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マグナゲート短編、第15:もう一人のニンゲン

/マグナゲート短編、第15:もう一人のニンゲン

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作者:リング


 意識が戻った私は空中に居て、私は空から街の近くへと落とされた。クッションになるようなものは何もなく、叩き付けられた体が痛んでなかなか動けない。落とされたことや、自分が今までと違ってダンジョンではない場所に行かされたことに驚きながらも、ともかく状況を把握しないことにはどうしようもないと、私は空から見えた街を目指そうとしたがその前に私の前に降り立つ影があった。
「なぁ、お嬢ちゃん。大丈夫か?」
 自分もお坊ちゃんな見た目のくせして、ぬけぬけとそう言ったのは、のちにパートナーとなるワシボンのアレクであった。彼は、何も知らない私にこの世界の案内を買って出てくれた。あとになって『正体がニンゲンだなんて、その時はでたらめなことを言っていると思ってた』と告白されたが、そういう風に思っていながらも、きちんと私の相手をしてくれた、優しい彼だった。
 街で生活してからしばらくたったある日、この街を守る兵隊たちが、街の人をいじめていた時、叩きのめしてやろうとした私を、『危ないから』と言って全力で制止したり。それを振り切って戦いを挑んだら、『仕方ないなぁ』と戦うのを手伝ってくれたりと、やるときはやってくれるだけの無鉄砲さと思い切りのよさも兼ね備えている。
 そのうち、食糧を得るために2人揃ってダンジョンへと出かけ、余った食料は街の住人に分け与え、そうして食料をもらいに来る人の中でも、比較的体が大きい子には仕事を手伝わせたりもした。
 街の住人に大したわけもなく暴力を振るっていた兵隊たちは、私達が何度も叩きのめしていたのが気に障ったのか、逆に私達が囲まれたりもしたが、そんな時でも私達は何度も切り抜けてきた。
 なに、弱い者いじめしかできないような奴らなんて、手加減せずに攻撃すればそれだけで恐れをなす。全員を相手にしたら命はないけれど、1人の足を切り裂き、歩けなくしてやればそこから先は、相手が恐怖で腰が引けているので一方的なものだった。そうこうしているうちに町全体を巻き込むような大事になってしまったけれど、兵隊たちの上司であるカバルドンの副長は比較的まともな人格で、『善良な一般市民であるこの者達に手を出した兵士は公開処刑する』と、私達を守るために勇ましく言い放ったりもした。
 時が経つにつれ、私達と同じくダンジョンで働く者、ダンジョニストも増えた。兵隊たちの中では最も仲が良くなった副長も、『兵隊の訓練のためにダンジョンでも行かせるか?』 なんて思いつきをし、それを実行したりもした。私のせいで犯罪がやりにくくなったり、偉ぶって肩ひじ張りながら歩く事が出来なくなった兵隊たちは、私の事を良く思っていないようだったけれど、街は全体的に私を受け入れてくれた。
 このまま、ここに来た理由すら考えることなく、人助けでもしながらのんびりと暮らしていければいいと思っていた。

 ◇

 メロエッタのルーヴィーが別の街へと渡る前に、アメヒメも宿場町へと帰ってきた。アメヒメは、メロエッタの事を伝えると絶対に伝えておきたい歌があるからと、俺達が出会った日、二人で最初に越えたダンジョンで歌っていたあの曲をメロエッタの前で披露した
――歩いたことのない道を抜けて 知らない場所へ行こうよ 一歩一歩 歩いていくなら きっと胸を高鳴らせてくれる
 今度は友達でも連れて 案内を買って出ようか? 見慣れたる道も 大切な人と 一緒なら違って見える
 鳥は歌い 木々は騒ぎ 風が吹いて 気持ちのいい朝日 となり歩く 君の顔が 楽しそうで 本当何より だよね。 行こう
 青い空に蓋するような 真っ白な雲の上に立って 町を見下ろし どこへ行こうか? 考えるだけで楽しそうでワクワクするね

 これは、アメヒメがデコボコ山を越えるときに歌ってくれた歌。その歌を文字に書き起こして、メロエッタへと差し出すと、彼はこんな歌もあるのだなと嬉しそうに笑っている。旅立ちの日、この世界に来たばかりで右も左もわからない俺の手を強引に引っ張ってくれたアメヒメが教えてくれた歌は、冒険の始まりにふさわしい、今にも歩き出したくなるような歌であった。デコボコ山の頂上から見下ろした宿場町は、心配なんて吹き飛んでしまうくらい、まさにわくわくしたものだ。見知らぬ土地でたった一人。
 当然不安もあったけれど、アメヒメの歌声はその不安を掻き消してくれるような明るく弾む歌声だったのを今でも覚えている。今はいろいろ大事になってしまったが、アメヒメの初対面の印象はあれのおかげでよくなったと言っても過言ではない。

「懐かしいね……出会ったあの日は、歌を歌いながらデコボコ山を駆け抜けたっけ」
 メロエッタにその歌を伝え終えた俺達は、彼に教えてもらったアイカの居場所を目指しての旅路の真っ最中である。
「あぁ。お前が遠い地方から持ってきてくれたあの歌、メロエッタが保存してくれるのかな?」
「してくれるんだろうね……小さい頃、本当に誰が教えてくれたかもわからない歌だったけれど……それが楽譜として永遠に残るのかぁ。これでまた、長く生きたい理由が出来たね」
「あぁ、そうだな……もうすぐ世界が滅びるのだとしたら、意味のない仕事だもんな」
 そうとも、こういう歴史があるから俺達は生きなければならない。

 俺は、子供たちが家に帰って暇な時間に、メロエッタからいろんな話を聞いた。彼は案の定キュレムのスウィングや、レシラムのウェフト、ゼクロムのウォープに関する伝説を謳った歌をいくつも知っていた。それを見る限り……そして、アメヒメから聞かせてもらったウォープ様の言動を見る限りで、少しだけわかることがあった。
 ゼクロムとレシラムは、あくまで手伝うだけで主体性を持たず、それゆえ神話には強い意志を持った者にしか仕えない。神が仕えてくれるというのは何とも変な気分だが、あの二種はそういう種族らしいのだ。
 しかし、キュレム……奴の場合かつてはかなり積極的だったらしい。虐げられている者を助け、圧政を強いるものを滅ぼしていた。そうして、飢えた者に食糧を分け合たえたりもしていた。なるほど、なんとなく素晴らしい行為に思えるが、キュレムがどれだけ傲慢かわかるというものだ。俺に言わせれば、神は自分から助けてはいけない。たとえ助けを求められたとしても、自分で何もかもやってはいけないと思っている。わずかに、手を貸すくらいならばそれもありだろう。実際アメヒメも、ウォープ様には手を貸してやると、そう言われたのだから。けれど、キュレムのように勝手に自主的に助けて、それで満足というのは性質が悪い。
 人間の時に聞いた言葉で『飢えている者には魚を与えるのではく、魚の取り方を教えてやるべきだ』という言葉がある。魚を与えても、飢えた者は一日でそれを消費してしまうが、魚の取り方をおぼえさせれば、その者は一生食べていく事が出来る。もちろん、今にも飢え死にしそうなのであれば、魚を与えてあげることも重要だろうが。
 キュレムはそうではない。悪人を殺せばそれで終わり。政治の仕方や国のまとめ方を教えるでもなく、身の守り方を教えるでもなく。それでは、一時的に平和が訪れても、平和は怠惰に、怠惰は混沌に。そうして、また権力が弱者を虐げる時代がやってくるのである。それを思えば、命の声、クロースのやったことは素晴らしい。
 どうにも彼女は(アメヒメは命の声の事を男だと言い張っているが)、ビリジオンの父親にも語りかけたことがあるらしい。ビリジオンは、ムンナたちの事を詳しく話した時に言っていたが、夢の中で何度もクロースに喰らい殺されたそうだ。夢の中とはいえとても乱暴だが、今はもう亡きリアの父親が領の状況を劇的に変えたのも、クロースのおかげだといえるだろう。
 悪夢を見て、その状況を改善するために量を良くしようと奮起したそうなのだから。
 だが、キュレムのやることはどこまでも一時しのぎでしかない。神様が聞いてあきれる。キュレムは、脅すところまでは確かに命の声と同じなのかもしれない。現実に被害が出ている時点で同じというのは厳しいかもしれないが、ともかく脅すところまでは良しとしよう。だが、そこから先、何もないのだ。命の声は、脅した後に導いてあげている。飢えている人は『食糧が欲しい』のではなく『食糧を安定して得られる環境が欲しい』のだから、まずはそれを周知の事実にしていかないといけないのだ。
 そして、『食糧を安定して得られる』状況を作ってあげないといけないのだ。

 それをきちんと実践するビリジオンのほうが神様にふさわしいくらいだと、俺は思う。彼女は、まさしく魚の取り方を教えている。魚を与えはするものの、それ以上に自分で魚を捕れるように教えた方が有益だと考えて、ダンジョニストを何人も育てたのだ。
 そうして育て上げた領は、現在ケルディオの実家にめちゃくちゃにされたと言っていたのが何ともかわいそうだが。だが、彼女はその時の遊牧民族や見張り役のシャンデラがいまだ生き残っているなら、『私がなんとしてでもその汚点を清算しなければならない。赦して、救ってあげなければならない』と、奮起している。
 その決意を聞いて、俺としてはビリジオンは頼もしい女性であると、心底感心できたものだ。初対面の頃のビリジオンとは似ても似つかない精神を持っているわけだ。とはいえ……よく考えればそんなビリジオンも、何回も落ち込んだり悲しんだりはしているわけだから、無敵ではない。支えてくれる者達がいたからこそ、今の彼女がいたのだろう。
 逆に、おそらくキュレムには信頼できる仲間がいなかったのだろう。周りにはイエスマンしかいなかったのだろう。きちんと反論する事が出来るレシラムやゼクロムをそばに置けばまた違っただろうに、そうしないのが悪かったのだろうか。それどころか命の声曰く、ゼクロムとレシラムはすでにキュレムが捕らえてしまったという事だから、レシゼクの事を『子供は子供。奴らの意見などあてにならない』と侮っていたのかもしれない。
 その子供の意見を聞けない当たり、キュレムが無能だと言うことがよくわかる。
 ともかく、キュレムが頼りないせいで、氷触体はより成長速度を増してしまったというわけだ。積極的に世界に害を振りまいているわけではないものの、キュレムが世界に与える害が深刻だ。
 
 ともかく、そんなキュレムに立ち向かうためのメンバーは1人でも多いほうがいい。アイカは、体こそ俺達と相違ないポケモンの体を与えられていたが、心は子供だったためか戦いのセンスは目覚ましいスピードで向上していった子だ。同じ体でセンスが別物、となればその強さはかなりのもので。こちらの世界にたどり着いてからも、おそらくそのセンスは衰えることなく、肉体の強さとともに成長し続けているはず。
 キバゴなら俺と弱点も補い合えるし、いいことづくめだ。出来る事なら、アメヒメだけでなくエモンガやノコッチなど他のメンバーもつれてスカウトに行きたかったが、あまりぞろぞろと連れて行っても迷惑だろう。今回はアメヒメと2人だけだ。道中でキュレムが来たら、その時は身を隠してやりすご……せるのかな? 命の声の気配を感じて俺を襲撃したのならともかく、人間の気配を感じられるのであれば対処の仕様がない。
 ともかく、やるだけやらなければ死んでも死にきれないことだし、頑張らないと。


 2日かけてたどり着いたその場所は、なかなか大きな町であった。赤土の大地と呼ばれるダンジョンの近く。乾燥しており、草はほとんど生えずに土がのぞいている荒れ果てた土地ではあるが、幻想の砂丘という場所を超えて西に半日ほど歩けば国境もあり、そのため国土防衛の拠点、補給の中継地点としてもつかわれている。兵隊らしい屈強そうな人物が多く見えるが、見せかけの筋肉よりも、実戦経験の多いダンジョニストの方が戦争でははるかに役立つと、ビリジオンは言っていたのを思い出す。見せかけの筋肉じゃなければいいのだが。
 ともかく、ここの立地は土獏と沙漠、そして岩山に囲まれているだけあって、食糧はほとんど輸入頼りとなってしまうのが現状だ。そのため、この街は国境を守る衛兵相手への商売はそれなりに潤っているものの、それだけでは住民を保つは難しいようだ。いたるところに捨てられた子供達やホームレスと思しき失業者が溢れている。物乞いもされたが、キリがないので無視しておいた。
 そんな、物乞いをするような人間とは不釣り合いに立派な建物が立っているが、あまり人が住んでいる気配と言うか匂いは感じない。それに、ゴミも少ないような……あまり生活感がない?
 どうにも、街を守る城壁などの建物を建てるために仕事を募って、その時はダゲキナゲキ陛下あたりからの援助があったので潤っていたのだろう。しかし、防衛のための建築物が一通りそろってからというもの、援助もそれなりの金額となって、建築作業に従事していた者達が失業したのだろうか。旅人相手の宿も酒場も、供給過多であまりもうかってはいないようである。
 近くにある石の洞窟と言うダンジョンでは、俺達もいろいろ苦労させられたターコイズが採掘できるが、そのターコイズも表層のものはほぼすべて撮り尽くされており、ダンジョンの奥まで侵入しなければ手に入ることはないし、ダンジョンにはそうホイホイとは入れるわけもない。こうして産業もほとんどないこの街では、失業者が多い状況になっているのだが……メロエッタが来てくれた証なのか。ぼそぼそと小さい声だがメロエッタが歌っていた曲を口ずさむ者もいるようだ。あまり楽しそうな感じではないが、それでも少しでいいから元気になろうとしている意思が伺える。
 その曲目は七色アーチがメインのようで、歌いやすくポジティブな歌詞であることも相まって、人気のようである。やっぱり人間の世界の曲じゃないか……それなら……どこかにアイカがいるはずだ。
「なぁ、失礼。この街に、アイカって女の子はいないか?」
 当てもなく探すのも面倒なのでそう尋ねてみると、まず1人目は知らないと言って無視をする。2人目は、なんというか動揺した様子で知らないと言った。そして3人目尋ねられたワルビアルの男性は顔色を変えていた。
「あ、アイカ様は……この街の外から来た人には会わないって……あ」
 目をそらしながら、ばつが悪そうにワルビアルは言う。そして、漏らしてはいけないことを漏らしてしまう。こんな奴が3人目で釣れるとはもうけものだが……なるほど……そういう事か。
「しかし、メロエッタが来たときは会っていたそうだが……」
「そ、それは身分がしっかりした人だったからで……貴方みたいに見ず知らずに人には、教えられないです」
「アイカちゃんは……誰かに、何かされたのか?」
「ノーコメントです……」
「なら、分かった。伝言だけ頼みたい。ティーダって名前のミジュマルから『ホウオウと戦って以来だな。元気にしていたか?』って聞いてくれ。もし俺となら会うと言ってくれたなら……アメヒメ、宿はどうする?」
「うーん……この街は宿らしきものってあるのかな?」
 勝手に話を進めているとワルビアルは何かを言いたそうにこっちを見つめている。
「あの、すみません。もしかして貴方は……アイカさんと一緒にこの世界に訪れた、人間なのですか? なんか、アイカさんからそんな話を大真面目にされて……」
「そうだけれど……」
「で、では……一つ、質問に答えていただけますか? ホウオウを倒した時の、アイカさんの種族は……」
「エンブオーだよ。アイカちゃんは。そういう確認をするってことは……一応安全策は取っているわけなんだね」
 俺の言葉に、ワルビアルは少し考えた後、うなずいた。
「正解です。えと、先ほどは失礼しました……案内します。今日はアイカさんも仕事が終わって休みの日なので……おそらく、居るかと」
「よかった。いきなり押しかけてる師だったらたまらないもんな」
 ふぅ、と俺は胸をなでおろす。
「いろいろ事情も知っておられるようですが、もしかして貴方もまた……キュレムとかいうポケモンに襲われたのでしょうか?」
「あぁ、まぁ……そういう事だ」
 俺があいまいに肯定すると、ワルビアルは『こっちです』と言って、俺を案内する。
「ねぇ、ティーダ。さっきの話って何なの?」
「俺がこの世界に来る前に、同じ人間同士で体験した出来事のお話だ。まだ、アメヒメにも話していないことだけれど……まぁ、知る必要もないだろう。集める人間を選別するために、いろんな敵と戦わせられたんだ」
 ……そういえば、その時に戦ったどんな敵よりも、キュレムは強い気がするな。進化していないからかな?
「ちょっと気になるけれど……まぁ、いいか」
 アイカを案内するワルビアルは、どんどん路地裏を進んでいった。大通りから少し外れると、視界も悪く入り組んだ場所路地へと迷い込む。案内がなければ、屋根の上を跳んで帰るしかないんじゃないかと思えてしまう。日干し煉瓦で作られたのであろう建物が乱立し、その建物も、隙間風が入り放題なんて生易しいものではない開放感があり、防犯や防虫に関しては非常に頼りない。まぁ、ばれないかどうかは別にしても泥棒はやりたい放題だし、壁を壊さなくともそれが出来る家はいくらでもある。
 そんな家にはもちろん、盗みたいと思えるものもないのだろうが、女だったらどこかの男に襲われやしないかとひやひやものだ。まぁ、そこは男でも……というのは今は置いといて。

「アイカちゃんは、こんな落ちぶれた場所で生活しているのか?」
「いえ、そうではありません……確かにここら辺は落ちぶれた場所ですが、アイカ様はここに暮らしている方に、親切にしていただいているもので……」
「どんな?」
「ダンジョニストとして、私達に食糧を与えてくれました。ですが、ただでくれたのは最初の一回だけで、以降は汚れていたこの場所を綺麗に掃除したら、とか。私と一緒にダンジョンへついて来れば……とか。そんな風に条件を付けて、私達に食糧を与えるようになったんです」
「ふぅん。つまり、アイカちゃんはダンジョニストを増やすためにいっぱい努力したっていう訳だな」
「えぇ……アイカ様は、ダンジョンに連れて行ったものに対して『見ているだけでいい』と指示を下されたのですが、そのうち次第に自分でも攻撃するようになり、自分で自分の身を守れるようになったりと、徐々に成長して……アイカ様とともに、貧困に喘ぐ者達へ、食糧を分け与えております」
「そうか……ゴミが少ないのはそのせいもあったのか」
「しかし、まだまだ街の子達を全員カバーするのは難しく、おこぼれに預けれていない者も数多くいまして……」
「町の入口で物乞いをしているのは……?」
「この街に寄って来た行商人などを相手にするために、入り口近くに行っているのです」
 俺の質問に、ワルビルはそう答える。
「ふむ……なるほど。なぁ、アメヒメ……なんていうかさ、これってビリジオンと同じことをやっていないか?」
 まださわりだけしか聞いていないものの、砂漠から宿場町に戻るまでの間、ビリジオンの背中の上で聞いた話と似通った話である。要は、アイカちゃんは……ビリジオンと似たようなことをやったってわけか。きちんとダンジョニストを育成しようとしているあたり、キュレムよりも賢いんじゃないだろうか。
「あー……確かに。ってことは、アイカって子は結構考えているんだね」
「考えておられる……ですか。……そう言ってくれると、きっと彼女も喜びます」
 軽く微笑んで、ワルビアルは俺達を手で制す。どうやらここから先は少しだけ広くなっているらしく、人も集まっているようで少し騒がしい。路地裏からでも、安っぽい板とボロ布と、安っぽい柱で作られた掘立小屋が見える。

「ここで待っていてください。アイカさんにお伺いを立てます」
「あい、分かった」
 やはり、そのまま合わせるというわけにはいかないのか、ワルビアルは一度アイカにお伺いを立てることに。しばらく待っていると少しばかりあたりが騒がしくなったが、やがてこちらの方にキバゴが現れる。そっちの方まで歩いてみると、広場というか空地には、寄り添うように粗末な住居が連なっている、なるほど、絵にかいたようなスラム街だ。
「ティーダさん、なんですね?」
 多くのポケモンに見守られながら、キバゴ姿になっていたアイカが尋ねる。周囲のポケモンの中でも、特にワシボンは睨みつけるような目で俺を見ている。嫌われているというよりは、警戒しているという感じだろうか。
「うん、アイカちゃん。久しぶり。元気にしてた?」
 ニンゲンの世界で過ごした分も合わせて、一年以上のご無沙汰であった女の子とのご対面である。
「えと、その……」
 アイカは不安げにアメヒメを見ていた。
「こいつは、アメヒメ。俺のパートナーだよ……その、なんだ。お前も、キュレムにやられたのか?」
「あ、はい……」
 マグナゲート体験版の時の彼女は、活発な女の子だと思っていたが、今はなんだか元気がない。
「んー……アメヒメ。ちょっとはずしてもらっていいか? この子と、いろいろ話したいことがある」
「あ、うん……どうぞ」
 まぁ、仕方ない部分はある。俺は34歳……いや、35歳か。だけれど、こいつは確か8歳だったはず。今は9歳くらいかな。そんな子供が、俺と同じようにキュレムに襲われたのだとしたら、その恐怖も計り知れない。それで臆病になってしまったというのならば、納得も行く。
 俺は少し人を遠ざけた場所で2人並んで座る。土産物として買ってきた、オレンの実を一つ渡して並んで座ると、アイカちゃんは早速泣きそうだった。
「……すみません。私、キュレムに襲われて……誰かに会うのが怖くなってしまって。探すのに手間取ったでしょう?」
「いや、そこまで手間取っちゃいないよ。それに、キュレムに襲われたんなら人を避けたい気持ちもわかる……あいつは強いし。とりあえず……ホウオウと戦ってから、色々あっただろ。俺はさ、さっき見せたピカチュウのアメヒメって奴と楽しくやってきたけれど……お前はどうだ?」
「私は……私は、ワシボンの男の子。アレクと一緒に、ずっと頑張ってた。さっきの場所にいたあの子。その子と一緒に、飢えた人達を救おうと頑張ってさ。そうこうしているうちに、ムンナにおびき寄せられたんだ。キュレムの仲間に、ムンナにがいるんだけれど、そいつに騙されて囲まれた時、ワシボンが助けてくれたんだ。空に飛び立って……ボーマンダに追いつかれたけれど、2人で撃退して更に逃げていったら……キュレムに追いつかれた」
 ちょっと言葉が支離滅裂で、生理もされていないためにわかりづらいが、ともかく俺と同じような状況に陥ったのは確かなようだ。
 そして、なすすべもなく潰されて、もしも、私達の邪魔をするなら今度こそ殺すぞって脅された。その時、いろいろ教えてもらった。この世界に何が起こっているのか。難しいことは分からないけれど、なんというか……皆が仲良く出来ないと、世界が滅びるとか、そういう感じの事だけは分かったよ。
 それからも、私は皆が仲良くできるようにいつまた殺しに来るんじゃないかと思うと、すごく怖かった。それで、外の人とはなるべく合わないようにしていたの」
「そっか……まぁ、俺も似たようなもんだ。そのムンナに騙されて、逃げ回っていたらキュレムにぶっ潰されて、酷い目に遭ったよ。でも、一応外の人達とも接してる。仲間が頼りになるからあんまり怖くないんだ」
「そうなの? キュレムは強すぎて、仲間がいてもどうしようも……」
「あぁ、キュレム相手ならな。だが、あいつだって何回も俺を殺しに来るほど暇じゃないだろうし、それに……」
 弱音を吐くアイカの事を肯定しつつも、それだけじゃないと俺は諭す。
「キュレムにも勝てるわけない……そう思ったけれど、もしかしたら勝てるかもしれないんだ」
「あれに? どうやって?」
 俺の思わせぶりな言い方に、アイカは不安そうに首を傾げた。
「……俺はね、数日前にキュレムに出会った。その時のキュレムは、それはもう強かったさ。勝てないって、直感した……けれど、それはグレッシャーパレスから、遠く離れた場所での事なんだ。でも、キュレム自身が言っていなかったか? 氷触体には、普通のポケモンは近づくことすらできないって」
「言っていた……ような気がする」
「氷触体はな。近づくだけで息が苦しくなるようなものらしいんだ……で、それはどうやらキュレムも受ける影響のようなんだ」
「それで?」
「つまり、氷触体を守るキュレムを、氷触体の近くで倒す事が出来れば……勝てる可能性はあるってこと。そのために、1人でも仲間が欲しいんだ」
「無理……」
 俺が具体的な勧誘に入る前に、追い詰められたような表情でアイカは言う。
「怖いのか?」
 あざけったり、挑発したりするのではなく、優しい口調で尋ねる。
「うん……私は、死にたくない。あっちの世界じゃろくでもない人生だったけれど、こっちの世界では、 1人でも生きていけるだけの力がある。私と仲良くしてくれる……そういう人がいっぱいいるもん。少しでも、長くいたい。
 世界が滅びたら、それっきりなのはわかってる。でも、キュレムに挑むなんて、私には無理だから……」
「そっか……残念だ」
「だからせめて、皆と仲良くできるように頑張って……みんなで楽しい気分になって、1秒でも長く、氷触体の活動を抑えたいの。私には、それしかできない」
「いや、いいよ。それも一つの選択だ。積極的に俺の邪魔をするわけでもなければ、そういう事もあるだろうよ」
 ふー、とため息を吐く。乾燥した空気に、白い息がはかなく消えた。俺は、彼女の背中に手を置いて慰める。言葉で励ますよりも、黙って抱きしめてあげたほうが、こういう時はいいだろう。
「それにね、私……」
「うん、なんだ? 言ってみろ……こっちじゃ同い年でも、人間の世界じゃお前の3倍以上も生きているんだ。悩みがあるなら何でも言ってみろよ」
「なんとなく、キュレムのいう事がわかるの……」
「わかる、というと……?」
「心の冷たい人たちが今の世界を作って、そのせいで氷触体が世界を滅ぼすのなら……この世界を滅ぼすのも悪くないかなって。少なくとも私、人間だったころは、そう思ってた」
「あぁ」
 この子は、親から全く世話をしてもらえなくって……殴られたり、飢えさせられたり、そんなのが日常茶飯事だったっけ。3DSも、友達から無理やり奪ったものだって言っていたな……
「じゃあ、この世界の人は? って考えるとね。私よりひどい状態の人がいっぱいいるの。私はおなかがすくのは辛いことを知っているから。だから、その人たちに何かを食べさせてあげたくて、ずっと頑張ってきたし、私は働けるようになって、自分でお金を稼げるようになりたかったから、この世界の人達にもそうした。ダンジョニストとして働けるようにして、自分で食糧を手に入れられるようにした。
 でも、それで救える人なんて、僅かだよ。私ががんばったところで、世界を呪う人なんていなくなったりしない。世界が滅びてもいいやって、諦める人は減らないんだ……だったら、滅ぼすしかないもん。キュレムの言うように、それがいいのかもしれないって……そう思っちゃうんだ」
「今の状況だと、世界が滅ぶのに間に合いそうにないが、世界を呪う人がいなくならないとか。そうでもないんじゃないかな?」
「なんで!? なんで変に希望を持たせるようなことをいうの? 私は、もう戦いたくない! 怖い思いもしたくない……ただ、皆にちやほやされて、幸せならそれでいいの」
「お前が、ダンジョニストを増やしたら、その増えたダンジョニストもまたダンジョニストを増やすだろ? そして、食べるには適さない骨や毛皮の部分を、加工したり、加工したものを売ったりとかで、加工にも販売にも仕事が出来る。仕事が出来ればお金がもらえるから、それで食料を買える。
 そうやって人の流れやモノの流れが活発になれば、勝手に別の商売が生まれてくるんだ。例えば、宿屋とか……遊ぶための施設とかね。要するにさ、アイカがしたことがね、まるでドミノ倒しの様に広がっていくんだ。君の力は、ドミノのコマを100個倒すのが精一杯かもしれない。けれど、そうして倒したコマが、また別のコマを倒していく。アイカ、お前がやったのは、そういう事なんだ。
 1人の力じゃないんだよ、この世界は。お前が作った出会いが出会いを呼び、そこに絆が出来れば、きっとそれは大きな(きぼう)になるはずなんだ。だから、お前のやっていることは無駄じゃないし、きちんと続ければ、きっとこの国、この大陸の規模で実を結ぶはずだよ。もう、それが出来る時間はないけれど」
「私は……」
 それでもいかないと言いたいのだろう。しかし、彼女の口からそれを言わせるのは気まずいので、口ごもる彼女の言葉を先取りする。
「分かってる、無理強いさせる気はないさ。けれどな、なんというかネガティブな思考をしていたから。だから、少しでも明るくなってほしいから、言ってみたんだ。希望を持ってくれよ。そうすれば、俺一人でも勝てる確率が上がる」
「うん」
 そう言って、小さく頷いた彼女の頭を、俺はそっと撫でた。
「そうだな。アイカちゃん。お前は、最後まであきらめずに、皆と仲良くなれるように……皆に希望を与えられるように頑張ってほしいと思っている。それなら、もしも俺達が失敗して人間の世界に戻るようなことがあれば、その時は君の事を助けるよ、俺は。でも、君が途中であきらめてしまったのなら、俺は君の事を助けたりはしない。努力しない人には、手を貸したくないから」
「この街で、頑張ればいいの?」
「あぁ、それでいい。それで大丈夫だ。それなら俺も、君の事を応援出来る」
 彼女の肩を抱き寄せる。
「ありがとう……ティーダさん」
 彼女もそっと、肩を寄せてきた。その後、しばらくは世界の事とか、重い話を口に出さずにいろんな世間話をした。ポケモンの体になって好物が変わっただろう? とか、文字は覚えたか? とか。そんなお話をして、少しの間だけ辛い気分を忘れてもらっていると、周りが騒がしくなってきた。

 アイカはワシボンのアレクとともに、キュレムから滅びの運命を聞かされたが、町の住民に対して『世界が滅びつつあること』を秘密にしていた。もしそれを口にしてしまえば、大混乱が起きるかもしれないと見越しての事らしい。実際、宿場町でもそうだったし、コジョフーとゾロアーク達やアメヒメが先んじて伝えた町も、かなり大騒ぎになったそうだ。いまだにビリジオンやエモンガ、ノコッチなどの連中の失態の話は聞かないが、いくらかは問題を起こしてその始末にかかりっきりであったり、『街を混乱させた罪』とかで拘留されているかもしれない。無事でいるといいのだが……
 ただ、こうしてティーダが来たことで、アイカとキュレムの話、今後の話をすれば、必然的に世界の終焉が近づいているという事も話題に上がらざるを得なくなり、そしてその会話を誰かに聞かれていたらしい。この街にもタブンネのような耳の良いポケモンは居る。それらのポケモンが盗み聞きしてしまったのか、十分距離を話していたつもりだったというのに、すでに噂は広まっている。
 世界が滅びつつあること。そして浮き上がってきたグレッシャーパレスが、世界を滅ぼす可能性を孕んでいること。それらを隠していたことを咎めようとする者達を、必死でなだめていたのは、ワシボンのアレクとアメヒメであった。彼女には彼女なりの考えがあるのだと、俺達の会話の邪魔をさせないように、必死で対応している。
「おい、お前ら」
 そこに、俺は有無を言わせない口調で切り出す。
「この中に、世界が滅びる前に、やってみたいことがある奴、手を挙げろ。明日世界が滅びると言われたら、今すぐ何か行動に移そうとする者は、手を挙げるんだ」
 ドスの効いた声で言えば、こんな小さなミジュマルの言葉でも結構効果があるものだ。恐らく、アイカの強さもとんでもないもので、その印象が強いのだろう。その場に集まっている8割がた手を挙げている・
「では、そのやってみたいものというのが犯罪行為で無いものは手を降ろせ。犯罪行為だけれど、どうせ死ぬならやってみたいと思っている者は、そのまま手を挙げているんだ」
 命令すると、迷わず手を下ろした者もいれば、少し迷って周囲の様子を伺いながら下ろしたもの。覚悟を決めて、手を挙げ続けている者もいる。
「みんな、わかるか? これが答えだよ。俺だって、死ぬ前に一度くらい、やってみたいことはある。普段は良心の呵責があってできないことも、どうせ明日死ぬならいいやと思って、やってしまう事もあるだろうよ。やってみたいだけで、本当はやらないかもしれない奴だっているだろうけれど。
 でもよ、こいつらが本当に犯罪行為をやってしまったらどうする? 今この時、周囲の様子を伺いながら、手を下げた奴らだって危ないし、今ここにいない奴の中にも、手を挙げる奴がいるだろう。明日死ぬとなったら、なりふり構わず何かをしでかす奴もいるだろう。だから、止めたんだよ。だから、教えられなかったんだよ、この子は! この街が犯罪であふれるのが嫌だったんだよ、この子は」
 口調を荒げて言葉にすれば、皆がしんと押し黙る。
「それもわからずに、まず批判から入るんじゃない。そういうのはフェアじゃないからな」
 言いたいことを言い終えたので、俺は口調をもとの落ち着いたものに戻す。
「あ、あの……皆に聞いてほしいの。この人はティーダっていって、私がニンゲンだったころから、ずっとお世話をしてくれた人なの……この人の言葉はきっと、間違っていないから……だから、聞いてほしいの」
 周囲も落ち着いたので、少しは恐怖を与えなくとも話をする気分になったらしい。アイカに任せられた話も、今の状態ならする事が出来るだろう。話の内容は、宿場町でしたのと特に変わりはなく、皆に希望を持って暮らしてほしいというものである。だからと言って、どうすればいいのかと聞かれたが、俺は迷わずこう答える。
「アイカの手伝いをしろ」
 誰かが困っているのを見たら助けてやれ。自分で出来ることは自分で出来るように頑張れ。そして、助けた者もまた、誰かを助けられるものになるようにしてやれと。そんなことできるのかと、皆が心配そうに顔を見合わせていたが、俺からその言葉を言っても意味がない。だから、アイカとアレクとやらに、『出来る』と説得をさせる。今までだってできたのだ。治安の悪かったこの街だって、少しずつ改善させられたのだと。浮浪者の数も、目に見えて減っただろうと。
 誰もが感じているアイカならやってくれるという期待は、さすがにここで発揮されるのは難しかった。宿場町の時と同じく、皆があきらめムードになっており、気が重くなる。
「お前ら」
 見かねて、俺も口をはさむ。
「もし、ここにいる全員でじゃんけんをして、最後まで勝ち残ったら、このうちの誰か1人にこの金貨1枚をやる……と言ったらどうする? それだけあれば、この街の物価なら数か月は楽に暮らせるぜ?」
 金貨を見せつけると、皆眼の色が変わる。
「ティ、ティーダ……確かにお金はあるけれど、それはパラダイスのためのお金で」
「例え話さ」
 慌てるアメヒメに、俺は笑って返す。
「まぁ、実際はこんなもの渡したら、奪われたりなんだかんだあったりで、ほとんど手持ちにゃ残らないだろうが……今、お前らは『がんばってみるのもいいかもしれない』って思わなかったか? だとしたらお前らは、発想が貧弱すぎるぜ?
 考えてもみろ。仮に今ここでお前らの誰か一人金貨を与えてやるとして、ここにいる人数を考えれば、自分が手に入れられる確率が極めて低い事なんてわかるだろうに? だって、20人以上もいるんだぜ? 20回勝負をして、一回手に入るかどうかってところだ」
 そう、確率は5%以下なのだ。それでも、ここにいる全員が『やってみるのも悪くない』という目をしていた。
「そんな確率でも頑張ってみようかなって思えるんだったら、世界を救える確率を少しでもいいから高めようって気になって見せろよ! 確かに、じゃんけんと希望を持てるように何らかの活動をするのは、苦労の度合いに雲泥の差があるかもしれないが……それでも、生きていたいと思うなら、多少の苦労だって出来るだろ?
 ちょっと苦労するだけでもいいから、『100回やって4回しか成功しない』を『5回は成功する』に変えてみやがれってんだ。何もせずに世界が滅びたら、それこそ後悔しか残らないだろうがよ! その程度の事も考え付かない頭なら、いっそ本当に滅びちまえ」
 なかなか乱暴な言葉を吐いてしまったが、俺の例え話は結構堪えたらしい。『世界が救われる確率』掛ける『ここにいる人数』が、さっきの例え話で金貨をもらえる確率である。掛け算が分からない者達でも、それが100回に5回より少ない確率であることは分かるだろう。
 それに期待するだけの頭があるなら、俺達の勝利を期待するくらいの頭はあってもいいはず。少ない確率であっても、それに掛けようという意欲をたきつけるには、この程度の言葉じゃまだまだ十分とは言えないだろうが、少しは考えるきっかけになったらしい。世界を救うのであれば、そういった地道な積み重ねも必要になるはずだ。いざというときにこそ、心を強く持ってもらえるといいのだが、何処まで行けるのか。
 ただ、これ以上は部外者の俺がどうこうできる問題でもない。この街の事情をよく知っている、アイカ達に任せるべき問題だろう。事実を広めるたびに起こる騒ぎは、俺達も協力して沈めるように頑張った。そのおかげで怪我人も出ずに済んだが、これから先も同じとは限らない。
 俺達の街も、メロエッタがいたときは誰も表立って喧嘩なんてしなかったからどうにかなったが、これからいよいよグレシャーパレスがヤバイ状況(どんな状況かは分からないが)にでもなって、不安を掻き立てられればどこで争いが起きるかもわからない。それこそ、暴力にまみれた世界の終わりのような状況になってしまうかもしれない。
 それをアイカがどうやって収めるか。たとえ何があったとしても、失敗したとしても。俺が任せたその仕事だけは、きちんとやってくれて欲しいものだ。


 3千人ほどの人口はあるだろう街のほぼ全員に伝え終わってから、俺達は一日宿泊して休憩し、宿場町へと戻る。ノコッチ、エモンガ、ビリジオンは、スワンナママさんのお店でのんびりと休んでいるらしく、メロエッタはもう別の街へ行ってしまったそうだ。何でも、今度はいろいろ予定をすっ飛ばして大きな町へと出かけるらしい。恐らくは、俺達の話を受けて、少しでも多くの者に希望を持ってもらうためだろう。メロエッタが行く予定だった街の住人には申し訳ないが、そのメロエッタの行動はありがたい話である。
「おぉ、ティーダ! お帰り!」
 エモンガの声がしたほうに顔を向けると、きちんと三人が揃ってテーブルに居た。ビリジオンもノコッチもお帰りと声をかけてくれたので、俺はただいまと答えて席に座る。
「もう一人の生き残りの人間ってなどうだった? 美人だったか?」
「美人じゃないよ。かわいかったけれど」
 エモンガの第一声がそれかと、俺は苦笑する。
「まぁ、いい子だったよ。まだ9歳なのに、かなりがんばり屋な子でさ……ビリジオンがやっていたようなことを、子供の身ながらしていた」
「へぇ、私の? 具体的にはどんな?」
 と、ビリジオンが尋ねるので、アイカが今までしてきた活動である、ダンジョニストの育成や治安の維持についてを話す。すると、ビリジオンは感心したように『大した子ね』とほほ笑んでいる。自分は親から言われたとおりにやっていただけだし、父親も命の声に導かれるようにしてやっていただけだったのを、パートナーと二人で思いついてやってしまうのだ、評価せざるを得まい。
 アイカとともに、世界が滅びつつあることをその街の住人に教えたことや、アイカはキュレム討伐に参加できないことを話すなどして、結局せいからしい成果は出なかったことも話した。仲間が増えなかったことは残念そうだが、まだ9歳という年齢を考えれば仕方がないと、一応みんな納得してくれた。
 ビリジオンやノコッチ達の方はと言えば、やはり混乱が怒って落ち着かせるのも一苦労だったようだ。そこまで話し終わったところで、ビリジオンが真剣な顔をする。
「それで、なんだけれどね。テレパシー珠を使って、長距離テレパシーがエーフィから届いたんだけれど……」
 テレパシー珠……俺達がダンジョンで倒れたりとか、万が一の時のために救助依頼をするための強力なテレパシーの力を秘めた珠だ。結構な高級品である。
「なんだ? 何か進展があったのか?」
「えぇ、空を飛んでいるグレッシャーパレスに乗り込む方法を発見したらしいわ。だから、出来るだけ早くきて欲しいって、言っていた。今日はもう遅いから……明日、出発しましょう」
「……いよいよか。わかった、今は冬だからな、しっかり準備していくよ」
 ビリジオンの言葉に俺はうなずく
「俺が、マグナゲートを開いて送り届けることになっちまったんだけれど……上手く出来るといいんだがなぁ」
 エモンガがそんな不穏なことを言っている。おいおい、失敗なんて勘弁してくれよな?




コメント 

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  • いよいよ終わりに近づいてきましたね…!お疲れ様です。カエン砂漠でのあの場面は恐ろしかったです。あのように痛めつけられてしまったら、精神的ダメージも計り知れないと思います。ところで、質問なのですが、ティーダさんとアイカさんの他にも、「大学生のお兄さん」「受験勉強をしている男子中学生」「難聴の女性」の3人の人間の存在がその9にて明かされていましたが、この3人はどうなりましたか?もしかして、もうすでに…。
    ―― 2013-11-19 (火) 09:06:46
  • キバゴになったのか8〜9歳の子供にしたのはPVで女の子がキバゴになってたのからインスピレーションを受けた感じですか?
    ―― 2013-11-04 (月) 13:31:12

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Last-modified: 2013-11-24 (日) 05:56:00
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