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ブラッキーとアブソル

/ブラッキーとアブソル

てるてる

*この小説には残酷な場面が存在します。そのような表現を苦手とされる方はご注意ください。


次の瞬間、強烈な光とともに襲ってきた衝撃に彼は落ち葉のように吹き飛ばされた。
その直後に襲ってきた全身を焼かれる激痛を、彼は感じる暇もなかった。


ある八月の朝だった。ブラッキーは朝の日差しの中で通り沿いの建物と建物の間に身を隠している。
置物のように微動だにしない彼の見つめる先、町の間を流れる河川にかかる橋の欄干の上で日光浴をしているアブソルがいた。
彼女の白く美しい毛並みは朝の日差しを受けきらきらと輝いている。
その姿をうっとりと見つめるブラッキー。
ブラッキーに自分が恋愛感情を抱いていると気がついたのはつい最近だ。
その時もまた彼女は今と同じように欄干の上で同じように座っていたのだ。
それまでにも何度か彼女を見かけたことがあったが、いつも何をしているかわからない。毎日同じところで座っている。
いわゆる変な人としか見ていなかった。
いままでそういう類のものは人もポケモンも問わず見たことがある。
家族が死んだ。友人が死んだ。
そんな理由で人はおかしくなってしまう。
彼はそんなものたちを哀れだとは思ったことはない。
結局は自分自身の弱さなのだ。
どんな深い傷でも時間が経てば治る。かつて自分もそうだったように。
彼女もその類のひとつだと思っていた。
ブラッキーはアブソルのはたを通り過ぎるとき、いままで明後日の方向を見ていた彼女が唐突に振り返ったのだ。
彼は驚いた。彼女の目には毎日を虚無に生きる輝きのない目ではなく、心を見失った濁りきった目でもなかった。
希望に満ち、自らを見失っていない。美しく、燃えるように赤い目だった。
ブラッキーは最初、一体どうすれば良いかわからなかった。
いつもなら適当な会釈をしてさっさとその場から離れているが、そのときはまるで金縛りにあったかのようだった。
彼女の何がそうさせているのかわからなかった。少なくともその時は。
まるでブラッキーの状態をアブソルは察したかのようにほほえみかけた。
それは親しい者にするようなものではなかったかもしれない。
その時今までの金縛りがうそだったかのように体が動いた。
彼は堰を切ったように路地へ逃げ込んだ。
そして恐る恐る橋をのぞき込むと、既に彼女の姿は無くいつもの慌ただしく人が行き来する橋があるだけだった。
彼は安心したのか、残念だったのかよくわからない感情を抱いたまま大きなため息をつく。
その時視界のはしに小さな水たまりと、それに映る自分の顔を目に入った。
ブラッキーはその時初めて、自分の顔が赤く染まっていることに気がついた。


聴覚と嗅覚を取り戻しきれていない彼にとってたよりになるのは視覚だけだった。
辺り一面を覆う闇に彼は最初、夜になったと思った。
が、違った。彼が上を見上げると時折闇の中に光の裂け目が出来た。
光はそのまま地表に当り、反射し、再び闇の中に戻っていく。
その時ようやく彼にその闇の正体がわかった。
雲だ。あらゆる物体。セメント、鉄、ガラス、そして生物が蒸発し真っ黒な雲に姿を変え、太陽を覆っているのだ。
黒雲は地上の火災に照らされ、赤黒い不気味な陰影をつけている。


彼は意を決して路地を出ると、真っ直ぐにアブソルに近づいていく。
頭の中でおさらいした言葉を何度もめぐらす。簡単なことだ。
彼女の隣り座り二三会話するだけだ。実に簡単なことだ。
そう彼は何度も自分に言い聞かせた。
ブラッキーは通行人を避けながらアブソルの座っている欄干のすぐ真下まで来た。
間近で見る彼女は、いつも遠くから見る彼女よりも数倍美しい。
流れるような毛並みに無駄な肉のない理想的な体つき。
右頭部の湾曲した鎌状の角。
神秘的なその姿をさらに神秘的でとらえどころのないものにするそれ。
それはまるでこれから起こりうる全てを察知するかのようだ。
実際彼女の目にはどことなく悲しさが見える。
気がつくとアブソルはいつのまにかブラッキーを見つめ返している。
「どうしたの?」
彼女の見た目とは裏腹に幼く、そして穏やかな声はブラッキーの耳にも当然届いた。
やさしさあふれるその声は、ふと気がつくと後ろにいた、妙な視線を送り続けている変なブラッキーに対し何の感情も抱いていなかった。
慌てた彼は落ち着きを取り戻そうと、一呼吸おいてから慎重に言葉を選んだ。
「となり、座って良い?」
何とか出した言葉も早口で、うわずっている。
彼女は無言で微笑むと、静かに頷いた。
それを了解の返事と受け取ったブラッキーはひょいと欄干に飛び乗る。
「何のよう?」
彼女が問うた。透き通るようなその声にブラッキーは緊張で自然と体がこわばるのを感じた。
「いや別に。いつも何してるのかなって」
アブソルは素っ気なく答えた。
「日光浴よ」
何の変哲もない返答にブラッキーは納得した風に頷いてみせた。
こんなにも毎日のように、それに同じ場所で日光浴するとは考えにくい。
それに彼女が時折見せていたあの悲しそうな目。
本当はもっと他に別の事情があるのでは。ブラッキーは思った。
それを知りたいという思いも頭の片隅にあったが女性にそこまで入り込んだことを聞くの気が引ける。
今ここで嫌われるような危険は犯せない。時間はいくらでもある。
ブラッキーはもう一度頷くと視線をアブソルから川に移した。
静かに流れる水は朝日を受け、それを弄ぶように波打ち、乱反射する。
そのいくつかが彼の目を瞬かせる。
彼女がいつも向いている方向にあるものはといえばぼろぼろのはしけと妙な形の屋根をした建物くらいで
特に目を引くものはなかった。一体彼女はいつも何を見ているのだろうか。
後ろが騒がしくなってきた。複数の足音と人の話し声が橋を行き来する。
カーキ色をした地味な服を着た人間のひとりが眠そうな目をこすりながらちらりと欄干の上のポケモンを見た。
視線を感じたブラッキーが振り返りその人間と目を合わせると、
人間は興味なさげにあくびをひとつし、雑踏の中へと姿を消した。
「騒がしくなってきたね」
そうね、とアブソルが返す。
「なんならもっと静かで見晴らしの良いところがあるけど。行く?」
彼女は考えこむようにしばらくうつむいた後、首を横に振った。
「ごめんなさい。あなたの好意もありがたいけど、わたしはやっぱりここのほうが」
そう、と言ってブラッキーは額の汗をぬぐう。
夏の照りつける太陽光は熱を吸収しやすい毛色を持つブラッキーにとって恨めしい以外のなにものでもない。
空に浮かぶ雲は薄くまばらにあるだけでとてもあの光線を防いでくれそうにない。
ここ最近こんな日がずっと続いていた。ブラッキーはここまで自分の毛色が嫌になることは今まで無い。
一瞬自分が暑さのため視界がぼやけたのかと思ったが、それは遠くに揺らめく陽炎の為だった。
今日もおそらくは昨日みたく暑い日になるだろう。明日も、明後日も。
そう考えると、自然とブラッキーの口からため息が漏れた。
「どうかしたの?」
アブソルの声にふと現実に引き戻されたブラッキーはもう一度ため息をつく。
「今日も暑くなりそうだなって」
嫌になるよ、と最後に付け加える。
「わたしはそんなに暑いとは思わないけど」
ブラッキーは額の汗を拭うと、再びため息をついた。
改めて見てみると、確かに彼女の表情から暑さというものは見あたらない。
それは毛色が白いためか、ただ単に暑さを感じにくいだけなのか。


橋に向かう途中何度も、人やポケモンとすれ違った。彼らはみな迫り来る炎から逃れようとしている。
何人かがブラッキーを妙な目で見てくる。数匹のポケモンは声をかけてくる。
気の狂ったブラッキーが自ら火の中に飛び込もうとしている。彼らの目にはそう映っているのだろう。
彼はそれらを無視しただ真っ直ぐ爆心地の近く。あの橋に向かう。
熱くなった土がブラッキーの足を焼き、砕け散ったガラスの破片が足を貫く。
途中で何度も立ち止まりかけた。自分は一体何をしているのか。そんな考えが頭をよぎる。
ブラッキーはかぶりを振りそれを吹き飛ばす。
彼女に会う。アブソルの待つ橋に行く。単純なことだ。
彼は足に刺さったガラス片を口で引き抜くと再び橋を目指し突き進む。
たとえそれが無意味に終わっても。


家々の瓦は白く灼けて陽炎が立ち上っている。
ブラッキーは丘の上の茂みの陰の自分で掘った浅い穴の中で横になっていた。
冷たい土はひんやりとして気持ちが良いがすぐにぬるくなってしまう。
彼は気だるそうに寝返りを打ち、地面との接地面を変える。
どこからともなく拾ってきた穴だらけのこうもり傘は、真上から直接照りつける太陽光は防いでくれたが、
一度地面に当たり、照り返す光までは防いでくれずあまり役に立っているとは思えない。
彼は目をつぶり前肢で覆い眩しい照り返しを遮断する。
光の残像が様々な色や形に変化し、それが一瞬アブソルのような形になった。
あの後しばらくたいした中身のないことを話していたが、
一瞬ブラッキーが目を逸らした瞬間アブソルの姿がどこにもなかった。
煙のように消えてしまったアブソルに最初は腹が立ったが、なんの面識もないポケモンに突然話しかけられても毅然とした態度を保っていた
彼女もよく耐えた方なのかも知れない。
しかしこれでわかったのは、アブソルはブラッキーに特別な感情を抱かなかったことだ。
あの美貌と雰囲気はかなりの男の目を引いているに違いない。
恐らくブラッキーもその不特定多数の男の一人としか映っていなかったのだろう。
記憶にも残らない存在。そう考えると自然と悲しくなってきた。
彼は苛立ちから傘を蹴り飛ばした。ゆらゆらと宙を舞った後、茂みの向こう側に落下した。
遮るものが無くなったのを良いことに陽は直接ブラッキーに襲いかかる。
傘を蹴り飛ばしたことを後悔していると、出し抜けに陽が遮られた。
よお、と軽快な声に顔を上げるとそこには薄汚れた毛並みのザングースが破顔させながら立っていた。
古くからの知り合いであり、気の置けない友人であるザングースは断りもなくブラッキーの隣りに座り込んだ。
「久しぶり。どうだ最近、面白いことはあったか?」
別に、とブラッキーは首を振った。
「なにもないよ。ところでお前の住んでるところってたしかここから見て町の反対側だよな。何のようがあってここに?
まさか顔を見にわざわざ来たってことはないよな?」
ザングースの顔から笑みが消えた。
そのことなんだが、と低く言う声にブラッキーは身をこわばらせる。
「お前。この町を出る気はないか?」


中心に近づくにつれてそれは姿を現した。
衣類は全て焼け、裸同然となったそれは立ちすくんだブラッキーの横を通り過ぎようとする。
ブラッキーが何も言えずいるのに気がついたのか、それはゆっくりと顔を傾けた。
驚いたことにもう片側の目にはしっかりと目が残っていた。
焼かれた魚のように白濁しきった目は何も写していない。
爆発の瞬間に感じた痛みと恐怖、そして悲しみを永遠に閉じこめている。
背中の皮膚は火傷により大部分の皮が剥がれ、それが腰の辺りで引っかかりぶら下がっている。
化け物、醜悪な姿に彼は思ったが不思議と嫌悪感は抱かなかった。
哀れにさえ思った。
ほんの少し前まで、人間として生きていたのに。
たった一瞬の光は人を化け物に変え、草木を灰に変えた。
人間は頷くように首を前に傾けると、力なくその場に倒れ、事切れた。
生きたかった。濁った目はそう言っているようだった。
ブラッキーはよろよろと人間から離れると突き動かされるように橋に向かった。
その後何度も似たような、あるいはそれ以上に酷い有様の人間とすれ違った。
生きたい。そのどれもから何らかの形でそう感じ取れる。
ブラッキーは頬に生ぬるいもの感じた。
知らず知らずのうちに泣いていたのだ。
涙は灼けた地面に落ちると小さな染みを作るまもなく蒸発してしまった。


それはいったい、ブラッキーは飛び起き、ザングースをのぞき込んだ。
まじめな表情をしたザングースからいつもの悪ふざけだという感じはない。
「なぜそんな必要がある?」
「わからないのか。危ないんだよここは」
ザングースは町を手で示した。
「いままでにこの町のどこかに爆弾は落ちたか?大きな空襲はあったか?ないだろ」
ザングースの声が一層低くなった。今までのザングースとは違う語調にブラッキーはたじろいだ。
「なかったから安全なんじゃ」
ぐいとザングースはブラッキーの肩を掴んで引き寄せた。
「なかったから危ないんだ。わかってくれ。おれはもう何かを失いたくない」
ブラッキーはそこで初めてザングースの目が潤んでいるのに気がついた。
なにがあった、そう聞こうとしているのを感じ取ったのかザングースは肩の手を離す。
「知り合いのピジョンが教えてくれたんだ。東京に住んでた俺の弟――末っ子なんだがな、そいつが死んだってな。
ばかなやつだよ。最後に会った時も今まで生きてこれたんだからこれからも大丈夫だっつってな。ところがピジョンの話じゃ
大空襲の晩に炎に巻かれて死んだんだとさ。助けようにも近づけなかったって泣きながら言ってきたんだよ」
何か言わなくては、そう思ったブラッキーだったがそれらしい言葉は何も出てこない。
どの言葉も今の状況には似つかわしくない。
ザングースは涙をぬぐい取り、再びブラッキーに視線を向ける。
「わかってくれ。おれはもう何かを失いたくない」
太陽の光はうだるような暑さに拍車をかける。
ブラッキーは自分の自分の影を見つめた。
ザングースの言うことし正しい。だがもしここを去るのならその前にやるべき事がある。
「わかった。おれもすぐにここを出る――だが少し待っていてくれないか?どうしてもやらなければならないことがある」


白く灼けた道路は蜘蛛の巣のようにひび割れ、建物は鉄骨を残して吹き飛びその鉄骨さえも溶けて曲がっている。
草や木、人はおろかポケモンの姿もない。
死――それは空気のようにすべてを覆っていた。
生きるものを手当たり次第に飲み込んだそれは今も陰から新しい獲物を狙っている。
火の粉を被った瓦礫にブラッキーはそんな感覚を覚えた。
橋はこの先にある。
もし、もし彼女がいなかったとしたら。
ブラッキーはかぶりを振り雑念を追い払う。
その時瓦礫とかした建物の中に光るものが見えた。
熱で表面が溶け大きく湾曲した鏡がそこにあった。
鏡に写る自分の姿は鏡同様大きく湾曲し醜くゆがんでいる。
死――それは空気のようにすべてを覆っていた。


雲一つ無い空に月が大きく輝いていた。
ブラッキーは丘の上に仰向けに寝転がりそれを見つめつつ、
虫の奏でる音色に耳を傾けながらこれからのことを考えていた。
明日の朝もう一度あの橋に行き、アブソルに会う。はたして自分はそんなことをする立場にあるのか。
彼女の行動から考えてブラッキーに恋愛感情を抱いていると見なすのはいかがなものか。
実際彼女に他の男がいないという実証はない。
アブソル自身もいきなり現れて訳のわからないことを言うブラッキーを信じるとは到底思えない。
しかし、彼女が恋愛対象にしている男が存在しているとは限らない。
存在しているかわからない男に遠慮する必要はない。
それに真剣に町を出る理由を話せばわかってくれるかもしれない。
ブラッキーは起き上がり、伸びをする。
尾や腕などにある輪状の模様が月の光を受けぼんやりと輝いている。
待ち伏せ型の狩りをするブラッキーにとってこの模様は邪魔以外の何者でもない。
獲物の視界をある程度殺すことができる夜中、風向きで臭いや足音は何とかできようが発光だけはどうにもできない。
逃げ去る獲物の後ろ姿を見つめながら何度この模様を呪ったことか。
輪状の模様を見つめていると、丘の上を涼しい風が通り抜けた。
途端、辺りの虫が奏でるのを止め静寂が訪れた。
こういう場合、虫は環境や空間、雰囲気の変化を予知する能力を持っている。
それが人間はおろか大半のポケモンを凌ぐ程だということをブラッキーは経験から認識していた。
丘の下の方からブラッキーに向かって何かが走ってくる。
遠いためブラッキーの目にはぼやけて見えるが真っ白いその姿には見覚えがあった。
しかし何故ここにいるとわかったのだろうか、登ってくるアブソルを見ながらそう思った。
ただ単に自分に会いに来たわけではないかもしれない。ブラッキーは巣穴として使ってるくぼみに寝ころび目をつぶる。
もし彼女が話しかけてきた場合なんと言えばよいか。
足音が近づいて来て、止まった。薄目を上げると目の前にアブソルの姿があった。
けっこうな距離を走ってきたのに特に息切れを起こしている様子は見られない。
ブラッキーはあたかも今気付いたように起き上がる。
途端にアブソルは、ごめんなさい、と言いながら頭を下げた。
何のことかわからないでいるブラッキーに気がついたのか彼女はもう一度頭を下げる。
「朝はごめんなさい。突然いなくなっちゃって」
たったそれだけのことでわざわざ謝りに来るとは、なんてやさしい子なんだろうか。
ブラッキーはアブソルが頭を上げたのを見計らい、言った。
「いや別にいいよ。おれもいきなり押しかけちゃって迷惑だったよね。おれからもごめん」
そう言うとブラッキーもアブソルのように頭を下げた。
ところでさ、ブラッキーは顔を上げる。
「どうしておれがここにいるってわかったの? 」
「ザングースさんに聞いたの。わたしに会いたがってるから行ってやれって」
ザングースめ無駄な世話を焼きやがって、ブラッキーは歯がみしたが今こうやって
アブソルと会えているのもザングースのおかげだ。感謝するべきなのか。
ブラッキーの思惟の表情を迷惑がった表情と勘違いしたのかアブソルは申し訳なさそうに身を揺らし、
「もしかして迷惑だった?」
と言った。それに対してブラッキーは首をふり否定する。
「あ、いやそんなわけじゃないよ」
「そう。ねえ、少し聞きたいことがあるの、良いかしら?」
何を聞かれるのか、彼は少し身構えながらも頷いた。
「あなたはわたしの事……好き?」
出し抜けに飛び込んできたアブソルの言葉にブラッキーは一瞬どう答えて良いかわからなくなった。
彼女のことは好きだ。実際今すぐにでも自分の気持ちを伝えたいが事を急ぎすぎてはいないかという心配もある。
急ぎすぎて選択を誤れば二人の間に修復不可能な溝が出来てしまう恐れがある。
しかし、これはアブソルとの距離を縮めるまたとない機会だと考えたブラッキーはアブソルの前肢に触れ、頷いてみせ、
「うん……好きだ。それも――それも恐らく、君が思っている以上に」
と、答えたブラッキーに対してアブソルは微笑み、そっとブラッキーの頬にキスをした。
突然のことで状況がつかめずにいるブラッキーにアブソルは、
「ありがとう」
と言った。
「今日は嬉しかった。あなた以外にわたしに気付いてくれる人はいなかったの、だからせめてお礼だけはさせてね」
アブソルがブラッキーをやさしく押し倒す。不思議と抵抗するという気にはなれなかった。
夜草のひんやりとした感触がブラッキーの背中に広がる。仰向けになったブラッキーの上をまたぐようにしてアブソルが四つんばいで立っている。
なにをしている、と口を開こうとしたがアブソルの唇にふさがれてしまい声が出せなかった。
アブソルはブラッキーの口内に舌を進入させ弄り回す。ブラッキー自身も見よう見まねでアブソルに同じことをする。
昔、異性との性行為の経験が豊富な友人から大人の行為というものを聞いたことがあったがこれはまさしくそれだった。
話を聞いたときあまり気持ちの良い行為ではないと思っていたが、実際に及んでみると考えていたほどではない。
時間的には長く、感覚的には短い接吻が終わると、アブソルはまだ息が整っていないブラッキーに向かって、
「こんなことをして、嫌だったらどうしようと思ったけど、あなたもその気になったみたいね」
と言うと片方の前肢がブラッキーのいきり立った肉棒にそっと触れる。
今まで感じたことのない快感に身を震わせるブラッキー、手に付いた先走りの汁を舐め取るとアブソルは体をずらしブラッキーの股間の前に頭を持って行く。
手に付いた汁の量からから彼女が想像していたとおり、彼の肉棒は先端から大量の先走りが分泌されている。
アブソルは顔を上げブラッキーを見た。不安と焦り、そして期待感の入り交じった目をアブソルに向けている。
安心して、というようにアブソルは目くばせをするとブラッキーの肉棒を咥えた。
女性との性的経験がまったく無い彼は予想を上回る強い快感に喘いだ。
肉棒に這わされた舌は下から上へと包み込むようにまとわりつく。
「はっ、ああ……っ」
止めどなく押し寄せてくる快感に為すがままになっているブラッキーを見ながら、
アブソルは肉棒に吸い付いたり、舌で一点だけを攻めたり、傷を付けない程度に軽く甘噛みしたりなど
与える刺激によって、違う反応が返ってくるのを楽しんでいた。
「ああっ……ひ、あ……出そ……う、ひあっ」
ブラッキーが止めてくれと言わんばかりに、肉棒にしゃぶりつくアブソルの頭をたたく。
うわずった声に最大まで堅くなった肉棒、そのどれもがブラッキーの限界が近いことを表していた。
アブソルはそれに気づかないふりをし、行為の停止を求める手を頭から振り払い肉棒を吸い上げた。
度重なる刺激に耐えられなくなったブラッキーは体を弓なりに反らし、声にならない叫び声と共にアブソルの口内に精をはき出した。
大量に流れ込んできた精液に驚いたアブソルだったが、すぐにそれを飲み干す。飲みきれなかった精液が口の端から垂れ、ブラッキーの肉棒を伝っていく。
射精後の余韻に浸っていたブラッキーはすぐに我を取り戻すと起き上がり、アブソルに向き直る。
「ごめん。いきなり出しちゃって」
そう言って頭を下げる。が、アブソルはそれについてあまり気にしていないようだった。
「気持ちよかった?」
アブソルが幼い子供に聞くようなやさしい声で問う。
黙ったままブラッキーは頷く。
「今度はわたしにもお願い」
そう言って仰向けに寝転がるアブソル。透明な粘液を滴らせ、淫らに光る割れ目がブラッキーの目の前に来る形になった。
初めて見るやわらかい丸みのあるそれに、とまどいを感じながらもゆっくりと顔を近づける。
舌が触れた。そこは想像していた以上に温かく、柔らかかった。
「んっ……」
アブソルの声にブラッキーは顔を上げる。
「気持ち良い?」
その問いに対し、アブソルは頷く。
ブラッキーは続きを再開するため再び割れ目に舌を這わす。
先ほどのように入り口だけではなく、舌の届く範囲を刺激していく。
舌が動く度とろりとした愛液がからみつく、アブソルが体をくねらせ、喘ぐ。
それにあわせて、愛液が溢れる。
「んあっ……ああんっ」
舐めていくうち、段々とアブソルがもっとも過敏に反応する場所がわかってきた。
割れ目の上の方、恥丘の終わりの辺りにある小さく硬い突起だ。
陰核と呼ばれるそこは非常に敏感であり性的興奮を高めることに特化した器官である。
そのことについて全く知識の無いブラッキーは興味本位でそこを舌でつついた。
アブソルが体を揺らし、今までよりも強く喘いだ。
噴出した愛液がブラッキーの顔にかかった。
「大丈夫?」
ブラッキーが顔を上げようとするのをアブソルの前肢が押さえる。
快感によって高揚し、赤くなった表情がブラッキーには愛らしく見えた。
「いいの。続けて」
言われなくてもそうするつもりである。
陰核に舌を押しつけ、くにくにと弄ぶ。
「ひゃあっ……そっそこはやめ、あんっ……」
再度弱点を攻められた彼女は一度目程ではないが、強い快感を得ているようだった。
もっと彼女のよがる姿が見たい。
ブラッキーは割れ目から顔を離す。行為に夢中でほとんどしていなかった息継ぎをし、愛液にまみれの顔を拭う。
最初からそうだったが、そこにブラッキーが関わったことで彼女の性器はぬらぬらとした液で溢れ、時折小さく痙攣している。
「待って」
再び割れ目に顔を近づけようとするブラッキーを荒い息をしたアブソルが制す。
「そろそろ……入れて」
そう言ってアブソルはブラッキーの股間に視線を移す。
たった今さっき精を放ったばかりだというのに、肉棒はすでに大きさを取り戻し自分の役目を今か今かと待っている。
ブラッキーもいきり立った自分の肉棒を見つめる、そしてアブソル割れ目とを交互に見る。
「入れても、良いの?」
ブラッキーはためらいがちに言った。
「そんなことして、大丈夫なの?」
「大丈夫。あなたはあなたのやりたいことをすれば良いの」
ブラッキーは自らの肉棒をアブソルの秘所にあてがう。
「それじゃあ。いくよ」

熱いアブソルの体の内にブラッキーは迎えられた。
まるで夢のようだった。
柔らかく、そして力強く包み込まれたブラッキーはただ喘ぎ、腰をふる。
理性などこれっぽっちもない、獣として彼女を求め続けた。


死――その先には何もない。
時間、空間、感覚、すべてが無意味なものと化してしまう。
橋の欄干にもたれ掛かるようにしてブラッキーは虚空をぼんやりと見つめていた。
痛みは感じない。熱さも、なにも感じていなかった。
自分がここにいる理由はなんなのか、頭の中に霞みがかかったように思い出せない。
アブソルに会うために来たということは覚えてはいるがそれ自体が彼をここに引き寄せた理由ではない。
ブラッキーは心の隅で頼っていたのだ。常にそこの橋の欄干の上にいた彼女を。
彼女を救う、それは自分の弱さを隠すための表だけの中身の無い無意味な主張でしかなかったのだ。
起き上がる力も失ってしまったブラッキーの顔に弱い笑みが現れた。
それは自分に対してでしない。何に対してでもないのだ。
ただ笑いたい、だから笑うのだ。いや、もしかするとこれも表だけの無意味な主張なのかもしれない。
途端にブラッキーは目の奥に鈍痛を感じ、視界がじわじわと狭まっていく。
そこで彼の意識は途切れた。


朝日の昇る頃、ブラッキーとアブソルは丘を離れ、橋の欄干の上に座っていた。
美しく輝く太陽とそれに劣らなく美しいアブソルは眠そうにしているブラッキーに気がついた。
「眠いの」
アブソルが問うのとほぼ同時にあくびをするブラッキー。
「まあね。一晩中起きてたからね」
そして深呼吸を一つして、アブソルに向き直った。
「話しておきたいことがあるんだ。もはかしたらおれのことを変人かと思うかもしれない。それでも良い、聞いてくれ」
ザングースから聞いたことをブラッキーはアブソルに話した。
それに対して、表情一つ変えないアブソル。
その表情から、思考は読み取れない。
「おれも最初は信じられないと思った。だけど考えてもみなよ。この町だけ無傷なのはおかしいよ。絶対何かある」
機関銃のようにまくし立てるブラッキーをアブソルは制した。
そして、雲一つない青空に視線を移す。遠くの方できらりと何かが光った。
「わかったわ」
再びブラッキーに視線を戻す。
「わたし以外にもそう考えている人がいるんだもの」
ブラッキーは最初、言っていることの意味がわからなかった。
それに気づいたのか、アブソルは口を開いた。
「わたしね。ほんの少しだけど未来のことがわかるんだ」
「未来を?てことはこれから起こることも……」
アブソルは頷いた。
「わかるわ。それはね――」
鳴り響く警報の金切り声にアブソルの言葉は遮られた。
耳をつんざくような轟音、それは生物が不快に感じるように作られた音。
空襲警報だ。
橋の上にいた人々は一斉に空を見上げ、警報の原因を探した。
青空の彼方に浮かぶ黒い影、死を呼ぶ猛禽類の姿が翼を広げてそこにいた。
恐怖に駆られた人々が我先にと逃げまどう。
ある家族連れは怖がる子供をかばうように、別の人は転んだ者を引き起こし、思い思いの方向へ散っていく。
ブラッキーはすぐにアブソルの手を引き路地へ飛び込んだ。
爆弾に耐えられなくとも、それによって飛び散った破片は防げると考えたからである。
ブラッキーはアブソルの上にのしかかり、かばうような格好になった。
恐怖におびえ、震えるブラッキーとは異なりアブソルはいたって落ち着いていた。
飛行機はそのまま町の端まで飛んでいき、そこから大きく弧を描いてまた同じ所を飛んだ。
爆撃航行を開始するでもなく、その意味のない行動は偵察飛行を思わせた。
不意に警報が口を閉ざした。
轟音が消え、代わりに静寂が辺りを包み込んだ。
警報解除。野太い人間の声が静寂を切り裂き、辺りに響き渡る。
その言葉を信じ、ブラッキーは恐る恐る路地から顔を出し空を見上げる。
飛行機はなにをすることもなく、空を飛んでいる。
何かしでかす気配はない。しかし、まだそこにいるのは確かだ。
あまり時間は残っていない。
「おれはこれから丘に戻って荷物をとってくる。きみは?」
その問いに対し、アブソルは首を横に振った。
「わたしは何も持ってないの。むかしはあったんだけどね」
「そう。それじゃあそこの橋で待ってて、すぐ戻るから」
悲しそうな様子のアブソルに気づくことなくブラッキーは丘に向かうため、路地の奥へ走ってゆく。
ああそれと、ブラッキーは思い出したように立ち止まった。
「これから何が起ころうと、また会えるよな」
しばしの無言を経て、アブソルは口を開いた。
「ええ」
「そうか。わかった。それじゃ、すぐ戻る」
それだけ言うと再び背中を向け、丘へと走る。
「絶対に」
去ってゆく後ろ姿にアブソルはそう呟いた。


太陽は白く熱く、風は熱気を帯びていた。
ぼさぼさの手入れのなっていない、薄汚れた毛をしたザングースは車と人が行き交う通りの歩道の街路樹の影に座り、
そこから見える古い橋を見つめていた。
堂々とした風格のある橋を見つめていたザングースは、唐突に懐かしい感覚を覚えた。
しかし、彼はそれを思い出せないでいた。何度も何度もその感覚はザングースを包むが依然として思い出せないでいる。
もはや彼は、記憶の大部分が欠落し残った記憶もばらばらの破片となりほとんどが意味をなさないものとなっている。
日を追うごとに破片となって崩れ落ちてゆく記憶に最初のうちは恐怖し何とかしようと努力したがそれすらも今はない。
あきらめはしだいに無へと近づいていくザングースを加速させた。長く生きると言うことはそれだけ落としていく物も多い。
ため息混じりにそう考えていると視界の端で何かが揺らいだ。
車や人の行き交う橋の欄干の上に黒と白の塊が二つ乗っている。
目をこらし、それがなんなのか見極めると、それがポケモンのブラッキーとアブソルだということに気がついた。
アブソルの方はまったく覚えがないが、ブラッキーの方はそうでもなかった。
懐かしくも、悲しくもあるその姿に昔、ザングースはどこかで会った気がした。
しかし当然といえばそれまでだが、どこでなにがあったかはわからない。
ふと気がつくと二人は姿を消していた。
車が大きな音を立てて橋を渡っていく。
ザングースは昔を思い出すのをあきらめ、地面に寝転がる。
端から見れば、死体に見られるかもしれないが、すでに半分死んでいるも同然だ、とひとりごち、眠りにつく。
もし運がよれば夢の中でブラッキーについて探ってみるのも悪くない。



終わりです。
改めてみてみると不謹慎の塊と言っても良いくらいに酷い内容です。
ところどころ妙な文章があるとおもいます。

この小説はチラシの裏に名無しで投稿したものです。

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  • 時折入り混じる物語の終りの先を書いた描写が印象的でした。
    ブラッキーもアブソルも、そしてザングースも。誰も救われなかったのかな、と何ともやるせない気持ちに。
    アブソルはやがて訪れる未来のことを知っていたから、思いきってブラッキーを受け入れたのでしょうか。
    真相は結局分からないままですが。でも、こういう物悲しさの残るラストも嫌いではないですね。
    チラ裏では感想送れずじまいだったのでここに。執筆お疲れ様でした。
    ――カゲフミ 2009-11-11 (水) 21:39:22
  • >カゲフミさん
    返事が遅れてしまい申し訳ありません。
    コメントありがとうございます。
    今度からは、最初の伏線をおざなりにしてしまわないよう気をつけたいです。
    カゲフミさんのほうも執筆のがんばってください。応援しています。
    ――てるてる 2009-11-17 (火) 22:14:08
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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