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ヒスイ島の墓標

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 その日、大人たちは朝から怖い顔をしていた。
 円匙を抱えて薪を運び、目を腫らして村はずれから帰ってきて、再び向かっていく。
 集落の端の方に住んでいたマー坊の家がポケモンにやられたらしいという話は、すぐに子どもたちの間にまで広がった。
 子供の見るモンとちゃう、といつもうるさい婆(この婆、何かあるとすぐ親元に乗り込んできて説教をさせるので子供に嫌われている)は相変わらずうるさかったが、構わず三弥は現場に行った。
 三弥だっていつまでも子供ではない。あとひと月もしないうちに13になるのだから、もうほぼ大人だと思っていたからだ。

「お前の見るもんじゃねえ三弥」
「いいや、見ますよ。マー坊は俺の弟分だ」

 弥太郎兄さんは三弥を拒んだ。身内だからこその配慮でもあり、身内だからこその甘さでもあった。
 一歩も引く気のない三弥を、弥太郎はそれ以上何も言わなかった。

 三弥を出迎えたのは、引きちぎられた死体、切り裂かれた死体、死体の残骸、骨、肉片、血を吸った雪。
 そして、それを当然のこととして――内心はいかに腸が煮えくり返っているか――埋めようとしている、大人たち。

「マー坊は一家全滅。救援に入った源三さんは重傷。お前に何ができる? 思い上がりはいらないからな。三弥、感想は?」
「仇を討つ」

 グロテスクな犯行現場を見て体を震わせた三弥を心配した長男は、すぐに助け舟を出したが、絶句した。
 ありえない。もう一度言うが、絶句した。我が父母の血を分けたきょうだいとは言え、ここまで、愚かだとは。
 若さは最大の武器ではあるが、それを正しく認識できない場合はただの足枷にしかならない。
 ここはせめて冥福を祈るくらいが最良だ。弥太郎は親を早くに亡くした長男だから、そのあたりはよくわきまえていた。
 三男になったとたんに、この有様。
 ところが幸い、この里には、正しく導ける賢者がいた。

「火縄も使えなけりゃポケモンも持ってねぇお前が、何をするって?」
「仇を討つ」
「……もう一度だけ聞いてやる。何をする?」
「仇を討つ」
「ふざけんじゃねえ!」

 三弥の視界がぐにゃりと歪む。既に成人済みの大人から、詰め寄られて、こうなった。

「おい三弥。ポケモンを舐めたこと言うんじゃねえぞ」

 伊織さんは両手に親指しかない。
 ヒスイに移住してすぐに指を四本喰われた。その後すぐに残る四本も喰われた。残った親指だけで逆八相を構えるくらいには、元は名門士族出身の剣士だった、らしい。
 その両手を一切使わずに、血の煮えたぎる若者を制止できる。
 元は逆八相を得意とする上級士族だとは各家の長男しか教わっていない。
 だから、自分が集落最強のくせに戦闘不能になった負い目もあったし、雑魚の自信をへし折るべきだと思っていた。
 それが結果的に考えの足らないガキの寿命を延ばすから。

「指二本しかない俺にボコボコにされてポケモンを狩るだぁ? 舐めてんじゃねーぞ」

 一瞬で三弥は捕まった。
 右腕で捕らわれ、首を絞められた挙句左腕と脚でボコボコにされて弥太郎兄の元へ転がされた。

「伊織さん、そこいらで勘弁してください! 許してください!!!」
「だからそれくらいで済ませてやってんだろうが」

 三弥の大人デビューは、ポケモンへの恨みと、大人への大きな敗北で彩られた。



 次の日。
 三弥は源三さんの手伝いに入った。どのみち重傷で集落の仲間が家業を手伝わないといけないということと、その家業というのが三弥にとって非常に都合のいいものだったということ。
 源三さんは唯一内地からポニータ、つまりポケモンを飼いならして連れてきていた人だ。
 ポケモンを舐めるわけにはいかない。すぐに頭を下げて伊織さんに教えを乞うた。
 人間の力では刀も槍も、なんなら火縄ですら効果があるかどうかという怪物には、怪物をぶつけるしかない。
 だから古来よりポケモンを調伏できる人材は重用されてきた。源三さんも時代の流れがもう少し違っていたら偉い殿さまの重臣をしていたのだろう。
 伊織さんはちょっと迷っていたが、源三さんの手伝いは必要という事実と、これでポケモンに立ち向かうことの無謀さを知ればいいと考えたのだろう、仲介をした。
 即日跡取りで半人前の源治さんの厄介になることになった。弥太郎は何も言わなかった。
 集落の隅にある真新しい4本の墓標に精進を誓った。



 しばらく経った。
 源三さんは予後が思わしくなく、遠方のちゃんとした医者の所に厄介になっているが、跡を継ぐには源治さんがいるからきっと問題ない。
 その源治さんは5日ほど前に見舞いに旅立った。
 ある程度ポニータの世話に慣れ、信用を勝ち得た証ともいえる。日に4度の餌やり、健康を維持させるための運動、人間の役に立たせるための訓練、以上完璧とまではいかないが素人とは比べるべくもなく習達している。

「えーと……早生まれの桜丸と炎天に経験値が付いてきた。韓紅はわざを覚えるのは非常に速いが、相変わらず人を噛む」

 三弥にとって、ポケモンはもはや怖ろしいだけの存在ではない。

「源治さん抜きで進化させて言うこと聞かなくなると怖いからな、明日からしばらく運動を控えさせよう」
 
 よその集落でもいくらか家畜化したポケモンはいたが、   ポニータ系を生業とする商売敵はいなかった。


 源治さんが帰ってきたときのためにと、記録をつけているうちに収牧の時間を覚えているポニータたちがぞろぞろ戻ってきていた。
 最初は一日中ポケモンに振り回されて何の役にも立てなかったが、今は幾分余裕がある。
 点呼を取って、夜間放牧地の柵を閉めればひとまず今日も終わり。
 しかしここで大問題が発生した。

 一頭足りない。進化直前の炎天だ。

 群れずに孤高を貫くタイプのポニータだから、まだ昼間の放牧地でのっそりしているのだろうと見に行ったら、いない。
 何なら人からかくれんぼをしているのではないかともう一周くまなく探してみたが、いない。
 代わりに発見はあった。発見したくないものではあったが。

 敷地の外へと延々と続くポニータの足跡と、それに並走する別の生物の足跡。

 三弥の脳裏にアレが浮かぶ。追うしかない。しかしもう夕暮れで遭難の恐れもある。
 三弥は当然逡巡したが、しかし自ら死を選んだといっても過言ではない選択肢を選んだ。
 遺書の代わりに炎天が行方不明なので探しに行きますとだけ書置きを残して、ないよりマシだろうとフォークを担ぐ。毎朝弥太郎兄が郵便と新聞を持ってきてくれるから、きっと書置きは無駄にならない。

 ポケモンへの対応についてはポニータや他集落のポケモンとの交換でまるっきり素人ではない、と自負していた。



 足跡はじきに焦燥と悶着とドラマチックを帯びていき、乱れ舞い散り、血滴を伴い続いていた。
 三弥はその物語が終盤に近付くにつれて、そこで起きたことに心を寄せて怒りと悲しみを募らせることしかできない。
 そしてついに――数刻前まで炎天だったものを見つけると、一つ吠えた。
 おれが追ってきたぞ、という宣言だった。

 しかしそこには先客がいた。
 人間ではないが、何かと何かが争っている。加害者の足跡は一匹だけだったのでどちらかが炎天を殺した犯人で間違いない。
 形からしてリングマの方が加害者らしかった。
 襲われている方は普段雪に隠れている恨み狐でゾロアークと言い、生態はよくわかっていない。
 なぜ恨み狐と呼ばれているかも先住民が「あいつは恨む」と言っていたのを学者が聞いたから、という由来だったはず。
 ただ狐の逃げ足が速いことは経験上三弥は知っていた。他のポケモンと一切関わりたがらないし、自分たちより人間に出会っても、一目散に逃げる。
 そうか、子連れだ。ゾロアがいる。

「そこのゾロアーク! 加勢する!」

 までもなかった。
 ゾロアークが鮮血を拭き散らしながら吹っ飛んだ。リングマの強烈な爪と腕力で顔面を持っていかれた。
 細い体で格闘に弱く、子育ての労力もあって体力も無かったのだろう。
 ムダに名乗ったせいでリングマに目をつけられてしまった。いや、ムダではない。元からそうするつもりだったと奮い立つ。炎天の仇。

「この……させねえぞ」

 ゾロアに腕が振り下ろされるか、自分に下されるか。フォークを槍のように構えてみるが、文字通り牧草をまとめる農具が本気で通用するとは思っていない。先端が鋭利で重量があるから無いより役に立つというだけだ。
 案の定ポケモンの強靭な皮膚に跳ね返され、おまけに柄を掴まれ、三弥ごと放り投げられた。

 ゾロアークが立ち上がる。
 まだ生きているのか、という三弥は一瞬観念していたが、観念するのをやめた。せめてゾロアを抱えて逃げてやる。
 リングマは臨戦態勢でまだ感覚が鋭いから、ゾロアークが立ち上がったのをすぐに対処に向かった。
 人間一匹、子ぎつね一匹、親狐。脅威の順番からしたら親狐が最優先になるのが当然。
 奥の手らしい全く正体の分からないゾロアークの命と引き換えの技に、三弥はいのちが千切られるような音を聞いた。



 おれは死んだのだろうか。
 三弥はそう思った。
 死んだあとはどうなるのだろうとぼんやり考えていたが、どうも体に感覚がある。

「三弥……? 三弥! 三弥!」
「ああ……兄貴、すまねえ」

 生きていた、ということだ。目の前にいるのは明らかに自分の兄だった。

「源治さんすまねえ、一頭食われちまった」
「お前が五体満足で帰ってきたんだ。安いもんだ」

 当然安いものではない。人に慣れたポケモン一頭がどれだけ貴重なものか。条件によっては丁稚奉公一年分の稼ぎ以上になる。
 他に伊織さんやババアらもいたが、誰も責めなかった。

「回復するまでここにいてくれていい。どうせ牧場の管理棟で誰も迷惑しない」

 誰も責めなかったのは、三弥が自分のしでかしたことの重大さを理解していて、そのうえで事に及んだというのを汲んでくれているから。言っても無駄と言えばそれまでだが、こう少し好意的な解釈をしてくれてい、はずだ。五体が欠けることなく戻ってきたのも大きい。
 視覚、聴覚から指の先の感覚に至るまで異常はない。身体の重さ的に、ゾロアークの、肉体に後遺症が残らない程度の強力な技で一時的に意識不明になっただけだ。子供もその場にいたわけだし。

「ところで、あの狐はなんだね?」
「狐、とは」
「婆さんが『狐は病気をうつすから村に入れんな!』と言うんだ」

 あそこで親に守られたゾロアだった。

「お前……」 

 もし自分に何か思うところがあってこのゾロアが付いてきたのだとしたら、長年家畜に改良してきた犬、馬、羊、牛、豚、鳥、その他とは勝手が違う。
 このゾロアの真意は分からないが、三弥が飼い馴らしたとき、おそらくヒスイで初めて人間に馴らされたポケモンになる。
 
「村の中にさえ入れなければいい、とは言っている」

 何が良いもんか狐なんぞ庇う三弥も村にゃ入れねえとババアはうるさかったが、こういう人は好きなように言わせておくに限る。
 むらから外れた牧場で暮らす分には不自由は今まで通りで済む。

 翌日、早くも回復した三弥は生き残ったポニータたちと再会し、特に業務上支障がないことを確認した。
 牧場の隅には端材が転がしてあったが、そこに新しい墓標が一本立っていた。謝ることしかできなかった。ゾロアも一緒に謝ってくれたようだ。



 しばらく経った。
 その日、村の一家が何年かぶりに全滅した。


 自分が世話してきたポニータは一通り買われていった。
 古くからの仲間はただがんばれと激励してくれた。
 伊織さんは自分の両親指しか残せなかった雑魚で済まない、と謝らせてしまった。
 クソ婆は歳を取って歩くのも危うくなっていたが、わざわざ立ち上がって玄関で火打石を鳴らしてくれた。
 源三さんは既に死んでいたが、跡を継いだ源治さんが蹄鉄をお守りにくれた。
 弥太郎兄は鋏を取ると前髪を切った。これが俺の三弥だと、親父、御袋、弥次郎兄の並ぶ仏壇に並べてくれた。
 ゾロアは鳴き声一つ出さずについてきた。



 三弥には確信があった。犯人はガチグマだ。現場を見れば、もう分かる。
 少なくとも、このサイズのガチグマは冬を何度も越えたベテラン。
 まだ眠りについていないのはそれだけで人間ら被食者には大きな脅威となる。
 もう一つ。
 ガチグマは本来温厚で大人しい性格だと聞いている。
 では今目の前にいるガチグマは?
 今すぐ穴倉で眠ればそれで済むはずなのに、やたら鳴き喚いている。
 子供を産めずに栄養失調で今まで彷徨ってきたか、栄養満点の人間とポケモンを喰えずにここまで彷徨ったか。
 人の肉の味を覚え、もう一度それを味わおうとしている眠り損ないでしかない。
 
 ここ数年はガチグマ、リングマ、ヒメグマが人を喰ったという事件はない。
 人間が奇跡的に数年も運が良かったのでさえなければ――
 
 帰ることより返り討たれることを意識した三弥とゾロアの足取りは、すぐに人の味を覚えたガチグマを捉まえた。腹の中にはヒメグマと人間、どっちが入っている?

「お前を自然に返すわけにはいかない」

「ブチ殺してやる」

 あいさつ代わりのかんしゃく玉は破裂したが、ガチグマは一切興味を持っていない。
 熊の鼻なら利くだろうと持ってきた刺激物を煮詰めて乾かした特性の品だったが、効果無し。
 だめだ、あまりにも単純な暴力型過ぎる。
 ガチグマを本気で狩るなら自分のよく知っている場所に幾重にも罠を張っておびき出してようやく話が始まるというのは嘘ではない。
 だがそれはできないのだ。

「ゾロアっ!」

 合図とともに星が飛んで切る。ひっかく程度に割れる軟弱なものだが、四つん這いの相手の前脚を奪うことはできる。
 眼か? 眼ではだめだ、鼻から出ないと脳まで到達しない。首には刺さらないし肺や心臓は腹の下にもぐる必要がある。
 弓、槍では刺さらない。だから針と刃物を持ってきた。もしも脳まで刺されば、と。
 ゾロアのエネルギー玉はどうか。試したことが無いから分からなかったが、特に狙ったわけでもないそれは簡単に片腕で弾かれた。
 

 
 ああダメだ!
 
 三弥は組み伏せられた。両足がガチグマの体重に潰されながら、腹の下で内臓を圧迫されている。
 そこでゾロアが進化した。狙ったわけではない。ただの偶然で、それでいてかなりの僥倖。
 追い詰められていた三弥の心に希望が戻った。
 仮に自分が喰われても、ゾロアークが代わりにガチグマの息の根を狩り取ってくれる。

 三弥がまだ動く両手の刃物を、できる限り深く太鼓腹に突き刺した。
 子狐の時よりも体格が増し、頼もしくなったゾロアークは、それに合わせた。合わせることができた。悲鳴すらない、ガチグマの最期だった。
 



 やった。やったぜ。ついに仕留めた。おれとゾロア……いや、ゾロアークのタッグで脅威を一つ下したのだ。
 ゾロアークはどこだ。労ってやらなければ。奴も傷は浅くないはずだ、と

 
 つめをといでいる。

 生きて帰る必要は一切ないが、何があっても喰われて死ぬわけにはいかない。
 何故ならポケモンが人間の味を覚えるから。食える弱者として理解するから。脅威を一つ排除してももう一つ脅威が発生しては意味がない。
 だから数年コンビを組んだ白いゾロアークが、自分を憐憫の目で見つめてきた。
 ギョッともするだろう。いや、それどころではない。

「おいてめェ、まさか……」




 逃げねば。






 集落には、三弥も狐も戻ってこなかった。
 代わりに名も無い墓標が二本増えた。

 長男弥太郎は死ぬまで町会議員を務めたが、50年間弟の死体は見つからなかった。


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Last-modified: 2022-12-25 (日) 00:00:00
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