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ジラーチのおいしい手作りチョコ

/ジラーチのおいしい手作りチョコ

*暴力的表現が多数あるのでご注意ください。*R-15
written by 星ブドウ

ジラーチのおいしい手作りチョコ [#805MvzH] 

***

1週間前
 また何か独りでコソコソしている……ちょっかいをかけるように、ねがいごとポケモンはマーシャドーに飛びつく。

「……」
「ねーえー」
「……」
「ねーえーって」
「……」
「ねーえー、マーシャドー君は何を見てるの?」
「ポケモン映画……」
「へーそうなんだー」
 ふと画面を見てみました。どうやら、主人公みたいな男の子とマーシャドーが戦っているシーンのようです。
「え、これ、マーシャドー君悪役じゃないの、悪いコだよ?」
「うん……」
 俯いているマーシャドー。
「あ、ああ……ごめんね」
「うん……」
 凄く落ち込ませちゃったかも。俯いたまま、頷くだけ。
「マーシャドー君、ごめんなさい」
「いいよね、ジラーチ君は」
 マーシャドーは突然顔を上げた。しかし、目が、目の焦点が、合っていない。
「君は可愛くて、映画でも主役で、みんなにから人気がある。でも僕は、映画のせいで、みんなから悪役呼ばわりされる」
 否定はできないかもしれないけど、大好きな友達の前ではそんなことを認めたくない。でも、マーシャドーから負のオーラが出ている気がする。なんとかしなきゃ……
「マーシャドー君、落ち着いて?」
「ジラーチ君だって、悔しくないの?」
「え?」
悔しい......?
「君だって、負けたんだよ」
 負けた?
「ほら、ルカリオってポケモンにさ」
 一体何のことだろうと考えていた。でも、考えていたら、マーシャドーの負のオーラが高まっているのに気付かず――
「いた......!」
 マーシャドーに、掴まれていた。いや正確には、マーシャドーの影の手が、僕の全身を掴んでいる。
「マーシャドー……君! 苦しい! どうしたの?」
「……」
 言っても何も聞いてくれない。マーシャドーがおかしくなったのかもしれない。
「離して!」
「……」
 まるでぬいぐるみのように、マーシャドーは動かない。ふりほどかなきゃと思っていても、身体に全く力が入らない。
「マーシャドー君?」
「……」
 力をこめて技を使おうとしても、何もできなかった。多分、マーシャドーの『影』のせいだ。このままでは、心が乗っ取られちゃう。
「マーシャドー君、とりあえずいう事聞くから、やめようよ、おかしいよ」
「貴方は……お菓子は好きですか?」
「……え?」
 意味の分からない質問をされた。一体何のことだろう……そう考えていた内に、身体に抵抗する力は失われていた。
 ジラーチの身体は、マーシャドーの、深い深い『影』へと食べられていく。
 映画の事を聞いただけなのに……どうして……
 ……
 ……
 そういえば、なんでルカリオなの?

***

 バレンタイン・当日

「待ち合わせの時間だな」
 真冬だ。特にここの地方の冬は凄い。だがそんな時期になると、あのイベントがやってくる。
「ルカリオくん!」
「どうされましたか」
「そんな格好で寒くないの?」
「いえ、私は平気です。貴方こそ寒そうにみえますね」
 そういってフライゴンにマフラーをかけてあげた。このポケモンは、最近仲良くなったばかりで、何故さむーい地方にいるかは分からない。
「あ、ありがとう……そうね、寒いのは堪えられないのよ」
 その通りだ。私には波導を読む力がある。つまり、相手の気持ちを読み取り、分析することが出来る。彼女のタイプ的に、寒そうなのは波導を読まずとも分かるが……
「言われなくても分かるのね、じゃーあルカリオ君、私が今から作ろうとしているもの、わかる?」
「うーん……」
 フサを振るいだたせ、波導を感知する。これは......!
『チョコを食べさせてあげる』
「バレンタインのチョコですか!」
「大当たりだよ! さっき丁度出来たの! ウチに来ない?」
 待て……『今から作ろうとしている』と言っていたよな? まぁそんなことはどうでもよい。チョコレートは私の大好物である。つまり、大好きなポケモンからチョコレートを貰えるイベント、つまりつまり、バレンタインは私にとって天国なのである。
「ありがたく頂きます」


 フライゴンに連れられて、彼女の家……のような場所に着く。家の割には巨大な気がする。それはさておき、カノジョの家を訪問するのは初めてで、ドキドキする。どうやら、フライゴンは中で準備したらしい。
 緊張しながら、ドアを開けた。
「失礼しま――」
 暗転。
「!」
 突然、何かに頭がぶつかった。激痛。頭痛。
「がぁぁ、なんだ……」
 見えない所から発せられる、強烈なモノを浴びる。
「何かの、光線……」
 マズいものを被弾した、と認識したのもつかの間、ルカリオの意識は消えていった……

***

「何だ……」
目が醒めると、椅子に座らされていた。
「フライゴンは――あっ」
 手足が完全に、椅子に縛られていて、動かない。
「なんだこれは」
 縄というよりかは、よく分からない触手のようなもので縛られている。どうやら私は、捕まってしまったらしい。腕と足をどんなに動かしても外れないし、壊れない。
「技を使う……」
 はどうだんを使った。しかし、そのはどうだんは、謎の触手へと吸い込まれていく。
「こうなったら……」
 そう、捕縛はされているが、何故か口は自由なのである。鋭い牙でその触手を噛み切ろう、と口を近づける。が、
「んぐぅ、べちゃ、べちゃ」
 口の中を容赦なく犯してくる触手。噛み切ろうとしても、全く切れない。
「ゔゔ、う」
 触手が、口の中を通り越して、食道へと侵入する。
「お゛、お゛」
 吐きたくても何も吐けない。触手が体内を犯していく。胃が悲鳴を上げる。鋼タイプだが、内側からの侵略には弱かった。
「ごきゅ、ごきゅっ」
 よく分からない液体のようなものを流し込まれていく。この鈍い痛みに、もう身体が耐えられない。このままでは……

「もういいよ」
 知らない声がした。口の中に侵入した触手が、突然引き抜かれる。これも激痛で、胃の物を吐きだしてしまった……
と思ったが、何もない。何も吐いていない。
「何も吐いていない......?」
「よくわかったね! キミが食べたモノは、何にも残っていないんだよ?さっきの『影』が、掃除してくれたの!」
「あ……」
 自分の知らない、子供のようなかわいい声。その持ち主は――
「ジラーチっていうんだ! 今日はよくきてくれたね! ルカリオさん」

***

 違う……
 違う……
 違う、こうじゃない。伝承にあるジラーチは、純粋でかわいいポケモンで、目の前にいるジラーチもそれはそうだ。でも、こんな拷問じみたことをやるポケモンではないはずだ。こんな『影』の波導を放つポケモンが、ジラーチな訳がない。
「ジラーチ……さん、お気を確かに。波導から察するに、貴方は普段の貴方ではないと思います。何故私にこんな仕打ちをするのですか」
「物分かりがいいんだね! 今私ね! 悪いポケモンに操られているの!」
「波導ポケモンの私になら、助けられるかもしれないです」
「うーん 無理だよ だってさっきのオトモダチで死にかけていたじゃん」
「オトモダチ? あの触手が?」
 こんなかわいい声をしていて、『死ぬ』みたいな発言をしているのはどうかしている。そうか……あの謎の触手を処分出来なかった時点で、私にジラーチを助ける手段はないのか。『影』の波導が増していくのが、伝わっていく。
 そういえば、フライゴンはどうしたのだろう、さっきから全くいない。
「フライゴンはどうされたのですか」
「そこはバカなんだねー」
 ジラーチが突然、フライゴンを呼び出す。確かにそう、そこには正のオーラ、あるいは光のオーラを放つフライゴンがいる。
「このコの正体を教えてあげる!」
 正のオーラを放っているはずなのに、フライゴンが不気味に笑う。そして――
 一瞬で、身体が溶けた。5秒も経たずに、原型もない『何か』へと化していった。
「何をしているのだ……」
「このコもボクのオトモダチ! ホンモノそっくりに作れたし、今までの『オトモダチ』のと比べたら最高傑作かも!」
 粘液と化した『オトモダチ』を、ジラーチは粘土のように遊んでいる。
「あ……」
 そうだ、あのフライゴンは、フライゴンではなかったのだ。
 ただの、触手のような『影』だった。ジラーチのような幻のポケモンだからこそ、『ソレ』を巧みに扱うことができたのだ。なんで、そんなものを好きになってしまったのだろう……
「ねぇねぇ それよりさ、おなかすかない?」
「……」
お腹……こんなときに、お腹のことを気にしてどうする。さっきの触手のせいで、胃の中は空っぽだが。
「バレンタインだから、チョコを用意したよ! 美味しそうでしょ?」
 そして、ジラーチがテレポートでチョコを運んできた。重たいものらしく、ずしんと音がする。
「じゃじゃーん!」
「えっ」
 そのチョコは、どうみてもルカリオの形をしている。つまり、自分の形をしていたのである。

***

「これを、食べるのですか。出来は、出来は凄いと思いますが」
「そうだよ、大きさまでそっくりですごいでしょ? みているだけでどんどんおなかがすいちゃうよ」
 言っているそばから、ジラーチのお口から涎がはみ出ている。ジラーチ自身が作ったのだろうか。
「し、しかし、自分の見た目をしたチョコというのは、いささか気が引けます……」
 自分の見た目をしたチョコなど、到底食べられない。しかもこのチョコは自分と等身大な上に、目や棘、牙や指など、細かい所まで細工されている。これはどうみても自分自身だ。
「え、自信作なのに食べてくれないの? かなしいよう……」
「しかし……しかし……」
 さっきまで嬉しそうにしていたのに、自分が断れば泣きそうになる。波導を感じてしまうせいで、ジラーチの気持ちを理解してしまうのだ。しかも、今は拘束を受けている身だ、気がおかしいジラーチの言う通りにしなければ、何をされるか分からない。だが、自分のコピーに噛みつくのは気が引ける。
 舐めるなら……いいか……
 顔を舐めるのも無理だ。左腕の棘の部分を舐めよう。
「ん……」
「おいしいかな……ドキドキする」
 上品な甘さが、味覚を刺激する。何か変なモノが自分の左腕に触れた気がするが……
 甘い物は大好きなので、舐めたときにそれが何で作られているのかが、何となくは分かる。自分の棘の色は白い。そしてこのクリーミーな味わい。恐らくホワイトチョコレートで作られているのだろう。鋭く甘い香りも鼻につく。ルカリオという種族は、波導だけでなく嗅覚も敏感だ。これが酒の香りであることは理解できる。
「ホワイトチョコと、酒の組み合わせが上品だと思います」
 こんな素人のコメントで、許してくれるだろうか……
「うん……やっぱ舐めるだけじゃなくて、食べてくれないといや……かな」
ジラーチの目がうるうるしている、そして背後に忍び寄る触手。食べないとダメなのか……
「わかりました……」
 ジラーチの波導から、よくないモノを感じ取る。だが、食べなければあの拷問が始まってしまう。先ほど舐め取った。チョコの左腕の棘の部分に、牙を差し込んで……
「――アッ ガッ!」
 突然、自分の左腕の棘の部分に、雷のような痛みが落ちる。その突然の痛みでチョコを齧りとってしまった。察したとおりに痛みが倍増する。こんなもの、食えたもんじゃない。口の中に含まれたものを反射的に吐きだした。いつもの上品な自分のキャラが台無しだが、もうそんなことはどうでもいい。
 つまり、このチョコは自分自身そのものだった。さっき舐めたときに違和感があったが、それも納得が付く。このチョコは自分と感覚を共有している。つまり、チョコの腕を舐めれば、自分の腕の部位が舐められたことになるし、腕を齧れば、自分で自分の腕を齧ったことになってしまう……と思ったが、どうやら自分の腕、棘は無事だった。
「口に含んでおいて吐きだすなんて、ひどいことをするんだね」
「うう……なんで……なんで……ひどい……」
 子供のように泣き出すジラーチ。ひどいのはお前の方だろう。こんなチョコ、誰が食べれるのだ。と言いたいところだが、余計にその感情を加速させてしまいそうだ。
「……」
 まだ痛みが残っていて、返事ができない。というか、何と言えばいいか分からない。ああそうだ、何故こんなチョコになってしまったかは聞くべきだろう。
「ひどいよ……」
「あの、このチョコは、味はよろしいのですが、食べた部位に激痛が走る仕様はいかがなものかと思われます」
「そうなの?」
 さっき吐きだした白いチョコの塊を、ジラーチが掴む。そうして、口へと運び……
「おやめください、食べてしまったら私が――」
 止めたのに無視されてしまった。はどうだんを反射的にだす……がすぐに『ソレ』に吸収される。そして、ジラーチの口でそのチョコはかみ砕かれ――
「がっ! ああ! あああ!」
 左腕の棘に、爪を折られるような激痛が走る。耐えられなくなって、自分の生身の棘をたたき割ってしまいたいほどだ。
「ごっくん」
 何かに気付いたジラーチは、すぐに飲み込んでくれた。と同時に、その最悪な痛みからは開放された。
「おいしいじゃん! ルカリオくんの嘘つき!」
「不味いとは言っていません。ただその、自分がその痛みに耐えられなくなってしまって……」
「ひどい……もうこうなったら、ボクが食べないといけなくなるじゃん!」
 お菓子を食べてくれないだけで機嫌を損ねすぎだと思う。ただ、宥めなければ大惨事が起こってしまうので、どうにかするしかない。
「その、どうして、自分がこんな痛みを背負わされることに……」
「知らないんだ! 教えてあげる!」
 ジラーチは、いきなり笑顔になった。ただその純粋すぎる笑顔からは、悪意しか感じ取れない。
「『ハートスワップ』って知ってる?」
 ハートスワップ......? ハートスワップというのは、ジラーチの技ではない。ここの地方のどこかに住むと伝わる幻のポケモン、マナフィの技だ。確か、人やポケモンとの声や性格を入れ替える技だが……
「なんかわかってそうな顔してる! キミが寝ている間にね、キミ自身とこのチョコがね、ハートスワップしちゃったんだー。すごいでしょ?」
 すごくない。
「ハートスワップは、貴方には使えないはず……」
「そこも分からなかったんだね! えーとね、この部屋に入った時にへんなビームを出してくれたのがデオキシスさんで、ハートスワップを使ってくれたのがマナフィさんなの!」
 まさか幻のポケモンが3体も……これは何の罰が当たったのだろうと思ってしまう。
「それで観念した?」
 こういうことも笑顔で言ってくる。操られているとはいえ、ジラーチは悪魔なのか?
「観念するので……チョコを台無しにしかけたのも謝るので、出してください……」
「謝ってもダメだよ☆」
 ウィンクをした目から、星のようなエフェクトが出た気がするが、絶対に使い方を間違えている。
「ルカリオ君にはこのチョコ、食べて欲しいなぁ」
「あんな仕打ちをされてまで、誰が食べるのですか」
「じゃあやっぱ『オトモダチ』、呼んじゃおうかなぁ~次はもっと凄くしてもいいよね?」
 この悪魔は、最初の胃をかき回される鈍い圧迫感と、さっきのチョコを齧られる痛みを天秤に掛けているつもりなのか? どちらかしか、選択肢はないのか?
「ねぇ早く返事してよー 『オトモダチ』がさ、凄くおなかすかせてるんだよね」
「『オトモダチ』が何かよく分からないですが、それならその『オトモダチ』さんがこのチョコを食べればいいじゃないですか」
 一口で食べてくれるはずだから、そうすれば痛みも一瞬で済むだろうと考えた。
「そのコね~肉食なの! だからね、チョコは食べれないの!」
 肉食? 肉食ということは、ジラーチに協力している幻のポケモン達ではなさそうだが……というか、殆どのポケモンが木の実を食べれる雑食だから、肉食とは一体どういうことだろう。寒気がする。
「また不思議そうな顔している! じゃあ紹介してあげるね!」
 寒気がする。
 ジラーチが手で集合をかけるようにして、さっきまで自分を縛っていた触手を操り、粘土で巨大な物を作るようにしてこねていく。寒気がする。よく考えれば、ジラーチの伝承の絵本で、この触手は見覚えがあった。寒気が強まる。あまり思い出したくないものが、自分の身長を超える大きさにまで成長している……
「は……」
 その触手は、いもむしのように動いて1か所に集まっていき、どんどん大きくなる。この閉じ込められた空間の天井を破るくらいの勢いで、『ソレ』が集まっていく。
「じゃあ最後におまじないをしてかんせい!」
 ジラーチが、腹にある大きな目を開く。それと、共に、あの『怪物』が、開眼した。
「じゃじゃーん! メタなんちゃらさんの完成! すごいでしょ!」
 腹の目を開きながら、嬉しそうに抱き着いてくる。本来はジラーチの翼は振り払いたいのだが、巨大な負のオーラで、身体が凍り付いたように動かない。
「でそれでね、このメタグ……じゃなくてメタなんちゃらさんはね、凄くおなかすいているらしいの!」
 それはそうだ、そのメタグラードンといわれるゲテモノは、確かに肉食だ。生きたニンゲンやポケモン、植物までを取り込み、吸収する。ジラーチの呪いだ。それをジラーチが自分の意志で作り出すこと自体が正気じゃない。ともかく、こんなもんに食われたら死んでしまう。波導が激しく震えている。涙も出てきた。
「や……やめ……」
 目の前に、左腕の棘が欠けたチョコがいる。そして、自分の身体を見る。自分の身体は無事だ。だが、そのゲテモノに食われたら無事ではない。自然に口が動いていた。
「耳なら……耳なら……」
「急にどうしたの? チョコ、食べてくれるの? ありがとう! 『オトモダチ』も大喜びだよ」
 青と黒でコーティングされた、尖った左耳に牙を食い込み――
 勢いよく齧った。
「あっ……」
 ダメだ。吐きだしてはいけない。吐きだしたら、今度こそその『オトモダチ』に食べられてしまう。それはダメだ。左耳を両腕で必死に抑えながら、痛みを耐える。黒い部分はアルコールが入っているのだろうか。口内にアルコール由来の香りが漂う。こんな上品な味をしているのに、なんでこんな痛みを味合わなければならないのだ。
思いついた。程よく噛んで、呑み込んでしまえばいい。そうした途端、痛みが消えた。
「どう? おいしいでしょ?」
「おいしいです」
 涙目でそう伝えた。そうだ、適当に噛んで呑みこんでしまえば、この痛みも耐えられるかもしれない。このチョコを食べ尽くしてしまえば、このジラーチは満足して、解放してくれるだろう。だが、その考えは甘かった。
「まだおなかが空くし、ボクも食べるね!」
 唐突すぎる。そう言って、ジラーチはチョコの襟足から後ろに出ている、黒い房に口をつける。
「やめろ……」
 やめてくれ、そこは波導を感知する器官だ。口を付けられた時点で身体が恐怖で震えあがって動けない。ジラーチが口を開く。子供のようなポケモンが、食事をする光景は可愛いはずなのに、それとは真逆の感情だ。
「ぽりっ――」
「くわ……んんんん!」
 みっともない鳴き声をあげながら、ルカリオは倒れた。
「ぽりっ――こりっこりっ」
 身体全体に、危険信号が送られる。身体が暴れる。だが、巻き付いた触手がそれすら自由にさせてくれない。小さいポケモンだから、小食なのだろう。そのせいでチョコを食べる時間が長くなってしまっている。小さい身体を恨んだのは初めてだ。
「おさけのいい香り……ごりっ」
 そのチョコの破片は、ジラーチの口の中で小さくかみ砕かれる。そして、アルコールの効いた濃厚な甘みを感じ取る。そこに倒れているケモノは、痛みと波導の暴走で身体が痙攣し始める。呼吸すらろくに出来なくなっていく。
「うーん、そろそろおさけが効いてくるころなんだけど」
 おさけ……そうか、お酒の効いた物を食べれば、その効果というものが身体を周るはずだ。痙攣した身体で、現実から逃げるようにそんなことを考える。そうだ、お酒が効いてくれば楽になれるかもしれない。楽になってきた。
「ルカリオ君、すごく元気だね」
 気付いたら、ジラーチはさっきの破片を呑み込んだらしい。痛みからは解放されているような気がする。
「じゃあまだ食べても大丈夫だね」
 やめてくれ……これ以上身体が激痛にさらされたら、完全に気絶してしまう。と考えている気がする。
「やめ……れ……」
 呂律が回っていない気がする。ジラーチが、またさっきの波導器官を齧り取る。
「こりっこりっ」
「いたぁ……いたぁ?」
 いたぁ……くない。おかしい。痛くない。言葉にしづらいような感触がする。波導は……どうしたのだろう。機能していないのだろうか。
「ごくん……こりっこりっ」
 ジラーチはその破片をすぐに呑み込み、また波導器官を齧り取る。おかしい。私はジラーチを止めようとはしていない。そして、痛くない。揉まれているような感じだ。身体のツボをつかれているような感じだ。痛くない。自分の生身の波導器官を見た。外傷はないが、曲がったようにうねうねしている。こんな感じで揺れたっけ。初めてかもしれない。
「はわゎ……ふらふらしてきた……」
 身体が小さいので、酒が回るのも早いらしい。そう言ってこちらに近づいてくる。
「あれ……どっちがホンモノでどっちがチョコだったっけ……」
「わたし……ほんものです」
「ありがとーじゃあいただきます」
 私はホンモノで、チョコじゃないのに、生身の波導器官に齧りつく。
 ポロリと欠ける。
「こりっこりっ……おいしいね……チョコはおいしいね……」
 ああ、チョコはおいしい。私の大好物だ。何かがおかしい気がする。分かっているが、おさけのせいで考えられないんだ。身体からいい香りがしてきた。アルコールが回ってきたのだろう。自分の身体の棘を見る。ヨダレが出てきた。おいしそうだ。立派な牙で齧り取る。
「がっ!」
 現実に引き戻してくるような、強烈な痛み。そして、醸し出す謎の香り。すぐに痛みがひいた。ホワイトチョコも好きだ。かみ砕いて味を確認……
「あがっ!」
 現実に引き戻してくるような、強烈な痛み。そして、醸し出す謎の香り。すぐに痛みがひいた。ホワイトチョコも好きだ。奥歯ですりつぶして味を確認……
「は……が……!」
 現実に引き戻してくるような、強烈な痛み。そして、醸し出す謎の香り。すぐに痛みがひいた。すりつぶして……はが? ホワイトチョコも好きだ。口からホワイトチョコが出てきた。おいしそうなので、それも食べた。うまく噛めない気がするので、舌で舐めた。イチゴジャムのような味がおいしい。痛い気がするが、食べてしまえば問題ない。飲み込んだ。ほら、すぐに痛みが引いた。
「おいしい……」
 そこにいるジラーチというポケモンは、可愛い顔で私を見つめている。私の事が好きなのかな。まぁ、私は私が好きだよ。左腕の棘が、何故か消えている。まぁ血が出ていないので、問題ないね。右腕の棘はどんな味なのだろう。違う味かもしれない。そして、また立派な牙で齧り取る。
「あ……」
 現実に引き戻してくるような、強烈な痛み……がなかった。そして、醸し出す謎の香り。すぐに痛みがひいた。痛みなんてない。
「ごりっごりっ」
 甘い香りが充満する。噛む度にこりこり音が鳴る。ホワイトチョコも好きだ。口からホワイトチョコが出てきた。黒みがかかっている。酒が効いているのだろう。おいしそうなので、それも食べた。うまく噛めない気がするので、舌で舐めた。イチゴジャムのようなにおいと、酒の混ざった味が斬新すぎる。すごくあまくておいしい。痛い気もするが、やっぱり食べてしまえば問題ない。
あれ……次に食べる分……ない……
「そのはどーきかんってのは、どう?」
「ありがとう」
 額の左右についている、邪魔な黒い棒を掴む。左の方を取った。キレイにとった。ぶるぶる震えていておいしそうだ。ぐんぐん食べよう。どんどん食べよう。
 かぶりつくように、立派な牙で頬張った。痛みなんて知らない。最近流行りの、チョコグミのような食感。食わず嫌いは良くないね。グミなので噛むとおいしい。黒ゴマのような味が斬新すぎる。噛む度にごりごり音が鳴る。どうでもいいが、ホワイトチョコも好きだ。口からホワイトチョコが出てきた。おいしそうなので、それも食べた。さっきのホワイトチョコと違って、少し長くて鋭い。とてもうまく噛めない気がするので、舌で舐めた。イチゴジャムのようなにおいと、酒の混ざった味が斬新すぎる。すごくあまくておいしい。痛い気もするが、やっぱり食べてしまえば問題ない。
 口が虚しい気がする。
額の左右についている、邪魔な黒い房を掴む。右の方を取った。左はないからね。キレイにとった。ぶるぶる震えていておいしそうだ。ぐんぐん食べよう。どんどん食べよう。
かぶりつくように、立派な牙で頬張……れなかった。弾力が凄すぎるからだ。胸のホワイトチョコを千切る。かぶりつくように、立派な牙で頬張……れなかった。食べれない。チョコが食べれない。チョコが食べれない。
「しょこかぁ たへれない」
「どうしたの?」
 この子もおいしそうだ。黄色いからレモンの味がするのかもしれない。おいしそうだ。
「きみわしょこ?」
「違うね ボクはジラーチだよ!」
「しょこをたへさせて」
「聞き取り辛いんだけど、チョコを食べさせればいいの?」
「うん」
 チョコを食べたい。ジラーチというポケモンに、食べれなかったチョコの塊を渡した。小さいお口で頑張って食べているのが愛くるしい。これは誰だって好きになる。
「こりこりこり」
 まだかなまだかな。
「じゃあね、あーんして」
「あーん」
 ジラーチが小さく口を開く。そこには砕かれた白い破片が並べられている。ジラーチの口はキレイだ。それはチョコではないので、傷つけないように、自分の舌を入れる。やっぱりレモンの味がする。そしてそれとホワイトチョコの組み合わせは最高だ。ホワイトチョコも好きだ。残しがないように、舐め取っていく。
「ぐぐ……んう……」
 ジラーチが苦しそうにしている。それはいけないので、舌を抜いた。ジラーチの口の周りにチョコが付いている。それをジラーチは丁寧に舐め取っている。可愛らしい。自分はそろそろ満腹だ。でも、ジラーチがチョコを食べているのは見ていたい。ジラーチにチョコを食べて欲しい。ジラーチの元へ、自然とボロボロになった手を差し出す。
「おいしかった?」
「かわいい……」
「『ありがとう』じゃなくて、『かわいい』なのね。面白いルカリオ君だね。それで、その手はどうしたの?」
「あ……え……て……」
「ううん? なんだろう、『舐めて』って言ってるの?」
「うん」
 首を縦に振る。
「ぼくもちょっとお腹膨れてきたんだけど、おいしそうだもんね、食べていいの?」
「うん」
 首を縦にふる。
「いただきます……」
 ジラーチが小さな口を開け、自分の太い指に舌をそっと這わせる。暖かい感触が伝わる。何だか恥ずかしくて、むずかゆいような気持ちだ。ペロリと一回舐め取り、その天使は味を堪能している。
「おいしい……」
 酒の香りが充満してくる。もう十分に酔った気がするが、やはりたまらない。またジラーチが舌を自分の指に付ける。今度はその舌にチョコを染み込ませるように、しっかりと舐め取っていく。暖かくて、緊張して、手が震えてきた。でも、ジラーチが自分の震える手をそっとおさえてくれる。それも、暖かい。チョコが溶けてきた。その溶けてきたチョコの液も、ジラーチは丁寧に舐め取っていく。音も立てないように、上品に舐め取る。指が短くなっている気がする。ジラーチは食が細いのだろうか。だがとても満足そうに舐め取っている。
「ルカリオ君の、ゆび、すき」
「ありあおう……」
 とても美味しそうに舐め取ってくれた。指の数が減った気がするが、ジラーチが美味しそうに食べてくれたのだから、それでいい。ジラーチの口にまだチョコが残っている。手で口を拭くように合図した。ジラーチは、それに従うように可愛い動作をする。残った指はどうしようか。いい考えが思い浮かぶ。
「あんえ……」
「今度は、噛めばいいの?」
「うん」
 残りの指を差し出す。さっきの暖かさのせいで、溶け始めている。その指をジラーチはそっと抑えて、
「こりっ」
 と一噛み。ポロリとチョコの破片は砕け、ジラーチの口に収まる。痛みなんて忘れた。また、ジラーチは口を開き、
「こりっ」
 と一噛み。そのかみ砕かれる瞬間が、たまらなく可愛い。大きいポケモンなら一思いに食べてしまう所を、何回にも分けて、よく噛んで食べてくれる。その瞬間その瞬間、頭が興奮して、もっと食べられたいと思ってくる。指の先に神経が集中する。そしてまた、
「こりっ」
 と一噛み。そうだ、まだ耳は付いていた。ジラーチがそのチョコを砕く音を、静かに聞く。
「こりっ」
 最後の一噛み。ああ、また指がなくなっちゃった。でもいいや。反対側の手で、ジラーチの口を無理矢理あける。
「ぐう……なにすん――」
 口の中で、唾液と混ざって溶けているチョコを、自分の舌で舐め取る。沢山舐め取った。すごくお腹が満たされる。ジラーチの唾液はやっぱりレモンの味がする。甘いものばかりじゃ飽きるので、丁度いいのだ。そして、舌を静かに離す。色の付いた唾液の橋が出来た。ぴちゃりと音を立てて崩れ落ちる。
「もう……いきなりぼくのチョコを奪わないでよ」
「……おなあいっあい……」
「満足できたんだ。ボクも嬉しいよ」
「うん」
「じゃあ今のお返しをするね」
 ジラーチは、自分の身体をトンと押し倒した。そして、自分の顔の所に、ジラーチが覆いかぶさる。ここで口を開いたら終わりだと、わずかに残っていた波導器官がそう囁いている。
 そうなのだろうか?
「お返しさせてくれないの? じゃあこれはどうかな」
 ジラーチは、自分を押し倒したまま、自分の耳にそっと息をかける。すごく暖かい。耳が敏感に反応する。それだけで溶けていく。耳に神経が集中している気がする。
「じゅる……ぺろ……」
 耳を舐められた。わざと汚らしく、唾液を染み込ませるように舐められた。それだけなのに、どんどん耳が柔らかくなって、溶けていく。
「ばぐ……もぐもぐ……」
 耳をその小さな口で咥えられる。暖かすぎる。耳がどんどん溶ける。その快感に耐えきれず、とうとう口を開けてしまった。
じゃあおしまいだね
 可愛い声で、その天使はそう囁く。自分の開いた口に、ジラーチは汚いヨダレまみれの口を付ける。空いた口を塞がせてくれない。
「あーあ、ボロボロのおくちだね。これじゃあボクの口付けも拒否できないね」
 そうだ。口付けを許してしまえば、それを拒否することができないのだ。天使の舌が、自分の口の中を這っていく。とても暖かい。身体全身が、暖かくなる。
「もう外見はサイアクだね。じゃあ内側も同じにしようね! その方がいいもの」
 ジラーチの舌が、乱暴に自分の口の中で暴れている。身体がどんどん暖かくなって、溶け始めている。あらゆるところを舐められた。外見がどんどん、ドロドロになっていく。腕を上げても、ドロドロと崩れ落ちるだけ。チョコレートのソースのように崩れ落ちる。腕や胴体の境目が分からない。ただ甘いにおいと、ドロドロの身体がそこにあることしか、分からない。
「すぅー……はぁー……」
 ジラーチは、勝手に人工呼吸のようなものを始めたらしい。確かに、この身体だともう持たないかもしれない。ジラーチは優しいから、少しでも延命しようとしてくれる。体内に天使の息が透き通る。興奮した身体が熱すぎて、熱中症にでもなっているようだ。もうこうやって頭を動かし、考えることもままならなくなってきた。
「あーあ、完全に戻れなくなっちゃったね、身体がもう溶けちゃってるよ。まるで砂糖をとりすぎたポケモンのようにね
 砂糖のとりすぎ……あの手の病気は、自覚症状がないのが多いのだったな。
「……」
「でも、あのホンモノのチョコ、残しているよね」
 もう身体がないのだから、無理だよ。
「……」
 大きい怪獣が寄ってきて、そのどろどろの身体を持ち上げる。
「もう抵抗しないよ、グラードン君、食べちゃいなよ」
 やっぱり、グラードンだったのだ。このポケモンは、意図的に『ソレ』を呼び出していたのか。こんなに可愛いポケモンが、なぜこんな醜いものを……
「グァァ」
 よくわからない、厚い窯のような場所に放り投げられる。熱い。音を立てて、意識も身体も溶けていく……
 舌のようなものでかき回されただけで、その身体は液体となり、『ソレ』と混じり合う。飴玉のようにかき回される。
 溶けていく。
 溶けていく。
 ……
 完全に溶けた。
「ルカリオ君も、『オトモダチ』の一部だからね」
 『オトモダチ』は雄たけびを上げる。ふわぁと音を立て、ジラーチは眠りにつく。
 ……

***

約1年後

 ジラーチは、粘土をこねるように、『ソレ』から何かを作り上げていく。
「2度目のルカリオ君なんだから、間違いなんてないよ」
「じゃじゃーん! これであの可愛いポケモンのハートをねらいうちだよ!」
 ルカリオが出来た。
「ルカリオ君……だよね?」
「そうですが、なんでしょうか」
「もっと『オトモダチ』が欲しいから、甘いチョコを作ってくれない?」
「承知しました」
 過去の記憶も、何故『オトモダチ』を作るのかも知らないまま、丹念にチョコを作っていく。美味しいモノを作ろう。その一心でチョコを作る。形もリアルになるように、器用に作る。
 30分後……
「あっこの『お酒』も忘れないでね?」
 秘伝のアルコールを混ぜると完成だ。
「このポケモンは……」
「マホイップって言うらしいよー自分よりも可愛くてオイシソウで、ズルいよね」
「いえいえまさか――*******!!!」
 突然のビーム音。そして何かが倒れる音。すぐにそこに駆け付けるジラーチとルカリオ。
「ほら、マホイップがいるよ!」
「これがホンモノなのですか。それをどうするのですか?」
 突然マナフィもやってくる。無言で触覚をホンモノのマホイップと、チョコのマホイップに付ける。
「これがハートスワップですか……」
「うんうん! それでね、時間が経てばホンモノも『チョコ』になっちゃうから、それで完成するの!」
「なるほど……」
 とても興味深い話だった。1年前、自分もこのような過程でチョコにされたのだろうか。よくわからない。ただ、甘いものを食べても全然お腹を壊さないし、病気にもならないこの身体は便利だ。来年もおいしいチョコを作ろう。
 『オトモダチ』の為にも。

***

「なんで僕にチョコレートをくれないんだろう……もうジラーチを操るのも飽きてきちゃった……」
 どこかで『影』がそう囁く。

あとがき 


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。初めて(?)の投稿なので編集ミスがあるかもしれません。あったらすみません......
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Last-modified: 2021-05-30 (日) 22:08:05
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