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ミロカロス――この海蛇なるもの 第一部

/ミロカロス――この海蛇なるもの 第一部
注意
作者の主義・思想的理由により、この作品は歴史的仮名遣で書かれてをります。その所為で読み難い、現代仮名遣に改めて欲しい、と言ふ苦情は一切受けません。悪しからずご了承下さいませ。(仮名遣とは如何なるものかに就ては、各自勉強をお願ひ致します)

巻頭言 


 ミロカロス(いつくしみポケモン)に(つい)て――

 大きな湖の底にゐると言はれているポケモン。そのすがたは、ポケモンでもつとも美しいと言はれてをり、絵やてうこくなど、アートのモデルとなつてゐる。(『ポケモン全キャラ大事典』より抜粋)

ミロカロス――この海蛇なるもの 第一部 

(作者:etiwhyraenub ?

目次 


主な登場ポケモン 

 


 ムロ島と云ふ(ところ)を出てから、一体どれ位の時間が経つただらうか。普段よりも聊か肌を露出させてゐる女の子を背に乗せて、広々とした大海原を私は進んで行く。空は何処までも青々と晴れ渡つてをり、波も荒れる気配すら見せぬほど穏やかだ。そんな中柔らかく当つて来る潮風は、(まこと)に気持の好いものである。そのお陰か、「ポケモン」による航海が初めてらしいこの女の子にも、不安の色は全く見出せない。寧ろ、早くも楽しんでゐるかの様だ。私に乗る前こそ彼女は初々しく困つた顔をしてゐた。然し、その心配は杞憂に終つたらしく、私も一安心と云ふところである。
 処で、女の子はまだまだ駆出しの「トレーナー」らしく、世間からも殆ど注目されてゐない。然るに、この時の彼女は、恐らく今迄浴びた事が無い程の視線を受けてゐたのである。女の子はこの事に少しだけ驚いてゐたみたいだが、その原因はと云へば、子供なりに好く好く承知出来てゐた様だ。何せ、ミロカロスと云はれてゐるこの私が、人間を乗せて海なり川なりを進んで行くのである。忽ち注目の的になつて(しま)ふのも、無理はない。下腹部辺りから尾にかけて巡らせてある紅と空の斑模様、或いは人間よりも遙かに長い体。こんなもの、自分でも派手だと思はざるを得ない。それらが海上に晒されてゐるから、人間や「ポケモン」が私を目当てに、ぞろぞろとやつて来る。矢張り、どうしても私の方が目立つて了ふのだ。
 かう云ふ訳だから、道中に居る「トレーナー」或いは「ポケモン」から次々と、所謂「ポケモンバトル」を挑まれる。かと云つて、私が力尽きると女の子はどうしようも無くなるので、彼女は成る丈他の「ポケモン」を用ゐて「バトル」に臨んだ。皆それなりに見せ場を作つてゐたが、その中でも、ドイルと云ふサーナイトの活躍振りには凄いものがあつた。彼は兎に角強い。女の子も他の従僕も不思議がる、それ位の強さを持つてゐる。彼に太刀打ちなど、仲間は勿論、私にも出来ない事だ。サメハダーと云ふ、並のサーナイトなら歯の立たぬ手合でさへも、ドイルには敵はなかつたのである。そんな彼のお蔭で、どうにか私達は人々の目線を通り抜ける事が出来た――とは云へ、多くの草試合もやつて了つた所為か、予定よりも若干遅れて目的の小島に到着した。それが少し残念ではある。
 私達がその目的地に着いた頃には、既に夕日は沈みかけてをり、空も橙色に染まつてゐた。女の子は普段着を身に纏つて、人間の言葉が解るらしいドイルと一緒に、何時もの様に野営の準備をしてゐる。その間、他の「ポケモン」達は砂浜を駆け回つたり、追いかけつこをして遊ぶ。子供の様に(はしや)ぐヌマクローやエネコ、そんな二匹(ふたり)を驚かさうとするヨマワル。その様子を私は、海に少し浸かりつつ眺めてゐた。いや、眺める振りをしてゐた。彼らとは違ふ処に、私の目線が移つて行く。そして、この日の旅の事とは全く関係の無い事に就て、私は想ひを巡らせてゐた。すると、一行には居ない、居る筈の無い生き物が、私の脳裏に浮び上つて来る。その姿は徐々に具現化して行つたが、突如として消え失せて了つた。私の気付かぬ内にヨマワルのワンダーが背後に回り込み、急に大声を出して来たからだ。私は思はずびつくりして了ひ、慌てて後ろを振り向く。その際尻尾を大きく動かした為に、水飛沫(しぶき)が少し揚がつてしまつた。
「な、何よ、いきなり。驚いちやつたぢやない」
「だつて、姉さん、ちつとも俺等に構つてくれやしないぢやないか。どうしたんだよ、明後日の方許り向いて」
「あ、ああ、御免。ちよつと、考へ事があつてね」
「また考へ事か。姉さん、よく飽きないよなあ。一体全体、何に就て考へてるんだよ」ワンダーは何時もの(おど)けた顔で、しかし抜け目無い調子で言ふ。
「貴方には関係無い事なの」
「さうケチケチせずにさ、俺にだけ教へてくれても好いだらう」
「ええ、ワンダーだけ狡いよ」「あたしも訊きたい!」何時の間にか、ヌマクローのランド、エネコのキャシーも私の方へ、元気好く近付いて来てゐた。
「誰が教へると言ひましたか、誰が」私はその二匹の方を向いた。同時にワンダーも、ランドとキャシーの所へ近寄つて来る。
「全く、これだからミスティ姉さんは可愛くないんだよなあ。仲間なんだから、秘密の一つや二つ位、俺達に教へてくれたつて好いぢやない。なあ、キャシー」
「うん、とつても気になる」すぐ様キャシーは相槌を打ち、今すぐ教へて下さいと云はん許りの表情を、私に見せた。
「気になるのはね、キャシーちやん、凄く解るのよ。でも、私にだつて秘密にしておきたい事はあるの。さう云ふのは、あまり訊かないで欲しいものなのよ」
「ふうん、さう云ふものなのかなあ」ランドが怪訝さうな顔をして呟く。
「それにね、謎の多い雌(おんな)と云ふのも悪くないわよ」私は少々笑つた。
 キャシーは私の冗談を真面目に聴いて、何が何だか解らない様子だ。一方ワンダーからは、流石と言ふべきか、すぐにかう言ひ返されて了つた。
「非道いや、姉さん! ちつとも可愛くない奴だな。少くとも俺の好みぢや無いね。どうせ付合ふなら、謎の少ない(おんな)とが好いなあ。何も包み隠さないでゐて、如何にも真心こもつてます、つて云ふ感じのが」
「それあ、大きなお世話だわ! どうせ私は可愛くないんだから」私は思はず反撥して了つた。
「はいはい、ワンダー君。好みの女性に就て、そのまま延々と語るが好いさ」野営の準備を終へたドイルが、ワンダーの背中から声を掛けた。売り言葉に買ひ言葉と云ふべきか、彼はそのまま話を続けて了ふ。然し、何の他愛もない事だつたから、私は漸く安堵の溜息を吐けたのである。

 そんなこんなであつと云ふ間に夜を迎へ、主人の女の子がすつかり眠りに着いた頃。ランドもキャシーもワンダーも、皆「モンスターボール」と云ふ機械に収まつてゐた(人間の使ふ道具の名前は、総てドイルから教へて貰つた)。私もさうだつた筈――だが、何時の間に外に出されたのか、眠つてゐる私を起さうとする、さう云ふ感覚が働いた。そこで私がゆつくり目を開けると、先程の砂浜に居る事に私は気付いた(海には浸かつてゐなかつた)。そして、目の前には「モンスターボール」を持つたドイルの姿が見える。彼は女の子を護る為と言つて、夜中そこに収納される事は殆ど無い。ただ、彼が何をしたいのか――それが私には解らなかつた。
「ドイル……どうしたのよ」
「まだ忘れてゐないのか、アイツの事。まあ、無理もないよな」緩やかに、けれども聊か重い口取でドイルが言ふ。
 然し、私はまだ寝惚けてゐたから、彼の言葉をすぐに理解する事なんぞ無理だつた。それでも、段々と眠気が覚めてくると、ドイルの云ふアイツの姿が、再び私の心の中に浮んで来た。それも、夕方の時と寸分違はないのである。
「忘れる訳が無いでせう! 一体何だつて、こんな事を」
「いや、あのヨマワルとのやり取りを聞いて、つい心配しちやつたんだよな。例の事、何時か言つて了ふんぢやないかな、と思つて」
「言はないわよ。少なくともワンダーには、絶対にね。それにアイツの事は、私だつて本当は思ひ出したくないの。だけど……だけど、どうしても思ひ出して了ふのよ」
 私がさう言ふと、ドイルは砂浜にもたれ掛かる様に座る、そんな動作をした。そして、月が雲の邪魔をも受けず顔を出してゐるのを、彼はしみじみと見詰めてゐた。
「ああ、綺麗だ。やつぱり綺麗だ。アイツの事とか、昔の旅の事とか、これを見てゐると全部忘れて了ひさうな位……。どうしてアイツはああ云ふ風になつちやつたんだらう。あんなに綺麗だつたのに」
「綺麗つて、何処が?」
「『心』だよ。アイツの『心』さ。さうだ、お前だつて、長い間アイツに惹かれてゐたらう。さう云ふのも、彼に清廉潔白な処があつたから、だと思つたんだけどなあ」
 成る程、と私は思つた。そして、一瞬何も言ふ事が出来なくなり、目から鱗の落ちる様な思ひをした。
 ドイルは私よりも「バトル」の経験が随分多く、頭脳にもかなり良いものがある。おまけに、人間の言葉を我々「ポケモン」のものと、何と同時通訳する事まで出来るのださうだ(尤も、並のサーナイトなら出来て当り前らしい)。だから、普通の「トレーナー」から見れば――あの女の子も例外では無い――彼には文句の付け所もなかつた。然し、そんなドイルもアイツにだけは、終始振り回され続けたのである。かう云ふ事は、このホウエンと聞いた地域に於ては、恐らく私とドイルしか知らないと思ふ。
 そもそも私達二匹(ふたり)が女の子に仕へる前は、別の「トレーナー」の所で使はれてゐた。詰り、彼女が私達にとつて初めての主人、と云ふ訳では無いのである。更には、その元主人と一緒に居た「ポケモン」達の中に、私達の云ふアイツが居たのだ。その彼が、私の心を掴んで離さない。アイツと離れて了つてから随分経つた現在でも、それから解放する事など出来ぬ。さう言ふ事に、私は悩んでゐるのである。
 ドイルの云ふ通り、私はアイツの事が好きだつた。アイツを恋してゐた。今は彼をアイツとしか呼びたくないが、それでも恋心を嘗て持つてゐた事だけは、否定しようも無い。これに因つて、憎悪の念と悲哀の情とが入り混ざる。なので、私はアイツから逃れる事すら、たうとう出来ず(じま)ひであつた。それ程私はずつと彼の事を考へてゐたから、この日の夕方にも、ワンダーに付入られてしまつたのだ。
 私は何時しか、ドイルと同じ様に月を眺めてゐた。辺りの星は寂しさうに輝いてゐる様だつた。
「さう云へば、どれ位になるかしら。私達がアイツ()から離れて、かうして新しい旅をする事になつてから」ふと私は、ドイルに借問(しやもん)して見た。
「ううん、大体二月(ふたつき)半、七十日過ぎ位だよ。時が経つのつて、本当に早いよなあ……。僕達がアイツ等と旅をしてゐたのが懐かしい。まるで昨日突然別れて了つたか、さう思へて来る。処で『昨日の敵は今日の友』つて云ふけれども、そんなの誰が言ひ出したんだらう。少くとも僕等には、ちつとも当て嵌まらないよな」
 当て嵌まるなんてとんでもない、逆ではないか。私はさう思つた。アイツは私にとつては「友」どころか「恋人」だつたけれども、今は間違ひ無く私達の「敵」と化してゐる。恐らくは最大の「敵」である。彼の言葉通り、「どうしてアイツはああ云ふ風になつちやつた」のか、私にも解らぬ。ただ、その答を模索し彼の事を考へるだけでも、とても辛いものがある――それだけが、私の言へる事である。
「御免な、ミスティ。急に起して、おまけにこんな話に付合つて貰つて」ドイルは静かに起ち上がつた。
「好いのよ。貴方がこんな事云へるの、私位しか居ないでせう? 前にも言つたぢやない、かう云ふ事なら何時でもお相手するつて」
「ありがたう。ミスティ、呉々もワンダーには注意しておけよ」
 余計な御節介とも私は思つたが、ゆつくりと顔を縦に動かす。それを見て安心したのか、彼は私の入るべき「モンスターボール」を持ち直し、私をその中に収めて行くのだつた。

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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