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ベベベベベベベベベベベ(以下略)さん達の生態

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『ベベベベベベベベベベベ(以下略)さん達の生態』

作者:亀の万年堂


 ポケットモンスターと人間という生き物がこの世界に生まれてから数千年。かつては争ったり一心同体だった二つの生き物がそれなりにお互いのことを知り、それなりに仲良くなってきた時代。世界はとても平和に毎日の経過を許しておりました。
 ポケットモンスター、略してポケモン達の時間が緩やかに経過するのに対し、ポケモン達よりも遥かに力の劣る人間達の時間はとてもとても早く経過しておりました。その結果、かつては火を操ることがやっとだった人間は、今や空の果てにさえ手を伸ばせそうな程に新たな力を手に入れていったのです。
 人間達の新たな力は、人間達のみならず、多くのポケモン達にも影響を与えました。今までは自然の理にのっとり、絶えるはずだった種族が生きながらえたり、本体の意思はともかくとして、より人間の生活に力を役立てることができるようになったりしました。
 しかし、どれだけ人間が新たな力を得ようとも、どうにも解決できない問題がありました。いえ、本当は解決できるだけの力があるのですが、ほかならぬ人間自身の理由により、その問題は解決することができなくなっていたのです。その問題はポケモンにも人間にも『ゴミ』という名で認知されておりました。
 ゴミとは、主に人間達にとって不要になり、新しい使い道もわからず、またはわかろうともせずに捨てられる物のことをいいます。そのため、ゴミと呼ばれる物は非常に沢山あり、故に世界には人間の数よりもずっと多くのゴミが存在しているのです。そしてとても困ったことに、多くのゴミは死んでしまったポケモンや人間達とは異なり、この世界に形を変えて残り続けてしまいます。それは生きていた物ではなく、そもそも死んですらいない物なので、虚空の神の祈りをもってしても滅することが叶いません。それどころか、ゴミがその形を変え続ければ、いくら広いようで狭いこの世界に空きがまだあるにしても、いずれは世界そのものがなくなってしまうほど危険な物になってしまうのです。
 当然、人間はゴミが放置できない問題であることを知っていました。だから人間はゴミがなるべく生まれないように、そしてゴミをゴミじゃなくせるようにと、また新たな力を得ていったのです。けれども、先程も言ったように、どれだけ力を得ようとも、人間そのものが変わるわけではなく、一部の人間が騒いでも、多くの人間は騒ぐことをしなかったのです。
 世界はとても美しいはずなのに、それなのに、どの生き物の目にも世界はゴミでいっぱいになろうとしていました。いいえ、きっととあるポケモン達がいなければ、すでに世界はゴミでいっぱいになっていたでしょう。そうしてこの世界は終わってしまっていたでしょう。でも、まだこの世界はそうなってはいませんでした。このお話は、人にも知れず、ポケモンにも知れず世界を守っているポケモン達のお話です。


 ここはとある地方のとある湖の中。この湖は数十年前までとても綺麗で、穏やかな気候と涼しくて豊かな森林の中にあったこともあり、人間にとってもポケモンにとっても大変人気のある観光地として賑わっていました。
 しかし、それも数十年前のことです。今となってはそんな美しさも賑わいも見る影もなく、透き通った水も黒ずんでしまい、静かな波打ち際にはどんな生き物も触りたくないような黒いヘドロがたくさん溜まっていました。これでは人間はもちろんのこと、本来汚れを好む多くのどくタイプのポケモンですら近寄れません。もしもトチ狂って湖になんの装備もなしに飛び込もうものなら、泳ぎの名手で知られるゴルダックでさえ、二度と日の目を見ることは叶わないでしょう。それくらいこの湖は汚れてしまっていたのです。
 さて、そんな酷い状態の湖ですが、どうやら何の生き物も住んでいないというわけではなさそうです。こんな湖に住める生き物、当然それは人間ではありません。そもそも人間は地面の上以外では生きていけないのですから。となれば、この世界には残っている生き物はポケモンしかいません。でも、一体それはどんなポケモンなのでしょう。
 おや、どうやらそのポケモン、いえ、ポケモン達が湖の中でお話をしているようです。ここはひとつ、ちょっと耳を伸ばして聞いてみることにしましょう。

「ようよう、最近調子はどうだい?」

「うん、今朝はこないだ久しぶりにとれた大きなテレビを食べ終えたんだ。最近じゃ滅多に見れない上物さ」

「そいつはゴキゲンだな。オレなんか壊れたプレミアボールしか食べてないぜ」

「それこそゴキゲンじゃないか。ボクは生まれてこの方、モンスターボールなんて食べたことがないよ。昔はそこらじゅうボールだらけだったっていうけど、本当なのかなぁ」

「オレ達のひいひいひいひいひいひいじいさんの頃はそうだったらしいぜ。っていっても、まだそのじいさんも生きてるから、直接話を聞いたほうがいいんだろうが」

「そっかぁ。じゃあ今度聞いてみようかな。――あ、そういえば、南のベベベベベベトベトン君のところで、今度コドモが生まれるらしいよ」

「へぇ! それはめでたいね。お祝いになんか大きなゴミでも届けようか。彼の好みはランセッタの炊飯ジャーだっけ?」

「いやいや、ここは彼の奥さんの好みに合わせて、木彫りの化粧ダンスのがいいよ。なんでも、とれなくなったピルフェスのシミがついたのがお好みだそうだよ」

「ほう、それはまたツウな好みだな。タンスとなると、かなりの大物だから、発掘屋にお願いした方がいいのか」

「きっとそうだろうね。北の方なら、新しいヘドロの山がまだ残ってると思うよ。というよりも、もう新しいヘドロの山は北にしかないんだよね」

「そうだな。この湖には沢山のゴミがあって、オレ達も沢山仲間ができたが、その分ヘドロはすぐになくなっていっちまうからな」

「うん。コドモができるのはとても嬉しいし、めでたいことだけど、ボク達がこのままもっと増えて、そしてヘドロがなくなっちゃったら、どうなるんだろう」

「あまり考えたくはないな。その頃には、オレもひいひいひいひいひいひいひいじいさん位になってるかもしれないなあ」

「その頃になったら、きっとテレビなんかもう食べれないんだろうね。ヘドロになっても、口の中に尖ったワイヤーがささる刺激が大好きなんだけど、残念だなあ」

「うう、全く明るくなるのは嫌なもんだな。願わくば、ずっとずっと未来まで暗いままであってほしいもんだ」

「まぁまぁ君達、ちょっと待ち給え。そう明るくなることもないさ」

「あ! あなたは、東のベベベベベベベベベトベトンさん!」

「次の長老候補のあなたがどうしてここに?」

「私は明るいところにいつでも来るのさ。何やら君たちは明るい未来を危惧しているようだったからね」

「す、すごいな。こんなに暗い湖で俺達に気づけるなんて」

「やっぱり長老候補は違うね!」

「ハッハッハ! さて、では長老の私から君達に暗い未来を提示しようじゃないか」

「まだ長老じゃないんじゃ?」

「細かいことを気にするのはやめ給え。小さなヘドロを追っていては大きなヘドロを取れないというものだ。――ふむ、改めて確認するが、我々がこの湖のゴミ、そしてヘドロを食べ続けると、湖は一体どうなるかな?」

「え、えっと、ゴミやヘドロがなくなったら、湖はキレイになります!」

「それだけじゃないぜ。俺達がこの湖に住めなくなっちまう」

「ふうむ、半分正解で半分ハズレといったところか。湖がキレイになるのは正解としても、湖に我々が住めなくなるというのは、果たして正解かな?」

「えっ? だって、ゴミやヘドロがなくなったら、俺達が食べる物がなくなっちゃうんじゃ?」

「それはその通りだ。しかし、それは要するに、新しいゴミやヘドロがなくなるから、ということだろう?」

「は、はい。少なくともボクが生まれてから、この湖には新しいゴミがほとんど捨てられていません。たまに捨てられても、それがみんなに行き渡るほどじゃないですし、みんな湖の底や波打ち際のまずいヘドロを食べて生きているはずです」

「ふむふむ。なるほど、君達は現状を正しく認識しているようだ。しかし、憂うべき現状に目を傾けすぎるあまり、暗いはずの未来を明るく見ようとしてしまっている。それではいかん」

「じゃあ、一体俺達にどんな暗い未来があるっていうんだ?」

「ふふ、いいかい? そもそもこの湖が汚くなり、我々のパラダイスとなったのは人間達のおかげだ。人間達が使わなくなった家電製品、ポケモン用品、古くなった食べ物、服、家具など生き物以外の全てを捨ててきたからこそ、今の湖があるのだ」

「うんうん」 「そうだな」

「しかし、この湖はその積み重ねにより、余りにも素晴らしく、いや、人間達にとって汚くなりすぎてしまった。最早人間達の排泄物にすら劣るようなおぞましさになってしまった。故に、人間達はこの湖にゴミを捨てることができなくなってしまったのだ。そして、ゴミ不足という我々にとって致命的な現状がある」

「それは困る!」 「そうだ! もっとゴミをよこせ!」

「然るに、我々がこの惨状を打開するには、もっと人間をこの湖に来させなければいけない。かつての我々にとっての地獄である澄み切った水へと限りなく近づけ、人間達の私欲を存分に満たし、モラルの崩壊を促して再び湖を我らの楽園へと変貌させなければいけないのだ! そのためにも、我々はゴミを食するのをやめてはいけない! ヘドロをすするのをためらってはいけない! 子を増やし、一族を絶やさず、目指すべき暗い未来のため、今一歩苦痛を伴いながら我らの救世主たる人間を再度呼び集めるのだ!」

「「うおおおおおおおおおっ! 長老万歳ッ!」」

「どうかね? これでもなお、君達、いや、我々に明るい未来が待っていると言えるかね?」

「うっ、うっ、ボク、なんか感動しました。でかいテレビなんかで満足してちゃいけなかったですよね。ボクの夢の超大型冷蔵庫を目指して、明日からもヘドロに潜ります!」

「ちくしょう。なんて俺はちっぽけだったんだ。プレミアボールなんかで満足しちまって。――長老! 俺、明日からマスターボールを目指して頑張るよ!」

「ハハハ、まだ私は長老になっていないよ。だが、こうして未来を担う若者達を励ますことができて、私自身とても感動している。私も君達に暗い未来を提示するだけでなく、実現できるように頑張ることにしよう。では」

「「ありがとうございました! ベベベベベベベベベトベトンさん!」」

 
 おやおや、どうやら湖の底で楽しげに話していたのはベトベトン達のようです。この、ベトベトンというポケモンは、ベトベターと呼ばれるポケモンの進化系で、数百種類のポケモンの中でも屈指の嫌われ者で有名です。どうしてそんな不名誉な扱いを受けてしまっているのかというと、一言で言えば彼ら、つまりベトベトンにせよベトベターにせよ、とてもクサいからです。
 基本的に生き物はすべからく嗅覚と呼ばれるものが備わっています。それはいわゆるニオイを通じて危険の有無を感知したり、場合によっては性的発奮に関わったりもしますが、とかくニオイにはみな敏感なのです。そしてベトベトンやベトベターはその嗅覚をほとんどの生き物に対して非常に悪い意味で刺激するようなニオイを発しています。具体的には、訓練された人間が耐臭装備をしても至近距離では気絶し、同類であるはずのどくタイプのポケモンが鼻、ないしはそれに類する部位を必死で抑えながら数キロは逃げるようなニオイです。もっとはっきり言うなら殺人的、かつ殺ポケ的な悪臭です。それくらい彼らはクサイのです。
 でも、そんな忌み嫌われている彼らですが、実はこの世界になくてはならない存在なのです。というのも、彼らは彼ら以外には誰にも処理することのできない物を処理する能力が備わっているからです。その能力によって処理する物とは、彼らの会話にもあったように、『ゴミ』ないしは『ヘドロ』です。
 ゴミについてはともかく、ヘドロというのは何なのかというと、簡単に言えばより劣悪な物へと変化した状態のゴミのことです。ゴミの状態ならばまだ人間も処理できるのですが、ヘドロにまで変化してしまうと、さしもの人間にもどうすることもできません。この世界においては、人間によって廃棄されたゴミは放置され続けると全てヘドロへと変わってしまうので、もしもそうなってしまえば誰にもどうすることができなくなってしまうわけです。しかも、ヘドロには周りの物、例えば土や木、果ては人間の住む家といったような物まで同じヘドロにしてしまう影響力があり、放置していれば世界は壊滅してしまうのです。これが冒頭に挙げた世界が終わってしまうかもしれない理由の一つです。
 しかし、実際にはそうはなりません。少なくとも、今の時点ではそうなっていません。それは彼らベトベトン達がゴミやヘドロを喜んで食し、無害な存在へと変化させているからです。汚れきってしまった水も、腐りきった土も、未だ手の届かないそらぼしを除けば、彼らに浄化できない物はないのです。全ての生き物に忌み嫌われているといってもいいほどの嫌われ者である彼らは、そう思われていることを知りながらも、日々世界をゴミとヘドロから守っているというわけです。


 はてさて、なかなかに面白いベトベトン達の会話を聞いてからしばらく、長老候補のベベベベベベベベベトベトンさんが若いベトベトン達に暗い未来を提示したかいもあってか、湖は数十年振りにかつての美しさを取り戻しつつありました。まだまだ人間が夏の暑さから逃避する場所としては不十分ではありますが、それもそう遠くないうちに実現することでしょう。そしてそれは、ベトベトン達の暗い未来にも繋がるはずなのですが・・・どうやら当事者であるベトベトン達は素直に現状を喜べない者が多数いるようです。一体彼らに、そしてこの湖に何が起きているのでしょうか。今一度、湖の中にいるベトベトン達の話を聞いてみましょう。

「なあ、聞いたか?」

「ん? 何をだい?」

「決まってるだろ。最近湖の近くにやってきている人間達のことさ」

「ああ、あの人間達か。うん、ボクも一度見たから知っているよ。あの人間達はボク達と同じように、湖を守ろうとして来ているんでしょう?」

「はっ! それは間違ってるぜ。あの人間達はな、自分達にとっての湖を自分達で守ろうとしているのさ。俺達のことなんか考えず、ただ自分達が正しいんだって他の人間達に認めさせたくてそうしてるんだよ」

「そ、そうなの? でも、ボクが見た時には、頭にハチマキを巻いて、たくさんの人間が一緒に湖をキレイにしようって叫んでいたよ。湖がキレイになれば、その分人間がたくさんきて、それからゴミを捨ててくれるんじゃないの?」

「お前はちゃんとあの人間達の言っていることを聞かなかったんだな。いいか? あの人間達は湖をただキレイにしようっていうんじゃない。ずっとずっとキレイにしようって言っているんだ。ああ、確かに人間達は湖がキレイになれば沢山来るさ。でもな、あの人間達が本当にずっと湖をキレイにしようとしたら、ゴミが捨てられることもなくなって、結局俺達はこの湖にいられなくなっちまうんだぞ!?」

「そんな! それじゃボク達が一生懸命ゴミやヘドロを食べても意味がなくなっちゃうってこと? ボク達の暗い未来はどうなるの?」

「どうにもなりゃしないさ。やっぱり俺達には明るい未来しか残ってないんだ」

「まぁまぁ君達、ちょっと待ち給え。そう明るくなることもないさ」

「あ! あなたは、とうとう長老になったベベベベベベベベベベトベトンさん!」

「歴代最高の長老と名高いあなたがどうしてここに?」

「私は明るいところにいつでも来るのさ。何やら君達は明るい未来を危惧しているようだったからね。ちなみに言っておくが、私の名前はベベベベベベベベベトベトンだ。くれぐれも間違えないでくれ給え」

「すいませんベベベベベベ(以下略)さん」

「ごめんなさいベベ(以下略)さん」

「・・・・・・ま、まあいいだろう。さて、何やら君達は最近湖の上に来ている人間達について話していたようだったが?」

「そうなんですよ。あの人間達は、こともあろうかこの湖をずっとキレイにしようって言い続けてるんです」

「そんなことになったら、ベ(以下略)さんがこないだ言っていたように、ボク達の暗い未来がなくなっちゃいます!」

「ふむふむ、なるほどな。君達の不安はもっともだ、しかし、私は敢えて心配する必要はないと言っておこう。何故なら、彼らのような人間達が来ることは長老である私の、歴代最高の長老である私の想定の範囲内だからだ」

「えっ!?」 「どうして!?」

「これは人間の性格、気質、習性を理解していれば予測できて然るべきことなのだ。彼らはいつも自分達こそが生物のトップであり、世界の全ての吉事は自分によるものであると考えている。我々がこの湖を数十年かけてキレイにしたことが仮に彼らの知るところとなっても、当然彼らはそれが自分達の手によるものだと主張するだろう。ほかならぬ人間達に」

「じゃあ、誰も俺達のことを認めてくれないのか! くそっ! 俺の親父やじいちゃん達が一体どれだけのヘドロを飲み込んできたと思って」

「ボクは・・・認めてもらえなくてもいいよ。認めてもらうために食べてきたわけじゃないから」

「なっ! おい! どうしてそんなこと言うんだ!」

「だってそうじゃないか! ボク達が人間達のゴミやヘドロを食べてきたのは生きるためだよ! そしてこれからも生きていくために、沢山のコドモ達がずっとずっと生きて、そしてまたコドモが生まれてくるように、この湖がそんな楽園になるようにそうしてきたんだ! 他に理由なんてないよ!」

「うっ・・・。で、でも、このままじゃそれだってできないじゃないか」

「そうだよ。このままじゃそれもできない。認めてもらえなくたっていい、ただボクはゴミが欲しい。人間が集まって、どれだけボク達のことを嫌ったっていいから、ゴミを捨てて欲しい。それだけなんだ」

「やはり、君達は未来を担うに相応しい若者達だったようだな。私の目に狂いはなかったようだ」

「ベベベベ(以下略)さん・・・」 「(以下略)さん」

「最早原型を留めてないが・・・いや、今はそれはいい。――諸君、私は長老候補の頃にも言ったはずだ。君達が明るい未来を憂いている時こそ暗い未来を提示すると。そして、その暗い未来を実現すると。その言葉を今も信じているか?」

「それは、でも」

「いくらベベベベベベ(以下略)さんでも、この状況じゃ」

「そうか、ならばこれは私の力不足だな。しかし、私はそれを憂いたりはしない。何故なら私は歴代最高の長老であり、その評価は私の先の先の先の先の先の世代まで、いや、暗黒未来永劫覆されることはないからだ。私は君達に提示しよう。今のこの状況は何ら危機的ではない。先程も言ったように今の状況は私の想定の範囲内であり、なおかつ最も望んできた状況なのだと!」

「こ、この状況が?」 「どうして?」

「いいかね? 君達には人間という生き物がどういう生き物なのかを改めて考えてみてもらいたい。かつて、この湖をゴミで埋め尽くし、ヘドロで溢れさせたのは我々ではない、人間自身なのだ。その人間達が今、近寄れもしなかった湖に再び集まり、二度と湖を汚さないようにしようとのたまっている。これがどういうことかわかるかね?」

「人間は過去の失敗から学んで二度と失敗しないようにしている、とか?」

「自分達の正しさを他の人間に見せつけるために騒いでいるんじゃ?」

「どちらも正解だが、ここで大事なのは過程ではない。その先にある結果だ。――つまり、人間は君達が言う理由、ないしは目的にのっとって動いている。いや、動こうとしている。それがわかるだけでも君達が前途有望なのは誰しもが認めるところだろう。だが、どうかそこで踏みとどまらないでほしい。そして、私が君達に何よりも気づいて欲しい、学んで欲しいのは、決して安易に人間のことを信用しないでほしいということだ」

「人間を信用? 俺達が?」

「ボク達は人間を信用しているんでしょうか?」

「しているとも。だからこそ君達は湖の上に集まっている人間達の言葉に明るい未来を見てしまったのだ。仮に僅かにでも人間達を疑っているのなら、今この時も君達はヘドロの中へとその身を投じているだろう」

「・・・」

「じゃあ、長老はそうじゃないんですか?」

「今はまだ語らないが、少なくとも私は人間について君達よりも知っているつもりだ。人間というのは我々のように一つではない。我々よりも多く、そして分かれているのだ。故に、湖の上の人間達の言っていることが他の人間に伝わり、その結果それが正しいと認識されようとも、全ての人間がその通りに動けるわけではない。それはかつての我々の楽園たる湖が証明している。今の人間達の言っていることは過去にもあったはずなのだ。いや、あったと言い切っていい程にそれは確かだ。しかし、それが実現せずに我々が繁栄してきたということは、人間はそれを実現できなかったということにほかならない!」

「じゃあ、俺達がやってきたことは無駄じゃないのか?」

「このまま今まで通りにやっていけば、前に長老が言っていたようになるんですか?」

「ああ、その通りだ。私が想定したように、人間達は自らの正しさを主張するためにここに戻ってきた。そしてそれは多くの人間達に伝わるだろう。それを受け取った人間達はどう思うか? 彼らはきっとこう思うだろう。あんなに汚れていた湖がこんなにキレイになったのか。ならまた泳げるかもしれない、遊べるかもしれない、店を開けるかもしれない、と。そうなれば、以前に私が君達に提示した暗い未来がやってくるのもそう遠くはないだろう」

「「う、うおおおおおおおおおっ! 長老ッ! 長老ッ!」」

「ハッハッハ、歴代最高のが抜けているじゃないか。まぁいい、私が君達に安心して欲しいと言った理由、根拠をわかってくれたかな?」

「はい! 俺、やっぱりまだまだダメでした。こんなんじゃ、北のヘドロ山地下47階層の攻略なんてできないぜ」

「ボクもまだまだです。せっかく明日結婚するっていうのに、こんなに情けないんじゃ」

「ちょおま! 結婚するなんて聞いてないぞ! バカヤロウ! なんでもっと早く教えてくれないんだよ!? 生まれた時からの仲じゃねえか!」

「ごめんよ、でも・・・」

「でもじゃねえよ! いいか、今日はずっと俺と一緒にいろよ! そして、そして明日からは、嫁さんから離れるんじゃねえぞ! わかったな!?」

「う、うん、わかったよ。――あれ? ねぇ、泣いてるの?」

「うるせぇな! 泣いてなんかいるかバカ! クソッ、今日はやたらと水が透き通ってやがる」

「ハハハ、その調子でこれからも我々の暗い未来のために頑張っていってくれ給え。では」

「「はい! 歴代最高の長老!」」


 一時は立ち篭めた暗い、いえ、明るい未来もどうやら長老の言葉で吹き飛んでいったようですね。歴代最高のと自ら謳っているあたり、さも人間のような長老ですが、彼がいればこの湖のベトベトン達の未来は、本当に暗いものへとつながっていくのかもしれません。
 そして彼らが予想した通り、湖の上で騒いでいた人間達はひたすら自らの正しさを訴え続けました。やれ湖は二度と汚させない、やれ今こそ私達の研究の成果が役立つ時、みずポケモン達の安住の場を、自然を大切に、などといった様々な名言が飛び出していました。しかし、そのどこにもベトベトンの名前は出ていませんでした。どうして湖がここまでキレイになったのかを湖の中を覗いてまで確かめようとする人間は一人もいなかったのです。
 もしも、人間達が湖の中を覗いたら一体どういう反応をするのでしょうか。彼らを崇め奉るでしょうか。彼らの望み通り、再び湖を汚そうとゴミを捨てにくるでしょうか。
 きっと人間をよく知っている長老ならその答えを知っているのでしょう。しかし、長老はそこまで未来を担う若者達には語らないのでしょう。人間を安易に信じるなかれ、そう言う長老こそ・・・

 長老の言ってきたことはこれまで間違ったことが一度もありませんでした。それは長老候補の頃からそうでした。だからこそ彼は数々のベトベトンの中から長老として選ばれ、これからも長老としてみなを導いてくれると信じられていたのです。でも、現実というのはそう都合よくうまくいきません。いくら人間を知り、同胞を導く力に長けている長老といえど、ポケモンであるには違いなかったのです。


 長老が一部のベトベトンの不安を払拭し、湖の上の人間の騒ぎも大分治まり、ようやく待ち望んだ暗い未来が、と湖の中のベトベトン達は思っていました。きっとこれから多くの人間が湖にやってくる。そして派手に騒ぎ、楽しみ、癒され、後にはたくさんのご馳走であるゴミを残していってくれる。一部はすぐに食べずにヘドロにして増やそう。いやいや、どうせ余るんだから思う存分新鮮なゴミを食べよう。記念に一部のゴミをヘドロにしないで残し続けるのはどうだろうか。湖の東も西も北も南もなく、ベトベトン達は残り少なくなったゴミやヘドロを貴重に消費しつつ、暗い未来へと思いを馳せていたのです。
 ところが、どういうわけだか人間達はいつまで経っても湖にやってきませんでした。すでに湖の大半はキレイになっています。みずタイプのポケモンが暮らしていくには十分なキレイさでしたし、人間達も存分に泳ぎ回ることができるでしょう。湖がキレイになるに伴い、周りの森林にしたってかつての豊かさを取り戻し、湖の周りがより涼しげに、そして澄んだ空気を生むのに一役かっているのです。それなのに、肝心のそれを汚して回る人間達がやってこないのです。
 人間達がやってこなければどうなるか。それは残されたベトベトン達にとって想像もしたくない明るい未来でした。そう、残されたベトベトン達、つまり、ベトベトン達は実はその数を少ないとは言い切れない単位で減らしていたのです。湖をキレイにするということはそれだけ彼らが生きていく場所が減ってしまうということ、ゴミやヘドロが少なくならなければ湖は到底キレイにはならないのです。
 暗い未来のためにはキレイな湖が必要です。暗い未来へと今を繋げなければ、徐々に徐々にベトベトン達は消えていくだけです。どんな生き物からも忌み嫌われている彼らはこの湖から出ることができないからです。だからこそ、彼らは自分達の一族を残すため、苦渋の決断を下したのです。そしてその提案をしたのも、決断を下したのも、ほかならぬみなを導いてきた長老でした。
 いくら非難を受けても構わない。長老は誰にも知られないようそう何度も呟いていたようです。しかし、ベトベトン達は自分達を導いてきてくれた長老を非難したことはありませんでした。それは誰もが長老のことを信じていたからです。みんな長老が誰よりも飢えに耐えていたのを知っていたからです。それこそ道半ばで絶えてしまいそうなほど消耗していても、いつでも明るい未来に怯えるベトベトン達を励ましてきた長老のことを非難するベトベトンはこの湖にはいなかったのです。
 しかし、それも今や怪しくなってきました。長老のみならず、みながみな限界でした。湖が澄み切ってしまえば、彼らはもう生きていけません。このまま人間が全くこなければ、そうなるのは時間の問題です。極限とも言える状況の中、一族の希望であるはずのベトベトン達は長老に詰め寄っていました。

「長老! あなたが俺達に約束したんじゃないのか!? 暗い未来を! ゴミとヘドロに溢れる湖を! なのに今はどうだ。少しでも上へ昇れば、俺達には見えちゃいけない光が見える位に明るくなってしまった。こんな未来のために俺の親父達は飢えて死んでいったのか!?」

「長老、ボク達はあなたを信じてきました。信じて、ボクはボクの奥さんと一緒に生きてきました。でも、もう、もう・・・。ボクは信じたい。長老のことを、暗い未来を信じたい。だけど、今のボクにはコドモに食べさせるヘドロのひとかけらも見つけられない。だから、ボクは・・・ごめんなさい。ごめんなさい」

「すまない。私には君達に謝ることしかできない。すまない」

「ふざけるなッ! すまない? すまないだと! そんな、そんな言葉で、みんなが、俺達が、うっ、うっ・・・う、うおおおおおおおおおっ!」

「・・・長老、ボク達にもう、未来はないんでしょうか?」

「・・・・・・」

「そう、ですか・・・」

「もういい、もういい。行こう、お前の奥さんを弔ってやろう・・・オレが一緒にいくから」

「うっ、うっ・・・ううっ・・・・・・」


 あれほど長老を信じていたベトベトン達。しかし、彼らももう目の前でうなだれていることしかしない長老にはついていけませんでした。迫り来る終わりの時を少しでも有意義に過ごそう、そんな終末への姿勢を作ろうと、あちこちの残り少ないベトベトン達は明るい地面に涙しながらそれぞれの時を過ごしていました。
 誰しもが未来に絶望している。しかし、ただ一人、ただ一人のベトベトンだけは、絶望していなかったのです。そしてそのベトベトンは誰にも開示せず、みなを救うためにある手段に身を投じたのです。そうすることが何を意味するのか、それを知ってもそのベトベトンは躊躇いませんでした。成功を信じていました。彼の役目はもう終わったのです。彼の意思は確かに残せたのです。人間のように分かれず、一つが一つであるみなにそれは残していけたのです。

 変化は唐突におきました。残り少ないヘドロをさらおうとしていたベトベトンがまずそれを見つけました。そのベトベトンは生まれて初めてそれを見たと言います。しかし、それがなんであるかを気づけたのは、かつて自分の親がそれが如何に頭に響き、体の中が焼けただれるほど生臭く、思わず全身から内容物を吐き出しそうになるようなウマさであると教えてくれていたからです。そしてベトベトンはためらうことなくそれを体に取り入れ、生まれて初めての快感に全身がシビレました。そのベトベトンはその感動を生き残っているみなに伝えたくて仕方がなかったのですが、あまりの感動に数分そこから動けずにいました。そして動けるようになるとそれをすぐにみなに伝えて回りましたが、そこでそのベトベトンが見たのは、自分と同じようにすでに感激しているベトベトン達でした。
 そう、湖には何故か再びゴミが投げ入れられるようになったのです。誰もが絶望している中、大小様々なゴミはみなにとっての希望そのものでした。ヘドロになるまで待とうなどと誰も言いませんでした。投げ込まれ続ける大量のゴミをひたすら食べ続けました。そしてみながようやく満たされた頃、とあるベトベトンが珍しいゴミを見つけたと騒ぎました。そのベトベトンはまだベトベトンに進化してまもない者で、その珍しいゴミが実は決して珍しい物ではないと知らないくらいの若者でした。しかし、それ故にその不思議なゴミは誰にも食べられることなく、ヘドロになることもなくみなの目に留まったのです。そのゴミはありふれたゴミの一つである紙でした。ただし、普通の紙ではなく、簡単に水によってボロボロにならないよう加工された物でした。
 数々のゴミを食べてきたベトベトンですが、その多くは色んなゴミに書かれている文字について知りません。ただ、二人のベトベトンだけは文字を読むことができました。ほかならぬ長老に直接教わったからです。よって、その不思議な紙は二人の元にすぐに回されました。二人は生き残ったみなに伝わるよう、途中で止まったり、泣いたりしながら紙を読みました。そして紙を読み終わるとすぐに長老を探すようにみなに伝え、自分達も探して回りましたが、湖のどこにも長老はいませんでした。


 汚れてから数十年経ったとある地方のとある湖。その湖は今はかつて美しかった頃の姿を半ば取り戻していました。湖の上では穏やかな気候を楽しみ、日々の疲れを癒すため、常に人間やポケモン達で賑わっていました。しかし、賑わうということはそれだけ問題も多く、特にきちんと決められた場所にゴミを捨てられていないことが目立っていました。もちろん湖の周りにある施設や遊泳をする際に、看板や警備員から注意は促されているのですが、どうしてもそれを守らない人間達もいるわけです。
 しかし、ゴミは確かに捨てられているのに、不思議なことに湖はいつまでたってもキレイなままでした。とある警備員が言うには、前の日に大量に捨てられていたゴミが、次の日出勤したらキレイさっぱりなくなっていたそうです。ひょっとしたら誰かが人知れずゴミを片付けているのかと思い、同僚や観光客に聞いてみたこともあったそうですが、誰もそのようなことはしていないし、またそのようなことをしている人を見たこともないと言われたそうです。なんにせよ、湖がキレイなことは願ってもないこと。もう二度と汚くならないようにと願って、その警備員はそれ以上考えたり追求することをやめたそうです。
 

 今日もキレイになった湖の遥か下の底で、ベトベトン達は元気にゴミを食べています。遥か昔、永劫最高の長老が残した伝説のメモの約束にのっとり、人間達と一緒に暮らせるように、ゴミを食べ過ぎずヘドロにしすぎないように、幸せな暗い今を楽しんでいます。自分達の遥か頭上で楽しそうに泳ぐ人間達のことを彼らはとても好きです。けれども人間達は彼らの存在にまるで気づこうとはしませんでした。
 そんな彼らの元には、なんとわざわざ他の湖や街から引っ越してくるベトベターやベトベトンまでいました。一体どこでこの湖のことを知ったのか。その答えをみな知っていました。でも、誰もその答えを口にすることはなかったそうです。


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  • ベトベトンの話とは珍しいですね。
    ベ(以下略)さんというタイトルにもあるべトベトンの名前ですが正直省いてしまった方が良いと感じました。話には関係ない上他のベトベトン達が言うの大変ですし(笑) 同様にひいひい(略)もです。ひいじいさん位で充分ですよ。おまけにひいひい(略)程の昔にはボールがあったとは考え辛いですから。

    新参の方でしょうか?そうであるならかなり上手い文章だと思います。
    ――シュガー ? 2013-08-06 (火) 20:00:15
  • タイトルに惹かれて読みました。
    台詞を多用した一風変わった作風ですが、このアイデアにはちょうどよかったと思います。
    相反する人間の理想とベトベトンたちの理想にハラハラさせられました。
    ―― 2013-08-06 (火) 20:19:45
  • >シュガー様
     コメントありがとうございます。仰る通り、ベトベトンの話はあまり見られないかもしれませんね。私個人としては可愛らしいだけでなく、お話として起用しやすいポケモンだと思っているのですが。
     やたらと長くわかりにくいベトベトンの名前に関しては単純な私の趣味という意味合いも強いですが、同時に彼らの生態の一部としての現れでもあります。ひいひいひい(以下略)についても同じです。それについて作中では細かく書かなかったため、そのようにコメントされるのはもっともだと思いますが、一応理由はありますとだけ。
     上記のことも含め、コメントにある昔が如何程の昔になるのかについて認識にズレがあるのは否めませんが、ボール云々に関しては、この世界ではということでご理解していただければと思います。ポケットモンスターと人間という生き物がいるのはあの世界もですし、この世界もということです。
     お褒めの言葉ありがとうございます。名無しでの投稿をさせていただいておりますが、新参ではないとここに残しておきます。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

    >名無し様
     コメントありがとうございます。タイトルは特徴的であると自分ながら思います。執筆に入った当初はベベベベベ(以下略)だけにしようとも思ったのですが、流石に管理人様や読者様から問答無用の削除をされるだろうと気づき、このようにさせていただきました。
     全体の文字数がかなり少なめな上に地の文が短めなので、一層会話文が多く感じられたかと思います。会話文が多いとどうしても話の舞台の説明や成り行きが不明瞭になりがちなため、多くの読者様にとって大変分かりにくい内容となってしまったかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
     人間とポケットモンスターは数多の似て非なる世界にて共存していますが、やはり違う生き物同士ですから、お互いに掲げる理想とそれに対しての現実にはかなりのギャップがあるのではないかと私は思っております。そのギャップにハラハラしていただけたのだとしたら、私としてはとても嬉しく思う次第です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
    ――作者 ? 2013-08-07 (水) 02:26:56
  • 最後にベトベトンたちが救われてよかったです。
    人間の業を食らいつくす彼らに未来永劫の幸あれ!
    ―― 2013-08-13 (火) 23:41:22
  • >二番目の名無し様
     コメントありがとうございます。人間達からもポケモン達からも依然として嫌われ者であることに変わりはありませんが、ベトベトン達は幸せにやっているんでしょうね。それがいつまで続くのかはともかくとして。
    ――作者 ? 2013-08-14 (水) 17:01:54
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Last-modified: 2013-08-06 (火) 00:00:00
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