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マグナゲート短編、第22:響よ、宙へ

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作者:リング


「うー……眠いよー……もう朝だよ……」
 ビリジオンさんが住んでいる借家にて。ケルディオさんが眠気に負けそうになりながら舟をこぐように頭を揺らしています。
「ブラッキー、だまし討ち!!」
「だとさ、ケルディオ」
 そんな彼に、喝を入れるようにビリジオンさんの命令とブラッキーさんの攻撃が加えられます。
「あいたぁぁぁ!!」
 石版に文字を刻むスピードを上げるための悪タイプの攻撃。
「目は覚めたかしら? 今日1日なんだから頑張りなさい!!」
「うぅ……僕、昨日まで牢獄にいたからまだ体力回復していないのに……もう……」
 その痛みで目を覚ましたケルディオさんは、ビリジオンさんに命令されるがまま、文字を刻み付けるしかありませんでした。ティーダさんに対しあまり思い入れのないケルディオさんですが、彼も今のビリジオンさんを見たら、協力せざるを得ないのでしょう。
 彼女は、全身に棘のついた茨を巻いています。冬でも枯れない上に、やたら痛い迷惑な草なのですが、彼女はもしも自分が寝てしまったら体に突き刺さるようにと、あえてそんなものを巻いているようです。
「確かに、もう……朝ね。ティーダは……どうしているのかしら」
 ビリジオンさんが、ティーダさんに想いを馳せます。同じように、町のあらゆるところで、あらゆる人がティーダさんの事を考えていました。

 そのせいなのでしょう、心の声が。痛いほどの声が聞こえてきます。
 そこかしこから、ティーダさんの事を忘れたくないと、叫んでいる。無駄だとは思います。けれど、それに掛けざるを得ないあの方たちの気持ちが、どうか……この世界の理を、乗り越えていただければいいのですが。
「クロース……おはよう」
 死んだように、生気の抜けた顔で、ティーダさんがここまでたどり着きました。宿場町にある小高い丘。夕日や、希望の虹など、良い景色を見るにはもってこいのこの場所。町で最も目立つこの場所で。
「おはようございます、ティーダさん。さすがに、これだけ朝が早いと、起きている者も少ないですね」
「そうだな……誰とも、すれ違わなかった」
 ティーダさんが、ふぅとため息をつく。
「それで、これから出発してしまうと、皆さんの記憶からティーダさんが消えてしまうわけですが……本当に、本当に心残りはありませんか?」
「言いたいことは分かる。記憶に残らないのなら、お別れの必要もないさ」
 心の声が……痛いです。ティーダさん。叫びたいくらいに辛いはずなのに、強がっているから……。
「そうですか……では、出発しましょう」
 私は、左の顔と右の顔で、そっとティーダさんに口付けする。そうして触れられた瞬間、彼はこの世界の者ではなくなりました。それはつまり……
「光が……俺を……これで、この瞬間。みんなは、俺の事を忘れてしまったのか?」
「えぇ、残念ながら……」
「アメヒメも……」
「はい、そうです」
 悲しげなティーダさんの声が、私の涙を誘う。私が、一番泣いてはいけないのに……
「クロース。泣くなよ……俺は、お前がおぼえてくれるだけでも、嬉しいんだ。いや、だからこそ……お前だけは泣いてくれて嬉しいよ……少しだけ泣いて、いつか立ち直ってくれればいい」
「ですが……私は、貴方に何もしてあげられなかった……」
「仕方ないさ、俺はお前の願いを聞いてこの世界に呼ばれ、そしてこの世界を救う事が出来たんだ。皆を守る事が出来た。それで十分だ……それで、十分に誇らしいんだ」
「ティーダさん……」
 無理して、やせ我慢をして、ティーダさんが笑顔を見せていた。でも、皆、貴方の事を忘れています……それが、私が一番悲しいです。そして、皆の心の中を覗いたら余計に悲しくなるだけだというのに、私の耳は皆の声を捉えずにはいられない。

「昨日、誰か家に泊めたっけ?」
 案の定、アメヒメさんはティーダさんが先ほどまで眠っていた藁のベッドを見て、首をかしげています。彼が、同じ家で暮らしていたことすら忘れてしまっているようですね。

 別の人へ目を向ければ……
「……」
「……」
 ヨーテリーさんと、クルマユさんの2人は歌を歌い続けられないように……眠らされて……
「ブハッ!! 何、何!? なんで僕こんなところで眠っているの!? なんで水を……死ぬかと思った……」
 起きた……? いや、彼は水桶の近くで、水を飲むような姿勢で歌っていたのですね。ヨーテリーさんは、もしも自分が眠ってしまったら、その時にちょうど顔が水に浸る位置で……息が出来なくなるようにしている。なんて無茶なことを……
「そうだ、僕……さっきまで歌っていて……何を?」
 ヨーテリーさんは、その横で眠っているクルマユさんの母親、ハハコモリさんが編んでいる、ティーダさん模様の刺繍を見ます。その刺繍は、この世界の理に従って、少しずつ糸がほつれ、模様が消えて行っている最中です。そして、歌詞カードも文字がどんどん滲んでゆきます。
「何を歌っていたんだっけ……何か、重要な……」
 そんな、崩壊していく途中の刺繍を見ても、きっと……
「ティーダ? ティーダ……忘れてた……」
 思い出した? まさか……そんなことが、ありうるのですか?
「そうだ。歌うんだ……クルマユさん、起きて!」
 ヨーテリーさんは、冬の気温で冷やされた凍りそうな冷水をクルマユの顔にぶっかける。
「ななな、何、何!?」
 それで飛び起きたクルマユさんに、彼は力強く促します。
「クルマユ、歌うんだ。ティーダの名前を……ティーダの事を、皆に思い出してもらうために」
「ティーダ……? そうだ、ティーダ!! うん、分かったよヨーテリー……歌おう!! お母さんたちも、ハーデリアじいちゃんも、起きてよ……一緒に歌おう! ティーダの歌を!!」
 これが、強い思いが起こす……奇跡、というものなのでしょうか。

「ねぇ、リア。この……ティーダって人は誰なの? なんか、石版に何度も名前が出てくるけれど……リア、泣いてる!?」
 ケルディオさんは、思い出せていないようですが……しかしリアさんは……一度眠ってしまって、茨の棘が刺さって飛び起きたようです。右半身が少し血に染まって……
「皆の、大切な人よ。これだけ、涙が出るくらいにね」
「そうだ。俺にとっても大切さ」
 石版の記述が消えてしまう前におティーダさんを思い出したおかげでしょう、ビリジオンさんはきっちりと彼を思い出して、涙を流しています。ブラッキーさんも……
「貴方は、あんまり交流がなかったからかな……忘れているのね。いいわ、教えてあげる……」
 こんな事、あり得るんですね。

「俺達が馬鹿でよかったぜ! 馬鹿だから、こんな頭を使わない仕事しかできなかったわけだからな! ティーダの顔、りりしいじゃねえか! 完成は、まだまだ先になりそうだがな!」
「頑張って完成させましょうよ、兄貴!」
「俺達も、どんなことでも手伝いますから!」
 ティーダさんの、彫り途中の石像を見て、ドテッコツ組の皆さんもティーダさんの事を思い出したようです。弟子のドッコラーの一人にたんこぶが出来ているところを見ると、一度眠る際に鐵骨か角材が頭にクリーンヒットしたのでしょう。その痛みで飛びあおきた後、石像を見て彼の事を思い出したのでしょうか……? 世界の摂理でも記録を消しきれないように石材を使うという強引な手段とはいえ、それだけではこんな奇跡は絶対に起こらないはず……

「ティーダ……ごめんね。私、一瞬だけれど忘れてた……でも、覚えてる。覚えてるから……」
 アメヒメさんは……泣いている。彼のベッドを片そうとして、その匂いを嗅いで……思い出したのですね。彼のベッドに、縋り付くように……泣いている。
「聞いてる? クロース?」
 私に覗かれていることに気付いたのか、アメヒメさんは顔をあげます。そりゃ、聞いてますとも。
「私は、勝ったわよ。貴方の言う世界の摂理とやらに……勝ったわ。だからティーダに、フリズムを渡してもらえるよね?」
 えぇ。認めないわけにはいきませんね。

「ふぅ……全く、ティーダのやつも馬鹿なんだから。私達は、こうやってきちんと覚えているっていうのに……挨拶もせずに行くことなんてなかったのにねぇ」
「ヒェッヒェッヒェ……おぉうミラクル。ワタクシもティーダさんの事、覚えておりますよ」
「えぇ、もちろん、忘れられませんよね!」
「当然だぜ。何でもぶっ壊す俺様だが、思い出まで壊される筋合いはねぇ」
 スワンナママさんも、デスカーンさんも、チラチーノさんも、ラムパルドさんも。みんな、覚えています。

「ぬお……一瞬だけでも忘れてしまったのが……情けないだぬ」
「ケッ……何が悲しくってあんなおっさんの事なんぞ覚えて居なきゃいけないんだか……jふん、別れが悲しいのか?」
 ヌオーも、ズルッグも、覚えていますよ。
「僕たちの勝利だね! こんな時は後で、Vルーレット!」
 相変わらず、切れがよく格好いいキメポーズです。
「を、回して一緒に祝おうよ!」
「へいへい、勝手にやってろ……」
 おやおや、ズルッグさんは相変わらずビクティニさんに厳しいですねぇ
「うぅ……ぜひやらせてもらうだぬ……」
「やるのかよ!」
 パラダイスの住人も、覚えていますね。皆さんが、ティーダさんを想っている証拠ですね。

「意外と……上るのが速いんだな」
 不意に、ティーダさんが言葉を発します。
「そうですか? 毎回同じ速度だと思っていましたが」
「いや、そういう事じゃなくって……丘から見た時の光は、ほとんど止まっているように見えたけれど……遠かったんだな。遠くからでも見えたって事なんだな」
「えぇ、そうですね……」
 ティーダさんは、努めてパラダイスの友人の事を考えないようにしているのでしょう。まるで現実逃避のようにそんなことを考えている。

 ゆっくりと、静かに時間が流れてゆきます。宿場町が大分小さくなってきたころには、多くのポケモンが起きてきて、それぞれの生活に入りながらも、こちらの事を気にしています。手なんて振ったりしないのは、皆涙をこらえるのが辛いから。それでも、見送りたいからと眠気を堪えてヨーテリーとクルマユが空を仰いでいます。
 ティーダさんはまだ、皆さんに記憶が残っているという事を気づいていないようですね。

 そうして、宿場町を見ることに満足すると、ティーダさんはパラダイスへ行きたいと申し出ました。最後にアメヒメさんたちの姿を見ておきたいのでしょう。光に包まれた彼をそっと押してパラダイスまでたどり着くと、アメヒメさんはヌオーと話している途中でした。
 ティーダさんがいないだけで、変わらない日常のようで。それを見て、自分を探す者が誰もおらず、あわてている様子もないことに、少なからずショックを受けた様子で、ティーダさんが涙を流しています。そのうち、みんなが自分を見たことで、ティーダさんは驚きこそしたものの、自分を見つけたのではなく『謎の光を見つけて興味を惹かれている』だけだと分かって、またため息をつきました。
「こうして見つめ合っていると……たとえ、記憶がなくっても、皆とつながっている気がするな……心なしか、笑顔に見える」
「えぇ……そうですね……」
「最後にたくさん……顔が見れてよかった……」
 そう言って、ティーダさんは視線を少し北に移します。そこにも、いつものように魚を売っているスターミーさんや、畑仕事をやっているヤブクロンさんなど、様々な人たちの姿が見えました。

「そろそろ、よろしいでしょうか?」
「うん、満足した……もう、大丈夫だよ」
 あふれる涙をぬぐいながら、ティーダさんは頷きます。
「行きましょう……」

「さようなら……アメヒメ。お前が忘れても……俺は覚えているから。本当に、ありがとう……さようなら、元気で……」
 別れを告げたティーダさんの横に、私はそっと寄り添う。いつもよりも小さく見える、凍えているかのように震えるその体に、そっと顎を添えて。ティーダさんは、晴れ渡る青空をずっと眺めていました。目指すべき、宙を。
 そうやって上ばかり見て居るものだから、気付けなかったのでしょうか?
「ティーダさん……見てください。すごく綺麗ですよ……虹が」
 大分上ったおかげか、はるか先に見下ろす場所に出来た希望の虹。昨日と同じ輝きで、ティーダさんの無事を祈るように、世界に希望を振りまいていました。
「本当に……綺麗だな。最後に見られてよかった……ありがとう、クロース」
「いえいえ……そういえば、貴方達のチーム名、アイリスって……『虹』っていう意味でしたよね?」
「あぁ。俺が太陽で、アメヒメが雨。二つ合わさって、虹が出来るんだ……希望になるんだ。俺はさ、特に理想とかそういうのがないからさ……何かを良くする方法は知っていても、それを振るうにはやる気が出なきゃいけないけれど……アメヒメはそのやる気に満ち溢れていた。けれど、あいつは突っ走りがちな奴でさ。行き当たりばったりで……本当、あんな荒れ地を、どうやって開拓していくつもりだったんだか、呆れてしまうほどさ。
 2人じゃなきゃ、無理だったんだ。2人だから、出来たんだ……俺がいなくなって、本当にアメヒメが大丈夫なのか……心配だよ」
「そのために、ノートを残したのでしょう?」
「あぁ……それに仲間もいる。だから、たぶん大丈夫だとは思うんだけれどさ……」
「信じて、あげましょうよ……ティーダさん」
「うん、大丈夫」
 ティーダさんの顔が少しだけほころびました。それでもまだ、心の声が悲しみを訴えていますが……いつかはそれも、癒えていくことでしょう。

「ティーダさん……私が見送りできるのもここまでです。ティーダさんには、本当にお世話になりました」
「何、いいって事さ。俺も、こっちの世界に来てから悩みの種が消えたことだしな。それに、こっちの世界もゲームが出来ないのは辛かったけれど、いろいろ楽しかったし」
「それでも、なんとお礼を申し上げたらいいのかわからないぐらい……感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、本当に……ありがとうございました」
「あぁ。お前も、面倒見がよくって助かるぜ」
 笑みを浮かべながら、ティーダさんが私の右首の上顎にキスをします。
「ところでお前、男なの、女なの?」
「ティーダさん。こんなに可愛い私に、そんなことを聞くのは野暮な話ですよ……そんなことより、最後に、これを」
「これは……フリズム?」
 ちょこんと手に乗ったフリズムを手にし、ティーダさんが尋ねます。
「えぇ、アメヒメさんのものです」
「あいつの……大切にしていたものなのに……」
「実は昨日の宴の時に……私、ティーダさんに黙って、こうして去ってしまう事を教えてしまったのです……」
「お前……」
 怒りそうで、しかし怒る気にはなれなかったのか、ティーダさんはまだ話を聞くつもりでいるようです。
「その後、アメヒメさんが私に……もし、ティーダが帰る時が来たら、その時はこれを渡して欲しいと……アメヒメさんから、託されたものなのです」
「そうか……これは、間違いなく……アメヒメが宝物として大切にしていたあのフリズムだ……」
「では、私はこの辺で……」
「あぁ……ありがとう、クロース……」
「ティーダさん! 本当に、本当にありがとうございました! お元気で……そして、さようなら!」
 ティーダさんを空に置き去りにして、その場を去る。ティーダさんは、録音をなされたフリズムを解凍し、その声を――

 ◇

「ティーダ。聞こえてる?」
 一字一句聞き漏らさないように耳に当てる。頭の中にアメヒメの声が響いた。
「ティーダ……もし、このフリズムの声を聴いているとしたら……それはもうこの世界を離れているときだと思う。前にも話したけれど……私はずっと探していた。一緒に笑ったり、悩んだり。時にはぶつかったりも出来て。でも、心から信頼できる絆でつながった本物の友達を。
 そして、やっと出会えたのが、君だった。ティーダだったんだ。私達は、友達だ。本当に大切な、かけがえのない友達だ……だから、本当はずっと一緒に居たい。居たかった。でも、思ったんだ……ティーダは、ニンゲンだ。別世界の存在だ。だったら、その世界にも君にとっての大切な人はいるはずだ。そしてその人は……君の事をとても心配しているはずだ。私達と同じくらいに君が大切なはずだ。
 だから私は、その人たちの事も、悲しませたくない。だからね、ティーダ……君と別れることになっても、私は笑顔で見送るよ。会えなくとも、いつだって君の事を想う。そして、絶対に忘れない」
 でも、それは無理な話じゃ――
「クロースから聞いたんだ。ティーダが光に包まれる時、皆はティーダの事を忘れてしまうって。そうかもしれない……そして、少なくとも今まではそうだった。でも、それでも私達は、ティーダの事を忘れないよ……」
「アメヒメ……お前……そんな自信……どこから出てくるんだ?」
「だって、今まで、運命だって変えてきたんだ。だから、私達の絆で、忘れてしまう運命だって変えられるはず。そうでしょ? どんなに離れていても、どこに居ても、どんな時も……私は、ティーダの事を絶対に忘れないよ。それに、忘れないのは私だけじゃない」
「おーい、ティーダ。聞こえるか?」
 この声は、エモンガだ。
「いや、このフリズムって案外長い時間入るんだな……以前、メロエッタの長い歌を丸々収録したんだって? それはともかくとして……俺達がティーダを忘れるとかどうとか、クロースは言っていたが……ありえねえよ、そんな事」
「僕も絶対に、忘れないよ。ティーダさんは僕にとって憧れなんだから!」
「僕も!」
「僕にも!」
 ノコッチ……それに、ヨーテリーとクルマユも。
「ありがとう、ティーダ。私も絶対に忘れない! 貴方は、私達にたくさんのものを残してくれた……それを考えたら、絶対に忘れるわけにはいかないわ! 貴方のおかげで、希望の虹も見れたわけだしね」
 ビリジオンも……。
「なぁ、ティーダ。あいさつ無しで出ていくなんて、水臭いじゃないか」
「でもそれは、私達に対しての、ティーダの温かさ。貴方なりのやさしさなのよね……だから、私達もそっと見送るけれど……でも、安心して旅立ってらっしゃい! 私達は、忘れないから」
 ブラッキー……エーフィ。
「ワシも、絶対に忘れないだぬ! ティーダが……ここに来た時の事、今でも思い出すだぬ。その時の事を忘れるわけがないだぬ……もし、忘れたりしたら……ワシは……ワシは……ぶわっ」
 ヌオー……お前もそう言ってくれるのか。
「私も、貴方との思い出はこの胸に刻んでおりますゆえ。忘れるわけにはいきませぬ! シュバッ!」
 だからスターミー。お前の胸はどこだって。
「ティーダありがとう。私も忘れないよ!」
 スワンナママさんの声だ。
「そして、宿場町の皆も……そうでしょ、皆!?」
「おぉーーー!!」
 ママさんの掛け声に合わせて、雄叫びのように声が広がる。皆……俺のために。
「せっかく私達の世界に来てくれたのに、お別れなのは寂しいけれど……でも、私達は忘れないから。だから、ティーダ。アンタもたまには私達の事を思い出すんだよ! ママとの約束だからね!」
 あぁ……分かってるよ、スワンナママさん。言われなくともそうするつもりだ。
「全く、夜に帰ってきたら寝耳に水ですよ。でも、間に合ってよかった……貴方とアメヒメさんがの作ったパラダイスのおかげで、俺も真人間に戻れたんだ。そのお礼、直接は返せないけれど……俺と同じように人を救うことで恩返しする。だから、安心してくれよな、ティーダさん」
 ゾロアークのカーネリアン……お前、俺がいない間にパラダイスに来てくれてたんだな。
「ティーダさん、元気でね……僕も、ティーダさんみたいに、皆にものを教えられる人になるから!」
 ヨーテリー……お前、絶対に立派な大人になってくれよ。
「家建てて欲しけりゃ呼んでくれ! 人間の世界まで駆けつけるぜ!」
「頑張りましょうぜ、兄貴!!」
 ドテッコツ……ドッコラーたちも。

「ティーダ、皆の声が聞こえた? 皆も、忘れないって言っているよ。これから明日になって……ティーダが光に包まれると、私達も記憶も消えてなくなるようだけれど、でも私達は……運命に逆らってでも、絶対に忘れない。ティーダが一番頑張ったことは、皆がおぼえている。だから、忘れるわけにはいかないし、忘れすはずがないよ! それにね……クロースは言っていた。
 君の事、メモに残してでも忘れないって言ったら、『紙に書いたくらいじゃ、この世界の摂理に従ってティーダさんの記述は消されますよ』って。だから、皆は石版に文字を書いたりとか、歌を歌って意地でも覚えたりとか、そんな手段を用いたけれど……『それじゃあ、フリズムは?』って話を、誰かが言ったんだ。
 クロースは言っていた……『フリズムに録音しても、もちろんそれは残りません』ってね」
 そうだ……そうだよな。記憶に残らなくっても、記録に残ったらあんまり意味がない……だったら、フリズムにある記録だって消えてしまうだろう。それなのに、このフリズムに、俺の名前が何度も出てきているという事は……
「忘れたなら……私達がティーダを忘れたなら……そのフリズムに、君を呼ぶ声は入っていないはず。けれど、ここまで聞いたという事は……君がここまで聞いたってことは、そういうことのはず」
 そうだ……じゃあ、アメヒメは……皆は……俺の事を――
「今まで、一緒に居てくれてありがとう。さようなら、ティーダ……元気でね! ここへきて幸せだったって、伝えていけるように、生きて見せるから!」
 最後に、アメヒメが一瞬だけ鼻をぐずる音が聞こえた。笑顔で見送るために……無理して、声作ってたんだな。
「さようならー!! 元気でなー!!」
 そして、皆の声が聞こえた。フリズムから、音が消えた。

「……アメヒメ。ずっと一緒に居ようって、いつか誓ったあの日。俺が、『ずっと一緒に居る』って約束したあの時から……お前は、すでに感じていたんだな。一緒に居る約束が、果たせないことを……お前と俺が離れ離れになることを……」
 なのに、お前は……最後に、アメヒメの顔を見た時。お前と、見つめ合ったとき……あの時のお前達の顔。間違いない……本当に、笑顔だったんだ。アメヒメも、皆も……俺の事を、忘れていなかったんだ。悲しい顔を見るのが嫌だった俺のために……涙を、堪えて……さよならを言ってくれていたんだ。記憶が消えるという……定めをも乗り越えて……アメヒメたちは今でも、自分の事を覚えていてくれたんだ。
 アメヒメ……みんな。臆病者で、ごめん。みんなの悲しい顔すら直視できない、ふがいない自分でごめん……ちゃんと……別れを告げるべきだった……

 思わず、蹲った。玩具を取られた子供のように、縋り付く物もなくわんわんと鳴くしかできなかった。もうきっと、どんな声も届かない……それでも、どうしても伝えたい言葉を叫ばずにはいられない。
「ありがとう!! 本当に、ありがとう!! みんな!! 俺は……俺は」
 声が震える。でも、最後まで言わなきゃ……
「幸せ……者だよ!!」

 ◇

「うぅ……ティーダ……」
「よく頑張ったわね、アメヒメ。立派よ……貴方は」
 光が消えると同時に、アメヒメは崩れ落ちるように泣いた。それに寄り添うように、ビリジオンがそばにいてあげている。しばらく、そっとしてあげよう。
「はぁ……本当に消えてしまいましたね。私、目からハイドロポンプが出そうな気分ですよ……シュバ……」
 スターミーが、横で相変わらずわけのわからないことを言っている。アンタの目はどこよ……
「おい、アス。どうしたんだ……まだ空なんて見上げて」
「どうしたのさ、エーフィ」
 私が空を見上げていると、ブラッキーとノコッチが話しかけてくる。
「話しかけないで……今、空気の流れを読んでいるんだから」
「空気の流れ……?」
 と、ブラッキーがオウム返しに聞き返す。
「うん……もうちょっとこっちかな……」
 空気の流れを体毛で読み取りながら、私は最適な位置を探して、それを待った。
「私の勘だとね……」
 そう、これは勘。でも、確信めいた勘。こういう時、私は外したことがないのが自慢なんだ。
「ここで待っていると……」
 思わせぶりぬゆっくりと言っていると、他の人達もまた、(そら)を見上げていた。
「ほら、見えた」
「あ、あれは!!」
 フリズムが。ブラッキーにも見えたようだ。
「ブラッキー、あんたもサイコキネシス使えるでしょ? 手伝いなさい」
「う、うん!!」
 そうして、落ちてきたフリズムを、私達は割れないように、ゆっくりと受け止め、アメヒメに持ち寄った。
「多分、貴方あてよ……アメヒメ。再生しなさい、それを」
 うずくまって泣いていたアメヒメは、ぐしゃぐしゃになった顔を上げて、そっとそれを受け取った
「うん」
 凍り付いたフリズムに、アメヒメの手がそっと触れる。恐る恐る、震える手で触れて、ゆっくりと温められたフリズムは、徐々に氷が解けていく。そうして響が――
「きちんとさよならを言えなくって……ごめんな、アメヒメ。お前達からのメッセージ……受け取った。お前達が、俺の事を忘れていないこともわかった……いつこのまま消えるかわからないから、言葉を考える時間もなくって、陳腐なことしか言えないけれど……ありがとう。お前達から貰ったやさしさを糧にして……ニンゲンの世界でも生きて行くよ。お前達と一緒に、俺は生きて行く。
 アメヒメ、みんな。本当に……ありがとう。俺は幸せ者だ……世界一の、幸せ者だよ!」

 フリズムを食い入るように見つめていたアメヒメが、そっと顔をあげる。心臓の音を録音するかのように胸にフリズムを当てたまま宙を見上げると、彼女はもう泣いていなかった。
「さよなら、ティーダ。たとえ、どんなに離れていても……たとえ、会う事が出来なくとも。声が届かなくとも。魂は、いつでも一緒だ。いつも君の傍にいる。ずっとずっと、そばにいるよ……別れは、終わりじゃないんだ」
 宙は、どこまでも澄み渡る。アメヒメの声が、その空に響く。
「互いを想い合う事の、始まりなんだ!」










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Last-modified: 2013-11-24 (日) 09:58:00
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