森で目覚める朝は、すこぶる気分がいい。
生まれたばかりの陽光と、緑の香り、ポケモン達の囀り。
烈火の化身として生まれてきた自らの内に、快として焚き付ける。
たまには、あいつと明かさない夜も一興だ。
そのような考えを脳裏で過ぎらせながら身体を起こせば、布張りの仮住まい前で腕を組んで地に腰を下ろした主の姿が。
主の眼前には、折り畳みできる食台の上に並べられた小瓶。
その光景の意味は知っている、主のもとで迎えた朝には馴染みとなっている。
人間の嗜みで、人間は香りを纏った色水を己の身体に振り掛ける。
特にも主は、主の恋仲の影響で蒐集癖に陥ってしまった。
故に、旅に生きる身だというのに、日頃常に嗜好品からの圧迫に苛まれている。
(キョウヘイ、今日の色水は決まったのか?)
自らの呼びかけに、主は眉間に皺を寄せた表情で振り返った。
「Nさんの影響で増やしすぎた・・・やっぱり、これじゃ旅どころじゃない・・・」
そう転がしながら、再び小瓶の群れに視線を戻す主。
硝子に詰められた色水達。
綺麗ではある。
神性を与えられた炎の権化である自らでも、このようなものは作り出せない。
創造の神で在らせられるあのお方の手から放れた、人間だからこそ為せる技なのだろう。
「そうだ!レシラムにこれあげる!興味があって買ったけど、やっぱり俺には使いこなせそうにないし」
眺めていただけの自らに、主は右手で掴んだ小瓶を差し出した。
(俺に?)
受け取ったそれは、琥珀のような色を湛える小瓶。
この造形の様式、覚えがある。
太陽と月の化身が見守る島々の、どこかの街に似たようなものがあったはずだ。
「その香水はレシラムにピッタリだと思うよ!試しに今付けてみて!」
(こうか?)
主に勧められて、俺は。
爪で割らぬよう傷付けぬよう細心を払いながら蓋を開けて、自らの体に向けて一吹きした。
「今日のお前は、違うな」
彩るは満天の星空、その下で。
俺とこいつ、両者の居城であるリュウラセンの塔、その瓦礫まみれの最上階で組み伏せられながら。
鼻先と鼻先が重なる手前のところで、ゼクロムが言った。
「ああ、主から色水を一つ貰った。お前も、お前の主に請えばいいだろう?」
「俺には必要ない。それは人間が付けるものだ」
即答だった。
その物言いに、恋仲とはいえ若干の苛立ちを覚えてしまう。
「俺が、人間かぶれしてるとでも言いたいのか?」
「そうじゃない、それに」
「それに?」
疑問を投げかけた、まさに次の瞬間には。
俺の口は、ゼクロムのそれで塞がれた。
若干の驚きはあったが、委ねることにした。
瞳を閉じて、自らが持ち得る認識の全てを、ゼクロムと繋がっているそこへ集中させる。
ゼクロムの感触、ゼクロムの感覚、ゼクロムの恋慕。
軽口の応酬は茶飯事であるが、やはりこの身と心は雷電の化身を求めている。
それは、互いに対となるべくして生まれた為ではない。
ゼクロムがゼクロムだから。
だから、こうしたいと思う。
長い長い口づけの後、ゼクロムが先程の続きを紡ぐ。
「それに香水は、キスされたい側が付けるものだ」
その微笑みに、自らの顔面に火照りを覚える。
「お、俺は・・・」
「安心しろ、今夜もたくさんキスしてやる」
またもや、ゼクロムの接吻で口を塞がれる。
両の腕で顔を撫でられながら。
内に滾る恋慕で焦がされていく脳裏で、自らが身に付けた香りがすんと鼻腔をくすぐるのを感じながら。
了
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