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テンガン山に巨星墜つ

/テンガン山に巨星墜つ

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『キッサキ空港行203便は台風の影響で運行を見合わせております』
 カントー地方の小空港では、悪天候による運航の乱れがしきりに告知されていた。
 時期は夏休み真っ盛り、冷涼な気候で特に旅行に大人気のシンオウ地方には運悪く台風が到来、飛行ポケモンによる移動はおろか航空機での離着陸も不可能なほど大暴れしていた。
 家族や友人、そしてパートナーのポケモンらと北の大地を楽しみにしていた客は空港で天気の回復を待つしかなかった。
 スーツに旅行カバンの老人もその中の一人だった。老いているとはいえポケモントレーナーらしく、暇に任せて手持ちのモンスターボールを磨いていた。
 それはどこにでもいるポケモン好きなおじいちゃんというよりは、戦いにつかれた歴戦の猛将のような気品と風格を備えた光景だった。
「もしかして、チャンピオンのホクトさんじゃないですか?」
 ようやく地面に足がつき始めたくらいの少年のトレーナーがその雰囲気を感じとったようだ。老人が顔をあげる。
「ん? ああ、そうだ私がホクトだ。今はチャンピオンじゃなくてポケモン協会中央の理事だけどね」
 二人は軽く握手を交わした。老人が隣に座るよう促す。
「理事としてミル氏を送る手はずだったのだが、飛行機が飛ばなくてね」
 今日の夜に告別式だと新聞に出ていた、と少年が付け加えた。動きやすいラフな服装と今年大人気の旅行バッグにボールホルスターというスタイルを見るに旅のプロトレーナーのようだった。
「ミルさんは…最強のトレーナーだって聞かされました。小細工をしようが堂々戦おうが、怪我をしてようが病気をしてようが、鬼のようなポケモンさばきであっという間に対戦相手を料理してしまうと」
「ほう……」
 老人は満足そうにうんうんとうなずいていた。
 少年は楽しそうだった。目がらんらんと輝き力のこもった握りこぶしが作られる。
 唾を飛ばしながらまくし立てた。
「ミルさんは僕の星です! シンオウ地方出身者で初の年間チャンピオン! シンオウリーグ4連覇に主要6リーグの完全制覇! パワー、スピード、テクニック、どれをとっても当時ダントツナンバーワンのポケモン育成力に何があってもブレない観察力と大胆で正確な判断力! そうそう、今日ここに来たのもキッサキの大会に出るためなんですよ! ……そんなに大きくないですけど、ミルさんも優勝経験があるんです」
 ご丁寧に老人はいちいち相槌を打ってやる。老人のボールの中では話を聞き疲れたフシギバナが眠ってしまった。
 放っておけばまだまだ延々と語ってくれそうだったが、老人が席を立った。落ち着けと言うことだろう、すぐそばの自販機でミックスオレを二つ購入して少年に渡した。
 いただきますと言うが早いか一気に半分以上を飲み干した。興奮して熱を持った頭にはちょうどいい冷却材だろう。
 遅れて老人もタブを起こした。一口だけ飲んで横に置いてしまう。老体にはおいしいみずのほうがよかったか。
「僕はシンオウの出身ですから……郷土の大先輩のようになりたいんです。最近はシンオウのトレーナーも滅法弱くなりまして」
 最後の方は弱弱しかった。
「キミもシンオウのトレーナーか」
 このホクトという老人もまたシンオウ出身のポケモントレーナーだった。少年とは世代が大きく離れているが、同じポケモントレーナーとして通じるものはあったらしい。
「その割には私の話が出てこないが?」
 老人がいたずらっぽく笑った。
「あ、いや、もちろんホクトさんのことも聞かされました。ミル・ウルフに育てられたシンオウ名物の強豪トレーナーだと」
 老人はわざと何も言わず期待を込めたまなざしで少年を見つめていた。カチンと固まってボールの中でカビゴンが寝返りを打つのが傍目からでも感じられる。
「でも……すいません、僕はそれくらいしか聞いてないのです」
 しばし待って、少年が答えた。
「当然だ。わたしは彼のような突出したチャンピオンではなく毎年出るごくごく普通のチャンピオンでしかなかったのだから」
 普通のチャンピオンというのも奇妙な評価だが。もう一口ミックスオレを飲んだ。
 老人の脳裏に若かりし頃が思い出される。
 もう半世紀近くも前になろうか、ホクト少年がポケモントレーナーとして正式にバトルの大会に出ることが可能になったとき、ミルはもう大人たちに混じってトップレベルの大会を回っていた。
 設備の整った高校や大学の少ない時代のことだったのでポケモンジムに籍を置いての参戦だったのだが、シンオウはポケモンジムの整備も遅れていて片手に満たないほどの数しかなかったため、取捨選択という発想は生まれなかった。
 未来から見たらそれがプラスに働いたのだが。
 ともかく、そうしてたまたま籍を置いたポケモンジムにはミルがいた。大会のない時期はいちいちシンオウまで帰ってきて下っ端のホクトにも修業を積ませてくれた。ジムリーダーがだだっ広いシンオウのあちこちにしょっちゅう駆り出されていたことも原因の一つだろう。
 ホクトが下部の大会で下積みを続ける間、ミルは上位大会で勝ちを重ねるようになった。賞金や賞品が贈られてきて、ジムのメンバー全員で彼を出迎えた。ミルが招待選手として交通費を負担してもらえることが多くなると、ホクトは調整助手として一緒に地方を回るようになった。
 このころにはホクトも下積みを終え上位の大会に顔をのぞかせる程度にはなっていたので、ミルにつき従って同じ大会をまわっていた。
 何度か本選でミルと顔を合わせることがあったが、このころではまだ歯が立たなかった。
 地方遠征のたびに新しいポケモンを捕まえて、ミルとともに育成に励んだ結果、いつしかシンオウの二枚看板として扱われるようになった。
 彼らのほかにもシンオウ出身のトレーナーはいたが、いまいちパッとしない地味な戦い方や成績の者ばかりで、全国的ブームの来ていたポケモンバトル界のアイドルにはなれなかった。
 ホクトもまた、トップクラスのトレーナーへと成長したのである。
 ミルとホクトで決勝戦を戦う大会も何度かあったし、新しく導入されたばかりのダブルバトルでコンビを組んだ。
 ミルは全盛期を迎え、各地方で一番大規模で格の高い大会をものすごい勢いで制覇していった。
「黎明期の話だ。今の君たちのほうがバトル理論もしっかりしてるし育成法も全然違う」
 少年にはもうポケモン史の教科書でしか触れないような内容を、老人は語った。
 少年は静かに聞き入っている。老人の口が止まると、いっそう運航中止のアナウンスがせわしなく流れた。
 老人の、ホクトの方のトレーナーとしての全盛期はこの少し後で、ミルを破って優勝した大会がいくつかと、ミルとの対戦はなかったものの他の強豪を下してのリーグチャンピオンが数度ある。
 しかし老人はその話はしなかった。
「ま、八百長だの薬物だのという話はあったわけだが――関係ないね」
 少年は本当に強かったんだろうなと思った。
 ホクトの謙虚な憧憬がライバル意識に変わったとき、あらためて自分とミルの格の違いを思い知った。
 以降、ミルを破ってのタイトルは手にしていない。
 これも老人は言わなかった。
「当時は初めてポケモンとして登録された151種から数が増えたところだったか」
 それでもシンオウに生息する種は少なかったのでジョウトの大会に行くついでにミルと一緒に草むらを歩き回ったり。
「ねんりきの強さがかみなりパンチの威力に繋がるとか」
 これはほとんどの指導者がそう思い込んでいたし、ホクトもミルも疑わなかった。今でもなんとなく関連している気がする。
「はがねタイプがようやく認知されたとか、今では考えられない競技環境だったからね」
 なお、ミルはこのはがねタイプをうまく使いシンオウリーグ3連覇目を果たしている。この大会でホクトははがねタイプの対策ができずに敗退した。
「持ち物の要素が増えたり室内競技場だったのが屋外競技場で天候が不問になったりしましたね」
 少年が続ける。ホクトが相槌を打つ。
 二人が選手を引退したのはこの直後になる。
「鍛え方が違うだけでは勝てない時代になった……」
 ミル・ウルフは――競技環境の変化には負けなかった。若さを失ったホクトには新しい制度にすぐ馴れるほどの柔軟性はなく黒星を重ねて引退。
 一方のミルはしばらく活躍していたが情熱を失ったことを理由に突然引退している。さまざまな説が飛び交ったが、真相は一番弟子のホクトにも分かっていない。
「今でも少しずつルールは変化してるじゃないですか」
 老人は若いうちは苦にならないんだよと言い訳する。
 少年は謙遜だと受け取ったらしくまたまた御冗談をと笑うが、ホクトは口角を釣り上げることすらしなかった。
「ところで、僕はまだホクトさんの話を聞いてません」
「なに、私の話なんか聞いても詰まらん……特に君のような若いトレーナーにはね。ミル氏に負けっぱなしのキャリアだったよ」
 少年も何も言わなかった。言葉に迷ったのだろう、再び静寂に包まれてばつが悪そうに鼻を頭を掻いた。

「そんな私でも今や理事長をうかがおうかという協会役員だ。世の中は何が起こるかわからん」
 しかし最後に笑ったのはホクトだった。ポケモンバトルで戦うことはなくなっても、次のステージが待っていた。
 彼らは二人とも選手を引退した後にポケモン協会職員として残った。協会内の闘争にミルは弱かった。ポケモンバトルとはまったくわけが違う。
 若いころから勝ってばかりで周りに気を遣うことができなかったのだろう、すぐに煙たがられ一時代を築いたトレーナーとは思えないような役職に回された。
 片手間の指導者としては優秀でポケモンリーグの上位入賞者も輩出したがこれが評価されることはなかった。
 結局そのまま地元とはいえ中央から遠く離れたシンオウ支部の一職員のまま生涯を終えてしまった。中央で理事を務めるホクトとは比べるべくもない。
 まだ若いころ、ホクトはポケモンバトルをするためだけに生まれてきた男に、地位は必要ないのではないかと考えた。
 それを裏切られたことがある。20年近く前のことだ。世紀の大不況で収入が激減した時期がある。当時すでに幹部だったホクトはぜいたくはできないまでも安定して生活を送れていた。
 が、ミルには状況が重くのしかかった。
 俺はいいからポケモンたちに飯を分けて欲しいとすがってきたかつての大チャンピオンの姿は今でも脳裏に焼き付いている。
 ホクトはこれでもミルは強い男だ、負けない男だと信じていた。勝ち負けがなんなのかわからなくなってきたのもこの時期だったに違いない。
 ポケモンたちに飯を与え、ミルを定食屋に連れ出したときにぽつりとつぶやかれたのだ。
『なあホクトよ……俺はもう、ポケモンで生きていけねえよ』
 ポケモンバトル一筋の男の敗北宣言だった。

「君はミル氏にずいぶん憧れているが、彼みたいになりたいのかい?」
「もちろんです。僕もシンオウのトレーナーですから」
 さて、ところで隣に座るミル・ウルフになりたいという少年は。
 彼の最終目標がどこに設定されているかはホクトには分からない。ついでに彼のいう負けがどういうものかも分からないが、ある程度の予想はつく。
 まだ地に足が着いたばかりの若者だ。多少はモノを知っていても偉大なるポケモントレーナーミル・ウルフの最期までは知らない(あるいは字面でしか知らない)のではなかろうか。
「私はしばらく休ませてもらおうかね。今日はもう飛行機が飛びそうにない」
「そうですか。相手させてしまって申し訳ありません」
「いやいや、こちらこそ若いもんと話ができて楽しかったよ」
 少年が席を立つ。ミックスオレを飲み干して、空になった缶をぺしゃんこに潰した。
 
「がんばれとは言うまい……キミに栄光のあらんことを」




あとがきとかなんとか

 みなさま短編小説大会お疲れさまでした。今回は小説を書く側と読む側の両方で参加できてよかったなあと思ってます。
 実は前回以前にも大会に参加したことはあったのですが、よく話をねられなかったり凡庸な文ばかりになってしまったりして不完全燃焼の連続でした。
 さて今回はテーマが「ほし」ということで、しばらく参加の段階から考えました。「ほし」といえば「情景としての星」「勝ち星」「アイドル的な意味でのスター」「スターミー」と、ここまでは浮かんだのですが、自分には星のある風景を美麗に表現する力はないし、アイドルを書ききるだけの自信もない。しかもこの辺は他の作品と被りそうだと当初は参加を見送る方針でした。
 しかし数日後、例のニュースを思い出して状況が変わりました。ウルフこと昭和の大横綱千代の富士の死去です。厳密にはもう一つあったんですが……
 テーマに勝機を見出した後はさっさとエントリーし、モデルがモデルなので特に苦労することもなく書き進み……
 まあ身もふたもないことを言うとジジイが若者の話を聞いて俺ってすごいなあ~という昔話をしているだけなんですけどね。

 結果はうまく票が分散したこともあり同点優勝! 皆さまご贔屓ありがとうございました。

>社会にはコミュ力が必要です、みたいな事をポケモンの世界でも使って来るその冷徹さが良かった。
>歴代の中でも最強とすら言えるほどの功績を残した人間のポケモンでの敗北宣言はとても考えさせられるものがありました。
>強いことが必ずしも生き残りにつながるかと言われるとそうでもない現実。考えさせられました。

 市場トップクラスの実績を残した千代の富士も媚びを売るのが下手だったようで後援会に逃げられたり相撲協会の選挙(選挙権は力士OBからなる親方衆が持つ)で最低得票記録をたたき出して落選するなど散々でした。ただ、ミル氏と違って弟子にはかなり恵まれましたけどね。

> ホクトのモデルは現役時代、本名で活動していた頃から応援していました。そのため作品のモチーフにも、隠されたテーマにも気付いてしまいました。つまり、〝保志〟ですねw 奇抜すぎるテーマの使い方に一票。

 分かった人もいると思いますが語り部のホクト氏は千代の富士の後輩にあたる横綱北勝海になります。大相撲はポケモンリーグと違って同門(同部屋)同士の対戦はないのですが(一度優勝決定戦で戦って敗れてますけど)、この人も横綱としてはまずまずの成績を残しました。しかし兄弟子の千代の富士が強烈すぎたせいで今となってはあまり注目をされるような存在にはなれませんでした。
 しかし、引退後は完全に力関係が逆転します。先述の選挙の結果、相撲協会の幹部に当選、さらに前理事長の死去によりそのままスライド式に承認をへて理事長の座まで上り詰めました。
 彼は一介のヒラ役員にとどまる千代の富士をどのように思っていたのでしょうね。

 ところで、北勝海は現役時代長いこと本名で活動していました。大関昇進までほとんどずっと本名だったので40代以上の方は効いたことがある人もいるのではないでしょうか。
 "保志"と書いて「ほし」と読みます。
 つまりこの物語のテーマは「星(スター選手)」のウルフと「保志」のホクトだったわけですね。はい。これにテーマ勝ちを期待して喜び勇んでエントリーしたと

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Last-modified: 2016-10-02 (日) 19:25:12
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