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マグナゲート短編、第20:Good Night

/マグナゲート短編、第20:Good Night

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作者:リング


「ここは……?」
 朦朧とした意識の中で目が覚める。記憶の糸を手繰ってみると、どうやら自分は氷触体を砕いた後に、虹を見ながら気を失ってしまったらしい。
 今は、紫色の星空のような、宇宙のような場所で、浮遊感に包まれたまま息をしている。体の動きがものすごく重いので、まるで首から下を水槽の中にでも入れられたような感覚だ。
「アメヒメ……」
「ティーダ! ティーダだよね! 無事だったんだね……ティーダ!!」
「喜んでいるところ悪いが、無事なのかな……この状況」
 だって、ここはどこなのかすらわからない。こんな状況じゃ、助かっていると言えるのかどうか……。
「そ、そういえばここは……まさか、ここって天国か何かだったりするの?」
 アメヒメが珍しく慌てている。俺は、なぜかひどく心が落ち着いていた。
「違う。ここはお前達の意識の深いところ……深層意識の中だ」
「キュ、キュレム!?」
 驚くアメヒメに、キュレムが頷いた。
「お前達は未来を変えてしまった……未来は真理。変えてはいけないものだし、真理こそが正しい道だ」
「はん。運命だとか、そんなものに従うのは、奴隷根性のしみついている奴だけさ。俺は、そんなの嫌だったんだ……それだけだ」
 キュレムは俺の言葉を黙って聞いている。
「そういう思考こそ、いけない。しかし……思う。運命を自ら切り開くその覚悟さえあれば……違う明日を迎えることも、また真理だとな。今ここに、この世界があるのも……いや、『ここ』ではないか」
 訂正しながら、キュレムの顔が笑む。
「ともかく、この世界が今あるのも、お前達が導き、そして世界が未来を、切り開いた結果だ。この世界も、この世界に生きる者も、まだまだ捨てたものではない。それを教えてくれたのは、他でもない……お前達だ。お前達のおかげだ……礼を言う」
「ふん……そんなもの……あれ」
 急にキュレムが上体を上げて、咆哮する。それとともに俺達の意識は遠のいて……


 気が付けば俺は、宿場町とパラダイスの間にある十字路に寝ころんでいた。そこで、立てる程度には回復しているエモンガやビリジオン。大分元気も回復しているように見えるケルディオ、エーフィ、ブラッキーがいた。ムンナ達の行方は知れず、生きているのか死んでいるのかすらもわからないのが残念であったが、とにもかくにも俺達の命も助かったらしい。
 そして、世界も救われたらしい。
 ノコッチが俺を呼ぶ声が聞こえ、生存を確認してもらえた。泣いて喜ぶノコッチに、エモンガは笑って『泣くなよ』と語りかけるが、それは無理なように思えた。俺だって、涙が出そうなくらいにうれしいのだもの、涙もろそうなノコッチには無理だろうよ。よくよく話を聞いてみればグレッシャーパレスが崩れた時に、俺達が死んだかもしれないと思っていたそうだ。それほど心配していたのだから、尚更涙をこらえるのは無理な話だ。

 そして、ノコッチから聞いた話では、空にまた虹がかかったそうなのだ。あの、噂の希望の虹が。十字路からは小高い丘に阻まれ見えなかったそれも、宿場町の丘に登って、北の方を見れば、そこには確かに虹がかかっている。この世界に来てから見てきた中で、おそらくはもっとも美しいものであろう虹を。
 それを見た時、意味もなく涙がこぼれたものだ。生きていてよかったと。今ここにある自分の命すらも噛み締めるように。その虹を見て、世界が救われていることを実感しているときに、命の声――クロースもまた実態を復活させていた。陽気で、鬱陶しいほどに五月蠅いあのしゃべり方も健在だ。
 アメヒメは、命の声は死んだんじゃないかと驚いていたが、俺はしっかりあいつの存在を感じていたので驚きはしなかった。そこで、世界を救ったことについて改めてお礼を言われる。なんというか、世界を救ったなんて実感が全然なかったものだから、少々戸惑いはしたけれども、言葉にしてみると少しずつ実感がわいてくるようだった。
 命の声と話している間にも、俺達の元に人が集う。もう寝かせてくれと言いたかったが、怪我人であるはずのエモンガが自慢を始め出して、俺も応対せざるを得なかった。幸せな瞬間を、いつまでも噛み締めていたかった。

 そうして、昼のうちに準備が進められて、夜になる頃には宴が始まる。さすがに疲れていたので準備中は休ませてもらったが、起きた時もまだ眠くって休んでいたい気分だった。それでも、はしゃいだ。自慢話は尽きなかった。エモンガに誤射をしてしまったことではたかれたりして、笑いあったりもした。
 浴びるような称賛のなか、俺達はいつまでも笑っていた。

「ふぅ……さすがにちょっとはしゃぎ過ぎたかなぁ」
 今日はめでたい日。そろそろ子供は眠っているべき時間だというのに、外ではヨーテリーとクルマユが焚火の周りで追いかけっこをして遊んでいる。意外と勝負になっているあたり、クルマユもさなぎのくせに意外と足が速いものだ。
 そういえば、ヨーテリーはあの戦いの時に頑張ってくれたんだっけな。あの時、クロースが運んでくれたヨーテリーの声……親を想う子の声。もう少し落ち着いた状況で聞いていれば感動していたかもしれないが、あの状況じゃそんなことを考えている余裕もなかったものだ。改めて考えてみると、いい子だ。親を喜ばせてあげたいだなんて、あの年齢の頃には思いもしなかった。
 それは環境のせいなのか、はたまた種族のせいなのか、そういうことは分からないが。みんながあの時、ヨーテリーの言葉に少しでも勇気づけられたことを見るに、やっぱりヨーテリーのあの言葉は胸に響くものなのだろう。あの状況で聞いていれば、俺も涙腺が緩みそうな言葉だ
 空を見上げると、真ん丸の月が煌々と輝いている。今日の月はきれいな黄金色で、見て居ると心が安らぐようだ。
「ティーダさん」
 声のする方向に振り向いていると、サザンドラのクロースがいた。しかしこいつ、パラダイスに居るモノズとは全然違う匂いをしている。あいつは結構な悪臭だったはずだが、クロースは癖のない体臭だ。やはり、命の声は生物ではないという事なのだろうか。彼女は、俺の横にそっと黒い体を添えて、重量級の体を地面に降り立たせる。
「クロース……どうした? 世間話していたんじゃないのか?」
「もう終わりましたよ、ティーダさん……その、改めまして……世界を救っていただき、私の願いを聞いていただき、本当にありがとうございました」
「よせやい。お前ひとりの願いであそこまで大事に出来るもんか。世界人類全体の願いなんだろ? お前からお礼を言われたって、仕方ねえさ」
「私は命の声ですから、皆様の声を代表して言ったまでの事ですよ……それで、ですね」
「うん、なんだ?」
「ティーダさんの、この世界での役目も終わりました。つまりそれは……えーと、大変申し上げにくい事なんですが……短期間ならともかく、人間であるあなたがこの世界にずっといると、世界にひずみが出てしまう訳でして……」
「世界に、ひずみ……?」
「えぇ。世界のひずみというのは、この世界の(ことわり)を超える存在が引き起こすものなのです。理を超える存在とは、別世界から来た何かであったり、この世界の輪廻から解脱してしまった者であったりなど、様々な理由でこの世の理に縛られない存在なのです……まさにあなたがソレなわけでして。
 スウィング様もおっしゃっていたでしょう? 本来は未来というものは変えてはいけないと……未来を変えるという事は、本来はそうしたひずみが大きくなって、世界の概念自体が崩壊してしまういけないことなのです。悪化すれば、そこらじゅうにダンジョンが出来て、この世界での物流などがかなり困難になってしまうかと。
 他にも、これまで催眠術のかかりやすさが変わったり、頑丈の特性の性質が変わったり、タイプ相性が変わったり、鋼や悪など新しいタイプが生まれたり……そういった弊害が生まれているのです。その影響は人間の世界にも及びますし……」
「そりゃ、確かに困るな……」
「ですから、ティーダさんは人間の世界に帰らなければならないと……そういう事なんです」
 クロースが俯いている。笑顔しか見せないような奴だと思っていたが、こんな表情も出来るのかと思えるくらいにしょぼくれた表情であった。
 人間の世界か……なんか、やり残したことあったかな? 両親はまだ生きているし、残してきたヘルの事も心配だが。けれど、特筆して帰る理由……あったっけか。
「そっか……やっぱり俺、人間の世界へ帰ることになるのか……」
 俺の言葉に、俯いているクロースがさらに俯くように頷いた。
「ティーダさん、私……悲しいです。私、ティーダさんに情が移ってしまったようなんです。本当はいけないことなんですが。でも、すみません。こればかりは仕方のない事なんです。ティーダさんもたくさん心残りはあると思いますが……」
「確かに……特に帰る理由もないんだよなぁ。あっちでの仕事は一区切りついているし、こっちでできる仕事も現世でできる仕事と同じくらいやりがいはあるし……こっちには悩みの種もないし。まぁ、ゲームぐらいかな、あっちの世界でやりたいことは……逆に、こっちには心残りがありすぎる。薄情者だな……俺も。あっちじゃまだ両親も生きているのに……こっちに残りたい理由ばかり思いつく」
 独り言をグチグチと喋る。心の声を感じ取る事が出来る筈のクロースにとっては、言わなくともわかっているのだろうことを、黙って聞いてくれている。
「でも、アメヒメと別れるのは……切ない。アメヒメに……以前、お願いしたんだ。この世界にずっといられるのならば、ずっと一緒に居ようって。約束もしたんだ……それは『ずっと一緒に居られるなら』でしかないわけだけれど……でも、なぁ……なんか、約束を破ってしまったみたいで……申し訳ない。
 いつになるんだ……その、お別れってのは?」
「ここを離れるのは……明日になります。光に包まれて、天に昇ってゆくんです……」
「明日かよ……早いな。光ってのはあの、以前見た天に昇っていく山吹色の光か……役目を終えた時も、死んだときも、帰り方は一緒……なんだな」
「えぇ、役に立たなかったからって、その人の亡骸を粗雑に扱うわけにもいきませんから。帰るときも、その……最上級のおもてなしのつもりで行っています。蘇生もきちんと行いますし……それと、もう一つ……悲しいお話が……」
「まだ何かあるのかよ?」
 驚き、俺はつい声を荒げた。クロースは、すべての顔で目を背けようとして、しかしできなかった。
「は、はい……その、ティーダさんが光に包まれた時、この世界にティーダさんがいたという記憶は……この世界の皆さんの記憶からは、すべて消えてしまいます」
「な、なんだって!? 俺の記憶が、皆から消えてしまうだって?」
 たまらず、俺は声を張り上げる。
「はい。本当に……本当に悲しい事なので申し訳ないのですが……」
「それじゃ、俺が伝えた技術は……俺が伝えた心意気はどうなるんだ? 俺の記憶とともに、キュレムにした説教も消えちまったら、何の意味もないじゃないか……」
「そういったものは、矛盾が出ない形で、皆の心に残りますし、貴方が書いたノートなども、消えたりはしません。しかし、貴方が書いたという記憶は残らないでしょう……それに、私は命の声なので、貴方の事を忘れたりはしないので……その、問題にならない程度に、貴方の言葉を夢や何かで伝えることも出来ますが……それでも、他の皆さんは……すべて……忘れてしまうんです……うぅ」
 サザンドラが鼻水をぐずる。瞬膜のおかげで目の乾燥とは無縁なポケモンでも、感情が高ぶれば涙が出ることもあるし、それがはなみずにまわされるのだな、と今自分のおかれている立場から現実逃避をするようなことを考える。
 光に包まれた時に、皆は自分ことを忘れてしまう……か。一度キュレムにやられた後に、俺はまだ生き残っているニンゲンの情報について聞いて回ったが、もしかしたらアイカ以外のニンゲンの情報を聞けなかったのは、それが原因かもしれない。もちろん、アイカのように自身がニンゲンであることを親しい人にしか話していなかったとか、そういう原因もあるのかもしれないが。

「明日は、私も……行けるところまで見送ります。ですので……他の皆さんにも、別れの挨拶をしませんか? 皆、起きているうちに……」
「いや、いい」
 クロースの言葉にうなずきそうになるところを、本能が引き止めるかのように言葉が急に出る。
「あ、挨拶されないのですか? なぜ……」
「お前の表情を見て居るだけでも、辛い。心が折れるんだ……」
「そうですよね……辛い思いはさせたくないですものね……」
「違う! アメヒメ達はそんな辛い思いも忘れちまうんだからどうでもいいじゃねえか……俺は、覚えている俺はどうなるんだよ……!? あいつらの悲しい顔を、最後まで思い出にしろっていうのかよ……俺は」
「ティーダさん……」
 クロースが何かを言いたそうにしている。それでも、得られるものはあるとか、そういうことを言いたいのだろう。そうかもしれない、けれど……
「わかり……ました。では、明日の朝……またこの丘に来てください。私と一緒に、空へ行きましょう」
 そこまで言って、クロースはずっと俺に寄り添ってくれた。一人になりたいならば追いかけないし、誰かに一緒にいて欲しいならばこのままずっと隣に居ようと。そんな事を言われているようで、随分と温かい悪タイプなんだと思う。
「アイカは……?」
 ふと、思い出して口にする。
「アイカも、元の世界に戻るのか?」
「えぇ……すでに、私が伝えています。サザンドラの実体は一つしか出せませんが、声だけならいくらでも届けられるので……一人になった瞬間を見計らって……あちらは、その、パートナーだけに別れの事実を伝えて、後は黙っているようです」
「そうか……なぁ、彼女に伝えてくれないか。人間の世界に戻った時のために、俺の名前と、務めている会社名。業界では有名人だから、ネットで調べれば一番上に出てくるくらいには名が知れているからさ」
「わかりました、伝えておきましょう……」
「あとは、1人にしてくれ……俺は、家に戻る」
 この世界で悔いを残さずにいるために、何をするべきか、頭の中でぐちゃぐちゃになりながら帰路につく。そういえば、まだ文字に書き起こしていない知識があったと思い、今夜は徹夜でそれを書き起そうと、ノートと羽ペンとインクをとった。こんなめでたい日に1人で何をやっているんだと思うと、すごく情けないような、悲しいような気分になり、涙があふれ出そうになる。それを堪えて書こうにも、知識は頭の中に浮かんでくるのに、それを伝えようとする言葉は全くと言っていいほど浮かび上がることはなかった。

 そうこうしているうちに、アメヒメが帰ってくる。
「あ、ティーダ。どうしたの、ノートなんて持ち出して?」
 薄明かりの中、ノートを広げている俺を見て、アメヒメは興味深げにノートを見る。アメヒメからは少しだけお酒のにおいがした。
「キュレムにいろいろ説教しているうちに、思い出したことがあってな……人間の世界で、人間達がいろいろ間違った記録さ。間違って。それを乗り越える方法もいろいろ考えられた……人間世界の常識が、こちらで通用するとは限らないけれどな。でも、必要になることだよ」
「ふぅん……でも、忘れないうちにっていうのは大事なことだけれど、疲れているでしょ? 今日くらいは、忘れてもいいんじゃないかな、ティーダ」
 物書きをしている俺の後ろから、アメヒメが抱き寄せてきた。
「めでたい日とか、そういうの抜きにでも。疲れているときにそんなことをやったって、集中力は続かないよ?」
「放っておいてくれ。こんな日だからこそ、忘れてしまいそうで」
「何それ」
 アメヒメが笑う。
「変なの。明日からも、仕事があるんだ……体を壊したら元も子もないんだから、今日は早い所眠ろうよ」
「……わかった」
 これ以上続けても、きっとアメヒメは引かないだろう。俺は諦めて、ベッド立ち上がる。
「寝よっか」
「もしかして、ティーダは私を待っていてくれたの?」
 艶っぽい目をして、アメヒメは言う。
「そんなんじゃないよ。疲れているけれど、眠れなかっただけ……」
「ふふ、そっか。でも、私がいるだけで眠れるようになるかな?」
「どうだろうね……」
 目を閉じる。クロースは、朝になったら声を俺だけに声をかけて起こしてくれると言っていた。もう、アメヒメに付き合って寝よう。
 静かに、目を閉じる。この世界に来てからずっと付き合ってきた藁のベッドに裸で眠るのもこれで最後かと思うと感慨深い。仕事の関係で外国に行ったときにたまにお世話になったこともあるが、さすがに裸で眠ったことはないので、最初はどんな感触化とやきもきしたものだが。
 しかし、冷たい海に浸かってもものともしないミジュマルの毛皮だ。世界で最も毛の密度が来いともいわれるポケモンの体だけに、冬も裸で乗り越えられるほど暖かかったものだ。
「ねぇ、ティーダ」
「なんだ?」
「私達、本当に奇跡のような出会いだったよね」
「まぁな……俺が空から落ちてきて、そこにアメヒメが慌てて駆け寄ってきたんだっけ」
「うん。そこから、私たち2人の生活が始まった……最初の日なんかは、まだ家がなかったから、寒くって……2人で、体を寄せ合って眠ったよね」
「俺はそんなに寒くなかったよ。俺、ミジュマルだから……その気になれば、冬の海でも海草に体を巻き付けてぷかぷか浮いていられる種族だし、この体毛がピカチュウよりもよっぽど多くの空気を抱き込んでくれるからね」
「そっか……寒いのは、私だけだったんだね」
 そう言ったアメヒメの声は、少し寂しげだった。
「でも、お前が寒かったのなら、いつでも寄り添って、添い寝でも何でもしてよかったんだぜ?」
「本当? 実は、冬になってから少しだけ寒かったんだよね……今日は。いや、今日から一緒に寝てもいいかな?」
「いいけれど、それが毎日になるなら、きちんと何か被るものを用意したほうがいいんじゃないか?」
 少し突き放すように言うと、アメヒメは目を閉じていた俺の口にキスをする。
「いらないよ。君が温かいから」
 唇が軽く触れ合うような、軽いキスだったけれど、アメヒメからの初めてのアプローチだ。予測は可能だったのに、少し驚いたような気もするし、ついに来たかと納得できたような気もする。
「ティーダ……雨には、太陽が必要なんだ。私には、太陽が必要なんだよ……ティーダ」
「そうかい。勝手にしろよ……俺は拒まないからさ」
 少し、顔がほころんだ。好かれているんだなとわかる。しかし、その恋心に答えられそうにないのが、つらく苦しい。アメヒメの体重が、ゆっくりと俺の方にもたれかかってくる。しばしの無言……このまま、眠ってしまってほしかった。
「ティーダ。好きだよ」
「知ってる」
 アメヒメが頬ずりをする。細かい体毛に頬をこすりつけ、その感触を味わっているような。
「アメヒメ……酔ってる?」
「うん、少し……でも、狂ってはいないよ」
「だろうな。いつもより積極的なくらいだろう……」
「それでさ、ティーダは……」
 思わせぶりに言って、アメヒメは俺の心臓に耳を当てる。
「私の事、どう思っているの?」
「それは……」
 人間の頃、俺は異世界に惹かれやすいという、非常に厄介な特異体質のせいで、女性を近づけるのは避けていた。家族との旅行も、次第に行きづらくなっていった。だからこそ、いつしか悟った俺は『女はどうせ長続きしないから、自分から避けておいた方が気が楽だ』だなんて思うようになってしまった。
 こっちに来てからはそんな怪奇現象もなくなったので、もしかしたら……なんて思っていたが、それも無理か。このまま、一日限り……アメヒメに女性ではなく雌になってもらうのも悪くない。最後の思い出に、一回くらい仕方がないだろう。そんな悪魔の声が囁いたが、俺はその雑念を振り払う。
「アメヒメは最高の仲間だと思っている。パートナーだと思ってる」
 結局、俺は逃げることにした。別に、愛の形は様々だ。アメヒメとは友達だったとしても、フィリアであってもいいだろうよ。エロスである必要なんてないさ。こいつを、わざわざ汚す必要はないさ。
「ふぅん……女としては?」
「女は、1日限りの方が後腐れなくっていいからな。俺は絶対に浮気をするから、俺みたいな男は、女を不幸にしないためにも、妻なんて持たないほうがいいよ。ま、一夫多妻制でいいっていうんなら別だけれどさ」
「やーっぱりそれかぁ……ぶれないなぁ」
 と、アメヒメは笑う。心臓の音……バクバク言っているの、ばれているんだろうなぁ。
「私も、素敵な人を見つけなきゃね……でも、そうなったら家はどうしようか?」
「先に結婚したほうが出ていった方がいいんじゃないのか? この家、子供も一緒に住むには少し狭い」
「そうだね……またドテッコツに頼まなきゃ」
 目を閉じていて、本当によかった。アメヒメが今、一体どんな表情をしているのか、見るのがつらかった。嘘でもいいから、気持ちにこたえて笑顔を見せたほうが良かったのだろうか? 分からない……
「ティーダ」
「何?」
「君の心臓、ドキドキいってる」
「お前が変な質問するからさ……」
「つまり、私が特別な存在ってことだよね?」
「……あぁ」
 迷いなく、俺は答える。誰よりも、特別な存在だと。
「俺は太陽……横糸だ。確かに、太陽は草を育む力がある。けれど、水なしではそれすらできない……アメヒメ。お前が雨、縦糸だったから。だから俺は、お前とともに皆を導く存在になれた。人々の希望、虹になれた。俺1人じゃ、無理だった。誰よりも特別な存在だよ。
 それでも、男とか女とか、そんなこととは関係ないだろ? だからまぁ、誘惑されても困っちゃうな」
「じゃあ、それでいいや。特別な……ティーダにとって特別でいられるなら……私に女としての魅力がないみたいで、ちょっと寂しいけれど……」
「うん、ごめんな。俺なりに、女性を傷つけない方法なんだ……」
「やせ我慢しちゃって……男の子なのに」
 アメヒメは、意味深に笑くすくすと笑った。
「それじゃあ、そろそろお休み、ティーダ。またあしたも……一緒に、頑張ろうね……お休みなさい」
「お休み、アメヒメ」
 それ以降、いくら待っていてもアメヒメは喋らなかった。寒くないけれど、温かいかと言えば微妙だった冬の冷え込みだったが、やっぱりアメヒメがいると暖かい。お酒のせいで体が火照っているわけでもあるまいし、アメヒメが温かいのだろう。
 何も考えられないのに、眠れなかった。ただ時間だけが過ぎてゆき、アメヒメの寝息だけが耳に入ってきた。
 ごめんな。でもありがとう……さよならだ。










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Last-modified: 2013-11-24 (日) 07:23:00
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