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テッカニンとストライク〜ある夏の情景〜

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 テッカニンとストライク〜ある夏の情景〜

 目と鼻の先でストライクが待ち伏せていたというのに、テッカニンはそのことに少しも気づきやしなかった。葉っぱに擬態しようとストライクがそよぐ木の葉に合わせて全身をリズミカルに揺らしていたので、すっかり騙されてしまったのだ。すぐそばにまで近づかれてしまっては自慢の俊敏さも形なしだった……そのことに感付くにはテッカニンは馬鹿だった、あまりにも大馬鹿者だったのだ……
「ストライクくん! ストライクくん!」
 鋭い鎌で深く体を抉られながら、テッカニンは虚しくも救いを乞うた。
「そんなことしないで! 僕を食べたってちっとも美味しくなんか……!」
「獲物のくせにやかましい」
 運が悪いことに、ストライクはひどく腹を空かせているところだった。空きっ腹が極まって、食えるものならマッスグマの糞を平らげる覚悟までしていた……ようやくありついた獲物! 美味しくないわけがない! しゃにむにテッカニンの翅にかぶりつくと、焼きたてのパイのようにパリパリとした音が立った。翅の一部がカスのようにはらはらと宙に舞った……
「ああ、ストライクくん! どうして!」
 テッカニンはこのあいだようやくツチニンから進化したばかりだった……ツチニンの時代は彼にとって文字通りの艱難辛苦と言えた……生き埋め同然の暗闇と絶望のなか、もはや何日何年と数えるのも億劫になるくらい長い時を地中で過ごしてきたテッカニンにとって、初めて光を目にした時の感動はそれこそこの上なかった! 洞窟の中に引きこもっていた人間が外光のイデアを直に目にした時の感動にも似ていた。言うなれば、神さまを見たような気分! あまりの喜びに、進化したばかりのボーマンダよろしく森中を飛び回ったものだ……森も、山も、海でさえも全てが自分にとって美しく見え……輝かしい光は長い時を耐え忍んできた自分を祝福しているようにだって思えた!
 ただ、テッカニンは目に見える全てのものをあまりにも印象派の絵画か何かのように捉えすぎていた……何もかもが栄光に満ちた光のモザイク画であると、舞い上がった心は疑うことを知らなかった……テッカニンはあまりにも虫としての純粋な生に忠実になりすぎていた……それが仇になった! 自分を付け狙う連中が存在するということに、事ここに至るまで思い至らなかった! 本当にテッカニンはどうしようもない馬鹿だった……
「ストライクくん! やめてよ! どうしてこんなことを……!」
「どうしてもこうしてもあるか!」
 ストライクは言うまでもなくテッカニンの懇願を一蹴した……
「テメエは俺に食われるんだ! 運が悪かったな! じゃあな!」
「イヤだ! イヤだよストライクくん!」
 テッカニンは必死に残りわずかな翅を震わせた……だがストライクにとっては多少抑えつけた鎌がこそばゆいと感じるだけだった。苛立ったかまきりポケモンがよりいっそう鎌で強く挟み込むと、乾いた音を立てながらテッカニンの身体がひしゃげていくが、その痛みも感じないほどに「しのびポケモン」などと呼ばれるのも似つかわしくない蝉は生意気なイーブイのようにやかましく騒ぎ立てた……なぜ自分がこんなことをされなければならないのか、ヨブのようにしつこく嘆き続けた……
「お腹が空いたらきのみを食べればいいじゃないか! 僕なんか食べたってちっともお腹の足しになんか!……ストライクくん! 今からでも遅くないから僕を放してよ! 僕の肉なんか食べたらきっとお腹を壊しちゃうから!」
 ストライクはいちいちそれに答えるのも面倒くさくなった……頭から胃袋まで、考えにあるのはただ食うことばかりだった。何かを口に含み、それを栄養として全身に行き渡らせること……つまるところ生きるために食べること……それが何であろうが、どんな形をしていようがどんな味をしていようがさしあたって、そんなことはちっとも問題ではなかったのだ……ましてや狩りに生きる種族にとって、そこらへんの鳥や小獣どものように木の実を啄んで糊口をしのぐことなど考えるべくもなかった……テッカニンはあまりにも馬鹿だったのでそんなことにも考えが及ばなかった。
 ストライクはテッカニンの蠢く脚を片方噛みちぎった。ぷちっ、という音とともにあっさり剥がれた脚をスルメのように味わった。コリコリという食感はわりかし癖になりそうだった……ストライクはもう一本の脚も、花を摘むように食いちぎった。
「わああああっ!」
 テッカニンは目をキツく閉じ、悲痛な叫び声を上げたが、それは弱肉強食の世界ではあまりにもありふれた、誰の心も動かさない凡庸な叫びに過ぎなかった……テッカニンは馬鹿ではあったが純真な虫ポケモンであることには違いなかった。そのすばしっこく飛び回れる翅でもって思いきり奔放な生を生きるつもりでいた……これまで何度も泣きそうになりながらもその時のために堪え続けたのだから、それは当然の権利だと思い込んでいた……
「痛いよ! 痛いよストライクくん! どうして! どうして!」
 ストライクは最早テッカニンに何も答えなかった……言葉を話せる同胞とすらも考えていなかった……それはただそれだった。ストライクは猛烈に腹を減らしていた……翅の香ばしさや脚の噛みごたえを存分に味わってしまうと、それ以上に食い甲斐のあるものを欲するようになっていた……白い粉を吹いたような鉛色の腹が目につくと、溢れ出そうな唾液を音高く飲み込んだ。
 ストライクが噛み付くと、ザクっ、と裂けるような音に続けてぐぢゅぢゅ、と何かが潰れ、中にあったものが漏れ出てくるような感触がする。勢いよく引きちぎると、ドロドロの体液に塗れたテッカニンの腹わたの一部が露出した。テッカニンは自分の一部が視界に入ると、ひどく動揺してしまった。
「うわああああああああっ!」
 テッカニンは泣き喚きながら、もう跡形もない翅を羽ばたかせたつもりで、ストライクに向けて小便を撒き散らした。
「どうして! 僕は何も悪いことなんか! どうして僕がこんな目に! ストライクくん! ストライクくん! 痛いよ! 怖いよ! だんだん目の前が暗くなっていくよ……見えるものが見えなくなってる……イヤだ! 食べないで! 僕を殺さないで! もっと美味しいものなんてたくさんあるんだから! あれ、おかしいや……何かが僕の目の前に浮かんでる……僕にソックリのようで、何だか違うような?……わかんない……どんどん近づいてくる……やめて! 僕のところに来ないで! 僕に近づかないで! 僕を一匹にさせて、好きなように森や山を飛び回らせてくれれば、あとは何もしないから……だから! だから! うわああああああああんっ!」
 テッカニンの譫言に聞き飽きたストライクは顔を顰めながら、鎌に一際強く力を入れた。サクっ、サクっ……サク、と軽やかな響きから……ポトリ。テッカニンの首が地べたに落っこちた。ストライクは鎌に抱えた胴体を盃のように掲げながら腹の肉を丁寧に食い尽くたあとで、落ちた首に目を落とした。テッカニンの赤い複眼が潤んで、そこから水滴のようなものが伝っていた。
 ストライクは脚に反動をつけて、くしゃり。それを原型がわからなくなるまで踏み潰した。
 かわいそうで馬鹿なテッカニン!


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Last-modified: 2022-11-14 (月) 13:32:17
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