれないし、短くて乱暴な言葉。陽気なガブリアスが紡いでくれていた言葉みたいな飾りは無いけれど、その無骨な想いがフライゴンの心に波紋を広げた。

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  • 読んでて楽しかったです(*'▽') -- 朱烏
  • >朱烏さん
    コメントありがとうございます~(*'ω'*)
    楽しんで頂けて何よりです!私もすごく楽しみながら書きました!
    これからこちらのwikiでまったり執筆して参りますので、どうか宜しくお願いします! -- 彩風悠璃

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Last-modified: 2016-10-24 (月) 00:28:26
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