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メガシンカの真意

/メガシンカの真意

作者:彩風悠璃
ガブリアス(♂)×フライゴン(♂)
元々はオフ本にする予定だった作品をボツにした物です。
途中から官能描写がありますのでご注意ください。



 大地を揺るがし、その衝撃で対峙する相手が体勢を崩す。
 その隙を逃しはしなかった。とん、と軽く地面を蹴って跳躍。空気を裂き、鋭い風鳴りを伴って駆ける一閃。それは瞬く間に対戦相手の身体を刻み、戦闘不能の状態まで追い込んだ。
「バイバニラ、戦闘不能! ガブリアスの勝ち!」
 鼓膜を破らんとする勢いで数多の歓声と悲鳴、怒号の入り混じる声音が交錯する。強すぎるが故に飛んでくる野次も、数多のトレーナーから注がれる羨望の眼差しも何もかも、ガブリアスにとってはバトルを盛り上げるための要素でしかない。
 ただ唯一違うもの。猥雑な観客席の中にぽつりと浮かぶ緑の影に、ガブリアスは楽勝を思わせる笑みを返した。
 ――バトルハウス50戦目……これからが本番だぜ。もっとオレ様を楽しませろよな。
 頬の苦笑に余裕を暗示するガブリアス。
 これだからバトルは止められない。良くも悪くも、この会場の主役はオレ様だ。罵声も歓声も、全てがオレ様の強さを讃えている。戦っている間は身も心も満たされるのだ。……さあ、次の相手は誰だ? 誰であろうと、今のオレ様を止められはしねェ! オレ様はたかだか50戦目くらいで止まってなんかいられねェんだよ!
 気迫を示すが如く腕の刃を振り回す。ここまで二体を相手にし、傷一つ追っていない。あまりにも絶好調すぎる。普段から自分の強さには惚れ惚れするが、ここまで強いと自分自身の力すら恐ろしく感じてしまう。今のガブリアスは、例え誰が相手であろうと負ける気がしなかった。
 だが、その気合も自信も何もかもが、次の瞬間ガブリアスの視界に入り込んだ物によって霧散していく。

「おおーっと、マニューラの登場だぁー!」

 ガブリアスの背筋が何かに刺されたように戦慄く。自分を囲む轟きが潮の満ち引きの如く引いていく。全身が凍り付いたように身動きがとれなくなり、世界から一匹取り残されたような静寂に包まれたのは、目の前の敵が放つ特性プレッシャーのせいなのだろうか。
 ……いや、違う。奴が放つ存在感そのものが、有頂天だったガブリアスの心を一気に冷ましてしまったのだ。
 ――え? オレ様の持ち物って何だっけ。
 タスキなら相手の氷柱落としを耐えて返しの逆鱗で確定1発。スカーフなら例え相手が氷の礫を撃ってきたとしても1発は耐えるから返しの逆鱗で倒せる。一見相性の悪い相手だが、ガブリアスのポテンシャルを持ってすれば決して倒せない相手ではない。
 それなのに、どうして頬が凍り付くのだろう。嫌に冷たい汗が吹き出し、心臓が警鐘を鳴らすかのように鼓動する。倒せる、大丈夫、オレ様はこんなところで止まってなんか居られねぇんだ。何も恐れることはない。普通にやれば勝てる筈なんだ。だから何も考えずに逆鱗を――
 ガブリアスの足が再び地面を離れることはなかった。跳躍する寸前に蒼い世界を見たと思った矢先、激痛を凌駕する眩暈と吐き気に襲われて。

「ガブリアス、戦闘不能! マニューラの勝ち! これにて試合終了!」

 辺りに散らばる蒼氷の断片。光を孕むそれに映ったのは、己の手から零れた歪な形の桃色の実。意識が途切れる寸前、ガブリアスが最後に見たものだった。

 ◆

「だからオレ様はキーの実なんて嫌だっつったんだよ! そもそもなんでラムじゃなくてキーなんだよ!」
 骨の髄まで冷え切った身体を抱き寄せながら、ガブリアスは開口一番にメタグロスを咎めた。バトルが終われば回復処置を施して貰えるから怪我や命の心配は無いのだが、痛みの残滓はしばしの間身体を蝕む。
「逆鱗で混乱しては困るでしょう? ラムだと火傷や胞子が飛んで来た時に発動してしまい、肝心の混乱を治せないじゃないですか」
「いや火傷や胞子が飛んで来た地点で逆鱗以前の問題だろ」
「うん、でもガブの言ってることも分かるかな」
 苦笑を浮かべ、助け舟を出したのは大きな羽を忙しそうに動かすフライゴンだった。
 ――おお、さすがだぜフライゴン! いつもお前の天然に振り回されていたオレ様だが、ようやくお前に救って貰えるんだな……!
「逆鱗を撃っても3ターン混乱せずに行動できる確率だってあるじゃない。ガブの火力なら3ターン混乱せずに3タテも容易いもんね!」
「そうそう。だからオレ様がキーのみを持つのはおかしい……って、そこじゃねえ!」
 相槌を打ちかけ、ガブリアスは慌ててフライゴンの言葉を遮る。感涙で視界が潤んだのも束の間で、フライゴンの発言はガブリアスの涙を即座に乾かしてしまった。
 逆鱗は鋼に半減され、フェアリーに無効化される。それに火力補強アイテムを持って無い以上、並み以上の耐久を持つポケモンが出てくればいくらガブリアスといえども逆鱗で3タテするのは不可能だ。
 ……そもそも根本的に何かが間違っていると思うのだが、ガブリアスはそれ以上口にするのを諦めた。
「どちらにせよ、これでまた1戦目からやり直しな事実は変わりません。もっと気を引き締めて下さい」
「それは……わぁーってるよ」
 感情のこもっていない、文字通り機械的な発声で淡々と告げるメタグロス。彼から視線を露骨に逸らし、ガブリアスは舌打ちを零した。
 バトルハウスに来たのは初めてではない。むしろ昔はレートに登るか此処に来て暴れるかしかしていなかったと言っても過言ではない。
 だから慣れているつもりだった。レートとは違って淡々と技を撃つだけだが、それでもストレス発散には丁度いい。しかし、このように事故のような形で不覚を取ることも珍しくはない。勝利こそ全てが信条のガブリアスにとって、これ程苛立つものはない。ストレス発散に来ているつもりが、逆に鬱憤を溜める形になってしまっている。
 けれど――
「でも戦ってるガブは、すごくカッコよかったよ!」
 ガブリアスが出てくる度に『つまらない』『どうせ勝つんだろ』とブーイングの嵐が舞う中、フライゴンは真摯にガブリアスをずっと見守ってくれる。ガブリアスが敵に攻撃をする度に声を荒上げて応援してくれ、ガブリアスが被弾すれば悲痛の叫びを上げてくれる。
 その観戦の様子は正直周りの弊害になっているのではないかと危惧する程のものなのだが、戦いが終わった後にこの笑顔に癒されるのは悪い気がしない。
「……お、おう」
「おや? 珍しいですね。いつものガブリアスさんなら『だろ? オレ様は最強なんだよ!』とか言いそうなのですが」
 いつ、どこで録音したのか、ガブリアスの声音をそのまま再生し、メタグロスが含みのある笑みを滲ませる。
 相変わらず要らねぇ機能ばかり搭載しやがって――無言で見据える視線の裏に嫌味を滲ませ、メタグロスの口を噤ませた。
 確かにフライゴン相手だと調子が狂わされるのは否定しない。こいつと接しているときはなんだか気が抜けるというか、逆に全然違う所で緊張するというか。上手くは言えないが、フライゴンと話していると落ち着かないのだ。過去に蔑んでいた罪悪感なのだろうか。
「そういえばグロス。お前、この後用事があるって言ってなかったか?」
 無理やり話を切り出すガブリアス。胸につっかえる思いを誤魔化す意味もあったのかも知れない。それを察したのかは定かではないが、メタグロスは思い出したかのように顔を上げて。
「はっ、そうでした。忘れていました。ワタシ、これからメンテナンスがあるんです。三日ほど帰れませんが、お土産宜しくお願いしますね」
 ……機械のくせにメンテの予定を忘れるなんてありえねぇだろ。
 ただのメンテナンスではなく、根本的に修理してもらった方が良いのではないだろうか。
「お土産を買うのはボクたちじゃなくてグロスの方だよー」
「……メンテナンスの土産って何だよ。アップグレードとか渡されても困るぞ、オレ様たち」
「そうだよね。だってここでもBPと交換できるもん」
「そこじゃねぇ! オレ様たちじゃ使えねえっつってんだよ!」
 受付の方を指で示すフライゴンに声を張り上げるガブリアス。周囲の視線を集めてしまったが、普段からあらゆる意味で見られることに慣れているガブリアスにとっては何てことはなかった。
『……ガブリアスさん』
 辺りを憚るようにメタグロスが囁く。それは言葉ではなく、テレパシーで直接ガブリアスの脳内にだけ声を届けているようだった。たまにこういう風に優れた面を発揮するのだから、このテーブル兼コンピュータは油断できない。
「んだよ、早くメンテ行かねぇと時間ねーんだろ?」
『自身のことでいっぱいになるのも結構ですが、フライゴンさんのことも気遣ってあげて下さいね。……全く、ワタシからこんな事を言わせないでくださいよ』
「は? お、おいグロス、それってどういう――」
 彼の言葉の真意が掴めず、ガブリアスは声を詰まらせる。更に問いただそうとしたときには、既にメタグロスはその巨体をバトルハウス入口の方へ進ませていた。
「どうしたのガブ? グロスが何か言ってたの?」
 怪訝に首を傾げ、こちらを見据えるフライゴン。愛らしいその視線から顔を背け、ガブリアスは決まり悪く唇を尖らせる。
「い、いや、何でもねえよ……」
 ――フライゴンの事も気遣え……って、どういう意味だよ。
 気遣うだなんてたいそれたものではないが、少なくともいつもフライゴンの事を意識していたつもりだ。今日だって試合中にフライゴンを見つけてアイコンタクトを送ったし、フライゴンのことを気に掛けていない時なんてない。それを改めて気遣えと言われても、何をどうすれば良いのか分からない。とりあえず、いつも通りに接しておけば問題ないだろう。
「よっしゃフライゴン、早く帰って一緒にレート潜ろうぜ。気分転換しねぇとやんてらんねーよ」
「ガブっていつもバトルのことばっかり考えてるよね」
「おうよ。だってオレ様はバトルが生き甲斐だからな。今日は何を持って潜ろうかなーっと」
 胸を張り、肩で風を切るようにしてバトルハウスの入り口兼出口へと向かう。数歩進んだ後、ガブリアスは自分の後を追っている筈の気配が消えていることに気が付いた。
「……フライゴン?」
 いつもならば付いてきている筈のフライゴンの姿が無いのだ。
 この場所はトレーナーやポケモンで溢れている。見失えば捜すのは困難。だが、つい先ほど見失ったばかりならばすぐに見つかる筈だ。ガブリアスはあの特徴的な羽と尾を目印にして周囲を見晴るかす。人とポケモンとが生みだした人為的な壁。その隙間に――居た。
「おいフライゴン、何やってんだ。早く――」
 早く帰ろうぜ。
 何気なく告げようと思った言葉は、フライゴンの表情を見た瞬間に消え失せてしまった。視線を足元に落とすフライゴン。その頬を、透明な雫が滑り落ちたのだ。
「え……?」
 人とポケモンの間に居る筈なのに、フライゴンの周りにはぽっかりと不自然な空間ができていた。
 どうして突然涙を流したのだろう。何かにぶつかって痛みを覚えたのか。しかし彼はそれだけのことで泣くような奴ではない。よしんば誰かに痛めつけられたとしても気丈な笑顔を浮かべているのがフライゴンだ。
 怪訝に思いフライゴンに近づこうとした刹那、ガブリアスはようやく周囲の状況を察した。淀んだ空気に流れる囁かな小声。それが紡ぐのは――
「見てあれ、フライゴンだよ」
「なんでバトルハウスに居るの? あんなのどの部門でも使えないじゃん」
「タスキとかスカーフ枠を取っちゃうんだよな。入れても邪魔じゃね?」
「しかもあのフライゴン、ガブリアスと一緒に居なかった?」
「あー。本当だ。ライコウの威を借るフォッコみたいな?」
 ――な、何だよ、これ……!
 心のない騒音が波紋のように広がっていく。一人ひとりは小声だったが、人数が多いせいかその声は意識すれば誰にでも聞き取れる程になっていた。
 ……これだったのか、フライゴンが動けなくなっちまった理由ってのは。
 悔しさを滲ませ、ガブリアスは唇を噛み締める。
 ……フライゴンがテメェらに何をした? どうしてフライゴンがそこまで言われねぇといけねぇんだ?
 フライゴンの事を何も知らねぇくせに、さも分かってますと言いたげに一方的に虐げて。本当のあいつを知りもしねえくせに弱いって勝手に決めつけて。
「あ、ガブ……ごめん、ボク……」
「いいから、行くぞ」
 狼狽するフライゴンの手を強引に引っ張り、人の波から抜け出す。まとわりつく視線をはね退けるように、ガブリアスは肩で風を切る。
 ――……前までのオレ様も、あんな感じだったんだろうな。
 フライゴンの手と繋がった自分のそれに一瞥をくれ、ガブリアスは目を細めた。
 前までの自分ならフライゴンが蔑まれていたとしても意に介さず、その場を立ち去っていただろう。フライゴンの声にならない悲鳴にも、零れ落ちる涙も見て見ぬふりをして、弱者のくせに生意気なんだよと心の中で罵声を浴びせていた。
「…………っ……!」
 声にならないフライゴンの嗚咽が、ガブリアスの耳に触れる。
 オレ様ではこいつの心の傷を癒せない。何を言っても、更に傷付けてしまうだけだから。オレ様ができるのは、この場からフライゴンを逃がしてやることだけ。かつて自分を救ってくれたのに、自分を受け入れてくれたのに。それなのに何もしてやれない、何もできない自分が悔しくて。
 バトルハウスを出て、階段を下りて波止場へと足を進める。バトルリゾートとミナモシティを結ぶ船が到着するまで、二匹の間に結ばれた静寂が途切れることはなかった。

 ◆

 燃えるような夕陽が、海と空を結ぶ水平線に沈んでいく。潮を孕んだ冷ややかな風が白い波頭を均すように吹き抜け、ガブリアスの頬を切なく撫でる。バトルリゾートへの行き来は大抵ポケモンを用いて空を駆るばかりで、この連絡船を用いるトレーナーはごく僅か。
 ガブリアスとフライゴン――二匹の気配しかない甲板で、ガブリアスはちらりとフライゴンを見遣っては視線を逸らし、再び目を配ってはそっぽを向くのを繰り返していた。
 気にはなる……が、どうやって声をかければいい? オレ様があいつに何を言ったところで……。
「……ガブ?」
 視線を泳がせるガブリアスが挙動不審に見えたのか、フライゴンが戸惑いがちに声を絞り出す。
「お、おう。何だ?」
「……ごめんね」
 力なく呟くその声は掠れて聞き取るのが困難だった。だがその唇が謝罪を口にしているのは潮風に乗せられてガブリアスの耳にも届いた。
 ――どうしてフライゴンが謝っているのか。悪いのはあいつらで、お前は何も悪くねぇだろ。
「大丈夫、慣れてる、から」
「…………っ!」
 錆び付いて乾いた笑みを浮かべるフライゴン。嗚咽を滲ませたその声も切ない微笑みも、全てが強がっているようにしか見えない。
 ――慣れるわけねえだろ……!
 ガブリアスにもメガシンカをさせて貰えずトレーナーにただ利用されていただけの時期がある。あの頃は心の空白を埋めるためにバトルに明け暮れていたが、最後まであの感覚に慣れることはなかった。常にトレーナーや誰かとの絆を求めていたし、心の繋がりに飢えていた。
 だから心を傷付けられるのに“慣れ”なんてものはない。それはガブリアスが一番良く分かっていた。
「ごめん、ガブ。一匹にさせて貰えるかな?」
 陰りを帯びた表情を浮かべ、フライゴンが静かに囁く。ガブリアスの返事を待たずしてその場を去ろうとする。
「っ! ガブ、離して!」
 フライゴンの細い腕を自分が掴んだことに気付いたのは、彼の悲鳴を聞いてからだった。大きな朱色の双眸に光の影が溜まっている。
 ……ダメだ。ここであいつを一匹にしちゃいけねぇ。
 自分もかつて一匹でいい、孤独で構わないと思った時があった。心では誰かを渇望していながらも、触れれば相手を傷付ける言葉しか口にできない時期があった。相手の思いやりに気付ける程、その時は心の余裕が無かったのだ。
 ……きっと今のフライゴンも同じなのだろう。
 だから分かる。気持ちが沈んでいるときに一匹になるとどうなるのか。気持ちの整理が出来れば良いが大抵は悪いように考え込んでしまい、更に暗然とする場合がほとんどだ。
 そういう時に誰かが――『守って』くれるのではなく、『分かって』くれる相手が傍に居ればどれだけ違うか。それが自分なんかでは務まらないのは分かっている。フライゴンに今必要なのはガブリアスではなく、本当の意味で彼の心境を理解できる奴なのは百も承知だ。
 だが、それでもガブリアスはフライゴンを見逃すことができなかった。例えそれでフライゴンが更に傷付いてしまうとしても。
「離して……離してよっ!」
「うるせぇ! お前をどうしようとオレ様の勝手だ!」
 無理やり引き寄せ、体勢を崩したフライゴンを受け止めて抱き締める。
 我ながらあまりにも不器用すぎる言葉だ。どうして素直に『一匹になるな』『オレ様の傍に居ろ』と言ってやれないのか。ガブリアスの腕に抱かれたまま、フライゴンは身を慄わせて止め処なく涙を零し続ける。一度涙腺が緩んでしまったが故に歯止めが利かなくなってしまったのだろう。
「一緒に居れない……ボクは、ガブと一緒には居れない……っ!」
「なっ……!?」
「だってボクがタスキを持てば、ガブはタスキを使えなくなる。ボクがスカーフを持てば、同じようにガブはスカーフを使えなくて……」
 一つひとつの言葉を絞り出すように、フライゴンはゆっくりと紡ぐ。周りの人間に言われたことをこいつは気にしている。それも自分自身への蔑みよりも、ガブリアスと居るのが邪魔になっているという部分を。
 ……そんなこと……オレ様はお前と一緒に戦うことができればそれで十分だ!
 そう言いたいのに、そう言ってやりたいのに、声が詰まって出てこない。フライゴンの涙の前ではどんな言葉も彼を更に傷付ける刃にしかならないだろうからと、躊躇してしまう。
「やっぱりボクがガブと一緒に居ることなんてできないんだ。周りから見たらどう考えてもおかしんだよね……」
 ――そんなの周りの奴が決めることじゃねぇだろ! お前と居るのが迷惑かどうかはオレ様が決めることだ!
 伝えたい言葉があるのに、声にならず喉でつっかえてしまう。
「ボク、ガブと戦えるのがすごく嬉しくて……。強くて、カッコよくて、ボクの憧れだから……でも、ガブは邪魔だったんだよね……ボク、自分のことばかりで舞い上がってて気付かなかった……本当に、ごめんね……」
 ――ふざけんじゃねぇ! オレ様がいつ、どこで、お前のことを邪魔だっつった!?
 伝えたい、伝えなくてはいけない言葉があるのに。どうして声が出ないのだろう。
「だから――ごめんね」
「……っ!?」
 フライゴンの最後の言葉を合図に、不協和音にも似た音色が耳を劈く。
 世界が大きく揺らめいた。
 重心を失ったかように身体が崩れ落ちる。床に足を付けている筈なのに、不可解な浮遊感がガブリアスの頭を包み込む。この感覚は初めてではない。逆鱗を放った後に必ず訪れる不快感に似た――
「っ……フライ……ゴン……っ……!」
 揺らめく世界で、ガブリアスは小さな緑の背中を見た。悲しみと寂しさを携えて動くそれは、ガブリアスの手が届きそうで絶対に触れることのできない場所にある。
 感覚が撹乱していく。ガブリアスが掴んだと思ったそれは船の手すりで、触れたと思ったそれは床だった。錯綜する意識の中で、燦然と煌めく雫がフライゴンの軌跡を切なく描いていた。

 ◆

 なるべく人目を避けながら、フライゴンは空き部屋へと身を隠した。
 いつもはこれ程視線を集めたり笑われたりなんかしないのに、バトルリゾートに行くといつもこうだ。バトルに熱意を注いでいて、フライゴンとガブリアスの違いを知っている人が大勢いるこの場所において、フライゴンの居場所なんてない。ここに向かう途中も人間やポケモンたちの奇異の目線がフライゴンを貫いていた。
 ……だからボクは、ガブを恨んでいたんだ。
 ガブリアスが居なければ、ボクはここまで蔑まれることはなかった。あいつは自分の強さを誇示するかのようにいつもバトルで活躍して、みんなの注目を浴びて。
 そんなガブリアスが、疎ましく、妬ましかった。彼に直接何かをされた訳ではないけれど、その存在自体がボクの心に闇を落としていた。ガブリアスなんて居なくなってしまえば良いとさえ思っていた。
 ……けれどその考えは愚かで、浅はかで。間違っていたことに気が付いた。
 ガブリアスに悩みなんてあるわけがないと思っていた。羨望の眼差しを受けて活躍するあいつに、ボクの気持ちなんて分かるわけがないと思っていた。だけどガブリアスもボクと同じように悩んでいて、心に傷を負ってしまっているのだと分かってしまったから。ボクは彼を受け入れることができた。
 そうすれば今までガブリアスに抱いていた感情が洗われるように入れ替わり、疎ましさは尊敬に、妬ましさは憧れに、消えてしまえばいいという想いは一緒に居たいという想いに――
「でも、やっぱり一緒には戦えないんだよ……」
 はらはらと零れる雫を眺め、フライゴンは肩を落とす。
 ボクがガブリアスを受け入れても。ガブリアスがボクを受け入れてくれたとしても。結局は実力に差がありすぎるし、持ち物だって被りやすい。一緒に戦うどころか、道具の取り合いで足を引っ張っているのだ。今のガブリアスはメガシンカの特訓を頑張ってるけれど、他の持ち物にしたいときだってあるだろうし、世間的には ガブリアスはスカーフやタスキを持つべきとされている。やはりガブリアスが最大限に活躍するには、フライゴンは足手纏いなのだ。ガブリアスを優先して道具を選んでもらったら、ボクが最善の方法で戦えない。ボクが持ち物を決めたら、ガブリアスが力を最大限に発揮できない。
 ……ごめんね、ガブ。やっぱりボクはキミと一緒には居られないよ。
 ガブリアスに受け入れて貰えるなら自分は何を言われても関係無いと思っていた。だがそれは間違いで、世間はフライゴンがガブリアスと共に居るのを嘲笑う。ガブリアスはバトルを生き甲斐にしているから、フライゴンが足を引っ張るのを快くは思っていないだろう。
 ――ガブに話して、もう一緒に居るのをやめよう。
 例えそれがフライゴンの本音とは違っていても、もう心が保たない。これ以上傷付いてしまえば、ガブリアスの事をまた嫌いになってしまう。嫌いにはなりたくない。ガブリアスはずっとボクの憧れで、大好きな存在だから。だから――
「っ……やっと見つけたぜ、フライゴン」
 荒々しい呼吸と共に、唸るような低い声音で名を呼ばれる。その声の持ち主は振り返らずとも分かる。
 今一番会いたくなくて、今一番一緒に居たい存在。
「ど、どうして……」
「超音波、なァ。なかなか面白ェ技持ってんじゃねーか。グロスが喜びそうだな」
 不敵な笑みを浮かべるガブリアス。混乱が解けるにしてももう少し時間がかかる筈だ。どうしてガブリアスがこんな短時間で――
「オレ様が何を持たされてたか、忘れてたようだな?」
「…………あ」
 ――だからオレ様はキーの実なんて嫌だっつったんだよ! そもそもなんでラムじゃなくてキーなんだよ!
「確かにな。あれがラムのみだったら何かの拍子に発動してたかも知れねぇ。だが、キーのみは混乱を治すだけ。……なるほど、こういう事もあるんだな」
「ガブ……なんで……なんで追いかけて……ボクはもう、キミとは居られ……」
 瞼から零れたものがフライゴンの視界をぼやけさせる。
 これ以上傷付きたくない。ガブリアスの足を引っ張りたくない。ガブリアスを嫌いになりたくない。だから離れようとしたのに――どうしてキミはそこまでしてボクを追いかけるの?
「オレ様の許可なしに、勝手に離れようとすんじゃねェ! オレ様は一言もお前のことを邪魔だとか言ってねーだろ!」
 雄叫びかと錯覚するかのような恫喝。轟きを帯びた気迫に押され、フライゴンは壁際へと追いやられる。あまりにがさつで横暴な言葉。だがその声音はどこか震えていて、迸る感情を抑え込んでいるような気さえした。
「周りの奴が決めるんじゃねぇ。お前が勝手に決めることでもねぇ。お前が誰と居るかはオレ様が決めることなんだよ!」
 ガブリアスの腕と背後の壁に囲まれ、フライゴンは固唾を飲み込む。肉食動物が獲物を睨み据えるような鋭い視線に心を縫い止められ、頭上に影が差す。
 その気になれば逃げ出すこともできるだろう。それでも逃げようとは思わない。その場を去れないではなく、逃げたくない理由が明確にあった。
 ガブリアスの目線に怯えているのか、このまま支配されたいと思ってしまっているのか――きっと、嬉しいのだ。ガブリアスに必要とされ、求められ、一緒に居ても良いと言われたのが嬉しくて。
「だからよ……もう……勝手にオレ様の前から消えるなんて言うなよ……!」
 透明な雫がはらりと零れ、光の糸を紡ぎながらガブリアスの足元へ滴り落ちる。
 すごく不器用な言い回し。嗚咽交じりで聞きとるのも困難な声音。身を震わせて慟哭し、もはや隠そうともしていない涙。弱々しい自分自身を曝け出し、感情も何もかもを爆発させている――どれも、普段のガブリアスからは想像のできないものだった。
 けれど、不思議と違和感はなかった。普段は誰に対しても不躾で素直じゃなくて荒っぽさが目立つけれど、これが本当のガブリアスなのかも知れない。本当は涙脆くて、余裕がなくて、気持ちが先走ってうまく言葉を紡げなくて。これが、ガブリアスの素なのだろうか。
 だけど、どうして? どうしてガブリアスがそこまでしてフライゴンを束縛しようとするのかが分からない。
 ――ガブからすれば、ボクなんてただ足を引っ張ってるだけの存在なのに……。
 ガブリアスに必要とされるのは嬉しい。そう言って貰えると心が穏やかになる。だが、納得ができない。どうして彼がそこまで自分に固執しているのか。
「オレ様はな、ずーっと一匹で戦ってきた。戦友って思ってた奴らは居たが、そいつらだって絆やら信頼やらがあった訳じゃねェ。トレーナーにもただの戦う道具としてしか扱われてなくて、ずっと孤独だったんだ」
 切ない灯を琥珀の双眸に湛え、ガブリアスは唇を解いて切り出した。
 ……うん。ガブが苦しんでいたのを知ったから、ガブの心の叫びを聞いたから、ボクはガブを受け入れることが出来たのだから。
「お前はそんなオレ様の、心を許せて背中を預けられる――唯一のライバルなんだよ!」
 ――え……。
 掠れて上ずって、他人が聞けば嗚咽交じりの情けない声なのだろう。だが、その声音はフライゴンの心を震撼させた。
 ライバル――友人でもなく、仲間でもなく、彼は確かにそう言った。
「どう……して……」
 その囁きはガブリアスに向けてではなく、自分自身への問いかけだった。
 我慢したいのに。涙を堪えたいのに。それでも涙腺が緩み、熱い雫をはらはらと零してしまう。
 咽び、唇を噛み締め、声を詰まらせて。フライゴンは潤んだ眼差しでガブリアスに上目遣いを送る。
「さっきはあんな事言っちまったけど」
「あんな事……?」
 絡まる眼差しが凛とした色を帯びる。
 互いが呼吸をするだけで、相手の息が頬に触れる程の至近距離。息をするのも忘れ、フライゴンはガブリアスの言葉をじっと待ち望む。
「お前が誰と居るかはオレ様が決めること、ってつい言っちまったけど……」
 にわかに視線を逸らし、口を間誤付かせながらガブリアスが言葉を続ける。
「一番大事なのは、お前がどうしたいか、だ」
「……えっ」
 ――ボクが、どうしたいか……?
「お前がどうするかを決めるのはお前自身だ。周りの奴でも、ましてやオレ様でもお前のことを決める権利なんてねぇよ」
「…………」
 先ほどまでの荒々しい声音から想像も付かない程の低く、唸るようで力のない囁き。
 ――本当は、ガブに決めて欲しかった。
 だってボクは一緒に居ても足を引っ張るだけで、一緒に戦っていても迷惑なだけだから。それでもガブの口から『一緒に居ても良い』って言われれば、少しは救われる気がした。だからガブにはいつものように強引に、横暴に、ボクを引っ張って欲しかった。
 ガブリアスと一緒に居たい。別れたくなんてない。だけどこれ以上傷付いて、ガブリアスのことを嫌いになるのは耐えられない。自分で決めてガブリアスと決別してしまえば、きっと後悔するだろう。このまま一緒に居て傷付いていたほうがマシなのかも知れない。
 だから、どうせ一緒に居られないのならば。一緒に過ごして、共に笑い、共に戦いたいという願いが叶わないのであれば、ガブリアスの口から別れを告げて欲しかった。
 けれどガブリアスは決まりが悪そうに視線を外したまま、口を堅く一の字に閉ざしてしまう。
 ――“ボクはどうするべきか”“ボクがどうしたいか”相反する答えが脳裏を渦巻く。
「……ボクは……ボク、は……!」
 言葉が喉の奥につっかえて出てこない。
 どうしてだろう。もう答えは決まっているのに。伝えたいことははっきりとしているのに。必死に言葉を紡ごうとしても、あまりに細い言葉の糸はすぐに弛んで途切れてしまう。
「ボク、は……ガブに、決めてほし……」
「決めんのはオレ様じゃねェっつっただろ」
 唇を吊り上げ、ガブリアスが静かに言葉を紡ぐ。抑揚の欠けた静かな声音。けれど確かな苛立ちと怒りを孕んだ彼の呟きが、脳裏で何度も蘇る。
 ――これ以上傷付いたり、ガブの事を嫌いにはなりたくない。だってガブはこんなボクを追いかけてくれて、必死に言葉をかけてくれるような、優しいポケモンだから……。
 こんなに優しくて頼もしいガブリアスのことを嫌いになってしまうくらいならば、いっそ離れてしまいたい。そう決心し、フライゴンは引き結んでいた唇をゆっくりと解いて――
「ボクは……ガブと……ガブと一緒に居たい……!」
 その刹那、こちらを睨み据えていたガブリアスが目を瞠る。
 険のとれた琥珀の眼差しと視線が交錯して、フライゴンは自分が口にした言葉を思い出して息を呑んだ。
 ――え? ボク、今、なんて……。
「……その言葉に嘘はねぇな?」
 訝しげに声を憚るガブリアスに、フライゴンは戸惑いながらもゆっくりと首肯する。
 どうして思っていた事と反対の言葉が口から洩れてしまったのだろうか。けれど嘘ではなく、むしろ――ガブリアスと共に居たい。心からそう望んでいたからこそ、その言葉が出てきたのかも知れない。
「そうか……」
 ガブリアスの表情から険がとれ、にわかに和らぐ。眼つきに安堵の色が蘇り、穏やかに眼差しを眇めて。
「良かった……フライゴン……オレ様と一緒に居てくれるんだな……!」
 研ぎ澄まされたような小さな眼に大粒のしずくを浮かべ、不器用に微笑むガブリアス。鍛え抜かれた体躯に精悍な顔立ち、鋭い剣幕の彼には不釣り合いなほどに、今の彼は泣き虫で――愛おしいとさえ感じられた。
「お前の口から『一緒に居たい』って答えを聞くまで安心できなくてよ……ほんと、情けねェよな」
「…………」
 ――そうだったんだ。
 涙を拭うことも忘れ、はにかむガブリアスをフライゴンは茫然と見つめる。
 あんなに暴れん坊で自分勝手で偉そうで、時々調子に乗っては痛い目に遭っているガブリアスだけれど、本当はこんなにも臆病で泣き虫で、そして何よりも気遣いができて優しいんだ。
 胸の奥が甘痒くなるのを覚え、フライゴンは瞼をふっと落とす。誰も知らない、誰も知ろうともしないガブリアスの素顔を自分だけが知っているのは悪い気がしない。むしろ彼の笑顔や優しさを独占できればどれだけ良いか――そこまで考えてしまい、フライゴンは慌てて頭を振る。一度はガブリアスを傷付けてしまった
のだ。そのような甘い考えが通用するはずがない。
「お前とずっと一緒に居たい、お前を傍に置いておきたい。そう思ってんのはオレ様だけなのかもなって思うと寂しくて、つい無茶苦茶な事を口奔っちまって、無理やりお前を束縛しようとしちまって……」
「……ガブって時々すごく子供っぽいよね」
「そうだな、否定はできねぇ」
 苦笑を零しつつ、ガブリアスが口許を緩める。
 ――ボクもあまり、ガブの事を言えないのだけど。
 ガブリアスを独占したいと思ってしまう自分の稚拙な心に、フライゴンは自嘲を孕んだ冷笑を零す。互いを僅かな静寂が結び、一拍の空隙を余韻にして殆ど同時に吹き出した。
「もうお前を悲しませたり、泣かせたりしねぇ。お前はオレ様が守る。お前を苦しませるような奴は、オレ様がギッタギタにしてやる」
 刹那、ふわりと身体が何かに包まれる。優しく抱き寄せられたかと思うと、身体が壊れんばかりの力で、ガブリアスの厚い胸板へと顔を押し付けられる。
 力任せの如く乱暴な抱擁。けれどとても心強くて、暖かくて、優しくて。例え鮫肌が刺さって痛みが広がっていくとしても、フライゴンは彼の抱擁を拒みはしなかった。
 今まで受けてきた心の傷に比べればこの程度の痛みなど、何てことない。
「だから頼む、これからもずっとオレ様と一緒に居てくれ。絶対に、守るから……」
 ガブリアスの声が収束していく。顎を持ち上げられたかと思った刹那、唇に熱いものが触れる。視界が覆われ、何が起きたのかを理解するのに幾何か時間を有した。口を啄む熱の正体。それは考えるよりも先に目の前を見て判断した方が早かった。
「……んっ……」
 声を紡ごうと唇を緩めれば、フライゴンの声を遮るようにガブリアスの舌が抉じ開けるように入り込む。
 噛み付くような烈しい接吻。互いに野生を知らないというのに、その口づけは荒々しく、強引に雌を抱こうとする滾った雄そのものだった。抵抗しようにも力の差は歴然。もがいて拒絶を示すのがようやくで、彼を振りほどくのは不可能だ。
 全身の神経が甘く痺れていく。未知の感覚に全身が戦慄くのは恐怖からか、それとも何かを期待してしまっているのだろうか。
 嫌――と言えば止めてくれるだろうか。
 優しいガブリアスのことだ。フライゴンが本気で跳ねのければ、寂しそうに微笑んでこれ以上のことはしないだろう。不躾で身勝手で独善的な性格の彼だけれど、その実フライゴンのことを誰よりも気遣って優しく接してくれようとしているのも知っている。
「ガブ……っ……ん……!」
 なのにフライゴンはガブリアスを受け入れるかのように、彼の舌を招き入れた。卑猥に響く濡れた音に煽られるかのように、自ら舌を絡ませて擦り合わせる。
 愉悦に慄く背筋。快楽に唆されるように、自らの細い腕をガブリアスの背へと回す。乾燥してざらざらした彼の皮膚は触れる度にフライゴンの肌を刺すも、歯を食いしばって腕に力を込める。
 ――ボク……ガブの傍から離れようとしてた……。ガブを一匹にしようとしてたんだ……。
 かつて孤独で飢えていたガブリアスを、再び一匹にしようとしていた。自分が傷付くことを恐れ、勝手に距離を取ろうとしていた。本当に自分勝手で我儘なボクを、ガブリアスは再び受け入れてくれた。
 ――居てもいいんだ。ボクは……ボクは、ガブの傍に居ても良いんだ。
 誰に言われたからでもない、自分で望んだ道。例えまた誰かに傷付けられたとしても、ガブが一緒に居てくれるのならばきっと耐えられる。身体に突き刺さる鮫肌が、絡めとられる舌が、ガブリアスがずっと傍に居てくれている証となって刻まれる。その痛みを噛み締めながら、フライゴンは目の端に浮かべていた透明の雫を弾かせた。
「あ……はぁっ……」
 ガブリアスの方から口づけを説かれた瞬間、切ない喘ぎが唇の隙間から零れる。二匹を結ぶ淫靡な銀糸が、窓から伸びる夕陽を孕んで燦然と煌めく。潤む視界の中で嫣然と微笑むガブリアス。こちらが無抵抗なのを察してか、彼の手がフライゴンの下肢に伸びて――
 考えるよりも先に、彼の手を止めていた。
「っ……!」
「さっきの超音波のお返しだ。今更お預けとか勘弁してくれよ?」
「で、でも、ボクたちその、オス、同士、だし……」
 震える声音で零れた自らの言葉が『嫌だ』『止めよう』などといった拒絶ではないことに、フライゴンは息を呑んだ。口から洩れた声は単なる躊躇であり、ガブリアスを拒否する意図は含まれていない。それが自分の本心なのだと思い知らされ、フライゴンは身体の芯から熱を帯びるのを感じた。
「オス同士がヤっちゃいけねぇって決まりでもあんのかよ?」
「そ、そうじゃないけど、ど、どうして、こんな……」
「決まってンだろ?」
 目を眇め、ガブリアスが余裕を思わせる笑みを刷く。妖艶に歪む口許はしっとりと濡れていて、それがフライゴンとの口づけの証なのだと思うと、全身の血が滾りそうになる。
「オレ様はお前の傍から離れる気はねェし、手放すつもりもねェってのを証明する為だよ」
「っ……! だ、だからって、こ、こんな……ひぁっ!」
 狼狽するフライゴンを歯牙にもかけず、ガブリアスの手がフライゴンの下腹部を撫でる。払い退けようとすれば彼はそれを“拒絶”と取るだろう。本気で拒めば止めてくれるだろうが、心のどこかで淡い期待をしてしまっている自分がいるのも事実だ。
 自分以外の誰かの手で局部を撫でられる慣れない感覚に歯を食いしばり、ガブリアスから視線を逸らしてしまう。さすがに無理やりフライゴンと目線を交錯させる気はないらしく、鋭利な爪の湾曲した箇所でフライゴンの上腿を撫摩っている。
 物を運んだり食事をするときは不便そうにしていながらも、やはり使い慣れた身体の一部ではあるらしい。フライゴンの躰を傷付けないよう、繊細な動きで愛撫している。
 下肢から伝わるじれったい快楽に絆され、甘い痺れが全身を奔走する。種族が違う為か、生殖孔の位置が分からず探っているのかも知れない。だからといって自分からガブリアスの手を誘導してしまうのは躊躇いがある。それではまるで自分から更なる快感を求めているようで、恥じらいを覚えた。
 淫猥に誘う自分に嫌気が差したのではない。積極的すぎるとガブリアスに嫌われてしまうかも知れないという恐怖が、フライゴンの僅かに残った理性を繋ぎ止めているのだ。
「あー……くそっ……」
 睨み据えた切れ長の眼元を眇めながら、ガブリアスが悪態を零す。フライゴンの読み通り、生殖孔の場所が分からず困惑しているのだろう。
 種族が違うのだから無理はない。外見も違えば、タマゴグループも異なるのだから。だからといってここで引き下がる彼ではない。何が何でも自力で見つけ出すまで止めないだろう。
 例えフライゴンが教えようとしたところで、素直に耳を傾けるようなこともしない。彼はそういう意地っ張りな性格なのだから。
 間接的に自身を触れられるじれったさに身体の芯を火照らせる。だが、言葉は発さず口を一の字に引き結び、じっとガブリアスの姿を見守る。互いに言葉を交わさぬ気まずい空気が辺り一面を支配する。と、俄然下半身から鋭い痛みを伴った恍惚とした感触が伝わってきた。
「はぅ――っ!」
「ん?」
 不意に零れたフライゴンの嬌声に、二匹は視線を交錯させて互いに目を瞠った。
 あんな間抜けな声を漏らしてしまうなんて――やり場のない羞恥を、フライゴンは咄嗟に目線を逸らすことによって誤魔化す。
「え、ひょっとして、ここなのか?」
「…………っ」
 潤む視界の端でガブリアスが茫然を表情に漂わせている。
 何のことだか分からない――と白を切ろうにも、そうすれば余計に先ほどの声について訝しげに問われるだけだ。涙の膜越しに狼狽えるガブリアスに対し、フライゴンは口を堅く引き結んだまま小さく頷いた。
「へぇ、別種だからもっと違うところにあんのかと思ったけど、案外オレ様とそう変わらねェんだな」
 暢気な口調で言いながら口許をフライゴンの陰裂へと近づけるガブリアス。羞恥心と動揺で半ば放心していたフライゴンは唖然とその光景を眺めていたが、はっと息を呑んでガブリアスの頭を掴む。
「え!? ち、ちょっとガブ!? 何して……!」
「はぁ? 今更何言ってんだよ。お前のちんこを外に出すに決まってんだろ?」
「そ、それは……」
 ――何の為にしようとしているのか。
 そう紡ごうとした唇は渇いて、それ以上声を出すことができなかった。
 ドラゴンは他の種よりも生命力が高く種の保存にも積極的なためか、性処理を怠ることはできない。陰裂から自身を取り出して愛撫することには慣れているし、抵抗がある訳でもない。雄である以上、そして何より野生でない以上、溜まった欲は己で吐きださなければならないのだから。
 しかし、それに他人が関わってくるとなると話は別だ。異性と交わったことがなければ、当然同性とも契りを交わしたことなど無い。だからこそガブリアスが今フライゴンに何をしようとしているのかが理解できず、困惑と恐怖からくる狼狽で声を失ってしまった。
 自分自身を誰かに見られるなど考えたこともないし、ましてやその相手がガブリアスだなんて――
「ひょっとしてお前、初めてなのか?」
「…………」
 ぐいと顔を除き込まれ、フライゴンは頷くことも出来ずに声を押し殺す。
 ――それだと、まるでガブリアスは初めてじゃないみたいで……。
 確かに彼はフライゴンの陰裂の箇所は分からなかったものの、それを用いて何をすべきなのかは理解しているようだった。こういった行為にも恥じらいや不慣れさなどといったものは一切感じられない。むしろ淡々としているようで、そこにフライゴンとの感情の溝が生まれていた。
 ……だが、それも仕方のないことなのかも知れない。
 元々ガブリアスは高レートのトレーナーの元に居た。目の前に居るガブリアスは個体値が優秀だから、恐らく親個体としても重宝されていたのだろう。
 その事実をガブリアスはどう感じているのかは知る由もない。自慢話はいつも誇らしげに、雄弁に語っている彼の口からは一度も聞かされていないことから、少なくともおいそれと人に話せる心境ではないのだろう。数多の雄にとって、配合した相手の数は多ければ多い程鼻が高いものだ。それを彼のような性格の持ち主が自分から語らないのはいくら何でも不自然だ。
 ……きっと、触れない方が良いのだろう。『ガブリアスは初めてじゃないの?』と聞いてしまえば、彼に悲しい顔をさせてしまうかも知れない。
 フライゴンはあえてその疑問を振り払った。自分よりも先に彼と交わった者がいるという事実は胸を焦がすが、それを伝えたところでガブリアスを悲しませてしまうだけだ。
 だから――
「……うん。ボク、初めてなんだ。悪い?」
 僅かに蠱惑的な眼差しでガブリアスを見据える。潤みを帯びた視線で妖艶にガブリアスを誘う自分の姿を客観視すれば、羞恥心で全身に流れる血が沸騰しそうになる。するとガブリアスは挑戦的な笑みを浮かべ、口許を引き上げた。
「……悪かねェ」
「え――? あっ、ち、ちょっと、ガブ……っ!?」
 腰を引き寄せられたと思えば、不意にガブリアスがフライゴンの股へ頭を運ぶ。何をされるのかと動乱する間もなく、ざらついた柔らかい感触が陰裂へと伸びて。
「あっ……んぁ……」
 喘ぎに艶が混じり始める。慣れない感覚に、フライゴンは声を押し殺して身悶える。ガブリアスがフライゴンの下肢に顔を埋めて舌を伸ばしている――そんな淫らな眺めに喉を鳴らす。
 今まで自分の指を中に入れて解していたから、未だかつて感じたことのない優しくてしなやかな快楽に身も心も蕩けそうになる。だが、直接自身には触れられていない。生殖孔を繋ぎ止める筋を舌でなぞられ、周りを舐めとられる。中で更なる刺激を求めて肉茎が疼くのを自分でも感じる。
 しかし、それを口にするのは憚られた。嫌ではない、むしろもっとして欲しいだなんて言葉に出来る訳がない。
「だ、だめだよガブ……そこ、きたなっ……」
「汚いって思ってたら、今更こんな事やってねェよ」
 股に顔を埋めたまま口を動かすガブリアス。その唇の振動がフライゴンの身体に恍惚とした戦慄が奔る。それと同時に、直接触れて貰えないもどかしさで気が狂いそうになる。恥じらいを保つ理性と、もっと気持ち良くなりたいという本能とが心の中で錯綜して――
「……何してんだ?」
「あっ……」
 悪戯な微笑を零すガブリアスに制止され、ようやく自分が股間に手を伸ばしていたことに気が付いた。
 涙の膜越しで、ガブリアスが困ったように苦笑を浮かべる。
「そんなにじれったいのか?」
「うぅ……そ、それ、は……」
 口づけが解かれた熟れた孔から、ねだるような熱っぽい蜜が溢れる。それがガブリアスの零した生唾だけではないことを知っているからこそ、フライゴンは口を噤んで視線を泳がせてしまう。
「そうむくれんなって。オレ様が悪かった」
「……ち、ちがっ……ボクはむくれてる訳じゃ――」
 刹那、身体に奔った昂りがフライゴンの言葉を遮った。襞の奥で眠る、僅かに熱を持った肉茎に滑らかな感触が伝う。
「あ……んっ……!」
「お、これか」
 震える唇に言葉を乗せようにも、それを快楽の波が歯止めをかける。腰から背筋を走り抜ける快楽に背中を反らし、思わずもっと愛撫を求めるように浮かせてしまう。だが、それを止めることはできなかった。脳が、身体が、本能が、もっとガブリアスに愛されるのを求めてしまうのだから。
「ガブぅ……っく……あぁ……ガブ……っ!」
 先端をなぞる舌が戯れのように動き、滾り始めた劣情を絡め取るように舐め回される。フライゴンの唇から掠れる切ない矯正と、淫靡な舌遣いが伝える水音が二匹だけの空間を支配する中、熱に守られていた肉茎に僅かな冷気が差した。
「んぁ……!」
「へぇ、これが……。可愛いじゃねェか……」
 フライゴンの劣情を陶然と眺め、ガブリアスが辺りを憚るような低く潜めた声で囁く。その声音に悪意が孕んでいるようには感じられなかったが、外気に晒されてその身が顕わになった自身をまじまじと見つめられ、フライゴンは生理的な涙を浮かべる。
「え!? ち、ちょっと、ガブ、それ、どういう……!?」
 露出された劣情は反り勃っていて、更なる刺激と快楽を求めるように僅かな痙攣を見せている。大きさのことを揶揄されたのが悔しいのもあるが、それ以上に恥ずかしさのあまり言葉を発することができなかった。
「あ、ち、違ェって! そ、その、ちゃんとオレ様に反応してるのが可愛いって意味で……! べ、別の意味じゃねェからな! 決して!」
 ――それ、暗に小さいって言ってるも同然じゃないか。
 あくまで本人はおもねる口調のつもりなのだろうが、その言葉の裏に含まれた意味を感じ取り、フライゴンは唇を憮然に尖らせる。
 しかし、一体誰と比較しているのだろうか。ガブリアス自身である可能性もあるというのに、脳裏に過るのは悪い予感ばかりだ。これよりももっと前に自分とは違う雄と契りを交わしたことがあるのだとしたら、今比べられているのは――
「……おい、何か余計なこと考えてねェか?」
「え? ひっ……!?」
 不機嫌を示すかのように表情をしかめるガブリアスと視線が絡まった。
 見たことも無ければ本当に居るかどうかも分からない相手への嫉妬心を垣間見られれば、恥ずかしい所では澄まされない。同性に対する嫉妬ですらみっともなくて惨めで情けないというのに、それが存在すら確認できていない架空の相手だと知られたら。
 ……今は考えたくない、考えてはいけない。ガブリアスが今見ているのは過去の相手ではなくて、ボク自身なのだから。
 ガブリアスの首に腕を伸ばし、顔を引き寄せて唇を重ねる。甘くて蕩けそうになる香りの中に、刺激的な匂いが混ざっている。自身が零した先走りの残滓が放つ異香に一瞬顔を歪めるも、その刺激臭ですら嫌な事を忘れさせてくれる麻薬のように感じられて、フライゴンは弄るようにガブリアスの唇を舐め回した。
「……は……あっ……」
「ん……っ……ふ、ふらい……ごん?」
 熱を帯びた、理性の溶けかけたガブリアスの吐息が鼻先に重なる。
 ……誰とも比べないで。ボクだけを見て欲しい。キミのことを知ったあの日から、ずっとガブリアスを想っていたのだから。
 ガブリアスの劣化――確かに昔は自分のことをそう思い込んでいた。あまり考えないように過ごして居ても、奴の存在が不意に脳裏を過って心を蝕んだ。自分は自分、ガブリアスとは関係無い。そう言い聞かせても、周りの評価は変わらなくて。
 自分と似て非なる存在。ボクが苦しんでいるのにガブリアスはみんなの人気者でヒーローで、誰からも愛されて――そんな存在が憎たらしくて、疎ましかった。
 そんな相手に身体を寄せているなんて、昔のボクでは考えられなかっただろう。
 そんな相手に欲情して、もっと滅茶苦茶に壊して欲しいと思ってしまうだなんて、前までのボクでは思いもしなかっただろう。
 けれど――
「ガブ……ボクだけを見て? ボクも……ガブのことを……ううん、ガブのことだけしか、考えられない……」
 ――知ってしまったから。
 純粋にバトルを楽しみたいという想いを踏みにじられる辛さを。
 メガシンカさせて貰えず、単にバトルの便利屋として利用されるだけの寂しさを。
 『好きだから』使って貰えるのではなく『強いから』『便利だから』使われているだけの悲しさを。
 使用率が高い故に数多のトレーナーに意識され、対策され、嫌われ、戦闘マシーンのように扱われるだけの切なさを。
 けれど、それでも自分はバトルが好きだからと言い聞かせ、操り人形のような虚ろな日々を送っていた彼の空しさを。
 ――聞いてしまったから。
 ガブリアスも苦しんでいたことを。心の隅に虚無が生んだ影を宿していたことを。
 そんなことを知ってしまえば、もうガブリアスを妬む気など微塵も起きなかった。
「……んな心配されなくても、オレ様にはとっくにお前しか見えてねーよ」
 一度解かれた筈の口づけ。熟れた唇に再び重ねられ、背筋が愉悦に震える。舌を舌で絡めとられ、いつしか我を忘れて貪るように互いを求めていた。
 切なく滲んだ視界の端で、ガブリアスの手がするりと降りていく。甘い感触がないことから、その先はフライゴンの下肢ではないようだ。では一体何を――そう考えていた思考が蕩けそうになるほどに甘くて熱い接吻に、フライゴンも夢中になっていた。
「っ……もう我慢できねェ……」
「……ふぅ……あ……?」
 余裕を崩した掠れ声が耳朶に触れたと思った矢先、熱を帯びた硬い物が劣情に触れた。熱い昂ぶりはとろりとした蜜を零していて、触れ合う度に甘い嬌声が唇から零れる。
 宛がわれたモノの正体は――最早考えるまでも無かった。頭で理解するよりも先に本能がそれを察知して躰を火照らせる。
「あつくて……お、おっきい……これ、ガブの……?」
「……なんでお前はそういう煽るような事言うんだよ」
 頬にほんのり朱を載せたガブリアスに身体を引き寄せられる。互いの牡茎の筋が重なり、そこから伝う切ない痺れに絆されて唇の隙間から甘い嬌声が零れた。
 二匹の間を甘く蕩けるような雰囲気が伝う。

「ガブって……ちゃんと、男の子だったんだね……」

 だが、その空気が不意に音を立てて崩れ落ちた。
「……ん? え!? は!? ど、どういう意味だよそれ!?」
 先ほどまで理性を失いかけた獣の眼差しを宿していたガブリアスが面喰ったかのように驚倒の声を漏らす。
 竜は生殖器を体内に収納しているため、外見で性別を見分けるのは困難とされている。こうして実際に生殖孔から中を取り出すまでは判断ができない。
「だって、ガブリアスのおちんちん見たの初めてだし……ひょっとしたら他のみんなもガブリアスがオスだっての知らないかも! そうだ、これからは先っぽだけはみ出して生活したらどうかな?」
 ぽん、と右手と左手を重ねるフライゴン。我ながらなかなか良い提案だと思うのだが、ガブリアスは険しい表情で口許を歪めて。
「あのなぁフライゴン、オレ様には背びれの切れ目があんだろ。それを言うならお前の方が性別分かりにくいし、そもそもチンコ出して歩いてたらただの変態! 露出狂だろーが!」
「それに、仮にオスだとしたらガブのおちんちんって二本あるのかと思ってた。サメハダーとかって生殖器二本あるって聞くし」
「その『仮に』っての止めろ! オレ様は鮫じゃねえ! 確かに陸鮫って呼ばれてるけどよ……」
「でも特性が鮫肌だし……」
「じゃあクリムガンの奴も鮫なのかよ?」
「紛らわしいからガブとクリムガンの特性を鉄の棘に変えようよ」
「勝手にオレ様を無機物のトゲ玉にしようとすんじゃねぇ! あとクリムガン巻き込むな!」
「ナットレイ……強いのに……」
「強い弱いは関係ねェだろーが」
 提案を遮られしゅんと視線を下ろすと、視界の端にしか入り込んでいなかったそれが思い切り目の前に飛び込んでくる。その大きさは興奮を帯びて膨張しているものの、フライゴンの劣情をはるかに上回る。
 ガブリアスの両手は本人も散々愚痴を零しているように、生活を送るにはあまりにも不便だ。食事もフライゴンの補助が無ければ満足に行えないし、物を持ったり運んだりするのでさえ困難そうにしている。
 これが野生だったり、バトルの事しか考えずに過ごしていれば特に気にも留めないのかも知れない。現にガブリアスは、フライゴンと過ごすようになってからというものの、本当に自分の身体の一部なのかと疑う程に不慣れな日常を送っている。
 そんなガブリアスだから、自分の牡茎をしごき上げて刺激させるなんてほぼ不可能の筈だ。それなのに何故これ程までに怒張りを帯びていて先走りまで零しているのか。
「……あんまジロジロ見んじゃねぇよ」
「あっ、ご、ごめん」
「ったく、相変わらずお前は空気ぶち壊しまくりだよな」
 華奢な肩をがっくしと落とし、ガブリアスが目を伏せる。
「……そういう所に、オレ様は救われたんだけどな」
「え――?」
 彼の言っている言葉の意味が理解できず首を捻っていると、にわかにガブリアスの瞼が持ちあがって。
「お前の声を聞いてたらこうなっちまったんだから、ちゃんと責任取って貰うぜ?」
 口許を引きつらせ、不器用な笑みを浮かべるガブリアス。愛撫の手付きや舌遣いは巧みで洗練された動き。それなのに彼からはいつもの自信や余裕といった類を感じられない。普段の彼ならば言葉の端に造作もないと言いたげな剣呑な笑みを滲ませている。
 だが今日の――特に今のガブリアスは、何かに対して怯え、焦っているようにも感じとれる。行為だって慣れた動きで恥じらいや躊躇のようなものは伺えないが、フライゴンの羞恥を煽るような言葉を殆ど口にしていない。
 おかしい……いつもの彼の性格ならば、自分が優位に立っていればいる程こちらを惑わせるような悪戯な言葉も投げかけてきそうなのに。そう、今の彼はまるでフライゴンが逃げないよう無理やり抑えつけているような――
「ほ、ほら、力抜けよ」
「……う、うん」
 ガブリアスが覆いかぶさるように、ゆっくりと身体を押し倒される。秘所に熱く猛ったものを宛がわれ、フライゴンは唇を噛み締めて口を噤んだ。
 これから犯される恐怖と期待に胸がざわつき、震えてしまう。その震慄がガブリアスにも伝わってしまったのか、切れ長の双眸を瞠ってフライゴンの身体をぐいと引き寄せる。
「そ、その……怖ぇってんなら、止めとくか……?」
 申し訳なさそうに視線を泳がせながらガブリアスが言い淀む。確かに痛いのは嫌だし、いつもは自分の肉茎しか収納されていない膣内にあのような異物を挿れるのに恐怖が無いといえば嘘になる。
 だが、視界の端に映り込むガブリアスの猛る牡茎が行き場を無くしているのを見ると、とても断る気にはなれなかった。それに、このまま終わってしまえば半端に火照った自分の身体まで狂ってしまいそうで。
 未知の恐怖よりも快楽への期待に震えている自分の浅ましさに眩暈を覚えた。
 ――けれど、それはきっとガブだって同じだよね……?
 涙で滲む視界を細め、フライゴンはしどけなく笑ってみせる。
「……いい。だいじょうぶ……。ガブの好きにしていいよ……? ボクは逃げないから、安心して……?」
 震える腕を持ち上げ、ガブリアスの頬に指を伸ばす。
 ガブリアスは何を怯えているのだろう。何故、見えない恐怖と戦っているのだろう。ぎこちない微笑みも優しそうに眇める眼元も、全てが欺瞞なのは何となく察しが付く。
 確かにガブは強くて優しいし、不器用ながらもきちんと気遣ってくれる。だけど今のガブリアスはどこか違和感を覚える。何かを我慢しているのような、辛い表情を時折浮かべるのだ。
「……フライゴン……っ……」
「あぅ……! がぶぅ……がぶっ……!」
 綻んだ蜜壺に熱い塊が触れる。一気に捻じ込まれ、淫らな響きを孕んだ悲鳴を漏らした。
 ガブリアスの逞しく張り出した猛々しい牡がゆっくりと埋め込まれ、自身の劣情と身を寄せあって行く。
 襞が引きつり、裂けそうな程の痛みが迸る。ガブリアスはゆっくり挿れてくれてはいるものの、今まで異物を混入したことのない箇所を犯される痛みには逆らえない。
「っあ……い、たぁっ……!」
 呼吸に混じって悲痛を訴える喚声が零れ落ちる。それがガブリアスの耳に拾われたのか、動きが緩やかになってそろりと抜けていく。
「わ、悪ィ。大丈夫か?」
 フライゴンの痛みを懸念する気遣いの声。それと同時に痛みが股から引いていく。悲痛の残滓が響いているが、先ほどまで襲ってきていた圧迫感と避けそうな程の痛みはない。
 しかし、フライゴンは首を小さく横に振り、ガブリアスの手を両手で包んだ。
「……だめ……止めないで……」
「止めるなっつったってお前、痛がってたじゃねェか……」
 涙の膜越しに映り込む精悍な顔立ちが、困ったように眼元を細める。反射で思わず痛いと口にしてしまったことを後悔した。
 やっぱり、ボクが本気で嫌がったらすぐに止めてくれるんだ。
「大丈夫。痛くても、平気……」
「だけどよ……」
 ――むしろ、ここで止められる方が……もっと、つらい。
 消え入りそうな声でそう囁き、視線を落とす。
 身体は完全に火照ってしまい、このまま終わらせてしまえばきっと自分で処理することになるだろう。それは今までで一番悲しくて辛くて切ない自慰になる。
 ここで止めてしまえば、恐らく今後ガブリアスが再び抱いてくれる日は来ないだろう。身体に奔る痛みよりも、その方がずっと耐えられない。
「だから、お願いだよ……ガブ……」
「……わかった。ゆっくりするからな。痛かったら無理せず言うんだぞ?」
 鋭く隆起したものが自分の中に沈んでいくのを感じる。ガブリアスが腰を引いて浅い抜き差しを繰り返す度に二匹の逸物がこすれ合い、その度に訪れる快楽の波に呑まれて身が捩れそうになる。
「はぁ……んくっ……がぶ……っあ…………!」
 甘い熱が孔を蕩けさせ、肉茎を昂らせる。そのたびにガブリアスの牡茎と密接し合って、理性が溶け崩れそうになる。中がどのような状態になっているのか想像するだけで全身を巡る血液が沸騰しそうだ。
「あっ……やぁ……やらぁ……がぶ……っ」
「……っ……」
 ガブリアスの逞しい尾がするりと伸び、フライゴンのそれに螺旋を描いて絡まり合う。互いを手放すまいとしがみ付き、相手の肉茎をしごくように舌でも求めあう。
 口の端から零れ落ちる唾液すらも貪るように舐め回す。甘くて切ない、幸せな味が広がっていく。錯綜する舌が紡ぐ淫猥な音に煽られ、更に身体が昂ぶってくる。それに応えてか、ガブリアスと触れ合う劣情がもっと激しい愛を欲して疼く。
「んぁっ……がぶ……ぼく……も、もう、で、でるっ……うあっ……!」
「っく……ふらい……ごん……っ!」
 フライゴンの名を呼ぶガブリアスの声が掠れていて、彼の興奮を暗示しているように思えた。快楽の波に呑まれて身震いをし、しがみ付くガブリアスの身体を無我夢中に締め付けた。甘い戦慄が背筋を駆け抜けたと思った刹那――全身を強烈な脱力感と解放感が襲った。
 下半身が滾り、熱が自分の中から迸る。それと同時に、熱いものがフライゴンの中に駆け巡っていく。快楽が液体に姿を変えて吐き出され、放った白の残滓が二匹を結ぶ隙間から零れて視界の端に入り込んでいく。
「……んぅ……が、がぶ……ぅ……」
 恍惚とした痺れに痙攣した唇からようやく紡げたのは、か細い声音に乗った愛しい彼の愛称だけだった。何とか歯を食いしばると、潤む視界の中でガブリアスの表情がどんより淀んでいるのを捉えた。
 ――ガブ……? ボクを抱いている最中なのに、まるで意識はそこにはないみたい……。
 理性を飛ばして野生に戻った獣のように喘いでいたのが自分だけのように思えて、フライゴンは自分の羞恥心を隠すかのように鋭い視線をガブリアスへと飛ばす。
「……どした、の……っ?」
「……っ……ふらい、ごん……?」
 息を呑んで、弾かれたように顔を持ち上げるガブリアス。視線を交錯して――研ぎ澄まされた琥珀の双眸が、潤みを帯びて透明の雫を浮かべていた。
「……どうしたの、がぶ……? どこか痛むの……?」
「……違う……違うんだ……」
 伸ばした指で涙を拭ってやると、ガブリアスは想いを吐き出すかのように掠れ声を張り上げた。
「お前をめちゃくちゃにしちまって、お前に嫌われたら……オレ様は……オレ様は……っ――!」
 言葉の最後は嗚咽に呑まれて聞きとることができなかった。だが、その唇から紡がれる啜泣に乗せられた言葉は、確かにフライゴンの胸がとくんと跳ねさせた。
 ――まさか……まさか、ボクに嫌われるのを恐れて、それで……?
 たどたどしい笑顔も、ぎこちない言葉も、余裕を失った動作も。
 全て、そんなことを恐れてのことだったのか?
 ボクが、ガブリアスを嫌うと思って……?
「お前だけが傍に居てくれている。ずっと孤独で、空っぽだったオレ様の傍に居てくれている。オレ様はお前を傷付け、苦しめたってのによ……。お前にまた嫌われちまったら、オレ様は……もう……」
 端正な顔立ちの頬を、透明な滴が滑り落ちる。
 ――そうか……ガブは、嫌われるのが……。
 惜しみなく流れる涙の孕む想いがフライゴンの胸に波紋を生んだ。
 ガブのことを嫌いになりたくない一心で彼から離れようとしていた。だがそれは、却って嫌われてしまったと誤解させようとしていた。
 ボクは……自分を守るためにガブから離れようとしていたんだ。周囲に比較されることで自分が傷付かないように、ガブの気持ちなんて微塵も考えていなかった。
 ガブが傍にさえ居てくれればそれで十分なんだってことを、ボクは忘れていたんだ……。

 ――だから頼む、これからもずっとオレ様と一緒に居てくれ。絶対に、守るから……。

 ……うん……そうだよね。
 互いに傷付け合い、苦しめ合ったボクたちだけれど。
『弱いお前の気持ちなんて知ったことか』『ちやほやされているキミにボクの気持ちなんて分かる訳がない』
『何で泣くんだよ。弱い奴が強い奴に勝てねェのは当たり前のことだろ?』『ガブリアスなんて……居なければ良かったのに』
 ……出会いは、本当に最悪だった。
 それはボクたちがお互いを理解していなかったし、しようともしていなかったから。けれど、今は。
「……大丈夫。ボクも、ガブのことを守るよ」
「フライゴン……?」
「もう一匹になんてさせない。ガブは戦闘マシンなんかじゃない、ちゃんと生きてるんだ。ガブが吐き出した熱だって、ちゃんとガブが生きてるって証拠なんだよ……」
 下腹部から広がる熱を感じながら、フライゴンは表情を綻ばせた。
 お互いに傷付けあうことしかできなかったボクたちだけれど、今はこうして理解し合えたからこそ慈める。周りから何と言われようがどうだっていい。ガブリアスの劣化だと蔑まれようが、罵られようが、いじられても構わない。
 だってボクは……ボクには――
「……ありがとな、フライゴン。オレ様、生きてるんだよな。お前と一緒に……これからも、ずっと一緒に居られるんだよな」
「勿論だよ、ガブ。これからもずっと一緒に戦って、笑って、こうして繋がって……」
 涙を弾き、頬を緩めるガブリアス。
 ……そう。ボクのことをずっと見守ってくれる、大好きなガブが傍に居てくれるから。

 ◆

「ほらフライゴン、好きなの選べ」
 机の上――正しくはメタグロスの頭上に並べられた色とりどりの道具を視線で示唆するガブリアス。
 バトルリゾート控え室。出場の事前登録を済ませたガブリアスたちは用意されたこの場所でバトルの準備を進めていた。
「え、でも。本当に良いの? ボクがタスキを持ったらガブは……」
 ガブリアスは確かに耐久に優れてはいるが、その分対策をされていて氷技や強力なフェアリー技を浴びることが多い。保険も兼ねてガブリアスにタスキを持たせるのは有力な選択肢の一つだ。
 だが、自分がタスキを持ってしまえば、ガブリアスはタスキを持てなくなってしまう。
「良いんだよ。オレ様にはこれがあるから」
 両手の爪で支えるそれをフライゴンの目の前に差し出す。紫を基調に赤と黄の混じったその珠は、まるでガブリアスそのものを示しているかのような配色だ。
 ガブリアスナイト――確かにガブリアスはメガシンカに憧れてはいたけれど、まだ実践に使えるほどの訓練は積んで居ないはず。
「良いのですか、ガブリアスさん。ワタシのデータでは、今のあなたにそれを使いこなせるとはおもえ――」
「ごたごたうっせーんだよ、ポンコツ。んなの気合でどうにかするっつってんだろーが」
「気合、ですか。何とも信用しがたいデータですね」
 頭上に並べられた道具が落ちないよう気を遣っているのか、メタグロスは視線を動かすだけで身体の向きを変えたりはしない。
「オレ様はずっとメガシンカに憧れてたんだ。これからはずっとメガガブリアス一本で行くぜ」
 目を眇めて愛おしげに珠を眺め、ガブリアスは余裕を思わせる微笑を浮かべた。メガシンカに憧れているという彼の言葉に嘘はないのだろう。だが、それを実践で使ったことは無い。練習試合でならともかく、レートやバトルハウスでガブリアスがメガストーンを持つなど、とんだ愚行だと揶揄されてもおかしくはないだろう。
 それなのに何故、突然バトルハウスでメガストーンを使うと言い出したのか。勝利に拘るガブリアスの性格ならば尚更、馴染んでいない道具をバトルハウスで用いるとは思えない。
「ほうほう、なるほどなるほど」
 愉しそうに笑みを深めるメタグロス。ほんの一瞬、彼の視線がこちらを貫いた。かと思えば今度は同じ眼差しでガブリアスを見つめ、一匹で納得したかのように瞼を数度落とす。
「……何だよ気色悪ィな」
 ガブリアスが露骨に顔をしかめる。ポケモンに分類されているとはいえ、彼、或いは彼女は本当に機械なのだろうか。冷静な分析能力には長けているのだが、時々このように人間味を滲ませる様子は機械のそれには見えない。
「つまりガブリアスさんは、フライゴンさんに好きな持ち物を持たせてあげる為にメガシンカを選――」
「な、何ヘンな事言ってんだよポンコツ! お前本当にメンテ行ってきたのか!?」
 我を忘れたかのようにメガストーンを高く放り投げ、ガブリアスが慌ててメタグロスの口を封じる。部屋の蛍光灯を浴びて輝く丸い珠。弧を描いて飛んで来たそれをフライゴンは掴んで。
 ――そうだったんだ……。
 ガブリアスがメガシンカにより固執するようになった理由。それは互いに道具で足を引っ張らないようにする為だったのだ。しかし、メガガブリアスは世間では邪険に扱われている。それはガブリアスも重々承知の筈だ。いくら憧れていたからとはいえ、フライゴンの為にこんな自ら茨の道を行くなど――
「勘違いすんなよ、フライゴン」
「……え?」
 気が付けばガブリアスが目と鼻の先まで接近していた。視線が交錯し、互いに息がかかるほどの至近距離。迫力のある強面だが端正な目鼻立ちの眼差しに見つめられ、フライゴンは思わず息を呑む。
「オレ様はお前の為にこいつを使う訳じゃねぇ。オレ様が使いてぇから使うんだ。だからお前は気にせず好きな道具を使え。それだけだ」
「全く素直じゃないですねぇ。逆鱗ばかり撃って感情の制御ができなくなったあなたらしく、もっと素直になればいいのに」
「……それはつまり、オレ様がバカだって言いてェのか?」
 ガブリアスが鋭い剣幕でメタグロスを見遣るも、当の本人は『さあ、どうでしょう?』と言って口を閉ざしてしまう。怒りを煽られたガブリアスが激情して地震でも放ってしまったらどうしよう――でも自分は浮遊だから大丈夫か、と思いながら二匹の様子を見守る。ガブリアスは推参な視線をメタグロスに向けて舌打ちを零しただけで、それ以上の騒ぎは起こさなかった。
 ――メガシンカに固執してまで、ボクと一緒に居たいって思ってくれているんだ。
 メガシンカに馴染めないうちは何度も敗北を喫するだろう。それは勝利を何よりの快感とする彼にとって、屈辱以外の何物でもない。メガシンカを使うにしても、もう少し慣れてから使うと思っていたのだがどうしてこんな急に、しかもフライゴンの為に……?そのような疑問を抱くフライゴンの視線に気付いたのだろうか。
 ガブリアスはふと顔を上げ、いつもの剣呑な笑みを口許に浮かべて。
「オレ様にはお前が必要なんだ。こんなみっともねぇオレ様を受け入れてくれた唯一の友で、オレ様の――」
 ――……?
 そこから先を紡ごうとしたガブリアスの顔が真っ赤に染まり、口を堅く引き結んでしまった。
 オレ様の……何なのだろう?
「な、なな、何でもねェ! ほ、ほら、フライゴン! とっとと道具選べ! こ、これなんか良いんじゃねぇか?」
 そそくさと視線を逸らし、ガブリアスが不躾にフライゴンの胸元へと何かを押しあててくる。朱色の布地。先端から中にかけて次第に色濃くなっている。――きあいのタスキだ。
「これなら大抵のドラゴン相手に勝てるだろ。お前、フェイントあるし」
「……いいの? ボクがタスキで、本当に……」
「何ならスカーフでもいいぜ? バシャーモの奴に交渉して奪ってきてやっからよ」
 ……ううん。その必要はないよ。
 ゆっくりと首を横に振り、渡されたタスキを抱き寄せる。
「ガブが選んでくれた道具なんだもん。ボク、これで戦うよ。……えへへ、これでずっと一緒に戦えるね」
「……お、おう」
 視線をつと逸らせ、言葉を濁らせるガブリアス。だが頬にはほんのり朱が乗っていて、彼の尾は珍しくぱたぱたと素直な感情表現を示している。相変わらず意地っ張りな性格なんだなぁと苦笑を零して、フライゴンはふとガブリアスの持つ矮小な珠を見遣る。
「そうだ。それ、ちょっと貸して」
「ん? これか?」
 メガストーンとフライゴンを交互に見つめ、怪訝な面持ちを浮かべながらも両手で捧げるように手渡してくれた。
 何度見ても思うのだが、ガブリアスの手は細かい作業を得意としていない。このような小さな道具を扱いにはあまりにも不便で、困ることも多いだろう。
 フライゴンはメタグロスの頭上に乗っていた繊細な赤い糸と翡翠色の欠片を手に取り、鼻歌交じりで細工を始めた。
「お、おいフライゴン、何を――」
「…………はい、これ。メガストーンって小さいし、ガブいつも持ちにくそうだから」
 碧の欠片をアクセントに添え、赤い糸に欠片とメガストーンを取り付けた簡素な首飾り。今すぐ使ってほしいからシンプルで味気のない付け焼刃な物ではあるけれど、ガブリアスと共に戦いたいという気持ちを精一杯込めた物だ。
 硬直するガブリアスの首に手を伸ばし、さっそく取り付ける。ガブリアスを模した赤と黄を内包した藍色の珠に、フライゴンを彷彿とさせる緑が寄り添うように重なっている。
「……フライゴン……お前……」
「これで絶対無くさないでしょ?」
 得意げに胸を張り、フライゴンは無邪気に微笑んで見せる。暫く唖然と立ち竦んでいたガブリアスだが、不意にその腕がフライゴンの身体へと回ってきて。
「え……な、なに……?」
 ガブリアスの紡いだ息が触れるような至近距離。怜悧で凛然とした顔立ちが不意に目前まで迫り、フライゴンは息を顰めた。
「……ありがとな」
 波が引くような囁き声。周りの喧騒が浚っていきそうな程にか細い声音が、フライゴンの耳朶を優しく撫でる。
 短くて簡素で乱雑な言葉だったけれど、不器用な彼にしては十分すぎる感情表現だとも思えた。
 ――そんな……お礼を言うのはこっちだよ……。
 まだ鎮まらない火照りを誤魔化すかのように、天真爛漫なはにかみを浮かべて答える。
「でもそれ、使うときはいつも首飾りから千切らないといけないのでは?」
「いいんだよ。その度にボクが直してつけてあげるんだから」
 水を差すメタグロスに憮然な視線を向け、フライゴンはぷいと顔を逸らす。その目線の先が示すのは“トケイ”という、人間たちが時間を知るのに使う置物。生まれてから人間と過ごしてきたフライゴンも、時計の読み方は理解できる。
 ……さて、そろそろボクたちの出番かな。
 ガブリアスに託されたタスキを強く握りしめ、フライゴンは決然とした眼差しをガブリアスへと飛ばして。
「行こう、ガブ!」
「おうよ、フライゴン! 思いっ切り暴れてやろうぜ!」
 今日は今までの記録を塗り替えられる。
 何故ならボクには胸を張って“共に戦う相棒”だと周りに自慢できる、大好きな存在が傍にがいるのだから。

お名前:
  • これはいいガブフラですねぇ…(^q^)ゴチソウサマデシタ --
  • コメントありがとうございます~!
    そう言って頂けると、とっても嬉しいです!( ;∀;) -- 彩風悠璃
  • これもうフライゴン雌でもok
    な気ぃする -- 腐人 ?
  • ガブフラ尊イイ……
    一見対照的に見えて、実は心の深いところでは強く惹かれ合ってる二人の関係がとても良かったです。よきライバルとして素晴らしき相棒として、二人には末永くイチャイチャしてもらいたいです -- てるてる

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Last-modified: 2020-10-14 (水) 22:48:33
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