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ホワイトクリスマス!死神の鎌が届く瞬間 Ⅰ

/ホワイトクリスマス!死神の鎌が届く瞬間 Ⅰ

大会は終了しました。このプラグインは外して頂いて構いません。
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官能描写はありませんが暴力的なシーンやグロテスクなシーンが数多く含まれます。
結構な数のポケモンが命を落とします。自分の好きなポケモンが命を落としても平気な方のみどうぞ。
・この物語はフィクションです、実際の人物や団体、及び他のwiki作品とは関係ありません。
                                                                    



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プロローグ 探偵は2匹で1匹 



 ピョーン
 ピョーン
 タタタタ…


 少し乾いた冷たい風が吹き抜ける夜、ビルを跳び回る音とビルの合間を走り抜ける音。

 一つのビルの壁が暖色に照らされ、そこにたくさんの矢が突き刺さる。
 突き刺さった矢を足場にして屋上まで一気に登ると光源を失った矢は痕も残さず闇に溶けていった。

『やっと追いついたね』
『屋上でダイレクトに追い回すより確実とはいえ、ちょっと手間取ったけどな』
『いつものことを考えれば簡単だけどね、さっさとそいつを捕まえて帰ろうか』
 繋がっていた会話を一旦切って接近してくる標的を見定める。

「どうやらここまでのようだな、神出鬼没のひったくり犯」
「直前まで姿もなく、被害者が取られたと気づくまでにはその場から撤退できる。すり抜け持ちのポケモンでもひったくった荷物は壁を抜けられないと考えれば、容疑者は君しかいない」
 着地音が響くと同時に次のビルへの移動を遮る様に先回りしていたガオガエンが現れる。

「待ってくれよ、だから俺にはそんな器用なコト出来ないって警察に証言したのは知ってるだろう!?」
 真夜中のアクロバットな散歩を妨害された上に容疑者扱いされたエースバーンも負けじと反論する。

「イリュージョンで姿を消しても存在を消すことはできないし、高速飛行の可能なポケモンでも急降下からの急上昇には時間がかかるから除外できる、当然ボールを蹴ること以外何の才能もない君たちの種族じゃ犯行は不可能だ」
 敢えて逆撫でするような言葉を選んで事件の真相を語る声の主の姿は見えない。

「だったらなおさら俺は容疑者じゃないんだから誤解しないでもらえるかな?」
「普通ならね、でも君は持ってるよね?不可能の可能にしてしまうアイテムを」
「ビルの屋上ピョンピョン跳び回っといてシラを切るなんて悪あがきも見苦しいな」
「君の背中に隠してるそのレコードみたいなのは何かな?」
「カビゴンじゃあるまいしテメ―の背中じゃ“DISC”は隠し切れねーよ、何ならそいつの名前も当ててやろうか?」

「「“SPRING”だ」」
 地面にDISCが落ちる乾いた音。

「“SPRING”、“バネの記憶”を持ったDISCなら高所から急降下しても着地の負担はほとんどないどころか、逆に跳び上がるエネルギーを蓄積して素早く離脱できるから姿なきひったくり犯の出来上がりって訳だ」
「ちなみにそのDISC、適合率が高いのは“単純で騙されやすく、本来は大した身体性能もない癖に脳筋なバカ”なんだってね」
「言わせておけば散々バカにしやがって!お望み通りお前らの命もひったくってやるよ!」

『ジュナ、言質取ったか?』
『バッチリだよ、これで証拠も揃ったね』

「バネの恐ろしさ、身をもって味わいな!」
「SPRING!」
 レコード並の大きさだったDISCがエースバーンの体内に入り込んで行き、低音の起動アナウンスが流れる。

『あのDISCは脚部以外にも当然腕の力も増幅させられる、懸念材料にすらならないけど一応伝えとく』
『ご丁寧にどうも』

「吹っ飛びやがれ!」
 近くの空き缶をリフティングして火炎ボールを放ったがすんなり躱され不発、それどころか背後の柵に矢が突き刺さる。
「湿気にやられたしょぼい花火みたいな攻撃はやめときなよ、君の周りに影を生み出すだけなんだし、次同じことしたら僕の矢で君をブリガロンみたいにしちゃうよ?」
 姿の見えない声の主からの威嚇射撃で蹴ろうとした瓶のキャップを手放した。
「だったらこれだ!」
 バネで強化された脚力を活かして10メートル以上の距離を一足飛びで接近、中段蹴りに似た蹴りをガオガエンに放つが、特に力も入れてない左腕で簡単にガードされる。
「所詮はDISCの能力に振り回されてるド素人だな!」
 反撃の右フックは軸足の破壊を狙った強めの一撃だったが、バネの力によってギリギリ回避されて掠めるだけに終わった。

 再び元の地点に戻ろうとしたエースバーンは着地に失敗し、左脚を押さえて倒れ込む。
「何でだ⁉バネの力で着地の衝撃は受けないはずなのに…」
「足の関節でも外れたか?こりゃ種族的には再起不能だな」
 軸足の喪失はメインの足こそ失っていないものの、満足にシュートするどころかリフティングも不可能だろう。

『軸足の関節を外すなんて利き足を破壊するより陰湿だね…』
『ああいうのには利き足を破壊するより有効なんだ、まぁ陰湿を否定できないけどよ』
『陰湿ってのは頭のいい証拠だよ、あいつのとどめは僕が刺そうかな?』
『そいつはどうも、でも本当に“あの技”を使わなかったらお前倒されるぞ?』
『ああいう馬鹿は持ってるはずだよ、それに万一は君がいる』


「さて、そろそろDISCをブレイクさせてもらうぜ?脳内お花畑在住の貧弱バニーボーイ君」
「野郎、ぶっ殺してやる!」
 ガオガエンの安っぽい挑発に乗ったエースバーンは両腕をバネにしてハンドスプリングの要領で跳び上がる。最も文字通り腕をバネにしているので跳び上がる勢いは通常のハンドスプリングを超えているが。
 そのまま空中で膝を曲げ、急降下しながらガオガエンを狙う。

『ビンゴだな』
『ビンゴだね、あとは任せて』

 飛び膝蹴りが直撃する直前ガオガエンはサイドステップで移動、そこにもう一匹のポケモンが姿を現す。
 緑色のフードとマントを羽織ったように見えるその姿に膝が触れる…
が、衝突のエネルギーも発生しないまま身体を突き抜けてしまう。
「見た目は悪くなかったしもう一度やってみる?まぁ、もう一度出来れば、の話だけどね」

 突き抜けた先はビルの屋上ではなく深い闇が広がっており、エースバーンは悲鳴を残してビルの隙間に飲み込まれていった。


『軸足の関節を外されて飛び膝蹴りを外した自傷ダメージに加えてビルの屋上からの転落ダメージ、ご愁傷様でした』
『DISC破壊の手間が省けちまったな、にしてもお前も結構エグい事考えたな…』

 ビルの屋上から転落したエースバーンは落下場所のおかげで死なずには済んだものの、命を救ってくれたゴミ捨て場の生ゴミに上半身が埋もれて、生ゴミの臭いのする尻尾と足だけが見える一瞬の芸術作品と化していた。
 足元に砕け散ったレコードも見えるし、バネの力ももう使えないだろう。

『ガオに陰湿なトコ見せようと思ってね、あとは警察にこのオブジェを通報するだけだね』
『あれなら“チェーン”で縛る必要なさそうだが一応縛っとくか?』
『どうだろう?あれじゃ動けそうにないけどね…』
『なんつーか、あんなブロックのおもちゃ見たことある気がするな…』
 雑談しているうちに通報を受けた警察が来て、足だけオブジェは生ゴミ漬けにされたまま連行されて行った。


『これで明日には謝礼金も入ってる事だし、帰って飯にしようぜ』
『そうだね、僕はおでん食べたいな』
『いや、レシピ見せて来ても今から作ったら朝飯になっちまう』
『…じゃあ高菜チャーハン』
『了解、それならすぐ作れるぜ!』
『もちろん中華スープも付けてね』
 二匹は宵の口を帰って行った…


「ヤバいヤバい、道間違えて遅れちゃった…!」
 表通りの賑やかな町を一匹のアシレーヌが急いでいる。
 待ち合わせの時間に遅れて急いでいるようだが、陸上では上手く移動できないので結構苦戦しているらしい。
 そんな大急ぎな彼女も、建物の陰から貝殻のアーマーを嵌めた前足が見えれば自然と頬も緩む。
「お兄ちゃんお待た、せ…」

 建物の陰に隠れていたダイケンキは突然倒れ込み、足元には血だまりができている。
「ねぇ、ドッキリにしても怖すぎるから早く戻ってよ!ねぇってば!」
 道を行くポケモン達も事の異変に気付いて集まったり悲鳴をあげたりと、それぞれの反応を見せている。

 アシレーヌが必死に揺さぶっているダイケンキもといかつてダイケンキだったものは、頭から首までが消えてなくなっていた…

ホワイトクリスマス!死神の鎌が届く瞬間 Ⅰ 


 illustration by 村蒼
 written by 慧斗


死神の鎌が届く瞬間 FA.jpg


FILE1 Welcome to Windy town 



 ジョウト地方
 
 かつてこの地方に住んでいた探偵が「小さな幸せも、大きな不幸も、常に風が運んでくる」と言ったなんて逸話もある程度には良い風の吹く地方と言われている。
 その中でも特にいい風が吹く町と言われているのが、南東に位置するワカバタウンだ。
 ポケモンセンターもないような片田舎で、誰が住んでるかも分からないような家が数軒と開店休業状態の雑貨店が一つある程度。
 こんな町に住んでる時点で変わり者扱いも避けられないが、実はそうでもないかもしれない…


『今度は何を考えてるんだい?』
『いや、見た奴がセンチメンタルな気分になるようなピ○ゴラ装置を作る方法を考えてただけだ』
『…なるほど、僕はてっきりレクイエムで死に続ける運命になったディアボロの死に方に何らかの法則性を見出したのかと』
『…』
『…』
『…そろそろ朝飯にしようぜ』

 前言撤回、変わり者を超越したなにかだった。


『じゃ、皿洗いよろしく頼むぜ』
『お店開けるぐらいに料理は上手いのに、どうして皿を洗うのは絶望的にダメなのか…』
『俺が水仕事やったら命にかかわるからな、それ以外は頑張るけどよ』
『そうやってしれっと洗濯や水使う掃除も押し付けるよね…』
『心配するな、ちゃんと晩飯のためにおでんの仕込み始めといてやるよ』
『よかろうやってやろう』
 洗剤の付いたスポンジがふわふわと浮かび上がり食べ終わった食器を洗い始める。泡の付いたお皿は勝手にすすがれるように移動して乾燥棚に並んでいく。
『ポルターガイストの無駄遣いなんだし、そろそろ食洗機買おうよ?』
『むしろ有効活用と呼ぶべきだな、掃除にも洗濯にも便利だろ?』
『これ結構疲れるんだよ?精密動作性も必要だしたくさん動かすとその分消耗するし…』

 最後に残ったフライパンを洗う音だけが響く中、玄関のチャイムが鳴る。
『開店休業の店に来客とは珍しいね?』
『伊達に店名を“閑古鳥”にしてないからな、それにしてもまだ開けるには時間早くないか?』
『10時から開店休業なんだけどね、となると…』

『本業のご用件、だな』


 ドアの前には一刻も早く開けて欲しそうにしているアシレーヌがいた。
『いらっしゃい、と言いたいとこだけど雑貨の開店時間は10時なんだ、もうちょっと待ってくれるか?』
「ここですよね、奇妙な事件を専門に取扱う探偵事務所ってのは!」
『やっぱりそっちのお客さんだったか、今散らかってるからちょっと待っててくれるか?』
「お願いですからあの事件の謎を解き明かしてください!」
『なぁ、ちゃんと話聞いてるか?俺はちょっと待てと…』
「お金ならなんとかしますから黙ってないでお願いします!」
『ジュナ、こいつ会話が成立しない!同じ言語喋ってるはずなのに俺の言葉を理解できないらしい!』
『会話が成立しない?What’s your name? ダリナンダアンタイッタイ?』
「さっきから黙ってないでください!こっちは必死なんです!」

『…オーノーだジュナ、アイツもうだめジュナ、アイツの使用言語で話してやってるのにまるで通じてないジュナ、英語もオンドゥル語もお手上げジュナ』
『確かにこれは何らかのDISCの影響を受けているのかも…そういえばイタリア語はまだ試してないよね?』
『その手があったか!行くぜ… arrivederci!(さよならだ)』
『…いや、なんでそれにしたの?』
『格好いいから?』

「さっきから黙ってお喋りしてるならちゃんと話聞いてください!お願いですから!」

『ってかイタリア語もダメだといよいよお手上げだぞ…』
『ガオの能力でなんとかできないかな?あれなら言語も関係ないと思うけど?』
『いやこれ“繋げる”のはかなり困難なんだぜ?実際こうしてお前と思考を共有するのだって最初に繋ぐのは大変だったんだから…』
『あっ』

『『普段のクセでさっきからずっと思考共有で喋ってたんだった…』』


「えと…今度こそ声聞こえるか?」
「…はい、ちゃんと聞こえてます」
「なら良かった、なにせ今日は初めて声出したもんでな…」
 ようやく会話が通じたこともあって、アシレーヌは疲れた安堵の表情になっていた。多分俺も同じような顔してる。
「で、雑貨の方のお客さんじゃないんだな?」
「…はい、ここに来れば力になってくれるって噂で聞いたんで」
「とりあえず奥に入ってくれ、話はそれから聞く」

「悪いけど、依頼を聞く前にこのアンケートに答えてくれるか?」
 チェーンのブレスレットをした手で、アシレーヌにクリップボードに挟んだアンケート用紙を手渡す。
「生年月日に性別、種族名、犯罪歴、技構成、めざめるパワーのタイプ、テラスタルタイプ、個体値、性格、これ答えなきゃいけないんですか?」
「悪いけどクライアントの情報を把握しておくのも仕事のうちだからな、めざパとかテラスタルタイプは分からなかったら開けといていいぞ」
 アシレーヌはそこそこ悩みながらアンケートに記入して、裏面の質問に取り掛かっていた。
「赤or緑or青、金or銀orクリスタル、ルビーorサファイアorエメラルド、ダイヤモンドorパールorプラチナ、黒or白、XorY、太陽or月、剣or盾、スカーレットorバイオレット… これ一体何のアンケートなの?」
「ただの趣味の調査だ、ゲームのキャラメイクみたいな影響はないから買ったやつを答えてくれればいい」
「買ったやつ…?」
 ?マークを頭に浮かべたアシレーヌを横目に俺は手に持ったケトルを沸騰させてポットに注ぎ、ジュナイパーは戸棚からお菓子を探していた。

「えっと、この“立つな”という言葉に対するあなたのイメージは?って本当にどういう意味?」
「文字通りの意味だ、お前のイメージを正直に答えて欲しい」
 選択肢は“世界の中心で叫びたい”、“書初めに使いたい”、“特に考えたことなかった”、“曇るメガネ並みに鬱陶しい”、“こんな言葉があるからこの世から戦争がなくならないんだ”、“その他(側面に書いてください)”にしてある。
 最後の最後に癖の塊みたいな質問が来て啞然としていたアシレーヌだったが、このアンケートに答えなきゃ肝心の依頼を聞いては貰えないと思い出したのか、一つにに丸を付けてテーブルの上に置いた。

「これでいいんですか?」
「どれどれ…?」
 “こんな言葉があるからこの世から戦争が(ry”
「…何か書き忘れでも?」
「…おめでとう、基本料から1割引きにしといてやる」
「えっ?」
「基本料一月50万のところ45万に割引きだ、紅茶を淹れたからそれ飲みながら詳しく聞こう」
 戸惑うアシレーヌをあまり気にせず俺は温めておいた茶器を取りに戻った。

「最後に君は正しい選択をしたんだ、一歩間違えれば依頼どころじゃなかったけどね」
「聞いてもらえずに帰された、とかですか?」
「いや、生きて帰してはもらえなかったね」
 ジュナのやつ、余計なコトを…


「アシレーヌ19歳の雌、犯罪歴はなし、技構成は…必要なら後で言えばいいしこれ以上読み上げる意味もないし本題に入るか。単刀直入に聞こう、依頼の内容は?」

 淹れたての紅茶とマドレーヌの香りの広がるテーブルでいよいよアシレーヌからの依頼の内容を聞き始める。

「私の兄を殺した奴を見つけて欲しいんです!」
「容疑者探しか、腕が鳴るね」
「ジュナ、今はやめとけ。そのお兄さんはどんなポケモンだった?」
「雄の、ダイケンキです」

『一昨日の夜、コガネシティでダイケンキが殺される事件があったね』
『クライアントに対してあんまストレートに突き過ぎると感情に左右されて聞き込みが面倒になるから、ちょっとは配慮してくれよ?』

「もしかして一昨日の事件の?」
「はい、昨日もニュースになってたっけ…」
「だね、ニュースでの情報しか知らないから分かる範囲で聞かせてくれるか?」
「分かりました…」
 とりあえず近くに置いていたレコーダーを起動させる。
「一昨日の夜9時頃、お兄ちゃんとの待ち合わせに遅れたので急いで待ち合わせ場所へ向かってました」
「時間は正確なのか?」
「チラッとスマホの時計で確認したので9時を過ぎてたのは間違いないはず…」
「OK、続けてくれ」
「それで、ちょっと遅れて待ち合わせ場所のコンビニ前に行ったら建物の陰からチラッと前足が見えて、お兄ちゃんだと思ったら急に倒れちゃって、足元に血だまりを作ってたから最初は悪質なドッキリだと思ったんだけど、反応もないし揺さぶってみたら…」
「お兄さんが奇妙な死に方をしていたと」
「はい、よく見たら頭から首がなくなってて…」

 一通り話終わったらしく、アシレーヌは紅茶のカップにミルクを入れて一口飲む。
「警察はどう言ってた?」
「通り魔の犯行じゃないかって言ってました、最近不穏な事件も多いからって…」

『仮に通り魔の仕業だとしてよ、急所を刃物で一突きにするならまだしも頭から首を丸ごと切り落として持ち去るなんて芸当、表通りで誰にも見られずに切り落として持ち去るなんてできるか?』
『普通なら不可能だね。通り魔事件とみなされてる以上担当の管轄まで捜査は動いてなさそうだし、ここに来た彼女の判断は間違ってないね』

「で、ここに来たってことは通り魔を逮捕してもらうだけじゃ気が済まないか?あるいは、通り魔による犯行とは思えない何かを見つけた、とか?」
 冗談ぽい口調から言い放った一言にアシレーヌの顔は驚きに染まる。
「後者がビンゴだな、その気付いた何かを聞かせてもらおうか」
「えっと、私の見間違いかもしれないけど、お兄ちゃんの身体、切り口が綺麗じゃなかったなって…」
「綺麗じゃない?研いでない包丁でマトマの実を切ったみたいにゲクゲクな断面だったとか?」
「いや、切り口というよりはむしろ断面に小さな穴がいっぱいあったように見えて…」
「…それを警察には言ったのか?」
「一応言ったには言ったけど、“パニックになって見間違えたんだ”って言われて、事件のあった時の記憶とか、自分の記憶や感覚も色々信じられなくなって…」
「いや、その違和感は真実に近づく鍵かもな」

 目に涙を溜めたアシレーヌに対してきっぱりと言い放つ。
「川尻早人だって日常の違和感からシリアルキラーの正体を見破ったんだ、違和感は真実へと向かうための道しるべだぜ」
「そう、かな…」

「…ほら、同僚の警官だって言ってただろ?大切なのは“真実に向かおうとする意志”だって」
「…あなたも警察だったの?」
「いや、アバッキオの同僚」
「…誰?」

『折角格好いい台詞言ったのに2発目は盛大に滑ったね…』
『うるせぇ、というかアバッキオの同僚の言葉以外に俺は格好いいような台詞言ったか?』
『別に、言った当事者は名言だと気づかないのが名言だよ』
『まぁいいや。ところでこの事件、お前はどう思う?』
『そうだね、今のところはどちらとも言い難いけどDISC絡みと想定した方がいいかもね』
『だな、どっちにせよこの依頼は受けるぜ』
『依頼をどうするかは君が決めることだろう?参考程度に僕は首を突っ込む気満々だよ』
『任務了解!』

「とりあえず容疑者の動きも分からない以上、兄妹狙いの犯行を想定するならなるべく俺たちの手が届く範囲にいた方がいい。無理にとは言わないがなるべく俺たちの傍にいろよ?」
「ってことは、依頼を引き受けてくれるの?」
「そういうことだ、じゃなきゃそんな質問するか?」
「ありがとう!とりあえずコガネシティのホテルに一旦戻るから何かあったら連絡を…」
「なるべく俺たちの傍にいた方がいいって話聞いてたか?それにお礼は解決するまで取っといてくれ」
「そうは言ってもジョウトには最近来たばかりで、同居する予定のお兄ちゃんのアパートも警察が調査に入って使えないし…」
「…2階に使ってない4畳半が一室ある、ベッドはあるしWi-Fiも繋がるから掃除したら寝床にはなるぞ?」
「そっか、掃除も洗濯も頑張るからそこで過ごす!」
 絶賛稼働中のレコーダーを見て、ジュナと悪い笑みを浮かべて顔を見合わせた。
アシレーヌは気づいていないようだが、家事を一任できる言質取ったぜ…!

「そうそう、基本料金のお支払いはお早めにね。ガオは1週間ぐらいは待ってくれるけど、半月も過ぎたら目に見えて機嫌悪くなるから気を付けた方がいいよ?」
「おいッ!」
 所々ジュナイパーの口からこぼれ出す余計な一言にアシレーヌはただ苦笑いするだけだった…


「そうだ、一つ聞き忘れたんだけど」
「…何かな?」
「晩飯はおでんだけど、お前好きな具材ある?」



「ロールキャベツは初めて入れたけど結構いい感じかもね」
「春菊は直前に入れるけど早めに食えよ?」
「…これちゃんとウインナー入ってる?」
「何故か鍋の底に沈んだまま浮かんで来ない、そんな沈む食材だったかな?」

 食べるポケモンが一匹増えたぐらいなら許容範囲らしく、そろそろ存在が疑われるウインナー以外の具材は美味しそうに煮込まれて湯気を立てているのが見える。
「お箸構えといた方がいいよ、春菊入った瞬間が勝負だから」
「勝負?」
「二刀流のフェンシング状態になるからね」

「召し上がれ!」
 卓上の鍋に左手で近所のオーダイルさんに貰った新鮮な春菊を大量に投下、それと同時に右手の箸が鍋に急接近させる。貰ったぜ…!
「一匹占めはさせないよ!」
 負けじとジュナの箸も鍋を急襲、アシレーヌを置き去りにして4本の箸は2対2で入ったばかりの春菊を奪い合い、やがてほぼ二等分するようにサッと火の通った状態になった春菊を綺麗にかっさらって行った…

「…何今の?」
「何って、ただの春菊争奪戦だが?やっぱ美味い…」
「おでんの春菊はサッと火を通す程度が美味しいからね、しゃぶしゃぶ状態で食べるに限るよ。美味しい…」

 既に鍋に投下された春菊は二匹の捕食者によって狩り尽くされ、流れについて行けなかったアシレーヌは残った葉っぱの切れ端を上手く使えないお箸で掴んで食べた。
「…確かに美味しい」
「だろ?一度食ったらもう春菊抜きのおでんはありえないぜ?」
「ちなみに色んな事情で春菊は最序盤に食べ尽くすから、後半なんて春菊の存在忘れてるけどね」
「もうちょっと食べたかったけど…」
「まぁまたの機会にってことで、大根も染みてて美味しいよ?」
「大サービスだ、装ってやるよ。どれが食いたい?」
「普段僕にはそんなことしてくれないのに…」
「…あぁもう、客優先なんだからジュナは後でな!」

「えっと、ウインナーちゃんと入ってます?」
「確かに入れたぜ、ほらここに…」


 調査開始は明日ということにしているから時間的な問題はないけど、アシレーヌの食器も何とかしなきゃな、なんて考えながら限界まで染み込ませておいた大根をサルベージにかかった。

FILE2 喧騒に埋もれた手がかりを追って 



 夜型の俺たちよりも遅く起きて来たアシレーヌに声を揃えて“おそよう”と言ってから冷凍のうどんを3玉解凍し始めた。俺の熱で解凍するから直前でも問題ない。
「…まぁ、今日から調査を開始するんだけど」
「どんなことするの?」
「とりあえずは身辺調査かな。断面の謎は気になるけれど、このままだと容疑者を絞れてないからね」
「お兄ちゃんは誰かに恨まれてたのかな…?」
「そこは何とも、知り合いとかに聞き込みから始めるとして、君も良かったら協力してくれる?」
「やったことないけど、頑張ります…」

 ジュナにはアシレーヌへの行動指示を頼んでおいた、俺は別の鍋に分けておいたアシレーヌ用の春菊のスタンバイをしておいて、飾り付け用のちくわとこんにゃくを切り分けて、串から外した肉を俺の丼だけにこっそり放り込んだ。

「はいよ、朝飯だ」
 うどんの入った丼ぶりを三つテーブルに並べた。
「昨日のおでんをリメイクした、アシレーヌ用に春菊は別で用意してる」
 おでんうどんはジュナの見せて来たレシピ本に載ってたリメイク術なんだけど、これが結構美味い。おでんは春菊に始まりうどんに終わる料理なのかもしれない。
「それは楽しみ…ってきゃあっ⁉」
 丼ぶりを取ろうとしたアシレーヌはテーブルの縁に置いていたマグカップがテーブルから落ち、真っ二つに割れた。俺のお気に入り…

「マグカップまで割っちゃった…」
 落ち込むアシレーヌの肩にそっと羽根が触れる。
「これぐらいなら大丈夫、すぐ“直る”から」
「いや、あんな綺麗に真っ二つになっちゃったのに…」
「冷めたら春菊不味くなるだろ?さっさと食えよ」
 遠回しに“お前が割ったのは俺のお気に入りだ”というアピールをしておいて割れたマグカップをおぼんに乗せて運んで行った。

 まぁ、これぐらいならすぐに直るんだけどな。

「こんなので私大丈夫かな…」
「お茶のおかわりだ、今度は落とすなよ?」
 今一つ春菊の味を堪能できずにいるアシレーヌの前に煎茶の入ったマグカップが再び置いてやった。
「どうも、ってあれ?」
 案の定困惑している。さっき落として割ってしまったはずのマグカップが目の前にあるんだから無理もないか。目をこすっても今はヒビ一つ入ってないぜ。

「ねぇ、さっきこのマグカップ割れなかった?」
「何言ってるの?割れてないよ?」
「でも、さっき私が落として…」
「そんな夢を見たんだよ、枕合わなくて良く眠れなかったんじゃないかい?」
 ジュナイは何も知らない様子でうどんを食べている。これ以上考えても分からないと思ったのかアシレーヌもうどんを食べ始めた。

 せめてあいつのいない時にやるべきだったか?
 ジュナに聞こうと思ってもうどんに夢中らしいので、俺も一味を振って麺をすすった。



 食べ終えたらコガネシティに出向いて聞き込み調査を開始らしい。
 ジュナイパーは「別ルートで探る」と言って部屋に戻ってしまったので、ガオガエンとの行動になる。
「三日前とはいえ記憶に新しい奴も多いはずだ、待ち合わせ場所のコンビニ周辺から聞き込み開始しようぜ」
「どんなこと聞けばいいの?」
「そうだな…お前はお兄さんのダイケンキに関して聞いてみてくれるか?身内の方が色々やりやすいだろ」
 それから3時間、事件現場になったコンビニを起点に周辺で聞き込みを開始して、昼過ぎに近くのカフェで情報交換することになった。


「そっちはダイケンキ絡みで何か情報は?」
「お兄ちゃんはあんまりこの辺は来ないみたいで、知り合いというポケモンもいなかったみたい…」
「そうか、だったらこの辺に容疑者のいる可能性は低めか…?」
「そういうガオガエンさんの方は?」
「年齢近いしタメでいいぜ。現場のコンビニ自体は知っての通り捜査中で営業してないんだが、その時バイトしてたルカリオを発見してな…」
「それで、何か手掛かりは?」
「彼はその時レジ担当で窓越しの話になるが、その時間にポケモン同士の喧嘩や他のポケモンに襲われたりした様子はなかったらしいぜ」
「…それ、手掛かりになるんです?」
 頼んだホットコーヒーは熱くて、苦かった。
「何言ってんだ?立派な手掛かりだぞ?」
 顔をしかめた私に角砂糖の壺を差し出してガオガエンはきっぱり言い放った。

「一旦ここで状況を整理しようぜ、答えるのが辛くなったら質問止めるから言えよ?」
「はい…」
「早速第1問、アシレーヌのお兄さんはどんな状態になっていた?」
「頭から首まで、なくなってた…」
「そうだな。続けて第2問、その頭から首は現場にはあった?」
「現場にはなかった…」
「だな。そして第3問、常識的に考えて頭から首はどうなったと考えられる?」
「容疑者が、現場から持ち去った?」
「大正解!正解者にはご褒美に角砂糖をもう一つ進呈だ!あ、店員さん、追加でパンケーキ一つ頼む」
 既に角砂糖を2個入れたのに、ガオガエンはさらにもう一つ入れてしまった。

「そう、普通に考えれば現場から持ち去ったと考えるのが妥当だ。しかし現場はポケ通りの多い表通りだ、そんな場所でダイケンキの頭なんて持ってる奴がいたらお前は素通りするか?」
「声をかけるかどうかはともかく二度見しちゃうと思う…」
「模範解答をどうも、普通に持ち去ったとしたら誰かしらがそれを認識しているはずだ。けど警察は目撃者を見つけられずにいる」
「つまり、首は持ち去ってないけど見つかってないってこと⁉」
「さては思考整理得意だな?どこかに隠したのか、何らかの方法で消したのか、そこまでは現時点でははっきりした答えは出ないけど、そう考えられる」
 案の定コーヒーは甘々になっていた。
「でも、ゾロアークだったらイリュージョンで隠せるんじゃない?」
「鋭いな、でもそこでルカリオの証言が生きて来るんだ」
「お兄ちゃんが他のポケモンと戦ったり襲われたりした様子はなかったってやつ?」
「そうだ。あのコンビニはどうも夜になると酔っ払いの喧嘩やトラブルも多いらしくてな、店員は万一に備えて窓の外にも目を光らせているらしい」
「それがどうかしたの?イリュージョンなら見えないんじゃない?」

「お待たせしました、パンケーキです」
「ちょうどいい所に来たな。アシレーヌ、お前これナイフで切ってみろ」
 そう言ってガオガエンは私にナイフを手渡した。
 バターとメープルシロップのシンプルなパンケーキ、素朴で結構美味しそう…

「痛たたたたた!何すんだお前⁉」
 ナイフで切り始めた途端、黙って見ていたガオガエンは突如悲鳴を上げ始めた。
「それはこっちの台詞!急に大きな声出したりして…」
「これで分かっただろ?万一お前のお兄さんが弱かったとしても、切られてんのに抵抗したり逃げたりしないなんて事があるか?」
「あっ」
 パンケーキを切った時に急に悲鳴を上げた理由が分かった。
「まして聞き込みした店員はルカリオだ、凶悪な感情の持ち主を感じたなら警戒の一つはするはずだ」
「なるほど…」
「仮に辻斬りやつばめ返しを覚えたゾロアークだったとして、首の肉を切れても首を一発で刎ねるなんてよっぽどの力がないと無理だぜ。それにダイケンキはアシガタナなんて立派な刃物持ってるんだ、首を刎ねることにこだわるにしてもそいつを奪って使った方が現実味もある」

「じゃあ手掛かりはないってこと?」
「いや、お前は既に掴んでるだろ?立派な証拠」
 そう言ってガオガエンは伝票を掴んでレジに向かった。
 それを聞きたかったけど追いてかれたくなくて、残りのパンケーキを甘いコーヒーで流し込み、ついでにグラスの水を飲みほして追いかけた。


『ジュナ、そっちはどうだ?』
『ダイケンキの襲われた事件の後にジョウトで似たような事件が4件起こっている。36番道路でロコン、ヨシノシティでオオタチ、34番道路でニョロゾ、1時間前にエンジュシティでペルシアンといった具合だね』
『本当についさっきだな、ジョウト圏内であることを除けば場所の共通点はなさそうか?』
『現場にも繋がりを感じられないし時間もバラバラだね、襲われたポケモンの共通点も調べてはみるけど接点はなさそうかな…』
『でも似たような事件と分かったってことは、何か共通点はあったんだろ?』
『流石だね。端的に言えば、“死体はどれも体のパーツの無い状態で発見された”んだ』
『なるほどな…断面はどうなってた?』
『そこまでは僕の能力じゃ調べ切れなかった、せめてもう少し絞れるヒントがあれば分かるかもだけど…』
『それで十分だ、こっちもいくつか候補はあるから帰ったら試してみようぜ』


「まだパンケーキも残ってたのに置いて行かないで!」
 ジュナとの通話を終えたタイミングでアシレーヌが追いかけて来た。
「ちょっと先に金払って外で通話してただけだぞ?」
「それならお金払う必要なんて…!」
「お前奢ってくれるのか?勘違いして勘定済ませてもクレームは受け付けねぇからな?」
「それは…!」
「心配するな、あれはは経費で落ちる。今日はここまでにして、ちょっと付き合ってくれねぇか?」
「つ、付き合う⁉一体何を?」
「…俺の言い方悪かったな、買い物だよ」
「…買い物?」
「さっきから晩飯をおろしハンバーグにしろアピールしてくる奴がいてな、合挽き肉切らしてるから買って帰らなきゃなんだよな…」
「あぁ…」

 一瞬思ってたのと違う、とでも言いたげな表情に見えたけど理由はよく分からない。
 まぁいい、薄口醬油とかラップも切れかけてるしついでに買って帰るか。
 ジュナの奴もどうせなら今日のスーパーのチラシぐらい見せてくれてもいいのによ…


「ねぇ、あれ何⁉」
 近道のために裏通りに入った所でアシレーヌが慌てて俺の後ろに移動する。
 慌て方から推測してどんな危険な奴とご対面かと思えば、視界に映るのは何の変哲もないジャラランガだった。
「あれはジャラランガだな。確かに600族の癖に存在感薄いけどよ、腐っても俺たちの同期なんだし忘れたら可哀そうだぜ?」
 アシレーヌの不安を解消させるために軽口を叩きつつおどけたテンションを維持しているけど、内心で一番焦っているのは俺だろう。
 注意深く見るとジャラランガの足元の鉄板に小さな穴がいくつも開いている。
 格闘タイプとはいえ音に関する技の多いポケモンだ、こんな鉄板に小さな穴をいくつも開けるような技を使うとは思えない。むしろ特性で防ぐぐらいだろう。
 あいつは散弾銃のようなものを持っているのか?いや、あの穴の開き方はむしろ…

「溶かしたのか?」


『君がお買い得なスーパーを探してお困りの様だから、特別に調べてあげようか』
『いや、それは後でいい!』
 ジャラランガが俺たちを攻撃対象に入れるのとアシレーヌを庇うような位置に移動するのとほぼ同時だった。

『何故止める?』
『ちょっとお取込み中だ!DISC使いとご対面してる!』
『なるほどね、ガオの情報からDISCの分析を開始しようか?』
『いや、今回はクライアント持ちなんで撒く』

「アシレーヌ」
「何?」
「俺たちのポリシーとして、“クライアントを殺してもクライアントは殺させない”ってのがあってな」
 さりげなく周囲を見回すと、近くのビルにちょうどいい感じの柵があった。
「それがどうしたの⁉」
「黙って左脇に挟まるように俺にしがみつけ!死にたくなきゃ早くしろ!」

右手首に巻き付けていたキヘイチェーンのブレスレットを外すと同時にアシレーヌは俺の左脇にしがみついて来た。左腕でしっかりとホールドすればうっかり落とすなんて事はないだろう。ただ、俺だけならブレスレットで十分だけど、念のため右足のアンクレットも外しておいた。アンクレットも同じキヘイチェーンだ。

 ジャラランガは気合玉のような形状の球体を精製している。
「あれ何なの…?」
「粘性あるし熱も帯びてるっぽいな…俺の推測が正しければあれはきっと…」
 ブレスレットにしていたキヘイチェーンを柵に引っかかるように投げる。微々たる差だがアンクレットの方が長いので、つかまるならこっちの方がいい。

「やっぱ熱濃硫酸か!」
 そう叫んだのと同時にジャラランガは球体を俺たちに向かって投擲していた…!


 地面には熱濃硫酸によって溶かされた痕がくっきりと残っていた。
 それを見たジャラランガは得意げに帰って行った。


「…ケガはないか?」
「私は何とか、にしても何だったのあれ…」
「だから言っただろ、ありゃ俺たちを倒すために放った熱濃硫酸だって」
「それもそうだけど、ジャラランガの危なすぎる毒技といい今ぶら下がってるさっきまでアクセサリーだったチェーンといい一体何がどうなってんの…」
 さっきまでアクセサリーだったキヘイチェーンのブレスレットはビルの柵に繋がっていて、それにキヘイチェーンのアンクレットが繋がって命綱になっている。しかも柵に巻き付いた部分も先端はチェーンに繋がっており、反対側にはご丁寧に持ち手になるような輪っかも出来上がっている。
「これも素材は何の変哲もない鉄製だから、うっかりあの熱濃硫酸を浴びたら硫酸鉄(Ⅱ)になってたんだよな。水和物とかはどうだったかは忘れたけどよ」
「それでもこんな風に繋がったりしないでしょ!」

『上手く撒いたみたいだね』
『ああ、帰ったらDISCの説明をしなきゃだけどな』
『了解、巻き込まれちゃった時点で仕方ないね』
『なわけで晩飯はメニュー変更な』
『あ、ちょっ』

「DISCだよ」
「DISC?」
「帰ったら説明してやる、とりあえず買い物だけ済ませてさっさと帰るぞ」

 柵に巻き付いていたチェーンは手の中で元のブレスレットとアンクレットに戻っていた。

FILE3 時間の本棚 



「ねぇ、なんで和風おろしチキンカツ丼なの⁉ハンバーグはどこ行っちゃったの⁉」
「ハンバーグは速すぎる時の瞬きに晒されて犠牲となったのだ…」
「何そのボスのスタンド能力で倒されたみたいな言い訳は!」
「合挽き肉からハンバーグのタネ作るのが地味に時間かかるんだよ!手違いで3割引きシール貼られた揚げたてチキンカツ買って来ただけ感謝しろ!」
「こくこく」
「なんでアシレーヌは昨日の今日でガオとそこそこ打ち解けてるのさ⁉」
「いや、ハンバーグを挽き肉から作るのって結構時間かかるから…」
「そっちか!というか大根おろし以外におろしハンバーグ要素残ってないし!」
「大根おろしあれば上等じゃねーか!昨日のおでんで大根残ったから用意したけどよ、冷蔵庫の食材管理する日ぐらい用意させろ!好き放題してたらオーダイルさんに貰ったばっかの野菜すら腐るぞ!」

「友達同士というより母親と子供のケンカみたい…」

 結局食糧を管理する側が有利なのは戦争と同じだったらしく、ガオガエンの「明日以降おめーの飯ねぇから!」の一言で勝負は決定的となり、「じゃあ皿洗わねぇから!」という苦し紛れの反撃もアシレーヌの「お皿洗うぐらいは手伝うから…!」の勇気を出して割り込んだ感満載の一言がとどめの一撃となった。


「それで、DISCの説明をするんだったね」
 防音の関係上、地下室で説明の準備をしているジュナの首からは段ボールの看板が提げられている。
 “ぼくはまいにちガオガエンにおいしいごはんをたべさせてもらっているのに、たべたいメニューじゃないともんくをいってしまったので、ごはんぬきのけいになりました”
 流石に餓死されても困るので“ごめんなさい”の一言で許しはしたが、俺の頭にいたずらの神が舞い降りてしまったのがジュナにとっては運の尽きだ。
 本当ならリピートアフターミー方式で看板の文章を音読させてそれを録音、反抗的な態度を取る度に黙って流してやるつもりだったが、「DISCのことも知りたいし流石にそれは可哀そう」とアシレーヌに止められたので、今日一日看板の刑で妥協した。

「じゃあ説明しようか」
 プロジェクターの光とベルトの炎だけが光源になった地下室のスクリーンにレコードが表示される。
 わざレコードと呼ばれるアイテムに似ているが、番号ではなくBULLETというアンノーン文字が刻まれている。
「これがDISCと呼ばれるものの一種だ。今写っているこれには“弾丸の記憶”が内包されていて…」
「えっと、これはわざレコードじゃないの?」
「違うんだけどね、えっと…」
 案の定アシレーヌは混乱しているようだ、まぁ無理もないか。

「俺も不慣れだけど簡単に説明してやる」
 パソコンのフォルダを開いて作りかけの資料ページを開いてプロジェクターに投影させる。

「“スカポンタンでも分かる! かんたんDISC講座”…?」
「簡単に要点だけまとめた。試作品だから上手く出来てなくてもご愛嬌な」




「分かりやすく例を出すなら…」
 ジュナが俺の持ってたPCを操作するとアニメ動画が始まる。
 タイトルのイラストで「スカポンタン!」とか言ってた緑のネコ科ポケモンの胸の間にBULLETのDISCがゆっくりと挿入されていく。ジュナはこのポケモンを強く警戒してたけど名前何だったかな…?
「にゃあん…」
 変な声を出したかと思うと指先から銃弾を発射、一発でコンクリートの壁を貫通した。
 その後は狂笑しながらも散弾やマグナム弾などを使い分け、視界に入った逃げ惑うポケモン達を見ては狂笑し片っ端から射殺していった。

「任務了解、直ちにDISCを破壊する」
 突如上空から緑色の飛翔体が飛来、トリガーハッピーに陥ってたポケモンも敵を認識したのか精製したアサルトライフルの弾丸を素早く連射、散弾も織り交ぜて飛翔体を牽制する弾幕を展開する。
 飛翔体の方も弾幕をかいくぐりながら翼の角度を調整してバード形態から元のジュナイパーの姿に戻って行く。
「これ、あげる」
 伏せていたバズーカの弾を一斉発射され、慌てて回避運動を取ったジュナイパーだったが、ネコ科ポケモン自体が大型の弾丸に変形して突撃。回避しきれずに左の翼の先端がちぎれ飛ぶ。
「じゃあね」
 高度的に上下関係が逆転したことで、とっておきと言わんばかりのスナイパーライフルの弾を発射、多少はぶれてはいたもののかなり精密な軌道で左頬に着弾した。
 連続の被弾に加えて集中砲火を浴びながらゆっくりと落下していくジュナイパーだったが、その隙につがえていた羽根の矢は確実に標的に狙いを定めていた。
「排除開始!」
 モーションは影縫いと同じはずなのに、本来なら発生しないはずの光の束も矢と同時に発射されて大型ビーム射撃へと変わり、防御も回避も間に合わない相手は光の嵐に飲み込まれて…


「まぁ、こんな感じでDISCの使い方やダメージ超過するとDISCブレイクされちゃうってことが良く分かったかな?」
「最後のアニメでかえって混乱した…」
 ラストのカットでは左頬の怪我はそのままだがしれっと左の翼が治っているジュナを中心に、両サイド後方に個性的なジュナイパーを2匹ずつ並んでおり、中央のジュナの足元には炭化したなにかの欠片がちょっと落ちている。
 俺ならそれが何を意味するか分かるが、説明用にはあまりに不親切だ…

「ジュナ、誰がお前のPV作れって言ったよ?」
「いやでも、頼まれた通りにDISCの効果とDISCブレイクした後の情報はちゃんとあるよ?」
「まだ虚空の彼方まで譲ってお前のPVになるのはいいとしてよ、DISCブレイクしたらその破片ぐらい映像に入れとけ!ポケモンもDISCもまとめて消し飛ばしといて燃えカスを“DISCの破片です”は流石に苦しすぎるだろ!」
「…確かに不親切だったね、作り直すよ」
「分かればよろしい」

「本当につっこむべきはそこじゃない…」
 アシレーヌはDISCについてこそ分かったものの、独特のテンションで我が道を爆走する二匹については未だに分からずにいた。


『とりあえず気を取り直してお前のCHRONICLEで調査開始と行こうぜ』
 まだやることがあるからと言ってアシレーヌは部屋に戻して来た。聞き込みには優秀だったが、ここからは俺とジュナの仕事だ。
けど、その前にひと手間かかりそうだな…

『うぅ…PVレベルであの反応じゃあ鋭意製作中のウイングジュナゼロVSガオガエピオンによる世界の未来を懸けた激戦も君は見てくれないんだ…』
 俺も言えた身じゃないが、変なとこ引きずるなよ…
『とりあえず趣味と仕事は分けて考えろ?いいな?そしてやられ役で俺を巻き込むな?』
『…守ったらちゃんと見てくれる?』
『ガキかお前は。依頼ない時にな』
『うん、分かった。僕のCHRONICLEで検索する?』
『さっきからそれ頼みに来たんだけど、まぁいいか。よろしく頼むぜ』

 ジュナはCHRONICLEのDISC、つまり“年代記の記憶”のDISCで過去に起こったことを自由に調べることができる。
 一見すると便利な能力だが、時間に関する情報から調べること以外は上手く機能しないため時間の分からない事柄を調べるのはかなり困難だ。
 過去の情報は無限に存在するし、時間以外の情報による検索も可能だが絞る情報のないノーヒント状態ではまともに調べることもできない。
 だから俺はこうやって、求める情報にたどり着くためのヒントを集めてジュナの能力を有効に使えるようにする。
 ちなみに本や映画も発売日や公開日を覚えておけば見放題だし、さっきみたいにスーパーのチラシだって脳内で見ることが出来る。
 まぁ、本当なら俺は検索どころか閲覧すら不可能なんだけどな…

『今回の事件の容疑者と思われる奴の使っているDISCが知りたい。検索期間は“3日前から今まで”で行くか』
 ジュナが期間を指定すると、気分が悪くなりそうなほど溢れかえっていた情報がかなり減少する。
『なんか普段より減ったね』
『今回は期間をかなり絞れたたからな、ここから絞って行くぜ』

『一つ目のキーワードは俺たちの前に現れたポケモン、“ジャラランガ”』
『流石にポケモン名となるとかなり絞れるね、次はどうする?』
『二つ目にエリアも絞るか、“ジョウト地方”』
 大量にあった情報もかなり整理されて、これだけでも調べられそうなレベルになった。
『ダメ押し行っとく?』
『そうだな…三つ目に“熱濃硫酸”、いや、“溶かす液体”で調べてくれ』
 あれは熱濃硫酸に見えたが、推測じゃなくて確実に言えることで絞りたい。

『1件だけヒット、ビンゴだよ。推測じゃなくて事実を選んだのは正しい判断だったね』
『そりゃどうも。で、どんなDISCだった?』
『ACID、“酸の記憶”を持つDISCだ。塩酸や硫酸はもちろん、酸を自在に精製するDISCだね。もちろん熱濃硫酸も』
 さりげなくフォローに感謝しつつ、ジュナの見ているデータを覗き込む。
 検索はできなくてもジュナの見ているデータを見ることぐらいは俺にだって可能だ。
『タイプ的に身体強化とかはなくてサポートにも使いづらいし、このジャラランガには弱点保管的な意味合いが強いかな、どちらかというと適合率はそこまで高くないから強力なDISCに振り回されてる感じかも』
『能力の強さばかりに目が行って適合率の重要性に気づいてない、密売者たちにしてみりゃただのカモネギだった訳だ』

『そういえばアシレーヌに僕たちもDISCを使ってる事、まだ教えてないよね?』
『そのうち嫌でも分かるだろうしまぁいいだろ。お前の能力は本来お前しか認識できないし、俺のは地味だから教えても不安を煽るだけだぜ』
『とは言っても僕たちのDISCはわざレコード素体のガラクタやパルデアのケチ臭い使い捨ての粗悪品と違って最上級ランクだろう?それに君との適合率は90%をゆうに超えてるし、悪用すれば世界だって滅ぼせるDISCじゃないか』
『…世界を滅ぼす予定はないけどな』
『それに君のDISCはシンプルな分汎用性に優れるのが持ち味じゃないかい?今はジッパー付ける能力が人気の時代だよ?』
『そういや5枚連続でZIPPERのDISCとご対面したっけな、確かに強かった…』
『そこに君のDISCの能力が理不尽に突き刺さるッ…!』
 全力擁護してくれるのは冥利に尽きるが、そろそろ本題に戻らなきゃな…
『そういや、ACIDはポケモンに対して使った場合どうなる?』
『そうだね…ん?ちょっと待って?』

 ACIDの交換を調べていたジュナは突如手を止めて、別の事を検索調べ始める。


『たった今、似たような事件がコガネシティの警察署裏であったらしいね』
『マジかよ、現場を偶然と考えるのも少し不自然だな…』

『しかも、今回は目撃者がいるらしい』
『…はぁ?』

FILE4 少女が見た真実 



「だからその目撃者に会わせろってんだよ!ここにいるのは知ってるからな!」
「そうおっしゃられても、警部から許可が降りない限り面会はできないので…」
 翌日の朝一でコガネシティにあるテイクアウトのサンドウィッチ片手に警察署に押し掛けたものの、受付のゴーリキーは滅茶苦茶困ったような顔を見せている。

「こわ…」
「…僕たちはしばらく待ってようか、折角の海老アボカドが台無しになっちゃう」
「なんでここで目撃者いるって分かったの?このお刺身サンド美味しい」
「ちょっと裏ルートでね。にしてもあのバイトのガブリアス、見かけによらず手際良かったね?そのお刺身サンドも切り身を醬油ベースのカルパッチョにして大根のツマがいいアクセントになってて美味しそう…最も僕は海老アボカド一択なんだけど…」
「…私アボカド苦手だからローストビーフのサンドがいい」
「それ生涯の20%は損してるよ?あの店チェーンだけどいい野菜使うから野菜嫌いの克服にも効くんだ。ガオが今まで絶対に排除してたピクルスを食べて“美味い”なんて言った時は、うっ、今思い出しても、ぐすっ、感動で涙が…」
「えぇ…」

 あの二匹(特にジュナ)は平常運転だし、これじゃ時間もかかるか…
 密かに楽しみにしていたローストビーフサンドは一番美味しいタイミングで食べられないし、こっそり買っておいたポテトに至っては湿気てやられてしまうだろう。
 受付のゴーリキーに聞こえるようにわざとらしく大きなため息をついてやった時、奥の通路から見慣れたポケモンが歩いてくる。


「よぉ幻ポケモン(笑)」
「元気そうだな、脳筋」
高校生みたいな軽口を叩き合い、警察署から出てきたゼラオラと挨拶代わりのグータッチを交わした。


「警部のゼラオラだ。今回の事件の担当になった、よろしく」
「おぅ」
「アシレーヌです、よろしくお願いします」
「ハッピーうれピーよろピくねー」
 ジュナ、その台詞は棒読みNGだぜ…

「…お前も本格的に参戦ってコトは、やっぱDISC絡みの線に気付きだしたか?」
「その通りだ、早くDISC対策本部を立ち上げられれば活動の幅も広がるが…」
「無いもん嘆いてもしょうがないぜ?まぁ定常化は希望だが、お前に倒れられちゃ元も子もないからな…」
「折角だからとりあえず目撃者に会ってみてくれ、その後でちょっとガオガエンと話すことがある」

「…えと、二匹は仲良いんですか?」

「ちょっとしたケンカ仲間だ、よくチェリオの炭酸を回し飲みしたがな」
「昔から仲良かったらしいな、今は仲悪くないけど」
「今は?時制変じゃない?」

「あぁ、ガオは去年のクリスマスより前の記憶ないんだ」
「…らしいぜ」
「えっ?」
 …いや、驚かれても俺にも分からん。記憶ないから。

「とりあえず目撃者をなだめて来るからここで待っててくれ」
 そう言ってゼラオラは行ってしまった。

「あれはちょうど、12月の灯りと共にいつかのメリークリスマスが流れ始める頃だった…」
「なんでB゜z…?」
「ガオは他のクリスマスソング知らないからね、でもB゜zはいいよ?」
「一度は生で聴いてみたい、って本題はそこじゃねーだろ」
「そうだった。で、ちょうどその頃に、ガオはこのジョウトから忽然と姿を消したんだ」

「…そうなの?」
「俺も記憶ないから分からん…」

「そしてクリスマスもイブじゃなくなった日の朝…」
「12月25日で良くね?」
「ガオはコガネシティの地下通路で倒れていたところを発見されたんだ。ほとんどの記憶と引き換えに2枚のDISCを持って」
「2枚のDISC?」
「ああ、DISCの密売者たちの中でも上層部の限られたごく一部しか使えないアローラ製の最高品質DISCだよ。使い手が死んでも壊れないかもね」

 DISCを2枚持ってたことをジュナに問い詰められたことは覚えてるけど、どうやって手に入れたのかまでは覚えてない…
「そのDISCはどんな力だったの?」
「1枚はCHRONICLEってDISCで今は僕が持ってる」
「そんなスゴそうなの使えたの⁉」
「それほどでも、それでもう1枚は…」

「目撃者に来てもらった、かなりワガママな奴だから気が変わらないうちに急いでくれ」
 話も中途半端なうちにゼラオラに呼ばれて面会室に入った。


「ヤンキー警部の連れて来たお客さんって、根暗で陰キャな鳥頭に音痴なマーメード気取りのおばさん、とどめに一部では存在否定されてる奴じゃん、私もう帰りたいよ~」
 お菓子を食べながら外見からはかけ離れた口汚い台詞を吐いているヒメグマが目撃者らしい。

「おば、さん…」
「おーい、クソガキの甘ったるい口からこぼれた言葉にいちいち被ダメすんなよー、精神がいくつあっても足りねぇぞー」
 ダメだ、アシレーヌは再起不能レベルの重症だ…

『ジュナ、質問はお前に任せる』
『君が聞かなくていいのかい?』
『流石に警察署でプッツンしたらムショ行きになっちまう、心の平穏を保たなきゃな…』
『了解、聞きたいことは適宜送ってくれ』


「で、早くしてくれる?私はご褒美の蜜のためだけに待ってるんだから早く終わってよ」
「そうだね…じゃあ事件のあった時、ヒメグマちゃんが見たものを教えてくれるかな?」
「知らない雄にちゃん付けされるのは最悪…まぁいいけど」

『話し出す前に一応釘だけ刺しとく、いいよな?』
『記憶無くす前の君は小さいポケモンには優しかったのにね、いいよ』

「おいクソガキ」
「なによ?」
「テメ―の下水道とケツの穴を組み合わせた様な口から垂れ流してる道端のゲロ未満の言葉なんて一字一句虫唾が走るけどよ、一応忠告してやる。もし俺たちに対して一文字でも真実と違うこと口にしてみろ…お望み通りに蜜でテメーを漬け込んでやるぜ、ホルマリンって蜜の中によぉ!」

「はぁ⁉こいつ何言って…」
「ガキが口答えすんじゃねぇ!さっさと肯定の返事でもしやがれ!」
「ああもう……はい」
「いい返事だ、一瞬でも疑わしいことほざいたら俺たちの“質問”は“拷問”に変わるからな?」
「…」
「一つ言い忘れていたが、俺は“噓を見抜くこと”にかけちゃ警察より上だ。俺の前で嘘をついたら身体中ジッパーまみれになると思っときな」
 わざとらしくヒメグマに見えるようにレコーダーのスイッチを入れて置いた。

『噓つかせないようにしたんだろうけど、ちょっとやり過ぎだよ…』
『なんか“嘘つきです”って顔に書いてたんでな、初めてくれ』

「…ごめんね、聞かせてね」
「…私がコガネシティの町を散歩してたらすごい叫び声がして、慌てて物陰に隠れたら、パラセクトが何かに襲われてるのが見えた。私が見たのはそこまで」

『容疑者の情報がもうちょいあるはずだ、それを頼むぜ』
「パラセクトを襲ったポケモンはどんな感じだったか知ってる?」
「…えっと、ウロコがすごく特徴的だったかな。もしかしたらドラゴンタイプかも」
「名前は分からないかな?」
「うん、私に分かったのはそこまで」

『これで本当に終わりっぽいよ』
『本当にそうか?まぁ、最後に俺の言う通りの条件で質問してくれ』

「そっか、今日はありがとうね」
「こちらこそどうも、外面はこれでいいの?」
 俺はヒメグマに見えるようにレコーダーの電源を切り、アシレーヌと部屋の外に出る。
あとは上手くやれよ…!

 約30秒後に嬉々としてジュナが出てきた。
「やっぱりフェアリー4倍弱点だったかもって!」
「…ってことはあのジャラランガが!」
「かもね、早速情報とゼラオラと共有しよう!ガオも行くよ」
「あぁ、そうだな…」

 少なくともあのヒメグマは嘘の証言をすると睨んで、カマをかけて置いた。
 あの語彙力から察するにただのガキではなさそうだし、DISC使いというケースを考慮して“噓を見破るのが上手い”というDISCの能力にも考えられる台詞をわざと吐いておいた。
 ヒメグマに見せるようにわざとらしく置いたレコーダーは噓発見器に見せて警戒させる罠だ。実際はアシレーヌの証言を録音するのにも使った何の変哲もない安物で噓を見破る能力なんてない。
 ここまで思わせぶりな言動を敷いておけば、ヒメグマは“俺の前で噓をつくことを躊躇する”と踏んで、俺のいない状態でジュナに質問させることで本性をあばく二段構えだった。

『ジュナ、ちゃんと俺の言う通りに聞いたか?』
『もちろん、“ドラゴンタイプかもってことはフェアリータイプの技が苦手そうだった?”ってね』
『そうか…』

 ジュナは俺の言う通りに質問している。けど何かが引っかかるんだよな…
 まるで俺たちの方が逆に肉球の上で転がされているような…


「なるほど、ウロコが特徴的でフェアリー4倍弱点のポケモンということか」
「間違いないね、彼女はそう答えた」
「私たちも昨日変なジャラランガに襲われたんです!」
「了解だ、情報をジョウト全体に広げて広域から絞り込もう」

「…なぁ」
「どうかしたか?」
「まだあのヒメグマを疑ってるのかい?」
「あいつは確か“ドラゴンタイプかも”つったよな、弱点ならまだ分かるけど、どうやって“4倍弱点”なんて言いきれたんだ?」
「…そういえばそうだな」
「そうかい?」
 ちょっとジュナの反応がおかしい気もするけど、構わずに続ける。
「そもそも一つのタイプだけで4倍弱点と言い切れるのが変だ。フェアリーを弱点とするタイプは格闘、悪、ドラゴンの三つ。ドラゴンタイプかどうかすら怪しいポケモンをどうしてフェアリー4倍弱点なんて言い切れる?」
「確かにそうだな…普通ならドラゴンタイプという推測だけなら“フェアリー弱点”までしか言えないはずだ…」
「でもゴロンダとかズルズキンは?フェアリー4倍弱点だよ?」
「その線は俺も考えたけど、ズルズキンはドラゴンタイプに見えたとしてもウロコを持ってるポケモンじゃないし、ゴロンダに至っては廬山昇竜覇撃ってもドラゴンタイプには見えないからな…」
「(´・ω・`)」
「俺も時々そういうイレギュラー見落とすから、そういう指摘は歓迎だぜ」
 ちょっと凹んだアシレーヌをフォローしつつ、さらに推理を続ける。

「あくまで推測の域を出ないけど、あのヒメグマはまだ何かあるはずだ。そして、ジャラランガの捜査は進めた方がいい」
「分かった、ヒメグマにさらなる証言を集めるように指示しておく」
「…散々疑ってたわりに君もジャラランガを容疑者って信じるんだね」
「ジュナ、さっきからお前なんか変だけどどうした?具合悪いのか?」
「あぁ、ガオは最近僕に冷たくて、この想いは今にも凍り付いてしまいそうだよ…」
「…」
「あの頃のようにもっと優しく…」
「…修正するか?頭も記憶も」
 ホントさっきからジュナはどうしちまったんだ…?
 最近構ってなかったせいで変になったか…?

「…あの鳥頭はほっといて説明するが、あのジャラランガはACIDのDISCを使っている。この連続して起こった事件の首謀者かどうかに関係なく手を打った方がいい」
「ACID、酸を使うのか…?」
「だろうな、現に俺とアシレーヌは熱濃硫酸で襲われかけてる」
「なるほど、対策は必要だな。そして…」
 ゼラオラはバッグから1枚のDISCを取り出す。
「何かあれば俺も加勢する、喧嘩ならお前と互角だ」

「ゼラオラさんもDISC使うんだ…」
「ガオガエン特製のカロス製だ、並みのDISC使いには負けない」
「こいつの使うDISCはMOTOR、“発動機の記憶”を持ったDISCだ。チート能力でこそないが、ゼラオラとの相性がいいからカタログスペック以上の実力はあるぜ」
「適合率の高さを重視した組み合わせだね、下手にDISCの能力に振り回されるよりはこっちの方が総合的に強いね」
 二匹に褒められてゼラオラは得意げだが、実際に電気タイプで格闘戦を得意とするゼラオラには身体強化の恩恵を最大限引き出せるのも事実だ。

「警部!アサギシティで不審なジャラランガの目撃情報が!」
 部下と思われるツンベアーの声にゼラオラは真面目な状態に戻る。

「早速行って来る、ガオガエンとジュナイパーも暇なら手を貸してくれ、それと君は…」
「こいつは俺たちのクライアントのアシレーヌ、目的は俺たちと同じだ」
「分かった、無理はするな」
「それと、これ持っといてくれ」
「そういうことか、分かった」

 そう言ってゼラオラはDISCを起動させる。
「さぁ、飛ばしてくぜ!」
「MOTOR!」
 低音の起動アナウンスと共にゼラオラの身体に鋭い電流がほとばしり、迅雷の勢いで走り出した。

FILE5 四色の追跡者 



「さてと、お前はどうする?クライアントとはいえ危険なことに首つっこむ義務はないぜ」
 俺とジュナは最初から向かうつもりだが、アシレーヌを危険な場所に連れていく理由もない。
「私は…」
「ジュナに頼んでワカバタウンまで戻るか?」
「足手まとい、鰭まといかもしれないけど、私はだって真実を突き止めたい…!」

「決まりだね」
「ここから先は依頼の料金外だ。事件解決まで死なせるつもりはないが、自分でも身を守る努力はしろよ?」
「…頑張るけど、危なくなったらちゃんと助けてね?」
 不安な気持ちは分かるけど、俺の太ももに抱きついて言う台詞じゃあない。俺の精神は乱れるしジュナの機嫌も悪くなる。

「ところで行き方はどうする?僕は飛べるけどサブフライトシステムの役はガオより重いと重量オーバーだよ?」
「いや、そもそも俺の方が倍以上重いのにぶら下げて飛べるお前なら問題ない。行け」
「流石に3倍重いのは無理!第一ガオをぶら下げて飛んでるのだって愛の力でゴリ押ししてるだけだから…」
「じゃあアシレーヌを乗せて飛べばいい、俺より軽いから楽だろ?」
「上手く載せられないから無理」
「私も鰭じゃ掴めないし、ガオガエンはどうするの?」
「心配いらない、さっきゼラオラにこいつを持たせてある」
 バッグから取り出したのは楕円形の鉄製リング。
「俺の力を使えばゼラオラの所に高速移動できる、色々問題点はあるけどな…」
「なるほどね、じゃあガオはこれでアサギシティに行くとして…」
「…ちょっと待って?ガオガエンにテレポート能力なんてあったの⁉」
「いや、欲しいけどそれはない」
「じゃあそのリングでどうやってアサギに行くの⁉フーパじゃあるまいし…⁉」

『ジュナ、そういや俺のDISCの事って…』
『能力こそ何度か見せてるけどまだ誰にも説明してないね、もちろん読者の皆さんにも』
『…マグカップ直したり間接外したりしたぐらいじゃ無理か?』
『応用技で能力分かってもらうのは難易度高いよ…』

「いけねぇ、そういやアシレーヌに説明してなかったな」
「流れ的にDISCを持ってそうな気はしたけど…」

「そこまで察し良くなくてもいいぜ…時間もないんで手短に説明すると、俺のDISCはJOINT、“結合の記憶”を持ったDISCで能力を一言で言うなら”同じ性質を持った物を自由に結合したりできる”能力だな」
「…それでどうやって高速移動するの?」
「さっきゼラオラにこれと同じリングを持たせてある。このリングはチェーンの一部で、俺が能力を発動させるとゼラオラの持っているリングと結合してチェーンになろうとして飛んで行く。それに捕まってアサギに行くって算段だ!」

「今一つピンと来ないけど、ちょっとすごいかも…」
「ものすごくすごいよ?ガオはその辺の発想力がすごいから…」
「この前キヘイチェーンで柵にぶら下がっただろ?やってることはそれと同じだ。ただ、この能力は本来移動用じゃないし最短ルートで吹っ飛ぶからピンボール並みにあちこちぶつかるし、身体のアザはダース単位でできるかもな?」
「…」
「やっぱり僕がガオを運んで…」
「私のバルーンに入ればぶつかっても痛くないかも…!」

「…チッ、ガオと密着するチャンスを逃したか」
「アシレーヌ、グッドアイデアだ」

 結局アシレーヌのバルーンはポケモン二匹で限界なのと、「空から索敵要員が欲しい」と必死になだめて俺とアシレーヌは結合するチェーンの力で移動、ジュナは飛行して移動という形になった。ジュナの熱い視線を一時的に忘れられると思ったが、ピンボール状態は避けられないのでそもそも考える余裕ないか…


 ジュナが翼を広げて北西に飛び立った直後、アシレーヌは俺に抱き着いてくる。
「…なんで抱き着くんだよ」
「はぐれそうでちょっと怖いから…」
「それもそうか…じゃ、気を取り直して行くぜ!」
 手の中のリングにJOINTの能力を発動、リングはチェーンとして結合するためにアサギのゼラオラ目がけて飛翔、それにつられて俺たちを包むバルーンごとアサギに向かって高速移動を開始した。

 速度は速いが動きは案の定ピンボールのそれだった。
 建物に弾み林の中で乱反射、水切りのように海面を飛び跳ねて現在は海上をアサギめがけて高速移動している。
「殺ポケ的な加速だ…!アシレーヌ、お前、大丈夫か…?」
「◎✕✕△✕✕〒!」
「…お互い、大丈夫じゃ、なさそうだなッ!」
乱れる視界の中、アサギの港が見える。
「着陸するぞ!」
「○✕△□?」
 岸に到達した時点で能力を解除、慣性でバルーンは転がり近くの倉庫にぶつかって止まった。


「…ここはどこ?私はだr」
「お前はアシレーヌでここはアサギシティ、バルーンの中、俺の上だ、OK?」
 バルーンのおかげでお互い怪我こそないけど、着地した瞬間に密着したまま上陸していた。周りにポケ影もなくて良かった…

「…えと、着いたんだ、アサギに」
「お前のバルーンのおかげでな、早く出てゼラオラやジュナと合流しようぜ」
「…なら、良かった」
 どうやら移動方法が良くなかったらしい。やや意識の朦朧としているアシレーヌをしばらく寝かせておきたい気にもなったが、手の届く範囲の方が守りやすいので起きて活動してもらう。
 それなりに探すと思ったら100メートルもない距離にゼラオラは待機していた。
「ゼラオラ、待たせたな」
「…待ってたがド派手な到着を見て待つ理由がなくなった」
「結構飛ばしたんだぞ?」
「…さっきまで住民が大騒ぎでお前らの愛の巣バルーンを見てる時の俺の気分になってから言え」
「まったくだよ、コガネシティでも謎の透明ボールの存在がちょっとした大騒ぎになってたんだ。ガオに至っては僕というパートナーがいながら…」
「悪かったよ、“仕事のパートナー”に心配かけ過ぎたな」
「…仕事以外でもパートナーだよ?」

『うるせぇ、仕事の邪魔したらそもそもコンビ解消だからな』
『…ごめんね』
『よろしい』

「で、件のジャラランガはどこにいるんだ?」
「情報だと確かこの近くの倉庫に…」

 突如目の前の倉庫の壁に何かが叩きつけられるような音がした。
 咄嗟に海側を見たけど誰かが襲撃してきた様子はない。
「倉庫の裏側になんかいるぜ!」
 海の方を見たのは俺だけじゃなかったらしいが、全員壁の裏側に警戒する。
 倉庫の壁がアイスのように少しずつ溶けて行き、大きな穴が口を開ける。

「ついに容疑者とご対面、だね」
「お兄ちゃんの敵…!」
「この事件もそろそろ大詰めだな…行くか!」
「警察だ、連続殺害容疑及びDISC違法使用で逮捕する!」
 穴の縁に触れないように倉庫の中に入ると、コンテナの上にジャラランガは立っていた
「警察の連中か、ならば溶けろ!」
「ACID!」
 酸の記憶、得意の戦法とちょっとばかり相性は悪いが勝てない相手じゃない。
 幸い港ということもあっていい感じのチェーンが近くに落ちている。
 場所が場所だから錆びていて長すぎるけど、使う分には問題はない。チェーンを引っ掴むと3メートルぐらいの長さになり赤錆が落ちて鉄色を取り戻す。

『ACIDに対して鉄製のチェーンは相性不利だし有効範囲はそれなりに広いよ、どうする?』
『最悪は“奥の手”使えば倒せる、けど有効範囲広いのはマズくないか?』
『そうだね、うっかり飛び散ったり広範囲にまき散らされたら民間のポケモンにも危害が及ぶよ』
『普通はそっち優先じゃね?』
『君が倒れたら誰があいつを倒せるんだい?それに今からでも遅くない』
『…ったく』

「ゼラオラ、ACIDの範囲的に民間のポケモン達が酸にやられるかもしれない。避難誘導頼むぜ」
「おい、いきなり無茶言いやがって…!」
「そういうのはガオや僕たちよりもおまわりさんの方がいいと思うよ?」
「この仕事はお前にしかできない、頼む!」
「分かったよ、腕の見せ所って訳だな!」

 ゼラオラは強化された脚力で倉庫を飛び出して避難誘導を開始した。

「DISCの特性を知ってるとは、お前らナニモンだ?」
「どうせ知ったところで役に立たないぜ、処刑者の名前知ったところで死刑囚は処刑されるだけだろ?」
「馬鹿にしやがって、この前みたいに腐食させてやる!」
「かかってきな、俺の“ポケモンCQC”の前に散ってみるか?」
 両腕から投擲できるようにチェーンを構えて交戦状態のジャラランガに対峙する。

「ポケモン、CQC…?」
「Close Quarters Combat、聞いたことない?」
「近接格闘術の事だ、詳細は後で聞かせてやるから今はジュナに避難させてもらいな」
 アシレーヌはジュナに連れられてある程度離れた場所に行ったのを確認して、ジャラランガを軽く挑発する。

「随分悠長に待ってくれたじゃあないか、犯罪者のわりには優しいんだな」
「最大戦力も悪タイプならいつでも潰せる、まして鎖を使わなきゃ戦えないなんてとんだひよっこだな!」
「でもお前DISCの能力に振り回されるだけの“600族の恥”なんだぜ?ウロコを一通り剝ぎ取ってから倒しても楽勝なんだよなぁ!」
「や、野郎、馬鹿にしやがって…!」


 小学生も買わないような安っぽい挑発に乗ったジャラランガは強酸の液体をまき散らすと同時にインファイトを発動させて襲いかかって来たが、その動きは読めている。
 転がって強酸を回避、右手を振り上げてチェーンを鞭のようにしならせジャラランガの顎にクリーンヒットさせる。
「ポケモンCQC壱式、ネビュラウェーブ!」
「おあっ!」

 普通なら顎は砕けてしばらく機能停止するレベルの攻撃だったのだが、膝も付かないってのは腐っても600族ってところか。
「くらいな!」
 両腕のチェーンをリング一つずつ残してパージ、ムーンサルトの要領で回転して抜群技になるアクロバットを仕掛ける。

「そろそろDISCブレイクと行くか、これで終わり、だ…⁉」
 危険を察してパージしたチェーンを結合させて、両腕を軸にした横断幕のようにして防御の構えを取るものの、至近距離からのハイパーボイスに対処しきれずに吹っ飛ばされた。
 チェーンには小さな穴がいくつも開いて一部がちぎれかけている。
 随分と強がったわりにACIDの効果を使わないと思ったら、散弾の要領で使って来たのか…!

「ほぅ、ちょっとはやるみたいだな」
「唾液飛ばして叫びやがってよ、心も体も汚ぇ野郎だな…!」

 穴の開いたリングを捨ててチェーンを組みなおすと同時にウロコが連続で飛んでくる。
 しかもあっちはアシレーヌとジュナの隠れてる場所じゃねぇか…!
 舌打ちしてチェーンの結合を解除、格子状に織り上げるような配列でチェーンを結合する。
「ポケモンCQC弐式、ミミッキュクローク!」
 連射されるウロコを布状に結合したチェーンが完全に防ぎ切った。
 ウロコに酸を纏わせていたかどうかは分からないが、チェーンで作ったクロークに目立ったダメージはない。

「伏せて!」
 頭上を大量に飛んで行くバルーンが酸を飛ばそうとしたジャラランガの動きを止めて、さらにバランスを崩させる。
 酸にも負けないバルーンとは結構やるな…!
「いい感じにバランス崩してくれたね」
「うん?」
「あの位置が一番、影を狙いやすい角度なんだよ…!」
 クロークの陰から放たれたジュナの矢は影を縫い留めてその場に固定する。

「ナイス、動きを止めたらあとはDISCブレイクするだけだな」
「いい感じに壁の穴から光が射してたからね、お安い御用だよ」
 基本的に影縫いを受けたら逃走は困難なので、あとは反撃に気を付けてDISCブレイクするだけだ。

 一応二匹を防御するために展開したミミッキュクロークは念のため残しておいて、さっき触れた残りのチェーンを手の中のリングにそのまま結合させて螺旋状に展開する。
「ポケモンCQC参式、ジャローダバインド」
 ジャローダが獲物を捉えるようにチェーンを螺旋状に巻き付けて一気に縛り上げる。束縛で意識を失うレベルのダメージを与えてそのままDISCブレイクしてやる…!

「こんな所で捕まるかよ!」
手足も纏めて束縛する直前、ジャラランガはウロコを明後日の方向に射出する。
ウロコは一気に壁を突き破り、直撃した周辺を溶かしていく。
「マズいよガオ、影が消えた!」
 壁からの光によって影が照らされて消滅、縫い留める影を失ったことで影縫いは拘束力を失う。こいつ、これを狙って…!
「させるかよ!」
 両手でチェーンの端を掴み、熱を一気に流し込む。
 高温で赤化したチェーンに束縛されているジャラランガは苦悶のうめき声を上げる。
 ドラゴンタイプ相手じゃダメージは期待できないけど、意識を失うダメージを与えればこっちのものだ。
 チェーンの束縛に火傷するレベルの高温を追加だ、時間を稼げば継続ダメージで確実に倒せる…!
「ご自慢の強酸も身動きとれなきゃ精製できないようだな…!」
 挑発をかけておいたが、精製されたら結構ヤバいので、チェーンの先端をジャラランガの首に一周させて掴み直す。
 ジャラランガの抵抗力がだんだん弱くなってきた。トレードマークのウロコも高温のチェーンに縛られてあちこちにヒビが入ってきている。
 DISCブレイクまであと一息、といったところで俺は冷や水を浴びせられる。
 文章表現としてではなく、物理的な意味で。
 赤化するほど高温だったチェーンは急激な温度変化に耐え切れずにヒビが走り、俺もダメージを受けてチェーンを引っ張る力が緩む。
 その隙を逃さずジャラランガはチェーンの拘束から逃れて外に向かって走り出した。
「逃がすか!」
 砕けてたチェーンを再結合させてヒビの入ったウロコに繋ぎ止める。さらにミミッキュクロークに使ったチェーンも含めて全部のチェーンで捕えようとしたが、あとリング数個の差で届かない。
 ジャラランガはそのまま海に飛び込み姿も見えなくなった。


「ガオ、大丈夫⁉怪我はない⁉」
「ああ、けど逃げられちまった…」
「なんだって⁉」
 毛に白っぽい粒がいくつも付いている。舐めてみるとしょっぱい、水分はフレアドライブの熱で蒸発したのだとしたら、これは海水か?
「どうやら共犯者がいたらしいな、水中で活動できる奴が」
「共犯者?」
「共犯者が俺に浴びせた冷や水は厳密には海水だった。普通に考えてわざわざ塩水を選ぶ必要はないだろうし、海水を狙って飛ばしたとしたら説明がつく」
「なるほどね、海からなら救助した後に逃走の手助けもできる。逃亡することが前提のスタンバイだったのかもね」

「ゼラオラ、ジャラランガに逃げられた」
「何だと⁉お前たちがいながらどうして…」
「水中で活動できる共犯者がいたらしい。奴は今DISCブレイク一歩手前のダメージを受けた手負いだが、こいつは少し厄介かもな…」
「了解だ、沿岸部への警備を強くしておく」
「よろしく頼むぜ、俺たちは一旦撤退する」
 スマホでゼラオラに連絡を入れながら海面を睨んでいたが結局発見できず、通話を切って立ち上がった。

「さて、一旦帰るか」
「帰るの⁉」
「ああ、アシレーヌも疲れただろ?」
「私はそこまで…」
 狙っていたかのようにアシレーヌの腹の虫の合いの手が入る。
「お腹空いてたんだね、朝ご飯足りなかった?」
「やめて、本当に恥ずかしい…///」
「実は俺もローストビーフサンド食い損ねて腹ペコなんだよな…アサギにはシーフード料理の美味い店もあるし、ゼラオラには悪いけど昼飯にしようぜ」

FILE6 マーケットの傍の戦闘 



 避難も解除された市場はそれなりに賑わっていた。
 奥の方にあるフードコート形式の食堂も混んではいたが席は確保できたし注文にストレスを感じないレベルなので、基本はアシレーヌの食欲に委ねて俺とジュナは適宜食べたいものを確保するスタイルになった。
 そして15分後、3匹掛けの白いプラテーブルに海鮮丼やブイヤベースの器が並び、ペスカトーレと揚げ物盛り合わせの大皿が湯気を立てていた所にカルパッチョと刺身盛り合わせの飛び入り参加でテーブルは大混雑になっていた。


 早くもペスカトーレを無心に食べ始めたアシレーヌを横目に食べ頃を逃したローストビーフサンドを食べ始める。
 一口で半分齧り、咀嚼しながら脂身のない赤身肉とホースラディッシュの効いたグレイビーソースと新鮮な野菜の絶妙なコンビネーションを堪能する。食べ頃ならどんなに美味しかっただろう…
「お茶買って来るね、烏龍茶でいい?」
 アシレーヌと同時に頷き、口が空になった瞬間に残り半分のサンドを一口で食べる。
 アシレーヌの方は早くもペスカトーレを平らげて揚げ物盛り合わせを食べながらブイヤベースを飲んでいる。湿気でふやけたポテトをこっそり皿に盛ってやったが、手品のように消えてしまった。
 緊張して腹減ったんだなと苦笑しつつ、塩を振った切り身フライにかぶりついた瞬間に昼食争奪戦は勃発した。
 刺身をカルパッチョの皿に落としたフリでカルパッチョごとかっさらって行ったと思えば、ホールドしていたブイヤベースを拝借して味わい、取り返される瞬間に食べていた貝は殻ごと嚙み砕いて食べた。
「…」
「…」
 そして俺とアシレーヌは中央に残された海鮮丼を挟んで睨み合っていた…

「お待たせ~烏龍茶置いてる自販機全然見つからなかったから…」
 ジュナが烏龍茶のペットボトルを買って戻って来た時には昼食争奪戦の苛烈な戦いも停戦し、最後の海鮮丼を仲良く平らげていた。
「…これはどういう事かな?」
「朝から抑え込んでた食欲には勝てなかった…」
「お腹いっぱい…」

 さっきまでテーブルを埋め尽くすほどだった料理の数々が10分もしないうちにペスカトーレの貝殻も大根のツマすらも残さず食べ尽くされたとなると、流石のジュナも台詞に3割程殺気がにじみ出ていた…


「じゃあ悪いけど出来上がったら受け取ってくれる?」
「ちょっとゼラオラのヤツに差し入れしてやろうと思ってな」
「30分後だったね、任せて!」

 流石に弁解の余地もない程に食べ尽くしたので、1500円の“海の幸釜飯定食”を注文してやることで機嫌を直してもらうことにした。相場からしたら安いけど昼飯代は予算オーバー…
 アシレーヌに“これでデザートでもおやつでも買って食いな”とこっそり千円札を握らせて、ゼラオラへの差し入れにフィッシュバーガーを買って行くことにした。

『しかしガオがあんなに食欲強いなんて珍しいね』
『お前も知っての通り朝から何も食ってなかったし、JOINTは結構消費大きいんだ…』
『別に怒ってないし、僕としてはむしろもっと出して欲しいかな』
『飯作ってたら何故か食べた気分になっちまうんだよな…』
『なるほどねぇ…』

 雑談しながらも事件への考えは止めない。
『…にしてもあのジャラランガはどこに逃げたんだろうね?それにあの共犯者も気になる』
『共犯者は手掛かりなしだがジャラランガの行き先の予想はできてる』
『もう動きが読めたのかい?』
『あくまで推測だが、奴はこのアサギシティの近くにいる』
『灯台下暗しって感じだね、推理の根拠は?』
『あいつが共犯者と海に潜ってからずっと顔を出さなかった。それをダイレクトに考えるなら“呼吸していない”ということになる。共犯者はともかくジャラランガがエラ呼吸って話は聞いたことないからな』
『共犯者がダイビングセットを持っていて潜ったと同時に装着したとか?』
『その線は考えたが、準備もなしに飛び込んでおいて気泡ゼロなんてのも考えにくい。それこそアシレーヌとかオニシズクモみたいに水中でも作用する空気の塊を精製できるなら話は別だが、今度は共犯者が割れる』
『じゃあどうやってアサギシティに?』
『息を止めて俺たちのいた海とは別の角度から上陸する、そうすれば息継ぎ不要で行方をくらませることができる』

『なるほどね…で、実際は?』
『逃げられる直前、あいつのウロコにリングを一つ繋げておいた。それでさっきから俺のリングに弱めに能力を使ってるんだが、微弱に震えてるからウロコもリングもあいつの身体にくっついたままって訳だ』
 手を開くと紐を結んだリングがあり、紐を持ってリングを垂らすとダウジングのように小刻みに震えている。

『これなら行き先もよく分かる訳だね、あと27分か…』
『ちょっと秘密兵器だけ買って行くぜ、ゼラオラの待機場所近くのコンビニ近くで調達したらすぐに追跡だ』
『良かったら分担する?』
『心配しなくても釜飯の出来上がりまでには何食わぬ顔で戻れるよ、それに秘密兵器は俺が使った方がいい』


『バレてたね…まぁいつものごとく行こうか!』
『そうだな…いつも通り半分力貸せよ、相棒』


 リングへ与える能力を強くして本格的な追跡を開始、リングは滑るように移動を開始して俺とジュナは秘密兵器を隠し持ってリングを追いかける。
 やがて、南東にある灯台の根本で引っかかって止まった。
『まさに灯台下暗しだね、本当にここにジャラランガはいるかどうかは別だけど…?』
『とにかく行くか、このままじゃ20分切りそうだぜ』
 灯台の下にあるドアを開けると入り組んだ構造になっている。壁で止まったリングも中に入り、スルスルと壁を上がって行く。

『エレベーターあるよ、乗って行く?』
『床に酸を撒いておけば強力なトラップに早変わりだし、入口で待ち構えやすい以上使うのはNGだ』
 出入口のドアをしっかりと閉め、黙ってジュナに首を横に振る。
『でも待てよ…ジュナ、矢羽根を一本借りるぞ』
『どうぞ、何するの?』
『まぁ見てろって、逆に罠を利用してやる…!』

 上向きの三角を矢羽根で押してエレベーターを呼び出す。
 幸い内部を表示するモニターのないタイプだった、手の中で短いチェーンをバラバラのリングにしながら待っていると、中に入らないように羽根で最上階のボタンを押して離れた。
『これで準備OKだ、足音立てない様に階段で行くぜ』
 黙って頷き合い、足音を消して階段を昇っていく。
『まさか、空っぽのカゴを送ることで動きを読ませないようにしたのかい?』
『あぁ、エレベーターに注意を逸らすことで時間稼ぎにもなるし、足音がなければ精神攻撃にもなるだろ?』
『普通に怖いんじゃないかな、誰かに狙われているこの感覚が』
『どんな顔してるか楽しみだな、俺たちの前じゃ虚勢張るだろうけど』

 最上階まであと1段というところで、チェーンが繋がった手ごたえを感じる。
『ビンゴ、この手応えはバッチリいるぜ』
『了解、共犯者が一緒にいる可能性は?』
『低いと思うぜ、この焦り方は仲間のいる奴だとちょっと大袈裟だ』
 耳を澄ませなくても、ウロコにピアスのように嵌まっていたリングに突然別のリングがくっついで大騒ぎしている声を聞けば単独だと想像できる

『多分俺だけで倒せるけど、万一の事があったらフォロー頼む』
『万一の可能性自体がレアケースだけど僕はポルターガイスト持ってるからね、建物の中なら逃がさないよ』
 念のため、ということでジュナが影打ちを上の階に向けて放つと、かなり警戒しているような反応を見せた。

『かなりパニックになってる、逆上したらどんな事してくるか分からないよ』
『言い換えれば、注意力も散漫になって冷静さを失っているという事だな。倒しやすいタイプであるが故に冷静に行くぜ…!』
 黙って頷き合い、階段を駆け上がる。

「再びご対面、お友達は一緒じゃないのかな?」
「高温のチェーンの味は気に入ったか?」
「またお前らか…!なんで俺ばかりこんな目に…!」
 最上階にいたジャラランガはあちこちに火傷もできて、全身のウロコにもヒビが入りいくつかは失われている。チェーンの付いたウロコは背中にあった。

「共犯者にアサギシティ近郊で浮上してもらうことで俺たちと警察の目をくらませ、ポケモンの出入りの少ない灯台の最上階を乗っ取ってしまえばしばらくは誰も気付かない格好の隠れ場所になる訳だ。とは言っても夜まで持たないけどな」
「君の背後に倒れている遺体、あれはデンリュウの遺体じゃないかい?アサギの灯台はデンリュウの光を光源にしているから、夜になったら光が無くて丸わかりだね」
 はっきりとは分からないが顔面もジェムも溶かされているらしい。デンリュウには気の毒だが、今はジャラランガを倒しDISCブレイクするのが先だ。


「かかって来いよ、悪あがきの相手ぐらいしてやる」
「野郎…!みんな溶けやがれ!」

 怒りに燃えるジャラランガは大量の強酸を精製して撒き散らして来る。灯台の最上階という本来なら逃げ場もほとんどない場所で、強酸の液体を撒かれたら普通は餌食になって溶けていくだけだ。
 けれど、これは俺が狙っていた瞬間でもある。

「ジュナ、秘密兵器だ!急げ!」
 ポルターガイストによってコンビニで買った秘密兵器、洗剤のボトルをタイミングよくパスされる。しかも先端は既に切り落とされている、ナイスだ…!
 ジャラランガの撒く強酸に合わせて中身の洗剤をぶちまけて相殺していく。
 ジュナも足元に次々と洗剤を撒いていき、最終的に最上階は強酸と洗剤に浸かっていた。
「バカな…⁉お前ら何撒きやがった…⁉」
「何って、ただの洗剤だよ?」
「ちょっと相殺してやろうと思ってな、ちょっと洗剤を撒いて化学反応起こしてやっただけだぜ?」
 何食わぬ顔をしながらジュナはさりげなく飛び上がり、俺も洗剤の空きボトルに足を乗せている。

「こいつら好き放題しやがって…!」

『ジュナ、これは予想以上だ、かなりヤバいな…!』
『ああ、元の量が多いからね。僕たちだってあいつを倒したら早々に脱出しなきゃ死んじゃうよ…!』
『いや、釜飯の出来上がり時間だ。あと9分だ…!』
『そうだったね、僕もお腹ペコペコ…』
『ジュナ、お前ポルターガイストの有効範囲はどうなってる?』
『灯台内部なら全部見たからバッチリだよ』
『OK、さっき俺が各階にリングを1個ずつ落として来た。それを各階の中心に移動させられるか?』
『昼飯前だね、はい完了』
『食いつくしたのは悪かったって。とりあえず影縫いだけしてくれれば準備OKだ』
「了解、隙あり!」

 ジュナは混乱していたジャラランガの手足から伸びる影を射貫き、縫い留める。
 思考共有による会話から影縫いまで10秒以内だ。

「それじゃあ不幸続きのジャラランガ君、お前の生涯最大の不幸を味わいな!」
 叫びながらリングを天井に投げて結合させ、それと同時にジュナは天井すれすれを跳び始める。

「ポケモンCQC漆式、タワーオブクワガノン!」

 JOINTのDISCの基本能力は“結合操作”で、同じ性質を持ったもの同士を結合させる能力を持つ。
 その結合し合う力は変えることが可能で、至近距離じゃないと繋がらないようなレベルから、コガネシティからアサギシティまで高速移動できるまでの力を持つことができる。
 そして、ちょっと力を調整すれば紐だけで制御できるレベルにもなるし、最短距離で突き進み、道中にあるものを貫通しながら結合させることだって可能だ。

 階下で轟音が響き渡り、それが少しずつ上がって来ている。
 1回、2回、3回、4回、轟音は少しずつ大きくなり、振動も伝わってくるようになった。
「なんだ⁉地震か⁉」
「さぁな。地震だったら津波でも来れば俺たちはお陀仏、共犯者のお友達が助けに来てくれるんじゃないか?」
 床に亀裂が走り、5階に落ちていたリングが床全体を破壊しながらさっき天井に結合させたリングと結合する。
 影縫いで床に固定されていたジャラランガは床の破片もろとも階下に転落していく。

「あばよ!」
「突然の崩壊から転落、タロットカードから技名を考えるなんてガオはネーミングセンスあるね!」
『ちょっと照れるから今はパスな…!』
 手に持っていた最後のリングを天井のチェーンに結合させてぶら下がる。リング7個で長時間ぶら下がるにはちょっと少なすぎたかもな…!

 6階から1階に落ちたジャラランガはウロコもほとんど砕け散って転落のダメージに苦しんでいたが、必死に矢を外そうと悪戦苦闘している。
「気の毒だけど、灯台の最上階は全面ガラス張りだから影が消えることはないし、さっきの倉庫みたいに酸では潮風に強い灯台の壁を破れないよ」
 縫い留めていた瓦礫を砕くことで拘束から解放されたジャラランガだったが、数歩歩いて地面に倒れ込む。

「なんだこれは、視界が…呼吸が、苦しい…?」
「ようやく効いて来たらしいな、初めての塩素を吸い込んだ気分はどうだ?」
「塩、素…⁉」
「原子番号17番元素記号はCl、17族のハロゲン元素だけど名前聞いたことない?」
「さっき俺らがお前の強酸に合わせて撒いた洗剤、あれは中和剤としての目的じゃなくて初めから塩素を発生させてお前を殺すための罠だったなんて考えられたか?目と呼吸器官もやられ始めたお前の元から弱いおつむじゃ考えもしなかっただろうけどな!」
 ジャラランガは単語一つ口にするのもやっとといった状態になっている。
「腐っても600族だね、一歩間違えば僕たちが倒れてたかも…」
「まぁそうならないように床ぶち抜いたんだけどな、流石に俺もちょっと焦った」

 ジャラランガの使うDISCはACIDで、俺のJOINTを使った金属製のチェーンを主体にした戦闘スタイルとはやや相性が悪い。
 最初はアルカリ性の溶液を用いて中和することで危険性を減らす作戦を考えたが、アルカリ性の溶液は有限であるのに対してジャラランガの精製する酸は実質無制限、これでは防戦どころか時間稼ぎにもならない。
 だったら逆に攻撃に使える方法はないかと考えた時に、二種類の洗剤を混ぜ合わせて有毒な塩素を発生させるアイデアが浮かんだ。しかもリングの反応は灯台の中を示していたことでこの作戦は現実味を帯びた。
 あとは塩素系洗剤を確保しておいてジャラランガの撒き散らす酸に合わせて撒けば、勝手に反応して塩素を発生させることができる。しかもトリガーになる塩素は俺たちの撒く洗剤の中なので、ジャラランガの酸の量はむしろ多ければ多い方がいい。
 ジャラランガが上手く反応する酸を撒かなければ危険だったが、その辺もブラフや誘導で対処できる範囲内。
 あとは塩素が空気より重い性質と600族であるジャラランガには毒の回りが遅いという点を考えて、JOINTの能力でリングに床をぶち抜いてジャラランガと塩素を1階に落とせば完成というシナリオだ。

「だからさっきドアもしっかり閉めてやったんだぜ!」
「嫌、だ…死にた、く、な…」
「おいおい、そんな悲しい顔するなよ?今までたくさんポケモン達を殺して来たお前の能力が初めてみんなの役に立ったんだぜ?」
「その能力で凶悪な犯罪者を一匹処刑できたんだ、胸を張ってDISCごと天に召されてね」

「そういうことだ。お前にできることはせいぜい深呼吸でもしてゆっくりと味わいな、新鮮な塩素を。たったそれ、一つだけだ」

 しばらく最後の悪あがきという言葉の似合うような動きをした後、ジャラランガはうつ伏せに倒れ込んだ。


「それと、結局お前なんだろ?ダイケンキを始めとした多くのポケモン達を殺したのは」
「ガオ、ジャラランガ死んじゃったよ?」
「…そうなのか?」
「うん、新鮮な塩素をたっぷり吸ってね」
「マジか、貴重な情報源が…」

「それより、僕はそろそろ戻っていいかな?そろそろ釜飯の出来上がり時間なんだ」
「そうだな、堪能して来いよ!」
「ありがと!」
「あぁそうだ、ついでに外から下のドア開けといてくれ。ちゃんとDISCを破壊できたか確認しなきゃな」
「了解、海の幸釜飯…!」
 勢い良くかつて最上階だった窓を突き破り、思い出したようにドアを開けて飛んで行った。
 せっかく窓が割れたので、俺もそこから飛び出して数分ぶりの新鮮な空気を味わう。
 潮風の中で呼吸したけど、ごく普通の空気を美味しいと感じたのは久しぶりだ。
 ドアから改めて灯台の中に入ると、既に息絶えたジャラランガの傍らにわざマシンの残骸が散らばっている。
 スマホで写真に撮ってゼラオラに送り、場所の情報と捜査の要請を頼んでおいた。
 アシレーヌに写真を送ろうとして一瞬迷った後、写真を添付しないメッセージを送った。


「12月22日13時31分、任務完了 ガオ」



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Last-modified: 2023-05-16 (火) 18:12:15
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