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サラゾーン・デル・モトール

/サラゾーン・デル・モトール

大会は終了しました。このプラグインは外してくださって構いません。
ご参加ありがとうございました。

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*注・官能小説です。



「お楽しみはここでジ・エンドだ」
 蜜月を横から叩き割る突然の呼びかけに、私たちは火照った身体を揃って強ばらせた。
 逃れる暇もなかった。間髪入れずに伸びてきた腕が、私を恋ポケの懐から引き剥がす。
「い、嫌……っ!?」
「何をするんです!? 彼女を放してください!!」
 生木を引き裂くような凶行に彼が抗議の声を挙げるも、
「やかましい! こんな状況で、手を出さんわけにいくものかよ!!」
 一喝で退けられ、彼に注がれた白に満たされている私の秘奥が、無遠慮にこじ開けられた。
「嫌ぁぁぁぁあぁっ!?」
 一体なぜこんな事になったのか。
 頭の中で私は、円盤上の針を左回しにグルグルと巻き戻した。

 □

 熱風にさらわれたアノクサが葉を丸めて褐色の大地を転がり、岩陰から顔を覗かせたタンドンが陽炎に紅い瞳を燃やす。
 人間たちにはパルデア地方東3番エリアと呼ばれる乾いた荒野を、砂塵を蹴り立て猛スピードで走り抜けていく銀色のブロロン、それが当時の私。
 ピストンを激震させ、マフラーの尾から噴煙を勢い良く吹き上げ、取り付いた岩の台車を猛回転させて、限界まで加速を増していく。
 別に、暴走を楽しんでいたわけじゃない。
 あの頃に、そんな余裕などどこにもなかった。
 けたたましい鳴動が不意に荒野に轟き、脇にそびえる岩壁に大きく亀裂が走って盛り上がる。
「……っ!?」
 咄嗟にステアリングを切り、ホイールに火花を散らせて進路をねじ曲げた。
 亀裂が爆散し、無数の礫が弾け飛ぶ。直撃こそ免れたものの、余波を受けた私は横転し地面に身体を擦り付けた。壊れそうな程の激痛が走ったが、それでも躱せた方だっただろう。
 走っていた道へ目を向けると、奮迅をまとう巨体がそこを占拠していた。
 毒ポケの私より毒々しい肉色に蠢く長大な鋼の長虫――ミミズズ。
 種族自体はこの荒野でもよく見かけるありふれたポケモンだが、岩壁を突き破って現れたそいつは、並のミミズズの数倍はあろうかというとんでもない怪物だった。何か特別な餌を食ってそんな姿になってしまったらしい。
 強大な力を手に入れたミミズズは、我こそこの地の主であるかの如く増長した。増長の発露は、見境ない暴力という形で行使された。
 食らうためでも、身を守るためでもなく、ただ力を奮いたいためだけに奮い、手当たり次第に破壊の限りを尽くす。元よりミミズズなど土だけ食べていれば満足な平和主義者だが、むしろそれだけに際限の付け方を知らなかったのだろう。
 奴が巨大化して以来、私たち荒野の住人は常に平穏を脅かされていた。
 この日の私も、ただたまたま視界を通り過ぎたというだけで、気まぐれに追い回されていた。どれだけ猛スピードで逃げても、岩壁を凄まじい力で貫通して回り込んでくる。向こうにしてみれば小虫にじゃれついている感覚なのだろうが、絡まれた側からすればたまったものではなかった。
 倒されたフリをしてやり過ごそうと、アイドリングを止めて相手の出方を伺った。
 正面から見ると円だけで構成された、巨大な円の半ば程に並ぶふたつの小さな円でギョロリとこちらを睨みつけていたミミズズだったが、不意ににたぁ、と唇を大きく裂いて薄ら笑いを浮かべると、また岩壁に鋭く頭を叩きつけ、開けた大穴に潜っていった。
 急いで逃げ出したいのは山々だったが、去ったと見せかけて動いた瞬間を狙われる危険性もあり、迂闊に動ける状況ではなかった。
 自分の状態を探って、いよいよ動ける状況ではなかったことを悟った。台車の車軸がへし折れていたのだ。これでは応戦も逃亡もまともにはできない。気づかず下手に動いていた場合どうなっていたかを想像するとシリンダーが戦慄いた。
 確実に退避できる機会を探るために周囲を伺っていたその時、近づいてくる気配に気がついた。
 ミミズズではない、ずっと小さい、けれど私よりは遙かに大きな気配。
 何者かは分からなかったが、車軸の折れた身では目を付けられたらジ・エンドだ。ひたすら屍のフリを続けながら、来ないで、来ないでと祈り続けた。
 けれど願いは叶わず、気配はその重苦しい足音をまっすぐこちらに向けて、照りつける荒野の日差しを遮った。
 恐る恐る視線を上げた私が眼にしたのは、まぶしい程に白い大きな顔。
 ミミズズとは対照的に直線だけで構成された四角い顔が、角張った瞳でこちらを覗き込みながら、
「大丈夫ですか? 意識はありますか?」
 かけてきたその声が、私の具合を伺い助け手を差し伸べようとするものだと、緊張のピークに達していた私に認識などできるはずもなく。
 遮二無二暴れて、喚き散らして悪足掻きして、当時ジオヅムだった彼とそのトレーナーさんを散々手こずらせてしまったらしい。恥ずかしい事にあまり覚えていないが。

 □

 ジオヅムの彼はサルバドル。トレーナーは緑灰色の髪をベリーショートに刈った浅黒い肌の青年でディネーロと名乗った。
 強引にであれ手当てを施され、壊れた台車も修理してもらって、ようやく彼らが敵ではないのだと悟った私は、それまでの抵抗を遠方にブン投げ、事情を打ち明けてすがりついた。
「お願いします! 私を連れて行ってください! もうあんな乱暴者のいる荒野にはいたくありません!!」
 荒野からの脱出は以前から真剣に検討していたが、知らない土地にひとりで移動するのは余りにも不安が大きかった。特にこちとら地面技で攻撃されたら瞬殺の身である。トレーナーの庇護は是が非でも欲しいところだった。
 私の話を聞いたディネーロは、精悍そうな眉の割にやや眠たげに見える眼を薄く微笑ませて言った。
「俺も職業柄、君のようなすばしっこいポケモンが欲しかったから、連れて行くのは吝かではないよ。でも、どうせならその乱暴者が退治されるのを見届けてからついてこないか?」
「……え?」
 勿論、それが叶うなら願ってもない話ではあったが。
「倒せるんですか? 手強いですよ、あの化け物は。ハリテヤマやトロッゴンたちが束になって弱点を突いても敵いませんでした。地面技に至っては食べられてしまいますし」
 猜疑的に訊くと、ディネーロは瞳を妖しく虹色に光らせた。
「俺の職業はポケモンハンターでね。過剰に増えたり暴れたりしているポケモンを鎮圧して、その体組織……〝落とし物〟って呼んでいるけど、それらを採取することを生業にしている。今日この東3番エリアに来たのも、まさにその主ミミズズを鎮圧するためなんだ。当然、対策は整えてあるさ」
「じゃ、じゃあ、あいつを倒せるような超強力なポケモンを連れてきている、と?」
「連れてきているとも。そこに」
 示された方を向いても、誰を指しているのかすぐには解らなくて。
 やがてどうやら、傍らに四角くそびえ立つ彼のことだと解った時には、空ぶかしを控えるのに苦労を要した。
「は? え、だってそちらの方、岩ポケモン……ですよね? 失礼ながら、鋼タイプのミミズズに対して勝ち目なんてないのでは?」
 岩は鋼に弱い。常識である。
 私とて鋼ポケモンの端くれ。鋼への対策に岩を持ち出すなど、甚だしい愚考だとしか思えなかった。
 だが、ディネーロもサルバドルも、あくまで不適な笑みを絶やす事はなかった。
「甘く見てくれるなよ。ただの岩じゃない。サルバドルはジオヅム……岩塩のポケモンだ。鋼ポケモンだからってこいつを舐めてかかるなら、しょっぱい思いを味わうことになるだろうよ」
 ディネーロが自信満々に断言すると、サルバドルも白い顔を凛と掲げて言った。
「任せてください。必ず勝ってみせます」
 その爽やかな物腰に、思わず私は引き込まれていた。

 □

 掘り荒らして擂り鉢状に窪んだ奥底で、主ミミズズは生朱い顔を覗かせて身を休めていた。
 真正面から堂々と歩み寄ったサルバドルに小さな三白眼を向けた奴は、侵入者への怒りも嘲りすらも浮かべなかった。まさに路傍の石ころが転がってきた、ただそれだけ。
 敵ではなく、障害物というのでさえもなく、風でも薙ぐかのように無造作に、アイアンテールが振り抜かれる。
 スピードに自信のある私なら容易く躱せたであろう単調な一撃を、しかしサルバドルは柱のような太い四肢で荒野を踏みしめまともに受け止めた。
 激しい軋み音が砂塵を震わせる。無論、軋んでいるのは一方的に岩塩の身体だ。
 無数の亀裂が白い表皮に走る。一撃だけでバラバラに吹き飛んでもおかしくないほどの威力だったが、驚異的な頑丈さでサルバドルは凌ぎきった。といっても、追撃を食らえば到底耐えきれるはずもないことは端から見ても明白だったが……。

「今だ! サルバドル、塩漬け!!」

 ディネーロの指示が飛んだ刹那。
 白い爆発が、砂塵を吹き飛ばした。
 サルバドルの全身から吹き出した白霞が、ミミズズの巨体に浴びせられたのだ。
 長く太い肉色を白く染め上げられ、初めてミミズズは狼狽を見せた。環帯から青い体毛を伸ばして拭い取ろうとするも、まとわりつく白色は一向に落ちない。
 もんどり打ってのたうつ動きはぎこちなく、耳障りな軋み音が今度はミミズズの身体から聞こえ出してきた。
 勿論、白霞は塩である。岩塩の身体を構成する塩分が、ミミズズの鋼の身体を蝕み、錆び付かせたのだ。まさに恐るべき攻撃だった。
 ミミズズは怒りの雄叫びを上げ、罅割れたサルバドルに止めをささんと、塩と錆で斑になった頭を打ち下ろした。
「サルバドル、守れ!」
 支持を受けたサルバドルは、全身で防御姿勢をとり衝撃を完全にいなした。
 その隙にディネーロが歩み寄り、サルバドルへ向けてミミズズの体色に似たスプレーボトルの傷薬を吹きかけた。みるみる罅が修復されていく。凄い傷薬だ。
 そうしている間にも錆の浸食は進む。よろめきながらも再び頭突きを繰り出すミミズズだったが、そもそもアイアンヘッドではなくただの頭突き。罅を修復された今、岩タイプには効果は今ひとつでしかない。
 なおもアイアンテールを繰り出そうとしたが、最早まともに技を決める力は残されていなかったようで、虚しく宙を薙ぐに終わった。
「これで、ジ・エンドです!」
 錆びた破片を巻き散らしながら、すっかり縮んでしまった身体を横たえたミミズズを、サルバドルは勝ち誇って見下ろした。

 □

 最後の力を振り絞って、ミミズズは地面に潜り逃走した。もう当分はこれまでのように暴れ散らすことは叶わないだろう。
「いやぁ、大量大量♪ さすがは主ミミズズ、想像以上の大収穫だ!」
 赤黒く染まったミミズズの破片を掻き集めながら、ディネーロは満足げな声を弾ませる。
「こんな錆びた破片、集めてどうするんですか?」
「ミミズズの場合、まさにこの錆びた表皮にこそ価値があってね。畑に巻くといい作物が育つそうで、結構な値段になるんだよ。だからミミズズ狩りにはジオヅムが最適なのさ」
 よくできたものだと感心しつつ、私はひと仕事を終えた白い英雄の姿に見惚れていた。
 後で教えてもらったが、『サルバドル(Salvador)』とは古い言葉で『救世主』を意味し、また『sal』だけだと『塩』という意味になるそうで。
 傷ついた私を救い出し、憎きミミズズを見事に退治したサルバドルは、まさしく岩塩の姿をした救世主だった。

 □

 こうして私はディネーロのポケモンとなり、荒野を旅立って今日という日を迎えた。
 イビーザという名前をもらった私も今や八気筒をブイブイ言わせるブロロローム。サルバドルも岩塩の固まりを肩に積み上げ雄々しく直立するキョジオーンだ。
 今日のディネーロの出向先は、西1番エリアの山岳地帯。大量発生して岩塊を降り注ぎ被害を出しているオトシドリたちの排除と、その羽根の採取が目的だった。羽袋でタマゴを運ぶオトシドリの羽根は、古来より子宝祈願の御守りとして人気が高いそうだ。
「サルバドル、イビーザ、仕事前に腹ごなししていくぞ」
 とディネーロは、ピクニックテーブルに皿を用意し、上下ふたつに切ったバゲットの下側を乗せた。
 白く柔らかな断面にバターとホイップクリームをしっとりと塗り、更に、
「サルバドル、頼む」
「了解!」
 サルバドルが指を擦って、自らの塩で味を加えた。
 その上に、薄くカットした濃厚なスライスチーズ、青く香り高いスィートバジル、瑞々しく色づいたリンゴとバナナの輪切りを次々と落とさずトッピングしていく。
「これで完成! ハイパースィートサンド一丁上がり!!」
 バゲットの上半分を被せ、緑のボール飾りが付いたピックで貫いて固定。上下のバゲットがキッチリ揃った、中々見事な出来映えとなった。
「こいつには視力向上の効果があって、飛行ポケモンの羽根などの落とし物が目に留まりやすくなるんだ。しっかり食べて作業に備えてくれよ」*1
「頂きま~す」
 長いバゲットを具材ごと噛みちぎり、租借して嚥下した。
 最高に美味しかった。バナナとリンゴの甘い果汁を、岩塩の辛味が絶妙に引き立てていた。
 サルバドルの味が、甘く味わえる長いサンドイッチ。
 何だか、サルバドルの雄を食べているかのように、ふと思えて。
 はっと我に返り、妄想を振り払った。寄りにも寄って当のサルバドルの隣で、何をそんなふしだらな。
「ご、御馳走様! さぁ、早くオトシドリを落としに行きましょう!!」
 急ぎ気味にサンドイッチを完食して、張り切った声を上げると、
「あ、そうだ。イビーザ、これをあげるよ」
 そう言ってディネーロは、私のエンジンにリボンを結びつけた。
 夕日のように紅く揺れる、可憐なリボン飾りだった。
「わぁ可愛い♪ ありがとうございます!」
「いいですねぇ。とてもよく似合ってますよ、イビーザ」
「エヘヘ……」
 サルバドルにまで誉められて、車輪を思いっ切りバーンアウトさせた私は、狩り場へ向かって上機嫌に爆走した。

 □

 サルバドルが打ち出したロックブラストが、轟音の緒を引いて白い鳥の群を引き裂いていく。
 直撃を当てる必要はない。むしろ追い立てて羽根を散らした方が、こちらの目的には都合がいい。
 今回は塩漬けのような搦め手はいらず、相性だけで圧倒できる楽勝の仕事だった。余裕があるせいだろうか、サルバドルの砲撃もいつにも増して勢いがあるようだ。岩落としによる反撃などは、私が盾となって防ぎきった。
 白い物が多数、空からふわふわと軽やかに舞い落ちてくる。
 塩だ。……塩? いや違う、羽根だ。それを集めるために来たのだから、無論オトシドリの羽根に決まっている。何で塩と間違えたりしたんだろう。普通は降ってくる白いものを見たら、雪とかを連想するものだろうに。
 なぜだか、白く降る羽根を見ていると、あの荒野でのサルバドルの活躍が思い出されてくる。
 ミミズズの肉色にてらてら光る表皮が、白い塩にまみれて、朱く錆び付いて。
 変だな、考えがまとまらない。
 とにかく集めないと。塩を。……じゃなくて羽根を。

 □

「ふたりともご苦労さん。今回もお宝大量ゲットだぜ!」
「何円ぐらいになりますかねぇ」
「円よりLPに換金した方がお得だけどな」
「知ってますけど、稼ぐことを考えたら円って言いたくなるもので」
 ピクニックテーブル上に乗せた戦利品を前にして満足そうなふたりの会話が、妙に遠い。意味すら頭に入らない。エンジンが熱い。ラジエーターの故障だろうか。
「ちょっと、風に当たってくる……」
 ふたりに言い残した声が、言葉を成していたかも最早怪しい。テーブルを離れて岩壁の向こう、峡谷を吹き抜ける風がよく当たる場所へ。
 やっぱり熱い。ラジエーター云々より、エンジン内部からの激しいノッキングを感じる。何かが中で引っかかっているのかも。
 火照った思考の中に、降ってもいない塩が降る。
 だから塩じゃなくて……いや、やっぱり塩だ。
 あの日ミミズズを白く染め上げた、サルバドルの塩だ。
 錆びて、溶けて、肉色の身体をボロボロに崩されたミミズズを見て、私は。
 あぁ、そうか。
 羨ましいって、思ったんだ。
 私も白く染めて欲しい。サルバドルの塩に蕩けたいって。
 エンジンがますますオーバーヒートする。オイルが沸騰して吹き上がる。
 堪えきれず私は、濡れて湯気を噴くオイルフィラーを、尖った岩に擦り付けた。
「あぁ、あぁ、んあぁぁん……っ!?」
 擦る度に、オイルが噴き出す。身体を揺すってももがいても、ノッキングは収まらない。
 狂おしく泳がせた視界に、白く巨大な岩塩の山が見えた。
「サルバドル、さん……」
「はい……」
 欲求とはここまで鮮明な幻覚を見せる物だろうか。都合のいい事に返事までしてくれる。昂った息吹まで吹き付けて…………ん!?
「キャアァァァァッ!?」
 エンジンが一瞬でレブリミットの悲鳴を上げた。
 そりゃそうだ。冷静ミントを吸った気で考えて見れば、岩壁ひとつ隔てただけの場所で自慰に耽って、サルバドルに気づかれないわけがなかったのだ。
「あ、あの、調子が悪そうだから様子を見てこいってディネーロさんに言われて、それで、あの、覗くつもりは……こ、御免なさいぃっ!?」
 狭い岩道では巨体を方向転換するのも難儀らしく、あたふたと慌てふためきながらサルバドルは待避しようとした。
「ま、待って!?」
 動かぬ身体を押しがけして取りすがる。ここまで痴態を曝して、今逃げられたら今後まともに顔も合わせられまい。
「お願い。私を……貴方の塩で塩漬けにしてっ!?」
 最早これ以上掻く恥もない。
 彼の塩湖に身を沈める覚悟を、私は決めた。

 □

「本当に、いいんですか……?」
 しどけなく横たわる私を滾る瞳で見下ろしながら、募る劣情を押し殺したような声でサルバドルは問いかけた。
「うん。私、本当にずっとこうされたかった」
 応えた声が喘ぎに掠れた。
 これ以上一秒待つのも苦痛だった。朝から妄想の中で降ってくる彼の塩を、早く身体中に浴びたいという欲求に、私は支配されていた。
 浜を打った波が引くように、塩辛い息吹が頭上を巡り、
「……それでは、塩漬けにさせて頂きます」
 格式張った礼と共に、私の背を粒子の雨が打った。
「あぁぁ……」
 ひとつ眼を閉じて、背を叩き転がって沁みていく塩の感触を味わった。
 想像を遙かに超える心地よさ。まるで繊細な指先に背中全体を愛撫されているような快感に私は包み込まれていった。
 うっとりと眼を開けて降り仰ぐと、3本の太く四角い指を一杯に広げた掌が、頭上から暖かな粉雪を降り注いでいるのが見えて、はっと私は気づいた。
「あ……この塩、いつもの塩漬けの塩じゃ、ないんだね」
「はい」
 指先から放たれるそれは、キョジオーンに進化してからしか出せない特殊な塩。朝食のハイパースィートサンドでも甘味を引き立ててくれていた塩だ。
 塩漬けの攻撃に使っている荒削りの塩とはまるで違う、繊細でさらさらと心地よい塩粒。傷口に刷り込んでも沁みたりしないばかりか、滅菌し傷を癒やしてさえくれる。私も何度も擦り傷を治して頂いてきた。
 本来は僅かずつしか削り出せないはずの貴重で優しい塩が、多量にサルバドルの大きな掌から溢れ出し、私の身体へと散り積もっていく。
「こんな素敵な塩に漬け込まれるの、私だけ、だよね……?」
「そうですよ。貴女だけに捧げる、特別な塩です」
「嬉しい……」
 彼の塩に埋もれるだけで充分な程だったのに、思いも寄らぬ至福の厚遇。
 鋼の身体に食い込み、蝕んでいく塩のひと粒ひと粒が、サルバドルの愛情そのものなのだ。
「あぁ、あぁぁっ、サルバドルさん、サルバドルさぁん……っ!」
 蕩けていく。身体が、意識が。白く清らかな、彼の愛に抱かれて。
 目眩く極上の快楽に、私はマフラーから噴煙を吹き上げ、赤いリボンを振り乱しながら恋しい雄の名を呼び身悶えた。
 と、私の頭上に大きく影が射す。
「イビーザ……っ!!」
 サルバドルの白い巨体が、私に覆い被さっていた。
 角張った眼は、理性を失う寸前まで煌々と炎上していた。
「イビーザ、イビーザ! 僕は……っ!?」
「いいよ」
 花嫁衣装の如く白無垢となった身体をくねらせ、妖艶な声で私は囁いた。
「ごめんね、私だけ楽しんで。私でよければ、貴方の思うままに味わって……」
 何かが弾け飛ぶ音が、音もなく響いて。
 サルバドルの股間にある白いブロックが、グンッと前に長く突き出した。
「わぁ……」
 猛々しく屹立した彼の塩柱は、朝食のバゲットはおろか、あの主ミミズズの胴体より遙かに雄大であるかのように、私には思えた。
 壊れちゃうかもしれない。壊れたっていい。彼に、私を壊して欲しい……!
 とっくにオイルが溢れかえってドロドロになっているオイルフィラーに、塩柱の先端が当てがわれ、そして。
「んあぁぁぁぁ……っ!」
 甘い具材を挟んだバゲットをボールピックが貫くように、私のエンジンにサルバドルの塩柱が突き刺さった。
「もう、放しません。イビーザ、イビーザぁ……っ!」
 両の掌で私を掻き抱き、サルバドルは腰を律動させた。
 私の胎内で塩柱は九気筒目のピストンとなり、ターボに煽られた燃焼で円運動を加速させた。
 フルスロットルの激震を受けて、私の鼓動はオーバーレブを引き起こされた。快感の爆発で、全シリンダーがブローした。
「ひあぁぁあぁぁぁぁっ! サルバドルさん……ぁあぁぁぁぁあぁぁ~~っ!?」
「イビーザ……ぅう~~っ!?」
 その刹那、熱く濃厚な塩がオイルタンクに注がれるのを、確かに感じた。
 彼の塩を添加されたオイルが私の全身を駆け巡り、細胞のひとつひとつまでをも愛撫していった。

 □

 オイルまみれになった塩柱を引き抜くと、サルバドルは私を懐に抱きかかえ、優しく包んでくれた。
「愛してます、イビーザ……」
「私もよ、サルバドルさん。ずっとこうしててね……」
 このまま朽ち果てて終焉を迎えようと、私たちの絆は永遠だ。
 熱く頬を擦り寄せ、唇を重ねて、彼の塩味を身体全部で味わい尽くした。

「……お楽しみはここでジ・エンドだ」

 そして、踏み込んできたディネーロによりサルバドルの懐から引き剥がされて、時計の針は現在を指す。
 そりゃそうだ。冷静ミントを吸った気で考えて見れば、岩壁ひとつ隔てただけの場所で交尾に耽って、ディネーロに気づかれないわけがなかったのだ。

 □

「やめてぇっ!? 塩を、私の塩を取らないでぇ!?」
 哀願も虚しく、ディネーロは容赦なく私の身体を拭い回した。ボディやマフラーは言うに及ばず、あろうことかオイルフィラーまでこじ開けられ、情事で熟した内側に指が突っ込まれて奥まで弄り回される。
「うわ、こんなところまで塩がみっちり」
「ひぃぃっ!?」
「あの、ディネーロさん、そのぐらいで……彼女が嫌がってるじゃないですか」
 微かに嫉妬を孕んだ声でサルバドルが抗議するも、ディネーロの手にブレーキがかかる気配はなかった。
「だから、こんな塩まみれのまま浸らせてたら、イビーザが錆だらけになるっての!? お前の太い指じゃ後始末できないから、俺がポケウォッシュしてやってるんだろうが。ったく、塩漬けのエンジン(Salazon Del Motor)なんて、煮ても焼いても食えやしないよ!」
 解ってるけど、親切でやってくれてるって知ってはいるけど、それでも愛の残滓を擦り回されては恥ずかしくてたまらない。
「言っとくが、イビーザが終わったら次はサルバドルだからな。股ぐら引っ張り出して拭うところを、イビーザにもガン見してもらうからそのつもりでいろ」
「う、うええ!?」
 ……それは滅茶苦茶見たいかも。
「あ、イビーザの奴、あっさりおとなしくなりやがった。現金だなぁおい」
「……ふええん、そもそもどうしてこんな事に……!? 朝食の頃から何か変だったのぉ。何を見てもサルバドルとえっちすることしか考えられなくなっちゃってぇ……!?」
「実は僕も、オトシドリ戦の前辺りから妙にムラムラしていたんです。ロックブラスト打ちっ放しで発散させていたんですが、結局我慢が利かなくなって……?」
 私が誘惑したせいですよねごめんなさい。
 揃って当惑する私たちに、ディネーロは慰めるように語る。
「まぁ、仕方ないよ。ハイパースィートサンドには、羽根への感知能力を高める効果の他に、割と過激な催淫効果もあるからな。どうせお前らやらかすだろうって覚悟はしていたさ」*2
 ……おいこら!?
「……あの、覚悟していたのなら、どうして僕にイビーザの様子を見に行かせたりしたんですか?」
 サルバドルから向けられた疑惑の問いに、虹色の瞳をあらぬ方向へと反らすディネーロ。何が覚悟だ期待の間違いだろ。どうせ私のリボンにも恋愛成就の赤い糸とか仕込んであったんだろうが。どう見ても計画犯です本当に本当にありがとうございました。

 □

 程なくして私は、サルバドルとの愛しいタマゴをバスケットに転がす事となった。
 オトシドリの羽根、早速効果覿面である。
 色々ブチ壊しになっちゃったけど、トレーナー公認の仲になれたって事で、概ね大団円と結んでおこう。

 □信楽焼@タマゴグループ好物第十九回短編小説大会参加作品
 カラタチ島の恋のうた・飛翔編『塩漬けのエンジン(サラゾーン・デル・モトール)』・End□


#ノベルチェッカー結果
【合計枚数】 34枚(20字×20行)
【総文字数】 10065文字(行頭下げの空白を除くと9870字)
【行数】 679行
【台詞:地の文】 22:78(%)|2231:7812(字)
【漢字の割合】 全体の約24(%)|2447(字)


あとがき 

 大会終了して数日後にコロナ発症、やや熱も引いたところでこれを描いています。どうにか生きてます狸吉です。
 今回大会テーマは「えん」ということで、岩塩とエンジンの鉱物タマゴグループカップリングで行くことはすぐ決まりました。どちらのポケモンも好物でしたし。
 けもケ疲れが尾を引いて描き出しこそ遅れましたが、今回は本編をしっかりプレイしていた成果もあり、進めだしたらドミノを倒すようにネタが止まらなくなりましたw 落とし物を狩るのに塩漬けにしていいのかなと思ったらミミズズのはちょうど錆だったり、タマゴパワーL2のつくレシピを探してたらソルトを使うハイパースィートサンドが見つかったり、同時に発生する落とし物パワー飛行が使える高価な落とし物を探したらオトシドリで、羽根の白を塩に見立てられたりコウノトリ=赤ちゃんを運ぶのイメージにも繋げられたりと、相変わらず計算というよりほとんど本能でネタが繋がっちゃってて描いた本人が驚いてますw
 最初タイトルは『塩漬けエンジン』にしようとしましたが、仮面のみならずカップリングもネタもモロバレルになるのでGoogle翻訳先生に頼んで古代パルデア(スペイン)語訳。
 イビーザはスペインのカーメーカーセアト社のコンパクトカーから。*3
 ディネーロは昔のスペインの通貨単位。現在でも『現金』を意味する言葉。ちなみにバイオレットで追加コンテンツダウンロード用に取った別垢データのトレーナー名で、容姿も準拠しています。
 サルバドルについては描いたとおり。(Sal)のつくいい名前を探したらピッタリのが見つかってくれました♪

投票時に頂いたコメントへの返事。 


>>1万文字とは思えない塩分濃度と途中からエンジン全開でぶっちぎってくスピード感に圧倒されました。官能小説とは思えない爽やかな読後です。
>>個人的には文句無しの優勝作品です、おめでとうございます。 (2023/06/06(火) 01:44)
 実は今回、ノベルチェッカーによっては1万字オーバーになると投稿後に気づいて焦りました。幸いセーフ判定となり、ご支持を無駄にせずに済んで良かったです。応援ありがとうございました!

>>読んでて一番楽しかったので一票 (2023/06/08(木) 21:44)
 お楽しみいただきありがとうございます♪

>>今大会テーマにぴったりな、エンジンを駆動させるブロロロームとそのまんま塩なキョジオーンのCP。オイルフィラーを岩に擦り付けたり股間のブロックが突き出るのは想像して面白いし、ブロロローム視点の官能表現が車周りの用語に集約されるのちょっと笑っちゃったんですけど、それ以上に気持ちをぶつけ合う彼らの愛が感じられました。サラサラの塩で塩漬けにされた姿を花嫁衣装、って表現していたり、かえって『彼の塩を添加されたオイルが私の全身を駆け巡り、細胞のひとつひとつまでをも愛撫していった。』みたいな人間的な描写が、塩によって一層惹き立たされていたような印象。他にもお題の『えん』を散りばめていたり、作者様のこだわりとテクニックが詰められていましたね。
>>あとサンドイッチで発情した主人公の幻視する風景描写が秀逸。舞い落ちる羽根を塩だと思い込んじゃうあたり、無意識のうちにキョジオーンからの愛に溺れたいって焦がれちゃっているところがかわいいね……。 (2023/06/10(土) 20:52)
 相変わらずそのポケモンならではの表現にこだわっています。花嫁衣装はその場面を描く直前まで考えていなかったのですが、塩漬けにされたイビーザの姿を想像したら自然に閃きました。詳しい解説ありがとうございます!

>>キョジオーンにもブロロロームにも性別はあるんだよなあ… (2023/06/10(土) 22:05)
 ある穴は埋めざるを得ないのがポケモナーの性ですw 投票ありがとうございます!

>>キョジオーンの魅力をわかってくれる同士がいて嬉しいです。キョジオーンは一般性癖であることが証明されましたね!(圧) (2023/06/10(土) 22:17)
 実のところ、今回は投稿するまで『特に捻りのない、普通の官能小説』を描いたつもりだったんです。素で。
 投稿翌日に我に返って盛大に自己ツッコみする羽目に陥りましたがw 完全に脳内基準を鉱物タマゴグループと化して描いていたようです。共感ありがとうございます!

 今回は皆様のおかげで5票獲得の22作品中3位奮闘、1位は非官能で2位はBLである為、NCの官能だと最多得票を頂きました♪ 改めてありがとうございました。今後もエンジン全快でがんばります!!

コメント帳 


・ディネーロ「ふたりともご苦労さん。今回もお宝大量ゲットだぜ!」
・サルバドル「何円ぐらいになりますかねぇ」
・ディネーロ「円よりLPに換金した方がお得だけどな」
・狸吉「知ってますけど、稼ぐことを考えたら円って言いたくなるもので」
・ディネーロ「……大会のテーマ数をかw」
・イビーザ「意味すら頭に入らない……」

コメントはありません。 塩漬けのコメント帳 ?

お名前:

*1 落とし物パワー飛行L2。
*2 タマゴパワーL2。
*3 大元は島の名前。

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Last-modified: 2023-06-20 (火) 21:05:36
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