作呂蒙
ある日のこと、ご主人の家に警察官がやってきた。ご主人の家には、モニターが付いており、誰がやってきたがすぐ分かるようになっている。今のご時世、物騒だからこういうものはなくてはならないらしい。けれど、ご主人が言うには「まぁ、うちはお前がいるからな」ということで、自分の家の防犯には興味・関心がない。
「え? 警察ですか?」
いつも飄々としているご主人もさすがに相手が警官ということもあり、ちゃんと対応をしている。
(ご主人、なんか悪いことでもしたの?)
(何もしてないぞ)
そんなやり取りをしながらも、ドアを開けたご主人。二人組の警察官は一枚のチラシを渡すと帰っていった、というか、隣の部屋のインターホンを鳴らしている。チラシを見ながら、ご主人がこんなことを言う。
「ナイル、お前『にんふぃあイジメ』の容疑で逮捕状が出てるぞ?」
「あのさー、ニンフィアって、どういうのか、知らないでしょ?」
「聞いたことはあるけどな」
ご主人、ポケモンのことに、疎い。とにかく疎い。そもそもチラシにそんなこと書いてない。
「なんか、噂だと、お前、戦っても、にんふぃあに勝てないらしいじゃん?」
「無茶言わないでよ。相性が悪すぎるから、無理なもんな無理なの」
「えー、何だよ。不意を衝くとか、頭を使えよ。あんな可愛らしいのに、勝てないとか悔しくないのか、曲がりなりにもドラゴンだろ?」
「だーかーらー、無理だって、言っているでしょう」
ここらで、ようやく、話が元に戻る。どうやら、このあたりで不発弾が見つかって、処理をしないといけないから、指定の日時にしばらく安全なところに退去しないといけないらしい。万が一のことがあってからでは、遅いから半径3キロ以内の住民は全員、一時退去で、ご主人の家もその中に入っていたというわけ。
「……すぐ近くじゃねぇか。このまま知らなかったら、危なかったな……。お前は平気だろうけど」
いや、僕でも平気じゃないから。とにかく、その日は処理がきっちり終わるまで、家に帰ることができない。
「男二人きりで、時間潰しだな」
その通りだけど、もうちょっと別の言い方があるでしょうよ。人間の世界のど真ん中で暮らしていると、それはやっぱり平和でいいと思う。でも悪く言うと、暇というか変わり映えがしない。スリルを求めて海外へポケモンとともに武者修行という人もいるらしいけど、行ったが、最後。行方知らずになってしまった人もいるらしい。ご主人が言うには「きっと、武装勢力につかまって、殺されて、砂漠かどっかに埋められたんだ」ということだけど、それも、ひょっとすると、そうなってしまった人もいる、かもしれない。確かめようがないから、いないとは言い切れないじゃない。
そして、例の一時退去の日。ご主人と僕はコーヒーショップにいた。そう、実はこの日は休日。だから学校に行っている間に、作業が終わる、というわけにはいかなかった。
「いいな、サイズはトールにしろよ?」
「小さい方から二番目ね」
一番小さいのだと、足りないからというのもあるけど、自分だけ大きいサイズを飲んでいるのが、自分だけいい思いをしているように見えるようで、そのことがご主人は嫌らしい。無駄なことを、無駄に気にするのが、いかにもご主人らしい。で、僕だけ大きいサイズを頼もうとすると、高いという理由で却下される。
「で、何飲むんだ? オレはカフェモカにするけど」
「じゃあ、僕はショコ……らにしようと思ったけど、ご主人と同じやつでいいや」
え? 何で変えたかって? ご主人の目が「高いものを頼むな!」って言っていたからさ。ずっと同じ屋根の下で暮らしているとね、口で言わなくても分かるんだよ。
空いているテーブル席に座って、まだ湯気の立つカフェモカを少しずつ飲む。今日は休日で、家族連れが多いなぁ、と思う。子供たちの好奇の目がこっちに向いているのが分かる。
「ご主人、なんか視線が気になる」
「そりゃあ、気になるさ。こんなところにおっきな緑のエビフライがいるんだからな」
あぁ、それは僕のことだね。あとで、キックの刑だね。
「オレのコートを着れば、ちっとは目立たなくなるんじゃないの?」
ご主人は、そう言うと、着ていた黒いロングコートを、僕に着せてくれた。けれど……。
「あー、その、何だ。翼が邪魔して着られてないな、それじゃ。フライゴンってのは、翼に加えて、首も長いし、尻尾もあるから、やっぱり無理か」
確かに、不審で逆に目立っちゃうよね。
「まぁ、いいや。股間からあれが出てたら、大問題だけど、そういうわけじゃないし」
今ので、カフェモカを吹きそうになったよ。なんで、こういうところで、そういうことを言うかな。
ご主人との、大して内容がない話。でも、それが退屈しのぎになったりするんだよね。それじゃ、また。
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