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ポケモンを持つことと、持たないこと。ポケモンを持つって特別ですか?

/ポケモンを持つことと、持たないこと。ポケモンを持つって特別ですか?

 
呂蒙


 ラクヨウ大学のキャンパスは暖かな日差しを受けていた。昼下がりの時間帯、丁度昼ごはんが「効いてきて」眠くなる時間帯だ。できればこの時間は授業を取りたくない。しかし、朝一の時間帯と違って、必修の授業が入っていることが多く、取らざるを得ない学生は多い。
 医学部生、バリョウは幸い今日、この時間は授業を入れていなかったので、授業がないときにいつもいるラウンジでのんびりしていた。次の時間にテストがあるわけでもない、バリョウは新聞に目を通していた。一般教養科目では、新聞に書いてあることが案外重要になる。
「はぁ……」
「ん、どうした?」
 ウインディが声をかける。身長6尺とはいえ、瘦身のバリョウがウインディのようなポケモンを連れていると誰が思うだろうか。明らかにつりあわない。大学生でありながら、ポケモンを持つということは、自分の裕福さを示すステータスのようなものだ。といっても、奨学金とバイト収入を合わせれば、結構な金額になるから、自宅から通っている学生ならば、質素な生活をしていれば持つことは可能かもしれない。ちゃんと面倒を見れるかどうかは別として。
「これ」
 バリョウが差し出した新聞には、セイリュウ国の平均寿命に関する記事が載っていた。男性76・50歳、女性82・0歳とある。
「この記事がどうかしたのか?」
「いや、ここまで生きられるか、どうかっていうのも、半分は運命だよな」
 バリョウがそういうのには、訳があった。先日、バリョウは友人の葬儀に参列してきたのである。別に歳が何十歳も離れた友人ではない。バリョウと同じ21歳。バリョウ自身、何かの間違いではないのかと思ったが、間違いではなかった。話を聞いてみると、サークルの飲み会でのこと、余興で一気飲みをすることになった。普段なら誰かが止めそうなものだが、全員に酒が入っていたこともあり、勢いでそのままいってしまった。友人は余興後に寝てしまったが、様子がおかしいので救急車を呼んだものの、時すでに遅し。急性アルコール中毒であっけなく亡くなってしまった。
「ああ、ニュースになってたな」
 その後、そのサークルは無期限の活動停止を余儀なくされ、大学側も生徒への指導が徹底していなかったことを理由に何らかの処罰があったらしいが、詳しくは聞いていない。
 バリョウには友人は多くいるが、とくに付き合いが深いのは2人だけだった。ポケモンを持っているとか、小さい時に様々な理由で、親と過ごした時間が短いなど、境遇が似ていたこともあった。親友2人、ウインディと出会ったのも運命なのかもしれない。
 バリョウがよく聞かれるのが「怖くないのか」ということだったが、別にそんな風に思ったことはなかった。小さいときから一緒にいるため、それが当たり前になっているからだ。弟や親友2人が授業のときは、バリョウ1人で10匹ものポケモンを見ていないといけないが、特に悪さをするわけでもなし、お互いをよく知った仲なので、全然大変ではなかった。むしろ誰かいてくれないと不安になるくらいだ。親友のリクソンのシャワーズにしろ、サンダースにしろ海や湖の水を操って大波を起こしたり、雷を自在に落とすこともできる。見た目は可愛いのだが、そういう能力があると聞けば、やはり「お前よく大丈夫だな」というところに行き着くらしい。
 セイリュウはポケモンを持つ人が少ないので、ポケモンを持つというのは珍しい存在なのだ。だから、そういう風に思うのかもしれない。もっともバリョウも博愛主義者ではない。個人の主観で受け付けないポケモンがいるのも事実だった。幸い、自分や友人たちの手持ちにはいなかったが。

 ある日、バリョウがラウンジにいると、友人たちがやってきた。やはりバリョウのような、威厳などとは程遠い人物がポケモンを従えているのが信じられないらしい。
「本当は怖いんだろ?」
「全然」
「無理しなくてもいいんだぜ?」
 ラチがあかないと思ったバリョウは、サンダースを連れて、外に出た。この日外は曇っていた。サンダースは自分の手持ちではなかったが、別にいいだろう。顔をよく見知った仲なんだし。
「サンダース、雷。加減しなくていいから」
「え? できるけどいいのか?」
「いいよ、オレが許す」
「まぁ、事情が事情だから、しょうがねぇか」
 目を閉じて、息を大きく吸い込むサンダース。目を開くと、校舎の避雷針に狙いを定めた。ほどなくして、強烈な閃光と音が、辺りを包んだ。
「ふぅ、これでいいか?」
「ああ、ありがとう。リクソンのやつ、ちゃんと鍛えてるんだな。で、だ。どう? 怖がってないのが分かっただろ?」
 黙って頷く友人たち。何も言わずにその場を立ち去った。その日、校舎に雷が落ちたというので、ちょっと騒ぎになったが、大した問題にはならなかった。
「さて、皆の面子も保ったことだし、めでたしめでたしだな」
 バリョウとしては、口で言うよりも実際にポケモンが繰り出す技がどれほどのものか、目で確かめてもらったほうが早いと思った。それに、こけおどしというふうに見られるのも、バリョウはともかくポケモンたちにとっては、いい気分にはならないだろう。
 面倒を見ているのは自分だけど、何よりも変えがたい安心感がある。物騒な事件が起きても、そんな出来事は遠い世界での出来事のように思われる。しかし、唯一バリョウが嫌だなと思うことがあった。大学のキャンパス内でのことだ。バリョウが下校するときは、ウインディを連れ歩くことが多いのだが、そのときに集まる視線はどうしても克服することができない。好奇の視線が突き刺さるようにバリョウに向けられる。ウインディの面倒を見るのは、半ば運命のようなのかも知れないがこの視線だけは勘弁して欲しかった。
「……」
 バリョウは校門を出るまで、何も言わなかった。どうしても威厳たっぷりの姿のウインディとすらっとした青年であるバリョウとでは外見的に釣り合いが取れていない。それでも主義主張が多少違うことはあっても、仲は良かった。

 それから、また別の日のこと。この日、バリョウはリクソンとラクヨウ市内に寄り道をしていた。リクソンはこの時、エーフィだけを連れ歩いていた。さすがに7匹も連れ歩くのは迷惑なので、残りはボールに入れておいたのだという。買い物を済ませ、大通りの歩道を歩いていると、ちょうど引ったくりの現場に居合わせた。前から歩いてくる老婦人のバッグがバイクに乗り、、フルフェイスのヘルメットをかぶった男2人組に、ひったくられたのである。バッグを強奪された老婦人は路上に転倒した。周りにいた人たちは何が起こったのか分からずに、事の一部始終を見ていた。
「あーあ、かわいそうに」
「リクソン、何、呑気な事言ってるのさ! ぼくが捕まえるから、早く警察に電話してよ」
「おい、危険だぞ!」
「大丈夫」
 エーフィはバイクをサイコキネシスで押し倒した。やり方が手荒な気もしたが、相手は犯罪者だ。情けなど無用である。バイクは派手に倒れ、そのまま路上をスピンし、向かい側のガードレールにぶつかってようやく止まった。犯人2人は、路上にたたきつけられた。強奪されたバッグは宙を舞い、バリョウの足元に落ちた。犯人の1人がバリョウが拾い上げたバッグを奪おうとしたので、ウインディが犯人に前脚で蹴りを入れた。膝や肘、頭部は保護されていたが、腹は無防備だった。蹴られた犯人の体は街路樹にぶつかった。そのまま犯人が動かなくなったので、バリョウが近づいてみると
「あ、伸びてる」
 バリョウは犯人が死んでいないことを確かめた。それにしても不運な犯罪者だ。
「この野郎、よくも邪魔してくれたな!」
「えっ、わあっ」
 気を抜いたのがいけなかった。エーフィは後ろから近づく犯人に気づかず、首を絞められた。逆上した犯人にとって逃げることよりも仕返しすることのほうが大事になっていた。逃げれば捕まらないかもしれないのに、という理性的な判断はできなくなっていた。
「ぐっ、うう……」
 精神がうまく集中させられず、技を出すことができなくなってしまった。
「おい、リクソン。まずいぞ」
「だから、言ったのに。しょうがないな。リーフィア」
 リクソンはリーフィアをボールから出した。
「リクソンさん。どうしましたって、エーフィさん!」
「ああ、本当にまずいんだ。犯人を殺さずに何とかしてほしいんだ」
「分かりました」
 殺したら過剰防衛でこちらも罪に問われてしまう。リーフィアは駆けながら、考えた。相手の気をそらすことができれば何とかなるかもしれない。リーフィアはリーフブレードを犯人のヘルメットめがけて振り下ろした。鈍い衝撃が体に伝わる。この一撃で、ヘルメットは真っ二つに割れた。突然自分の視界が変わったためか、犯人の気がそれた。
「ゲホッゲホッ、お返ししてやる!」
 エーフィは、犯人をサイコキネシスで投げ飛ばした。犯人は受身を取れず、頭を地面にぶつけてしまった。
「あれ、死んじゃった?」
「どーせ、脳震盪で気絶しただけでしょ」
 警察がやってきて、犯人2人は伸びたまま御用となった。老婦人はお礼を言って去っていった。あとで、知ったのだがこの犯人2人は他の場所でも引ったくりに及んでいたという。完全武装の割には「遊ぶ金が欲しかった」という短絡的な動機だった。あれで、人間がたちむかっていったら、どうなるのか……。捕まえるどころか、返り討ちになっていたかもしれない。
 その帰り道でのこと。
「犯人があっさり捕まってよかったですね」
「リーフィア、大手柄だったな」
「いいえ、当然のことをしただけです」
 リーフィアはそうは言ったものの、顔は嬉しそうだった。リクソンが頭をなでる手を受け入れて、気持ちよさそうにしている。一方で対照的なのはエーフィだった。よほど悔しかったらしい。いや、悔しかったというよりも屈辱的だった。リーフィアに手柄を取られたなどという小さなことではない。まさか、人間にあそこまで痛めつけられるとは……。下手をしていたら死んでいたかもしれないのだ。でも、人間なんかにそこまで追い詰められるなんて……。
「……ぼくが、人間なんかに……」
 エーフィがぼそっと言った言葉をバリョウは聞いてしまった。言葉の解釈の仕方などいくらでもあるだろうが、バリョウはエーフィが言った言葉を「ぼくがその気になれば、人間の一人や二人殺すのは簡単だ」と言っていると受け取った。殺されそうな状況だったので、普段なら逆の立場なんだぞ、という意識が働いているように思ったからだ。

 次の日、バリョウはエーフィに昨日の言葉のことを聞いてみた。
「あー、聞いてたんだ」
「うんまぁ、たまたま聞こえちゃってね」
「どういう意味って言葉通りだよ、まさか人間にあそこまで痛めつけられるとは思ってなかったからね、まだまだ修行が足りないなぁ」
 バリョウはほっとした。しかし、やはりポケモンを持っていない人からすると、バリョウのようにポケモンを手なづけているのは、不思議に見えるのかもしれない。しかし、バリョウやリクソンは言う。
「手なづける、っていうか、小さいときから一緒だしね。協力してここまで来たって言う方が適切だと思うけどね。実際、自分たちにトレーナーで食っていく素質があるなんて思わないし」
 けれど、バリョウはポケモンを持っていない学生たちが、どうしてそんなことを思うのか、一つの答えが出せたような気がした。


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Last-modified: 2012-04-04 (水) 00:00:00
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