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マグナゲート短編、第16:かつて尊敬した者

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作者:リング


「ここのリーダーはムンナったかな?」
 訪問者は私の方を見てそう尋ねた。
「そうだが……」
「うわさは聞いているぞ、お前ら」
 風穴の丘。生きているのか死んでいるのかすらあいまいな毎日を送っていた私達に、ある日一人の訪問者が降り立った。扇のような形をした真紅の翼と、空と同じ色の鱗。腹の部分は雲のように真っ白。見るからに警戒色、獰猛そうな見た目をしたそのポケモンは、確かボーマンダと呼ばれる種だ。
「誰だ……そして何の用だ」
 生きているか死んでいるかもわからないような生活を続けていたというのに、こうして外敵が来たときは、私も一人前に怒りを露わにする。このまま死んでしまえたら楽なのにな、なんて考えつつも、然し誰かに殺されるのは悔しい。私達が、どこかで検証首になっているかもしれないし、それ目当てで殺されたらと思うと、悔しい。
 だからと言って自殺や殺し合いも考えられず、ただただダンジョンに潜り込んでは食糧をとってきて、それを消費する毎日。ダンジョンに行ったまま行方知れずの者もいる。きっと自殺して解放されたのだろうと、なんとなくわかった。けれど、その後を追う気にもなれない。結局、私達はどうすればいいのかわからない。死にたいのか、死にたくないのかすらもわからない。
「おいおい、そんなに警戒するな」
 こっちの態度にいささか恐れをなしたのか、ボーマンダはおどけた態度で言う。
「私は、お前達をスカウトしに来たんだ。スウィング様とともに、新しい世界を作らないか……と」
「寝ぼけているのかお前?」
 スウィング様。要するに、キュレムである。この大陸の創世にも深く関わるポケモンであるが、そのようなお方がこの一介のポケモンと知り合い? そんな陳腐な手段で騙そうとしているのなら、八つ裂きにして魔除けにでも飾ってやろうかとすら思うほどの殺意が芽生える。後ろの者達も、神の名を騙られて非常に強い不快感をあらわにしている。
「寝ぼけているわけではない。私は、いや……私達は、スウィング様の命令の元、私達の思想に共感できるものを探している」
「何が言いたい?」
 私が尋ねると、後ろからもそうだそうだと声が飛んでくる。
「まぁ、聞いてくれ。私たちの思想というのは、この世界にやがて訪れる滅びを受け入れようという事だ……この世界は、今年生まれた子が親になるよりも早く、滅びる」
「何を……言っている?」
 まじめな顔で語りだしたボーマンダに、私は怪訝な顔で問いただす。後ろの者達からも不安が伝わってきた。

「お前達、この世界に絶望したことはないか? 『こんな世界、消え去ってしまえばいい』とか、『こんな世界に意味があるのか?』 とか……何でもいい。死にたいと思ったことはないか? もうア何もかも投げ出してしまいたいと思ったことはないか?」
「あるけれど……それをお前らにどうこう言われる筋合いはない」
「そうか? 怖いんだろう? 死ぬのが……だからと言って、仲間に殺してもらうのも、誰かに殺してもらうのも嫌なんだろう。この質問は憶測だが……お前達の目を見れば、なんとなくわかる」
 あぁ、ボーマンダのいう事は正しいよ。確かに、私は……私達は、死にたくても死にきれない、死にぞこないばかりだ。実際に、ダンジョンで命を絶ってしまった者を、うらやむような、臆病ものだらけだ。
「それがどうした? だからと言って、誰かに殺されるなんて御免だ……死に場所くらい、自分で決めさせろ!」
「わかっている。だからこそ、この話を持ち掛けたんだ。お前達がそういう考えを持っているならば……だ。死に場所も、死にふさわしい最期も与えられる。最期の時を、きちんと迎えたくはないか?」
「どういうこと……なんだ?」
「あぁ、そうだな。そういう反応は至極ごもっともだ。では、少し話が長くなるが、聞いてくれ……我々が生きる世界は、創造神アカギ様に命令されたディアルガとパルキアよって作られた。ここまでは、お前達も知っていることだろうが……そして、何もなかった世界に、いろんな神が協力して陸や海、生命や心を形作った。
 しかし、創造神のアカギ様は、何を思ってこんな世界を作ったのか? と、いう事なのだが……彼の者は、人間の世界に絶望していたのだ」
「人間の世界は、希望に満ちたところだと聞いたが……?」
 そうでもなければ、『服を着る者』である人間たちが、希望の象徴でないはずがない。
「そうだ。多くの者は裕福だったそうだ。しかしその一方で、絶望に打ちひしがれるものもいたんだ。今のお前たちの様に、な。最初に言ったが、お前たちの噂はいろいろと聞いている。
 酷い目に遭って、それで報復のため、逆に酷いことをやらかしたこと。酷いことをされて絶望しているが、復讐のために、自分も酷い事をしてしまったという事。そしてそれに後悔でもしているのか? そうでもなければ、そこまで死んだ目をしていることもなかろう」
 ボーマンダの物言いに、私は何一つ言い返せなかった。まったく、今の私達の状況を的確に言い表している。私達を酷い目に遭わせた奴らに、復讐をしてやりたかった。けれど、逆に自分もまたその酷い事をしていると思うと、自分も誰かに殺されて欲しいと願われている。そう思うと、今すぐにでも死んで、恨まれ続けることで生じる罪悪感に終止符を打ちたかった
「アカギ様は、心のない世界を。感情の存在しない世界を望まれた……しかし、我らが住む世界はどう考えても人々に心がある。それだけ聞けば、この世界は失敗作だったと言えるだろう。何もかもがアカギ様の望んだ世界ならば、この世界は感情のない世界なのだからな……だが。アカギ様の願いは、きちんと生きていたのだ。それが、今から話す『氷触体』と呼ばれる物質だ」
「なんなんだ、それは」
「熱を奪うもの。ここでいう熱とは……例えば、やる気だったり、燃え上がるような恋心であったり。要するに熱意。氷触体とは、それを蝕み、奪う冷えた感情の塊。要するに、悲しみや恐怖、絶望といった嫌な感情を奪って成長するのだ。今のお前たちが感じているような……な」
 私達の現状だとでも言わんばかりにボーマンダが言う。
「その氷触体と呼ばれる物質は、それらの感情を集めて成長する。何故か? それは、アカギ様も心の奥底では『世界が希望にあふれているのであれば、新しい世界を作る必要もなかった』と考えておられたからだ。だが、逆に世界が絶望にまみれているのであれば……こんな世界、無くなってしまえばいい。そう考えるのも仕方がない……というものであったのだ」
 何もかも初耳で、私の頭はこんがらがった。そんなものが世界に存在するなどというのも信じがたいし、話が壮大でよくわからない。
「わかるか? アカギ様は、自らが感情をなくすことで苦痛から解放されようとしたのだが、それをあえてなさらずに、この世界に生きるポケモン達にチャンスをお与えなされたのだ。そして今、我らはそのチャンスを無碍にしようとしている……苦しむポケモン達で苦痛に満ちたこの世界に、氷触体という救いがもたらされるのだ」
 世界が救われる……自分たちのように苦しむポケモンが、居なくなる。それは確かに魅力的だ。
「この世界には、今も悪党がのさばっている。権力を傘にやりたい放題する者。暴力で日々の糧を得る者。己の欲望のために他人を踏み台にする者。逆恨みで、無関係なものを巻き込む者。不幸を呪い、他人もその不幸に巻き込む者。そんな奴らが嫌いでたまらないのに、然し自分も同じことをしてしまう者」
 最後の二つは、私達への当てつけのようであった。憎たらしい物言いであったが、そんな自分たちが嫌いなのは重々承知している。私達は自分が嫌いだ。自分がやられたら嫌なことを、他人にもやってしまう。その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
「そうして、生まれるのは悪党が得をし、正直者が馬鹿を見る世界。血筋や出身で、一生運命が決まってしまう世界。アカギ様がチャンスを与えてしまった結果がこれだ。お前達は願ったことはあるか? あいつが死んで欲しいと。そして、自分も死にたいと願ったことはあるか?」
 ボーマンダが尋ねると、周囲がざわつき始める。
「アカギ様が望み、異国の神が作ったこの氷触体は、世界の理を破壊し、世界を根本から覆す力。その力が発動すれば、我らは一切の感情をなくし、救われるのだ。しかし、それを邪魔する者も入る……私達の目的は、邪魔する者達の排除だ」
「排除……」
「そうだ。氷触体は救い。ゆえに、その救いを妨げる者は、排除せねばなるまい。お前達は、死にたいと思ったことはないのか」
「ある、けれど……皆も、だよね」
 私は後ろを振り返る。
「そうでごわす……でも、それが何だか怖くて……」
 ギガイアスの一人が言う。
「ロッグ……俺も、何だか、死にたいのに勇気が出ないロッグ」
 その後もぽつりぽつりと声が上がるが、大体の答えは一緒である。死にたいと考えることもあったけれど怖い。もしくは、いつかいいことがあるかもしれないから、面倒だけれど生きているとか。
「案ずるな。この世界に氷触体が働きかければ、我らは痛みも苦しみも、それどころか恐怖すらもなく終わりを迎える事が出来る。私は、その手助けをしてほしいのだ」
「今すぐには決められないし……それに、お前が言っていることが本当かどうかもわからない」
「だろうな。だから今回はそれを伝えに来ただけだ。お前達がここにいるという噂の真偽を確かめに来ただけで、仲間になるかどうかを今聞くつもりはない……信用してもらうには、そうだなスウィング様を連れてくればよいか?」
「……私はそれで信用できるけれど、皆は? この話を受けるかどうかは置いといて、信用するに値すると思うか?」
 私は皆に振り返る。
「まぁ、キュレムが実際にこの場に現れるなら……」
「だよなぁ、それならそれなら信じても……」
 聞こえてくるのはこんな言葉。はなしに乗るか否かは置いといても、そこは皆同じ意見のようだった。
「わかった。では、そのようにスウィング様に伝えておく。良い答えを期待しているぞ。あぁ、そうだ……種族名のみしか名乗っておらず、失礼した。私の名前はノア。以後お見知りおきを」
「私の名前は……ターニャ」
「ターニャだな。覚えておく」
 そう言って、ボーマンダは空へと消えて行く。現実感のない話をされた私達は、集まって話し合おうという事になっても、しばらくは何も言えないでいた。

「やっぱり、俺達みんな、少なからず死にたいと思っているよな?」
「ドクドク……確かにこんな世界、生きていたって仕方ないって思ってるロッグ」
「だよな、楽しい事なんてまるでないし」
「俺達の他にも苦しんでいる奴はいるんだろうなぁ」
「あぁ、俺の近所の子、昔は頭がおかしかったからってダンジョンに捨てられたらしい」
「本当? 頭がおかしかろうと、辛いことはあるのに……怖かっただろうね」
 誰が話しているのか、誰の意見なのか、まるで頭に入らなかった。けれど、まるで反対意見を出すことが怖いかのように誰も異議を唱えず、反対意見が上がらなかった。なので、集まる意見はボーマンダのいう事を肯定する『世の中嫌なことばかりだ』という愚痴ばかり。反対意見だけは上がらないので、積極的ではないものの皆賛成意見ばかり。
 消極的とも思ったが、積極的になることを忘れていた者達からすれば、これでもましな方なのかもしれない。それからというもの、話し合いの席が設けられていなくとも、皆がぽつぽつとボーマンダが告げたことについて話し合うようになる。絶対に参加すると、積極的に明言する者はおらず、かといってやっぱり死にたくないと否定する者もいない。やがて、緩やかな肯定の流れが決定的なものとなったころ、例のボーマンダがキュレムを伴い、現れる。
 ここに着地してから、皆を集めるまでの間に、先んじてボーマンダが紹介してくれたが、紹介の必要もないほど比類なき、その圧倒的な存在感。
「よく集まってくれた」
 低く、厳かな声から放たれるその声に、誰もが姿勢を正さざるを得ない。空気が張り詰め、口を開くことすらままならない。
「皆様、改めてお久しぶりです」
 スウィング様の言葉にボーマンダは頷き、挨拶とともにこちらを見る。
「話は、ボーマンダのノアからいろいろ聞いていると思われる。我もまた、お前たちの事をいろいろ聞かせてもらった。辛い目に遭ったようだな……」
 予想外の優しい言葉。身構えていた者達はかすかに戸惑うものの、ほっと胸を撫で下す思いで話を聞く。
「だがもう大丈夫だ。もしも我とともに救いの道を歩むのであれば、その辛い思いから我が解放する。そして、お前達もまた、そうした辛い思いからこの世界を開放し、救う手助けをしてほしい」
 優しく、奮い立てるような声でキュレムが言う。
「これ以上、世界に人為的な不幸を蔓延させるわけにはいかない。そのために、力を貸してほしい」
 スウィング様が深々と首を垂れる。今はもう、神の事を信じている者なんてほとんどいなかった。神は助けてはくれないのだと、誰もがあきらめていた。だけれど、目の前に姿を現した神のこの態度を見て、心を揺さぶられずにいられるはずもなく。かつて神を信じていた頃の事を思い出し、その頃の気持ちに促されるまま、全員の意見が一致していた。
「私はやります」
 私は、見えない力に引っ張られるように一歩前に出る。
「ほう、ターニャ。良い心がけだ」
 と、ボーマンダがうなずいた。
「う、うぅ……私も、やります」
 シャンデラが名乗り出る。仲間外れになるのが嫌なのか、本当に感化されたのか、全員意見が一致した。誰も断る者はいなかった。全員が、この日よりスウィング様の配下となり、役目につくこととなったのである。

 スウィング様の住処は、グレッシャーパレスという氷の宮殿であった。どう見ても寒そうな極寒の地であるが、しかし毛皮のコートを宛がわれたら、それだけでさあむくなくなるような控えめの寒さである。そこで私達はあ温かい食事を振る舞われた。以前からメンバーに入っていた者達は、私達の辛い経験を聞いてくれて、自分たちの傷口もさらけ出し、同情してくれた。
 何をすればいいのか、右も左もわからない私達に、優しく仕事を教えてくれた。温かい毎日であった。敵の事も教えられた。敵は、スウィング様が胎内に取り込んだというレシラムのウェフト様、ゼクロムのウォープ様によって生み出された命の声と呼ばれるサザンドラの姿をした存在。
 奴は何度倒しても復活するが、しかし一時しのぎは出来るので、なんとか邪魔をするのが私たちの仕事である。命の声はレシラムとゼクロムとつながり、そしてその2柱の神とスウィング様もつながっているため、かすかではあるが場所は分かると。そのため、ボーマンダとともに、移動した命の声を追いかけては、その近くで人間界へ働き掛けるサザンドラを妨害するしかない。精神は向こう側の世界へ消えていても、体がなければこの世界の『声』の力が満足に受取れず、なかなか人間に力を働かせることはできない。
 本来ならば、人間世界の数百人を同時に『ダンジョンの世界』。つまり人間の世界とこの世界のはざまにある場所へと連れ込むことも出来るのだが、それを何度も妨害したおかげで、奴は人材を集めるのに苦労しっぱなしであるそうだ。しかし、体を手に入れてしまうと声の力を受け取り放題なので、なんとしてでも止めなければならない。そんなイタチごっこの毎日である。
 他にも、このグレッシャーパレスに安置してある氷触体にたどり着くものがいないよう、ダンジョン研究家と呼ばれる物達から研究成果を奪ったり、人知れず始末したりもした。そのたびに、スウィング様に褒められ、私は嬉しかった。そんなある日の事だ。ダンジョニストが、私達の宮殿に踏み入ってきたという情報が耳に入る。ダンジョンを一人で、しかもたいして疲れた様子もなく越えてきた者だけに一人で相手をするのも危険であるからと、フリージオが伝えてくれた種族を聞いて驚いた。
 いや、正確には種族は答えられなかった。何分珍しい種族なので分からなかったそうだ。だが、その特徴は、へたくそな絵だけでもよくわかる。湾曲した角、真紅の立派なタテガミ、鼻先の小さなつの、青い尻尾。まぎれもなくそれはケルディオであり、希少種であることを考えればかつて領から追放されたレイク様である可能性は極めて高かった。
「レイク様……」
 高鳴る期待を抑えきれずに、複数の仲間たちで向かうと、相手のケルディオは驚いている。
「……なぜ、僕の名前を知っているの?」
 あぁ、やっぱり。レイク様だった。喜びが込み上げて、涙すら浮かんできた7.
「ぞ、存じ上げぬのも無理はありません、。私は、リア様の領にてレイク様が健在の時に遊牧にて生計を立てていた、ターシャと申すものです。一方的にあなたを知っているのも、ひとえにあなたの統治が素晴らしかったため」
「お、同じく……ゲノウェア山に住んでいたドクロッグだロッグ」
「え、え……ちょっと待って、君達……本当に、生き残り!?」
 ケルディオのレイク様は、驚き半分、嬉しさ半分で私達を見る。
「えぇ……人里離れた場所でひっそりと暮らしていたところに、この宮殿の主に拾われまして……積もる話も、本当に……色々と……」
 彼が生きていた。こんなにうれしい事があろうものか。二度と会えないと思っていたレイク様の顔を見て、私は涙が零れ落ちた。
「……ごめん。そんなに、泣いてしまうなんて。こんなところに移り住んでいるってことは、やっぱり……故郷にはいられなくなったんだね。君たちの噂、悲しい噂も悪いうわさも聞いた……民間人を虐殺して回ったとも聞いたけれど、それは真実かい?」
「はい……申し訳ありませんが」
「いや、いいんだ。決して許されることではないけれども、僕たちの弱さが招いたことが発端だ……僕に責める権利はないし、それに……結果的には諸悪の根源も断たれた。その後の消息も不明だと聞いて、心配していたけれど……君たちが生きていてくれて、僕は嬉しい……君たちが許してくれるなら、今からでも領に戻って統治をやり直したいとすら思うよ」
「何をおっしゃいますか、レイク様」
 ドリュウズの一人が、励ますように声を張り上げる。
「そうでゴワス! 貴方は私達の希望でゴワス!」
 ギガイアスの一人が続いてそう言った。
「俺達にとってもだ」
 ドリュウズが再びそう言った。
「……皆。ありがとう」
 レイク様もまた、嬉しくて涙ぐみそうになっている。嬉しいという気持ちは皆同じようである。
「しかし、今となっては、レイク様も自らの領にお戻りするよりも、もっと有益に人の役に立つ方法がございます。不躾ではありますが……もしよければ、我らが主とお話をしていただきたいのですが」
 私は、レイク様も勧誘すべきであると確信した。これほど人の良いレイク様なら、きっと私達の目的にも共感してくれるはずだ。
「へぇ、なんだいそれは? ……そんなことより、僕としてはいろいろお話をしたいんだけれどな」
 明るい顔でレイク様は言う。
「お話は、今から歩きながらでもしましょう。ダンジョンを通らずとも行ける裏道を用意してありますので」
「お、それは助かる……そっか、前人未到の地じゃないのは残念だけれど……宝物が見つかって、ラッキーだったな」
「それは……我々が宝物という事であれば、光栄です」
「決まってるさ。領民は宝だよ。かけがえのない宝だ……今は別行動をしているリアから教えてもらい、今では心で理解している」
「そうだ、リア様は……今どうなされているのですか?」
 こんな調子で、私達は昔話をする。領を追放された後、レイク様とリア様2人はしばらく茫然自失としていたらしい。しかしながら、このままではいけないと一念発起し、ダンジョニストとして生計を立てながら、小さな人助けをしつつ流浪の旅に出ていたらしい。その間、遠く離れた外国にも足を延ばしていたためか、私たちの噂を知ることもなく、こちらに戻ってきたのは私達が風穴の丘に戻ってきてからの事だったという。
 そして、すでにハイロ卿やその息がかかった者達が失脚していることも知っていたそうなのだが、既に別の者が領を統治していたという事もあって帰りづらいと思いながら日々を過ごしていたそうだ。こんなに歓迎されるなら、早い所帰っておけばよかったよと、恥ずかしそうに、そしてわずかに公開の見える口調と表情でレイク様は言う。
 そして、歩いている間に私達が今していることを話した。世界を滅ぼすために、いろんな活動をしているという事。レイク様は何度か口を挟もうとするのを堪えて、相槌だけ打って私達の言葉を黙って聞いている。
「レイク様には、私達も苦労を掛けましたが……もう、その苦労もする必要はないんです。最期の時を、私達と共に過ごしましょう」
 笑顔で誘い掛ける。レイク様の様に聡明な方であれば、この提案を受け入れてくれるはず。
「僕はね、いろんなところを旅してきて……辛いことも、楽しいこともいっぱい見てきた」
 しかし、レイク様は私の誘いに答えるでもなく、突然自分のことを話し始める。
「確かに、辛い事、理不尽なことはたくさんあるし、君達の事については、本当に心が痛くなるくらいに辛い……けれど。素晴らしいことだってたくさんあった。だから、なんていうのかな……僕が特別幸せだっただけかもしれないし、本当に汚い部分を見ていないだけかもしれないけれど、僕は嫌だな。世界が、滅びるなんてさ……
 辛いことを、辛かったことを忘れよう……とは言わない。抱えなければいけない僕の罪だし、君達にとっては今もまだ苦しみの原因になっていることなのかもしれない。でもさ、楽しい事を思い出したって、いいだろ? 君達にも楽しい思いではあったはずだろ?」
「ありましたよ……でも……私達は、何も悪い事をしていないのに、虐げられた。私達も、復讐のために無関係な人を巻き込んだ。それが許せないんです……自分自身も、許せないんです。でも、この方法なら、私達も罪を償えます。私達、悪い事をしたから……償いたいんです」
「それは! 償っていることにならない。過去に起こした罪から目を背けているだけだ。本当に償いたいと思うのなら……まずは、人助けから始めなきゃ。僕達みたいに、生活するための基盤を作ってあげるとか、そういう事でもいいし、戦う力が必要ならそれもいい。君達は強いんだから、何かしら役にだって立つはずだし……なんというかその、あれだよ。
 世界が滅びる事の手助けって、そんなの諦めじゃないか。僕も一緒に頑張る。手伝うでもいいし、指揮を執るでもいい……他の、有意義なことをしようよ」
「なぜ、ですか……」
 あんなに、辛い目に遭ったのにそれを否定された。私達は、そりゃ確かに楽しいこともあったけれど、それを打ち消して余りあるだけの不幸があったんだ。きっと、私達みたいな人はまだまだいる。戦争で虐げられたり、奴隷として労働に従事させられたり。うわさでしか聞いたことのないようなものだっているけれど、不幸で……満ち溢れているんだ。
「君達にあえて、僕が幸せだったからだよ。あとで、リアと会える……その時はきっと、もっと幸せになれる。そうだろ? でも……君たちがもしも、氷触体を守る作業を続けるというのなら……リアと再会は出来ないかもしれないし、再会してもその結果が不幸な結果になるかもしれない……
 そもそも君達は、僕たちに遭えて幸せじゃなかったの? さっきの嬉しそうな反応が演技じゃないなら……僕は、もっと嬉しい事なんていくらでもあると思う。もっと、嬉しいと感じて生きていくべきだと思う。辛いことがあっても、その先の幸せまで捨ててしまうのかい?」
 ブニャットのエイダだって、そうだって言っていた。命の声に挑んで返り討ちにあって死んでしまったメンバーたちだって、そういう辛い過去を持っていた人はいくらでもいる。
「そんなの、違う」
「そうだロッグ、違うロッグ……」
 私が首を振ると、ドクロッグのクレスもまた一緒になって反論する。
「自分の罪から目を背けちゃいけないって……僕は、君達が罪を償うっていうならば、命を掛けて手伝うよ。けれど……そんなやり方で、罪から目をそらすどころか……さらに罪を重ねるだなんて……僕には耐えられない。いや、ごめん……僕も、顔を合わせづらいなんて理由で、故郷に帰えって罪を償おうともせず放浪していたね。その点では人のことを言えないかもしれない。
 けれど、やっぱりそれとこれは別。別のお話だ。君たちが、死んでいなかったのは嬉しいし、幸せそうにしているのも喜ばしい事だ……」
 言いながら、レイク様は静かに首を振った。
「でも、死ぬために生きるのは、何か違う。世界を滅ぼすことが正しい事だなんて、思いたくない……確かにさ。この世界で、生きる事だけがすべてじゃない。死を選ぶことも時にはあるだろうし、それを頭ごなしに否定するべきじゃないと思っている。けれど、それを強制するのは違う。感情がなくなるなんて、死ぬことと同じだ……だったら、それを強要しちゃいけないと思うんだ。不幸で、どうしようもなく不幸で、死にたがっている人ならばそれはありかもしれない」
「違う!!」
 私は声を張り上げる。レイク様はびくりと体を震わせて、驚いた顔で私達を見た。
「そうだよ、この世界には確かに幸せなひと時がある。幸せな人がいる! でも、そうじゃない人だってたくさんいるんだ! 私達はそうだった。巻き込まれたし、巻き込んだ! そうやって、不幸も連鎖していくんだ!」
「連鎖するのは、幸福もだよ!」
 私に負けない声でレイク様が吠える。
「リア様の親が、良い政治をした。リア様がそれを受け継いだ。僕もそれに倣った……そうして、幸せになったじゃないか」
 レイク様の言葉を、私は否定した。
「それも壊される。壊された、壊した……そうやって、不幸を嘆くくらいなら。最初っから感情なんてものはないほうがいいんだ。だから! 世界は救われるべきなんだ! それが滅びだっていうんなら、もうそれでいい!! 私達の邪魔をしないで!!」
 金切声を張り上げて、私はレイク様に詰め寄る。
「お前をレイク様だなんて認めない!」
 と、レイク様の顔に平手打ちを喰らわせる。レイク様は微動だにせずにそれを受け止めると、悲しそうな眼をしてこちらをじっと見つめた。
「君たちがそうなってしまったのも、僕たちの責任だ。満足するまで……気が済むまでそうして欲しい」
 レイク様の瞳に涙が浮かんでいる。痛み生じた涙ではないだろう、それはきっと私達の身を案じての……。
「違う、違う、違う、違う……違う!!」
 レイク様の顔をはたきながら自分の身を案じているだけだ、自分がいま幸せだから、助かりたいから! だから、死にたい人の邪魔をしているだけだ。私達の、敵だ。
「あの、レイク様」
 体が震える、吐き気がする、心臓が高鳴る。けれども、やらなきゃ……。
「なんだい?」
「私の目を、見てください」
「うん、いいよ」
 私の提案に、レイク様は無警戒で乗ってくれる。まさか、レイク様に手を掛けることになるなんて思いもしなかった。けれど、やらなきゃ……。私は、見つめたレイク様の目に、強烈な催眠波を放つ。放った対象を確実に眠らせる、魔性の眼光。あくびである。
 放たれたそれが、明らかに敵意を伴ったものだと気付いたようで、レイク様はすぐさま私から離れ、距離をとろうとするが、私はそれを許さない。
「レイク様……私達の主に会ってください!」
「ダメだよターニャ……こんなことしちゃ……」
 眠気が襲ってきているのだろう、まぶたをひくつかせながらレイク様がこちらを睨む。カゴの実でも持ってきているのだろうか、バッグの中身を探ろうとしているが、それくらいなら私の念力で押さえつけられる。もしも、レイク様が二足歩行であったならばそれも出来なかったであろうが……。
 結局、レイク様はバッグの中身を使うことなく、眠ってしまった。
「皆……レイク様を縛ろう」
 とんでもないことをしてしまったと思いながら、これでよかったのかと悩みながら、私は静かに部下へ命令を下す。激しく舞い上がった反動で深く沈んだ心だけが私の中にあった。


 心を閉ざしている者の心の内は分からない。だから、縛られたままスウィング様の言葉にうなずくレイク様の心は推し量れなかった。どうも、レイク様は少ししか生きていない私達の言葉ではなく、数千年生きているスウィング様の言葉ならば信用できるらしい。グレッシャーパレスの中にあるスウィング様の私室にて体験談を聞いているうちに、徐々に氷触体を守る事への意義を理解したようである。
 そして、だんだんと肯定的な発言が多くなるレイク様の言葉にスウィング様はほとんど彼を信用していないように思える。しかし、スウィング様は『協力しよう!』と断言したレイク様の解放を命じた。
 丈夫な縄による戒めを解かれたレイク様は、体に痺れが残っていないことを確認するように四肢を動かすと、改めて挨拶をしようと、スウィング様の前で深々と首を垂れる。
「……先ほど、ターシャたちにも無礼を働いたこと。そして、話始めの数々の暴言を、どうかお許しください」
「構わぬ。誰だって、幸福に生きるうちに死にたいなどとは思わないはず。むしろ、幸せに生きながら、よくぞこの計画に協力を約束してくれたものだと、感心するくらいだ。頭を上げてくれ」
「お褒めに預かり光栄です」
 満足げにうなずくスウィング様の言葉に、レイク様は眼光を鋭く光らせながら跳んだ。跳躍一つ、礫のように全身が跳ね上がり、鼻先から伸びた聖なる角がまっすぐにスウィング様の喉元へと向かう。殺される――そう思うと声が出なかったがしかし、スウィング様は身じろぎせずにそれを受け止めた。まるで、先ほど私の攻撃を受け止めたレイク様の様に。
「な、なんで……僕の本の攻撃が、薄皮一枚しか傷ついていないんだ……」
 わずかに血が滴っただけのスウィング様を見て、着地したレイク様は思わず後ずさった。その目には怯えが、はっきりと読み取れる。
「お前は、先ほどターニャの平手打ちを黙って受け止めた。その行動に敬意を表し、この攻撃を甘んじて受けよう……だが! あくまで氷触体を守ることを拒否するというのであれば、仕方がない。この私が直々に力の差を示し、お前を叩きのめしてくれよう」
 腰が引け、震える足で後ずさりをしながらも、レイク様はスウィング様を睨みつける。
「……なんでお前は。もっといい方法をとろうとしないんだ」
「何度も、手を加え続けた結果が今の世の中だ。いい方法など、とうにやりつくしている。あるいは、お前のようなものだけを残して、その他の者を皆殺しにすれば世界は平和なのかもしれぬが、それをスルにはこの世界はあまりに広すぎえう」
「違う! 人は変われるんだ! お前は、お前が語ってくれたことは、すべてただの自己満足じゃないか! 一時しのぎじゃないか! そうじゃなくって、人が変われるようにするにはどうすればいいのかを考えるべきだろう! 僕は、そうされて今の僕になれた! 僕はそうやって、自分の領を導いたつもりだった! なのにお前は……それが神のやる事か! お前がやったことは道端の蟻の巣に、虫の死骸を運んだだけだ。蟻の幸福を求めるのなら、蟻の体そのものを作り替えるか、蟻が食べられる草を植えるでもしなければ、お前が永遠に虫の死骸を集め続けるしかないじゃないか!?
 僕はろくでなしだった、父親と同じで、一歩間違えばターニャ達を虐げていた。でも、人を助け、自立させることで、領を変えられると思ったし、徐々に変える事は出来た。だから……人は変われる。殺さなければ、変われる! 変わった者が、まだ変わっていない者を変えていけば、そのうち世界だって救える。世界を滅ぼすことは……そのチャンスすら奪ってしまう事なんだ」
「あぁ、その通りだ。だが、『感情を消す』という事は、そのチャンスを潰してしまう損を補って余りある救いが訪れるのだ。滅びを、救いと捕らえられる者を……お前はこれまでの旅で一度も見ていなかったのか? 死にたがっているくらいに、絶望の深いものを見たことはないのか?」
「見たさ。それを……僕は何度だって救ってきたんだ!! 人助けなら数えきれないくらいしてきたんだ!」
 スウィング様の言葉に、レイク様は意を決して、今度は足を切り刻まんと低く構えるも、スウィング様は小さく跳躍し、軽くそれを踏みつぶした。
「そうだな、だが救い続けるのに、お前の数があまりにも足りな過ぎるのだ」
 それだけで、普通のポケモンならば動けなくなってしまうような衝撃を喰らったはず。しかし、レイク様はそれでも訴え続けた。
「僕が救うだけじゃないんだ……僕が救った人に、他の人を救えるようになってもらうんだ……その人にも、また他の人を救ってもらえばいい……そうすれば……きっと……」
「その連鎖が続いているのならば、この世界はとっくに楽園となっている。お前の言葉は所詮、ただの理想論だ」
 スウィング様が一度足をどける。
「我等へ噛みつくことが無駄だとわかったならば、早々にここを立ち去るがいい」
「……嫌だ。僕は、ムンナ達を説得する。世界を滅ぼすよりも、素晴らしい事があるって……理解させる」
 すでに、足もおぼつかない状態でありながらレイク様は立ち上がる。
「立派な心がけだが――」
 と思うと、スウィング様が大きな翼でレイク様の足を払い、さらにその顔を足蹴にする。ようやくレイク様は動かなくなった。
「魚は、水中でおぼれているのではない。陸上の生物は、陸に打ち上げられて跳ねているわけでもない。水中に生きる者に、お前のいう『救い』はありえないのだ。そして、この世界は……陸に打ち上げられて跳ねる事しかできない魚たちばかりなのだ。氷触体が行う感情をなくすという事は、陸に打ち上げられた魚を、水に戻す尊い行為なのだ」
 その言葉に、一切の反応を示さないレイク様を見て、スウィング様は静かに首を振る。
「そいつを牢獄へと連れて行け」
 そう言って、スウィング様がため息をついた。涙にぬれた顔で気絶しているレイク様を見て、私はまた死にたくなった。






コメント 

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  • ティーダがいかにキュレムは論破をするか今から楽しみで仕方がありませんwww
    ―― 2013-11-06 (水) 15:17:46

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Last-modified: 2013-11-24 (日) 05:56:00
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