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マグナゲート短編、第14:キュレムが戦う理由。そして自分が戦う理由

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作者:リング


 翌日からも、メロエッタは精力的に活動を続けていた。宿場町の中で最も景色が良い丘の上で、少数の客を招いては、昨夜言った通りに皆の歌を集めている。
 彼のレパートリーは豊富で、歌として残っている各地の英雄の活躍や神話なども彼の一族の活躍により残されていて、とても興味をそそられる。とくに創造主たるアカギに関する歌は非常に多く残されており、やはり聖書に書かれている記述と同じく、神々を手懐け、使役した人間として名を馳せている。記憶の糸を手繰った限りのアカギの人物像から考えるに、神話の中では随分と出世したものである。
 ほとんどテロ組織じみたギンガ団とやらの頭領であったわけだから、すごい人物であったのは間違いないのであろうが、それでも俺は流石に擁護できないが……まぁ、それについて言及するのはよそう。知らないほうがいいことだってあるしな。そんなことはともかくとして、俺はメロエッタに人間時代に歌っていた曲で、おすすめできそうなものをいくつか歌詞にしてメロエッタに持ち寄っていた。
 それを見せて彼の前で歌ってみれば彼は曲調も歌詞の印象もまるでこの世界の者とは違う俺の歌に強い興味を示していた。
「そうなんですか……貴方も、アイカさんも元はニンゲンだったのですね。通りで、個性的な歌だと思いました。神を賛美するでもなく、王や英雄をたたえるでもなく、作業中の辛さを紛らわすための歌でもなく……戯曲でもない。人間の世界の音楽とは、面白いものですね。
 いろんなところを渡り歩きましたが、何処の音楽とも違うので、すごく新鮮です」
『なんでそんな歌を歌えるのですか? もしかして自分で作曲したのですか?』と、メロエッタは無邪気に俺に質問してきたが、俺は微笑んで違うよと答え、自分が元はニンゲンであったという正体をさらす。彼は疑う事もせず、俺の言葉を信じてくれた。なんだろう、伝説のポケモンならばわかる何かがあるのだろうか。
「そうなんだよ。こっちで歌われる歌は、あちら側と全然違うものでね。最初は、なんというか……人間の世界の時のような歌がないのか!! って感じで、少し欲求不満でしたね」
「なるほどー、そうでしょうね。私も、異国に渡った時は故郷の音楽が恋しくなったものです。なのでその気持ち、分かりますよ」
 さすがに長旅をしているだけあって、メロエッタは俺と同じような経験をしているようで。まぁ、そのほかにもゲームが出来なくなったのが痛いのだが、それはまぁ言わないでおこう。
「ところで、メロエッタ様」
「あらぁ、なんでしょうかティーダ君」
「キュレムの伝説に関する歌ってあるか?」
 どうしても気になったキュレムの伝説。無いとは思うが何か弱点的なものも見つかるかもしれないし、わずかでもいいので人物像が知りたかった。その理由としては、あいつを言い負かせられるだけの理論武装をしたいからである。
「ありますよー。ティーダさんには面白い曲を聞かせてもらって気分が良いので、リクエストにお答えしちゃいましょうかね」
「本当ですか!? ありがとうございます」
 メロエッタは、こういう時にギブアンドテイクの心がけが出来ている。歌を教えてくれれば、その分だけ自分も歌を歌ってくれる。いい性格をしているものだと思う。
「そうですねー……では、まずはキュレムが滅ぼした街のお話を謳おうと思いますが、皆さん聞いていかれますか?」
 周りには、メロエッタに惚れこんでしまったヤナップ、ヒヤップ、バオップの三人組探検隊や、丁度世界が滅びることを伝える役目から帰ってきたコジョフーとゾロアークがいた。要するに、仕事が不定期な探検隊という職種のものが多く、他はお昼で休憩中のチラチーノと、おまけで付いてきたラムパルドくらいか。
 皆、楽しみといった感じで目を輝かせている。反論もないことに安堵して微笑み、メロエッタは自然なテノールボイスが出せるステップフォルムにて、その歌を歌いあげた。

 ◇

 かつて、その場所には街があった。とても大きな町で、それ故に貧富の差がある町であった。その街では、金を持つものが正義でした。逆に、金を持たざる者は、安い賃金で酷使され、搾取され、辛い毎日を強いられました。
 暖房用の薪を買うお金もままならず、広い部屋を借りるお金もなく。貧しいものは街の集合住宅の一室にて、寒さを紛らわせるために一か所に寄り集まって暮らします。冬は隙間風、夏は虫が入り放題と、決して条件はよくありませんが、それでも屋根があるだけましと言ったものです。
 それすらないものは、路地裏の隙間、廃材を集めて作った屋根の下、冬は凍えて夏は無数の虫に悩まされながら眠れない日々を繰り返すばかりでした。そうして外で暮らすものは、周囲に助けを呼べるものもおらず、犯罪の餌食にもなりやすかったのです。
 もちろん、路上で暮らすものを幾ら脅したところで、お金は手に入りません。しかし、体一つあれば、殴り蹴飛ばし、うめき声をあげるさまを楽しむことはできます。相手が美しい容姿を持っているのであれば、男の欲望をぶつけることも出来ます。そう言った犯罪をする者は、経済的な貧しさゆえに、心も貧しくなってしまった者達が大半です。
 自分が経済的な弱者であり、虐げられるものであるから。それ故に、自分も誰か虐げられるものを探している。その結果が、路上で生活する、いわゆるホームレスというものでした。ホームレスは、日々少ない日雇いの仕事を奪い合うようにして受注し、その受注で選ばれる基準というのも、『出来高に対する給料の要求が最も低い者』という、要するに給料が安く済むものほどやとわれやすい決まりでした。当然、そんな仕事の受注の仕方では、まともなお金が手に入るわけもなく、貧乏人はいつまでも貧乏なまま。
 暴力やレイプにおびえながら、心細い日々を暮らし続けるしかありませんでした。

 キュレムは、その街の状況を憂いていました。かねてより、天の窓より下界の様子を覗き見ては、そこで栄える弱肉強食の様相にはため息が出ておりました、その街は飛び切り酷いもので。上級市民はその街の惨憺たる状況に何の疑いも持たず、贅沢に、退廃的な享楽に身をやつして、下級市民のことなど全く考えていません。なので、キュレムは上流階級の者達になんとか理解してもらいたいものですが、神が人間の元に気軽に姿を現すべきではない。
 古くよりの部下であるフリージオに、神託と称して文字を石畳に刻んでもらったりもしたが、上流階級に属する者達は、それを誰かの悪戯だと一笑に付して相手にしませんでした。中にはそれを大いに気にしたものもいましたが、やはり周りに流されるように、贅沢をやめる事は出来ずに浪費を繰り返すばかり。
 食べ残しでさえ、何人の命を養えるかもわからないような飽食や、これまた低賃金で雇った作業員を酷使しなければ得られないような大粒の宝石を着飾るなど、庶民には垂涎ものの金を湯水のように使う輩は後を絶ちませんでした。
 そんな日々が続けば、キュレムも黙ってはいられません。必ずや、この街に巣食う性根の腐った者達に、鉄槌を下してやると躍起になりました。その方法は、彼の持つ氷の力を、最大限に振るうというごく単純なものです。しかし、単純が故に強力なその力は、ようやく暖かくなってきた春のうららに、雪山へ放り込まれたような冷気を届けました。
 贅を尽くした家々が立ち並ぶ上流階級の住む区画は、どれも例外なく窓もドアも凍り付いており、中にいた者はタイプの別なしに。それこそ氷タイプの者でさえも、凍り付いて命を奪われていました。眠ったように死んでいる者、転んで、怯えたまま死亡している者。窓から慌てて出て、そのまま凍り付いて無様に転んだ姿勢で死んでいる者。
 生き延びた者もいますが、恐怖に気がふれていたり、絶望していたところを金銭を奪われたりして、まともな姿で過ごせたものはおりません。そうして、上流階級の者達が死んだことで、抑圧されて生きてきた民衆たちは、こぞって火事場泥棒に急ぎました。希族の持ち物――金貨や銀貨などの貨幣はもちろん、宝石や美術品と言った金目のもの、服を奪う者もいれば、力がある者はベッドを奪うような大胆な者もいます。
 それも、まだ整然としたものであれば擁護の仕様もあったでしょうが、その奪い合いは非常に醜い争いで、皆我先にと自身の財産を確保しようと躍起です。人々を押しのけ、突き飛ばし、転んでしまえばその上を足が踏みしめていきました。
 結局、搾取されていたものも、ただ護衛や衛兵といった上流階級の者達が雇った兵力に恐れをなしていただけで、奪う事が本質であることは変わらないのかと、キュレムは嘆きました。
 嘆いて、またもやその街を凍らせました。こんどは、その範囲がいよいよ街全体を飲み込む程に広いものでした。そうして、凍える世界となったその街に、生き残りはただの数人。こんな時でも火事場泥棒をせずに、必死で身を寄せ合い冷気に耐えた、アパートの一室に暮らしていた集団だけであったと言います。

 凍り付いた街を見て、キュレムは思います。
 弱い者もさらに弱い者を慈しめないようなこの街だ。頭だけでなく、根っこから腐った街であったのだろう。それならば、この街もむしろ、滅びてしまうがよかったかもしれない。

 ◇

「こうして、街は滅び、残った者達は、わずかな金品を手に、他の街へと当てのない旅に出たのです」
「なんだそりゃ……街もヒドイがキュレムはもっと酷いな。スウィング様は絆をつかさどる縫い糸の神じゃなかったのか?」
「そうなんですよー。キュレムは、絆の大切さを説く神なのですが、その警告を理解しないものを容赦なく凍らせてしまうという荒々しい神なのですよ。今回も、あれですよー。私の父上の領みたく、領主と臣民の間に絆が出来ていれば、まさか労働者を搾取するなんてなかったでしょうし、また民衆同士にキチンと絆があれば、取り合いにならずに分け合っていたことでしょう。
 と、まぁ……おそらくティーダさんが思っていることを、私も思っているのでしょうね。悪銭身に付かず、とか、あぶく銭とかいう言葉がありますが、思いもかけず手に入った幸運というものは、一時しのぎにしか過ぎないものです。確かに、その上流階級の者から奪った金品があれば、しばらくは生活できるでしょうが……」
「だが、いつ使い切るかわからない収入ならば、ともかく自分が一つでも多くとっておいた方がいい……もしも、お偉いさんたちが労働者たちの事を気遣い、労働に見合った正当な報酬を保証したならば、その時は邪魔し合うよりも手を取り合ったほうが長期的に見てプラスになる」
「えぇ。その通りです。日雇いの労働が値下がり式の競売で自分を売っていく以上、隣にいる者は全員敵という事になります。そのシステムを作った者達が最も問題なのはキュレムが見た通り正しいのですが、まずはその制度を変え、隣にいる者を味方と認識させることが大事なのです。みんなが協力したほうが利益が出るように、そういう制度に変えていくべきなのです。
 キュレムが……お偉いさんを殺したとして。その後、争奪戦が起こってもキュレムが手出しをせずにいたとしましょう。その後どうなるか……金品を持ってほかの街に移り住んでも、また同じようにいつかは貧困になるだけ。同じ町に戻っても、仕事の能率などで差が出始め、次第にまた抗いがたい力関係が出来上がることはある程度必然」
「キュレムは、一気に状況を変えようとしすぎて、風車や水車が空回りなんてもんじゃない。水車小屋ごとぶっ壊したようなものってわけだ……」
「ふふ、ティーダさんはなかなかに考えているようで」
「よせやい。こんなの、考え付いたところで、『俺様は神よりも賢い!』だなんて自慢できるものでもあるまいし……それに、こんなの浅はかな考えだ。実際はどうなるかわからないし、なにより、皆が話についていけていない」
 見渡してみれば、みんな俺達の話についてこれていない。まぁ、当然だろう。
「確かにそうですねー。しかし、こういったお話の中にも、問題点や、逆に見習うべき点というものは見つかるものです。たかが歌、娯楽のためのものだなんて思ったりせず、歌から学べるものをいくつも学んでおきましょうか、皆さん!」
 さすがに俺とばかり話しているわけにもいかないと思ったのか、メロエッタは他の者達に話しを振る。
「そうですね。私も、先代のギフトショップのオーナーが、失敗例をいくつか歌っていましたよ」
 メロエッタのお話に合わせて笑顔で話に加わるのは、ギフトショップの店主であるチラチーノの女性。相変わらず笑顔がステキな子で、使い捨てなんて出来ない清純オーラを放つ子だ……というか、そんなことをしたらラムパルドに殺されるだろうな。彼女のまぶしい笑顔を見て、ラムパルドの顔がゆるんでやがる。
 こいつは、心配する必要ないな。彼女の笑顔を見るためだけでも、明日に希望を持てるタイプだろう。
「おやおや、どんな歌ですか? 聞かせてください」
 そんな彼女の言葉に、メロエッタは案の定興味を持って訪ねる。
「いいですよ。『ギフトを包みで覆ったら リボンを手に取り飾りつけ 急いでやるのはいいけれど 手元が狂ってリボン舞う』って歌詞があるんですが……いやはや、リボンを巻いているときに手が滑ってしまって、リボンを投げてしまうとですね……せっかくきれいに巻かれたリボンでも、何処までも転がって行ってしまってまた巻きなおさなければいけないですし、しかも汚れていたりするという、本当に大惨事になっちゃうのですよ」
「あはは、想像が出来ますねー。お客さんも、貴方の作業をせかさないほうがいいですね」
「もう本当にそうですよ。せかされると焦っちゃうので、基本Þ気にゆっくりと待てる人のほうがお客さんとして好感を持てますね」
 自身の体験を交えて、いくつかの歌詞で歌い、歌詞に共感してしまうような出来事語るチラチーノの笑顔を、ラムパルドはずっと追っている。じわじわとおかしくなってくるな、ラムパルドのべたぼれっぷりは。チラチーノも、気づいてあげればいいのになぁ。
「他にも、ちょっと下品ですが、とんでもない間違いがあったそうなんですよ。こんな歌詞なんですけれどね『急いで名前を入れてたら 旦那と息子を間違えて 旦那の成長期待して 夜のおねだり息子宛て!』なんて、下品な歌詞もあってですね……これは、とある商人の女性がメッセージカードに、息子に対しては『あなたがこれからも健やかに成長していけるようにお祈り申し上げます』って書いて、旦那さんには『息子もだいぶ手がかからなくなってきたことだし、また新婚の頃の気持ちに戻りましょう』ってメッセージをかいていたそうなんです。
 しかし、最後に箱に貼る名前を間違えてしまったせいで、息子さんへ届けるはずのメッセージカード入りのギフトに『愛するあなたへ』って貼り付けてしまったそうなんですよ……息子さんはまだ幼かったので、中に入っていたメッセージカードの深い意味が分からなかったそうなので事なきを得たそうなのですが、本当に恥をかいたエピソードだって、先代はよく自虐的に笑い話にしていましたね。メロエッタさんのおかげで、いろいろ思い出してきちゃいましたよ」
「それは何よりです。歌には、思い出も籠っていくものですからね」
 メロエッタは、こんな調子で歌を集めていく。暇な者から歌を聞き出しては、いろんな世間話をしてみたり、子供を相手にするときは一緒に歌ってあげたり。子供と一緒に歌う時でも、彼の声は全くよどみなく、本気で歌っている。音程もリズムもめちゃくちゃなのが子供の歌い方の特徴だが、彼が歌うとそれに合わせて子供たちの声も矯正されていくようで、最後の方ではまるで轍の上を歩かせるがごとくぴったりと同じ音程で歌っている。
 俺はヨーテリーやクルマユと一緒に歌っていても、ああはならなかったのだが……メロエッタ、さすがだな。音楽に関する力については、希少種としての肩書に恥じないだけの力を持っていやがる。


 そうして、夜。リハビリも兼ねての運動をしながら、俺はメロエッタからいくつもの話を聞いた。街を守るための兵士が、権力を盾に民衆を虐げていた街の話では、キュレムが兵士達を城壁ごとを皆殺しにしたおかげで民衆は救われたが、街の守りがなくなって隣国に侵攻されたという笑い話にもならないような末路をたどっている。
 冷夏で農作物が減収した時、何処からかとってきた食糧をどっさりと届ければ、醜い奪い合いが起こって、酷いありさまだったとか。当り前だ、そんな状況では、食糧を安定供給でもしない限りは争いが起こるに決まっている。争いが起こらないようにするならば、普段から貯蔵させておく必要があるし、そして貯蔵するための技術が必要だ。
 その貯蔵する技術だって、気候や住んでいる動物によってさまざまだし、ポケモン同士……例えば他の街、他の地域との争いで失われる心配もしなければならない。要するに、キュレムが推し進めるべきはそこだろう。キュレムがやっているのは、すべて一時しのぎである。
 俺が分かるのは農業開発くらいだが、神が悪い人間をみんな殺したくらいじゃ治安はよくならない。神を信じる者は、また神様が助けてくれるさと楽観的に構え、神を信じない者達はまた新しい悪い人間になるだけだ。だから、人が人を守れるように、見守ってあげなければならない。どうしても、どうにもならない時に、そんな時だけ手を出せばいいのだ。
 デウスエクスマキナ*1の様に現れて、そして去っていくなんて、根本的な解決は何一つできないのだ。そんなこともわからんと、キュレムはいくつもの神話を残していた。
「……キュレムがろくでもない奴ってのは分かったよ」
「でしょうね。私も、あまり好きではないですし。称賛したりしている人もいますが、神だからと言って無条件に称賛するのは危険といういい例です……」
 ふぅ、と、メロエッタはため息をついた。
「ところで、ティーダさん。世界が滅びるのを防ぐために、氷触体を守っているキュレムを倒したいのは分かるのですが……なぜ、こんな質問を? 弱点とかを探すにも、キュレムは神話の中で誰かに倒されたり負けたりどころか、攻撃されたことすらないのに……あまりにも強すぎるのでしょうかね?」
 メロエッタの言葉は至極ごもっともである。
「そうだな、ティーダ。お前何か考えでもあるのかよ?」
「そうだそうだ、むやみに飛び込んでいくつもりじゃねーだろーな?」
 だから、こうしてメロエッタの声にコアルヒーやダンゴロが続くのも、ある程度は当たり前かもしれないが、俺としては、最初から無理だと思っているような奴らだけには言われたくない。
「黙れよ、生きる目的を探そうとしていない怠惰なやつどもが」
 そう、釘をさすと、奴らは一気に黙ってしまった。スワンナママさんは、くすくすと笑っている。
「うーん……まぁ、いいか。釈然としないままでいられるのも悪いし。はっきり言おう……キュレムは強い、強すぎる。今ここで戦ったら、絶対に勝てない……」
 そう宣言すると、『どういうことだ』と怒号が上がるが、もう一度『黙れ』と、一喝する前に、ボイスフォルムになっていたメロエッタの『黙りなさい』の声が響く。メロエッタ声で感情を操る事が出来るというが、俺まで怖くなるほどのどすの利い声。いやはや、さすがは希少種、声に籠る力も俺らとは格が違う。
「だがね、今ここで……じゃなければ勝てる可能性がある。というか、確信している」
「ふむふむ、何をでしょうか?」
「まぁ、待てって、メロエッタさん。以前、俺達は氷触体のすぐそばに行ったことがあるし、その時にキュレムと一度対面している。しかし、その時のキュレムは、どう考えてものちに沙漠で出会うキュレムよりも弱かった……キュレムも、氷触体の影響を受けるんだ。
 だから、俺は……キュレムの心を折る。折ることで、氷触体の影響を受けやすくして……。そうすれば勝てる。というか、その手段しかない……だからまぁ、こうして、相手を論破できる材料を探しているわけだが……予想以上に相手は救いようのない馬鹿みたいだな」
「なーにが、救いようのない馬鹿だよ……」
「神を人間が論破できるわけ……」
「同じセリフを、パラダイスを見てから言ってもらおうか?」
 やかましいダンゴロ、コアルヒーの言葉を、俺は黙らせる。
「ですねー。ティーダさんとアメヒメさんが作ったパラダイスでしたっけ、あそこはすごいですよねー。自給自足が出来ず、行商からの輸入頼りだったこの街で、自給自足が出来るようにしてくれたんですよね? まだ一年というのはにわかに信じがたいので、ぜひとも今後の成り行きを見守りたい。ですので世界には存亡してもらわないと困ると思えましたね、あれは」
 メロエッタは、昨日のうちに俺達のパラダイスを見てくれていた。新しく街が作られていく様子を、希族として見なくてはいけないと彼は言って、パラダイスを視察して見ての第一声は、『まだ、一年も経っていないのですよね?』であった。
 正直な話、建物の数は、住人がぎゅうぎゅう詰めになっていたり、急ごしらえで穴倉の中になったりとか、惨めなものである。ただ、整備された土地にある施設や畑は、きちんと秩序が出来ていて、とてもまだ一年目とは思えないとのことだった。当然だ、アメヒメの頑張りと、俺の計画と、リアのカリスマがあったのだ(正直こいつが一番効果的なような)。希少種であり、元希族である彼女がせっせと仕事をする姿を見れば、自然と士気も上がるのだろう、そのリアがきちんと俺やアメヒメのいう事に従っていたのも、俺達の声が届く要因の一つであったのかもしれない。
 決しておれ一人の力じゃできなかったけれど、逆に俺がいなければ、この半分にも届かなかったであろうパラダイスの様子を見て、魔法のようだと彼は称していた。
「そうよ。私のお店の食材が安定供給できるようになったし……まぁ、まだ一年だから? 貴方たちの言うように、来年は目も当てられない惨状になる可能性はあるけれどね。でも、少なくとも私はそうならないと信じている。ティーダを信用しているわ」
 スワンナママさんは、そう俺の事を擁護した。そうとも、まだ木の実は実がなる段階ではないからどうにもできないが、目つぶしの種を栽培したおかげで、目つぶしのスパイシースープパスタも毎日安定供給。体の調子を整える癒しの種も、薬膳茶の材料として、ママさんのお店では人気メニューだし、行商人にもお金を落としてもらっている。
 それを知っているからこそ、ママさんの言葉には説得力があるってものだ。
「おーおー、丁度いい時にいい事を言っているじゃねえか」
 そんな会話をしているときに、現れたのはドテッコツ組である。
「なぁ、おチビちゃん達よぉ?」
「なに?」
「なんだとぉ?」
 ドテッコツの『おチビちゃん』発言に、ダンゴロとコアルヒーが突っかかる。
「はは、ティーダと比べて肝っ玉が小さいんだ、ふさわしい呼び名だろ? ドゥワッハッハ」
 だが、ドテッコツのこの発言に、彼らは全く反論できなかった。
「なぁ、お前ら。どうやら世界が滅びるのを心配しているのかもしれないが、そんなに気にするこたぁねえさ。こいつはよう、不可能と思っていたことをいくつも成し遂げちまったんだ。お前ら、俺がこうして更生して、パラダイスで建物を作っているだなんて予想したか? ビリジオンちゃんが誰かに心を開くなんて予想できたか? ウンコ集めて、やせた土地に立派な収穫をもたらすなんて信じていたか?
 俺はね、畑については正直、信じていなかった。ティーダのやつがビリジオンちゃんの心を開いてからじゃなかったら、畑の件なんてとても手伝う気にはなれなかっただろうよ……パラダイスのみんなも皆が『無理だろ』って言っていたというのに、成功させたからな、こいつは。
 だからよ、俺は、今回もこいつを信じるぜ、ティーダを。お前らも、頑張る事が出来ねえなら、せめて信じてやれよな。絶望絶望って感じで、しけたツラしていちゃ見苦しいぜ?」
 ドテッコツは、俺のやり方に不安を持っている者達へ向けて、威勢良く言い放った。
「兄貴の言う通りですよ。俺達だって、兄貴をここまで更生させるだなんて……期待はしたけれど、あてにはしていなかった」
 ドッコラーが、何とも力の抜ける事を言うが、褒め言葉として受け取っておこう。
「なぁ、おチビちゃんよぉ……『信じる』ってことは、背中を押してもらうって事よ。俺はなぁ、アメヒメとティーダに信じてもらえた。『俺なら家を建てられる』と、その言葉で背中を押してもらえたんだ。なのにお前らは、ティーダのやる気がそげるようなことばかり言いやがって。作り笑顔でもいい、本心でなくてもいい。少しはティーダをやる気にさせる演技でもしてみろってんだ」
「そうですよ。だから、俺達はティーダさんを信用してほしいんです。この人は、期待したら、それ以上の成果を持ってくるような人ですから。みんなも、信じてください……」
 もう一人のドッコラーが訴えかける。真剣なまなざしで呼びかけられれば、少なからず心も動くのだろうか、俺への不満を口にした者達は、ばつが悪そうに俯いている。
「ふむ、皆さん思う事もあるでしょうが……皆さんの仕事は、明日を生きたいと思う気持ちです。明日も、笑顔で迎えたいと思う気持ちです。今の気持ちで、貴方は明日を迎えられますか? もしも、氷触体がいきなり消滅したとして、その時生きていてよかったと思えますか?
 私は、思えるように生きています。皆さんに聞かせてもらった歌を楽譜にしたものを眺めて、にやにやとわらっていたいのです」
 と、メロエッタは笑う。
「小さな子供を持つ親は、子供の成長を見守りたいって言っていたよ。生きたいと思う理由としちゃ素敵な理由だと思う」
 メロエッタの言葉に補足するように俺は言う。
「俺は、まだ完成してない家がある。開墾していない土地がある。と、言えば明日生きたい理由が何かわかるよな?」
「俺達も同じ気持ちですよ、兄貴!」
 ドテッコツ組の3人が声を合わせる。
「私は、そうねぇ……お客様ののろけ話を聞くのが好きよ。いつか、貴方たちからのろけ話の一つでも聞きたいわね、その日を待っているわ」
 スワンナママさんは全員に向けてそう言ったようだが、目線はラムパルドを向いているようにも思えた。

「お、俺は……その、スワンナママさんのためになるよう生きるよ。そのつもりでやってやるんだ!」
 と、ラムパルドは言う。チラチーノとののろけ話を聞かせようって事だろう、頑張ってほしいな。
「あら、恋しい人がいるのね? それとも、恋に恋しているのかしら?」
 分かっている癖に、スワンナママさんはラムパルドに詳しく尋ねる。
「の、ノーコメントで」
 スワンナママさんの質問には答えられなかったか……本当。ラムパルドにはもっと生きて、いつかはチラチーノに思いを伝えてほしいものだ。サイズも卵グループも違うから茨の道かもしれないけれど、どちらもお客様の笑顔を見るのが好きなのは一緒なんだから、幸せになって欲しいもんだ。
「私も、スワンナママさんと似たような気持ちです。私も、送る人、もらう人の笑顔を想像するだけで幸せです……ですから、儲けとかそういうのを度外視しても、皆さんに私のお店を利用してもらいたいのです。あとは……そうですね、私自身も誰かにそういうギフトを送ってみたいというのはあります。誰かの、喜んでいる顔が見たいので……心の底から、そう思える大切な人を見つけてみたいです」
 いるんじゃないかな、意外と近くに。見た目を気にするタイプじゃなければ、だけれど。そのチラチーノの言葉を最後に、『明日も生きたいと思える理由』を語ろうとする者はいなかった。こいつら、何の目的もなく生きているのかな……? むなしい生きざまだな……そりゃ、希望もなくなるわけだよ。
「生きる目的の一つに、恋をする、恋を叶えるというのも良いものですね」
 しばらく声が上がらないのを見かねてか、メロエッタはまた語り始めた。
「それなら、恋に恋する男女の皆さんのために、恋の歌の一つでも歌ってみますか? タイトルは、『黒鷲と禿鷹』」
「あら、それは私が昔、各地で踊り子をやっていた時に踊ったものだわ。私も久しぶりに踊ってみようかしら?」
「おやぁ、いいですよ。歌に合わせて踊ってください」
 メロエッタの一声から、何とも意外な人物から意外な言葉が出た。
「昔はこれで、観客の事を骨抜きにしたものよ。メロエッタはいい歌を頼むわよ。心配いらないとは思うけれど」
「えぇ、それはもう、一生忘れられない旋律を奏でましょう」
 スワンナママさん、昔踊り子なんてやっていたのか……でも、なんとなく想像できてしまう。あの人の糞度胸も、きっと旅をするうちによからぬ男に絡まれたりしながら身につけた者なんだろうと思うと納得できる。

 メロエッタが歌い始めると、スワンナママさんは緩やかに羽を広げ始めた。ステップフォルムのメロエッタも素晴らしい踊りをしたが、彼は二足歩行のポケモン。そう言った体制のポケモンにしかできない動きがあるように、スワンナママさんもまた彼女にしかできない動きである。
 そして、メロエッタの歌を聴く限りじゃ、恋は穏やかな日常から始まるようだ。ウォーグルの獲物の骨をもらおうと、泥だらけのみすぼらしい姿のバルジーナがやってきて、ウォーグルも骨はいらないからと投げてよこす。美しい女性だが、姿がみすぼらしいのが残念だなと、ウォーグルは思っていた。
 スワンナママさんの静かに広げられた翼は、地面をこするように低く、くちばしもまた地面をこすりそう。あぁ、今のママさんはバルジーナなのだなと理解できた。彼女は一度飛び立っていくのだが、しばらくして、彼女はまた骨をもらいにやってきた。骨も自分で撮れないようじゃ、すぐに飢え死にするんじゃないだろうか? ウォーグルはそんな疑問を持っているのだがバルジーナの見た目は特に変わりなく、やせている様子もなく骨だけが古くなっているだけだった。
 3回目に骨をねだりに来たときは、ウォーグルもさすがに疑問をぶちまける。『骨をもらいに来る割には、きちんと狩りが出来ているようだが、どうして俺に骨をもらいに来るんだ?』と、そんなストレートな物言いに、バルジーナは答える。
 そこで、スワンナママさんは思いっきり翼を広げる。長い時間空を飛ぶために、逞しく成長した大きな胸筋。羽をバサッと広げるだけで、その胸筋の異常な逞しさが分かるが、その逞しい胸の動きはあくまで優雅でたおやかだ。その状態で彼女はゆっくりと歩き、まるで抱きしめるように翼を畳み、頬ずりをするように首を揺らす。
 ここでメロエッタが甲高い女性の声になる。私は貴方のあざやかな狩りの腕を見て一目ぼれをしました、しかし言い出す事が出来ずに、こんな手段を使ってしまったのだ。そんなことを喉が裂けそうな高音で歌うに合わせ、スワンナママさんは翼を蒸気のようにゆらゆらと動かし、優雅に舞う。
 ウォーグルが彼女のしぐさを見てそういう事なら早くいってくれればいいのにと声をあげる。我々ウォーグル発咳を作るのが難しいから、同じ立場にいる君はぴったりだと。みすぼらしいふりをするために泥を被っか彼女の羽毛を撫でるというところで、スワンナママさんは恍惚とした表情で翼を畳み、天を仰いだ。
 こうして二人は結ばれると、そういうありきたりなストーリーではあったのだが、メロエッタの歌声も、スワンナママさんの踊りも、目が覚めるような美しいもので。それを見れたというだけでも、幸せな気分であった。何より、最後にスワンナママさんが見せた恍惚とした幸せそうな表情。もう立派なおばさんと呼べるような年齢だけれど、それをかんじさせない、艶やかな女の魅力を醸し出している。
 ……いや、年を重ねたからこそか。きっと、失恋とか何度もしているんだろうな。俺も……恋でもしてみたいな。アメヒメとなら……でも、このまま、俺は本当にこの世界に居ていいのか? 目的を果たしたら? その時、俺はどうすればいい、どうなってしまうんだ? また俺は、恋をすることも出来ないのかな。
 やめよう、考えても仕方のない事だ。今は、皆と一緒に、素晴らしいひと時を与えてくれたスワンナママさんへ盛大な拍手を送ろう。俺がアメヒメに対してどう向き合うかは、氷触体をどうにかした後に考えればいいことだ。





コメント 

お名前:
  • やり方が強引すぎるぜキュレムェ…
    ―― 2013-10-24 (木) 11:20:26

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*1 機械仕掛けの神

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Last-modified: 2013-11-24 (日) 05:55:00
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