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ディアルガ

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『ディアルガ』

※この作品には、一部グロテスクな表現が含まれています。※

作者:亀の万年堂

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3月15日
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神様 

 神様とは一体どのような者のことを指すのでしょう。
 辞書にはこうあります。神とは、信仰の対象となる霊的な存在であると。
 では、霊的な存在とはなんでしょうか。
 またしても辞書から引用するならば、霊的な存在は、肉体を離れても存在し、不滅であると信じられてきたようなモノのことを指すようです。
 この世に在るモノは、すべからく生から死への道を辿る定めにあるわけですから、もしも上記の内容が当てはまり、本当に不滅であるとするならば、神様はその定めから外れた存在であり、さらには誰かしらから信仰の対象となるような存在であると言えます。
 しかし、そのような存在が本当にこの世にあるのでしょうか。この世の定めから離れるような存在が、果たしてこの世にいるのでしょうか。




 さてさて、突然ですが、ここに三枚のカードがあります。一枚は青いカード。一枚は赤いカード。一枚は黒いカード。
 この中から一枚を・・・とは申しません。残念ながら選択肢は一つでございます。その選択とは、この青いカード。
 さあ、よくご覧になってください。この青いカードには一つの絵が描かれております。お気づきになりましたか――そう、時計でございます。時を表し、時と時の間を針が行き交う、ヒトが作り出した器。その時計が、ようやく針を動かし始めました。
 
 動き出した時計と共に語られるのは、この世に在らざるモノにして、この世に生まれ立ったモノ。後に、この世の定めより離れ、神と呼ばれるようになる、青い宝玉を携えた幼子のお話が、今、貴方の前に。


御名 

 そこには名前はありませんでした。
 そこには空がありませんでした。
 そこには壁がありませんでした。

 そこにあるのは、どこまでも続いていくかと思われるような、真っ白な床。
 そこにあるのは、どこまで続いていくのかわからない程に、真っ直ぐに伸びている黒い床。
 そこにあるのは、どこへと動いていくのか想像のつかない、金色の棒。

 白の上に黒があり、黒の上に金がありました。金は黒よりも小さく、細く、白は黒よりも大きく、広いのでした。
 
 そんな名前のない場所に、名前のないモノが生まれました。
 いえ、正確には名前は在ります。他の何にも代えることのできない、唯一の名前が、そのモノにはありました。
 しかし、それをそのモノはまだ知りません。それどころか、そのモノは自分のことも、この場所のことも、一切知りません。

 生まれたモノは、まず最初に、自分に体があり、それを動かすことができることを知りました。動き始めると、あらかじめ決められていたかのように、自分が最初に動かしてみせたのは、『頭』であり、次に動かしたのは『首』であり、その次に動かしたのは『足』であることを知りました。そして足を動かすと同時に、

「うぎょあえええええええええええええ!」

 という『悲鳴』を聞き、自分が『音』を聴くことができることを知りました。

「しししししし死ぬかと思ったです・・・。う、生まれて3秒で死んでしまったら、死んでしまったら・・・はうっ」

 聞くことの次に、『目』を通して見ることを覚え、名前のないモノは、自分の動かした足のすぐ傍に、自分よりもずっとずっと『小さい』何かがいることに気づきました。そして、それがしていたのは『話す』ということで、今それは『気絶』していることを知りました。

「・・・ぐぅ」

 しかし、名前のないモノは、どうして小さいモノが気絶から『寝て』しまったのかわからず、他に何をどうしたらいいのかもわからず、何が何なのかもわからないため、

「ぎいゃあああああああああ! ししし死ぬうううううう! し、死んじゃうですうううう!」

 最初と同じく、自分の足を動かし続けてみたのでした。大きな大きな足を、上げては床に降ろし、上げては床に降ろしを繰り返しました。

「ま、まままま待ってぇ! おおおおちおちおちち落ち着いて! おつちつぃてえええええ!」

 かなり危ない目にあいながらも、どうにか生き延びることができた小さなモノの訴えに、名前のないモノは脚を動かすのをやめました。そして小さなモノが「ぜー、ぜー。ぐへぇ」と白い床の上にへばりつくのを見て、自分も脚をおって体を低くしてみせました。

「ふへぇ、ふへぇ、うう・・・お、お願いしますよディアルガ様。わ、私、いきなり死んじゃうところでしたよ? もうすぐ、プチっといくところでしたよ? そんなことになったら、うう、うう・・・はうっ」

 小さなモノはまた気絶してしまいました。しかし、即座に足が自分に振り下ろされそうになるのに気づいたのか、これまで気絶していたにもかかわらず、すぐに起き上がりました。

「だだだだから踏んじゃダメ! ダメなんです! プチッですよ! ディアルガ様!」

「でぃ、あるが?」

「へ? あ、ああ、そうです。ディアルガ様です。貴方様はそういうお名前なのです! あ、名前というのは、相手を呼ぶ時に使う言葉ですよ? ちなみに私は貴方様を導くモノでして、名前はですね」

「ぷち。なまえ、ぷち」

「ぷ、ぷち? って、ち、ちちち違いますよ! わ、私の名前はああああああああっ! ぷちっ! ぷちっ! ってなるっ! だ、だだだからああああ、足を動かしちゃ、だめえええええええええ! はうあああっ!?」

 『言葉』を覚え、『名前』を覚え、名前のないモノは、『ディアルガ』になりました。
 そして、そのディアルガを『導くモノ』である小さなモノは、名前を『ぷち』として

「違いますってばあああああああ! いやあああああああっ!」

 『喜び』を覚えたディアルガに、ちょっと潰されそうになっていました。


導き 

「も、もう、踏まないですか?」

「ふまない」

「え、えっと・・・わ、私の名前は?」

「ぷち」

「・・・貴方様のお名前は?」

「でぃあるが!」

「で、では、私のなま」

「ぷち」

「・・・・・・・・・ぐすん」

 壮絶な『ふみつけ』を避け続け、ぷちはとうとう自分の名前がぷちであることを認めました。認めざるを得ませんでした。
 そして、その間にもディアルガは、ぷちの悲鳴だとか悲鳴だとか悲鳴などから言葉や動き、ひいては力の加減についてまで、ある程度学習していました。神様になるモノの定めの元でそうなるようになっているとはいえ、ディアルガの、自分にとって必要なことを学んでいく力は非常に高いようです。それがわかっているからこそ、ぷちもめげずにディアルガに対して、必要なことを聞かせたり、見せたりしようと頑張っているようですが・・・
 
「え、えっとですね、ディアルガ様。まずこの世界についてなのですが、ここはディアルガ様の世界なのです」

「・・・?」

「で、ですから、この世界は、ディアルガ様のものなのです。だから、今はまだそうするに力が足りませんが、でぃ、ディアルガ様がその気になれば、この世界でなら何でもできるのです。楽しいことだってたくさんできます。ちなみに楽しいっていうのは、わーいわーいってすることですよ?」

「・・・?」

「うむむむ、私の説明の仕方が悪いんでしょうか。と、とにかく、ディアルガ様は神様になるお方なのです。ゆくゆくは時を支配し、この世界より、全ての時の流れを管理することこそが、ディアルガ様のお役目なのです! ――って、わかります?」

「・・・?」

 どうやらぷちの力はいまひとつディアルガに届いていないようです。これまでのディアルガの学習能力の高さを考えれば、簡単にわかってくれそうなものでしたが、そううまくはいかないのでした。
 というのは当然のこと。ディアルガはまだまだ知らないことがたくさんあるのです。どれだけ早く学べるにしても、流石に知らないことばかり並べられてしまったら、理解するのも把握するのも難しい。
 けれども、きちんと順を追えば、それだってわかることができるのです。世界に存在する全てのことは、神様になるディアルガにとって知る必要があること。そして、神様になるディアルガにとって必要なことの中で、できないことなどないのです。
 要するに、ディアルガがわからないというのなら、その補助をしているモノに原因があるのです。膨大な量の神様にとって必要なことを、適切に、効率よく伝えるために存在する、導くモノにこそ。だからここで悪いのは

「うう・・・や、やっぱり私がダメなんですね」

 ぷちもそのことは十分にわかっています。わかっているからこそ、ぷちはディアルガよりもずっとずっと小さな頭をしょんぼりと下げ、ぐすんぐすんと泣いているのでした。
 けれども、どうしてぷちがそのようになっているか、ディアルガにはまだわからないのです。そして、学ぶことが山のようにあるディアルガにとって、わからないことは知りたいことに繋がります。だからディアルガは、気になって仕方がないぷちの様子について、とてもまっすぐに疑問をぶつけるのでした。

「ぷち、ダメ?」

「ひぐぅっ!? そ、そんな、は、ハッキリ言わなくても・・・」

「ちがう?」

「うっ。そ、そう言われると・・・」

 ディアルガのまっすぐな言葉を真っ向から否定することもできず、ぷちは一層うなだれてしまいました。いくら自分で認めざるを得ない状況に陥っているとはいえ、自分が導くモノとしての立場にあるとはいえ、なかなか自分がダメであるとはっきり言うのは難しいものです。
 しかしながら、ぷちがその様子では、当然ディアルガに伝わるべきことが伝わるはずもありません。今ここにはぷちしかいないわけですから。
 ディアルガとしても気になって仕方がないのでしょう。自分の体を今までよりもさらに折り曲げ、首を下げ、顔をぷちに近づけて疑問を口にし続けます。

「ぷち、ダメちがう? ダメちがう? ぷちちがう?」

「・・・」

「ぷち? ぷち? ・・・ぷちぷちぷちぷち」

「わーっ! もう! そんなにぷちぷち言わないでくださいっ! もっと気分が滅入るじゃないですかっ!」

「めい、る?」

「滅入るっていうのは落ち込むってことですっ! イヤな気持ちになるってことなんですよっ! さっきっからぷちぷちぷちぷちって! 私の名前はそんなんじゃないんです! ちゃんとした名前があるっていうのに、どうしてぷちぷち言われないといけないんですか!」

「???」

「ど、どうせわからないんでしょっ!? わ、私が言ったって、そうやって、わからないって顔に出すだけで、ど、どうせ、どうせどうせ、何も・・・」

 ぷちとてもわかってはいるのでしょう。ディアルガはまだ、学ぶべきことがたくさんあることを知るところにすら至っておらず、いうなれば、まだまだ白紙の本の状態であると。そしてその白紙の状態に文字を書き、絵を書き、色を塗っていくのはディアルガ自身であり、それを助けられるのは自分しかいないのだということを。
 しかし、ぷちの言葉はどうにもディアルガには届きません。導くモノとして生まれておきながら、このような事態に陥ってしまうというのは、どうにもよろしくないことです。
 ぷちからすれば、どうにかして、ディアルガにはたくさんのことを覚えてもらわなければいけません。役目を果たさなければいけません。さもなければ、世界の時はいつまで経っても動き始めないのですから。
 きっとそのように思って、ぷちもディアルガの無垢で非情な言葉に耐えていたのでしょうが・・・

「ぷち、たのしい?」

「え?」

「ぷち、わーい、わーい? ちがう?」

「そ、そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ! わ、わかるでしょっ!? こ、こ、こうやって、な、泣いているんです、から」

「な・・・く・・・?」

「な、泣くっていうのは、悲しかったり、辛かったり、苦しかったり、悔しかったりする時に、目から涙を零したり、心が痛くなることを言うんです! ディアルガ様が、わ、私のことを踏もうとしたり、踏もうとしたり、ぷちってしようとするからっ! み、みんな、みんなディアルガ様が悪いんです! どうしてそんなのもわからないんですか!?」

「・・・・・・でぃあるが、だめ? でぃあるが、わるい?」

「そ、そうです! そうですよ! ダメです! ディアルガ様は、ダメですっ! ダメダメですっ!」

「・・・」

 とうとう我慢できずにぷちは自分の役目も、立場も忘れてしまったかのように、今までたまっていたであろう鬱憤をディアルガにぶつけてしまいました。その言葉の大半は、今までと同様に、ディアルガに正しく伝わってはいないはずでしたが――きっと、その剣幕に驚いたのでしょう。今まで不敵にも、ぷちに対して言葉を続けていたディアルガは黙り込んでしまいました。というよりも、固まってしまいました。
 そして、苛立ちの頂点に達していたであろうぷちは、そんなディアルガのことなんかもう見たくないといった様子で、ぷいっとディアルガに尻を向けていました。が、あまりの静かさが気になったのか、そろそろと首を伸ばして後ろを、もとい、ディアルガの顔がある位置をちらちらと見始めましたが、ディアルガがこっちを見ているとわかると、すぐにまたぷいっとディアルガとは反対の方向へ顔を向けてしまうのでした。
 そんなやりとりが、少しの間続いて、

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ」

「・・・ふ?」

「・・・・・・ふえ」

「ふえ? あ、あのー」

「ふええ。ふえええええええええええん!」

「えええええっ!? わ、わわわっ!? でぃ、でぃでぃでぃディアルガ様!?」

「ふやああああああっ! ふやああああああん!」

 『ダメ』と言われたことが『悲しい』のか、なんとディアルガは今まで下げていた顔を思いっきり上まで上げて、そのまま何もない上空を見上げたまま『泣いて』しまいました。
 ぷちの体の大きさに対して、ディアルガの体の大きさはかなりのもの。ぷちが泣いたところで、ディアルガにその『涙』は到底見えようもありませんが、逆となれば話は別です。大きな声をあげて泣き続けるディアルガの目からは、それはそれは大きな涙が零れ、それはかなりの大きさとなって、とても高い場所からぷちのところへ落ちていくのでした。

「ひいいいいいいっ!? ふ、踏まれるのと同じくらいこわいいいいいいっ!」

「びやああああああああっ!」

「ででででぃ、ディアルガ様! わ、私が悪かったです! ごめんなさいっ! ね? こ、これは仲直りの合図なんですよっ! だ、だから泣きやんでぶおあっ!?」

 身の危険を感じたのか、ぷちは自分めがけて落ちてくる大粒の涙を避けつつ、ディアルガのことをどうにか泣き止ませようとしました。が、その努力もむなしく、泣くと同時に動かしていたディアルガの足に当たり、そのディアルガに比べて小さな体は吹き飛ばされてしまいました。そして、

「うっ、うっ・・・ど、どうしてわ、私が。私が。こんなに。痛い。痛いよう・・・。うう・・・う、う、うわあああああああああん! もういやだああああああ!」

 なんとまあ、ディアルガだけではなく、ぷちまでもが泣き出してしまいました。本来なら、いそいでディアルガのことを泣き止ませなければいけないのに、これでは一体誰がその役目を果たせばいいのかわかりません。今やこの、白と黒と金しかない場所は、大きな泣き声と小さな泣き声とが飛び交うだけの場所となっていました。
 そんなどうしようもないような状態がしばらく続くと、二つの泣き声のうちの一つが止みました。止んだほうの泣き声の主は、ゆっくりと未だに泣き続けている方へと近づいていきました。

「うわああああああん! うわわわわあああああん!」

「ぷち・・・」

「うううう・・・でぃ、ディアルガ様なんて、もう知らないです! ひっく、ひっく。わ、私が、いっ、しょうけんめいに教えようとしてっいるの、に・・・。ち、ちっとも良い子になって、っく、くれないし・・・。も、もう嫌です」

「・・・・・・」

「わ、私は、みっ導くモノなんです。うっく。でぃ、ディアルガ様は、い、いずれは、かっ神様になる、お、お方です。そ、そのために私は、私は、ディアルガ様に、た、たく、たくさんのことを教えないといけないんです。で、でも」

「でも?」

「でぃ、ディアルガ様が、ちゃ、ちゃんとしてくれないと、私だって、おし、教えられないです。わた、私は、お、教えるためにいるのに、いるのに・・・うう・・・。でぃ、ディアルガ様に教えられなかったら、お、教えられなかったら、わ、私は何のためにいるんですかあ・・・。う、う、うわああああああああん!」

 先ほどまでのようにとは言わないものの、泣きじゃくりながらぷちはディアルガに言い続けました。ディアルガは最初の時と同じように、足をおってぷちの近くに黙って『座って』いましたが、

「・・・・・・ご」

「・・・?」

「ご・・・め・・・ん・・・な・・・さ・・・い」

「え? い、今、なんて?」

「ちが、う? でぃあるが、ちがう? おしえて、ぷち」

「ディアルガ・・・様?」

 よほど驚いたのか、今まで顔を下に向けて泣き続けていたぷちは、ディアルガの顔が見えるように、かなり顔を上げて、まっかっかになってしまった目を、同じく赤くなってしまったもう一つの目に向けました。

 意味が通っているかもわからない。大して数を並べているわけでもない。ちゃんとした反応が返ってきているわけでもない。でも、それでも、ディアルガはぷちの言葉をちゃんと拾っていました。ぷちの言葉の使い方を知り、本当に少ししかない知識をたぐって、今、確かにディアルガはぷちに謝ったのです。
 ぷちがディアルガの言葉をどのように受け取って、ぷちん、となってしまったのかはわかりませんが、少なくとも、ディアルガにはぷちのことをからかったり、馬鹿にしたりすることなどできません。それだけの知識もないのです。経験もないのです。ただ、今はぷちの言葉を拾って、使い方を見て、聞いて、自分でそれを真似してみることしかできないのです。いくら神様になれるようになっているとは言っても、生まれたばかりで、それだけできるのはとても凄いことなのです。
 ぷちだってそのことは、当たり前ですが、わかっていたはずです。でも、ディアルガがまだ何でもできるわけではないように、ぷちもまたそうではないのです。

 ぷちのやり方が導くモノとして正しいのか、あるいは正しかったのかは、ディアルガが神様になった時でなければわかりません。まだまだ完全にはとてもとてもなれません。でも、不完全であっても、ディアルガはきっちりとぷちにするべきことをして見せました。だからこそ、今度はぷちがディアルガに見せるべき時です。
 流石にぷちもわかっているのでしょう。ジッと自分のことを見つめてくるディアルガに対して、きちんと体を向けて、少しだけ息を整えると、ゆっくりと口を開きました。

「・・・・・・あって、いますよ。ディアルガ様」

「ちがう、ない?」

「はい。違わないです。悪いことをした時、相手に謝りたい時は、それでいいんです。だから」

「だ、から?」

「わ、私も・・・ひどいことを言いました。ディアルガ様は、まだまだわからないことばっかりなのに、どうしてわからないんですか、だなんて。ごめんなさいです。ディアルガ様」

「・・・うん」

「それと」

「・・・?」

 ぷちは言葉を続けるまえに『“しんこきゅう”』しました。それは自分のためだったのか、ディアルガにより強く印象づけるためだったのかはわかりません。が、“しんこきゅう”を終えた後のぷちの様子、そして待ち続けるディアルガの様子を見る限りでは、どうやら前者も後者も、あながち間違ってはいないようです。

「よく、できましたね。ディアルガ様」

「・・・」

「きっと、私がディアルガ様を泣かせてしまった時に、とっさに謝っていたところから学んだんですね。流石は神様になられるお方です。私の言葉から、それだけきちんと、早く学べるだなんて」

「・・・いいこ?」

「はい。ディアルガ様はとても良い子ですよ。だから褒めたんですよ」

「ほめ、る。うれ・・・しい。うれしい」

「本当に、凄いですね。ディアルガ様」

 初めて褒められて喜ぶディアルガ。ぷちもさっきまで泣いていたのは嘘であるかのようにニコニコしています。これからもディアルガは、ぷちによって順調に導かれていく、そう思わせるようないい雰囲気でした。
 と、そこで、ぷちは突然そわそわしながら、もったいぶって咳払いをしてみせました。

「お、おっほん! えほんっ! ごほっ! ごほっ!」

「ぷち?」

 もったいぶりすぎたのか、ぷちは咳払いではなく、咳き込んでしまいました。一体何をやっているのでしょうか。こんなことまでディアルガに教えるつもりなのでしょうか。

「ぐふぅ・・・。はっ!? し、失礼しました。え、えっと、その、ディアルガ様。わ、私から一つ、お願いがあるのですが・・・」

「・・・?」

 改めまして、そこはかとなく良い雰囲気。きっと今なら何を言ってもうまくいく。この時をそう読んでか、ぷちはこれまでにない期待を込めて、ディアルガに向かってお願いをしてみました。ここまできてお願いすることはひとつしかありません。今を逃せば、きっと永久に願いはかないません。その内容とは

「え、えっと・・・それでは、その、そろそろ、私の名前を、ですね。ちゃんとお教えしよ」

「ダメ」

「えっ!? だ、だって、ディアルガ様はとっても良い子なんですから、きちんと私の言葉を聞いて、正しく覚えてですね、それはそれは素晴らしい神様になっ」

「きいた。ぷちの、ことば、きいた」

「へ? な、何を?」

「ぷち、いってた。わたしの、なまえは、ぷち、ってなる。て」

「・・・・・・」

「いってた」

 ディアルガの言葉に、ぷちの体は、時間がとまったかのように動かなくなってしまいました。念のため繰り返しておきますが、ディアルガは神様になるモノです。神様になるモノは、導くモノ、つまり、ぷちの言うことを聞いて、見て、それらを自分のモノにしていきます。そこから学んでいきます。そしてディアルガはその例に漏れることなく、聞いたことは、理解できる範囲で即座に自分のモノとしてきました。要するに。

「ぷちは、ぷち」

 なのです。

「・・・・・・」

 ディアルガよりもかなり小さい変な色の体。白い床の上でプルプル震えている4本の脚、頭から首。あごの下に生えている黄色の実、あんぐりと開いたっきりの口。寂しいのか悲しいのか、しんなりとして使い道がよくわからない背中の葉っぱのような翼。
 ぷちの体のどの場所も、それからしばらくの間、静止したままでしたが、やがて

「いやあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 と、いつものように悲鳴をあげて、そのままパタリと横倒しに倒れるのでした。


警告 

「ねぇねぇ、ぷち」

「・・・」

「あのね、ぼく、やっぱりこの間の本の方が、ちゃんとしていると思うんだ」

「・・・」

「だからね、ちょっと一緒に探して欲しいんだ。いいかな? ――ねぇ、聞いてる? ぷち? ぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷち」

「んもおおおおおおおおお! だから! ぷちはやめてええええええ!」

「あ、やっと喋った」

 時間がどれ程経ったのかは不明ですが、ディアルガはよく成長し、ぷちはぷちのままのようでした。相変わらずな流れもそのままのようですが、それもまた勉強・・・なのかもしれません。
 名前をいつまで経っても覚えてもらえないぷちの悲惨な運命はともかくとして、ディアルガは定められた通りに、導くモノであるぷちによって・・・というよりも、ぷちと共に数多くのことを学び、それを自分のモノとする作業を継続しています。言葉も以前のように拙くはありませんし、元より発揮されていた、何にでも興味を持つ本質が最大限に発揮されているおかげで、神になるのに必要な様々な知識をどんどん取り入れています。そして、自分の力の使い方についても、徐々に学んでいました。

「まったく、ディアルガ様は、一体いつになったら私の本当の名前を覚えてくれるんですか? ――いいですか? ディアルガ様。私の本当の名前は」

「うーん。昨日崩しちゃったこの本の山から、見つけたい本を探すのは大変そうだよ。ぷち、なんとかならない?」

「覚えてくれる気はないんですね・・・うぅ。いいんですよ? どうせ、どうせ私の名前なんか、ディアルガ様には必要ないんですから」

「ほら、ぷちの力で、新しく同じ本を作ってくれるとか」

「ちょっとは聞いてええええ! お願いですからああああ!」

「ぷちはぷち。――これでいい?」

「・・・」

 どうやっても勝てない――もとい、覆せないディアルガとの関係、そして、自分でじぶんのことをぷちであると言ってしまった事実、そんなどうしようもなく強大なものを前にして、ぷちは自分がぷちであると受け入れるしかないのでした・・・。

「うわーん」

「涙じゃないよ、ぷち。本だよ? 出して欲しいのは」

「わかっていますよっ! ――で、でも、それは私の力じゃ無理ですからね?」

「ええー? そうなの? この前は、こう、ひょいって出してたよ? ひょいひょいひょいって」

 涙に濡れる導くモノであるぷちは、曲がりなりにも導くモノなので、ディアルガが神様になるのに必要なモノ、例えば、知識を得るための本を生み出すことなどができるのでした。その力を使って、ぷちはディアルガにたくさんの本を読ませていたのですが、ディアルガが次から次へと本を出して欲しいと言うものですから、本は山のようになってしまい、どれがどこにあるのかわからなくなってしまったのでした。
 ちなみに、言うまでもなく、この場合悪いのはディアルガではなくぷちです。

「そ、そそそれをやっていたから、私が本当にぷちっ! ってなるところだったんじゃないですか!? ディアルガ様には丁度いい大きさの本かもしれませんけれど、わ、私からしたらすごくでかいんですよ? 一冊落ちてきただけでもぺしゃんこなんですからね!? それが十冊も二十冊もあったら・・・もう怖くて怖くて。ぶるぶる」

「ははは」

「笑い事じゃないんですよっ!」

 ディアルガの大きさは、軽く見積もってもぷちの五倍以上。そして、本の一冊一冊は、ディアルガが膨大な知識を必要としているために、途方もなく分厚く、そして、ディアルガが読みやすいように、とてもとても大きくなっていたのでした。そんなわけですから、ぷちが言っていることは正しく、ディアルガが思わず、ぷちがぷちっとなるのを想像して、笑ってしまうのも致し方のないことなのでした。

「そ、それにですね? 私は一度生み出してしまったモノは、二度と生み出せないんですよ」

「そうなの? じゃあどうしよう」

「・・・あ、あのー、そこはもう少し突っ込んでいただいてもよろしいのでは? どうして二度と出せないの? とか」

「なんで?」

「・・・なんでもないです」

 可哀想なぷちはどうでもいいとして、導くモノの力にも、当然限界や制約はあります。基本的に神様になるのに必要なモノならば、何でも出せるには出せるのですが、それらは一度きりしか出せません。なぜなら、神様になるモノ――つまり、ディアルガには、二度の機会など必要ないのです。一度の経験で、必要なことを全て学ぶことができるようになっているのですから、無駄にモノを出して機会を作れないようになっているのです。
 そういうわけですから、ぷちにはもうディアルガに以前出した本を出すことはできないのです。しかし、だからといって、ディアルガがもう二度と目的の本を読むことができないわけではありません。ぷちを酷使して本の山から発掘するという方法以外にも、ちゃんと目的の本を手に入れる手段はあるのです。その方法とは

「それで、本を手に入れる方法ですけど、ディアルガ様なら簡単にできるんですよ。ディアルガ様の力をお使いになれば」

「力? ああ、そっか。時間を戻せばいいんだね?」

 ディアルガは時の神様・・・になるモノ。時の神様ともなれば、どんなモノの時間も思うがまま。今のディアルガの力では、できることは限られていますが、ぷちとの時間の中で、本の山が崩れる前に戻すくらいなら、なんとかできるようにはなっていたのでした。
 もっとも、うっかり間違ってしまえば、それはそれはとても危ないことになりかねません。ぷちもそれは当然わかっているので、ディアルガが力を使う前に、そのことを説こうとしていました。

「そうです。本の山が出来る前まで時間を戻せばいいのです。しかし、いいですか? ディアルガ様。時間を操る力は確かに便利ですが、とても危ないことでもあります。操り方を失敗したらなおさらですが、成功したとしても、それは時間そのものを歪めることになるのです。ディアルガ様が真に目覚めたとしても、その歪みはディアルガ様のお力では直せません。ですから、力をお使いになる時には、細心の注意を」

「えいっ」

「あっ」

 ぷちの注意を最後まで聞かず、ディアルガは片方の前足で本の山の一端をちょんっとつつきました。すると、不思議なことに、本の山が淡い光で包まれ、その一部一部が、次から次へと動き、綺麗に並んで――とは言っても、もともとが綺麗でなかったので、そううまくはいきませんでしたが、少なくとも、目的の本が探しやすい状態に戻りました。

「でぃーあーるーがーさーまー?」

「なに? ぷち」

「なに? じゃありませんよっ! わ、私の話をちゃんと聞いていたんですか!?」

「聞いてた。時間を操る力は便利だって」

「その先! その先が大事なんですよ! 本当にわかっているんですか!?」

 ぷちがとても怒っているのに対して、ディアルガはぷちに尻を向け、早速再び目の前に現れた本を開き、気になっていた部分を調べ始めてしまいました。そこでさらに怒ったぷちに対しても、「うんうん」「大丈夫大丈夫」「わかったー」などと気のない返事を繰り返すばかりです。
 そしてディアルガがようやく本を読み終えた頃になっても、ぷちはまだディアルガに対して怒っていました。ディアルガは全く気にしていませんでしたが、ぷちにとってみれば、時間の力の使い方は、時の神様を導くモノとしては、最も重要なこと。ですから、これだけ怒っていても無理はないのです。

「ぜえぜえ、ディアルガ様! ずっと無視をしていますが、本当に本当に大事なことなんですよ!? 先程から何度も申し上げていますように、ディアルガ様の力をお使いになればなるほど、げほっ! げほっ! ぐえぇ・・・んんっ! じ、時間には歪みができてしまうのです。歪みができてしまえば、もうそこの時間は、ディアルガ様がどれだけ修練を積まれましても、決して力をもって干渉することはできなくなってしまうのですよ? ましてや、時間の歪みは、過去、現在、そして未来全てに影響するのです。今回はあくまで練習ですからね? 本来でしたら、たかだか本の山をどかすくらいで、そのとても大きな力をお使いになっていては全ての時間が崩壊して」

「そういえば、ねぇぷち、ちょっと気になったんだけど」

「いいえ! ディアルガ様! ここは引きませんよ!? いくらなんでも、今回ばかりはきちんと聞いていただけなければいけません! 時間の力についての話以外は、私は一切取り合うつもりはございません!」

「だから、時間の力についてなんだってば。それでもだめなの?」

「えっ? えーと、あ・・・はい。どうぞ」

 あっさりと引かざるを得なくなる状況になってしまいました。結局、ぷちがどれだけ力説しても、ペースを握るのはディアルガになってしまうようです。そうとわかっているのか、しゃべり続けて疲れてしまったのか、ぷちは息を切らしながら釈然としない表情を顔に浮かべつつ、ディアルガのことを見上げています。

「あのね、ぼくは神様になるモノでしょ? 間違ってないよね?」

「そうです。ディアルガ様は、ゆくゆくは時間を司る神様になられるお方です」

「そうだよね。で、ぷちは何度も言ってくれているけれど、ぼくは神様になるモノだから、覚えないといけないことはたくさんあるんだよね?」

「その通りです。覚えていただかなければいけないことはたくさんあるのです。しかしながら、ディアルガ様は、それらのことを一度の機会で、それぞれ覚えることができるようになっています。ですから、若干時間はかかりはすれど、そこまでの苦労は」

「ほら、そこだよ」

「??? そこ、とは?」

「ぼくは一度の機会で覚えられるんだよね? だけど、ぼくが今回気になっていたことについては、二度の機会を必要としていない? 一度本を読んでも、うまくわかることができなかったから、ぼくは時間の力を使って戻したわけでしょ? でも、一度の機会で本当に覚えることができるんだったら、そんなことする必要はなかったんじゃないかな?」

「うーん・・・」

 ディアルガの問いに対して、ぷちは唸って悩み始めました。ディアルガはぷちが答えるのを黙ったままジッと待っています。
 しかし、実際のところ、ディアルガのこの話は、時間の力についての話とは、今の時点ではあまり結びついていないのですが、そのことについては、ぷちは触れる気がないようです。というよりも、そのことに気づいていないのかもしれませんが。
 それはさておき、しばらく唸った後、ぷちはハッと何か思いついたような様子を見せたあと、ディアルガに対して、いつもよりもちょっと畏まったような顔になり、いつもよりもちょっぴり偉そうに首を後ろに逸らしてふんぞり返って見せました。何かうまい返し方でも見つけたのでしょうか。

「ディアルガ様・・・残念ですが、私はもうごまかされませんよ?」

「なにが?」

「ふふふ、失礼ながら、私は気づいてしまいましたよ。ディアルガ様の試みにね!」

 ぷちは、どこからか、ババーン! とでも音がなりそうなポーズ――右前足をディアルガに向けて上げ、顔をちょっと傾けて見上げるような感じです――をしてみせ、不敵に笑っています。
 しかし、とても残念なことに、ぷちよりもずっと大きいディアルガからしてみると、それは普段のぷちとあまり変わらないように見えましたし、当然、ババーン! なんて音も聞こえません。まったくもって、ぷちの行動は、無駄としか言いようがありませんでした。
 そんなことに、当の本人であるぷちは気づくはずもなく、神様になるモノであるディアルガに対し、失礼極まりない態度をとり続けます。

「ディアルガ様は私の大事な大事な話を面倒臭がり、いかにもな話をあげて、私の気を逸らそうとされたようですが・・・・・・そうはいきませんよ。そう言わせていただいた上で、ご質問にお答えさせていただきましょう!」

「はーい」

「ふふん。いいですか? ディアルガ様。二度の機会とディアルガ様はおっしゃいましたが、実際はそれは違うのでございます。確かに、ディアルガ様は知識の確認のために、本を必要とされて時間の力をお使いになりました。――が、ディアルガ様がおっしゃるその二度目の機会とは、知識の確認のための機会ではなかったのです。ディアルガ様が勘違いされた二度目の機会こそ! 私が! 最も! ディアルガ様に覚えていただきたい時間の力について話す機会だったのです! 同じ機会は二度とこないのですから、このことに間違いはありません!」

 再びディアルガには決して見えない、届かないポーズを決めつつ、ぷちは大きな声で言い切りました。言い切って感無量なのか、こころなしか、ぷちの体が震えているようにも見えます。
 そんなぷちに対して、ディアルガはというと。

「ぐぅ・・・」

 寝ていました。それはそれは、健やかな寝顔と寝息でした。思わず起こすのをためらってしまうほどに。

「ちょっとおおおおおおお!? ディアルガ様ああああああああ!」

「ん・・・なに? ぷち」

「なに? じゃないんですよ! もうこのやり取りを何度やればいいんですか!? 私の話、聞いてなかったんですか!?」

「聞いてたよ」

「き、聞いてた!? う、うおっほん。――で、でしたら、おわかりいただけますよね? 今度こそ、聞いていただけますよね?」

「なにを?」

「んもおおおおおおおお! だ・か・ら! 時間の力の使い方についてです! ディアルガ様が、一向にお聞きになろうとしなかった、私の大事な、大事な、だああああああいじなお話です! 本当にいつになったら・・・げほっ! げほんげほん! ぜぇ、ぜぇ」

 またたくさん喋ったために、ぷちはむせた上に息切れまでしています。普段から、ディアルガに聞こえるように大きな声は出さなければいけないのですが、今回は一層大きな声を出し続けたこともあり、かなり疲れてしまっているようです。決して、ディアルガの返しにやられているわけではありません。
 だから、どれだけ苦しそうな状態になっていても、ぷちはまだディアルガに力の使い方をきちんと話すことを諦めてはいませんでした。ディアルガにいきなり寝られてしまっても、すっとぼけられても、ぷちの心は折れないのです。が・・・

「もう聞いたよね。それ」

「え?」

「ぷち、話したよね? 力のお話」

「ちょ、ちょっと待ってください。確かに私は話しましたけれど、ディアルガ様はお聞きになってなくて」

「それは、ぷちから見たら、でしょ? ぼくはちゃんと聞いていたよ。ぷちのお話」

「そ、そんな! じゃあ、私のお話は・・・」

「同じ機会、ないんだよね? ぷち、言ったよね?」

「・・・」

 ディアルガのもっともな言葉に対し、ぷちはぐうの音もでなくなってしまいました。もちろん、言ったことをなかったことにするべく、時間を戻して欲しいなどと言えるはずもありません。ディアルガの力は、無闇に使えるものではないということを、他ならぬぷち自身がディアルガに教えていたからです。
 つまるところ、ぷちはもうディアルガに同じ話をする必要も意味も無くなってしまったというわけです。そんなぷちに出来ることと言えば、いつものように泣き寝入りをするくらいです。

「うわーん」

「ぷち、泣くの、もう見たよ」

 ディアルガはぷちとの関わりの中で、順調に神様への道を歩んでいるようです。


発端 

「あのね、ぷち」

「何ですか? ディアルガ様」

「食べていい?」

「えっ?」

「ぷち、食べていい?」

「えっえっ? ちょ、ちょっとまってください?」

「いやー」

「いやいやいやいや、いやーとかそんな一言で済まさないでください。わ、私を食べるってどういう・・・そもそも、ディアルガ様はお腹が空くようなことはないはずですよね? ですよね?」

「食べる」

「わーっ!? こ、今回は本当に、話を、私を聞いて話を知ってください?」

「何言ってるかわからない」

「私もわかりませんよっ! い、一体どういうおつもりなんですか? ディアルガ様!」

「ぷち、食べる。だけ?」

「だけじゃ済まないですよ! わ、私食べられたらもうおしまいじゃないですか! た、食べられるっていうことは、死んじゃうってことなんですよ!? そ、そうしたら、ディアルガ様のお力をもってしても、私はもう戻って来れないんですよ? そ、それでもいいんですか? よくないですよね? よくない。よくないんです! ね? わかりましたか? ディアルガ様。ってわーっ!? か、体が勝手に浮いてええええええええっ!?」

「あむっ」

「ひやああああああああっ!? 温かい! 温かいですディアルガ様っ! ぬるっとして、な、舐めちゃ、あっ!? えっ!? うっ!? あああ・・・」

「んむんむ・・・まずい。ぺっ」

「んべらはっ!?」

 一体どんな経緯があったのかは不明ですが、ディアルガは一旦は口の中に捕えたぷちを少しだけ吟味したあと、もっともな評価と共に、口から吐き出しました。
 一方、何のための学びなのか不明な行為の犠牲となったぷちは、全身が神様となるモノの唾液でぬらぬら、てらてらとなってしまい、何とも情けない、恥ずかしい状態で、うっすらと涙を目に浮かべながら、横たわっていました。床が汚れました。

「うう・・・。い、一体私は何のために、こんな温かい、じゃなくて、気持ち悪い思いをしなければいけなかったんですか」

 誰も答えてくれない質問を投げかけつつ、ぷちは唾液の海に沈んだままになっています。きっとその質問は、どれだけ時が経とうとも、誰も答えを知ることはないのでしょう。要するに、ぷちがべちゃべちゃになったことに、大した意味はありません。

「ぷち、うそつき」

「こ、これ以上私に何を求めるって言うんですか!? ――って、え? う、うそつき?」

「ぷち、前教えてくれたよ? ぷちはおいしいって」

「そ、そんなこと教えましたか? う、うーん・・・」

「ぷち、前に言ってたってば。いいですか? ディアルガ様。私はおいしいんです。て」

「絶対言ってません!」

 妙にうまいモノマネをしているディアルガに対して、激昂するぷち。果たして、どちらが正しいのかと言えば、間違いなくディアルガなのですが、そうなると、ぷちはディアルガに嘘をついたことになります。さもすれば、ぷちは導くモノとして失格。ディアルガとぷちのお話もここで終わってしまうのでしょうか。

「うう・・・何か、妙な悪寒が。え、えっと、そもそもですね、ディアルガ様。私は自分がおいしいとは言っていなかったはずですよ?」

「そうなの?」

「そうですよ。私がおいしいと言ったのは・・・んー、よいしょ、よいしょ。ううぅー、んはぁ。はぁはぁ、んぐうううう!」

「何やってるの? ぷち」

「・・・・・・いや、その。ディアルガ様に、教えてさしあげようと」

「ぷち・・・大丈夫?」

「!!!」

 ディアルガの声に、ぷちはうつぶせで全身を地面にこすりつけるポーズのまま固まってしまいました。どうみても怪しい格好ですが、ぷちに決して悪意はないのです。変な意図もないのです。ぷちはただ、ディアルガに教えてあげようとしていたのです。

「べ、別に変なことをしようとしているわけじゃないですし、教えようとしているわけでもないんですよ? わ、私はただ、このあごの下に生えている実を差し上げようとしただけなのです。でも、私だけではうまくとれないようでして・・・その」

「じゃあ、ぼくがとってあげる。えいっ」

「ぎゃあっ!?」

 ディアルガは本を読んでいた時や、ぷちを試食した時と同じ要領で、モノを触れずに動かす力を使い、ぷちのあごの下に生えている実をもぎ取りました。実をとること自体は、ぷちに痛みを感じさせなかったものの、ディアルガがあまり力を加減できなかったために、ぷちの体も引きずられる形で持っていかれてしまい、結果的にぷちはあごをすりむくハメになってしまいました。

「うう、でぃ、ディアルガ様。私の実を持っていかれるのはいいんですが、もう少し加減というものをですね・・・」

「あっ! おいしい!」

 ぷちの寝そべりながらの苦情など聞く素振りも見せず、ディアルガはぷちの小さな実を堪能していました。ディアルガが何かを食べるのはこれが初めて――まずいぷちはのぞいてですが、どうやらぷちの実の味をとても気に入ったようです。

「お、おいしいですか。それは何よりです。しかしですね、ディアルガ様。私の実は、一度もぎますと、しばらくの間は生えてこないのであります。以前教えさせていただいた、一年という時間の捉え方に乗っ取るならば、そのうちに2回程度しか生えないのですよ。まだ実は残っていますが、どうかそこのところをよく考えていただいて、味わっていただきたいと思います。って、早速お代わりですか。はい、痛いですよ。痛いです。痛いですってば。聞いてますか? ディアルガ様いたたたたっ!」

 よほど気に入ったのか、ディアルガは次から次へとぷちから実をもいでいきます。ぷちはその度に、抵抗できない力に振り回され、あちこちに擦り傷を作っています。そして、さして時間も経たないうちに、ぷちのあごの下はすっきりとしてしまいました。

「いたた・・・あ、もうなくなりましたね。こう、なくなってみますと、ずいぶんと軽くなるものですね。もっとも、もうしばらく時間が経てば、また元に戻って・・・ん? ディアルガ様? そんな物欲しそうに見られましても、もうないですからね? ほら、見てわかりますよね? 確かにディアルガ様の目線の高さからすれば、わかりにくいかもしれないですけど、わかりますよね? ね?」

「もっと」

「ええっ!? だ、だから、無理なんですってば。時間をかけないと、私のあごの下には生えてこないんです。ディアルガ様が、これまでなさってきたように、神様になるために必要なことを学んでいるうちに、また生えてきますから」

「やだ」

「や、やだと言われましても。こればっかりはどうしようもないですよ? 無理やり生やすなんてこと、できるわけが・・・あ」

 ぷちは一つの可能性に思い当たってしまったようです。そして、とても不幸なことに、ディアルガもその可能性を思いついたようでした。
 ぷちは言いました。時間をかければ、また実は生えてくると。それは、誰もが持つ、時間の定めの一つです。生き物はすべからくその時間の定めからは逃れられません。故に、一度食べきってしまった実をすぐにまた味わうことなど、到底不可能なことです。が、ディアルガの力ならば・・・

「ぷち、いいよね?」

「だ、ダメですよディアルガ様。ディアルガ様のお力は、そんなことのために使ってしまっては」

「食べたいの」

「ダメですってば! 以前にもお話しましたよね? ディアルガ様はわかったとおっしゃいましたよね? 時間の力をお使いになればなるほど、時間の歪みができてしまうと。そうすれば、ディアルガ様が干渉できる範囲が狭くなってしまうということを。ディアルガ様のお力は、本当に必要な時以外は使うべきではないということを。――ね? ディアルガ様。どうか私の話をちゃんとご理解くださいませ。お願いします」

「うーん・・・」

 珍しく、ディアルガはぷちの話の前に悩んでいます。もっとも、その悩みが、果たしてぷちの話のためなのか、すぐに実を食べるか、もうちょっとしてから食べるのかについてなのかはわかりませんが。
 一方でぷちはというと、ひとしきり話した後はジッとディアルガの答えを待っています。ディアルガがその気になれば、ぷち自身の時間が巻き戻され、こうしてディアルガに説明したことは、実を食べられたという事実と共に、ディアルガ以外にはなかったことになります。残されるのは時間の歪みだけ。そしてその歪みがどのような影響をもたらすのか。それは例え未来へと時を進めることができるディアルガでさえ、まだわからないことなのです。

「決めたよ。ぷち」

「はい、ディアルガ様。それでは、もうしばらくお待ちしていただくということで?」

「うん」

「・・・はぁ~。良かった。てっきり私は、どうしても食べたいの! などとおっしゃって、私の時を戻してしまうのかと。ああ、本当に良かった。これで、時はまだ」


「えいっ」

 ぷちが喋り終わる前に、ディアルガは力を使いました。力は正しく機能しました。ぷちは声を上げる間もなく、その力に飲み込まれ、時を逆行しました。無くなってしまっていたはずのあご下の実も、元に戻りました。

「うう・・・何か、妙な悪寒が。え、えっと、そもそもですね、ディアルガ様。私は自分がおいしいとは言っていなかったはずですよ?」

「そうだっけ?」

「そうですよ。私がおいしいと言ったのは・・・んー、よいしょ、よいしょ。ううぅー、んはぁ。はぁはぁ、んぐうううう!」

「ぷぷっ」

 ぷちは一生懸命自分の体を床に擦りつけ、あごの下に生えている実を取ろうとしています。それは見ようによっては、いかがわしくもあり、滑稽な光景でした。
 ディアルガは笑っていました。それはぷちの行動がおかしかったから。少なくとも、ぷちはそう思われていると感じたことでしょう。
 しかし、それはぷちからしてみればのこと。ディアルガからすれば、この光景は二回目。だとすれば、ディアルガは、ぷちの預かり知らぬところを見て笑っているのかもしれません。
 何も知らず、気づかずに同じ行動を初めて繰り返すぷちを見ておかしくなったのか。自分が時間の力を使ったということを全く気づかずにいるぷちを見て面白くなったのか。それはもう、ディアルガにしかわからないことなのでした。

「・・・・・・いや、その。ディアルガ様に、教えてさしあげようとしているんですが。そのように笑われてしまいますと、私としましても・・・。そりゃ、おかしな格好になってしまっているのは認めざるをえないのですが」

「でも、自分じゃ実がとれないんでしょ? だからボクがとってあげるよ。えいっ」

「ぎゃあっ!?」

「むぐむぐ・・・んー、おいしいっ!」

「うう、でぃ、ディアルガ様。私の実を持っていかれるのはいいんですが、もう少し加減というものをですね・・・。というか、私の実のことご存知だったんですか? でしたら、どうして先程、私の体ごと食べて」

「もっと」

「ええっ!? む、無理ですよ。時間をかけないと、私のあごの下には生えてこないんです。ディアルガ様が、これまでなさってきたように、神様になるために必要なことを学んでいるうちに、また生えてきますから」

「やーだー」

「や、やだと言われましても。こればっかりはどうしようもないですよ? 無理やり生やすなんてこと、できるわけが・・・あ」

 少しの違いこそあれど、時間はまた同じところを巡っていました。でも、ぷちからすれば、それは初めて。ディアルガからすれば、それはただの繰り返し。自分がどう反応して、ぷちがどう反応するのか。すでに時間の力を使ったディアルガからすれば、それはもうわかりきっていることでした。
 もしも本当のことを知ったら、ぷちは猛烈に怒るでしょうか。それとも、悲しむのでしょうか。どれだけぷち自身が時間の力について説いても、結局ディアルガにはわかってもらえなかったこと。それが招き寄せる、ディアルガには、恐らく想像もつかないようなこと。
 でも、ぷちが本当のことを知ることは、まずありえないのです。ディアルガが、自ら力を使ったことをぷちに言わない限り。いえ、例えディアルガがそのことを言ったとしても、もうぷちには知ることはできません。ぷちはそのことをディアルガに伝えてはいたのですが、ディアルガはきっと、そのことをきちんと理解できていなかったのです。
 ぷちにもわかりません。ディアルガにもわかりません。故に、ディアルガはまた時計の針を動かそうとしています。

「じゃ、戻すよ?」

「だ、ダメですよディアルガ様。ディアルガ様のお力は、そんなことのために使ってしまっては」

「だって、食べたいんだもん」

「ダメですってば! 以前にもお話しましたよね? ディアルガ様はわかったとおっしゃいましたよね? 時間の力をお使いになればなるほど、時間の歪みができてしまうと。そうすれば、ディアルガ様が干渉できる範囲が狭くなってしまうということを。ディアルガ様のお力は、本当に必要な時以外は使うべきではないということを。――ね? ディアルガ様。どうか私の話をちゃんとご理解くださいませ。お願いします」

「うーん・・・・・・なんちゃって」

「え?」

「またね、ぷち。えいっ」

 そして、時はまた戻っていきます。ぷちはまた同じことを繰り返し、ディアルガはまたぷちの実を食べる。それはただの繰り返し。でも、それはそう見えるだけなのです。歪みは確かにそこに生まれているのです。戻す度に、それは確実に生まれているのです。戻るはずのないモノが、戻る度に。
 無理だとしても、不可能だとしても、ありえないのだとしても、ぷちが時計に気づくことができたら、ディアルガに教えているでしょう。もう一度、ディアルガに伝えているでしょう。時計を動かせば、時間の力を使えば、必ずそこには歪みが生まれると。その歪みは、ディアルガの力をもってしても、取り除くことはできないのだと。そしてその歪みが大きくなれば大きくなるほど、ディアルガが干渉できる範囲が狭くなってしまうことを。
 でも、もう時計の針は動いてしまいました。ディアルガとぷちの空間が生まれた時、まだ静止していた、白の床の上にある金と黒の道は、確かに動き始めてしまったのです。他ならぬ、ディアルガ自身の力によって。

「うう、でぃ、ディアルガ様。私の実を持っていかれるのはいいんですが、もう少し加減というものをですね・・・。というか、私のみほっ! げほっげほっ!」

「ぷち?」

「し、失礼しました。ちょ、ちょっとむせてしまって。いたた・・・」

「どうかした?」

「どうかしたじゃありませんよっ! でぃ、ディアルガ様が思いっきり引っ張るから、体が床に擦れて痛くなったんじゃないですか! まったくもう、私の体は、ディアルガ様と違って丈夫にはできていないんですからね? 私が傷ついちゃったら実だってできないんですよ?」

「うんうん」

「おわかりいただけたならいいんです。って、どうして口をこっちに向けているんですか? どうして口が段々近づいてくるんですか? 怖いですよ? 怖いですよね? 痛いですよね? それ、痛いですよね? 痛い? 痛いです痛いです! ぎゃああああ!」

「むぐむぐ・・・やっぱり、まずい」

「ぐへぇらはっ!? う、うぅ・・・だ、だったら、もう二度とやらないでくださいよ。い、いくら私を食べようとしたところで、実はすぐには生えてこないんですからね」

「だって、食べたいんだもん」

「食べたいんだもんじゃありません! 一緒にいれば、時間をかけて、ちゃんと食べられるんですから。ディアルガ様も、そろそろ少しは辛抱というものを、げほっ! うぐぐ、っほん! ぜぇ、ぜぇ」

「ぷちー、さっきから大丈夫? 本に載っていたけど、よくむせるのをおじいちゃんっていうみたいだよ」

「よ、余計なお世話ですっ! げほんっ! うぅ・・・むせすぎて胸が痛いですよ」

「早く生やしてね」

「無理です!」

 静かに、そして大きく動きながら、時計の針はディアルガとぷちに近づいていました。金の道はすでに過ぎました。少し離れたところには短い黒い道が、そして、背からは逃れようのない長い黒い道が迫ってきています。道が一つになるまで、後、僅か。


願い 

 時間の力。それは使い方によっては、およそ全ての願いを叶えることができる力。
 
 若い頃に戻りたい。事故の前まで戻りたい。
 戦った後の結果を知りたい。どうすれば助けられたのかを知りたい。
 喪わないように留めておきたい。溶けない雪を眺め続けたい。
 
 生ある者も生なきモノも、等しく避けることのできない時間の流れ。もしもそれを操れるとしたなら、一体何を願うのだろう。その力をもった者は、何を叶えたいと思うのだろう。

 全ての存在を超越した力をもつ存在。不滅の存在。姿は見られずとも、信仰を掲げる者達は、その力にすがろうとする。自分達には決して行使できない力を求め、祈りを捧げ続ける。

 それは神様。それこそが神。そう、これは神様が生まれるまでのお話だった。万物の時を司る、神様のお話。

 もし、貴方が神様だったとしたら、何を願うだろうか。その答えは、一つではないのかもしれない。しかし今、その一つの答えが出ようとしている。選択肢を重ねに重ね、最後に突きつけられた選択肢を乗り越えた時、ようやく神様になるモノは、神になる。




 ぷちは導くモノとして、ディアルガのことを導いていました。言葉を使って、本を使って。力を使って、特に新しいモノは生み出さずに、ぷちはディアルガに様々なことを教えていたのです。
 ディアルガはいたずらを交えながらも、順調にぷちによって導かれていました。一度聞けば二度聞くことはありません。一度見れば、二度見ることはありません。必要な機会は、全てぷちによって用意されていました。

 ディアルガが学ばなければいけないことは山のようにあります。ぷちがディアルガを導き終わるのは、遠い遠い先のこと。すぐに終わってしまうなんて、ぷちも、ディアルガも、考えすらしていなかったのです。でも、

「うっ、す、すいません、ディアルガ様。ちょっとだけ、休ませてください。胸のあたりが、少し苦しくて・・・」

 兆候はありました。ある時を境に、ぷちはよく体の痛みや気持ち悪さを訴えたり、咳き込むようになっていたのです。けれど、ディアルガはそれをあまり気にはしていませんでした。

「何か変なものでも食べたの? ぷちは食いしん坊だからね」

「そ、それは、ディアルガ様でしょう。私の実をすぐに食べてしまっていて、げほんっ!」

 ぷち自身も、辛そうではありましたが、そこまで気にはしていないようでした。ディアルガとも、普通に話はできていましたし、少なくとも、ぷちの目から見れば、ディアルガは順調に様々なことを学べているように見えていました。

 きっとすぐにまた元に戻る。それは、ディアルガも、ぷちも、お互いに思っていたことに違いありません。口には出さなくても、不安はそこにはまだなかったのです。まだ、そこには。

「ぷち、薬っていうのを、出したらいいんじゃないの? 薬っていうのがあれば、気持ち悪かったり、痛いのって、治るんでしょ?」

 ディアルガの珍しくまともな提案に、ぷちも納得した様子でした。確かにディアルガの言うとおり、薬があれば、ぷちの体は良くなるかもしれません。体が悪い状態が治るのであれば、それはディアルガにとっての学びの機会とも言えるかもしれないですし、だとすれば、ぷちの力も問題なく使えるはずでした。

「そ、そうですね。さっそくやってみて・・・あ、あれ? うーん・・・いたっ! いたた」

 けれども、どういうわけだかぷちには薬を出すことができませんでした。ぷちがこれまでのように、ディアルガを導くために必要なモノを出そうとすると、うまくいかず、さらには、ひどく体が痛むようでした。ディアルガが見ている中、ぷちは何回か挑戦してみましたが、そのいずれもうまくはいきませんでした。このようなことは、今までなかったのですが。

「う、ううー。ど、どうしたんでしょう。おかしいですね・・・」

「じゃ、じゃあさ。ボクの力で、治したらいいんじゃない? ボクは神様になるモノでしょ? だったら、ぷちの体の悪いところくらい」

 これまた珍しくどもって出したディアルガの提案は、ぷちにあえなく却下されました。ディアルガは確かに神様になるモノ。でも、その力は万能ではないのです。いえ、正確には、万能になってはいけないのです。
 ディアルガはその気になれば、ぷちの体を治すこともできます。それ以外のことも、やろうと思えば、できないことは皆無に近いと言っていいでしょう。だけど、それは時の力を使ってこそ。そうしてしまえば、時間に歪みが起きてしまうのです。そのことを、ぷちはとくとくとディアルガに言って聞かせました。それが何度目になっているのかも知らずに。

「いいですか、ディアルガ様。先程から申し上げていますように、ディアルガ様のお力は、げほっ! ――し、失礼しました。でぃ、ディアルガ様のお力は、ですね。おいそれと使ってはいけないのです。モノに使えば、モノに。場所なら場所に。時の力を使えば、使ったところに歪みは起きてしまうのです。ましてや、生き物に使えば、それは大変な負担をかけることになりましょう。本来あるべき、その生物の始まりから終わり、果ては、次の生き物への架け橋さえも、崩れて」

 途中から、ディアルガにはぷちの言葉が耳に入ってはいないようでした。それまで、ふんふんと頷いて見せていた首も、変な角度で固まってしまっています。そうはしていても、ディアルガには、本当はぷちの言葉が届いていたはずですが、でも、もうディアルガには聞こえていなかったのです。

「聞いていますか? ディアルガ様。ですから、私を治そうとしてくださるのは、とてもありがたいのですが、ディアルガ様によって、そうされますと、むしろ悪くなってしまう可能性もえほっ! げほっ! ぐふんっ! ――な、何度もすいません。も、もっとも、一回切りで悪くなることなど、そうそうないとは思いますが・・・んうっ!?」

 きっかけは些細なことと言えたのかもしれません。ディアルガはぷちの実を食べたかった。それはただ美味しかったから。この世界に生まれて、初めて食べた実は、とてもとても美味しかったのです。だからたくさん食べたかった。でも、そうするにはぷちの時間を戻すしかなかったのです。そうして、ディアルガは何度も何度もぷちの時間を戻しました。そうすることによって、ぷちの体には、どうしようもない程の歪みが生まれてしまっていました。

「ど、どうしたんでしょうね。私の体。うぐっ!? いたた・・・な、な、なんで、こんなに、痛いんでしょう? ね? でぃ、ディアルガ様。ふぅ、ふぅ・・・うう」

 よほど痛いのでしょうか。ぷちはもう、立っていられないといった様子で、その場にへたりこんでしまいました。しかし、ディアルガに心配をかけさせまいと思ったのか、それとも、導くモノとして、無様な姿を晒すわけにはいかないと思ったのか、ぷちは一生懸命に立ち上がろうとしました。
 痛いのをなるべく顔に出さないようにしているのでしょう。普段よりも歪んだ笑顔を見せながら、ぷちはへたった体をどうにか起こそうと、脚に力を入れました。が、その時、パキッと渇いた音が、広すぎる空間に響きました。

「あ・・・」

 ぷちは何が起きたのかわからないようでした。ぷちはただ、間の抜けた声と共に、立ち上がりかけた体を、再び地面に降ろしました。それと共に、今と同様の音がいくつか聞こえました。そして、それらの音とは別に、今度は鈍く、重い音も少し遅れて聞こえました。

「あ、ああ・・・あ? ああ? え?」

 ぷちの右の前脚は、内側ではなく外側に折れ曲がっていました。左の前足は、根元と直角に左へ折れ曲がっていました。緩やかに地面についた胸からは、先の尖った白い棒が何本か突き出ていました。
 ぷちは、しばらくの間、呆然としていました。時間が止まってしまったかのように、おかしくなってしまった体を、地面に置いていました。
 ディアルガは、何も言わずに固まっていました。動かなくなったぷちを見て、何も言わずに、ただ止まっていました。
 けれど、ぷちとディアルガの時間は、そのまま止まることはありませんでした。

「痛い・・・痛い。痛い、痛い・・・いや、いや、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ぷちは堰を切ったように、悲鳴をあげました。痛みを訴え、立ち上がれなくなったはずの体を、無理やり立たせようとしては地面にへばりつき、転がろうとしては渇いた音を響かせ、それによってさらなる痛みを受け、狂ったように悲鳴を上げ続けました。

「あああああああああああああああああああああ! いたあああいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 不規則なリズムで渇いた音と甲高い悲鳴を交えつつ、ぷちは鈍く篭った音も鳴らし始めました。何かがちぎれる音。何かが捻れる音。それらが響く度に、ぷちは、今まで出したこともないような声を出しました。
 ディアルガは、そんなぷちを見ても、何も言えませんでした。ただ固まり続けていました。でも、何かしなければいけない、ぷちをどうにかしてあげなければいけない、そう思ったのでしょうか。今まで閉ざしていた口を、少しだけ開くと

「・・・ぷ、ぷ」

「ああうううっげええええっ! おぼげえええええええええええええっ!」

 ディアルガが言葉を出し切るよりも前に、ぷちは体を痙攣させながら、口から吐瀉物をまき散らしました。この世界に生まれてから、一度もお腹にモノを入れていないはずでしたが、ぷちは吐き続けました。その反動によって、またしても壊れきってしまった体に激しい痛みが襲い掛かり、ぷちはまともに動かない体を僅かに動かしながら、悲鳴を吐き出していました。

「ああ・・・。あああ・・・」

 近くにいたディアルガの脚に、届くか届かないかというところまで、ぷちの吐瀉物は広がっていました。ディアルガは、その吐瀉物にまみれ、多少弱くはなってきたものの、未だに悲鳴を上げ続けながら、ごろごろと転がり、そうする度に体の形が変わっていくぷちを見ながら、小さく声をあげることしかできませんでした。
 
 それからしばらくして、ようやくぷちが静かになりました。悲鳴をあげる力もなくなったからのか、これ以上痛みを感じるようなことがなくなるほど体が壊れたからなのかはわかりません。
 ぷちはかろうじてうつぶせと言えるような体勢で、顎を上にしてディアルガのことを見上げました。

「ディアルガ様・・・」

 ぷちはいつものような元気もなく、息を小さく細かく吐きながら、首を持ち上げることもできずに、ディアルガの名前を呟いていました。ディアルガは一瞬口を開きましたが、何も言えず、ただ、ぷちに近づこうと、首をできうる限り下げました。
 しかし、ディアルガはその大きな体故に、どれだけ一生懸命首を下げても、ぷちの近くに顔を寄せることはできません。体を寝かせようにもうまくいきません。
 それならばと、本を読んでいた時のように、ぷちから実をとった時のように、そして、ぷちのことを口に銜えた時のように、力を使ってぷちの体を浮かせようともしました。けれど、

「ぎいいぃぃぃ!? 痛い痛い痛い! やめてえええええええああああああああっ!」

 ほんの少しでもぷちの体を動かそうとすると、ぷちはこれまでのように、ひどく痛がるのでした。それにともなって、これまではどうにか残っていた体の部分部分が、とうとう鈍い音を立てて、ちぎれていきました。
慌ててディアルガはぷちの体を降ろしました。しかし、ぷちの短かった四本の脚は、もっと短くなってしまっていました。ねじれたお腹や背中は、あちこちが破れて地面に散らばっていました。ちぎれた場所からは、何も出てきませんでした。

「あ、ああ、あああ・・・」

ディアルガにはどうしようもありませんでした。ディアルガはおろおろとしながら、ぷちを見ていることしかできません。壊れてしまった体を、ほんの少しだけよじらせているぷちに、もう何も言うこともできなかったのです。

「う・・・う、げぇっ! げほおっ! うげっ! げええええっ!」

 先程と同様に、ぷちはまたしても口から吐瀉物をまき散らしました。少し乾いてきた地面が、また汚れました。そして、今回の吐瀉物には、先程とは異なり、これまでぷちが出して見せたことのないようなモノが混じっていました。

「なに、これ」

 ディアルガにはぷちが吐き出したモノが何なのかわかりませんでした。それは、例えディアルガが本で学んでいたとしても、吐くということを学んでいたとしても、すぐには理解に至らなかったかもしれません。
 ぷちは赤と黒の入り交じった色をした塊をいくつか口から吐き出していました。それはぷちのあごの下についていた実よりも小さく、生きているのか、時折ピクピクと動いていました。それらはお互いに、いかにもネバネバとしそうな、不透明な白い糸でつながっており、黄色の液体に浸かりながら、甘く腐った臭いを周囲にまき散らしていました。ある程度時間が経つと、それらは生き物が排泄物をひり出す時と同じ音をたてながらしぼんでいき、一層ひどい悪臭を周りにまき散らしました。その臭いも、液体も、全てディアルガには届かず、ぷちだけがそれを浴びていました。

「うっ、ううっ、ううう・・・」

 ぷちは泣いていました。体中が痛みに襲われ、顔から首まで、大量の吐瀉物にまみれ、失神してしまいそうになるほどの悪臭を吸っては吐くを繰り返しながら、今となっては唯一の綺麗な液体を、目から流していました。それは吐瀉物の中に流れていき、そして汚れの一つになっていました。
 
「・・・」

 ディアルガは、無意識のうちだったのか、何も言わず、ぷちの体から、一歩だけ後ずさりしました。それは、ぷちの突然の変化に恐怖したからなのでしょうか。汚れてしまった空間に嫌悪感を抱いたからなのでしょうか。それとも

「いか、ないで・・・」

 ぷちの掠れた声が、ディアルガの動きを止めました。ぷちは泣きながら、聞こえるのがやっとの声を絞り出していました。

「お、お願いです。いかないで。ディアルガ、様・・・」

 ディアルガは、最初は固まっていました。ぷちを遥か上から見下ろしながら、固まっていました。けれど、ぷちの声が聞こえてから少しすると、体を震わせながら、声を出さずに、目に涙を浮かべました。けれども、それを落とすまいと、必死にこらえているようでした。

「私は、私は・・・もう、一緒に、いられません」

「・・・」

「ごめんなさい。ディアルガ、様。私は、最後まで、役目を果たせません。ごめん、なさい・・・」

 ぷちの言葉が聞こえる度に、ディアルガの震えは強くなっていました。
 ディアルガは何も言葉を返しませんでした。ほんの少しでも、言葉を返してしまえば、その巨大な涙がぷちに落ちてしまうかもしれません。そう思ったのか、ディアルガは何も言葉を返さず、黙ってぷちの傍にいました。

「ず、ずっと、怖かったんです。ほ、本当は、認めるの、怖かった。でも、や、やっぱり、私は、わた、しが、ダメだったんですね。私では、きちんと、でぃ、ディアルガ様を、導け、ない・・・」

「う・・・」

「わ、私は、失格、です。だ、だって、私、私、ディアルガ様のことが、ディアルガ、様の、ことが、好きで・・・。好きで仕方が、なくて・・・それで、私は」

「ううう・・・」

「ず、ずっと、一緒に、一緒に、いたかった。そんな、こと、私が考えては、いけなかったのに。でも、私は、わた・・・しは」

 もうディアルガには我慢はできませんでした。ぷちの涙に混じろうとしているかのように、ディアルガの涙はこぼれ落ちました。それはどうにかぷちには直撃しませんでしたが、ぷちを覆っている吐瀉物を流すにも至りませんでした。

「違うんだよ! ボクが、ボクがいけないんだよ! 失格なんかじゃないよ! ボクがちゃんと聞いていれば良かったんだ! そうしていれば、こんなことにならなかったんだ! 木の実が食べたいから、そんなことで、時間を戻したりなんかしたから! ボクが! ボクが・・・。うう、ううう・・・」

 ディアルガは、ずっと黙っていたことをぷちに告白しました。涙をポロポロと零しながら、しゃべり続けました。全ては自分がいけなかったのだと。ぷちは少しも悪くないのだと、言い続けました。
 ぷちは口を挟まずにディアルガの言うことを、聞いていました。そしてディアルガが喋り終わると、捻じれきった体で、壊れきった体で、ディアルガに笑って見せました。

「ディアルガ、様。ありがとう」

「え?」

「こんな、こんな私を、慰めてくれるんですね。でも、大丈夫、ですよ。私は、罰を受ける、覚悟は、できているんです。だから、そんな、あるはずのないことをおっしゃらなくても、いいんですよ」

「違う、違う、違うよ! ボクは、本当に!」

 ディアルガは必死に否定していましたが、ぷちは信じてくれませんでした。ディアルガがそんなことをするわけないと、ディアルガは優しいから、ぷちのことを庇って、慰めてくれているのだというようにしか捉えませんでした。

「ねぇ、ディアルガ、様。私が、ディアルガ、様に初めて会った時、きちんと名前を言っていませんでしたよね?」

「え?」

「忘れてしまいましたか? ふ、ふふ・・・。でも、ね。私は、もう、いいんです。本当の名前は、いいんですよ。だって、ディアルガ、様に、もらえたんですから。だから、私、呼んでもらいたいんです。だめ、です、か?」

「・・・・・・」

 ディアルガは、ぷちに頼まれて黙り込んでしまいました。先程から、ディアルガはぷちの名前を呼んではいなかったのです。呼びかけた際に、ぷちが大きく崩れたからでしょうか。ぷちは幸いと思っているようですが、そもそもぷちがこのようになったのは、自分が名前をつけたからだと思っているからでしょうか。理由はともあれ、ディアルガはそのまま黙っており、ぷちの名前を呼ぶことはできませんでした。

「やっぱり、だめ、ですか」

「ち、違うよ、違う。違う」

「いい、んですよ。でも、私は、私は。うう・・・」

「ボク、ボク・・・本当は、本当は」

 ぷちが落胆の色を明らかに見せながら、また涙を流しているのに対して、ディアルガは何かを言おうとしていました。でも、それを言い切るよりも前に、ぷちは、これまでとはまるで異なる剣幕で、ディアルガのことを呼びました。

「ディアルガ様! お願いです。んぐっ! う、お願い、です」

「だ、ダメだよ! そんなに大きな声を出したら、また」

「か、構いません! 私は、もう、導くモノとして失格です。でも、でも、こんなこと、お願いしてはげほっ! げほっ! うう、でも、私は、私はディアルガ様と一緒にいたいです。好きです。だから、どうか、どうか・・・」

 ディアルガには、ぷちが何を言おうとしているのかわかっていました。でも、それは絶対にしてはいけないこと。そうすれば、どうなるかは今の今まで見続けていたのです。なればこそ、ディアルガは、ぷちのその願いを突っぱねなければいけませんでした。しかし、

「ボクは・・・」

「ディアルガ様・・・」

 ディアルガは、選択したのです。己の道を。


始源 

 神様。ボクは神様。それはボクが生まれた時から聞いてきたこと。
 神様ってなんだろう。今になってそう思う。
 神様はみんなの願いを聞き届けるモノ。神様はみんなの信仰を集めるモノ。でも、それってなんなんだろう。誰かの役に立つようなことをするのが神様のいる意味なのかな。ボクは神様なのに、そんなこともわからない。
 ボクには教えてくれるモノがいた。神様に教えるモノのことを、導くモノっていうらしい。ボクを導くモノの名前は、名前は・・・。

 ボクは導くモノに色々教わった。世界のこと、力のこと。どれもこれも、ボクは一度聞いたら忘れることはなかった。一度聞けば、それは初めからボクの中にあったみたいに、二度となくなることはなかったんだ。
 そのことについても、導くモノはボクに教えてくれた。ボクは神様になるモノ。神様になるモノには、一度の機会があれば、二度目の機会は必要ないんだって。
 ボクは、それを聞いた時、どう思ったんだろう。どう感じたんだろう。今ではもう、思い出せない。それは、必要ないからなのかな。もしも、それが必要なことだったら、ボクが思い出せないはずないのに。だったら、どうしてそれは必要ないんだろう。どうして、ボクにはそれがわからないんだろう。ボクは、神様のはずなのに。
 ボクは、導くモノと一緒に過ごしていた。生まれた時に出会ってから、ずっとずっと一緒だった。それは覚えているのに、でも、思い出せない。導くモノと一緒にいた時のボクは、どうしていたんだろう。何を話していたんだろう。何を読んだんだろう。何に触れたんだろう。何を、感じていたんだろう。
 ずっとずっと一緒にいたはずなのに、どうして、ボクは思い出せないんだろう。覚えているのは、教えてもらったことばかり。導くモノの言っていたことは覚えていても、どういう風に言われてそれを覚えたのか思い出せない。ボクは怒られたり、笑ったり、泣いたりしていたのかな。導くモノは・・・ボクの、導くモノは、どうしていたのかな。

 ボクは時間を司る神様。時間を進めるも戻すも、そして、止めるも思うがまま。
 だったら、ボクは思い出せるのかな。時間を戻せば、導くモノと一緒にいた時間まで戻れば、思い出せるんじゃないかな。そう、思った。
 でも、ボクは戻せなかった。戻れなかった。わからないから。一体、どこまで戻ればいいのかわからないんだ。それどころか、今がどの時間なのかもわからない。ボクは時の神様なのに、どうして今自分がいる場所の時間もわからないんだろう。どうして、ボクは自分の知りたいこと、思い出したいこと、なくしたことを思い出したくても思い出せないんだろう。思い出せないことは全部必要のないことなのかな。どうして。どうして。どうして・・・。

 ボクは今、何もない場所にいる。あるのは、白、黒、金の三色だけ。ボクが立っている場所は白い。ボクから近くに見える道は黒い。ボクから遠くに見えるのは金色。
 ここは時計を模した世界だ。白は文字盤。黒は長針、短針。金は秒針。
 全部ボクは覚えている。どれもこれも、ボクは覚えている。
 時計は針を動かして文字盤の数字を指す。それは時間を表すためのモノ。それがあれば、いつだって時間を知ることができる。
 けれど、ボクにはわからない。ボクは神様だけど、神様のボクにとっても、この時計は大きすぎる。音も無く動き続ける針を、ボクは追うことができない。動いているはずなのに、針は一度だってボクを跨ぐことがない。
 ずっと歩いていけば、いつかボクは針に触れることができるんだろうか。どこにあるかもわからない数字に辿りつくことができるんだろうか。そうしたら、ボクは時間を知ることができるのかもしれない。時間を知ることができたら、ボクは、ボクは・・・。

 どうして、ボクは今、泣いているんだろう。どうして、ボクの目からは、こんなにも涙が溢れるんだろう。
 ボクにとってはなんでもない水。少しだけしょっぱいという水。でも、ボクは、どうして白い床に吸い込まれていくそれを見て、こんなにも悲しくなるんだろう。ボクは悲しいということも、涙という水も、泣くということも全部全部わかっているのに、どうして、どうして泣いているのかがわからないんだろう。

 ボクは戻りたい。時間を戻りたい。そして知りたい。
 どうしてなのかわからない。ボクにはわからないし、思い出せもしない。きっと、それは必要のないことだから。神様であるボクには、必要のないことだから。
 でも、戻りたいんだ。どうしても戻りたい。ボクは、自分の力を使って戻りたい。
 力を使えば時間が歪む。その歪みはボクにはどうしたって取り除けない。歪みが生まれた世界は、もう二度と元の世界には戻らない。この白い床が変わってしまうかもしれない。動いているのかわからない黒い針は別の色に変わってしまうかもしれない。金色の針は粉々に砕けてしまうかもしれない。
 でも、ボクは、戻りたいんだ。なくなってしまったモノを探しに、戻りたい。

 神様は全てのモノに願われるモノ。信仰を集めるモノ。
 そう、神様は願いを叶えられる。それによって歪みが生まれるのだとしても、そこでは関係ないんだ。それがどういうことなのかはボクは知っている。そうすることによって世界が元に戻らなくなり、最後の時間が変わっていってしまうのも、ボクはわかっている。けれど、そこではそうなんだ。
 なら、ボクは。ボクはどうなんだろう。ボクは神様だ。全てのモノに神様は含まれるのかな。含まれるんだったら、ボクは願うことができるのかな。
 叶うのなら、ボクは願いたい。でも誰に。神様であるボクは、一体何に願えばいいんだろう。神様に。でも、神様はボクだ。ボクがボクに願ったところで、それが叶わないことはもう知った。だからボクは戻れなかった。ボクの願いはボクによって叶うことがない。

 そう・・・そうか。ボクには、願うことなんか、許されていないんだ。

 思い出して。思い出したい。そんなことをする必要がないだなんて思いたくない。知りたくない。感じたくない。ここにはボクしかいない。神様であるボクには神様なんかいないんだ。だからボクが思い出さなければ、ボクは戻ることができない。このまま神様という役目に飲み込まれて、ボクは知ることができなくなってしまう。

 時計の音が聞こえる。今まで少しだって聞こえなかったのに、どうして今になって聞こえるんだろう。どうしてボクはそれに焦っているんだろう。怯えているんだろう。
 だって知っているんだ。ボクはそれをもう知っているんだ。今も過去も未来もわからないはずのボクなのに、それをボクは知っている。

 願うことは許されないのかもしれないよ。でもボクは願いたいんだ。お願いだから、なんでもいい、どうかボクに思い出させて。この涙と一緒にボクが枯れたって構わない。だから、どうかボクの時間を戻して。そしてボクに教えて。ボクの導くモノのことを。ボクと導くモノのことを。どうか。どうか・・・。

 
 神様には、一度の機会だけ。二度目の機会はない。
 一度で学べば、二度目の機会は必要ない。けど、もしも一度で学べなかったとしたら。


 誰が決めたかはわからない。誰が判断しているのかはわからない。
 ボクなのかもしれない。ボクじゃないのかもしれない。でも、ボクには二度目の機会があった。必要ないはずの、二度目の機会が。


 ボクは、見た。


 それは、ボクだった。ボクが、そこにいた。


 ボクは、泣いていた。今と同じように、泣いていた。


 零れる涙の下には、今までにない色の塊があったんだ。


 不思議と、汚いとは思わなかった。臭いとも思わなかった。醜いとも思わなかった。


 しょっぱいらしい水にまみれていくそれは、間違いなく、ボクの導くモノだった。それは、ボクを導いてくれた、モノだった。


 ボクは、思い出した。どうして導くモノが、ボクの涙に濡れているのかを。導くモノが生きていたとは思えないような状態になっていたのかを。ボクが泣き続けているのかを。
 ボクが全てやったことだった。ボクの導くモノは、ボクがいたずらに時間を戻し続けたせいで、どうしようもないほどに時間を歪められてしまった。その影響はすぐに出て、どんどん導くモノは歪んでいってしまった。
 でも、導くモノはボクに願った。そして、ボクはそれを叶え続けた。もう叶えられる余地がなくなるまで、ボクは叶え続けた。時間を戻し続けた。最後には、戻した瞬間に導くモノは原型をとどめなくなった。

 
ボクは、


 導くモノは、いつのまにか消えていた。泣いていたボクも消えていた。
 時計の音が戻っていく。時間が元へ近づいていく。でも、ボクの涙は戻らない。ボクの目からは、今も涙がこぼれ落ちている。それがどうしてなのか、今のボクには到底わかりそうもなかった。

 神様に二度目の機会はない。確かに二度目はなかった。きっと、何回も何回もあったに違いないことだった。でも、それすらも時計は巻き戻していく。

 ボクは、また、夢を見るのかな。どうしてと、言い続けながら、夢を見るのかな。そうしてボクは、動き続ける見えない時計の上に在り続ける。追いかけても追いつけない針を追って、どこまでも歩き続ける。

 もう、思い出せない。ボクは、きっと言いたかったのに。もう二度と、ボクは言うことができないんだ。何を言いたかったのかも、思い出すことができないんだ。

 ボクは時の神様。ボクの名前はディアルガ。ボクには導くモノがいた。その、名前は

おしまい


あとがき 一年の時超えて 


※作品の進行と並行して書いていたので、途中途中で、色々とおかしくなっています。申し訳ありません。敢えてそのままにしました。※

初めまして。こんにちは。おはようございます。こんばんは。亀の万年堂です。1年近くうっちゃりしていました。うつつを抜かしていました。でも、話だけはたくさん生まれました。もうこれ以上子どもが増えると思うと、嬉しくて仕方なくなります。
久しぶりなのでテンションがおかしくなりました。でも、過去のあとがきをみると、あまり変わっていないようです。


 名前付きで投稿するのはとても久しぶりです。実生活が忙しく、まともに執筆することができていなかったというのは恥ずかしい限りです。が、今年からはペースを戻して、執筆も読書もコメントも頑張っていきたいところです。口だけにならないように頑張りましょう。と言っておきながら、すでに年が明けて3ヶ月が経ちました。


 さて、今回のお話は『ディアルガ』というタイトルの通り、ディアルガについてのお話となっています。このあとがきを書いている時点では、まだ肝心のシーンまで至ってはいないのですが、前半のほのぼの雰囲気から一変、後半は胸苦しい話になっていると思います。
 
 はるか昔にも書いたのですが、私はキャラが死ぬことによる別れを書くことに、とてもとても抵抗がある生き物です。ギリギリまで追い込むことはあっても、本当に死に至り、消滅するところまでいくのは稀です。しかし、どうしても今回はそうしなければと思い、今回のような結果に至りました。
 神様でなければ、きっと悲しい結果に終わることもなかったのでしょうが、私の中で神様というのは、お話の中にありますように、自身のために願えない、叶わないモノなんだろうなという認識がありまして、普段通りにはいかなくなりました。
 しかし、ディアルガと、ここではぷちという名前のトロピウス。人によっては、ぷちがかわいそうで仕方なく、ディアルガてめーとなりそうな気もします。でも、結構ディアルガがしていることって、みんなしているものなのですよね。思い返してみると、私にもいくつか思い当たることがあります。喉元すぎればブースター忘れる。つまりはそういうことなのです。だからといって、ディアルガてめーがなくなるとも思えませんが。

 今回は『時間』でした。次回の神様のお話は『空間』です。程度はともかくとして、次回も似たような展開になっていくと思います。そういうふうに作られているんですね。はい。


 お話の中では、それなりにグロテスクな描写が出てきます。私はグロテスクな描写が読むのも書くのもとても苦手で、なかなか辛かったです。私から見て哀れむなら、どちらかと言えばディアルガですが、私はこの子の好きさがコロコロ変わっています。実を巻き戻すくだりのところでは、素直に嫌いになりました。ディアルガてめーです。自業自得のお馬鹿ちゃんなのね、と思っていました。
 ぷちは可愛いですが、個人的にはあまり、な感じ。最初はショタだと思っていたのに、育ってみたら股間に生えていませんでしたという子です。メガネをかけてみたくなるような子です。しかもズレているような。ディアルガの好きさはコロコロ変わるものの、ぷちは割と一貫しています。私の手からよく離れる子なので、見ていて楽しいのは歴とした事実ですが。

 別に時の力が無くても、人はさきが見えるのです。ある程度は。それは確定ではないけれど、それに近い予想はできるのです。ムシャクシャしてガラスのコップを手刀で割れば、まず手のどこかを怪我して血が出るのです。でも、それが手のどこにできるのか、どれくらいの血が出るのか、どれくらい痛いのかまではわからないのです。想像できないのです。そういったことを実際に体験したあとに、ああ、なんでこんなことをしてしまったんだろう(ガックシ)となり、そういう時に巻き戻すわけです。

 隠れない伏線が多い話でもありました。でも、わかりやすくなっていたほうが、個人的には好きなのです。隠して おおーっ となるのは難しいです。書く側も読む側も。十分な自慰行為なのは、範囲こそ異なれど、誰もが一緒。下卑た例えを用いるのは浅はか極まりないのかもしれませんが、やっているのは慈善事業にもならない欲求の満たし、です。みんなを元気には大義名分ではなく副産物を前に出してのことなのです。全ての効果に、結果的にがついてしまうのです。

 とにかく25000字を超えたくないです。4万字とか5万字と感じるのは、私は読む気が失せます。ネットでそれだけの文字を見るのは結構苦しいです。紙媒体ならいくらでも読めるから不思議です。でも、結局今の時点で、このあとがきを入れて21909文字。話が終わってから書くあとがきでは、確実に越えちゃいましたと言っていることでしょう。

 と言っている傍から越えちゃいました。1万字程。あれ程越えちゃダメと言っていたのに越えました。うひぃ。
 また修正しそうな香りがありますが、とりあえずはこれで終わりです。次回は『恋はMOH烈!?』です。予告には嘘が多分に含まれます。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。また次回も付き合っていただければ幸いです。亀の万年堂でした。





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Last-modified: 2013-01-20 (日) 00:00:00
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