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ニンゲントポケモン

/ニンゲントポケモン

名前負けしてる感が否めない作品。
エロは入っておりません。
腐敗しきった死体、血の表現が無いと言ったら嘘になります。まあ表現自体は下手ですがw
どうしようもなくヘタクソですが、読んで下さるのは大歓迎です。
完成しました。



――裏山には、木々に囲まれた野良ポケモンの集まる、何十年も前に住人の居なくなったお屋敷がある――
何年も前から聞いてきた言葉だ。始めて聞いたのは小学生の頃だったか。そこに肝試しに行こうぜ、と誘われた。ただ、そのときは屋敷まで行けずに途中で迷ったため、日暮れとともに早々に家に帰った。予定では日暮れとともに屋敷に着くはずだったのだが。それ以後は一度も足を運んでいない。

今、俺は小学生の頃にたどり着くことの出来なかった、その、簡単に言えば無人のお屋敷になる建築物の前に立っている。何故か。
三ヶ月ほど前から、その屋敷にどこかの金持ち辺りに棄てられたレアなポケモンが住み着いている、という噂が流れている。そんなたかが噂に流されるような俺ではないが、問題はその後だった。
地元の暇をもてあました腕に覚えのあるポケモントレーナーが噂の検証に行った。
ジムバッジ5つを持つ、俺も知っている程この辺りでは有名なトレーナーだった。
そのトレーナーが戻ってこない。それどころか、様子を見に行った他のトレーナーや警察まで戻ってこない。
これは一大事だと言うことで、ジムバッジを6つ(この世界では8つ集められるトレーナーなんて右手の五本指に収まるほどしか居ない)持っている俺に白羽の矢が立ったわけだ。仲間はいない。
バッジ5つレベルのトレーナーに何かあったのだから、そこんじょそこらの一般トレーナーが来るわけにはいかない。よって、今回は俺一人。
今から、屋敷内部を探索しなくちゃいけない。

「ケータイは圏外。なんちゅうところだ」
圏外を表す液晶画面をため息混じりに閉じる。仕方がないので肩掛け鞄に入れておく。普通の登山靴に、履き古したジーンズ。上はこういう仕事の時は着ると決めているくっさい鼠色の作業服に、今朝家を出るときに肌寒く感じたため薄い上着を一枚。ずいぶん軽装だと思われるかも知れないが、重装備をして鈍くさくなるよりはこっちの方が俺は好きだ。だから、重装備はしない。それに、裏山はそこまで厳しい山じゃない。
こんな時に限って腕時計を忘れるのは俺の悪い癖で、右の手首を見てしまったと思う。これで今が何時か分からない。
必要以上に時間を喰っていたらマズイ、と思考回路が働いて、屋敷の入り口の取っ手に手をかける。呼び鈴はならないに決まっているのでならさない。そもそもならす必要性が感じられない。
そこで、ボールポケットが非常に振動しているのに気付き、かけた手を下ろす。俺のポケモン達が振動させているのは分かった。何か異常があったり、要望があったりするときはガタガタ揺らすのが俺のチームのルールになっていた。ボールポケットに手を伸ばし、何事かとボールからポケモンを出す。
ただし一匹のみ。五匹(一匹は自宅に番犬として置いてきた)一緒に出したらそれこそ騒音で耳がイカれてしまう。みんながみんな言いたいことを言うように育ってしまったのは俺の育成の力量が足りていなかったせいだが、育ててしまったものは仕様がない。おかげで上手くポケモンを使い分ける力量は上がったので結果オーライ。
出したのは、最も自分の考えをわかりやすく伝えてくれるハピナス。腹の卵が無精卵だというのは俺とチームメンバーだけの秘密。もちろん戦法はどくどくかげぶんしんみがわりたまごうみ戦法というえらく長いなんのひねりもない俺が名付けた戦法。詳細はどうぞ御自由に名前からお察し下さい。こんな調子で6つもバッジをゲットできたというのは今も信じられない。

「へい、どうしたの?」
「いえ、ちょっとこの先に進むのには抵抗がありまして」
「抵抗? 何で?」
「いや……この先からとんでもない重圧を感じて……」
「そんなものはちっとも俺は感じないけどな」
「何というか……その……怒りと憎しみに満ちた冗談抜きに重いオーラが屋敷外部に漏れだしている感じがして」
「本当かよ」
ハピナスが紡ぎ出す言葉は本やパソコンの中でのみ見たことのある文字の羅列であり、現実世界ではぶっ飛びすぎていてどうも信憑性に欠ける。俺には屋敷からそんな重苦しい雰囲気が漂っているようには見えない。それでもニンゲンよりはポケモンの方が遙かに野性のカンと空間に漂う何らかのを感じ取る能力は確実に高いので少し考慮してみる。
行きたくないなら強要することは出来ない。やりたくない。性に合わない。それに5匹全てが訴えているわけだからあながち出任せでもあるまい。俺もなんだか感じ取れそうな気がしてきた。
だったら帰るか、とは言えない。仕事を手持ちポケモンの要望により降ろさせて頂きます、なんて俺が言えるわけがない。
ガラスが割れて、外からの風雨を防ぐ役目を全く果たさなくなった2階の窓を眺める。一人で行くしかないのか。
「分かった。お前達はここで俺の荷物を見張っていてくれ。この鞄には今日分の食料が入ってる」
ハピナスをボールに戻す。腰のボールの振動が止まる。必要だと思われる物だけをズボンのポケットに突っ込み、白いというよりは手垢でアイボリーに近い色をしている、五年間愛用の肩掛け鞄を近くの平たい石の上におろす。ボールポケットのマジックテープを剥がして、鞄の上に乗せる。こちらは俺がポケモントレーナーになってからずっと使い続けているため、そろそろマジックテープに寿命が来る。
ボールから出しておかなくても、うちのチームは一匹だけ内側からボールを空けることを覚えたのでちゃんと守ってくれるはず。もし一匹で太刀打ちできない相手でも、ボールの開閉スイッチを押し込むだけで味方が増えるので大丈夫。任せっきりには、出来る。
「じゃあ、俺は行ってくる。しっかり見張っておけよ。お邪魔しますよ」
こうして、やっと屋敷の入り口を開く。こんな時でもお邪魔しますを言ってしまうのは不可抗力。家に上がるときは外靴は脱ぐという日本独自の文化を無視してずかずかとそのまま上がり込む。こんなところで馬鹿正直に文化に従って外靴を脱いでいたらとりあえず御間抜けといえよう。
手を離すと入り口の扉が勢いよく閉まる。風の仕業だ、絶対そうだ。そうでなかったら俺は今すぐに仕事を降りると言えるだろう。途端にむわっとした熱気と長く使われていない家屋独特の臭気が俺を襲う。
熱気にたまらず、薄い上着を脱ぎ、作業服の袖を限界までまくる。これでいくらか楽になった。再び扉を開け、丸めた上着をポケモンと鞄を置いてきた平たい石をめがけて投げ捨てる。美しい放物線をを描き、鞄の上に覆い被さる。
「見張る物が増えたからな」
今度はしっかりと優しく扉を閉める。これで勢いよく開きでもしたら、絶対に仕事を降ろさせて貰うと心に決めた。が、開く様子が微塵も感じられないので、2メートル先が見えない程の暗がりとなっている屋敷内部へと足を向ける。こんな暗さは人工の建造物ではバトルピラミッド以来だ。とりあえず俺の目は、水晶体の周りの筋肉が固くなって、網膜に届く前に焦点が来るようになってしまったので、作業服の左の胸ポケットから眼鏡を取り出し、装備。フレームのネジが緩んでいたから締めてもらわなくては。
ちゃんと窓はあるのに光が入ってこないのには僅かな疑問を覚えるが、想定内のことで、先ほどからズボンのポケットを圧迫していた小型懐中電灯を取り出す。(といっても電池切れが心配で、手動で充電できるタイプの物なので、でかいことはでかい)もともとたくさんの物が入るように作られてはいないので、取り出すにはかなりの力を必要とした。ペンまわしの要領でくるくる複雑に、スイッチを入れたまま懐中電灯を振り回していると、視界の右端に、何か光を反射するものがあることに気付く。

何だろう、と思って床を照らして安全を確認しながら近寄ってみる。年季の入った埃まみれの小さな丸テーブルの上に、光を反射したものを確認する。
「こいつは……」
ポケモンセンターに売っている専用のホルダーに入ったポケ免(ポケモン捕獲の免許。10歳で取得可能)とトレーナーカード、そしてお金では買えない価値のある5つのジムバッジ及び、中のポケモンを保護するためにかなり頑丈に造ってあるはずのモンスターボールが縦方向にかかった力によって割れたもの3つが無造作に置いてあった。ボールからだらしなくはみ出ているキャプチャーネットは、ずたずたに引き裂かれていた。バッジの数から、瞬時に俺が探しているトレーナーの所持品だと断定し、トレーナーカードの顔写真と名前から証明する。間違い無い。この埃のかぶりぐらいだと、ちょうど三ヶ月前に置かれたということが分かる。トレーナーカードとポケ免を重要な物品として、眼鏡が無くなったぶん隙間の出来た左の胸ポケットに押し込む。ちなみに、俺のポケ免とカードは右の胸ポケットに入れてある。
それにしても、肝心の本人の姿が見あたらない。既に亡き者となっているかも知れないが、俺はその場合、ぐちゃぐちゃに腐った眼軸やら視神経やら眼球やらが、腹の炭酸ガスとなって肉が無くなり、骨と内臓ををむき出しにした所に落ちている屍を見つけないといけない可能性が高い。思わず想像してしまい前進から力が抜け、顔が自然と引きつる。想像するのやめよう……
そのときだった。懐中電灯の感触が消え、代わりにぬるりとした感触を手に感じた。そのまま懐中電灯は空中をあらぬ方向へと飛び去っていく。
「え? 何で? とにかくまてっ」
懐中電灯が空中を飛んでいく訳がないというのは分かっていても、実際今目の前で起こっている出来事なので否定は出来ない。何かネタがあるのだろうが、空中を飛んでいるという事実だけではネタを見破るには至れない。いや、手を離れたときに感じた、あのぬるりとした感触というヒントがあった。それでも見破ることは柔軟な思考力がないため出来ないし、あれが無いと真っ暗闇のなかを探索するのは無理の他に当てはまる言葉が無い物なので、暗闇に出来た、一筋の光の軌跡を追いかける。慎重に進まないと何か障害物に突き当たる可能性があったが、それはこの暗闇の中を発光器無しで移動すれば必ず出てくる可能性なので、構わず大股で屋敷の中を走り回る。

「くっそ。速え……」
途中、散乱している何かを蹴飛ばしたり跳ね飛ばしたりして、体中がひりひりする。追っても追ってもいっこうに距離が縮まらないので、追いつくのは無理だと判断して走るのをやめた。光の軌跡はそのまま太陽光線の差し込むこの屋敷では貴重なエリアへと飛んでいった。そこは、人間2人が身体をよじることなく擦れ違うことが出来るほどの幅を持つ廊下だった。窓が付いているため、さすがに明るい。目の前には壁が立ちふさがっていたが、廊下がとぎれないので、カーブがかっていることを知る。外から見た感じでは分からなかったので、それなりに緩やかなのだろう。
相も変わらず空中を飛行し続ける懐中電灯を目で追うと、古くなって塗装が落ち、木肌が露わになっている壁の中を特徴ある赤いギザギザのマークが同じ方向に走って行くのに気が付いた。懐中電灯はそのまま奥へと消えていったが、あの赤いギザギザマークはネタを暴く鍵となってくれた。つまり、ようやく先ほどの怪奇現象の謎が解けた。取り去っていったのは、背景と身体を同じ色彩にして、あたかも透明生命体ように振る舞う事の出来る、皆さんも一度はあの能力に憧れた事のあるポケモン、カクレオン。ただし身体全体を背景と同化させることは不可能で、必ず腹の赤いギザギザマークだけはそのままの色形で残ってしまう。あの怪奇現象を自分が納得出来るように説明するにはこれしかない。この説明で足りない部分や矛盾点があったら、今度こそこの仕事降ります。ポケモン屋敷は専門内ですが幽霊屋敷は専門外です。
と、自分の心の中で固く決意したものの、あの説明で足りない部分も矛盾点も一見ないように思われ、カクレオンは何故あのような行動に出たのかという疑問が替わって現れたにすぎなかった。この疑問をなんとなく、と答えるにはまだ証拠不足だろう。走ったために吹き出した汗によってずり落ちた眼鏡を左手の人差し指で初期位置に戻し、俺は懐中電灯、もといカクレオンを追ってさらに廊下の奥へ奥へと歩みを進めた。

「おや、誰かと思えば貴方でしたか」
不意に、後ろから声をかけられ足を止める。不思議に思って振り返ると、そこにはトレーナーカードの姿そのままの、俺が捜しに来ていた張本人が後ろで手を組んで立っていた。どうやって三ヶ月間も命をつないだのかは見当が付かなかったが、顔色はとても良く、体調も良好そうなので問題なかろう。一番死んでいる確率が高かったこいつが生きているのなら他の奴はどうなったのだろう。捜さないわけにもいくまい。
「……無事だったようで。残りを捜してさっさと屋敷を出ましょう」
彼は手を組んだまま一歩、二歩と俺に近づき、抜いていった。俺を抜いても頭をこちらに向けようとはせず、明後日の方向を見つめている。そんな調子で、彼は俺に話しかけた。
「少し時間を頂いてよろしいですか?」
俺は再び右手首を見てしまったと思う。現在時刻は分からないが、窓から見える太陽はまだまだ傾きが急だったので、多分大丈夫だろう。
「大丈夫だ。何だ? 言うだけ言ってみろ」
「では」
彼は深呼吸をすると、ようやくこちらを向き、喋りだした。
「第一問:貴方が他の地方でゲットし、連れて帰ってきたポケモンを訳あって野生に返すことになりました。返しますか?」
「いきなり何を言い出すのだね君は……」
意味が分からない。ここでその質問をして何になるというのだろう。それに、第一問ということなので、まだ問いかけは続く。
彼は俺の質問に答えようとはせず、まずは僕の質問に答えて下さいと口を尖らせた。明後日の方向を向いたまま。
「返せないな。地方が違えば環境も違う。いきなり別の環境でさあ、君は自由の身だ、というのはまさに無責任。せめてゲットした場所で野生に返すべきだ」
「第二問――――――


俺が答える。次の質問が来る。この応酬が一体どれほど繰り返されただろうか。時間の感覚がなくなってきた頃、ようやくこの応酬に終止符が打たれる。
「では最終問題。貴方にとってポケモンとは?」
どこぞのポケモン研究の権威が作った問題だったか。耳に覚えがある。
俺にとってポケモンとは? 自分でも考えたことはない。
友達……? 違う
相棒……? 違う
仲間……? これも違う
生まれた時から存在が当たり前すぎて、気づきもしなかった。気が付けば周りがやっているように捕まえ、旅をし、一緒に戦う。時に喧嘩する。最近は恋人がポケモンだというのも珍しくない。
手持ちを例にとっても一緒に笑い、一緒に泣き、守り守られ、傷つき傷つけ、俺が労ればそれに応え、俺が悩めば一緒に悩む。手持ちが悩めば俺も悩む。
何をしようにもポケモン無しは考えられない。それはこの世界にいる皆様同じ考え何じゃないか。
今まで何故気付かなかったのだろう。あまりにも身近すぎて指摘されるまで気付かなかった。
そして、ぴったりの言葉が見つからない。
生まれる、戦う、愛する、労る、喧嘩する、感謝する、媚びる、泣く、守る、喜ぶ、悲しむ、苦しむ、死ぬetc
ポケモンとニンゲンで程度の差はあるものの、やってること感じてることは同じではないか。
…………同じ? そうか、同じ。俺にとってのポケモンは

「対等な存在……かな?」

「流石6つバッジを持つトレーナーともなると、答えも違いますね」
少しの間があったあと、彼は何とも言えない感想を口にした。
「でも、その答えは貴方にとって。ちょっとその“対等な存在”の一部に話を伺いましょうか」
彼がパチリと指を鳴らすと大量のポケモン達が、明らかに屯するべき場所ではない彼の後ろの廊下に
ぞろぞろと現れた。俺の見たことのない毛玉に羽の生えたような奴や角に花が咲いている奴も見てとれた。此奴達の視線からは敵意が感じられる。睨んでいるように見えた。
「彼らは皆ニンゲンに対して言いたいことがあるそうです。……逃げずに、最後まで聞いて下さいよ」
彼は、明らかに敵意のこもった視線を身体いっぱいに受け、いつの間にか逃げ腰になっていた俺に釘を刺した。
そして、此奴達の話は始まった。
「私は、主人が“君たちは生活費を圧迫するから……”の一言で野生に返された。人間の言葉は、それまでに覚えた」
「ニンゲンのくれた餌をむさぼっていた飼い主の居ないケッキングは、危険だからと青い服のニンゲンに頭を打ち抜かれた。腹一杯だった私は生きながらえた」
「何であなた達ニンゲンは野良ポケモンを自由に殺す権利があるの?」
「我が故郷であった深い深い森は、数年前にニュータウンに替わった。居残った奴らはホケンジョ、と言うところに連れて行かれた」
「俺は、まだ餌も取れないような卵から孵化したばかりのピチューを捨てているトレーナーを見た。理由は、“個体値がゴミ”だそうだ。片手に、ポケモンのステータスが分かる道具を持っていた」
「ちょっと住宅街でコラッタが異常繁殖すれば、すぐに薬品をまかれるか、ピストルとか言う物で撃たれる。何匹の家族が死んだか分からない」
「僕がまだ飼われていた頃には卵を回収して処分する業者を見ました。同じように飼われていた雌のイーブイは不妊治療をうけさせられました」
「見たまえ、私の自慢の毛を焼かれて、皮膚がむき出しになっている背中を。バトルの経験のない子供が、ブーバーンと私を戦わせたときに出来た。彼の指示は、“とにかく負けるな。死んでも絶対に勝て。俺の全財産がかかってるんだからな”だった。その後、治療に金がかかるとなると、火傷治しを簡単に塗られてそのままお払い箱だ」
「所詮、道具に頼らないと何も出来ないようなニンゲンに、何の権利があって私達の子供を産む権利を奪うの? 生きる権利を奪うの? 住処を奪うの? 五体満足を奪うの?」
「そして流れ着いたのがこの古いお屋敷って訳さ」
「……ここに、私達が居るって事が分かると、あなた達ニンゲンは、すぐに鉄の化け物をつれて駆除作業にかかるでしょうね」
「せっかく見つけた大事な住処だ。またお前らに奪われたまるか」
「そういうわけで、口封じにあなたを殺す。理解できたかしら?」
「少しでもあっしらの痛みを知ってくれればこれ幸いでさあ」



俺は、走り出していた。あのポケモン達に背を向け、一心不乱に出口を目指して。
もともと50メートルで8秒も切れない俺の速度に、着いてこられないようなポケモン達ではなかった。
少しでも威嚇になる物をと思い、ズボンの左のポケットから護身用にと持ってきた、30センチのサバイバルナイフを取り出す。左手で柄を持ち、右手で鞘をはずして、床に投げ捨てる。これだけでは心許なく、右のポケットからライターを取り出す。獣は火を嫌う、ということでわざわざ今日のこのような事態のために購入した物だ。まさか本当に使うときが来るとは。
ライターを、火がついたまま床に投げつける。自分が助かれば、それで良かった。途端にそれは、獄炎のカーテンになり、俺とポケモンを分けてくれる。
後ろで少しばかり悲鳴が聞こえたものの、また足音が聞こえてくる。執念に脱帽しながらも、俺はひた走る。ふくらはぎが張ろうが、膝を壁にぶつけようが構わず、ただ彼奴達から逃げる。
が、やはり俺の足は遅いようで、真後ろに追っ手を認識する。アブソルだ。遠距離は溜めの必要なかまいたちぐらいしか使えなかった筈、と知識の箪笥をこじ開け、並ばれたら鎌でもれなく御陀仏と言うことを悟る。でも、すっかり息も体力も切れた俺にアブソルを振り切る事など出来ない。
追いつかれた。バトルで背中を焼かれた上にそれがモトで棄てられた、と言ったアブソルが俺の右に並んだ。鎌が異様に鋭く見えた。背中を焼かれたのに、あの火を恐れない当たりに、ニンゲンをいかに憎んでいるかが分かる。
アブソルは、跳び上がって頭を左に振った。
「ぎゃああっ」
ぶしゅり、とどこかで聞いたことのある音がしたかと思うと、右腕の感覚がなくなる。
着地したアブソルを、右足で蹴り飛ばし前を目指す。
右の二の腕から暗赤色の液体が迸る。液体はだらしなくぶら下げられた腕を伝って床に染みをつくる。
そうか、この音は昨日自宅で新鮮な食用肉の塊に包丁を入れたときに聞いたんだ。
途端に感覚を失ったはずの右腕から、形容できないほどの激痛が走る。
生きた心地がしなかった。
アブソルが空中に跳び上がったために少し前進スピードが落ち、スピードを落とさない俺の胸には届かなかったんだろう。
それでも、頭の中では此奴達の受けた痛みとどちらのほうが上か比べていたりするわけで。
「分かるか? 分かるのか?」
ヨノワールが、突然目の前に現れて問いかける。俺は姿勢を低くして、一気にヨノワールと床の間の空間を走り抜ける。ヨノワールにスピードはない。追ってきても、障害にはならないだろう。
シャドーボールが、俺の左を猛スピードで突き抜けていった。的をはずしたシャドーボールは、そのまま外と内を隔てる壁を壊す。この廊下にカ-ブがかかっていなかったら間違いなく俺に直撃だっただろう。
“分かるのか”
何が、とは言わない。けれども、此奴達の受けた痛みは全く分からなかった。想像も付かなかった。
多分、今俺がうけている痛みなんかと天秤にかけると、とんでもない勢いで俺の痛みが空に飛んでいくのだろう。
痛みは、分からない。それでも死にたくはなかった。
このまま走り続けるだけでは、いつか追いつかれて殺されてしまう。そうなる前に必死に反撃に出る方法を考える。幸い、ここは一階の窓側の廊下である。反撃に出て、少しでも向こうが怯めば、ガラスの割れた窓から逃げ出すことが出来る。外に出られれば、俺のポケモンの入ったモンスターボールがある。手塩にかけて、愛情たっぷりに育てた奴らだ。ニンゲンを、此奴達のようには思っていまい。此奴達になんと説得されようとも、ちゃんと、俺の言うことを聞いてくれるはずだ。

先陣はかわって素早さに目を見張るものがあるサンダース。後ろにはテッカニンやストライクといった一級危険ポケモンが続く。
左手にずっと握っていたサバイバルナイフを、追っ手の先頭を切るサンダースに投げつける。サンダースは怯み、後続もそれに伴って動きが止まる。ここまでは良かった。
そのまま外へ出ようと、窓の桟に左手をかけたときだった。
不意に、視界が歪んだ。身体は、左に倒れながら桟を越え、僅かに残っていたガラス片を綺麗に剥がしながら屋敷の外へと転がった。眼鏡が割れる音がした。顔の右半分が痺れる。右目があけられない。
だからといって倒れているわけにはいかない。顔にあれほどの衝撃を受けたにも関わらず、思考がはっきりしているのが自分でも不思議だった。無傷の左腕に力を込め、立ち上がる。後ろを見ないようにしながら、再び例の手持ちを置いてきた平たい石を目指して走る。今度は怒声と罵声が俺の左を猛スピードで突き抜けていった。



どれくらい逃げ回ったかは知らない。どれほどの数のポケモンに追われているかも分からない。
屋敷から出られてすぐだったと思う。見覚えのある平たい石とその上に被せられている薄い上着が視界に飛び込み、少しばかり生き返った感じがした。
が、その生き返った感じもすぐにまた生きた心地がしない感じになってしまった。
モンスターボールの開閉スイッチが焼けただれている。5匹全て、中に入ったまま。これでは、ポケモンを繰り出すことが出来ない。
俺は、出てこられるはずもない手持ちに、叫んだ。
「ボーマンダ、フライゴン、カビゴン、フーディン、ハピナス…………どうしたんだよ、一体!」
「逃げるからですよ。ちゃんと言ったのに」
いつの間にか、俺が入った扉からあのトレーナーとポケモン達が溢れ出てきていた。
「逃げるものですから小突かせて頂きました」
などと言って、ポケモン達の中に消えていくエビワラー。ニンゲンはあれを小突くとは表現しない。
「貴方はポケモンを対等な存在だと仰いました。貴方の考えです。否定はしません。しかし、あれで対等だと言えますか? 実際は自分たちより弱い、道具と科学の陰に隠れた生物に、いいように遊ばれ、利用され、そして棄てられる。対等って何ですか? 僕には分かりません」
……胸をえぐられる思いだ。心のどこかでは分かっていた。此奴の言いたいことは。苦しいほど分かる。毎日のようにメディアで流されるポケモンとの問題。学生の、弱いから逃がしたわ、との発言。道端に転がっている切り傷擦り傷打撲痕のある骸。路地裏に入れば必ず会える野良ポケモン……
ほんの少し、本当に少し日常生活を切り取ってもこれほどの矛盾点が見つかる。
「だが、世の中そういう奴らばかりでは……」
「そういう奴らばかりではない? だから何だって言うんですか? 俺はそういう奴じゃない。だから見逃してくれとでも仰るのですか? 自分はやってない。だからこの問題とは全くの無縁だ。そう言いたいのですか?」
聞く耳を持たないとは当にこのことだろう。言っていることが正論なので俺は口をつぐむことしか出来なかった。
「僕はそんなニンゲンが嫌になりました。そして行き着いた先がたまたま訪れたこの屋敷。どうです、貴方も仲間になってみませんか?」
「これまでここに訪れた他の奴達はどうした?」
「ああ、あの人達なら質問のところまでで皆脱落しましたよ。答えが頭に来たポケモンが思わず……ね」
「そうか」
ならば、俺の仕事は終わった。
ちゃんとした会話を僅かながら交わすことが出来たので、その時間を逃走手段を練るのに目一杯使わせてもらった。何を余所事を、と思うかも知れないが、実際こんな状況に置かれれば誰だって俺と同じ時間の使い方をするのでは?
逃走手段は浮かんだ。
ぶすぶすと黒い煙を出す屋敷の廊下のあたりをちらりと見てから、手持ちに指示を出した。巧い言い訳を考えておかないとな。此奴達の住処を奪うわけにはいかない。
「安心しろ。お前達の住処を奪う気はない。フーディン、GO!」
呼び声とともにフーディンが開かないはずのモンスターボールから飛び出す。中からなら開閉スイッチ関係なく出入りできるのだよ。
「しまった! くろいまなざし! とおせんぼう!」
「テレポートォ!」
彼は俺がこれからやろうとしたことを察知できたようで、対抗策を講じるが、俺の指示の方が速く――次に瞬きの後に目を開けた時には、街のポケモンセンターの白い壁が見え、俺はその場に崩れ落ちた。



「ご主人、大丈夫か?」
ポケモンセンターの入り口入ってすぐの所にある、待合エリアでフーディンに問われる。そこまで心配そうな声ではなかったので、大した事はないと分かっているのだろう。
「ああ、右腕はこのまま固定しておけばそのうち元に戻るし、右目もただ腫れた顔の肉が圧迫してあけられないだけで腫れが引けばまた見えるようになるってさ」
俺は一足先に医師の治療をうけ、ここでボールの開閉スイッチが直るのを待っている。側には、唯一ボールから出られたフーディンのみ。
俺は、屋敷のことを話さなかった。
一人で抱え込むのはいけないと言うが、自分一人の答えが出せていないのに、むやみに話す方がよっぽどいけないだろう。
ニンゲンとポケモンがお互いに納得のいく関係を築くにはどうすればいいのか
この難問を解くのは俺には無理かもしれない。いや、俺でなくても大抵の奴には無理だろう。
俺は左の胸ポケットから今回の唯一の収穫を取り出し、再びあの煙をどう言い訳するかを考え出した。





カーブがかっているので、先が全く分からない廊下にいる貴方の目の前に、一人の人が立っています。
「第一問:貴方が他の地方でゲットし、連れて帰ってきたポケモンを訳あって野生に返すことになりました。返しますか?」
その人は貴方に幾つかの質問をします。正直に、自分の言葉で答えて下さい。嘘を付いても見破られます。
幾つかの質問が終わると、必ずこの最終問題が出されます。振り返った後ろには、無数のポケモン。
「それでは最終問題:貴方にとってポケモンとは?」
             この問題に、逃げ道は、無い。



コメント頂けると士気が必要以上に上がります。


  1. (0゜・∀・)+
    ―― 2010-09-27 (月) 18:38:00

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Last-modified: 2010-10-01 (金) 00:00:00
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