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ラティアスのこころ

/ラティアスのこころ

警告!!
このお話は、作者の勝手な考えによって素晴らしい作品のその後を描いてみた文面です。言ってしまえば、ポケモンの映画、<水の都の護神 ラティアスとラティオス>のストーリーの延長線上に位置します。よって、映画をご覧になった方々のイメージを大幅に崩してしまう恐れがありますゆえ、閲覧する際は充分にご注意下さいませ。。。それでもOKという方は、駄文ですがどうぞお読み下さいませ。

このストーリーに於いて何か問題等がございましたら、速やかに削除等の対策をしますので、何かありましたらご報告願います...。しつこく言いますが、これは作者の勝手な妄想で作りましたストーリーです!イメージ崩壊に充分にご注意願います・・・。



忘れもしない、あの人の事。
忘れもしない、あの日の事。
忘れもしない、あの人の、頬・・・。

「ラーティアース!居るー??」

もう何年も聞き慣れた女の人の声。私はすぐに反応して、声の主の場所まで急いで向かった。

「うふふ...ちょっと~ラティアスくすぐったい~!!」

いつも好きなように甘えさせてくれる彼女の事が大好き!だからいつも呼ばれれば、まずは頬ずりをこれでもかというくらいしていた。

「カノン!行く準備はできたかい?」
「ええ!大丈夫よ!さ、ラティアス!」

私は少しうなずき、人間に変身する。いつもの変身、それは目の前にいるカノンと呼ばれる彼女とまるっきり容姿は一緒で、ただ唯一違うのはあの日の時の、カノンの服装をしている事。

「ラティアスっていつもその格好しているのね!よっぽど気に入っているのかしら?」

いいの、これは私の宝物と言っても過言ではないもの。
今日は忘れてはいけない日。私の兄さんがこの街を命がけで守り通し、天へと旅立ってしまった日。あれからもう早いもので、3年が経った。兄さんの形見、こころのしずくを眺めた後、今私たちが向かっているのは、船が泊まっている港。あの時別れた海上を目指し、船に乗り込む。独特の機械音が唸りだして、海の上を走り始めた。たまに人間の状態のまま船に乗るのも、なかなか心地良かった。

船を進ませて大体10分ぐらい経って、カノンのおじさんは船を停めた。正確な場所はわからないけれど、でも合っているのは間違えないはず。この辺で、私は兄さんと別れた・・・。静かな空間に、海の波の音が自然と耳に入る。

「もう、ラティオスが死んでしまってから3年が経つんじゃな・・・早いものだな・・・」

屋根に手を置いて、しんみりと話す。

「ラティオス・・・元気かな?」
「あぁ・・・」

思い出すのは、最期の夢映しで兄さんが見せてくれた、大きな大きな蒼い星。あれはきっと、私たちが暮らしている星だったんだと思う。カノンにボンゴレおじさん、そして私は空を見上げた。必ず空のどこかで、お兄さんが私たちの事を見ていてくれる事を信じて・・・。そして、あの人もまたこの世界のどこかで、相棒のピカチュウと一緒に元気に旅をしていると信じて・・・。



ラティアスのこころ
作. opoji



「おーぅい!ボンゴレー!」
「なんじゃー?」

港に戻ってきたところで、早速地元のおじさんに声を掛けられるボンゴレさん。

「船の発注が来てるんだ!ちょっと来てくれないか??」
「発注?はて・・・今週分は仕上げたはずじゃが?」
「なんでも急ぎらしいんだ!」
「そうか、すぐ行く!カノン!!悪いが、この通りだ!ちょっと行って来るから、ガイド長に今日は手伝えないと伝えてくれるか?」
「わかったわ!伝えとく!」
「頼んだぞ」

カノンは頷き、私の方を向く。

「さ、行きましょ?」

元居た場所に向かい歩き出す。やっぱり、あの場所に行って来た後は心がスッキリするというか、心に余裕ができる気がする。

順調に辿り着き、こころのしずくがあるこの園へと辿り着いた私は、変身を解いて元の姿に戻した。

「さて、と。じゃああたしは聖堂へ行って、ちょこっと絵も描いてくるわね?」

私は返事をし、少し頭を撫でてもらってからカノンを見送った。これからどーしよっかなー。

「あの場所へ行ってきたのかい?」
「ひゃぁ?!」

突然後ろから声を掛けられ、不覚にも驚いてしまった。

「なんだ、ダリスかぁ!びっくりさせないでよ、もーー!」

ダリス・・・私が兄を失い、その数日後にこの街を訪問して来て知り合った一匹のラティオス。クスクス笑って私を見ている。

「ごめんごめん。謝るから、頬を膨らませないで?」

落ち着いた低いトーンで、話してくるダリス。

「はぁ・・・今日は何しに来たの?」
「ん?これといった理由は無いけどさ。この場所はなんとなく気に入っててね」
「よーするに暇つぶしって事でしょ??」
「あはは、そんな呆れた風に言わないでおくれよ。それに、君に会いに来たのもあるしね」
「私に会いに来たって何もありませんよー」
「はいはい」

また私に笑って見せるダリス。最近、と言っても前からか。よくここに来るようになったのよね。兄を亡くした時は、ほぼ毎日のペースで遠い地方の私たちと同じ種族が数匹グループで訪問してくれて、その度に私の事を励ましてくれたりしたけど、ダリスだけはいっつも一匹で違う時間に会いに来るのよね。

「今日で3年が経つのかい?」
「よく覚えているわね・・・うん、そうだよ?」
「あの頃と比べると、君は見違えるように元気になったよね。良かった良かった」
「私、そんなにあの時元気なかった?」
「それはもう。何聞いても右から左へ聞き流していたし、何しろ自分を閉ざしているみたいだったしね」
「そうだったんだ・・」
「・・・ちょっと、ついて来てくれるかい?」
「え?」
「この後何か用事でも?」
「いや、別に無い、けども・・・」
「なら、ちょっと話したい事があってさ。来てくれる?」
「う、うん。わかった」

言われるがままに、私はダリスについて行った。あ、もちろん光学迷彩してね!人間達には見えないようにしているのは前から同じなの。

5分ほど狭い街並みを穏やかに抜けて行き、広場のような場所は・・・あれ?

「ここ・・・」

街外れにある唯一の森であり、私自身見覚えがあった。

「覚えているかい?」

ダリスはこちらを振り向き、私に聞いて来た。

「うん・・・」

ここは色んな意味で嬉しい思い出と、苦しい思い出が交差する場所。

「とりあえず、来て?」

促され、森に入って行った。

「あの時と変わらない」
「あぁ・・・そうだね」

ポッポやバタフリー達の鳴き声が聞こえる中、私たちは光学迷彩を解いた。よく見れば周りの風景は、太陽の日差しが木漏れ日により美しいカーテンを創り出しているようだった。

「君にはまだ聞けてない事があるんだ」

まっすぐ私を見つめ、話すダリス。

「俺が君に告白した時・・・君が言ったこと」
「・・・」



時は2年前。場所はここ。
兄さんを失ってから、この頃は徐々に元気が戻りつつあったある日の事。その頃もダリスは私の所にマメに来てくれて、話し相手になっていて。そしてこの森で彼は・・・

「そ、その、今まで、君に言わなかった事が、ある・・・」

今まで見たことも無いしどろもどろな口調で、私に必死に何かを伝えたかったようで。

「ダリス?どうしたの?言わなかった事って?」
「えぇぇっと...そのー、なんだ・・・」
「とりあえず落ち着いて?ね?」
「・・・うん...スーー、ハーー・・・・」
「深呼吸深呼吸♪」
「いぅっ、言うぞ・・・えっとな、前から、そのっ君のことが気になってて、んで、いわゆるな...こ、この気持ちは、きっと、いやきっとじゃなくって、絶対、そう絶対」
「・・・絶対?」
「・・・好き、なんだと思う...いや、好き、だ」
「え?!」
「好きなんだ!!君の事!!」
「嘘...」
「これからも俺は君を守って生きたいし、君のそばに居たい!この気持ち、本当なんだ!」
「・・・ごめん...」
「え?」
「ごめん、私、ダリスの気持ち全然気づかなくって・・・私ね?一度、心に決めた存在が居てね?私の中で、私の心の中で、それは支えになっていて・・・」
「・・・」
「・・・だから、今はダリスとそういう関係になるのは難しいというか・・・多分私、ダリスの事傷付けちゃう・・・」
「...そんなの━━━」
「んんう?ダメなの・・・少なからず今は絶対・・・私はその存在がまだ、私の中で濃過ぎるから・・・」
「・・・」
「・・・」
「そうか、、それって、君のお兄さんの事かい?それとも、別のラティオスの事かい?」
「・・・どっちも違う」
「違う・・・?」
「・・・っ!!ごめん!ほんっとうにダリス、ごめん!!こんな私の事忘れてどっかに行って!!」
「え?!ちょ!!」
「さよなら!!!」
「待ってくれ!!頼む!待って━━━!!」

私はダリスの追跡を全力で振り切り、その最中涙が多く頬を伝っていた。私一人街外れの水路で、誰も居ない所でわんわん泣いた。一番身近にいた友達を傷付けてしまった。私の勝手な意地で彼を傷付けてしまった。もう何も失いたくないのに、失ってしまった。劣等感と悲壮感が私の中でこだまする。



その後私はカノンの家に篭りっきりなっていた。もちろんその日からダリスと会う事はまず無かった。カノンは私を心配してくれて、色々世話をしてくれた。そんな日々が続いて今から1年前、今日みたいに兄さんと別れたあの海上へ向かうため、久々に外出と呼べる外出をした。そして夕方、あのこころのしずくが有る園で懐かしみも込めてブランコをいじったりしてる時、ダリスが目の前に現れた。あの時の彼は、前みたいに何も変わらない笑顔で私に挨拶を交わしてきてくれた。何だろう、その彼の優しさが全身に響き渡ったというかなんというか、もう何がなんだかわからないぐらい号泣して、ダリスにすがっていた。ごめんねってたくさん伝えて、でも彼はそんなの気にしてないって言ってくれて。あの時最悪の別れ方をしたのに、許してくれたのだから。

それ以降、私は普通に外に出るようになったし、こうしてよくまた前みたいにダリスと会うようになっていった。もちろん友達以上恋人未満の関係が続いていた。

「君の兄さんの事でも無ければ、他のラティオスの事でもない・・・じゃあ君は、一体何の存在が君を支えてくれたのか・・・」
「・・・」
「あれからずーーーっと俺は考えてたんだけど、全然わからなくって・・・。良かったら、教えてくれないかな?と思って...」
「・・・」
「少しでも、君の理想が俺にも知ることができたなら・・・って」
「・・・・何を聞いても、変な風に思わないって、約束してくれる?」
「もちろんだよ!!君の言うこと、信じるから」
「・・・本当?」
「本当!」
「じゃあ、ダリスにだけ、教えるね?・・・」

ダリスならきっと理解してくれる。私は心の中で決心して、私の本当の気持ちを伝える事にした。



真っ直ぐにダリスを見つめ、一呼吸おいて私は話しを切り出す。

「・・・そう、ちょうど3年前の兄さんを失う数日前の話。人間が毎年開催する水上レース、ダリスも知ってるよね?私と兄さんで毎年いつも観に行っててね」

ダリスは頷きながら話を聞いている。

「その時は何気なしに適当な人の近くを追跡して、私もレースに参加してるような気分で観ていて。そしたら目の前にいたある人が、カーブでしくじったみたいでボートから投げ出されたの。本当無意識のうちに私は急いで、彼が壁に打ち付けられる前に間に入ってクッションになった。結果的にはその人、水に落ちたんだけどケガはしなかったのよ━━━」

そう、今思えばそれが初めてその人間に、彼に関わった時だったな。
そんな彼の傍にいつも居た相棒のピカチュウ・・・とっても幸せそうな顔をしててね。なんとなしに私は彼に興味が沸いて、レースが終わって少し落ち着いた所でちょっと接近してみたの。人間の姿に変身して。彼に話しかけるのはもちろんできないけれど、それでも良かった。彼に私の存在を印象付けるために、ちょっと強引だったけど顔を近づけてみたの。その時の彼のびっくりした顔は今でも忘れないな。

「そのまま私は彼からいたずらに走り去って...でも、その後が大変だった。例の悪い人間が・・・2人、私に襲い掛かってきた」

「聖堂の守護機を起動した、人間?」

「うん。いきなりだったから私は逃げることができなくて・・・でもね?」

もうすぐで私が捕まりそうになった時に、どこから来たのか彼とピカチュウが現れてさ。私すごくびっくりして。そのまま彼に手を握られ、一緒にその2人から逃げて。なんかもう胸のドキドキが止まらなかった。彼に引っ張られたまま走って、走って。多分私自身、そこで彼に惹かれていたのかもしれない。追っ手からはうまく逃げることができて、すぐにでもお礼がしたかった私だけど、うまく方法が見つからないから何もできないでいてさ。結局、ひとまずは彼から一旦離れて方法を考えようと思って、また彼の目の前からごく自然に姿を消して。・・・でも良い考えが浮かばなくって、唯一考え付いたのが私が住んでる園へ連れて行く事。

「自分の本当の姿を見せられるからかい?」
「そう、他人の目を気にしなくても自由になんでもできるあの場所へ連れて来たかったの」

彼を探して数十分。見つける事ができた私は急いで変身して彼の目の前に行った。どういうつもりさぁ?って彼が嘆いたのを私は尻目に、また走り出して彼に追い掛けさせたの。順調に入り口まで誘い込んで・・・私の作戦は大成功。

「その人間も、君の事をずーっと追い掛けて来たなんて、結構気があったりしてね?」
「照れるじゃない。。。そうだと嬉しいな」

それでね?その後なんやかんやで私の事を面倒見てくれてるカノン、ボンゴレおじさん、そして兄さんにも彼の事紹介する事ができて。私の姿を見せたら彼、すっごい驚いてたなぁ。でも、最初だけですぐに私に慣れてくれてさ。いっぱい構ってくれて嬉しかった。

「とても優しい人間なんだな。君と会って触れ合ったのはその日が初めてなんだよね?」
「うん、初めてだよ?」
「そうか。俺たちポケモンを心から愛せてられるからこそ、その行動ができるんだろうね。魅力を感じる」
「だから余計構ってもらいたくなっちゃって・・・でも、その時は日が暮れるのが早くてさぁ。彼も一人で居る訳じゃないから、仲間の所に帰る事になって。ちょーっとだけ駄々こねてみたけど、引き止める事ができなくってさ。ちょっと落ち込んだんだけど、別れた後兄さんが気を使ってくれて、私と遊んでくれたの」

どこまでも優しいお兄ちゃん。かけがいのない私のお兄ちゃん。だけど魔の手が・・・
あの2人が、私達の元へやってくる・・・



「おやすみ、お兄ちゃん」
「うん、おやすみ」
肌をなでる心地いい夜風。完全に寝静まって、お月様が空高く上がった頃。園の風車がいきなり騒がしくなる。

「・・・ん、?」
「...兄ちゃん?」
「シッ!誰か居る・・・」

そーっと私から離れ、様子を見に行く。私も心配になって兄さんの後ろに着いて行った。私達の住処を汚す、人間2人。こちらを見据える。



思った以上に事態は悪くて、その人間に従うポケモンに私たちは敵わなかった・・・。あっという間に追い詰められ、ついに兄さんが捕らわれる。どうにかしたいのに何もできない私自身を恨んだ。今でもしっかりと耳に残っている兄さんの叫び声。お前だけでも逃げるんだ、さぁ行くんだ、って。頑なに拒んだのに、拒むほど兄さんが傷付いていく。でも必死に私に伝えてくれたの。俺なら大丈夫だから。俺に構わず逃げろ。あの時はその言葉を信じるしか無かった。だから私は、兄さんの言う通り逃走した。最後に聞こえた兄さんの叫び声も、水路に潜った私の耳には届かない・・。

咄嗟に潜って逃げたのは良かったけど、行く宛てが無い。でも、その答えはすぐに私の中で生まれた。彼なら・・・優しい目をした、あの人間ならきっと、なんとかしてくれるかも知れない。頭の中が色んな事で混乱していたが、それを必死に冷静に考えて、彼の行き先を思い出した。迷いとかは一つも無かった。心の底から彼にすがりたかった、頼りたかった。その想いが私を余計に加速させていたのかもしれない。

目的の場所に辿り着いた私は、戸惑いも無く寝息が聞こえる部屋に窓から入り込んだ。ほぼ同時ぐらいに、彼が接しやすいように人間の姿に変身して。私が入ったのをいち早く感知したピカチュウが、どうしたのと問い掛けて来る。そして後ろから彼が歩み寄る。状況を伝えるとか、そういう概念より先に私の身体は彼に抱きついていた。すごく彼の身体は温もりがあって、どこか安心できる。彼以外には人間が2人居るのを確認できた。

少し落ち着いた所で、ある問題が私の中で生まれる。彼に、いや、彼らの仲間にもどうやってこの今の状態を伝えればいいのか。これが私の悪いところ。いつも行き当たりばったりで、兄さんに何回も怒られた事がある。そんな考え事をしている最中、頭を貫くビジョン。これだ!兄さんが見ているものを見る事ができる、夢映し。私はこのビジョンを、エスパーの力で彼らの脳内にリンクさせ、同じものを見させた。いきなりの出来事に戸惑いを隠せない2人を尻目に、彼だけは全てを把握してくれた。ビジョンには聖堂の守護機の動作、捕らわれたボンゴレおじさんと、カノン。復活されし古代ポケモンと、全てを奪おうと試みる人間が2人。そして、こころのしずく。・・・と、いきなりビジョンが途絶える。兄さんの体力が確実に削られているのが身に沁みて判った。

外が騒がしい。ついに嫌な予感が的中する。耳をつんざく様な音と共に、街全体に罠が張り巡らされていく。彼は何も戸惑う事も無く、部屋のベランダから罠に閉じ込められる前に相棒ピカチュウと共に飛び降りた。私も着いて行く。「みんなを助けなくっちゃ」・・・どれだけ心強い発言だったか。やっぱり私は間違えていなかったと、改めて思った瞬間だった。


ダリスは決して目を離す事無く、彼女の話を聞いている。彼女の一言一言をしっかり胸にしまい込むようにして、時に笑ったり、時に難しい表情をしたりしていた。

「彼と聖堂に向かってる時にね?例のプテラとカブトプスが私たちを襲ってきたんだけど、その都度彼とピカチュウは助けてくれたの。だけど、やっと聖堂の目の前にまで来た時に、今度は海水自体が私達の目の前に立ち塞がって・・・」
「海水?」
「うん。あの人間が操作して造り上げた超現象。床からさ、水柱が立って私たちを飲み込んで苦しめられるの。苦しくて、苦しくて・・・このままだと彼が危ないって思って直感的にある事を発動させてしまったの」
「・・?」
「私たちにしかできない、守護機の強制停止。だけど、代償も必ずある」
「強制停止・・・君の兄さんのエネルギーで起動していた装置を強制停止するって事は、そのエネルギーが反転する。そうなると、必然的に君の兄さんの状況がさらに悪化する事になるね」
「そうなの・・・私がまた後先考えずに行動したから...」
「...そっか。でも、それはしょうがない事だよ。確かに君の兄さんも危ない状況だったけど、もっとも君の中で護りたい存在があったからこその行動かな」
「護りたい・・・存在」

ダリスの透き通るようなその紅の眼が、私を見つめる。

「その時君の中で、その彼の存在が大きかったんだと思う。だから君がやったことは間違えじゃないと思う。それが人間であろうと、好きっていう気持ちはみんな一緒なんだから」
「ダリス・・・」
「ん、それで?続きを聞かせて?」
「あっ..うん、それでね?」



私の作戦は成功して、その隙に聖堂へ駆け込んでいった。
目の前に飛び込んできた光景は、まさに夢映しで見たものと同じだった。ただ、守護機の暴走は案の定、さらに兄さんが苦しめられ、悲鳴が聞こえる。パニックになりそうな頭をなんとか落ち着かせ、今自分にできる事を必死に考えた。彼はボンゴレおじさんとカノンを助け出すと、いよいよ兄さんの状態を確認する。

思っている事は一緒。私の兄さんを助け出す。だから体当たりしてまでも、無我夢中に兄さんを捕らえてるリングを攻撃する。彼も、相棒のピカチュウも、必死になってくれた。急がないと命が危ない・・・。私が持てる力を放出し、リングに体当たり。そこでやっとリングが崩れ、私は兄さんに触れる事ができた。兄さんの温もりに触れる事ができた。あんなに近かった存在が、こんなにも懐かしく、嬉しく感じた。そして、守護機が沈黙・・・。
━━━安堵。だけど、そううまくはいかなかった。

「触っちゃいかん!!」
ボンゴレおじさんが一喝。人間2人に向けて。悪しき者に触れ、汚れたこころのしずくをもう一度触れた瞬間に、轟音と衝撃。人間2人を吹き飛ばし、さらに守護機が再暴走。もう後戻りなんてできる状態ではなかった。


「街が、沈む?」
「そう。言い伝え通りに。街全体の水路から水は一斉に引いて、後から巨大な悪魔になって襲ってくる。もうダメって私の中で思ったんだけど、兄さんだけは違った。まだ希望はある、諦めちゃだめなんさ...って言ったの。身体は怪我だらけなのに、私にいつもの振る舞いで伝えてね」
「でも、その時君の兄さんの体力は・・・」
「...うん、普通じゃ絶対に動けない状態のはず。だけど無理をしているのを必死に私に隠していたし、兄さんは最期まで私にいつもの自分を見せたかったんだと思う・・。それで、空から見た悪魔に豹変した沖の姿は今まで一度も忘れた事はないわ」
「例の人間2人のせいで・・・」

ダリスは俯き、悲しい表情を見せる。そしてしばらく沈黙・・・。2匹を包み込むような穏やかな風が流れ。合わせて周辺の木々が歌い始めたかのように、サワサワと聞こえる。
ダリスがふと視線を上げ、彼女を捉える。本当に一瞬だったが、小刻みに身体が震えているのを確認し、しく、しくと小声で漏らしていた。異変に気づいたダリスはすぐに彼女の元へ寄り添う。

「ど、どうした?!大丈夫かい?」
「...グス..んん、、ダリス・・・」

泣いていた。透き通るようなとても綺麗な涙が、眼から頬、頬から首元へ流れる。ダリスに後ろから抱擁されると同時に、浮力を失い地面へゆっくり泣き崩れた。声には出さない、押し殺した涙。涙で潤んだ眼で視線をダリスに向け、ダリスも彼女から視線を外さない。決して口には出さないが、ダリスは彼女の悲しみを、涙を、全てを受け止めてくれる姿に、それを悟った彼女はダリスに身を投げた。そして、我慢していた悲しみを開放し、声を出して泣いた。ダリスはただただ抱き寄せ、気の済むまで泣かせた。それだけで彼女は十分だった。ダリスは優しく背中を擦りながら、目を閉じる。そして、彼女のこころの奥にある、とても頑丈な扉の鍵が解き放たれた瞬間でもあった。

「..兄さんは・・・」

抱き合ったまま、彼女は再び口を開き、時より声を震わしながら話を続けた。



兄さんは・・・襲ってくる悪魔をジッと見つめていた。白波を立てて、大きな大きな海が街を飲み込もうとしている。
「やるっきゃない...」
呟くように兄さんが言った。
「アレを止められるのは、俺たちしか居ないんだ。先祖から護ってきたこの街を、絶対に護る!!」
迷いなんて無かった。兄さんの意見に私も同意し、決意を胸に秘める。
「行くぞ!持てる力を全て解き放つんだっ!」
兄さんの叫びに私は返事をして、全速飛行で兄さんと共に悪魔に立ち向かう。後方で私たちの名前を呼ぶカノン達があっという間に遠くなっていった。

私と兄さんは全神経を集中して、パワーを溜め込んだ。こころのしずくの暴走を止める力を、兄さんとパワーリンクさせてさらに飛行加速。そして悪魔全体の中心へと進路を調節して、ついに接触の時・・・色々な想いがあったけど、やっぱり私、無意識に彼の事が一番護りたかったと思ってた。だから、兄さんと共に悪魔に特攻した時、彼の顔が頭に浮かんだんだ。この危機を乗り越えれば、きっとまた一緒に遊んでくれる、また会えるって。

白波を立てる海水に飛び込んだ瞬間に、私は意識を失った・・・。


真っ白い世界。痛みなんて何も無い。ここはどこ?兄さんはどこ?
私の兄さんは確かに居た
私の大好きな兄さんがそこに居た
でも、兄さんは居ないの・・・
どうしてそんな姿をしているの?
どうしてこっちを見ているだけなの?
どうして喋ってくれないの?
どうして...どうして...
(ごめん)
私の心に響く声
(..無理をし過ぎたみたい)
ケガをしてたのに、痛みを隠してたよね
(ハハ..さすがにわかってたか)
兄さんはいつもそうやって強がるんだから
(・・・)
ねぇ、ここは?早く戻ろ?皆待ってるよ?
(俺、もうそっちには行けない、かな...)
行けない・・?どういう事?
(あ、そうそう、街を散歩する時は絶対に変な人間に関わらないようにな?)
ねぇちょっと!はぐらかさないで!
(後、中央公園のナナツリーに、お前の大好きな木の実が成ってたぞ?)
ねぇ!!
(...カノンとボンゴレおじさんを、これからも護ってやってな?)
お兄ちゃんが居なきゃ・・・居なきゃ・・・
(大丈夫。俺はいつもそばに居るよ)
・・・
(手、握らせてくれないか?)
え?
(ほら・・・)
・・・うん

私の指先と、兄さんの指先が触れ、ギュッと握る。兄さんの手に、温もりは存在しなかった。どこまでも冷たかった。そして私は、全てを悟った。でも、決して認めたくは無い。今すぐにでもこの悪夢から逃げたい。...でも、その来たるべき時はあっという間にやってきた。

(暖かいな・・・)
お兄ちゃん...
(...愛する妹よ・・後は頼んだぞ)
やだ...
(少しのお別れさ。大丈夫、お前だったら)
いかないで!!
(いつでも俺は、お前を見守ってるから・・・)
お兄ちゃん!!

兄さんの手が離れようとした...私はそれをギュッとさらに握って、離れないようにしたんだけれど・・・ダメだった。私は離れていく兄さんを見ているだけ...天に引っ張られていく兄さんを、見ているだけ・・・

(━━━そうだ、言い忘れてた事がある。・・・全ての人間は、悪い奴ばっかりじゃない。お前が好感を持ったあの人間やその仲間達は、すごくいい奴だ。だから、人間不信にならないで欲しい。いいね?それから、もし付き合うオトコができる時は、俺みたいな性格の奴にするんだぞ?お前の身体は一つしかない。...くれぐれも、大切にな?             ・・・。)

真っ白な世界はやがて深海色に染まり、そのまま私は海の底へと沈んで行った。


目覚めれば海上。しかも船の上、、、あれ?
私の周りには、心配してくれていたカノンや彼らが居た。いまいちこの状況に頭がついていけず、ボーっとしている。「ラティアス、ラティオスはどこ?」・・・カノンが放ったこの言葉で、私の脳内にイナズマが貫いた。同時に全身の力が全て抜けた感覚を覚えた。・・・私は空を見つめる。兄さんは、あの広い空の彼方。もうここへは、還ってこない・・・。


「それからね?最後の最後に、兄さんから贈り物が来たんだ」
「贈り物?」
「うん」

彼女の涙は落ち着きを見せ、発言もだいぶ安定していた。そして、ダリスから少し離れ、彼女は再び浮遊する。ダリスも合わせて浮遊し、彼女を見つめる。

「夢映し」
「・・お兄さんから?」
「うん。そこに映ってたのはね?とーっても綺麗な星だったの。青い星。こころのしずくより綺麗だった」
「青い星・・・それはなんだろう?」
「わからないけど・・でも、なんだか心がスッキリしたんだ。それで、その青い星が遠くに消えて、最後に光の玉が目の前に生まれてね?光終わった玉は、こころのしずくだった。兄さんの形見」
「そうだったんだ・・・兄さんは最後まで、役目を果たしてくれたんだね」
「本当に誇りに思う。だから、今園にあるこころのしずくを見ると、兄さんを思い出すんだぁ」


兄さんのこころのしずくを受け取ると、暖かい腕が私の首周りに触れたんだ。彼が私を抱いて慰めてくれたの。どこまでも優しい彼にも出会えた事が、本当に嬉しく思ったんだ。

その時、もうすでに朝日が上がってて。皆で一緒に園に戻った時は、完全に朝になってた。こころのしずくを噴水の置き場に置くと、また前みたいに綺麗な水が水路を流れ始めた。兄さんは居ないけど、兄さんの意思というか、心は確かにそこにあるって思ったら、少しは楽になれたかな。でも結局、ダリスとかが来てくれた時は完全に病んじゃってたけどね・・・。


「おぉいラティアス引っ張るなよー!どこに行くんだ?ブランコで遊びたいのか?」
「んふふ、本当にラティアスはサトシ君の事が好きなのね」
「カノンー!なんとかしてこの引っ張る力を弱めてくれないか」
「無理よ。なんとか相手してあげて」
「そんな~!」
「サトシー!ポケモンセンターに先に行ってちょっと旅支度するからな!明日出発だから忘れるなよー」
「じゃあアタシはもうちょっとアルトマーレを堪能しようかしらねぇ」
「タケシー!カスミー!ったくぅ...」

明日出発か・・・それまでの間、なるべく一緒に居たいと思った私は、彼を半ば無理やり引っ張った。

「わーかったよラティアス!遊んでやるから引っ張るなって!うぉ、うぉわ、わぁぁ!」

彼が派手に転ぶ。私とピカチュウが様子を見ると、突然彼は私に飛び掛かり「こいつぅ!」とじゃれてくれた。その時のピカチュウの表情が呆れ顔だったのは言うまでも無く。

悲しい事があったのに、彼といると不思議と楽になっていた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、彼が大木に寄りかかって、その足の上に私と彼の相棒ピカチュウが寄り添い、いつの間に昼寝をしていた。(正直ピカチュウが邪魔だったって事は内緒)



「ラティアス、起きて?」
目を開けると、日差しは午後というより夕方に近く、私に問いかけるのは彼の声。どうやら結構な時間を眠って過ごしたみたいだった。私は身体を起こし、いつもの浮遊する体勢になって彼に声を掛けた。
「よく眠ってたな、ラティアス。疲れは取れたか?」
気に掛けてくれる彼に、私は嬉しくて頬ずりを交わした。
「くすぐったいよ~、ラティアス」
可愛い笑顔を私に向け、何かを言いた気な視線を送ってくる。
「いいか?ラティアス」
いきなり私の両手を掴んできて話し出す彼。私の顔が照れて赤くなるのを知ってか知らずか、話を続けた。
「お兄さんのラティオスが居なくなって、すごい寂しいのは俺もわかる。だけど、ラティオスが最期に残してくれたこころのしずくには、ちゃんとお兄さんは居ると思うんだ。だから、負けるなよ?頑張って悲しみを乗り越えるんだぞ?」
真っ直ぐ私を見て、一つ一つのコトバに想いを込めて私に伝えてくれた。彼はふと空を見上げ、何か遠くのモノを見るように目を細めた。
「俺、ポケモンマスターになるのが夢なんだ。ピカチュウと一緒に。まだ俺が知らない場所へ行って、色々なポケモン達と出会って、仲間を増やして・・ポケモンリーグに挑戦して・・・だからまだこれからも旅を続けて行くんだ」
彼の目に迷いなんてモノはなかった。
「本当は・・ラティアスとも一緒に旅へ行きたいと思ったんだけど」
期待に胸が一杯になったのもつかの間で・・・。
「・・でも思ったんだ。ラティアスはここを離れちゃいけないって。ボンゴレおじさんやカノンを、この街を、お兄さんを・・これからも護っていくんだぞ?」
兄さんと全く同じ事を言われ、そして私自身もまた、自分の使命を思い出された瞬間だった。
「・・今日はもう行かなきゃ。ラティアス、元気でな?俺、お前のこと絶対に忘れないから」
あぁ、、2度目のお別れがまた。これも避けて通れない道だったんだなぁって思って。最後なのに、悲し過ぎて顔が俯いたままだった。
「ほら、顔を上げて。最後に可愛いお前の顔を見せてくれよ」
徐々に視線を上げて見れば、彼の目にはたくさんの涙で潤っていた。一緒に悲しんでくれる。別れを悲しんでくれてる。私の本当の気持ちを彼に伝える事はできなかったかも知れないけれども。彼の事、私は大好きだった。
「?!」
ギュウッと。後悔しないように、彼の身体を、温もりを全身で感じた。両腕を彼の腰にまわし、目を閉じた。彼もまた、同じように、、、。
名残惜しく抱きやめ、ゆっくり時間を掛けて園の出口まで見送った。彼とピカチュウの後ろ姿に吸い込まれそうになる。でも私は、兄さんにも彼にも言われたように、与えられた使命をやり遂げるために。追い掛けたくなる衝動を、彼が見えなくなるまで必死に我慢した。


翌日。彼らが出発をする日。色々な想いが交差した夜を過ごした私は寝不足で、それでも居ても立ってもいられなくなり、透明の姿のままカノンのお部屋にお邪魔する。おしゃれに丸くかたどられた窓に手を掛け、押し込めば開く。次いで心地よい鈴の音。カノンが、私が入ってくるのを判るようにする為に、数ヶ月前に取り付けたの。部屋の中に入った私は、光学迷彩を解除してカノンの元へ向かう。・・・何かを描いていた。外出しないで何かを描くのは初めて見たかも知れない。いつもの風景画は、その現地で描いてきていたから、自室で描くことなんてありえなかった。ふと、私の姿を確認したカノン。
「おはよう、ラティアス。今ラティアスにプレゼントするから、ちょっと待っててね?」
・・プレゼント?疑問に持ちながら、カノンがペンを滑らす用紙を覗けば・・・そこには大好きな彼とピカチュウが描かれていた。思わずびっくりして声を出してしまう。
「フフフ、今回は特別よ?ラティアス、あーんなにサトシ君のこと大好きだったもんね!」
ズバリ言われ、顔が赤くなっていくのが感覚でわかった。図星でしょ?と言いそうな表情で私を見るカノン。
「あともうちょっと・・・」
再び視線を絵に向け、作業を再開する。とても幸せそうな表情の彼とピカチュウ。これが、カノンの中の彼らのイメージなんだと解釈した。
「・・・ん、こんなもんかな?」
5分程度時間が経ち、私が見えるように用紙を持ち上げた。・・・完璧だった。私はカノンの絵で人物絵は見た事無かったから新鮮な感じがしたし、なにより嬉しかった。
「フフ、私もやればできるのね」
満足げにそう呟くと、再び用紙を元の場所に戻す。
「さっき言った通り、これはラティアスにプレゼントするわ?ここから先は、どうするのかはラティアスの判断に任せるから。自分の物にしてもいいし、はたまたサトシ君にプレゼントしたり?」
彼にプレゼント・・・か。うまくいくかな...
「・・・ラティアス!ほぅらしっかりして!」
しっかりしたいけど・・・
「カノン!」
と、突然家の外からボンゴレおじさんの声が聞こえる。
「サトシ君達が出発するそうじゃぞ!」
内容を把握すると、私とカノンはお互いに目を合わせる。
「カノン!!」
「ほらラティアス!」
カノンはヒソヒソ声で私に言う。
「もう後が無いよ!行くなら・・!」
考える余地なんて無かった。即座に私はカノンの姿に変身し、彼の絵を持って急いで裏口から飛び出した。なんでカノンの姿に変身したのかはわからないけれど・・・この方が都合が良かったのかもしれない。
「恋する乙女、か。さぁーって、私も頑張らないとなー」
カノンがそう呟いたのは、もちろん知らない。



無我夢中に走った。だって、これが本当に最後だったから。兄さんの時の”最後”は、後悔が残った最後。この最後は後悔なんてしないで、自分の中でもスッキリさせたい思いで一杯だった。・・・走っていく道のりで、私は水路の橋の上で一度立ち止まる。ボンゴレおじさんが彼を見つけた場所は、ここから見える向こう側の水路だったはずだから。激しく呼吸をしながら、彼が見えて来るのを待つ。
と、ここで私が頭に(よぎ)ったのは、会って何をするのか...また行き当たりばったりな私の悪い癖が出てしまった。絵はプレゼントするとして、他にやること・・・私の気持ちを伝える..もっとこう、直接的に・・・私のこころ...本当の、心。でも、私は人間ではない。本当ならば同じ種族同士で好むのが健全。だけど、そういう一線では抑えきれない感情がある。だって、私たちポケモンじゃなく人間の彼でも、人間の彼の事を私は好きになってしまったから・・・。
色々思いつめていたら、向こうの水路に彼を乗せた船が見えてきた。思考はポーンと飛び、とにかく私の存在を知らせるために手をできる限り振った。そして彼はピカチュウが運良く私が居る方向を見ていたようで、すぐに気づいてくれた。そのまま港まで走って進んでいけば、彼の船は波止場で止まっている。最後にもう一度だけ会える。そう思えただけでとても幸せな気分になれた。

「カノン!」

彼は私の事をカノンと呼ぶ。一瞬戸惑いつつも自分がカノンの姿に変身しているのを再確認した。そう、今の私はカノン。いくら彼でも私だって事を見破られっこないハズ。少しくらい恥ずかしい事したって・・・なんて考えながら彼の目の前まで行き、カノンが描いてくれた絵を不器用ながら差し出した。喋れない分なんとかジェスチャーで伝え、彼は思い通りに受け取ってくれた。そしたら次は・・・私の気持ちも差し出さなくちゃ、ね。

ゆっくりと。まるでスローモーションのように感じたあの時。今も思い出すとドキドキしちゃうけど。彼の頬に、私はそっと...

口付けをしたの。


「ファースト・キスかい?」
「んんう?ファースト・キスって、お互いが口同士でやるものでしょ?これから彼はまだまだ旅を続けるんだから、そこでキスを奪っちゃ悪いかなぁって」
「アッハハ!なるほどね」
「でももしかしたら彼は、既にファースト・キスを済ましちゃってるかもしれないしね?」
「まぁ、否めないけどね。でも...君は本当に優しいんだね?」
「そんな事ないよ?」
「いいや。そこまで気に掛けるんだもの。普通の子じゃできないでしょ?」
「むぅ..褒めたって何も出ないんだからね!」
ダリスは笑いながらも会話を続ける。
「でも本当の事を言えば、君はカノンの姿だったからできた、なんて事あったりして」
「・・ないもん」
「・・今の間は?図星でしょ?」
「むぅ・・・まぁね?さすがに私そのものの姿じゃ、恥ずかしくってできなかったかも」
「だろーなー」
「何よー」
「いや?可愛いなぁって思って」
「━━━!」
「それで、君自身はどうだった?後悔は残らなかったかい?」
「え?あ、うん...別れるのは本当に寂しかったけどね。悔いは..いや、悔いは無いな。寂しさがいっぱい残ったよ?」


ここで本当のお別れ。一歩、また一歩後ろに後ずされば、彼の真っ直ぐな瞳が離れていく。別れる決心がついた時には、私は彼に背を向けていた。来た道を同じように走って、その場を離れた。
振り向いたらいけない気がして...
振り向いたらもう戻れない気がして...
振り向いたら大好きな彼の前で、涙を見せる事になるから...。


「そうか...。いっぱい、頑張ったね?」
「うん..」
全てを話し終え、その伝えたいことを理解したダリス。ただ純粋に彼を好きになった感情。異性でもあり異生物でもあるが、助け合うのは一緒だし、言葉なんか通じなくても意思疎通はできるもの。愛し愛される。この現象はなんにでもない、正常なもの。
「ダリス・・・」
「なに?」
「ここまで・・ここまで自分の事話したの、ダリスが初めてよ?本当に、ありがとう」
「いや、それはこちらこそだよ。こちらこそ話を聞かせてくれて、ありがとう」
「へへっ..どういたしまして。なんか、心が軽くなった気がする」
「..君が一番気にしていた、人間の男性を好きになる事、それは決して間違っちゃいないと俺は思う。話を聞く限り、その彼も本当に思いやりがある人なんだよ。そういう優しさに、君はただ純粋に好きになったんだな。そばにいるピカチュウはすごい幸せなんじゃないかな?」
「うん。ピカチュウは本当に彼の事を信頼しきっていたと思うわ」
「うらやましいね」
「うん。正直うらやましい」
「...ハハッ、口が尖がってるぞ?」
ダリスは尖がった口を指でちょんと抑える。
「あっ...」
「ピカチュウって、女の子なの?」
「いや、男の子だよ」
「なぁんだ!別に嫉妬する事ないじゃないか」
「違うもん!こうなんだろう、彼のそばに居られるというか、そういう事」
「なるほどね」
頬を赤らめる彼女の顔にそっとダリスは手を寄せた。
「もうそれから3年経ったのか...彼らは何してるだろうね?」
ダリスは空を見上げる。
「うーん...きっと、変わらず彼は旅を続けてると思うの。ピカチュウもそばに居るだろうし」
「そうか。...人それぞれの道を歩んで、成長していくんだよな。出会いがあって、別れがあって。くっついたり、離れたり」
「そうだね。永遠にくっついてる事ができるのは、お互いが想うこころ、だね?」
「あぁ」
ダリスは見上げた顔を下ろす。
「俺の最大のライバルだな」
「え?」
「その、彼の事。人間とかポケモンとかそういう観点ではなくて、一つの生き物として。彼という構造自体がさ?」
「ライバル?」
「そう」
「フフッ..その心配はもう要らなかったりして?」
「要らない?」
「ねぇ、園に戻らない?ここ、だいぶ長居しちゃったし」
「え?良いけど・・・」
「じゃあ戻ろ?」
ニコッっとダリスに微笑み、彼女は足早に園へ向けて移動を始めた。ダリスは微笑む彼女の顔を目の当たりにして一瞬フリーズしかけたが、頭を数回左右に振って冷静さを保ち、彼女の事を追った。

心地よい日差しは午後になり少しオレンジ掛かっている。地上を見下ろせば陽気なアコーディオンの音色と人間達の愉快な歌声が聞こえてきた。ゆっくり進むゴンドラ。緩やかな暖かい風。大聖堂前広場を見ればまだ観光客で賑わっていた。ダリス自身の故郷とはまた違う街並み、街の風景をいつもダリスは楽しく眺めていた。

知られる事はない、秘密の園への入り口。入っていけば彼女の住処が目の前に広がる。自然豊かなこの場所に、こころのしずく、もとい彼女のお兄さんも居るのだ。

彼女についていけば、ブランコがある場所に辿り着く。
「やっぱりいつ来てもここはいいところだな。俺はこの自然が大好きだよ」
「本当にダリスってここ好きなんだね!」
「もういっその事、ここに住んじゃおっかな・・なんてね」
笑って誤魔化そうとするダリスだが...
「...いいよ
「今なん「ダリス、私...!」」
ダリスの発言に被せて彼女は言う。
「私...もう自分に正直になろうって・・・。兄さんが居なくなって3年..彼と別れて3年が経ったけど、今のままじゃ私自身何も成長してないし、彼に依存してしまっている...」
「・・・」
「先に...ごめんなさい、ダリス・・・私本当はあなたの事、前から好きで...でも、その前にどうしてもこの、私の気持ちを知って欲しくて」
流れる風に乗って、ブランコが少し揺れる。
「でもあなたは、私をちゃんと見てくれた。理解してくれた。本当にそれが嬉しかった・・。まだ誰にも打ち明けてない私の気持ちを、初めて言う事ができた。こんな近くに優しくて頼れるあなたが居たのに・・・私、本当にバカだよね...気づかないなんて・・・」
ダリスは静かに彼女の話を聞く。
「一度ダリスからあの場所で告白された時、本当に嬉しかった。でも、同じくらい不安も生まれた。だからあの時、私は逃げてしまって・・・。それでもあなたは私を待っていてくれた。いつものダリスのままで居てくれた...。ずるいよダリス・・・私は何もしてあげられないのに・・・」
彼女の瞳が涙で潤う。
「こんなバカでおっちょこちょいで、何にも役に立たない私だけど...」
真っ直ぐな眼差しで見つめ合う。
「もし...もし嫌いになっていな「当たり前じゃないか!」っ?!」
言葉を聞く前に、ダリスは思い切り彼女を正面から抱きしめていた。反動で少し身体が後ろへ移動する。ダリスもまた、頬に一滴(ひとしずく)の涙を通していた。
「君ばかり悩みに苦しめられるのなんて、到底見放せなかった。だから、君の心に決心がつくまで俺はずっと待っているつもりだ。・・・嫌いになる訳ないじゃないか...君の事は、今もこれからも大好き・・・いや、愛してる。何があろうとも、俺はこれからもずっと君のそばに居たい。君の力になりたいんだ」
彼女の抱きしめる腕の力が強くなる。ギュウっと、しかし抱擁するように。
「初めて会ってから今まで、ひと時も忘れる事なんて無かった。俺、君のお兄さんのように、カッコよくて強くて、思いやりがあるような男じゃないかもしれないけれど・・・」
ダリスは一度彼女から離れ、近い距離で見つめる。
「また改めて俺の気持ちを・・・聞いてくれるかい?」
彼女は目一杯に頷く。
「君の事を、、、愛してる。これからも...」
一番伝えたかったこの言葉。
「・・・私も、ダリスの事、、愛してます」
短いようで長い道のりだったが、ここでダリスの想いと彼女の想いは繋がった。暖かな風が包み込み、まるで祝福してくれているようだった。
「ありがとう...」
「...ありがとう」
まるでそれは自然現象のように。
既にプログラミングされてるかのように。
2匹は口付けを、、交わした。それは本当のキス。目をつぶり、1秒..2秒..3秒...お互いが胸のうちを明かした分、長くてとろけるような、甘いキス。そしてゆっくり目を開くと同時にキスを終え、お互いに微笑んだ。
「私の、ファースト・キス」
「・・俺もだよ?君が初めてのキス」
「お互いが初めてなんて、なんかちょっと恥ずかしいっ」
「恥ずかしがり屋さん」
「..うん」

純粋な心。邪悪な心。対象物なのに、その差は紙一重。
彼女は心の強さをお兄さんから学び
心の思いやりを彼から学び
そして、人、ポケモンを愛す優しさを、ダリスから学んだ。
もう彼女は一人じゃない。いつでも打ち明けられる、愛す者が傍にいる。
誰よりも喜んでいるのは、天から見守る彼女のお兄さんなのかもしれない...。


後書き
まずは、ここまでお付き合いいただきました読者の皆様、本当にありがとうございました。このラティアスのこころという作品は、劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス のストーリー上から引っ張って、私opojiの勝手な妄想で成り立っています。ゆえに、このとても素晴らしい映画作品の偉大なるラティアス、ラティオスのイメージを大幅に崩された場合は、本当に申し訳ありません...。この美しくも儚いストーリーのイメージを、なんとか崩す事無くできないか色々試行錯誤し、やっとの事で完結に導く事ができました。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、映画主要キャラのラティアスと、そのお兄さんラティオスには名前を設けていません。どうにも私のネーミングセンスではダメダメ過ぎるし、なるべく読者の皆様には映画のままの両名をイメージして欲しかったのもあります。私はこの映画を初めて見た時は、すごく衝撃が走りました。ポケモンが亡くなるシーンを初めて見た事。どんなカタチであれ、やはり悲しかったです。後は最後のキスシーンからのEDの入り方。あれは私の中では本当に完璧だと関心しました。そしてなぜか見てるこっちが恥ずかしくなってしまうという...。何はともあれ、完結できて本当に良かったです。ありがとうございました。何かご意見、ご要望、ご感想等ございましたら、コメント投稿をお願いします。これからはより早くいただいたコメントに返信できるよう務めます。


                            fin.
opoji





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Last-modified: 2012-01-16 (月) 00:00:00
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