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ヒーローと三匹の子供達

/ヒーローと三匹の子供達

えr無し。ほのぼの物になってればいいなあ

子供達と泥棒 

1 


 春の日差しを目いっぱい浴びながら、彼はお日様に向かって伸びをした。今日はまた一段と暖かい。まだ蕾の桜並木も、もうすぐ揃って咲き始めるだろう。彼は桜並木の下で皆と楽しくお食事会をする様子を思い浮かべて、一匹幸せな気分に浸った。
 深い森の中にある、ポケモン達の集落。そこから少し離れた場所に彼らの棲み家はあった。大半のポケモン達は樹の中に居を構えているが、彼らもその例に洩れず、割と日当たりの良い場所にある樹を生活の拠点としている。『ひみつのちから』と呼ばれる技を使い、樹の(うろ)を利用して扉や窓を作る。そこから自分好みの部屋へと改造していくのである。家というよりも、秘密基地のような物に近いのかも知れない。
 彼は朝の体操と深呼吸を終え、自分の家の扉を元気よく開けた。
「ただいま、ロア、ルリナ! もう朝ごはん、出来てる?」
 勢いよく、彼は家の中へ入っていった。
 居間の方では、一匹のゾロアが四足歩行用の少し高さのある椅子にちょこんと座っていた。そのゾロアは彼の呼びかけに対して顔だけこちらに向ける。
「おかえりリーオ。ごはんならルリナが奥で作ってるけど、にしても珍しいね。朝から運動なんて」
 子供っぽい、少し高い声でゾロアが言う。ゾロアからリーオと呼ばれた少年は、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしながら椅子に座った。木製テーブルの向こうでゾロアが首を傾げた。
「『ヒーローたる者、日頃の訓練を惜しまず日々向上心を持って運動に励もう』ってこと! オイラはまだリオルだけど、いつか立派なルカリオに進化して、悪い奴をやっつける、そんな強いポケモンになるんだ。なあ、ロアもこれから運動始めようぜ」
 ロアと呼ばれたゾロアの少年は、「またカリオットさんの受け売り?」と首を横に振った。逆にリーオという名のリオルの少年は頭の二本の房を揺らしつつ、頭を縦に振っている。朝から運動した為なのか彼の調子は頗る良さそうである。
 カリオットとは、集落の方で定期的に行われるヒーローショーの主人公のルカリオのことである。悪のダストダス率いるヤブクロン軍団と対峙し、ヒーローとして世界の平和を守る――というのが、その内容だ。リーオはその格好いいヒーロー象に心酔しきっており、自分もカリオットさんのようになりたい、と常に願っている。そしていつもカリオットの真似をし、仲間と共に冒険ごっこ(・・・)によく出かけている。リーオとしては、いつか自分の手で悪党を捕まえられるようになる為の訓練のつもりなのだが、付き合わされるロアにとっては堪ったものじゃなかった。それでもやはり冒険や探検という響きには心引かれるもので、ロアは危なくない範囲でリーオと行動を共にしている。
 二匹が他愛の無い会話をしていると、ふと部屋の中に、おいしそうな良い匂いが流れてきた。リーオが居間の奥の扉に目を向けると、三匹分の食事を『ねんりき』で運ぶ、一匹のラルトスが立っていた。
「でもリーオ、この前も『ヒーローたる者、毎日勉学に勤しみたくさんの文章を読もう』って、たくさんの本を買ったけど、三日で飽きちゃったじゃない」
「むぐっ! あー、あー、ルリナの料理はいつも良い匂いだなあ。おなかがすいたよー」
 ルリナというラルトスの少女の指摘に、リーオは苦し紛れの誤魔化しをする。全く誤魔化せていないその様子を見て、ロアがくすりと笑った。
「まあまあ、食べよう。ボクもお腹空いちゃったな」
「うん」
 ルリナが『ねんりき』で浮かせた料理の数々を、木製テーブルの上に並べていく。バスケットに入った食パンとオボンの実等を使ったクリームシチューが、リーオとロアの目の前に並べられていく。シチューから漂う香りと湯気を見て、リーオが幸せそうな顔をした。彼はテーブルの真ん中に置かれた食器入れに手を伸ばす。
「では頂きまーす!」
「その前に手を洗う」
 ロアの呆れ声の叱責に、今度はルリナが苦笑するのだった。



「ところで最近、村の方で泥棒が発生してるんだって?」
 シチューの最後の一口を名残惜しそうに食べ終え、リーオは疑問を呈した。ロアは皿に顔を埋める様にしながらシチューを食べていたが、リーオの問いに顔を上げた。口の周りにシチューをつけているのが、四足歩行の宿命というべきなのだろうか。
「うーん、良くない噂が多いなあ。なんだか皆困ってたね、真夜中に忍び込んではお金を盗んでいくんだって」
 最近、ポケモン達の集落で発生している泥棒。何者なのか人数は何匹なのか等まるで分かっておらず、音も立てずに家へ忍び込んではお金やお宝を奪っていく。その鮮やか過ぎる犯行手口は多くのポケモン達を悩ませ、今集落の方では問題となっていた。リーオ達の住む家は集落から少し離れた場所にあるが、買い出し等で出かけることは多い。泥棒被害にあった店の中には食料品店もあり、森に暮らすポケモン達にとって迷惑なことこの上ない。この前もリーオが買い物の為店を訪れたが、店の方はそれどころではなかったらしく、結局何も買えずにその場を立ち去ることになってしまった。
 その時のことを思い出し、ルリナはカゴの実で(こしら)えたお茶を啜りながら溜息をついた。
「ああ、もうすぐお茶が無くなっちゃう。そろそろ嗜好品は控えた方がいいかしら」
 本当ならその時に、カゴの実等の木の実類を購入する予定だったのだが結局それは叶わなかった。他の店を当たろうにもどこも似たり寄ったりで、ある者は金庫の中身をそっくり取られ、ある者は結婚の際に交わした指輪を持っていかれ、またある者は商品そのものを奪われてしまった。その為、ほとぼりが冷めるまで食料を買いに出かけることすら出来ないのである。
 森の外にも同じようにポケモン達の集落はあるが、そこに辿り着くまでにはかなりの時間と苦労が要る。自生している物で賄うという手もあるが、あまり衛生的でない上味が悪い物が多い。家の近くにもオレンの実やモモンの実が生っている木々があるが、リーオ達はそれを食べたことは無かった。何より、集落のポケモン達から変な目で見られるのが嫌なのである。
 とにかく、このままでは家の食料が尽きてしまうのが一番の問題であった。
「今出かけても、きっとまだ騒ぎの最中だよねえ。うーん、お菓子が食べたいな」
 ロアが自身の口の周りを舐めながら言う。シチューを食べながらお菓子のことを考えているとは、いささか食い意地を張っていると言えるかも知れない。
 家の中にまだ備蓄*1が残っているものの、後一週間もすれば切れてしまう。何よりお菓子やお茶といった嗜好品の類が、既に無くなりつつあるのが一番困る。一週間もすれば騒ぎは大分収まるだろうが、やはり嗜好品が無いというのは非常につまらないことだった。
「今日のお昼、何にしようかな。あんまり食材を使わないような物にしないと」
「その必要はないぜ」
 ルリナの溜息に近い呟きを、遮ったのはリーオである。ロアがリーオの方を向き目を瞬いていたが、ルリナにはリーオの考えが読めてしまった。それはラルトス特有の『感情を読む能力』によるものだけではないだろう。
 ロアとルリナの顔を見ながら、リーオは木製テーブルの上へ身を乗り出さんばかりに勢いよく立ち上がった。
「オイラ達で、悪者を捕まえるんだよ」
 リーオの自信満々の台詞に、ロアとルリナは同時に溜息をついたのだった。



「いやあ、本当吃驚(びっくり)だよ。朝起きたら倉庫の商品がほとんど無くなっててよう」
「アタクシの大っ切な宝石ちゃん達が行方不明ザマス。下品で低俗な盗人を、誰か早くとっ捕まえて欲しいザマス」
「いやね、僕はね、反対したんだよね。そんなところに置いといたら誰かに盗まれるんじゃないかってね。そしたら案の定これだよね。僕等が後で呑もうと思ってた、お酒が無くなちゃったのよね」
「うおおおお、俺の日記盗まれたああああ! あれを読まれでもしたら俺、もう生きていけない……あれ? 俺元々死んでるっけ」
 結局あの後リーオ達は朝ごはんを食べ終え、集落に向けて出発した。集落に着いたリーオ達は、早速聞き込み調査を開始することにした。食品店のワルビアル、宝石店のブニャット、普通の民家に棲むクチート、同じく一般(ポケ)のジュペッタ等など。しかしどれだけ訊ねても犯(ポケ)に関する有力な情報を持つポケモンはいなかった。何より、犯人の狙いがまるで分からないのだ。犯人が盗んでいった物は、金目になる物や食料だけでなく、一見価値の無さそうな物、他人が大事にしている物、盗られたら困る物、その他諸々である。そこに明確な共通点は無く、犯人は目的も無く盗みを楽しんでいるだけのように思えた。
 一通りの聞き込み調査を終えたリーオ達だが、早速お手上げ状態となってしまった。犯人の特徴や人数が分からないというのは本当のことだったのだ。上げる手の無いロアは、溜息をつきながら首を横に振っている。
 集落の中心、ポケモン達が休憩する為の広場になっている場所で、彼等三匹は途方に暮れていた。リーオは広場の真ん中の噴水に腰を掛けた。この噴水は集落を作ったといわれる偉いポケモンを象った物だといわれ、『いわタイプ』と『みずタイプ』の共同制作による象は、村のシンボルとして大切にされていた。
 そんな偉いポケモンの姿を見て、リーオは一層自分が情けなくなるのを感じるのだった。
「うーん、手掛かりが全く掴めないな」
「もう家に帰ろうよ。ボク等が何やっても意味無いよ」
 ロアが困り顔でリーオを咎めたが、ここまできて引き下がるのはなんだか悔しかった。何より、こうして悪い奴が皆を困らせているということに対して我慢ならない。
「むむむ、このままじゃ正義のヒーローカリオットさんに顔向けできないじゃないか」
「とは言っても……あら?」
 悔しそうに歯噛みするリーオだったが、ルリナが視線を遠くの方へ向けたのを見て、彼もまたその方を見やる。噴水の向こう、ロア行きつけの駄菓子屋の主人とこの集落では見慣れないポケモンが、話をしているようだった。駄菓子屋の主人、気弱そうなダルマッカのおじさんがその見慣れないポケモンに対して何度も頭を下げていた。元から丸いのがダルマッカという種族のポケモンだが、今日はますます丸く小さく見える。
 一方、その見慣れないポケモンの種族はフーディン。その肩の上に乗っているのはエーフィである。フーディンという種族は筋力が弱いというが、ダルマッカと話をしているこのフーディンはどことなく体形ががっしりとしている。肩にエーフィを乗せているが、重たくないのだろうか。
「なんだかなあ」
「怪しいね」
 リーオの呟きに、ロアが相槌を打った。ダルマッカのおじさんが頭を下げる度に、フーディンの男が偉そうにふんぞり返っいる(様に見える)。ルリナは感情を読むという頭の角で、フーディンとエーフィの感情を感じようとしたが、遠すぎて能力が及ぶ範囲には届かなかった。
 ルリナの様子に気付き、リーオもまた意識をフーディンとエーフィの二匹組に向ける。
「あのフーディンの波導は……うーん、橙色って感じかなあ。エーフィの方は青かな、橙も混じってるような気がするけど」
 リオルの眼は、波導を映す。中でもリーオは特に波導の『色』を見分けることに長けており、そのポケモンの大まかな性格を把握することが出来るのである。橙色が意味するのは陽気さ、青色は冷静さを表している。ちなみにロアの波導は緑色、ルリナは桃色である。
 ただ、リーオはまだ幼い為か、ルカリオの得意とする波導と対術を組み合わせた技は心得ていない。また、彼は自身の波導だけは見ることが出来なかった。鏡や水面に映った姿では波導は見えない。かつてはそれに対し孤立感を感じていたが、今では大分慣れ、そういうものなんだと飲み込んでいる。それでもたまに、今のように初対面のポケモンを見ると、つい自分の波導の色が気になり何ともいえない寂しさを覚えてしまう。
 そんなリーオの気持ちを感じたのか、ルリナは心配そうに彼を見た。彼女の視線に気付き、リーオは気まずそうに鼻の下を掻いた。

「ふー、これでもう泥棒達に怯えなくても済むぞう……おや、ロアくんにリーオくん、ルリナちゃんも。お菓子を買いに来たのかい」
 見慣れない二匹のポケモンが去った後、リーオ達はダルマッカの元を訪ねた。勿論、悠長にお菓子なんかを買いに来た訳ではない。見るからに怪しいさっきのポケモン達について訊く為だ。
「いえ、違うんです。……今の誰ですか」
 いつに無く真面目に、リーオはダルマッカに質問した。彼の怪訝そうな表情を見たのか、ダルマッカはにこやかに「ああ」と頷いて説明を始めた。
「彼らは何でも屋だよ。お金を払えば庭掃除から盗賊退治まで、何でもやってくれるんだ。最近泥棒騒ぎが多いでしょ? だから僕が雇ったんだよね」
 集落の外、リーオ達の家からちょうど反対の方角に、彼等二匹は棲んでいるという。報酬は後払い制を信条にしており、腕は確かなのだ、ともダルマッカは付け加えた。だがリーオは納得できなかった。それはあの二匹に対する猜疑心による物だけではない。
 リーオは誰にも聞こえないように、低く呟く。
「お金を払えばなんでもって……まさか悪事さえも、お金さえ貰えれば引き受けるんじゃないよな、あの二匹。やっぱり信用できないよ」
「そーおそーお。アイツ等、信用できないわよ色々と。それにあんな金のことしか考えてないような奴等が、泥棒共を捕まえられるわけ無いじゃなあい。あれならリーオ君達の方が『アレ』を使える分強いわよお」
 誰にも聞こえないように呟いたはずのリーオに、相槌を返す声がした。見れば店の奥から、紫色の波導を持つ、恰幅の良い一匹のオドシシが商品の間を縫うようにしてこちらにやって来ている。彼女はダルマッカの奥さんで、主人が不在の時は彼女が代わりに店を預かっているのだ。リーオ達にとってよく見知った顔だった。
 ダルマッカはそんな彼女を見て、不安そうな顔で頭を掻いた。
「うーむ、そーかなー、結構強そうだったけどなー」
「だって見るからに胡散臭かったわよ? 報酬は後払いだから金だけ取ってとんずらなんてことは無さそうだけど。アンタはそーいう、誰でも信用しちゃうところが悪い癖なのよ。まあ、アタシはそんなアンタが好きなんだけどさ」
 言うなり顔を赤くして「やだ、アタシっしたらいきなり惚気ちゃって」と、笑いながら首を振った。ダルマッカの波導が黄色である為、紫の彼女と相性がいいのかもしれない。
 リーオはといえば、何故彼女が自分の呟きを聞くことが出来たのか理解できず、一瞬鼻白んでしまった。だがオドシシが『さいみんじゅつ』を使えたことを思い出すと、彼は妙に納得してしまった。おそらく読心術か何かを使ったのだろう。証拠に、彼女の角の青紫色の珠が妖しい光を放っていた。
 それだけでなく、リーオは彼女が自分の考えを肯定してくれたのに対し奇妙な安心感を覚えた。つい先程まで、自身の波導についての悩みを思い出していたからだろうか。それとも、単に自分に見る目があると信じさせてくれるポケモンが現れたからだけなのだろうか。いずれにしても、彼女の言葉が嬉しかったのは事実である。そして益々、あのフーディンとエーフィの二匹に対する猜疑の念は強まったのであった。



 駄菓子屋の下を去り、結局その後犯人に対する手掛かりは何も得られないまま、彼等は家に帰ってきた。昼も既に回っており、お腹の虫が情けない音を立てる時間である。しかし、リーオはお腹の空き具合も気に出来るほどの余裕は無かった。リーオはひどく胸騒ぎがしていた。落ち着いていられず、胸に重い塊がある様な、嫌な感じだった。彼は確信しきっていた。今回の犯人が、あのフーディンとエーフィの二匹組であることを。このまま手を(こまぬ)いているだけでは、被害は広がる一方であると。この嫌な気持ちも、きっとあの二匹のせいなのだと。
 ルリナがお昼ごはんの準備の為に、台所に向かっていった。その様子を見やってから、リーオはロアに話しかける。
「ロア、やっぱりこのまま放って置いちゃいけないよ。あの二匹のポケモン、絶対おかしいって」
「ええー、でもどうすることも出来ないじゃんか。ボク等のレベルじゃ戦っても勝てっこなだろうし、チョコはおいしいし。ああ、レアカード重複しちゃった。もったいない、今度交換に出そう」
 もうすぐお昼時だというのに、ロアはチョコ菓子を食べていた。この菓子は集落の子供達の間で人気となっており、一緒についてくるカードを集めたり交換したりするのが流行している。ロアもそのカードの魅力に取り付かれた者の一匹で、今では集落でちょっとした有名なコレクターである。
 今彼が食べているチョコ菓子は、そのシリーズ物の第五弾であるという。先程、駄菓子屋でダルマッカから一ダースをただで貰ったのだ。彼曰く、「すっかりお見苦しいところをお見せしてしまったので、そのお詫びに」とのこと。どこがお見苦しかったのかリーオには分からなかったが、ロアの方はそんなことはどうでもいいようだった。今も前肢と口で袋を開け、五袋目となるチョコを頂こうとしている。
「うん、チョコもおいしいし、言うこと無しだね。ああ、ダルマッカさんって好いポケモンだなあ」
「いや、ダルマッカさんが好いポケモンなのはオイラもそう思うけどさ、でもあの二匹のポケモンは好いポケモンには思えなかったよ。絶対怪しいって」
 幸せそうに言うロアに対し、訴えるようにリーオはその場で地団駄を踏む。だが自分もカリオットのことになると集中して周りが見えなくなる性格の為、あまりロアに対して強く言えなかった。
 逆に、しつこく話を振ってくるリーオに苛立ちを覚えたのか、ロアは顔を上げてこちらを向き怒った様な困った様な顔でリーオを(たしな)めた。
「あのねえ、何度も言うけど勝てっこないんだって。確かにあの二匹は見るからに怪しかったけど、強そうでもあったよ。ていうかリーオ、今日なんか変だよ。そりゃ騒ぎに首を突っ込むのはいつものことだけど、でも今日はそれがいつもより顕著なような」
「勝てるよ、『アレ』を使えば! 『アレ』を使えばどんな強いポケモンでも絶対捕まえられるに違いないし! それにオイラ、別に変じゃないよ。それを言うならロアだっていつも以上に渋るじゃないか。なんだよ、怖いのか?」
「ち、違うよ! ただ普通に危ないから引き止めてるだけだって。なんだよ、友達の善意も分からないの? いつも思うけど、リーオってちょっと頭悪いよね」
「なにぃ? そんな自分達の身の安全しか考えてないような善意なんて、オイラいらないね。お前みたいな弱虫、オイラ友達とは思わないからな!」
「なんだって、このヒーローかぶれ!」
「弱虫!」
 もはや売り言葉に買い言葉である。二匹はしばらく睨み合った後、同時に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。お互いまるで口を利かず、ただ静かで重い時間だけが流れていく。台所の奥ではルリナが、二匹の感情を察して非常に気まずい思いをしていた。ルリナも何か、今日のリーオ、むしろ家に帰る途中のリーオから、変な感情を感じていた。いつもの細かいことを気にしない、元気印で明るい気持ちではなく、もっと暗く重たいものが、角に直接響いてきたのだ。普段のリーオであればありえないことだった。だが彼が何をそこまで悩んでいるのか、ルリナには分からなかった。ルリナの頭に、あの時の二匹のポケモンが浮かんだが、普段のリーオならここまで暗い気持ちは抱かないだろう。
 長らく一緒に暮らしていれば、喧嘩もするし言い争いも起こる。だが、今日は何かが違っていた。何故か、意図的に仕組まれていたような、そんな気がするのだ。
 気まずい雰囲気の中揃って食べた昼食も、味が分からなくてまずかった。

2 


「皆はああ言ってたけど、誰かが泥棒を捕まえなくっちゃいけないんだ。誰も名乗り上げない以上、オイラが行くっきゃない!」
 深夜、春の暖かさを恵んでいた太陽はすっかりと沈み、月も雲に隠れて見えない暗い夜である。昼間は温暖な風が花びらを散らしていたが、今はそれが嘘のように肌寒かった。そんな、『ゴーストタイプ』さえも眠る夜、集落の方へ足を忍ばせるポケモンが一匹。無論、リーオである。
「三匹揃わないと『アレ』は使えないけど、もう『アレ』が無くてもオイラ一匹で十分だ。全く、皆弱虫なんだから」
 なるべく物音を立てず、そして今度こそ誰にも聞こえないよう呟いた。今いるのはリーオ一匹だけである。彼は気まずい昼食と夕食を終え、ロアとルリナが寝付いたと見るや、こっそり家を抜け出してきたのだ。勿論、泥棒を捕まえる為である。彼は昼の時とはまるで違う、静まり返った集落に(おのの)きながらも、茂みに身を隠し犯人が現れるのを待っていた。彼の胸中には不安と緊張と、そして昼頃から取れない、暗くて重たい気持ちがあった。
 リーオは辺りを見渡す。この辺は随分と沢山の木の実が生っていた。おそらく、まだポケモン達が集落を作り物を売ったり買ったりすることの無かった時代の名残だろう。彼は興味本位で比較的綺麗で安全そうなオレンの実を手に採って食べてみたが、やはり売り物の味には到底敵わなかった。ポケモンの中には自生物の味に目覚めた者もいるとかいないとか言われているが、リーオにはその気持ちが全く理解できない。益々、犯人に対して怒りを感じた。
 リーオは、犯人が暗闇に身を潜めているかも知れないと考え、眼を瞑り、意識を周囲に伸ばした。リオルの波導を見る能力は、見えないポケモンをも見ることが出来るのである。普段この時間にもなると、眠たくてどうしようもないはずだが、今日は目が冴えきっていた。それは、今の状況に気持ちが高揚しているからだろうか。とにかく彼は、ひたすら、自分の頭の房を信じて意識を周りに集中させた。
 どれだけ時間が経っただろうか。果たして瞑った眼に、ありありと波導が浮かび上がった。橙と青、二つの波導である。
 彼は眼を開け、波導を感じた方を見やった。耳を研ぎ澄ます。遠くの方で、がさがさと茂みを掻き分ける音がした。当たりだ、と彼は強く思った。音は段々近づいてくる。一歩、また一歩。自分の心臓も音に合わせて強まっていった。凄く怖い。でも勇気を出さ無きゃ――
 音が十分近づいてきた頃を見計らって、彼はその方へ飛び込んで行った。
「やあああ!」
「おわあああっ何だああ!?」
 リーオは、相手が唐突の出来事に怯んでいる内にそのポケモンを捕まえる。身動きが取れないよう相手の背後を取って押し倒し、両腕を掴んで押さえ込んだ。丁度リーオがそのポケモンの背中に馬乗りになる形である。
 彼に見事捕まえられた男は、黄色い体に二本の髭を持つポケモン、フーディンである。リーオの体重は決して重いものではなかったが、筋力の弱いとされるフーディンの動きを抑えるのには十分だった。
「お、おい、この、なんだってんだよいきなりよう! 『ふいうち』はエスパータイプが苦手な技なんだぞ!」
「うるさい、泥棒め! 散々集落の皆に迷惑を掛けやがって。今まで盗んだ物返せ!」
 小声で叫び合う。それは集落のポケモン達を起こさない様にする為だが、お互いの目的は違っていただろう。初めはじたばたと暴れていたフーディンの男だが、抵抗できないと悟ったのかやがて動きを止めた。リーオは『サイコキネシス』でも飛んでくるかと身構えたが、そんなことはなく大人しく捕まっていた。フーディンは深々と溜息をつく。
「うう、なんだってこうついてないんだ。今日こそ拾い物で食い繋ぐ生活から解放されると思ってたのに……まさかこんなコソ泥のチビにやられるとは」
「どっちがコソ泥だよ! これまで家に忍び込んでたのはお前だろ? もうそのあくぎょーもここまでだぞ! かくごしろ!!」
 カリオットの言い方を真似をしながら、リーオは高らかに叫んだ。フーディンの男がやれやれと首を横に振るが、今のリーオには、遂に自分一匹で悪党を捕まえた、という自尊心しかない。
 その為か、フーディンの仲間であるエーフィの存在に気付くのが遅れてしまった。たくさんのオレンの実が生る木の葉が擦れる音がした時には既に遅い。
「ちょっと何やってるのよ? そんなちっちゃいの、アルならすぐ退かせられるでしょう?」
 木の上から突如降りてきたエーフィが、しなやかな動きでリーオに『たいあたり』をぶつけてきた。フーディンを押さえることに精一杯だった彼に、その一撃を避けられるはずもない。エーフィの『たいあたり』を真正面から喰らうことになったリーオは、そのままころころと転がって木に頭を打ち付けてしまった。木が揺さぶられた為、生っていたカゴの実が、一つ、二つと落ちてきた。一瞬、視界に星が飛ぶ。
「あー、捕まった振りしてた方が逃げられなくて済むからな。ところでルビィ、お前太ったんじゃないか? こんなガキに本気になるなんて、もっと大人の余裕を見せて欲しいもんだぜ」
「うーん、最近碌な物食べてなかったんだけどなあ。でもま、これで拾い物で食い繋ぐ生活から解放されるわ」
 目の前のポケモン二匹が何かを話しているようだったが、リーオには聞こえていなかった。ぶつけた頭を押さえる。痛みと恐怖で視界が滲んだ。逃げないと何をされるか分からない。なのに足が動かない。腰が抜けて体に力が入らない。縋る様に、地面に落ちたカゴの実を握る。
 フーディンの男が近づいてきた。彼は後ずさろうとするリーオの目線に合わせる様にしゃがみ込む。暗闇の中で、射抜く様な目だけが光っていた。男は長い髭を揺らしながら、どすの利いた声でリーオに話しかける。
「おい、チビガキ」
「ひえぇっ」
「大人しく盗んだ物返しな。そうすりゃ痛い目には合わせないぜ。俺としてはさっさとお前を依頼人のところに連れてって、金さえ入れば満足なんだからな。だからとっとと俺等に捕まれ、チビガキ。モモンの実食べたい」
「最後の一言だけであんたの欲望がありありと伝わってくるわよ」
 二匹が何を言ってるのか理解できなかった。怖くてくらくらする。ただ、「騙されないぞ、騙されないぞ」と祈るように呟くだけしかできない。
 目の前のリオルのその様子を見たからなのか、フーディンとエーフィが互いに顔を見合わせる。明らかに様子がおかしい、とでも言いたげに、エーフィが近づいてきた。彼女の額の宝石と、青紫色の瞳が不思議な輝きを放つ。見られていると気付き、リーオは息が詰まるような緊張感を覚えた。
「これは(たち)の悪い『さいみんじゅつ』に掛けられてるわね。あたし達を悪者の様に見せてるわ。元々疑ってたみたいだけど、それを増幅させてるみたい」
「趣味が悪いぜ」
「全くよ」
 リーオは呆然とした。自分が『さいみんじゅつ』に掛けられてるとは、思いもしていなかったのだ。この技は元々ポケモンを眠らせる為に使うのだが、こういう使い方もあるということだろうか。だが彼らの言うことが、嘘である可能性もある――と思ってしまうのも催眠に掛けられてる影響なのか。
 はっとリーオは、今手にカゴの実を握っていることに気が付く。眠っているポケモンを起こす力がある木の実だ。これは『さいみんじゅつ』を打ち消すことが出来る。よくルリナが朝、これでお茶を淹れていたことを思い出した。リーオは急いでその実を頬張る。いつもならこれを食べれば舌が痺れる様な渋みを感じられるはずだが、今はゆっくり味わっている暇はない。
「うへぇ、カゴの実なんてよく食えるなあ。俺渋いの本気(マジ)で苦手だぜ」
「あら、カゴのおいしさを分かってるなんて、私と気が合いそうじゃない。今度一緒にお茶でもいかが?」
 二匹の冗談を無視してカゴの実を必死で食べた。本当にこれで催眠の効果が切れるだろうか。そもそも本当に自分は『さいみんじゅつ』を掛けられているのだろうか。不安で目が涙ぐんだ。
 しかし、思っていたよりも効果はすぐに表れた。昼頃からから抱えていた暗く重たい様な気持ち、それがまるで坂から転がり落ちていくように消えていったのである。
「…………」
「お? 目が覚めたか、チビガキ。どーやらおめぇは、コソ泥の正体じゃ無ぇようだな」
 男の問いに、何度も頷き肯定の意思を示す。カゴの実は、あの嫌な気分と一緒に、恐怖とかそういう感情も消し去ってくれたようである。リーオは目元を拭って気丈そうな目でフーディンとエーフィを見た。暗くて顔は見えないが、代わりに波導は見ることが出来る。橙と青。陽気と冷静。ふと緑と桃色――ロアとルリナのことを思い出し、リーオは深く後悔した。二匹に黙って出て行ったこと、ロアに酷いことを言ってしまったこと、ルリナに辛い思いをさせたこと。いつも一緒にいる仲間達が居ないということに対し、急激に寂しくなった。
「まあ、あれだ。こんな日にガキが夜遊びするのは感心できんな。だが思い切りのいいガキは嫌いじゃないぜ、チビガキ」
「あんたに好かれても困ると思うけどねえ。ほら、困ってるじゃない」
 二匹に見られてるのに気付き、恥ずかしくなる。たとえ催眠の影響とはいえ、自分の勘違いで襲い掛かってしまったのだ。リーオは罰が悪そうに下を向いた。
 フーディンの男が立ち上がる。今まで必死だった為気が付かなかったが、目の前のフーディンはかなり身長も肩幅も大きかった。昼頃も、体形ががっしりしていると思っていたが、目の前で見るとそれが顕著に分かる。普通、フーディンという種族は体を動かすことすらサイコパワーに頼っているというが、この男からはその様子が見られなかった。腕や足も、一般的なフーディンよりは太く見える(それでも大分細いが)。
 ただどうにも、自分を「チビガキ」扱いするのだけは気に入らなかった。それはたぶん、自分のちっぽけで子供っぽい自尊心なだけなのだろが、ちょっとした反抗心を生んでしまう。あれだけ怖い目に合っておきながら自分でも懲りないな、と思う。
「一人でお家に帰るか、え? チビガキ」
「……チビガキじゃない、リーオだ!」
 つい、勢いよく立ち上がりながら大声を上げてしまう。フーディンとエーフィが、目を丸くする。リーオは、今が真夜中で集落の皆が寝ていると思い出し、また恥ずかしくなった。そんな様子を見て、フーディンが小声だが豪快に笑った。馬鹿にしているのか、それとも別の理由か。エーフィが、飛び上がってそのフーディンの肩に乗る。
「いいねえ、あんだけ震えときながらその勇気。気に入ったぜ小僧。ああ、俺も一応名乗っとくと、名前はアラン。肩のコイツは高性能マフラー」
「君も災難ねえ、こいつに関わった奴等は碌な目に合わないのよ。ちなみにあたしの名前はルビィ。本名はもっと長いけど面倒だから割愛。下の奴はまるで目的地に着かないタクシー」
 彼らは冗談を交えながらそれぞれ名乗った。どうやら、本当に悪いポケモンでは無さそうである。しかし、結局チビガキから小僧に変わっただけというのが、リーオには納得いかなかった。だからといって、それを無駄に指摘することは出来ないのだが。
 それにしても、これからどうしよう。確かに早く帰って、明日の朝、ロアとルリナに謝らなければならない。しかしよく考えれば夜の道を子供一匹で歩くのは恐ろしく危険である。集落の外では怖いポケモン攫いが出るというし、改めて考え無しで家を飛び出した自分の愚かさを実感した。もし目の前のポケモン二匹がそのポケモン攫いだったらと思うと、恐怖で体が震える。
 色々考えあぐねている内に、二つの波導が近づいてくるのを感じた。色は黄色と紫。見覚えがある色だった。この色は確か、ダルマッカとオドシシ。
「おい、小僧。なんていうか、家に帰るどころじゃなくなってきたようだぜ」
()くないわね、この感じ。今度こそ正真正銘悪い奴等よ」
 二つの波導は逃げる様に動き回り、こちらの方へやって来る。ルビィと名乗ったエーフィが、ビロードのような毛を逆立たせ、威嚇するようにその方向を睨んだ。アランという名前らしいフーディンの男が、手に持った二本のスプーンを振り回し、逆手に握る。
「嫌だなあ、俺、本当はバトルが苦手なんだぜ」
「そうねぇ、じゃあ、このバトルに勝ったら、依頼人(・・・)からたぁんまり報酬を頂くってのはどう?」
「よっしゃ、乗ったぜっ。後で美味い店、紹介してくれよ?」
 リーオは、オドシシが『さいみんじゅつ』を使えるということを思い出した。嫌な予感がした。
 彼が目を白黒させている間に、既に二匹は跳び上がって茂みの方へ突っ込んでいる。茂みをざわつかせる喧騒の音。リーオははっと我に返り、そおっと茂みの間から顔を覗かせた。アランとルビィ、そしてそれに対抗するダルマッカとオドシシの二匹。間違いが無かった。駄菓子屋の主人とその奥さんである。
 ルビィの『スピードスター』をかわし、反撃に転じるオドシシ。角の一撃をルビィは『サイコキネシス』で受け止め、そのままオドシシごと近くの木に投げ飛ばした。背中を打ち付けられたオドシシは、罵倒と共に起き上がる。一方アランの方は、対格差のあるダルマッカとは戦い辛いのか、なかなか攻撃に転じられずにいる。リーオは、アランが『サイコキネシス』に始まるエスパータイプの技を使おうとしないことに疑問を感じた。『サイコキネシス』さえ撃てば、あっという間に勝負は着くだろう。だがそれをしないのは、彼なりに理由があるのだろうか。
 ダルマッカは手に持った袋を振り回してアランを追い払おうとしている。袋の中に何が入っているのか、信じたくないが答えは明白だった。
 これらの様子は、波導の力が無ければ暗すぎて何が起こっているのか判別できなかっただろう。リーオはいかに自分が波導に頼っているのかに気が付いた。
「埒が明かないぜ。全く、まさか依頼人本人様がコソ泥の正体だったとはな」
「いやあ、僕等の予定では、もう君達は倒されきってるはずだったんだけどねえ、どこでへましちゃったのかなあ」
「最初っからだぜ、何考えてあんな小僧一人操ったんだか」
「一人? 一匹の意味かい?」
 ダルマッカが、息を大きく吸い込む。リーオはぎょっとしてその場を急いで跳び離れた。直後にダルマッカから吐き出された灼熱の業火『だいもんじ』が、たった今リーオのいた場所を茂みごと焼き尽くす。後には煤ときな臭さが残るのみであった。
 身を隠す茂みが焼き払われて、自身の居場所を曝される。こちらを見つめるダルマッカのにこやかな笑みが、リーオには恐ろしかった。
「おまっ……集落の奴等が起きたら面倒臭いだろが」
「大丈夫だよ、皆すやすや夢の中さ。うちのよく出来た女房のおかげでね」
 おそらく、『さいみんじゅつ』を本来の使い方で(おこな)ったのだろう。自分がアランとルビィを足止めしている間に、集落全体に『さいみんじゅつ』を掛けたのだろうか。だとしたら納得できる。真夜中に音も立てずに家へ忍び込んではお金やお宝を奪っていくこと。だが事実はそうではなかった。音も立てずに忍び込んでいたのではなく、『さいみんじゅつ』で皆を眠らせてから、堂々と盗みを働いていたのだ。眠りが深すぎて、皆気が付かなかっただけである。
 しかし、今はそんな事実に気がついてもどうしようもなかった。一見して丸く、小さく見えるポケモン、ダルマッカ。だが今、リーオには、彼がとてつも大きく、威圧感たっぷりに見えた。そんなダルマッカが一歩、こちらに近づく。
「あれれ? 本当に一匹だけだね。予定ではロア君とルリナちゃんも一緒に来ていて、既に『アレ』を使ってこのフーディンとエーフィをやっつけてるはずだったのに」
「あたしはそんなちっちゃい子にやられる程弱くは無いわよ。アルは潰されてたけど」
「あれはわざとだ」
 元々そういう作戦だったのだろう。リーオの心の中の、アランとルビィに対する猜疑心に働きかけて、対峙させる。だが、渋っていたロアや争い事を好まないルリナには、『さいみんじゅつ』が効かなかった。それは、催眠で完全にポケモンを操り人形に出来るわけではないということを示している。
 ダルマッカが、アランとルビィの方へ向き直る。睨まれたアランは、呆れた様に肩を竦めた。
「俺等を倒してもそんなに意味は無いと思うぜ。他にもヒーロー気取りがわんさかいるからな」
「分かっているさ、でもそいつらも、リーオ君達を言いくるめてやっつけさせるつもりだったんだ。本当ならね」
 つまり、事がダルマッカとオドシシの思う通りに動いていれば、自分達は本当に操り人形にされていたのかも知れないというわけだ。リーオは悲しかった。なんで彼等がこんなことをしているのか、まるで分からない。よくロアとお菓子を買いに訪れていた。人当たりがよくて、いつもにこにこしてて、優しかったダルマッカとオドシシのおじさんとおばさん。だが彼等はもういない。代わりにいるのは、おそろしい形相をした泥棒である。
 気の好いおじさんとおばさんだった。なのに。
「でもそれももういい。こんな子供に手を上げるのは気が引けるけど、見られたからには仕方ないよね」
 唐突に、ダルマッカの体から光が溢れた。あまりの眩しさに、リーオは眼を瞑る。だが、瞑っていても分かる黄色の波導が、次第にダルマッカの形から別の物へと変化していくのが分かった。
 小さかったシルエットが、一回りも二周りも大きくなる。吹けば転がりそうな丸っこい体が、どんどんと逞しくなっていった。波導から感じられる力も、先程とは比べ物にならない程強くなる。光が、弾けた。
 リーオは瞑っていた眼を開けた。するとそこには、今までいなかったはずのポケモン――否、ダルマッカから進化した、ヒヒダルマと呼ばれるポケモンが、とてつもない存在感を放ちながら立っているのが見えた。彼の太い眉が、一層厳つさを際立たせている。
 ヒヒダルマは太い腕を振り回しながら、満足そうな笑みを浮かべる。
「うーん、今まで子供達が怖がるから進化を拒んできた。でもそんな子供に手を上げる為に進化しちゃう僕って、なかなか皮肉屋だと思わないか?」
「うえ、進化するとか聞いてねぇよ。ああ、嫌だなあ、バトルは苦手だって言ってんのに、もっと気を使えよなあ」
「アル、来るわよ!」
 ヒヒダルマから再び放たれた『だいもんじ』を、アランがリーオを抱えながら跳んでかわす。威力はダルマッカの時に放ったそれとは、格段に違っていた。狙いが逸れた『だいもんじ』は、茂みや木々を一瞬で灰と化していく。あんな物に当たったらと思うと、リーオは恐ろしくなった。
「遠隔攻撃とか本気(マジ)で勘弁しろよ! ルビィ、援護頼む」
「無理よ! こっちだってお取り込み中なんだから」
「ほらほらあ、アタシの旦那の進化にすうっかりびびっちゃってえ、そおれえっ」
 リーオを抱えながらだと流石に戦えないのか、アランはルビィに支援を求めた。だが彼女の方もそれどころではない。オドシシの角による連撃を紙一重でかわしている。初めは順調にかわしていたルビィだったが、オドシシの角の青紫色の宝石が光を発すると、途端にその動きが鈍くなった。相手の動きを封じる技『かなしばり』である。体を縛られ、その場で倒れこむルビィを目指し、オドシシは角を構えて『とっしん』する。
「おほほほ小娘め、さっきはよくもアタシを木にぶつけてくれたわねえ? その借り、きっちり返す!」
「馬鹿野郎、やめろ!」
 ルビィとオドシシの様子に気付き、アランはリーオを放り投げ、血相を変えて走り出した。しかし、それが原因でヒヒダルマに後ろを見せることとなってしまい、背後から『フレアアドライブ』をぶつけられる。炎を纏った一撃をかまされ、前のめりになりながら倒れこむアラン。それを空中で見届けてからリーオは頭から茂みに突っ込んでいった。
 間に合わない、と思った。『とっしん』が何かにぶつかる音がした。リーオは青冷めた。彼はまたもやぶつけた頭を押さえながら、何とか体勢を整える。茂みから急いで這い上がり、どうなったのかを確かめようとした。アランに投げられ茂みに突っ込むまでのこの一瞬、それだけで何が起こったのか分からなくなった。
 茂みの向こう、そこには『とっしん』を喰らって目を回すルビィがいるはずであった。しかし、そこにいたのは、全く関係の無い木にひたすら角を打ち付けるオドシシと、それを見て唖然とする三匹のポケモンであった。
「これは……」
「リーオ!」
 呆然とその光景を見つめる三匹とは逆の方向の茂みが揺れ、そこから緑と桃色の波導を持ったポケモン達が姿を現した。リーオは茂みに放り投げられた時の混乱で気付かなかったが、ロアとルリナが来ていたのだ。二匹は慌てた様子でこちらに駆け寄る。
「良かったぁ、無事だったんだ」
「心配したのよ、リーオ。何か嫌な予感がしたと思ったら、いなくなってたんだもの」
 ロアとルリナの心配そうな顔を見て、リーオは一瞬呆けてしまった。そして状況を理解すると、突然涙が出そうになった。ロアとルリナが、心配して駆けつけてきてくれたのである。
 そんなリーオの様子を見て、ロアが悪童っぽい笑みを浮かべる。
「やだなあ、リーオ、怖かったの?」
「う、うるさいやいっ、べ、別に怖くなんか……怖くなんかぁ」
 ロアの憎まれ口も、今は嬉しい。目が潤む。怖かったし、寂しかった。何よりもずっと後悔していた。謝りたかった。リーオは遂に耐え切れなくなって泣き出してしまう。堰を切ったように涙が溢れる。リーオはロアとルリナに抱きついた。
「わあん、ごめん、ごめんねロア、ルリナぁ! オイラひどいこと言っちゃった……嫌な思いさせちゃった」
「気にしてないよリーオ、全くいつまで経っても、泣き虫なんだから」
「大丈夫? 怪我してないよね、リーオ。一体何が起こっていたのかしら」
 ロアとルリナの優しさに、またも涙が出そうになる。状況を説明しなければいけないのに、何から話していいか分からず、言葉が出ない。リーオは涙を拭ってアラン達の方を見る。そこには相変わらず木に頭の角をぶつけ続けるオドシシに、漸く金縛りの影響が消えてきたのかよろよろと立ち上がるルビィ、そしてヒヒダルマに押し潰されそうになりながら必死でもがいてるアランがいた。
 ヒヒダルマがロアとルリナのほうを向き、にっこりと笑った。
「怖い思いさせちゃったね、大丈夫、今僕等が泥棒を捕らえようとしていたところなんだ」
「嘘ついても無駄だよ、こっちにはルリナがいるから……」
 優しげな笑みを浮かべるヒヒダルマに、ロアはぴしゃりと言い放った。
 ラルトスの能力、感情を見る力。彼女が今何を見ているのか、リーオには分からなかった。だが、好くない思いであることは間違いない。証拠にルリナはぶるぶる震えながら、ヒヒダルマの方を見つめている。ヒヒダルマはその視線から目を逸らすように、オドシシを見やった。彼女は未だに木に向かって、攻撃を繰り返している。最初は何が起こっているのか理解できなかったが、リーオは得心が行ったように頷いた。ロアが得意そうにしている。
 ゾロアというポケモンは、一般的に他人を化かすといわれている。それは相手に幻影を見せることが出来る、という異能によるものだ。自身を全く別の生き物に見せたり、実際の光景とはまるで違う景色を作り出すことが出来るのである。そして今、オドシシはその術中に嵌っていた。おそらく、彼女には何の変哲も無い木が、敵に見えているのだろう。言うまでもなく、ロアの技である。
 狂ったように木を攻撃していたオドシシが、突然辺りを見回し始めた。どうやら正気に戻ったらしい。随分と吃驚している様子だ。それはそうだ、倒したはずのエーフィがおらず、代わりにボロボロになった木の表皮が見えるばかりである。彼女でなくとも混乱するだろう。
「これは、一体」
「でやあ!」
 ルビィの渾身の一撃、『すてみタックル』がオドシシに見事決まる。それなりの対格差をものともせず、オドシシは吹っ飛ばされる。その様を見てヒヒダルマが青冷めた。アランの首根っこを掴んでぶんぶん振る。
「ぼぼぼ、僕の大事なワイフになんてことを!」
「あだっ、いだっ! 俺が知るかよ馬鹿野郎、はなしやがれ!」
 ふられる度に地面に頭をぶつけられ、非常に痛そうである。アランは仰向けの体制から『メガトンキック』を放ち、何とかヒヒダルマを引き離した。蹴られたヒヒダルマは飛び離れるアランを無視し、目を回すオドシシの傍に駆け寄った。どうやら、この夫婦の愛は本物の様である。ヒヒダルマはオドシシを抱え、顔面から飛び出すほど長く太い眉に皺を寄せ、こちらを睨みすえた。
「おおお、マイハニー。絶対に許さないぞぉお前達!」
「あ、アンタぁ、進化してもやっぱりいい男だわあ……」
 燃え滾るヒヒダルマにメロメロ状態のオドシシ。二匹の様子にロアは呆れた様子でやれやれと首を振る。ルビィが冷めた目でヒヒダルマとオドシシを見ているが、相手が悪者だからなのか、それともチープな惚気話には興味が無いからなのか。あるいは両方なのかも知れない。しかし、リーオには苦笑する気になれなかった。
 ヒヒダルマがゆっくりと立ち上がる。ごごご、とかいう擬態語でも似合いそうな雰囲気を振りまきながら、両腕を上げる。ぞっとするような熱気がそこに集中し始めた。ヒヒダルマの姿が、陽炎となって揺れて見える。何か大技を使おうとしているのは言うまでもなかった。
「この僕の全身全霊を込めた攻撃、お前達たっぷり喰らっちゃいなぁ!」
 何が来るのかは分からなかったが、先の『だいもんじ』の威力を見るに、この技を解放されたらとても危険だということは分かる。だがリーオは焦らなかった。今、傍にはロアがいて、ルリナがいる。それだけで、勇気が湧いてくる。もう一匹じゃなかった。怖くなかった。寂しくなかった。
 リーオ、ロア、ルリナは円を組むように向かい合う。それぞれの考え方はバラバラで、そのせいでよく喧嘩もする。だが、根っこの部分は皆同じなのだ。それは彼等だけでなく、きっと他のポケモン達も一緒。リーオとロアとルリナは、互いに頷き合う。強力な波導、感情、幻影が、作用し合い、辺りを淡い光で包み込む。
「なにをごちゃごちゃやっているのかな? 『オーバーヒート』ぉ!」
 ヒヒダルマの雄叫びが響く。『オーバーヒート』、自身の限界を超えて放つ『ほのおタイプ』の奥義である。煉獄の熱波が、三匹に襲い掛かる。しかし、彼等は避けない。逃げ出さない。
 『オーバーヒート』が彼らを包み込もうとする、その直前、三匹から放たれる光が強くなった。

3 

「なんだあ!?」
 三匹から放たれた光がゆっくりと収まっていく。もし集落のポケモン達が、『さいみんじゅつ』で眠らされていなかったら、眩しさで皆目を覚ましていただろう。だがその光は、氷の様に冴えたものでもなければ炎の様に熱いものでもない。優しく力強い、暖かなものであった。
 瞑っていた眼を開けたアランは、まず自分を疑った。だがすぐに、それは勝利への確信に変わる。ヒヒダルマから放たれた『オーバーヒート』は、遂に三匹を捕らえることは無かったのだ。それもそのはずである。ヒヒダルマが渾身で放った大技は、三匹の目の前で消滅していた。その無傷の三匹の前に、巨大な影が立っている。影は空から差す月の光に晒され、その正体を現した。
 リーオ達を『オーバーヒート』から守った影の正体、それはルカリオであった。それも、普通のルカリオではない。その辺に生えている木よりも更に巨大なものであった。リーオ達を守る様に立ちはだかるルカリオは、ヒヒダルマとオドシシを睨みつける。それだけでヒヒダルマはわなわなと震えだし、オドシシに至っては信じられないといった様子でそのまま目を回して気を失った。遠くで見ているルビィですら目を点にし、状況を整理しようと必死になっている。
 アランには三匹の子供達が何をしたのか、全く分からなかった。分からなかったが、そんなことはどうでもいいらしい。彼自身も子供に戻ったかの様に目を輝かせ、素直な感想を述べる。
「こいつは凄いぜ! まるでヒーローショーでも見てるみたいだ!」
「こ、こんなヒーローショーも無いと思うわよ」
 ルビィのツッコミも、今までの切れがない。目の前の光景を、あの小さな子供達が作り出したなど、俄かには信じ難いのだ。一体何が起こっているのだろうか。
「やったわね、リーオ、ロア、『アレ』の成功よ!」
「うん! やっぱり『アレ』は最強だね。でもロア、なんでルカリオ?」
「だってリーオ、散々カリオット、カリオットって言ってたじゃない。それで今回はカリオットさんをイメージした幻影を用意してみたんだ」
 三匹は周りのポケモン達の様子を気にせず、得意満面になって喜んでいる。
 幻影はあくまで幻影だ。それが質量を持ったり、実際に存在したりすることは、本来であればありえないはずである。幻影は見せられた生き物以外には作用されない。つまり、ゾロアが見せられるその範囲を超えてしまえば、幻影は見えなくなってしまうのだ。ゾロア一匹が見せられる範囲は、せいぜい数匹ぐらいである。
 だが、彼等三匹が集まればそれは違う。ロアが幻影を見せ、ルリナがそれを生き物の感情からサイコパワーを使って具現化する。そしてリーオが、その具現化された幻影に波導を持たせることで、実在する幻(・・・・・)を作り出すことが出来るのだ。
 巨大すぎるルカリオに睨まれたヒヒダルマは、もはや動くことも出来ない。すっかり腰が抜けて、目を白黒させている。そんな彼に向かってリーオは自信満々で言い放つ。
「よくも今まで散々集落の皆に迷惑かけてきたなぁ? もうそのあくぎょーもここまでだぞ! かくごしろ!!」
 リーオの動きに従って、巨大ルカリオが両手を構える。その両手に波導の力が集まっていく。淡い光はどんどん溜まっていき、波導の球体を作り上げた。
「『はどうだん』!!」
 リーオが両腕を突き出すように地面に向ける。巨大ルカリオが、その動きと同じ様に、ヒヒダルマとオドシシに向かって巨大な波導の球体を解放した。解放された青い球体、『はどうだん』はそのまま地面に炸裂し、巨大な爆発を起こす。爆発は同心円状に広がっていき、夜の暗闇を淡い光で包み込んでいった。
 しかし、その計算違いに強力な爆風は、リーオ達をも吹き飛ばそうと暴れまわった。三匹はお互いを支え合い、渦をも巻きながら吹く突風を堪えよう足に力を入れる。だが、子供の力では到底耐えられない衝撃が襲い掛かり、足が一瞬、浮きかけた。もしこの時、慌てて飛び込んできたアランとルビィがいなければ、そのまま遥か遠くまで空中遊泳する羽目になっていただろう。アランの腕に三匹纏めて抱きかかえられ、なんとかその場に留まることが出来たのだ。
 青い光と爆風が去った後には、巨大なクレーターと、そこから少し離れた沼の近くで目を回すヒヒダルマとオドシシの姿のみがあったのだった。



「うわあん、すみませんすみませんすみません!」
「ホレ、盗ンダモノハ?」
「この袋の中に全部ありますう!」
 既に月は落ち、朝日がその顔を覗かせ始める時間である。あの後ヒヒダルマとオドシシをお縄にし、アランによる散々な脅しの後、二匹はもう悪さはしないと誓った。その後、警察のジバコイルとレントラーを呼び正式に拘束して今に至る。強力な『でんじは』で縛られた二匹は、情けない表情をしながら項垂れていた。
 リーオ達に生み出された巨大ルカリオは、朝日の光を浴びて金色に輝きながらゆっくりと消えていった。いくら実在していようと、核はロアの幻影なので、ロアがそれを見せるのをやめれば消えてしまうのだ。消え行くルカリオにリーオは手を振った。まさか『はどうだん』にあれ程の力があるとは思っていなかったが、とにもかくにも何とか真犯人を捕まえることが出来た。リーオは胸を撫で下ろす。ただ、あの後に出来た大きなクレーターについて、散々警察に引きに質問されたのには参ったのだが。
 ロアはというと、実はヒヒダルマの正体が駄菓子屋のダルマッカだったということに、気が付いていなかったらしい。アランが泥棒二匹を脅している間、リーオは何が起こっていたのかロアとルリナに説明したのだが、それを聞いたロアは酷く悲しそうな顔をした。ロアは特に駄菓子屋の常連だった為、ダルマッカとオドシシには世話になっていたのである。度々駄菓子屋に訪れては、新しいお菓子の入荷状況を訊いたり店の準備を手伝ったりと、深い関係があった。それだけに、集落を困らせていた泥棒がまさかこの二匹だったとは、最初は気が付かなかったのである。
 ルリナも悲しそうな表情で、ジバコイルに捕まるヒヒダルマとオドシシを見ていた。「行くぞ」、という警察のレントラーの一言に、二匹は立ち上がりとぼとぼと歩き出す。
 リーオははっとして、歩き出す二匹を呼び止めた。
「待って、おじさん、おばさん」
 ヒヒダルマとオドシシの足が止まる。やや遅れて、ジバコイルとレントラーも動きを止めた。警察二匹も、泥棒を捕まえた少年の話を聞こうとしている様であった。
 リーオはヒヒダルマの背中に、呟く様に語りかける。
「なんで、集落の皆に迷惑かけたの? いつも優しくて、好いポケモンだと思ってたのに。なんで」
「僕は、僕は集落のポケモン達が嫌いだった。ただそれだけだよ」
 リーオの質問を遮るようにヒヒダルマは振り返る。太い眉の下の、ダルマッカの頃を思い出させる丸い目が、僅かに潤んでいた。
「僕は駄菓子屋なんてやってたけどね、本当はもっと皆に、自生物の味を知ってもらいたかったのさ。僕は、僕等は、本当は自生してる木の実や野菜が大好きだった」
 リーオは目を丸くする。それはアラン達も同じで、ヒヒダルマの独白に、理解できないといった様子でぽかんとしていた。唯一ジバコイルだけは表情を変えなかったが、それは種族柄のせいだろう。
 ヒヒダルマは一拍置いてから、再び続ける。
「なのに集落の奴等ときたら、『自生してるヤツなんて汚い』だとか、『味が薄くて見た目も悪い』だとか言って、全部無駄にしちゃう。嫌な奴等だよ」
 拘束された両拳を握り締め、悔しそうに震えだした。オドシシがそっと彼の傍に寄りかかる。
「だから騒ぎを起こせば、皆、物を買うどころじゃ無くなって、自生している物も食べてくれるかな、と思ったんだ。そうやって皆が自生物の味を知れば、僕等も馬鹿にされることがなくなるって、そう考えた」
「アンタあ」
 ヒヒダルマの、声が震える。もたれ掛かったオドシシが、彼の代わりという様に寂しげに泣いた。
「でも、やっぱり僕は間違ってたんだ。あんなことして、良い訳が無かった。それに気が付かせてくれたのは……」
 太い眉が、遠目でも分かる程垂れ下がる。後ろの方でアランが笑いを堪えている様だったが、リーオはあえて気が付かない振りをした。
「すまなかった……僕が言えるのはそれだけだ。そして、ああ、泣かないでくれマイハニー。こんなことに付き合わせたのは僕のせいなんだ」
「いいえ、アンタ。アンタの作戦に乗ったのはこのアタシ。悪い事をしたのは同じことよ。だから――ごめんなさい。あなた達にも、集落の皆にも」
 朝日が一際眩しくなった。その丸い輪郭をはっきりと浮かび上がらせ、辺りに金色の光を振り撒いている。そろそろ集落の皆も、『さいみんじゅつ』の効果が切れて起き出す頃かも知れない。
 ジバコイルが再び動き出した。繋がれているヒヒダルマ達も、それに合わせて歩きだす。
「ああ、最後に一言だけ」
 だがまた、ヒヒダルマは振り返った。またも歩みが止まり、レントラーが迷惑そうにしているが、気にしていない様である。
「僕が頼むのもおかしな話かもしれないけど、僕が戻ってくるまで駄菓子屋を……あのジュペッタに譲ってやってくれないかな。あいつの日記、こっそり見ちゃったんだ。あいつに伝えてくれ。どうか、僕みたいな間違いだけは起こすなよ、と」
 リーオには、何故ここで集落に棲むジュペッタが出てくるのか理解できなかった。確かジュペッタは、聞き込み調査の時に、日記が盗まれたといって大慌てしていたポケモンである。ヒヒダルマが彼に駄菓子屋を譲ると言った理由は分からないが、リーオは「確かに伝えるよ」とだけ答え、再び警察に連れて行かれる二匹の背中を眺めるのであった。
 ヒヒダルマ達の姿が見えなくなった後、響き渡ったのはアランとルビィの笑い声だけであった。



 事件が一段落し、昼頃まで睡眠を取ったリーオ達は今、集落に来ている。理由は勿論、買い物の為だ。どうやら盗まれた物は全て持ち主の元に返され、集落のポケモン達の安堵した表情がリーオには嬉しかった。
 買い物の途中、リーオ達は約束通りジュペッタの元へ訪れた。木の家の中でジュペッタは、どうやら日記を読まれたことに対してひどく落胆している様子であった。リーオにはその日記に何が書かれているのかおおよそ予想がつかない。とにかくリーオは、彼に事の顛末を述べ、駄菓子屋の件について話した。
「そうか、あのおっちゃんもまた自生してるのが好きだったのか。うん、分かった。これからは俺があの店を守っていくよ。ありがとな、ぼっちゃん」
 その口ぶりから察して、どうやら彼もヒヒダルマと同じ様に自生している木の実に味を占めた者の一匹らしかった。それで親近感を感じたヒヒダルマは、彼に店を譲る決心が付いたのだろう。ジュペッタ自身も前々から店を出してみたいと言っていたし、何より彼は非常に愛想が好く、集落のアイドル的な存在とも言えた。駄菓子屋の主人として、この上なく適任なのかもしれない。
 そんなジュペッタはやはり愛想好く礼を述べ、早速駄菓子屋へ準備に取り掛かっていった。
 リーオは、例の日記について考えてみた。あの日記には、おそらくその自生物のことについて書かれていたのだろう。であれば彼が他人に日記を読まれるのをひどく嫌っていた理由も分かる。そう思い、リーオは彼の日記を読んでみたい衝動に駆られてしまった。しかし、ルリナに横目で見られたのに気付き、慌ててその考えを振り捨てる。リーオ達はジュペッタの後を追う様に、その場を立ち去った。

「ああ、良かった。ダルマッカさんのことは残念だけど……駄菓子屋が無くなっちゃ、カード集め出来ないからね」
「ええ? 駄菓子屋の方を心配してたの? ていうかまぁたチョコ買うつもりなのか。幾ら何でも食べすぎだと思うけどなあ」
「いやいやリーオ、ゼクロムさまの初回限定激レアカードが出るまでボクは絶対諦めないよ。昨日あんなに貰ったのに入ってなかったんだよねえ。ジュペッタさん、ただでくれないかなあ」
「ただといえば、さ」
 帰る道すがら、ロアとの会話中にリーオはふとあの二匹の何でも屋のことを思い出した。結局あの後それぞれ別れることになったのだが、リーオは彼等が報酬を受け取ったところを見ていない。リーオは自身が『さいみんじゅつ』を掛けられていた時、確か彼等は「拾い物で賄う生活」をしていると言っていたことを思い出した。その「拾い物で賄う生活」の意味は、一つしかありえないだろう。
 そしてリーオは、自分達の家の近くでモモンの木に手を伸ばすフーディンを見て、ああやっぱり、と思った。
「ただ働きだったんだな、えーと、アランさん、だっけ」
「うわあっ、なんでお前等がここにいるんだよ!? あとただ働きで悪かったな、おい。ああ、ルビィ、そこのヤツも頼むわ」
 爪先で立ってモモンの実をもぎ取っていたアランは、リーオ達三匹の姿を見て大げさに驚いた。片手に抱えていたモモンの実が幾つか落ちる。近くでルビィが二股の尻尾を揺らしてカゴの実を美味しそうに食べていたが、アランの指示に『ねんりき』を使ってモモンの実をもいだ。
 ルリナがきょとん、として首を捻る。
「だってここは私たちの家だもの。それよりあなた達は何をしているの?」
「ああー、まあ、見ての通りなんだわな、これは」
 ルリナの質問に歯切れ悪くそう答え、アランはもぎたてのモモンの実に噛り付いた。ふわり、とモモンの優しい香りが広がる。
 リーオはそんな匂いを気にしながら、木の実を食べる二匹をジト目で見つめた。
「儲かってないんだね」
「うるせいや、仕方無ぇだろ、全くよう。こちとら慈善事業じゃねえんだぞ、ったく」
 言って更にモモンの実を食べる。甘い物が好きなのだろうか、モモンを頬張る彼の顔は台詞とは裏腹に幸せそうである。逆にルビィは不機嫌そうに『ねんりき』でモモンの実を、投げるようにパスする。どうやらアランとは逆に甘い物が苦手らしい。もっと食べ物を大切にしろよ、とはロアの台詞であるが、ロアもカードが第一でチョコは二の次と考えている節がある為、リーオとしてはあまり他人のことは言えた義理ではない様な気がした。
 ルビィは再びカゴの実を食べ始める。
「本当、嫌になっちゃうわよねえ。周りなんか気にせずに好きならバリバリ食べちゃえばいいのよ。それで逆切れして捕まってりゃ世話無いわ」
 ルビィの言葉はなかなか辛辣だ。ルリナが苦笑いしながらも、彼女もまた近くのカゴの実を三匹分もいで一口食べる。リーオはあまり気が進まなかったがルリナが『ねんりき』で勧めてきたので仕方無しに食べた。目が覚めるような、痺れるような渋みが口全体に広がっていく。
 『さいみんじゅつ』で操られていた時に食べたカゴの実と同じ自生の木の実。あの時はゆっくり味わっている暇は無く、目の前のフーディンとエーフィに怯えながら食べた物だ。だが、今は違う。

 三匹そろって食べたもぎたての味は、そんなに悪い物とは思えなかった。

後書き 

初めましてこんばんは、せいじ2と申します。
この度はこちらのwikiで、人生初の短編というものを投稿させていただいたのですが、
いやはや、短編と呼ぶにはいささか無理のある長さに・・・いや、これが普通なのでしょうか。自分の中では物凄く長く感じています。
メモ帳サイズにして約50kb、総文字数は約25000字でした。
製作期間は約2~3週間程。皆さんどれくらい掛けていらっしゃるんでしょう。木に生ります・・・小説の影響か、この変換ミスは。
それにしても小さい子どもはいいですね。えrい意味ではなく小さい子どもが頑張ってる姿には心癒されるものがあります。
それを頑張って小説にしてみたのですが・・・うーん、色々とおかしいなあ。
ちなみにフーディンは俺の嫁。エーフィは俺のジャスティス。

情景描写が苦手で、読んでいて場面が浮かび難いのが今後の課題となりそうです。
それでは、ここまで読んでくださった皆様、有り難うございました。

コメント欄 

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  • 人生初なのにこんなに上手いとは……。
    子供の壮大な夢や、本当は悪人じゃない悪人など、見てて和みました。
    ―― 2011-02-04 (金) 23:47:49
  • コメント有り難うございます。
    ほのぼの系を目指して書いていたので和むと言って頂けてとても嬉しいです。

    小さい子どもの夢ってビックリするぐらい大きくて本当素敵ですよね。
    自分も昔は将来の夢がドラゴン使いだったことを思い出しながら書いてました(笑
    そういう子どもらしさは書いてて自分も楽しかったです。

    それでは、感想有り難うございました^^
    ――せいじ2 ? 2011-02-05 (土) 17:12:02
お名前:

*1 腐らないよう『れいとうビーム』で凍らせてある。

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