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マモリガミ・メランコリィ

/マモリガミ・メランコリィ



禦神(まもりがみ)を降りるだと?」
「うむ。疲れたし。飽きたし」
 まるで仔供が玩具を手放すように、極彩色の鳥擬きは悪びれる様子もなく――とち狂ったことを言いだした。
「――生まれもった、生来の役割だろう。降りるなんてできるわけがない。いったいどういう風の吹き回しだ」
 禦神は寝そべっている。青い単眼は半分閉じていて、昼下がりの眠気をこちらにも誘発してくる。
「押しつけられた役割にうんざりしたと言えば納得するか? ともかく、我は君の諫言など聞く気はない。ついでに言えば、禦神は(ジュン)――君がやればいい。むしろ守りといえばブリガロンである君の代名詞だろう。うってつけだ」
「はあ?」
 開いた口が塞がらない。そして怒りが湧き上がってきた。誘導針(ミサイルばり)を打ち込んでやろうか。
「勝手にしろ!」
 俺はわざとらしくどかどかと足音を立て、鳥擬きの暮らす(やしろ)をを出ていった。のはいいのだが。青天霹靂。緊急事態。奴が禦神を降りるなんてあってはならないし、俺が代わりを務めるなどもっとありえない。
「何とかしないと――」
 二年前の戦の記憶が甦る。
 俺が生まれる前からこの村と争ってきたという隣の邑落(ゆうらく)は、実りの季節になるとときどき戦を仕掛けてくる。この村の守護を司る者がいなくなれば、行き着く先は滅亡だ。






  Жリガ・メンコЖ







寂白(さびしろ)様がご乱心だ――」
 寂白というのはまさしく我が友であるシンボラーの名であり、そしてこの村の名でもあった。
 その彼が禦神をやめたという事実は、翌日には既に村中に広まっていた。
 供物が足りないから怒ったのか? 御社が小さいのが不満だったのか? 人間たちは原因を追窮するが、結局寂白が一切の警邏をやめて御社に籠るようになった理由を誰も明らかにはできなかった。
 だいたい、供物はいつも余らせてるくらいだし、社は去年建て替えたばかりだ。生きているだけで崇め奉られ、周りが世話をこれでもかと焼いてくれる。
 一介の携帯獣には決して得ることのできない環境。彼はそれを――容易く棄ててしまった。同じ携帯獣であり、そして友である俺にさえ、あの鳥擬きの真意は推し量れないのだ。人間に解る道理はなかった。
「楯、なんとかして寂白様を諫めてはくれないか」
 奴は俺以外の携帯獣や人間とほとんど口を利かない。神性を保つためにわざとそうしているのだという。莫迦莫迦しい。
 お蔭で禦神へ何か請うならば友である俺に伝えればいいなどという迷惑な因習が生まれてしまった。俺は奴の遣いではないというのに!
「――解りました」
 生返事――普段なら反故にしている。しかし、俺の今後にも関わってくることだ。頼まれずとも、寂白のもとに行くつもりだった。

  ◇

 朝まだき、社への道は蒼い影が落ちていた。まだ誰も彼も寝床についている時間だった。村の端にある社は、大袈裟な東屋の下にある。太い注連縄(しめなわ)(とざ)されたそこは、寂白以外のいかなる者の進入も許さない。
 封が解かれるのは、内に(おわ)す禦神が外に出るときか、俺が社の前に立ったときだけだ。
「いるなら開けてくれ」
 彼に睡眠をとる習慣はない。早朝に訪ねても迷惑ではなかろうと思ったのだが――社は開かれなかった。
「出かけているのか」
 まったく、手間をかけさせてくれる。けれども、警邏もせず社にもいないとなると、彼が行く場所はおおよそ定まっていた。

 断崖絶壁。薄曇りの空。これから時化るであろう海。
 岬のその尖端に、鳥擬きは悠然と佇んでいた。
「何してるんだ、こんな時間から」
「日の出を見にきた」
 嘘である。長年の付き合いから、彼に風情や情緒を楽しむといった性質が一切欠落していることは知っている。
「君こそ何の用だ」
「決まっているだろう。禦神をやめるとか言いだした一つ目の鳥さんを説得しにきたんだ」
「撤回はしないぞ。絶対に揺るがない。我は禦神を降りる」
 社の扉同様に彼の性格が頑ななことは解っているつもりだったが、梃子でも動かないとなると正直お手上げた。そもそも俺自身、寂白を説得できるだけの材料は何一つ持ち合わせていない。
 とりあえず、彼の隣に座った。茫と水平線を眺めた。薄曇りの向こう側が光を帯び始める。
「二年前、ここから骨を撒いた」
「――そうだな」
 ラッタ。ヒノアラシ。ハスボー。人間の、双子の姉妹。
 いずれも寿命ではなく、先の戦で旅立った者たち。
 村の決まり通り、遺骸は焼いて残った骨をこの岬から海に放って弔った。
 ここは彼岸であるから、平時は誰も近づかない。だが寂白だけは――ここに来ることがままあった。
「寂白がいなかったら村は壊滅してた。犠牲があれだけで済んだのは寂白のお蔭だ。完璧主義のあんたのことだから気に病んでいるのかもしれないが、称えこそすれ、責める道理は誰も持ちえない」
 海が凪いだ。
 キャモメが円を描いて飛んでいる。

「楯は我が種族の――シンボラーの本質を知っているか」

 海の色が映る彼の眼に、ほんの一瞬だけ神性が宿った。
  ◇

 物心ついたときには、寂白は禦神として村の端に祀られていた。
 いつも同じ巡路を飛び回り、一切の言葉を発さない彼を、村の人間も携帯獣も一様に盲目的に崇める。
 一つ目で、極彩色で、鳥というにはあまりにも奇怪な風体。だが、俺と同じ携帯獣であるという。確かに禦神といえばそれらしいかもしれないが、腑に落ちなかった。忍び足で社を見にいっても、まるで気配がしない。
「お前のどこが禦神なんだ!」
 幼い毬栗(いがぐり)頭に対して返事はなく、秋に色づく社はいつものように静謐に鎖されていた。

 そんな折、村は戦を仕掛けられた。実りの季節にはよくあることらしかったが、俺には初めてのことだった。
 身の程知らずな俺は、ほんの仔供だというのに勝手に前線に潜り込んだ。
 村のために戦わなければ。殊勝で無謀な心意気は、本来ならば敵に無残に打ち砕かれるはずだった。が、ついぞそのようなことは起こらなかった。
 禦神が文字通りすべて蹴散らした。村の携帯獣も人間も、ただ守られていただけだった。
「すげえ」
 心の底から思った。
 文字通り指一本触れさせない異次元的強さ。
 幾種類もの属性の技。光の壁はいとも容易く敵の攻撃を撥ね返す。
 敵を退散させた極彩鳥に喝采が鳴り響く中、呆ける俺を禦神が見下ろす。
「これが所以なり。我は絶対無敵の禦神。この地の安寧と繁栄を約束する者」
 禦神は身をもって俺の問いに答えた。
「かっけえ! 弟子にしてくれ!」
「む?」
 寂白様に無礼なことを! と憤る大人たちに俺はずるずると引きずられていった。
 俺は大人になって強くなると棘の鎧を纏い、守りが強固になるらしい。ならば村を守る禦神は俺の師匠にお(あつら)え向きじゃないか!
 大人が抱くような禦神への畏怖は皆無だったが、代わりに溢れんばかりの憧憬を抱く。

 村人の目をかいくぐって社の扉を叩くこと二月。村が越冬の準備が終えようとする頃に、きつく締められていた注連縄が緩んだ。
「まったく。あまりにも五月蠅くてつい開けてしまった」
 ほとんど光の入らない社の中で、禦神は寝そべっていた。
「何の用だ毬栗頭」
「俺の名前は楯だ! 弟子にしてくれ!」
「生憎だが弟子を取れるほど暇ではない」
「嘘だ! 今だって暇そうに寝てるだけなのに!」
「これでも未来視で村に危機が迫ってないか、住人が困らないか、常に視ているのだ。毬栗頭が来たせいで中断してしまったが」
 禦神は気怠そうに体を持ち上げた。
「それよりあそこにある供物、食べてくれないか。我はあんなに多くは食べられない」
 端に積み上げられた山盛りの木の実。村の民が禦神のために社の前に捧げる供物。俺が普段食べているものとは明らかに質が違っていた。禦神は良い物を食べられるらしい。
「いいのか?」
「あれを腐る前にすべて食べきれたら、君を弟子に取ることを考えよう」
「本当だな⁉ 約束だぞ!」
 その日を境に、社に毎日通うことになった。固い扉は俺か来たときだけ開いた。
 供物を食べ切ったのは七日目のことだった。俺の身体はまんまるに太った。
「どうだ! 全部食べ切ったぞ! 俺を弟子にしろ!」
「ふうむ――そのしまりのない体、我の弟子にするにはまるで相応しくないな。諦めろ」
「なっ――⁉ お前がこうさせたんだろうが!」
 寝そべる鳥擬きに威勢よく飛びかかる。
「本当に元気だけは良い」
 横になっている禦神に、片翼だけで弾き飛ばされた。ごろごろと転がって、壁に叩きつけられる。
「悪いが面倒ごとは嫌いだ。弟子を取る気など端からない」
「――嘘つきめ」
 崩れた壁倒立の状態で、一つ目野郎を睨んだ。
「だがまあ――友達にならなってやってもいい」
「友達――」
 約束を反故にされた憤懣は、たちどころに消えた。禦神の友達という響きは、弟子ほどではないにしろ、それなりに――かっこいいと思えた。

  ◇

 話せば話すほど、寂白に対する印象は変わった。
 態度が多少尊大なことと、強大な力を持っていること以外は、極普通の携帯獣だった。
 俗世から己を切り離しているせいか、一般的な話題のつもりでも噛み合わないことはあったが、友達にものを教えていると思えば会話も弾む。が、人生経験の乏しい幼子と引き籠りが一日中話していれば、話題は否応なしに尽きてくる。
 俺はそれを免罪符と言わんばかりに、不躾な問いをした。
「あんたは毎日毎日飽きないの? ずーっとおなじところを巡回して、村の誰とも話さないで、あとは社に籠りっきり」
「残念ながらシンボラーとはそういう携帯獣だ。呪いのかけられた操り人形のようなものなのだから」
「呪い――?」
 ときどき、寂白の話は飛躍する。その意味を理解できなかった俺は当時――なんと返答したのだろう。

  ◇

 寿命が尽きた携帯獣や人間を火葬して岬から骨を海に投げ入れるのがこの村のしきたりであることは知っていた。
 しかし、一度に五つ分の骸の骨を投げ入れることになるとは思いもしなかった。
 寂白は社に飲まず食わずで一週間引き籠ったが、それからは何事もなかったかのように警邏を再開した。
 禦神様はああして喪に服していたのだろう――村の人間たちはそんな風に言っていたし、俺自身もそう思っていた。
 寂白が変質したことには、親友である俺にも気づけなかった。

  ◇

「本質――?」
 凪いだ海が再び時化始める。
「この地は勃興と滅亡を繰り返している。一度目は一万と三百年前、二度目は七千二百年前、三度目は二千八百年前。そして四度目が――今日に至るこの村とその周りの邑落。いずれも三百年の間に滅んでいる」
「寂白――何を言ってるんだ」
「楯、これはいつもの虚言でもなければ作り話でもない。(れっき)とした事実だ」
 事実だろうが虚実だろうが、そんな大昔のことなど俺が解するわけがない。
「寂白は未来視だけでなく、過去まで視えるのか」
 茶化した。さもなければ、俺には到底及びもつかない壮大な話になると思った。
「視えるのではないし、ましてや自ずから視ようとしているわけではない。視させられている」
「――誰から」
「祖先からだ」
 いよいよ訳が解らなくなってきた。
「シンボラーという生き物は、生まれながらにしてその地を守る役目を背負う。そして、生まれてから死ぬまで歩んだ軌跡――記憶を次世代に受け継がせる。決まった巡路を飛ぶのも、我がそうしようとしたからではない。我の体に深く刻み込まれている祖先の記憶――祖先たちが警邏のために飛んでいた経路を本能でなぞっているからだ」
「――なぜ、シンボラーはそういう風にできているんだ」
「全うできなかったからだ」
 寂白が眼を閉じた。
「この地の文明は幾度となく滅んだ。それはつまり――祖先たちは禦神としての役目を全うできずに斃れていったということだ」
 俺は察する。寂白が禦神をやめたがる理由を。
「嫌というほど見せつけられた。炎の中に死んでいく無数の携帯獣、人間、そして自らも朽ちていく――そんな祖先の記憶を。彼らの悔恨の念が、いつまでも私の体の中を駆け巡っている。お前は私たちのようになるな。守れない禦神など存在価値はない。守ってこそ。私たちのような失敗はするな。記憶から学べ。完璧であれ。禦神は絶対無敵であれ」
 寂白は――それを律儀に守っていたのだ。だが、二年前に失敗した。
 いや、寂白はちゃんと役目を果たしたのだ。寂白がいなかったらとうの昔にこの村は終わっていた。犠牲は最小限で済んだ。
 寂白の基準では――それすらも失敗だったのだ。全員を守り切れなければ禦神は失格だ、と。

『お前も結局――私たちと同じだった』
 無機質な音声。親友の声ではない、別の何か。
 嗚呼、これが呪いか。

  ◇

 誰にとって何が重荷になるかなんて、どれだけそばにいようと簡単に気づけやしない。
 生まれ持った役割をそつなくこなしているように見えたって、重圧というには生易しい、凄まじいものを背負っていることもある。
「降りていいぞ、禦神を。俺が代わりにやっておく」
「――ありがとう」
 極彩色が急激に色褪せた。
  ◇

 禦神は疲弊している。休息が必要だ。恢復するまで、禦神の代理は俺が務める。
 人も携帯獣たちも周章狼狽だった。
「そうか――ならば仕方あるまい」
 なるようにしかならない。俺の言葉は寂白の言葉だったから、最終的には皆受け入れた。
 寂白様におんぶにだっこだった私たちにも意識を改めなければいけないときが来たのだ。いい機会だ。
 村の長はそう言う。寂白様が表に出なくてもこの村を守れるようになろう。
 寂白は社に居座り続けた。というより、社の中でぱったりと動かなくなった。
 ほとんど眠ることのなかった彼が、今まで欠乏していた睡眠を取り戻すかのように。
 供物は変わらず捧げられる。動かない寂白の代わりに俺がすべて食べた。幼少期にもこんなことがあったと懐かしむ。
 食った分だけ脂肪に変わってはままならないので、鍛錬で筋肉と技の源に変えた。
 親友を想う。今、彼は夢の中を自由に泳いでいる。役割から解放され、勝手気ままに翼をはためかせている。
 醒め帰る時分がいつになるかは解らない。願わくば、その時分まで何事も起きなければいいと思う。
 青い季節が終わる。強かった陽射しも和らいでいく。涼やかな実りの季節がやってくる。一寸先に、闇が覗いているかもしれない季節が。

  ◇

 寂白が眠って三年が経った。拍子抜けするほど平穏に時が過ぎ去っていった。
「もうそろそろ――起きてもいいんだぞ」
 寂白が目を覚ます様子はない。年に一、二度、寝相が変わることがあるが、それだけだ。
 供物の絶対量は減った。それでも充分に多いが――少しずつ民の意識から寂白の存在が遠ざかっていた。
 彼が望んだ展開には違いない。寂白なら、村が平和であれば民にどう思われようがどうでもいいと考えるはずだ。そういう携帯獣なのだ。
 俺はといえば、ずっと喪失感に苛まれている。雲の上の存在であり親友だった存在と意思疎通を取れないことがこんなにも苦しいことだとは思わなかった。
 ここのところ、毎晩夢を見る。村が戦争に巻き込まれて、携帯獣も人間も逃げ惑う。禦神代理には力がなく何もできない。
 だが、長い眠りから覚醒した禦神が敵を一掃する。
「情けないな、楯。この程度も追い返せないとは」
 寂白がこちらを振り返る。御神(おんかみ)の輝きはかくも美しいか。景色がとまる。黄金の憧憬。

 夢はちょうどそこで醒める。隣で眠る寂白に変化はない。穏やかに目を閉じている。――もう、あんな姿は見られないのかもしれない。憧れ、焦がれた禦神の雄姿を。この感情を抱くのは終わりにしよう。俺自身が、禦神と遜色ない存在にならなければいけない。
 寂白が目を覚ましたときに、褒めてもらえるくらいに。

 それから――寂白の隣で親友として三年間考え続けたことを、伝えたい。

  ◇

 薄明、不穏な地鳴りが響く。
「楯、東の方から!」
「解った」
 慌てる人々。開けっ放しにされた社。溜め息をつく。
 ついにこの日が来てしまったが、予感はあった。このあたりの土は年々痩せ細っているらしいのに、この村の今年の収穫は特に多かった。
「見ててくれ、寂白。行ってくる」
 鳥擬きは今日も動かない。

 村を囲む防柵。物見櫓。携帯獣の技を模した弓や槍。寂白が眠り始めたときからこしらえた物だ。拙い形だが――皆の自立の意思表明そのものだった。
 防柵の向こう側に武器をもった人間たちと、鎧に身を包んだ携帯獣の姿が見えた。
 俺は最前線の兵士たちに声を掛ける。
「迎え撃つぞ」
 分厚い甲羅と太い手足に力を込める。
 戦が始まった。
  ◇

 最前線から一歩手前に居座った。
 咆哮。幾多の人間と携帯獣が襲いかかってくる。
 寂白はこれを相手に独りで戦っていた。そう思うと――申し訳なくなった。

棘の防壁(ニードルガード)!」
 最も鍛錬に時間をかけた技。村を守るための巨大な防壁。
 矢も槍も、携帯獣の技も、難なく撥ね返す。敵が怯んだ機に、こちらの兵士が飛び出した。

誘導針(ミサイルばり)!」
 背中から無数の棘を発射した。敵に肉薄する村の者への援護射撃。敵を一人二人、一匹二匹と確実に追い返す。
 思ったより、よく戦えている。寂白を抜きにしても、この村を守れる。もう寂白ひとりに負担をかけることはない。

泥土弾(マッドショット)!」 
 泥の塊を敵の顔に命中させる。視力を奪ってしまえば、敵を倒したも同然だ。

「いけるぞ! 皆!」
「おおっ!」
 前線を詰めさせる。これ以上下がれない相手は、もう降参するしかないはずだ。

「泥土弾!」
 技の発動の隙を狙った急襲。天空からの一撃。


輝鳥(ゴッドバード)


 ◇

「痛っ――」
 右肩からぼたぼたと流れ落ちる血を、左手で必死に塞ぐ。無警戒の空からの攻撃で、形勢は一転した。
 飛行属性は俺が最も苦手とする属性。それをヨルノズク、ハトーボー、チルタリスと一度に三匹も相手にしている。ずっと機を窺い隠れていたこいつらの存在を見抜けなかった。
 攻撃を躱すだけで精一杯。棘の防壁を張る暇もない。
 それに伴って、こちらの陣形が崩れ始めた。
 まずい。この状況、本当の禦神だったらどう対処する。いや――寂白ならそもそもこんな状況を作りださないだろう。
「くっそぉ!」
 一人二人と戦闘不能にされる。敵が雪崩れ込み始めた。破られた防柵に、苦し紛れの棘の防壁を張った。
「ぐおっ!」
 後ろからハトーボーの電光石火を喰らう。頭から地面に突っ込んだ。
 意識が朦朧とする。人間や携帯獣たちの叫び声だけが響いてくる。
空気斬(エアスラッシュ)!」
 首元が冷えた。起き上がろうとしても腕に力が入らない。ああ、これは間違いなく、胴体と頭が分断される。
 まさか、こんなにもあえなく終わるとは。
 


『禦神は楯――君がやればいい。むしろ守りといえばブリガロンである君の代名詞だろう』




 そんなわけはなかったよ、寂白。あんたでなければ絶対に務まらないって、今、この身をもって知る――。








『守る』
 
 果たして、首は切断を免れた。懐かしき穏やかな声。
眩惑閃耀(マジカルシャイン)
 稲光と見紛うほどの光輝が、俺や仲間たちに襲い来る刃を一瞬にして止めた。
 悲鳴を上げて後ずさる敵に立ちはだかったのは――
「寂白――」
 真の禦神が降臨した。たったそれだけで場の空気は一変する。
 寂白様がお目覚めになられた。禦神様がお戻りになられた。やまぬ歓呼に敵は怯む。
「――おはよう。随分と遅いお目覚めだな」
「うむ」
 あれだけ寝ていたのに、寂白はまだ寝足りなさそうな眼で地に臥した僕を見下ろす。
「長い夢を見ていた」
 違いないと思った。何せ、三年もの間眠り続けていたのだ。
「夢の中で、禦神となった君が民を守るために何千回何万回と殺されていた。我はそれをずっと眺めていた。――親友を喪うのは流石に惜しい」
 身が強張る。夢裡(むり)の未来視が、危うく実現するところだった。
「さて、そろそろ片付けよう。念動力(サイコキネシス)
 人間、携帯獣問わず、敵の体が高く持ち上がった。その数は二百か三百か、それ以上か。敵軍は毬のように一つにまとめられ、そのまま山の向こうまで送り返された。圧巻で、呆気ない。これが勝利であることを理解するのに、俺も村の住民たちも一呼吸の間を要した。
「――はは、やっぱりあんたはすごい」
 体を起こして、寂白の前に座る。体が軋んで痛い。
「俺では何百回やってもこうはいかない」
「我も弱っていた頃ならこんなことはできなかった。休息により力を蓄えられた」
 鳥擬きはふわりと浮遊した。
 俺以外の皆は跪いて頭を垂れている。
「さて、最低限の仕事はした。我は行く」
「ま、待ってくれ寂白。俺にはやはりこの役目は務まらない。どうかずっとここに留まって、禦神として皆を守ってくれ」
 立ち上がり、飛び立とうとする寂白の翼を引っ張った。
「離せ。我は失格者だ。その資格はない」
「寂白、聞いてくれ。祖先があんたに記憶を見せるのは、決してあんたに後悔の念を押しつけたかったからじゃない」
 両翼の根を掴んで、無理矢理寂白を向き直らせる。
「あの日、寂白が俺にしたことと同じなんだ。自慢したかったんだ。憧れてほしかったんだ。私たちは三百年間民を守り通したんだぞ。お前もこれくらい頑張れ。そして超えてみせろって――励ましてただけなんだよ」
 寂白が浮遊を止める。一つ目の鳥擬きは、俺の両腕からぶら下がるような形になった。
「俺は認めない。寂白の――シンボラーの本質が悔恨の継承であること。そんな悲しい存在事由、あるわけがない!」
 魂の叫び。寂白の冷たい翼を、力強く握る。
「君は夢の中でも現実でも同じことを言うのだな」
 寂白が目を伏せた。――泣いている。
「どうせ報われないと解っている未来を、たった独りで頑張って守るのは苦しい。寂しい。悲しい。我だけがこの役目を背負うのは、辛い――っ⁉」
 親友を全力で抱きしめた。潰れてしまうくらいの腕力で。
「泣くな。それから――もう未来視はしなくていい。もう独りで背負わせたりはしない。昔に比べて俺はずっと強くなった。あんたと比べたら月とコータスもいいとこだけれど。それに村の皆も寂白だけを頼るのはやめた。だからどうか――俺たちの、絶対無敵の禦神でいてくれ」
 皆が、禦神を囲う。
「それと――生涯親友でいてくれ」
 唐突に、綺麗な景色が脳裏に流れ込んできた。
「これは――」
 解るはずがないのに、解る。古の禦神たちが守った景色。寂白が抱え込んでいた記憶。
「向こう百年、供物を捧げるなら考えよう。そして向こう二百年、我と親友でいること」
「お安い御用だ」
 土にまみれた顔で、俺は微笑む。
「君には敵わないな。しかたない――観念するとしよう」
 いつも表情の変わらない寂白も、笑った。











(2020.05.31 改稿)




渾身の遅刻芸が炸裂しました。どうも、です。
〆切に間に合ってたら同率優勝だったらしいですよ(爆)
みんな! 〆切はちゃんと守ろうな! 誘惑に負けてゲームするなんてもってのほかだぞ!
本当に申し訳ございませんでした


以下、頂いたありがたい感想の返信です。

シンプルに、このお話、ふたりの関係に引き込まれました。シンボラーが主たる話は初めてですが、これが初めてのお話で良かった。そう思えます。 (2018/11/28(水) 21:03)

友情、もしくはそれを超えたもの、好きでときどき書くんですがこういう関係ってはちゃめちゃに尊いわ~って思いながら打鍵してました。シンボラーは図鑑説明が結構切なくて推せます。


久々に心を締め付けられるような作品に出会えたように思います。寂白に課された呪いと孤独、疵を背負い、共に立つと決めた楯の覚悟に心打たれます。共に笑顔を交わした二人のこの先の旅路が幸せなものであって欲しいです。
長々と並べましたが、とても面白かったです。 (2018/12/02(日) 21:02)

ぶっ刺さったようで何よりです。この先はいろんなことがふたりの周りで起こると思いますが、終わるその時まで幸せなままだと思いますよ。きっと。


楯君と寂白様、二匹の関係性がとても良かったです (2018/12/02(日) 21:18)

(黙って頷きながら握手をする)


同じ命を持つ者でありながら、神として祀られるが故の責任と憂鬱。
起承転結が非常に美しく、最後の展開は分かってはいながらも昂ぶるものがありました。
本大会で一番ぐっときた作品です。うーん流石。 (2018/12/02(日) 23:32)

寂白様は本当はただのポケモンなんですよね。べらぼうに強いだけで。
物語の流れについてはもう少し練り上げられたと思うので、精進したいところです。


本物の楯というのは楯殿のように、強靭な肉体で敵を撥ね退けるだけでなくて、親友を心の淋しさや血の呪いからも守れるひとを言うのだと思います。親友を越えたような楯殿の想いに心を揺さぶられました。お互いが出会ったのがお互いでよかった。 (2018/12/02(日) 23:39)

あまりにもわかりみが深すぎて激しく首を上下することしかできないです……まさしく名前の通りなんですね。
楯と寂白はこれからも支え合って生きていってほしいです。


この文字量で話がしっかりしていました。 (2018/12/02(日) 23:53)

余計な描写を省きながら書いてたので密度は結構あったと思います。


とてもよかったです (2018/12/02(日) 23:58)

ありがとうございます!



というわけで、第十三回短編小説大会は準優勝でした。
読んでくださった方々、投票してくださった方々には重ねて感謝申し上げます。






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Last-modified: 2018-12-03 (月) 22:26:27
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