ポケモン小説wiki
レモン哀歌

/レモン哀歌

作者はでした。


 緑の木々を縫うように駆け抜ける、二つの影。
 とっくに夜の帳は落ちていたが、それでも二人はまるで風のように笑いながら踊っていた。
 しかし、よくよく見ると片方の息が少し荒く乱れている。
 
「ほらほら~、速くしないと置いてくぞぉ」
「まってよぉ~…あなたに追いつける訳無いじゃん…」

 あはは、と再び二つの楽しそうな声が響く。
 このやり取りも、先ほどから数えて何度目だろうか。

「おっ、やっと頂上に着いたみたいだね。この山は意外と高かったからな」
「はぁ…はぁ…ホントに…うわぁ…綺麗な景色…」

 荒い息使いと共に、やっと彼の隣へと追いついた彼女。
 そんな彼女の思考を一目にして奪い去ったのは、一面に広がる夜景だった。
 夜空の星を地上へとふりまいた様な近代的なそれは、二人の故郷では決して見る事のできない美しさを有していた。
 
「この街でいっぱい稼いで、おまえには楽させてやるからな」
「ふふっ、ありがと。頼りにしてるわね」

 交差する視線。
 そこには確かな決意が煌いていた。

「…私さ、久しぶりにレモンが食べたくなっちゃった。あなたを見てるとさ、思い出すの。だってあの色も、口の中で弾ける味もあなたそっくりでしょ?だから、私レモンが大好きなんだ」
「じゃあ、僕は久しぶりに桜が見たくなってきたな。あのピンク色も、可愛らしいところもお前そっくりだろ?だから俺は桜の花が大好きだな」

 まるで、お互いの愛を確かめ合うかのようなコトバ。
 それをにっこりと微笑む事で受け止めあった。

「あなたといると、いつもこの身体に生まれてよかったと思うんだ。昔は、色がおかしいってよく言われたけどさ。あなたにそう言われると、自分が大好きになってくるの」
「ははっ、そう思ってもらえてこちらこそ嬉しいよ」

 と、もう一度だけ視線を交わした後、ゆっくりと顔を近付けあう。
 
 まるで、世界の全てが二人を祝福しているようだった。



 あれからしばらくの月日が経った。
 だいぶ都会の生活にも慣れ、すっかり生活も裕福になったのだが――

「けほっ、けほっ…ねぇ、そろそろ故郷に帰らない?大分お金も溜まったしさ…やっぱりこっちの空気は私の身体 には合わないみたい…」
「ごめん…あと、あと少しだけでさらに大きな収入があるんだ…だから、もうしばらく頑張ってくれ」
「そう、だったら――

 どさり、と音を立て、いきなり彼女の体が沈みこんだ。
 
「…っ!おいっ、おい、しっかりしろっ!おい――



 哀しみが二人を包み込む。

 とめどなく、視界を揺るがすそれを止める術は、僕には困難すぎた。
 ゆっくりと、それでも刻々と近づく彼女の最期。

 しかし、窓から降り注ぐ幾重もの光筋はそんな僕を嘲笑うかのように、この部屋を白い聖気で満たしていく。

 あぁ、どうして君は――

 うつろに淀む彼女の瞳は、先ほどから一定の間を持って揺れていた。
 ふと、そんな彼女と瞳が遭った。
 ひどく、ひどく苦しそうな瞳が、何かを僕に伝えようとしている。

「どうした?苦しいのかい?」

 弱々しく彼女はかぶりを振る。
 では、何を…?

 視線が逸れる。
 見つめるのは、僕の隣にある机――いや、その上にある果物籠か。
 あぁ、そうか。
 僕は全てを察する。
 ただ一言「はい」とだけ放つと――
 その前肢にレモンを差し出した。

 黄金に輝く、まるで宝石のようなその果実。
 天の恵みをいっぱいに取り込んだ君の好物。

   さぁ、お食べ。
 
 がりりと、力強く君は果汁を弾かせた。
 その一滴一滴は、一瞬君を正常へと導く。
 こんな君を見たのはいつ以来だろうか。

 再び青く澄んだその瞳は、優しく僕に微笑みかける。
 再び力を込めたその前肢は、僕の前肢を握り返してきた。
 なんて健康的なのだろうか。
 いまだ、その喉元に嵐は潜んではいるが。

 規則的に動いていたその胸も、次第にリズムを落としてゆく。
 そして、最期を迎えるその前、ゆっくりと瞳を閉じた。
 まるで、昔二人で登ったあの山頂での時のように大きく息を吸い込む君。

 結局、あの時の約束は果たせなかったけれど。
 それでも君は口を動かした。

      ありがとう――

 君の頬を伝う一筋の涙。
 それはまるで。

「うぁぁっ…うあぁぁぁぁぁっっっ…!!」

 あぁ、どうして君はそんなに美しいのか。
 あぁ、どうして君は僕を置いて逝ってしまうのか。
 あぁ、どうして僕は――君の頼みを聞いてやれなかったのか。
 あぁ、あの時、君が言った通りにもといた故郷へと帰っていれば。
 僕は君に負担をかけすぎたのだ。
 自責の念だけが、僕の心を支配する。
 
 心、こころ。

 一体それはなんなのだろう。
 痛くて、いたくて。
 そこには哀しみが頓挫している場合が多い。
 怒りや喜び、楽しみなどの感情なんて、ほんの一瞬でしかない。
 僕たち生き物は、常に哀しみの感情と隣り合わせで生きている。
 目標の不達成。
 自らの劣等感。
 孤独の認識。

 そして、死――

 しかし、心と言うものは異常なまでにその感情を嫌う。
 もう二度と傷つかぬようにと、そのために努力し、笑い、喜び、怒り、様々な物に隠れようとするのだ。
 逃げようとするのだ。
 だからこそ、僕たちを僕たちたらしめる、鎖のようなものなのだろう。
 しかし、やっぱり僕なんかにはその全てが分かるはずもなく――

 ぽっかりと開いた穴は、傷のようには治ってはくれない。
 考えても、考えても、かんがえてもかんがえてもかんがえても。

 やっぱり僕には分からないのだった。



 今日も僕は花瓶に挿した桜の陰に、レモンを飾ろう。
 だって、いつも君に笑ってて欲しいから。

 今日はまるで、あの日のように暖かな陽溜りだった。

 いつもと変わらぬその部屋には、写真に微笑むサンダースと――

                  ――常に微笑み返すシャワーズが居た。


~あとがき~

先日、16年連れ添ったかけがえのない相棒が旅立ちました。
あの子、犬のくせに何故かレモンが好きだったんですよ。
まぁ、果汁30%のジュースですけどね(笑
そんなこともあってか、私は高村光太郎さんの『レモン哀歌』が大好きでして・・・
だからこそ、何か形を残そうとこの作品を書かせていただきました。
まぁ、どうせパロですが。
ですので、テーマである『心』との関連はほぼ無理矢理です・・・
いやぁ、なので1票貰った時にはビックリしましたね。
なんか見に覚えのない修正で1割削れてますが・・・誰です?いじったの。
まぁなんにせよ、1票くださった方、並びに読んでくださった皆さんーー
   ーー本当にありがとうございました!

これからも、どんどん頑張って行きたいと思います!

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 手遅れになるまで悪い空気に触れさせる。また、それに対する男の影響が少ないと言う事に、いささかの疑問を感じました。(実は原因は水?)
    そして、その後の展開で、死亡した後に心を必死で整理しようとするあたりに入ると、なんだかいい事を言おうとして、しかし何が言いたいのかが迷走している印象でした。
    三行で纏めろと言うわけではないのですが、結論がある程度わかりやすくならないと、見ているほうとしてもどのように感情移入をすればいいのかも分かりにくいと思います。
    ――リング 2013-03-23 (土) 22:55:12
  • >リングさん
    死因に関しましては、肺結核のつもりです。
    元々この『レモン哀歌』は、詩人の高村光太郎さんが書いた『智恵子抄』という詩集の中の1篇なのですが、そのタイトルの元にもなっている智恵子さんは体の弱い方だったらしいのです。(押入れの奥にあった教科書より)
    だからこそ、彼女だけ都会の悪い空気に耐えられなくて肺結核・・・なのですが、自分の頭の中でもうすっかりまとまっている事だったので説明が抜けてしまいました。すいません。
    次回からはこの様な事がないよう、気を付けます。
    展開については、これを書いたときが愛犬が逝ってすぐだったので、かなりネガティブになってますね。
    私は、心のほとんどを占めるのは悲しみだ的な事が言いたかったのでしょうが、どうもこの拙い文章力では伝えきれなかったようで・・・
    いや、後になって読み返してみても何言ってるのか自分ですら分かりませんが・・・
    なんと言うか、自分の作者としての未熟さを改めて痛感しました。
    これからも、どんどん経験を積んで行きたいと思います。
    アドバイス、ありがとうございました!
    ――チェック 2013-03-26 (火) 07:43:57
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2013-03-21 (木) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.