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テオナナ:子作りの相談を受けて

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このお話は、テオナナカトル第12話の後日談となる特別番外編です。単体で楽しむよりも、上記のまとめページの作品を読んでからの閲覧をお勧めします。

1 


神権歴6年 2月21日
「なるほど……ダメでしたか……」
 今ではすっかり警察の詰所となったロイの自宅だが内装は変えていないため、所狭しと置かれた椅子やテーブル、広い厨房のある内部はどう見ても酒場のまま。一応、警察の仕事をやるようになってから、地下の酒蔵にもシフト表や犯罪の件数などを記帳するファイルの数々が並ぶようになったが、明日にでも酒場を再開できそうな内装にはいまだに変化がない。
 当然、厨房は普通の家庭よりもはるかに大きく、酒場であった頃客がいるべき部屋とは扉で隔てられているため、そこに誘い込めば魔女のお仕事の打ち合わせをするのも簡単なもの。

 今日のお客さんは、食器を始めとする陶器商人の元締めでかなり裕福な男性だ。勃起不全のせいで妻との性交も成功しないということで相談に訪れて、種族はガマゲロゲ。
 教会公認の医者に薬を出してもらってもどうにもならなかったため、依頼人はまず霊薬で何とかしてくれと言ったが、ナナはまず食事療法から試してみたのだが――結果はそれでもダメとのこと。
 妻は無精卵も定期的に吐き出しているし、心身ともに健康そのもの。唯一子供が出来ないのが悩みだが、あとはもう悩みがないのが悩みと言えるくらいに活発なスワンナであり、子づくりがうまくいかない原因はほぼ確実に夫にある。
 純白の翼をもった美しい妻の容姿に引け目を感じているのか、普段でさえ中々勃たないイチモツが、行為となるとさらに元気がなくなるようで。首尾よく勃ったとしても、すぐに果ててしまい、加えて量も少なく濃度も薄いという、いいとこなしの状態であるという。

 ナナ自身、解決のために魔法を使えば楽なのはわかっている。しかし、魔法というものは使えば使うほど力を弱め、また価値も低くなってしまうものだ。たとえば、薬だって使い続ければ効かなくなるように。そしてそれは良薬でも麻薬でも同じことが言え、魔法と言うものは当たり前のように使ってはいけないことの一例と言えよう。
 そういった教訓があるから、ナナ達魔女はなるべく魔法に頼らないように生活する。魔法使いと言いつつも、まずは魔法を使わずにどうにかできることから始めるのを選ぶのだ。
 そうして今回は、精力上昇にはうってつけの、ニンニクやショウガと言った香りの強い根菜。砂糖や胡麻、胡椒といった万病に効く霊薬となる香辛料。ミリュー貝や芋虫、蛇の肝といった精力のつく食べ物を色々組み合わせ、警察の皆へ提供するまかない料理の分も合わせて日替わりで料理を提供していたのだが。一ヶ月経っても改善の兆しは見られない。
(何気にめちゃくちゃ金掛ってんだけどなこれ……特に香辛料。それなのにダメっていうのは辛いわねー……
 お客さんがかなり裕福だからものすごい材料費を貰っているからいいけれど、なんだかプライド傷ついちゃうなー)
 そんな思惑が渦巻くナナの中では、効果が出ないなんてそんなのありえないと断言できる。
「断言できるというのは……なぜです?」
「私の夫曰く、警察の皆さんが全員最近お盛んらしく……妻帯者の方は毎晩でもいけるそうなのですよ。対照実験で効果が出ている以上……私からはありえないとしか言いようがありません」
 ニコッ、とばかりにナナが浮かべるは素敵な笑顔。
「というか、私の夫も最近は私の求めに対して断らなくなりましたし……いやぁ、私が作った料理に効果があるようで嬉しい気分なんですが……ズバリ、夫とその部下に効果があるというのに、貴方に効果がないはずがないのです!!」
 きっぱりとナナは言う。自分の料理に自信を持っている彼女は、客に効果がないと言われてプライドを傷つけられたおかげなのか、やや言い方がきつく思えた。
「やっぱり……私がダメなんですかね……」
「そういう考え方がいけないのですよ。貴方は普段は大丈夫なのに妻の前では役立たずと言うようなことをいっておられましたが……やっぱりそれって……気持ちの問題なんじゃ……って思うのですよ」
「は、はぁ……」
「緊張してしまうと、男性のアレは縮こまってしまいますからねぇ……焦るのではなく、眠るように自然に落ち着けば、きっと道は開けると思うのですが……ふむぅ、そちらの方面でも少し作る料理を考えてみるか……いや……。
 気持ちの問題なら、食事でどうこうするのはやっぱり難しいですね……」
 聞こえるように独り言を言って、ナナは考える。これ以上食事療法を続けても、気持ちの問題であるならばやはり難しいかもしれない。
「仕方ありませんね。今回は魔女らしく、魔法に頼ると致しますか」
 仕方ない、といった感じの困り顔で苦笑してナナは言った。
「お、お願いします」
 ようやく本腰を入れてくれたかと、依頼人のガマゲロゲの表情が変る。こんな風に釣り針に食いつく魚のように表情を変えるというのも現金なものである。
(これじゃダメなのもうなずけるわ……)
 気持ち、と言うものは魔法を使う上で非常に大きな地位を占めるもの。見るという魔法と見せるという呪詛返しは、前者ならば黒い眼差しや蛇睨み。後者ならば誘惑や怖い顔と言った強力な力を持つものもあるが、普段何気なく見たり、見せたりする行為にはほとんど魔力は宿らない。
 しかし、見るという行為、見られるという行為に気持ちが加われば、その視線は精神を極度に乱す魔眼ともなり得る。たとえば、檻にでも閉じ込めたまま、好奇の目で見つめられたりでもすれば、混乱するだろう。悪くすれば発狂や過呼吸に陥るかもしれないし、逆に興奮してたぎってしまうような変態もいる。

(それがこの男の場合……自分に魔法をかけているようなものだわ……)
 『自分は勃たない』『自分は役立たず』。そんな風に自信がないばかりではなく、『どうせ食事療法なんかじゃ無駄だ』なんて思っている可能性がある。食事療法でも十分治ると、そう自信満々に宣言したナナにとっては心外なことだが、ともかくそう思ってしまったが最後。
 自分で自分に自己暗示と言う強力な魔法をかけている以上は、自己暗示よりも強力な魔法で対抗するしかないわけで。
(食事療法だって立派な魔法なのにね……もったいないなぁ)
 このお客さんのように魔法と言うものを勘違いしている人が多くて困る。薬は確かに強力な魔法だがしかし、それも慣れてしまえば意味がなく、さらなる刺激を求めるようになってしまう。薬と言う名の魔法に頼ったときに怖いのはそこである。
 薬が世界に蔓延して当たり前になると薬自体に体が慣れて効果が薄れてしまうことはもとより、気持ちが慣れてしまうのだ。気持ちが慣れてしまえば、『気持ちも魔法の重要な要因』である以上、魔法の効果は半減では済まされない。
 同じ相手を同じように誘惑しても、以前のように男を落とせないように、見る魔法や見せる呪詛返しにも同じことが言える。だからナナはロイを目隠ししてみたり(ロイは最初嫌がっていた)、ナナの初恋の相手である女装したコジョンドの姿で相手してみたり(ロイは最初嫌がっていた)、縛って身動きできなくしたり(ロイは最初嫌がっていた)と、いろいろ工夫して夫婦の営みに望んでいたりもする。
 だから、それを試してみてはどうなのかともアドバイスをしたが、それも無駄だったようだ。

 いろいろ試してダメだったのだ。薬はとっておきにしておきたいナナではあるが、今回は仕方がない。
「次回お越しになられる際にはお薬と、術師を用意します……ですので、今日はこちらの……」
 ナナは大なべの横の添えられた家庭用の小さな鍋と、油紙に包まれた串焼きに目をやった。
「料理を持ち帰って食べてくださいな。栄養満点なので、例え勃たせることに効果がなくともきちんと意味はあるはずなので」
「わかりました……」
「強力なの用意しますからねー。たぶん大丈夫ですから、うふふ」
 ナナはわざと視線を逸らし、ちらちらと流し目で依頼人の男を見る。わざとらしくとってつけた『たぶん』と言うのが逆に怖いのか、なんだか彼は苦笑していた。
 裏口からの帰り際に手を振って『またお越しください』と見送ると、ナナはため息をついて自身の髪の毛の中に優しく手を入れる。
ロリエ(Laurier)。ゆっくり寝ているかしら?」
 名前を巡って激しく夫婦喧嘩した愛しの我が子は、髪の毛の中で行儀よく眠っている。
「ロリエちゃんは妹と弟どっちが欲しいかしら? あの人もだけれど、一緒にロイにも頑張ってもらわなきゃね」
 耳を澄ませば髪の中から寝息が聞こえる。まだ言葉も操れない幼いゾロアが彼女の呼びかけに答えることはなかったが、ナナの愛撫に応えるように姿勢を変えてくれ、指先から感じる温かみにナナは笑顔するのであった。

2 


「と、言うわけなんだけどね。強力な精力剤を作るために、いくつか材料集めを手伝ってほしいのよ」
 今日一日、働いてきた我が夫に対して、ナナは胡坐をかいた膝の上に座らせながらマッサージ。傍らでロリエがタオルを齧って遊んでいる様子を夫婦そろって微笑みながら見守り、一日の疲れを癒してた。
「強力な精力剤……ねぇ。あのおっさんも大変だなぁ……」
「体質っていうのもあるんでしょうけれどねー……オタマロのころは女の子に散々いじめられたそうよ、あの人。だから、若い女性と言うのが苦手で……包容力の高そうな熟女の方が勃起するだとかなんだとかって、今日言ってた」
 ナナは可哀想にね、と笑う。
「そりゃいい。ナナの素顔見せれば意外と行けるんじゃないのか」
 ナナはいつだって永遠の十五歳を自称して、素顔を幻影で隠している。彼女の素顔を毎日見ているのもロリエとロイくらいなものだ。だが、素顔は醜いかといえばそうではなく、左顔半分の火傷にさえ眼を瞑れば、『年を重ねても美しい』という言葉がこれほど似合う女性もいない。
「どうでしょうね。お嫁さんは丁稚奉公のときから仲が良かった数少ない女性だそうだけれど、自分には不相応だと思っているだけかもしれないわ。なんにせよ、女性に対して自分に自信が持てていないのは確かだから……そうね、私が直接元気付けて上げちゃおっかなー」
「冗談は口だけにしとけよ」
 ナナがお得意の妄言を吐けば、ロイは笑って応える。
「うふ、こうかしら?」
 そんなロイの言葉に悪乗りして、ナナはマッサージの最中の旦那の口に指を突っ込む。
「俺は赤ん坊じゃねっての」
 傍らでタオルと戯れ続けるロリエのように指をしゃぶれと言わんばかりのナナの行為にロイは苦笑する。
「あの人、そもそも顔自体は若い子の方が好きって言っていたから……好きだけれど苦手って、辛いものよね」
「嫁さんが好きだからこそいいかっこ見せたくって空回りしてしまうのかも知れないぞ。なんにせよ、ナナの食事療法で治らないとなると中々絶望的だな」
 最近の警察仲間の元気さを見ると、切にそう思う。

「同じものを食べたロイは最近元気いっぱいだもんね~……」
「おかげさまで、部下も元気いっぱいだよ。二人目は出来そうかい?」
 ロイが笑顔で尋ねると、ナナは笑顔で首を振る。
「うぅん、まだね。でもこういうのはタイミングが大事だからね……あなたが毎日相手をしてくれるから、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで何とかなるわよ」
「……次は、喧嘩せずに名前を決められるといいな」
「子供の名前は頭文字に『L』がいいわ。男の子でも女の子でも」
 ロイの家族は、男には『R』の頭文字。女には『L』の頭文字を名前に付けている。男は東(地図上の(right))に行き、国土を広げろ。女は西(地図上の(left))に留まり、国を守れというゲン担ぎのための名前であり、名前には魔力が籠ると信じ合う夫婦同士、この子の将来を想って相当喧嘩したものである。
 右へ行くというのは、つまるところ外へ出て働けという意味なのだから、魔女としてバリバリ働いてもらいたい子供にはむしろ『R』をつけてやれというのが、ナナの主張。ロイはと言えば、伝統的に女性に『L』をつけて来たのだからと、頑として譲らなかったものである。
 しかし、テオナナカトルと言う魔女組織を守ってもらうという意味合いを込めて結局は『L』の頭文字で落ち着くまで、腕もしくは前足に対しての平手打ちのみ暴力が許された夫婦喧嘩は一晩続いたものである。
「あんときゃ痛かったよ。ナナは両手が自由だけれど、俺は4足歩行だから手を地面についていなきゃいけない」
 次の日まともに歩くことさえ大変だったことを思いだして、ロイはしみじみと語る。
「あら、ハンデの一つや二つあったっていいじゃない?」
「お前に必要なハンデなんてねーっつの」
 ロイは苦笑する。負けるつもりはないものの、本気で殺しあったりなんてすればナナ相手に無傷で終えられる自信はまるでない。こっちも重傷を覚悟しなければならないくらいにはナナは強い。踊り子をやっていたおかげで運動神経が良いのは納得だが、魔女は体が資本などと言って子供を産んでなお鍛えることをやめないのだから、恐ろしい。

「で、どうすんの? こうやってマッサージしてくるってことは……今日やるの?」
「うぅん、今夜はさっき言った材料の調達をお願いしたいわ。だから子作りはお預け」
「あれ、今から集めるの?」
 驚いた様子でロイが尋ねる。
「うん、材料なんだけれど……薬草や香辛料なんかはジャネットの方で用意してもらうからともかくとして……やはり、精力剤の仕上げにはあるものが必要なのよね」
「あるものってのは?」
「まぁ、東の国での思想なんだけれど……悪いところがあるならば、それと同じ場所を食えっていうね。心臓が悪いならば心臓を食えっていう風に……だから、精力剤には大抵精液を材料として使うのよ」
「うあぁ……あんまり想像したくないなぁ」
「まぁ、場合によってはペニスまで切り取ってそれを料理に使うこともあるからねー。お客さんは本気で子供を作りたいようだから、串焼きにしたそれを特別に振舞っているのよー。結構おいしく作ったつもりだけれど、ロイも食べる?」
「いらない」
 即答してロイは笑う。
「まぁ、あるものってのはあれよ……要は、お客さんに渡す精力剤が、相当自分の体に自信をつけさせてくれるような代物か、もしくは自信なんてあってもなくても関係ないくらいに強力な薬か……そのどちらかが必要なわけ。でも、後者……強力な薬に頼るのは体に良くないわ。だから前者で済ませたいわけで……いつもはメタモンの精液を使っていたけれど……」
「え、メタモンってそれはつまりユミル……だよな?」
「うん。ユミルよ」
 こともなげにナナは言って笑う。
「メタモンは古来より子孫繁栄の象徴の一つだからねー……だから、それなりに信仰という魔力が伴っているの。けれど、それだけじゃきっとインパクトに欠けるわ」
「つまり、俺にリムファクシの……精液を採取して来いと?」
「え……」
「違った?」
 言いたい事を先に言われる形になって、ナナは驚き口をぽかんと開ける。
「いや、大正解よ……まさか先に言われるとは思わなくってね」
「話の流れから大体……ね、予想できたの」
「なんだ、つまんないの。貴方のツッコミを期待してたのに」
 口を尖らせて言うナナに、ロイはおいおいと肩をすくめる。
「ともかくはそういうことよ。インパクトのある精液と言えばやっぱりルギアのような神の精液だからね」
「改めてお前の口から聞くと、それは……なんというか、その……」
「ロイが乗り気じゃないならしょうがないわね、私がやるか」
 至極楽しそうに、煌めかんばかりの笑顔を見せつけてナナは言う。
「え、そ、それは……だめ」
 それは浮気になってしまう気がする。しかも、ナナの事だから悪乗りして、このままリムファクシに変な性癖がついたりでもしたら非常に困る。
「冗談よ。適任はロイしかいないわ。だって、最近はお勉強もご無沙汰だけれど、リムファクシの勉強は性教育も含めてロイにお願いしているから……これも一つの勉強だと思って、ロイにやって欲しいのよね。
 それに、私思うのよ。性教育の一環として、若い身体から流れるとびっきり濃厚な精通精液を浴びて真っ白になるブラッキーの我が夫……それがどこの馬の骨ともしれないような奴なら殺意の一つや二つ芽生えるけれど、リムファクシ君のだったら、むしろ私が舐めとってあげたいくらいだなって……」
 ナナは演技に酔った様子で、恍惚とした視線を虚空にやりながら語る。気付けば、マッサージしているはずの両手はロイの股間に伸びており、そびえたつ彼の一物をいやらしくさすっている。
「ストップ……口も手も」
「えー……もっと語りたかったのに」
 語らせてたまるかよ、とでも言いたげな渾身のため息がロイの口から洩れる。こんな痴話をしていても、意味が分からない子供はタオルと戯れてばかりでかわいらしいものだ。
「でね、夜の間にこっそり抜け出して、いろいろ教えて欲しいのよ。私は幻影でリムファクシのフリして街を見守っているわ……」
「まー、リムファクシがいるときにわざわざ街で悪さする奴なんていないから、お前が幻影で威嚇していれば大丈夫だとは思うが……」
「わかってる。ユミルと一緒に有事の際は対応できるようにしておくから、安心していってきて。二つの意味で」
「りょーかい……」
 どうすればいいのだと、愚痴りたかった。しかし、テオナナカトルと言う組織ではナナが一番の上司なので、逆らうわけにもいかず、憂鬱な気分でロイは了承する。

 リムファクシが住処にしている教会へ向かう前に、一旦ロリエを事情を説明してサンダーソン夫妻に預けると、ロイとユミルとナナの三人で教会へ向かうことに。ジャネットは娘や息子とロリエが仲良くできるように家で見守りながら、各種材料を煮詰めたり磨り潰したりして製薬しながらお留守番である。
 まだ寒くて仕方ない春の初めの夜はどっぷりと更けていった。

3 


「リムは最近どうしてるかしら?」
 日も沈み真っ暗となった時間帯。教会の鐘楼に居るリムファクシを訪ねるため、ロイ達は教会の裏口から、鐘楼へと向かう螺旋階段を目指す。
 裏口でロイ達を迎えてくれたのは、フリージアの弟のチラチーノ。
「4日前に大釜一杯分の食事を食べた後、ずっと眠ってます。まだお腹はすいていないみたいですよ」
「そう、それじゃあ1週間位したらまた食べ物を届けにくるわ」
「いつもすみません。お世話になります」
 彼はナナに会釈する。フリージアの弟である彼は、テオナナカトルという魔女集団と関わる事をあまり好まないせいか、フリージアのように深く詮索することも避けている。ここで応対したのがフリージアであったのならば、リムファクシに会いに訪れた理由を根掘り葉掘り聞かれていたことであろう。
 そうなってしまえば、自分が今からやろうとしている事を知られてしまうわけで、そうならなかったことにロイは安堵する。
「それでは、ごゆっくり」
 螺旋階段の鍵を開けると、弟はさっさと室内へと戻っていった。寒いのもあるだろうが、まじめに神龍を信仰しているせいか、魔女という集団とはあまり一緒にいたくない。
 それでも、まじめに信仰しているからこそ、テオナナカトルを敵視せず、『貴方の敵も愛しなさい』という教えを守っているあたりは、ナナやロイにとっても好印象であった。よそよそしい態度をとっていても、決して敵視しないのは精神的にもありがたい。

「リムファクシ。起きてるか?」
 ロイがリムファクシの名前を呼ぶ。
 リムファクシは体の大きさが3mを越えたころから起きている時間が短くなり、ずっとまどろ(微睡)んでいるようになった。もともとルギアは冷たい海底で眠り続ける種族。こうして地上に降り立っている今もその種族特性は受け継いでいるのだろう、眠るでもなく、かといって起きるでもなく。あいまいな意識の中でずっと微睡んでいる。
 こうして眠りにつくことが多くなったのは成長の証だそうで、毎年恒例の海の歌謡祭に出かけた際には、精通もこの時期に迎えるとの話であったから、ナナの言う目的も達成は不可能ではないわけだ。
 これはリムファクシが大人になった証と言うことで喜んでいいことなのだろうが、肝心のリムファクシ自身は微睡みに入ることで普段は感情表現も希薄になっている。
 眠っている間はほとんど食事をとらないから、食費は小さいころよりも安くなったという奇妙な具合にもなり、もう以前のリムファクシではなくなってしまった。どう接して良いのかも難しい状態で、精通をさせるにも少々気が引ける。
 色々面倒だが、仕方あるまい。ルギアは寿命が気の遠くなるほど長いから、こうして悠久の時を過ごすことで退屈をしのぎ、微睡の中で感情まであいまいにして愛するものと別れる悲しみからも逃竄しているのだろう。

 こんな生活を続けるのは無理がありそうだからと、海へ戻る事を勧める声もあったのだが。リムファクシはそんな時でも、この街に助けを求める者がいれば、即座に覚醒して駆けつけるくらいのバイタリティと、愛国心のようなものは備わっている。
 もちろん、まだ十分な成体ではないリムファクシであっても、襲われた者はひとたまりもないために(普段はしないが本気を出すと嵐を纏うため)彼が目を光らせている間に、弱者が助けを求められるような暇のあるバカな犯罪を起こす者も少なくなった。それによって街自体がリムファクシに依存してしまったがために余計に海へ帰ることも難しくなってしまった。
 結局、水中で休むことも叶わず、陸という絶えず負荷の掛かる場所で暮らすがために覚醒することも極端に少なくなったリムファクシとは、ここ最近全くと言っていいほど会話もかわしていなかった。
 こうなってしまうと、ロイと毎日行っていた勉強も出来ず、久しぶりに彼を起こすとどんな反応をするのだろうかと楽しみではある反面、どんどん寿命の差が開いていくこと思うと少しさびしかった。

 リムファクシは普通の住居では住めないくらい体も大きくなり、そんな体でも室内に入れる家が必要であった。加えて街全体を見下ろせるということもあって、普段は街全体を見下ろせる教会の鐘楼に座している。食事のときくらいしか室内には入らないが、今ではすっかり教会が彼の家となっている。
 鐘楼のトンガリ屋根の上で佇むリムファクシは闇夜でもぼんやり光り、まるで夜空に浮かぶ月のよう。しがみ付いていなければずり落ちてしまう屋根の上で四角睡を器用に抱いて微睡む彼だが、決してロイと一緒に警察をやるという約束を反故にしたわけではない。
 彼は四六時中まどろんでいる反面、どんな時間帯でも火炎放射や電気ショックを上空に向かって打ち出せばすぐさま助けに駆けつけては、その力を振るってくれる。微睡んだ状態では話も聞けないように見えて、意外に見聞きするには問題ないのである。
「こんばんは、リム君」
 ナナがロイに遅れてリムファクシの名を呼ぶ。
「起きてるでやんすかー?」
 そして、サーナイトの姿に変身しているユミルも呼びかける。
 一般人がよびかけても、いちいち反応していられないが、ロイやナナのように毎日顔を合わせることをしない友人であれば話は別だ。
「……なんだ?」
 寝ぼけたような、小さい声であった。しかし、決して不機嫌な様子もなく、口の端には笑みの片鱗が見え隠れ。薄目を開けて微睡みながらの応対をするリムファクシはどれくらい時間が経ったかを正確に把握している様子はないが、久しぶりにロイ達から話しかけられ嬉しい様子。
「今日の夜、勉強と……その後、街から離れた場所で少し話があるんだ。見張りにはナナとユミルを当てるから、ちょっと付き合ってはくれないか?」
「……ほんとか?」
 まったりとした、マグマッグの歩みのような応答がリムファクシから返ってくる。
「あぁ、たまには起きて、俺と一緒に勉強しよう。まだ、歴史の勉強も途中だしな……」
 ロイが肩にかけているバッグにはファイルが入っている。テオナナカトルの魔女達が歴史を記した書物の写しで、リムファクシとの勉強のためにわざわざ書き写してこしらえた貴重な代物だ。
「今日の警備は私たちに任せて。リムファクシはロイと勉強に行ってきなさい」
「うん」
 鐘楼の鐘のようにゆっくり首を振って頷き、リムファクシは首を上に持ち上げてから、大きく胸を膨らませて深呼吸。
 そうして、海色の腹を大きく膨らませてから息を止め、彼は目を見開いた。次は胸をしぼませて息を吐き出し、ゆっくりと持ち上げた首を元に戻した。そうすることで彼は覚醒する。
「勉強だなんて久しぶりだな……今何月だ?」
 寝ぼけた表情は消え、さっきよりもずっとしっかりとした口調でリムファクシは尋ねる。
「神権歴6年、2月21日だ……お前との勉強会は11月以来だから3ヶ月ぶりだな」
「神様はねぼすけさんね。もう冬も終わりに近づいているのよ」
「眠いもんは眠いんだ。仕方ねーだろーがよ……」
 リムファクシも寝ぼけた表情は消えているが、完全に覚醒しきってはいないのだろう。反応が僅かに遅れている。
「なんにせよ、元気で眠っているようで良かった」
「それはこっちのセリフだぜ、ロイ」
 リムファクシを見上げるとロイと、その逆のリムファクシで笑顔が交差する。
「なんだか、近くて遠い存在になっちまったなー……俺たち」
 それもすぐに寂しげな笑みに変わり、リムファクシはまっ白いため息をついた。
「仕方ないでやんすよ。神と人間が暮らすというのはそういうもんでやんす」
 サーナイトに変身しているユミルがそう言って彼の腹を撫でる。ぷにぷにとやわらかい腹の感触はとても暖かく、心地いい。それをいやがる様子もなくリムファクシは身を任せ、ナナとユミルに目を向ける。

「俺の代わりはナナとユミルがやってくれるんだっけ?」
「うん。夜だから幻影でもたぶんばれないと思うわ」
「ばれたとしても、ナナ……とアッシのサポートに抵抗できる奴なんてほとんどいないでやんすからね。ロイと一緒に勉強その他を頑張ってくるでやんすよ」
 なんだかんだでこの街を愛しているリムファクシには、ここを空けることが心配でたまらない様子。しかして、ナナとユミルは頼もしく答える。
 彼らテオナナカトルがどれだけ頼れる存在であるかを身をもって知っているリムファクシは、仲間が信じろと言ったことに信じない選択肢はない。
「わかった。俺は空けるよ」
 好意に甘えることにして、リムファクシは笑った。
「ロイ、久しぶりの勉強……頼んだぞ? ずっと寝てるけれど、ずっと楽しみにしてたんだからな」
「分かってる。じゃ、地面まで下ろしてくれ」
「かしこまり」
 リムファクシは屋根の上から滑り落ちるように飛び降りて、空中で翼を広げるとサイコパワーと羽ばたきあわせ技で空中に制止する。その背中にロイはぴょんと飛び乗り、リムファクシの背中のヒレにしがみ付く。鎌首をもたげてロイが背中にしがみ付いた事を確認したリムファクシは、サイコパワーを解いて巨大な教会の上から滑空するように街の上空を回り、小さな羽ばたきで減速して教会の敷地内に降り立った。
 そうして敷地に降り立った後は、広さも高さも一般庶民の家が及びもつかない教会内部へと足を踏み入れる。普段は礼拝堂となっている正面入り口も、夜になり誰もいなくなった後は、ロイとリムファクシの勉強のための場所。巨体を生かして巨大な扉を押し開け、窮屈なんて感じない入り口からリムファクシは礼拝堂へと入る。
 そこで行うのは、歴史の勉強だ。悠久の時を見守るであろうリムファクシが、これからの世界の行く末をいつか導けるようにと願いを込めて。歴史を見守り、そして生き証人となってもらえればと願いを込めて。
 文字や言葉を覚えさせたり、簡単な数学、魔女として生きるための科学など、一通り学んだ後はこうして社会の仕組みや歴史を教えることが主流となった。リムファクシは、ロイがかつて自分のお抱えだった家庭教師の見よう見まねで教えるそれらを貪欲に吸収し、疑問があればきちんと質問する模範的な生徒であった。
 質問されて困るような解釈の分かれる部分の説明を余儀なくされたりと冷や汗もので、教えるロイはたまった物ではないけれど、教えていて楽しく思える。
 そんな様子を間近で見ていたナナは、リムファクシを育てられるのはロイしかいないと思ったわけだ。ナナが性教育云々というのも、彼女自身のおふざけや性癖の腐具合などによるところもあるが、ロイが一番上手く教えられるであろうと踏んでのこと。
 もはや生活リズムは足並み揃わないが、鐘楼で見張りをする二人にフリージアが差し入れの紅茶を持ってきた際には、二人の様子がとても楽しそうであったと教えられ、ナナは体だけでなく心まで温かくなるのを感じた。

4 


 やがて、すっかり夜も深くなり明かりをつけている家もほとんど見かけなくなった。十六夜の月が見下ろす外に出てみると、冷え切った空気が刺すように体を刺激する。見上げてみれば鐘楼の上には、ナナが幻影で作ったリムファクシがたたずんでおり、きちんと威嚇行動をしてくれていることが分かる。
「ナナはきちんと見張りをしているみたいだ。行こう、リムファクシ」
「オッケー。背中に乗ってくれ!!」
 ロイはちょっと遊びにいこうといってリムファクシを外に連れ出す。今日はどちらかと言うとこっちのほうがメインの目的で、勉強を教えている間も軽い罪悪感をずっと感じていたものである。
(そういえば自分は、どうやって自慰を覚えたんだっけ……)
 精液を採取しろとのことだが、そうなると確実にリムファクシに自慰を覚えさせることになるだろう。同性との性交は一応経験しているから、出来ないわけではないのだが、少なくとも自分は自慰を他人に教わった覚えがない。

(たしか、そう。母親の浮気現場を覗いてしまって、それからうずいてしまったのが切欠だったな……体を曲げて口で咥えて、無意識に自慰をしていたっけか。
 そのあと、婚約者と番う前に家庭教師に性教育をやらされて、その時か……自分のやっていることの意味に気付いたのも)
 性教育と同時に自慰を教える。なんと言うか、自分と順序が違ってしまうせいか、変な具合にならなければいいが。
「ロイ」
「ん、なんだ?」
 風を切って空を飛んでいるためにびゅんびゅんとうるさい道のりの最中、リムファクシが前を向いたまま大声で話しかける。
「そういえば、どうして湖畔なんかに出かけるんだ? まだ泳ぐには寒すぎるし、魚を釣るにも時間帯はわるいぜ? 秘密だなんていっていたけれど、そろそろ教えてくれたっていいんじゃねーの?」
「それなんだけれどな……いや、お前に今まで教えていなかった事を教えたいわけなんだけれど、人前で見せるわけには行かないからな。だからミリュー湖まで出かけるわけだけれど……まぁ、なんと言うのか。子供を作る方法って言うのかなー……」
「おー……俺にもロリエちゃんみたいな子供が出来るのか?」
 気が進まないロイに対して、リムファクシは無邪気で可愛らしい反応をするばかり。その言い方が可愛らしくて、少し心がむずがゆくなる。ナナは童貞狩りが好きそうな印象だが、ロイは子供の筆下ろしへの衝動にはつながらないようだ。ある意味宝の持ち腐れともいえる。
「相手がいればな。ルギアの女の子が相手ならば確実に子供は出来るさ。だが、他の種族の女の子と出来るかどうかは不明だよ。伝説のポケモンは卵グループも不明だからな」
「卵グループの合う相手……か。地上にいる俺に見つかるかなぁ……」
「相手のことなら心配すんな。海の歌謡祭は神が相手と出会うための祭りだろ? あぁいうイベントがあるから、カイオーガもルギアもマナフィも番と出会えるんじゃないか」
 だからお前もいつかは結婚相手が見つかるとロイは言う。すっかり歌謡祭の事を失念していたリムファクシは気休めではないロイの言葉に勇気付けられ『そうだな』と笑う。 
「子供の作り方かー……楽しみだなぁ」
 そう楽しみにされても困るのだが、リムファクシは無邪気なものだ。流石に無邪気に育てすぎたかと後悔するべきなのか、それともこんなもので良いのか、悩みどころである。
(悩んでも仕方がないんだけれどなー……どう話すべきなのやら)
 初めて性教育を受けたとき、どんな風に教えられたのか。とにかくロイは記憶の糸を手繰りながらそれを思い返す。

 あの会話以降、リムファクシは無言で目的地へと向かった。本格的にどうすれば子供が生まれるかを聞くのが楽しみな様子で、嬉々とした表情はとても可愛らしい。
 地上に降り立つと、リムファクシはすぐにロイを降ろし、早速どうすれば良いのか聞きたそうな顔。がっついてはいけないからと何も言わないが、顔にはきちんと出ている。
「じゃ、まずは座ろっか」 
 そんなリムファクシはやる気持ちを抑えるようにロイは落ち着きはらった態度で言う。おう、と答えて湖畔に座り込んだリムファクシは、気体に満ちた眼差しでロイを見つめる。
(コイツは町中の子供に人気あるし、コイツ自身子供大好きだからなぁ……)
 だから、自分も自分の子供が欲しい、と思うのはある意味当然のことなのかもしれないが、こうまで濁りのない瞳で教えを請われると、なんだか背徳的な気分にさいなまれる。
「まずな。子供を作るのには、大抵のポケモンには異性の存在が必要なんだ……ポケモンの中には、雄と雌の性別を両方もっているポケモンもいるけれど。リムファクシはそうじゃないみたいだし、異性が必要だ」
(子供を作るって、結構夢のないことなんだけれどなー……)
 なんて考えも、神龍信仰のおいてのセックスというものの扱われ方が問題なだけである。神龍信仰においてはセックスは明確に穢れであるとされ、だからこそ娶った妻以外との性交を禁じている。貴族の間では浮気が文化であるとばかりに浮気は平然と行われているし、聖職者だって小難しい名前を免罪符にした聖職者用の娼婦がいるから気にしてはいけないのかもしれないが。
「まぁ、なんだ。俺とナナみたいなのが典型的な番だな……中には、ユミルみたいに男性でも女性とでもどちらとも子供を残せるやつは居るけれど……」
 黒白神教では、セックスを穢れとする習慣はないので(現に神話の中では神が浮気し放題、近親相姦し放題である)、ロイ自身もそう考えるべきなのだが、いまだにセックスと穢れを結びつける思考はロイの中から抜けきらないようだ。
「だから、お前も女を捜さなければならないわけだけれど……お前も、なんとなく分かっていたみたいだけれど、性別の他にも考慮するべき点として、卵グループってもんがある。
 例えば、俺とナナは陸上というグループだから、子供が出来るけれど……ジャネットは鉱物・妖精グループだから、俺とは何をやっても子供が出来ないって訳だ。
 結構、見た目で分かる卵グループだけれど、見た目どおりじゃない奴もいるから、そこはちゃんと調べておかないといけないんだけれどな……」
 それでも、いずれは教えなければならないことだから、教えること自体はロイも嫌なわけではない。しかし、今回は精液を採取しろとのナナからの指令がある。精通に男が関わるというのも如何なものか。
(ともかく、やってやるっきゃないか)
「でも、ルギアみたいに人前に姿を見せないポケモンは、正直なところ卵グループが何に属するのか分かっていないんだよ……ね」
「あー……でも、ルギアとならば確実だよなー?」
 リムファクシは無邪気にロイへと尋ねる。
「そうだろうな。恐らく、見た目から察するにルギアの卵グループは、怪獣・ドラゴン・水中1のどれかだろう……グラードンがカイオーガと生殖可能だとか、カイオーガとルギアが生殖可能だとか、フローゼルと生殖可能だっていう話を信じるならば、恐らく怪獣と水中1で確定だと思うんだけれどなぁ……正直そこら辺のことは研究してみないとわからんよ。俺もわからん」
「んー……でも、俺研究されるのなんか嫌だなぁ」
 うんちくを垂れていると、リムファクシはそんな事を言って難色を示す。実際、研究させてくれなどと、暇を持て余した貴族の三男が尋ねてきたこともあったのだから、実感のこもったセリフである。
「まあな。お前がその研究のために女に種付けまくるなんて事をしたら、きっと地上がルギアで埋まっちまって大変なことになるだろうし……お前は、海の歌謡祭で適当なルギアを見つけてそいつと番う方が無難だよ。
 お前みたいにでかい奴だと、体格差も激しいから受ける雌も大変だろうしな」
「うん……でも俺、歌謡祭で出会ったその辺のルギアよりも、ロイみたいに一生一緒に愛し合える奴を探したいな」
「お前が一生愛する事は出来て、お前を一生愛せる奴は難しいだろうな……たぶん、お前よりも早く死ぬだろうし。お前と同じ伝説のポケモンでもなけりゃあ、難しいだろうよ。
 だから、一生付き合いたい奴を探すんならやっぱりルギアから選ぶのが無難だよ。分かれるのが嫌ならば、なおさら」
「分かってるよ、ロイ。相手の事はおいおい考えるから、心配すんじゃねーよ」
 リムファクシも、ロイとナナが番うまで色々あった事をわかっているせいなのか、子作りの方法を教えてもらったところですぐに実践できるようなものでないことはうすうす感づいているらしい。
「よし、良い答えだ。続けるぞ。子作りってのは、そうやって相手を見つけるところから始まるんだ。相手をどうやって選ぶかについては、文化によって違うからなんともいえないが……基本は、好きな人と番う方がいいな。
 ここでまた例に出しちゃうけれど、俺とナナみたいに仲の良い者同士のほうが理想的だ。でも、これはまぁ気分の問題。嫌いな人と子作りをしても子供が出来てしまう事はできてしまうからね……」
「え、仲が良くなくっても大丈夫なのか?」
 意外そうな顔でリムファクシは首をかしげる。
「ああ、子供を作るだけなら仲が良い必要はないよ。実際、俺の母親も、俺の婚約者も特に俺の事は好きじゃなかったし……でも、仲が良くなくとも俺が生まれたし、あのまま婚約者と添い遂げていたならばいずれは子供も生まれていたと思う……でも、女性にとって見れば、そういうのはごめん被ることだからな。
 だって、自分の子供が自分の嫌いな奴の半分で出来ているんだぜ?」
「あー……そりゃ、なんと言うかきついなー。俺はロイもナナも好きだからロリエのことも好きだけれど、ロイとナナのことが嫌いだったら同じように好きでいられたかどうか……」
「そう。特に、自分のお腹を痛めて産まなければいけない女性にとっては、嫌いな奴の子供を生むなんて屈辱だし、堪ったもんじゃない。そこら辺、お前は教えなくてもなんとなく分かっているみたいだし……子供を生ませる女を選ぶときは後悔しないように決めなきゃな」
 こういう話をしているときは、リムファクシの純粋さが気持ち良い。人が傷つくようなところを見たがるような性質は持ち合わせていないから、話していると心が癒されるのを感じる。

「それで、相手を決めたとして具体的にどうすれば良いのかなんだけれど……」
 だからこそ、ここから先が難しい。この純粋な子供に、一体何をどうやって教えろというのやら。

5 


「まずは、男と女の体の違いから説明しなければならないわけだが……まぁ、なんとなく分かっているよな?」
「んーと……ちんちんがついているのが男で、ついてないのが女だよな?」
 直球の答えを出して、リムファクシはロイを見下ろす。
「あぁ。卵グループが飛行だったりとかでついていない奴も居るが……まぁ、ルギアだったら怪獣に近いわけだし、そう思っていれば間違いない。いつもはスリットの中に隠れているからぱっと見じゃあ分からんかもしれないけれど、匂いでも大体分かるだろうし……ともかく、お前は雄だから雌を相手にするわけだ。
 見分ける方法なんて、ぶっちゃけ分かればどっちでも良いわな。雌を前にしてやる事は……そう、だな」
「ロイー……どした?」
 ロイが閉口してしまったのは一番説明が難しい部分である。リムファクシと同居していた頃は、一度もナナとの行為を覗かれたことがない自信があるが、むしろ覗かせておけばよかったかもしれないと多少の後悔――するべきなのかどうか。正直どちらともいえない。
「まずな、子供を残すことってのは苦しみが伴うんだ。エサの取り分も増えるし、卵や膨らんだ腹を守らなきゃならない。だから、普通に考えれば誰も子供を残そうなんて考えたりしないんだ」
「はぁ……分かるような分からないような」
「それは実際に体験してみれば分かるよ。子育ては大変だから……」
 まだ一歳にもなっていない我が子でもたくさんの大変なエピソードがあった事を思い出しつつ、ロイは語る。
「だから、子育てが楽しいと思えるように、子供の顔を見ると本能的に可愛いって思えるように俺達は出来ているんだ。それにね、子作りという行為自体にも報酬が用意されてる」
「ほーしゅー……?」
 オウム返しに繰り返すリムファクシに、ロイは頷く。
「それについてはまた後で説明しようかな。まず、怪獣グループの場合は、大抵お前みたいにでかい尻尾があるからな。それに見合うだけのモノ……いってみればちんちんがついているはずなんだ」
「ふむふむ……」
「リムファクシ。朝起きてたら、それが大きくなっていたこととかある?」
 彼の股間を顎で指し示しながらロイが尋ねる。
「あるぞ。この割れ目の中からちょろっと顔を出すくらいだけれど……」
「そうか、そんな程度か……。でも、本気を出すともっと大きくなるぞ?」
「へー……」
 いまいちピンとこないのか、リムファクシは気のない返事。
「リム、仰向けになれ。ちょっと実践するから」
「え、あぁ……うん」
 まだ実感も何もないらしい。子作りに伴う報酬云々という話も、今はもうどこかに置き忘れられているだろう。
(で、どうすれば良いのだろう)
 悩ましかった。性教育だけなら絵を描いて説明すればよさそうなものだが、今回はナナから精液を採取しろとの指令がある。とりあえず手早くちゃっちゃと済ませるべきなのか、それともそれなりに楽しませてあげるべきなのか。
 そんな事を考えている間にも、リムファクシは木の字に五肢を広げて仰向けになる。
「で、肝心の大きくする方法だけれど……こう言うのはあれだ。さっきも言ったけれど、絶対に人に見られないようなところでやれよ?」
「ん、そういえば言っていたけれど……そういうものなの?」
「そうだ。基本的に番となる雌とお前以外、誰にも見られないような場所が良い。そのために教会を抜け出してこんな湖のほとりまで来たわけだし」
 分かるか? と、視線を向けると、リムファクシは声に出して分かったと頷く。

「よし、良い答えだ。まずは、気分が大事だ。怖かったり、緊張していたり、戦う気になっていたりするとダメだからな。まずは落ち着いて……って言いたいところだけれど、リムファクシは大丈夫? 落ち着いているか?」
「大丈夫だぞ。それで?」
 いまだにリムファクシは純粋な眼をロイに向ける。そんな視線を向けられると、なんだか自分が悪い事をしている気分になってくるのだが。
(こういうこと、ナナならばノリノリでやっちゃいそうだな……)

「そしたら、次は楽しい気分になるまで色々盛り上げれば良い。具体的には、そうだね……キスとか」
「キス? って、キスだよな」
「そ、ひねった意味なんて何にもない。キスはキスだ」
 ロイもいちいち説明するのは面倒なので、要領を得ない回答で答える。まずは、とりあえずキスからがスタンダードだ。
(あれ、まてよ? 恋人同士でもないのにキスで盛り上げるとか、そういうことの必要はないような……だけれど、なんと言うか情緒的なものも覚えてもらわないと困るし……いきなりがっつくようなリムファクシとか見るに耐えないからな……)
 相変わらず、悩ましい。戦うとなれば決心がつくのは一瞬だというのに、戦いでもなければ自分はこうまで女々しいのかと思うと、ロイは自分に腹が立つ。こんなときだというのに戦場でへたれてしまう者の気持ちが少し分かったような気がして、ロイはなんとも複雑な気分であった。
「とりあえずは、適当にやってみろ。まずはキスから」
 そうして、心の中では嫌々やっていながらも、ナナとの経験ゆえか驚くほどスムーズにロイはリードする。リムファクシの大きな口に顔ごと突っ込むように、ロイは口を合わせる。半開きの口同士がくっ付くと、感じるのはお互いの口臭。
 肉と野菜をバランスよく食べているロイは、獣臭さはそれほど感じさせず、仄かに草の甘さを含んだ癖のない匂い。リムファクシは魚介の匂いが多く、肉とはまた違った臭みの混じる匂い。しかして、二人ともきちんと野菜を食べているせいか嫌味な匂いを感じさせず、互いの鼻は互いの口に拒否反応を示すこともない。
 どうすればいいかもわからないリムファクシの口は、匂いをかいでなお半開きのまま。少しでも夢中にさせてやれればと、ロイは口唇を下で掬うように舐める。そのまま、鼻面でリムファクシの口を押し開けると、彼は素直に口を開いてロイを受け入れる。
 ロイは自身の口器をリムファクシの中にえぐり込み、ザラザラとした彼の舌を拾い上げ、痛くない程度に牙で挟み込んで口の中までエスコート。リムファクシは次々行われるロイからの愛撫に、眼を白黒させて翻弄されている。
「ふはっ……」
 と、ロイが口を離して新鮮な空気を吸気する。
「あ、あの……ロイ?」
「どうした、リムファクシ?」
「キスって恋人同士がやるもんじゃねーのか?」
「うーん……そうなんだけれどな。でも、俺とナナがしているところを直接見せるのもなんだし……今くらいは俺の事を恋人だと思ってくれよ。恋人だと思ってくれとか、無茶なお願いかもしれないけれどさ。
 本当に好きあった者同士なら、こうしてキスするだけでも盛り上がるもんなんだぜ?」
「はぁ……そりゃ、俺もロイの事は好きだけれどさ……でもなんか違わね? 俺はナナじゃないんだぞ?」
 率直な意見をぶつけてリムファクシは首を傾げるが、ロイは笑ってごまかすばかり。
「それはご愛嬌だ。まぶたの裏に可愛いルギアの姿でも想像しながら身を任せてみろよ」
 苦笑した顔のまま、リムファクシの顎の下に舌を這わせる。リムファクシがいかに戸惑っていても強引に事をおし進めつつ、相手が嫌がらない限りはそのまま突き進む。悪魔のように大胆に、しかし天使のように繊細なロイの攻めは、初心者にはうってつけなのだろう。
 長い首筋を舐めてからの再びキス。這わせる舌は、ただ触れるだけの時も、マグマッグが這うように甘くねっとりとした舌使いのときも。その中間の時もあわせて変幻自在に。何がなんだかわからないうちに、行為に熱が入ってきているのか、リムファクシも次第にロイのキスを受ける時は自分から舌を絡めるようになり、呼吸も僅かに小刻みになっているのを感じる。

6 


「良い具合じゃないか」
 ロイが後ろを見れば、スリットを押し広げて顔を覗かせるリムファクシのペニスが。自分が何をされているのか分からない状態でも、何をしたいかは把握しているらしい。
「まだ準備は完了って感じじゃないけれど、今どんな気持ちだ」
「え、そ、その……もっとやって欲しいけれど……そのやっぱりなんか違うような……」
 リムファクシは自身の股間に目線をやる。朝立ちとは違う原因で立ち上がってしまったせいか、何かうずくものがあるらしい。
「お前の身体も準備が半分ぐらい出来ている証拠だな。少しうずくか?」
 今までにない感覚を次々暴かれていく感覚や、今の気持ちを見透かされているのが恥ずかしいらしい。何もかも知った上で攻めているロイにいいようにされて、しかし抵抗できないリムファクシはロイに問われるがままにこくんと頷く。

「疼くなら。その疼きに任せてしまえばいいんだ……とりあえず、こういう風にしながら気分を高めていくのも大事だけれど……」
 言いながらロイはリムファクシの首から離れ、翼や脚を跳び越え、右足と尻尾の間に座る。
「やっぱり、直接的な刺激がないと難しいかな?」
「直接ってのはつまり?」
「言葉どおり……かな?」
 言うが早いか、ロイはスリットを挟むように前足をリムファクシの股間に置き、顔を覗かせている彼の肉棒の先端にそっと口付けする。
「ちょ、ロイ!! お前それ汚ねーぞ!?」
 リムファクシはそれを止めようとするのだが、ロイはしれっと顔をあげる。
「汚いから、水浴びの時に毎回洗わせているんだろ? それなら問題ない」
 と、ロイはリムファクシの言葉を意に介さない。かつてはまともに水浴びもしていない*1ようなキュウコンの男を相手したり、ゴミ漁りをしたこともあるロイにとってはリムファクシのモノを咥える事なんて、嫌悪感を感じるような不衛生さでもない。
(しかし、何をやっているのかな……自分は)
 と、自己嫌悪に陥る事はあっても、我が子のように世話してきたリムファクシである。目に入れても痛くないのだから、口に入れても大丈夫なのは当然のこと。
「実際、これくらいナナだってやっている」
(けれど男同士でやるのはどうなのかな……)
  自分のやっていることに疑問は抱きつつ、ロイは冷静にリムファクシを宥めるのであった。
「そ、そっか……」
 ナナがやっているという言葉を、言葉どおり信じてリムファクシは抵抗をやめる。先端を咥えたり、甘噛みしたり、舌を這わせたり。ロイ自身いつもそうさせられている時の事を思い出しながら、ロイはリムファクシをひたすら刺激する。
 そうしているうちに、にょきにょきと生えるようにリムファクシの生殖器はそびえ立つ肉棒となる。リムファクシの呼吸は知らず知らずのうちに激しくなり、胸から腹に掛けて上下しているのが分かるほど。
「ロイー……」
「どうした、リムファクシ?」
「なんか、俺変なんだけれど……ちんちんがあんなにでっかくなって……」
「だろうな。誰でもたぶん最初はそう思う……でも、これが普通の反応だから、気にすることはないんじゃないかな……?」
 リムファクシの肉棒は尻尾の太さの二倍ほど。まだ成熟し切っていないが、リムファクシが完全な成体になる頃には相対的にもっと大きくなるだろう。
(これで準備は完了なわけだし、後は何を教えるべきか……というか、認めたくはないけれど俺も少し興奮しているな……ナナになんと言われることか)
「とにかく、こういう風に大きく なるわけだが……」
 リムファクシには見られていないであろうが、自分自身股間に滾るものがあるのを感じて、ナナに毒されてしまったかと感じる自己嫌悪。
「なー……ロイー。これ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、問題ない。これを、女に突き刺すのが男のやることだし」
「へー……」
「分かってないだろお前」
「分かるわけねーだろーが。ルギアの女を観察なんてしたことないんだぜ?」
「確かにそうかもな……なーんて言うのかなぁ。雌にも股間に割れ目があるから、適当にそこに突っ込めば多分なんとかなると思うぞ」
「な、投げやりだなー……ロイー……」
 リムファクシはそういって不平をもらすが、ロイは笑ってごまかすばかり。
「そうは言われても、俺だってルギアのやり方なんて知らないんだ。プテラとかのやり方なら応用も出来るかもしれないけれど……ふむ、そっちの方調べてみるか?」
「っていうか、こんなもん突き刺して大丈夫なのか? 女は……」
「最初は痛いさ。男のサイズにもよるが、女は痛いと思うぞ」
「えー……そんなの俺出来ねーよ」
「はは、その心がけや良しだ。女を気遣うのは大事なことだ」
 女性を気遣っての発言をするリムファクシに感心して、ロイは笑う。
「けれど、さっき言ったように、子作りには報酬ってもんがあるからね。子作りの過程で、俺達男も、女も気持ちよくなるんだ」
「気持ちよく……?」
「言葉で言っても分からないだろうな」
 ロイは肩を落としてため息を付く。
「仰向けのまま、自分の翼でそのちんちんを握ってみろ。軽く握って、上下にこすってみればそのうち嫌でも分かる」
「うーん……分かった。やってみる……」
 ようやくここまでもっていけたことに、ロイは軽く安堵する。そして自分の股間を見てみれば、リムファクシよりもはるかに小さい肉棒が、包皮から先端を覗かせている。
(後でナナに相手して……いや、我慢するか。ナナのことだし、何を言われるかも分からんからな……多分非常にめんどくさい)

7 


「リムファクシは健康そのものだから、この状態まで結構簡単にいけたけれど、中にはそういう風にちんちんが大きくなるのにてこずるようなやつも居てなぁ」
 後はもう、リムファクシが勝手にやってくれるからと、ロイは世間話を始める。
「へー……そういうもんなの?」
「まあな。体質の時もあるし、自信がないとか精神的な面もあるな。後は、年をとってしまったとか。でもま、リムファクシは若いし逞しいし問題ないみたいだな」
「へへ」
「得意げになるようなもんでもないぞ?」
 褒められたとでも思ったのか、得意げに笑うリムファクシを見てロイは肩をすくめて笑う。
「最近の仕事ではさぁ、そういうてこずるような奴が依頼人でね、今俺達はそれを助ける薬を出そうって言う感じなんだ……」
「どんな薬なんだ?」
「体全体が元気になる料理を出したんだけれどそれだけじゃ無駄でね。だから今は、催眠療法と、さっき言った元気になるお薬を出そうと思っているんだ。
 そのお薬の材料なんだがな……」
 未だにペニスを肉棒を上下に擦っているリムファクシを見て、ロイはため息を付く。
「精液が必要なんだよ……」
「せいえき?」
「子作りの過程で、大きくなったちんちんから出てくるものだよ。口で言うよりも見たほうが早いから、見てのお楽しみだ」
「ふむふむ」
「その材料、お前から調達したいんだけれどいいか?」
「んー……グレイプニルだとか言う変な紐を作った時もオレのよだれを使っていたからなぁ……痛かったり苦しかったりしないんなら別に構わないけれど……」
「あぁ、なら大丈夫だ……」
 リムファクシが快く了承してくれたおかげで、ようやく本懐を達せそうでロイは安堵する。
 同時に、なんだか騙しているような感じがして心苦しい想いがロイを苛むが、気にしたら負けだと割り切った。
「断られるんじゃないかと心配してたよ……」
「何言ってるんだ、ロイ。俺とお前の仲じゃねーか」
(そういう問題でもない……というか、フリージアも性教育くらいしてくれれば良いのに……)

 心の中で愚痴っても、目の前の光景は変わらない。目の前の光景は自分が育てた神の子が自慰をしているという、かなり衝撃的な光景で、なかなか拝めるものではない。
「そうだったな。俺とお前の仲だ……これからもよろしく、リムファクシ」
「おうよ」
 ただそれを拝んでいるだけでもいけない事をしているという背徳的な興奮が身を包むというのに、リムファクシが答える笑顔は彼の純白の鱗のように無垢な飾らないもの。
(なんだかんだで可愛いんだよな……リム)
 なんてことを一度でも意識してしまうと、先ほどから僅かににじみ出ていた(よこし)まな気持ちは湧き上がるというべき勢いに変わる。会話が途絶えると、リムファクシの意識は下半身に集中してしまい、意識を集中した分敏感になった彼の一物はピクピクと痙攣しながら僅かに漏らす先走り。
 感じているようであると理解すると、見ておかなければ損じゃないかという心の声が、より確かにはっきりと聞こえる。精通なんてものは一回しか見れないし、しかもそれが神のものとあれば性別を問わずその結末を見届けるのも悪くないと、むしろそうしないと損じゃないかという心の声ばかりが先行する。
 そりゃないだろうという消極的な心の声を無視して、ロイは積極的な心の声だけを拾ってリムファクシを見る。
「ところで、リムファクシ。そっちの具合はどう?」
 会話をしながら片手間に自慰をさせられていたリムファクシの様子は明らかに開始直後とは一線を画する状態になっており、今は手が勝手に動いて止まらないといった様子。そんな様子に、夢中でお菓子をほおばる子供のような可愛らしさを見つけてしまい、ロイはいまや玉ねぎの皮を剝くように抵抗が薄れていく。
「どうもこうも……なんか、もう止めらんねーっていうか、これが気持ちいいって事なのかな……」
 少しずつ息を荒げているリムファクシを見ると、ロイもなんだか目が離せなくなってくる。最初は嫌々だったが、なんだかんだで精通した瞬間のリムファクシが一体どんな表情、どんな反応をするのか気になってしまう。
 リムファクシにつられて荒くなりそうな呼吸をロイは必死で抑えてロイは彼を凝視し続ける。
「大体そんなもんだ。とりあえず、限界が来たら言ってくれ。薬の材料を採取するから」
 と、ロイはそっけない態度だが、それも心の内は悟られまいとしてのこと。ちょっと自慰の手伝いをしてみたいとすら思ってしまっている。
 ナナに何かを言われるのも癪なので、それだけは絶対にしてはいけないと心に誓いつつ、そっと見守る。
 やがて、リムファクシの腰がそっと浮き上がり、射精が近い事をそこはかとなく教えてくれる。本能的な行動なのだろう、雌に腰を打ち付ける体勢を自然にとってしまっているリムファクシの仕草はなんとも扇情的だ。
 翼の動きもいよいよ激しくなり、もう止めることなんて頭にはない。
「あぅ……」
 と、切なげな声を上げると、先端から白濁した液体が飛び散ったそれを瞬きすることなく凝視したロイは、サイコキネシスでそれを空中に静止。バッグから取り出した口の広い瓶に封入した。
 薬を作る手伝いをさせられる時は、スプーンで掬うよりもこうしてサイコキネシスで液体を掬ったほうがよっぽど効率もよく、また品質も安定するため。、こうして液体を操るのは慣れたものだ。
「限界が来たら言えって言っておいたのに……そんなに夢中だったか?」
 きっちりといい物を見れたなんて感想に浸りつつ、ロイはからかい半分でリムファクシに不平をもらした。
「うー……すまん」
 まだ快感の余韻の抜けきらない、とろけた表情を晒しているリムファクシの表情を焼き付ける。
(俺も初めての時はあんな顔をしていたのかな……今は、見せられんな)
「ま、こうしてつつがなく材料も取れたわけだし、次からは気をつけろよ」
「あ、うん……」
 魂の抜けたような表情をしているリムファクシは気のない生返事ばかり。意味を頭の中で整理するまでは少々時間が掛かりそうである。
「少し休め。休み終わったら水を浴びて体を洗うぞ」
 そんなリムファクシの呼吸が落ち着きを取り戻すまで、ロイは星と月を見上げて待つ。背後から聞こえるのは深呼吸の音。仰向けのまま同じ星を見上げて、リムファクシは再び微睡みに入ろうとしていた。

8 


「おい、リムファクシ。寝るんじゃない」
 眠りに入る寸前で慌ててロイが起こすと、ハッと目を見開いてリムファクシが覚醒する。
「ご、ごめん……」
「いや、大丈夫だ。疲れたか?」
 やはり、起きているのは辛いものなのかとロイは憂う。
「うん……ちょっと、疲れた」
 リムファクシはため息を付いて胸を萎ませ、とことこと湖に向かい、鱗についた精液や匂いを洗いにはいる。
「ロイ……」
「なんだ?」
 体を洗う水浴びの作業の最中、リムファクシは不意にロイへと話しかけた。
「子作りってのは気持ちいいんだな……」
「まあな。でも愛する女とやった方がずっと気持ち良いからな。それは保障する……どうしても我慢できない時は、さっきお前がやったようにしてすっきりするんだけれど……気分はどうだ?」
 リムファクシの水浴びを手伝いつつロイは尋ねる。
「疲れたし、眠い……気持ちよかった分、燃え尽きちまった。寝たい」
「そっか。変なことつき合わせて悪かったな」
「気にすんなロイ。俺とお前の仲だろ?」
 体調の管理がまだ下手なのか、起きたばかりのはずのリムファクシはもういつでも眠れる体制に入っている。やはり、リムファクシに陸の暮らしは無理があるのか、そもそも海に暮らしていてもこれくらいは眠るのか、それは分からないが、やはりリムファクシが生活リズムを合わせる事は難しくなっている。
(それで、ここまで寂しいと思うもんなんだな。神と人が違うことなんてわかっていたつもりなんだがな……何が原因なんだか?)
 リムファクシの水浴びを見守りつつ、自分も冷たい水に浸かって体を洗いながらロイは考える。少しだけ考えると、以外にも簡単に答えは出た。
「なぁ、リムファクシ」
「ん?」
 リムファクシが首を曲げてロイを見る。
「お前が大きな病気に掛かる事もなく生きていけば、きっとお前の方が長く生きる」
「そーだろーな。オレの寿命がお前達とは比べ物にならないくらい……分かってる」
「今日はこうしてオレから訪ねたが、お前が気が向いたらいつでも俺を訪ねてくるといい。勉強くらい、いくらでも付き合ってやるからさ」
「無理すんなよ?」
 ロイの体調を気遣ってかリムファクシは言うが、ロイは笑い飛ばす。

「お前だけのために行っているわけじゃないさ。お前が俺との勉強を楽しみにしているように、俺だってお前との勉強を楽しみにしている。だけれど、すぐに眠くなってしまうし、ずっと眠っているお前の都合に合わせるのはどうしても難しいんだ。なんというか、俺から起こすのは気が引ける」
「それは俺が神だから?」
 特別だから、そうやって気遣うのか? と、リムファクシは訪ねる。
「違う。お前の体調を崩したくないから……しいて言えば、お前が大切だからさ」
 はかなげな微笑を浮かべてリムファクシに諭すと、彼もまた応えて笑う。
「そりゃありがたい提案だけれど……無理すんなよ? 俺が訪ねた時に徹夜の後だったりとかしたら、こっちも気まずいしさー」
「その時はまぁ、その時さ。大丈夫、貴族やってた頃は二日くらい徹夜したこともある。お前が訪ねた時も、いつだって受けてやる……だからお前……俺が生きているうちに、できる限り学んで欲しいんだ」
 言い終えて、ロイはため息を付く。
「リムファクシ、こっち向いてくれ」
「あ、あぁ……」
 改まったロイの態度に、戸惑いながらリムファクシは振り向く。ジャブジャブと音を立て、湖畔から振り返った彼は、ロイとまっすぐ見つめ合った。
「お前は、俺に対して神だから気遣うのかって聞いたし、それを否定したけれど……やっぱり、俺がお前を気にかけるのは神だからなのかもしれない……
 でも、勘違いしないで欲しいのは、神に対してものを教えることが出来たっていう優越感に浸りたいからじゃないってこと。お前が神だから、寿命が長い上に、どんな災害が起こっても生き残れそうなほどタフな体だからってことだからだ。
 つまり、伝えて欲しいことがあるんだ。俺たちの子供に、孫に、お前が」
「う、うん……」
「俺たち、黒白神教が必ずしも正しいわけじゃないけれど、今の神龍信仰よりかは中立の目でこの世の中を見られていると思うんだ。そして、それは神龍信仰に属しているフリージア自身も認めている。
 リムファクシに教えたいのは、そういうことなんだ。歴史というものがどんなもので、どんな風に推移していたのか……そしてそれを、聖戦だとか、神の思し召しだとか、そんな言葉でごまかさない、真っ当な歴史を学んで欲しい。
 それを、この国で出来る奴はそうそういない。テオナナカトルが纏めてくれた歴史書を持っているからこそ出来るし……俺らテオナナカトルしか、多分出来ないんだ。
 だからこそ、俺は自分の体が動くうちに教えたいことがあるし、お前が歴史を見守る手助けをしたいと思う。それが、俺の老衰という形で中断されるのはなんとも勿体無いからな……だから、お前が学びたいと思ったら、その時に来て欲しいと思うんだ。
 今回みたいに何ヶ月も開けるんじゃなくって、お前の都合でいいから」
「……ロイは。俺にどうして欲しいんだ?」
「神であって欲しいな。でも、人間に都合のいい神であっては欲しくない……だから、お前には色々学んで欲しいんだ。多分、俺が言っていることがどういうことか分からないだろうし……俺自身、お前に何を言っているんだか分からない。
 都合のいい神ってのが具体的にどういうもので、どういうのが神として正しい姿なのかも分からない。でも、もしかしたら……俺よりもはるかに長生きなお前ならば、見つけられるんじゃないかなって思う。
 今日、こうして久しぶりにお前に勉強を教えるまで、考えたこともなかったけれど、言葉にしてみるとなんだか、結構途方もない事を押し付けているような感じがするけれど……それでも、頼まれてくれるか? リムファクシ」
「何度もいわせるなよ。俺とお前の仲だろ、ロイ?」
 リムファクシは即答する。
「ありがとう。嬉しいよ」
 そういって、ロイは自分の頭を濡れたリムファクシの腹に押し付けた。体格差ががあるせいで抱き合ったり出来ないロイの精一杯の愛情表現を受けて、リムファクシはやりたい事を察したように大きな翼でロイを抱きしめる。
「それじゃあ、リムファクシ。話もまとまったところで、早いところ体を拭いて帰ろう」
「そだな、ロイ」
 ロイはタオルを取り出し、サイコキネシスを器用に操って体を拭く。リムファクシは暴風の技で鱗についた水滴を吹き飛ばし、体を乾かす。綺麗になった二人は湖畔を後にし、夜の空気と猛スピードで擦れ違いながら帰路に着く。
 思いがけず、自分のリムファクシに対する願望に気付けたことで、リムファクシと大切な話を出来た。その願望を託されて、気のせいかもしれないけれどリムファクシは嬉しそうで、願望を受け止めてもらったロイも満足できた。
 より深まった彼との絆に満足しながら帰る町は、ナナが作り出すリムファクシの幻影が数少ない光源として、灯台のように良い目印となっていた。

9 


「やっぱり、気持ちの問題だったみたいねー」
 数日後の夜。三人の寝室であっさりと告げられたナナからの衝撃の言葉にロイは目を丸くする。
「はぁ、つまり?」
「催眠術でちょこっと自信をつけさせてあげたら結構あっさりとね……薬の効果が出る前にあっさりとねぇ……」
「なんだよそれ……俺の頑張りは一体なんだったんだ……」
 こともなげなナナの結果報告に、意気消沈してロイが項垂れる。
「いつかは必要なことじゃない。神であっても、死ぬし、子供も生むんだから、子孫を残す手段を教えられたんだからよしとしようじゃないの」
「それ自体はいいんだけれど……精液を採取するためにどれだけ恥ずかしい思いをしたことか」
「あらー……私ならばノリノリでやっているところなのにー」
 予想通りの返答にロイは閉口し、ため息を吐く。
「あー、そうそう。俺もノリノリでやってましたー。役得ですねー」
 投げやりな態度ナナに背を向け、ロイはさらに項垂れた。
「ごめんね」
 そうして、後ろから届くのはナナからの抱擁。ロイの首筋にそっと腕を絡ませ、顔を隣においてほお擦りする。
 背中にまだ母乳の出る胸を押し付けられて感じるのは、その強烈なまでの柔らかさ、理性を破壊する力ならば、同じ大きさの鉄塊に勝るとも劣らない威力がある。
「本当に、ロイしか適任が居ない思ったからこそ、あの選択なの」
「分かってるよ。でも、茶化されるのは嫌だし……将来リムファクシが赤面するかもしれないぞ? だからもう、からかわないでくれるかな……自己嫌悪が激しくなる」
 大きなため息を聞こえよがしに吐いて、ロイは再び項垂れる。
「その自己嫌悪を感じているロイを食べるおもおいしいというかなんと言うか」
「言っても無駄だったか……」
「実際のところはどうだったの? 楽しくなかった? ロイ……貴方は、結構自分の感情に嘘をつくことがあるからね。だから、楽しいと思ってもそれを隠しているんじゃないかと思ったんだけれどねー」
 ナナは愉快そうな声を垂れ流して天井を見上げる。
「聞き出すのに失敗しちゃったかなー……ロイが新たな趣味を見つける一助になる思ったんだけれど」
 そうしてわざとらしくナナがつむぎだすのは残念そうな声。さりげなくロイは顎を押さえられているので、ナナがどんな表情をしているのかはうかがい知れない。
「正直言うとね……少しだけ、楽しかったよ。子供に自慰を教えるのもね。って言えば満足?」
「うふふ、目が嘘をついていないから大満足かしらねー」
 例え、それが嘘でも本当でもドキリとさせられるセリフを吐いて、ナナが笑う。
「でもま、ある程度機会を設けられて良かったとは思ってる。大切な話も出来たし」
「大切な話?」
 ナナは再び胸を押し付けるようにしてロイに密着する。
「まあな。リムファクシにいい神であって欲しいって……そのために歴史を学んで欲しいってさ。こっちの都合なんて気にせずに、勉強したくなったらいつでも来いとも言っておいた」
「いつでも来いなんて……付き合うあなたは大変じゃないの?」
「まあな。でも、大変でも構わんさ。それがリムファクシのためになるし、ロリエや、その子供のためにもなる……」
 言いながら、ナナの髪の中にいるロリエの方を見てロイは笑う。
「そうね。私達年寄りよりも、やっぱり子供よね」
「あぁ、あいつにもそう話しておいた。子供のために頼みたいって……リムファクシがあんなふうになってから始めてきちんと話をしたと思う」
 と、ロイは頷く。
「でも、いつでも来い……か。夫婦の営みの最中を邪魔されないように気をつけなくっちゃね」
「そりゃ確かに。リムファクシが空気を読めるとは限らないからな」
「性教育の一環で見せちゃおうかしらー。神様に見てもらえるのならば、私興奮しちゃうわー」
「勘弁してくれ……まだ俺はそんな性癖はないよ」
 今回自分の新たな一面を発見してしまったから、もしかしたらそんな性癖に目覚めてしまうかもしれない。あまり考えたくはなかったが、否定しきれないので『まだ』なんて言葉を使う。
「『まだ』、かぁ」
「あぁ、まだな」
 ナナが面白がって口にした茶かしも、ロイは反発することなく答える。たまにはこうしてあしらいでもしなければどっと疲れてしまうので、こうして気まぐれに認めてみるのも悪くないと思う。
 そのまま、他愛もない話を続けているうちに紅茶も冷め、話す話題もなくなり沈黙すると、ナナはロイを抱きしめたまま匂いを嗅ぎ、彼の下半身に手を伸ばす。
「ねぇ、精力剤のお薬余っているのを氷室に入れてあるの。今から、どうかしら?」
「俺に拒否権ないんだろ、どうせ?」
「だ、だってお薬は日持ちしないんだもん……せっかくジャネットが作ってくれたんだから、無駄にしたくないし……」
 ナナがそう言うと、ロイは首を振ってナナの抱擁を振りほどき、ナナと向き合う。
「まずかったら怨むからな」
 ロイは前脚を持ち上げてナナに軽くキスをする。
「もちろん、激マズよ」
 口を離して、ナナは言った。
「おいおい」
「二人目のために頑張りましょうよ、ロイ」
 結局、この日もロイはナナの尻に敷かれて夜を過ごす。平和な日々を満喫する二人は、今日も仲むつまじく愛を確かめ合っていた。









コメント 


完結です。続編は書くとしてもたぶん来年。


お名前:
  • やっと全部読み終わった・・・
    作品が凄く長いのに読み手に飽きさせない書き方を出来るのが凄いと思います!!
    ロイ・・・真っ白になればよかったのn(殴
    ―― 2014-10-18 (土) 22:55:13
  • >狼さん
    読破お疲れ様です! 他の作品も見て行ってくださいね。

    >2014-03-27 (木) 16:27:23の名無しさん
    気合を入れて書いた長編ですので、ものすごく長くなってしまいましたね。それを苦にならないくらい楽しんでいただけたようで何よりです。
    ――リング 2014-03-28 (金) 00:43:56
  • 長編かぁ面白いだろうなと思い読むことを決意したのち読み更けること既に3日目…読み終えて50万字もあったのかと後書きを見て知る私 面白いと苦にならず得した気分です(眼は痛いのですが)まさかの番外編もあり喜びましたよ この年になっても\(^∀^)/ワーイ と
    番外編にて  ナナの期待どうりロイ…真っ白にならなかったですねw
    ―― 2014-03-27 (木) 16:27:23
  • テオナナカトル 読破しました
    ↓のコメント(?)から今までかかってしまいました。 やっぱり私は読むの遅いです。(悲
    ―― ? 2013-05-25 (土) 01:53:17

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*1 鱗剥がしの咎と呼ばれる文化があるため、むしろ頻繁に水浴びをするロイ達のほうが異端

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Last-modified: 2012-01-08 (日) 00:00:00
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