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コルチカムの花

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コルチカムの花 [#816lP7I] 


リルリラ



 物心がついた頃には、すでに何不自由ない生活を送れていた。
 エンニュートとして群れを率いる母のそばで過ごし、何かあれば同族であるヤトウモリたちがいつでも言うことを聞いてくれた。甘い木の実が食べたいといえばすぐに食べきれないぐらいの量を取ってきてくれて、出かけたいと言えば護衛付きで住処の洞窟を出て散歩ができた。
 ヤトウモリは、エンニュートを女王とした真社会性をもつ群れを作る。生まれてくるヤトウモリの多くはオスであり、稀に生まれてくるメスのヤトウモリが次期女王として育てられる。つまり、私が群れの中で唯一の貴重なメスのヤトウモリだから、私に対して甘いのだ。ただ私がメスだっただけ。それでも、この生活は心地よかった。

 群れのことや女王のこと、次期女王として私の教育も進んできたころ、母が体調を崩した。多忙な母のこと。おそらく疲れからの風邪だろうと、母も含めてみんな楽観的だった。
 母のことが大好きだった私は、毎日母が休んでいる部屋に通った。楽しかったこと、大変だったこと、その日あったことをとにかく全部話していた。母が元気になったら一緒に散歩に行く約束もした。
 しかし、1週間経っても母の病気は治る気配もなかった。さらには、母の近くにいたヤトウモリたちも同じ症状で倒れるようになった。
 ほどなくして、母は完全に寝込み、群れの半分以上のヤトウモリが病気になった。

 毎日母のもとに通っているはずの私だけは、健康そのものだった。


 その日は、春にしては少し冷え込んだ朝だった。フラフラとした足取りで来た私の世話役のヤトウモリが、母が呼んでいると伝えてくれた。
 母が倒れてから5日、病気になってからはもう半月以上。すっかりやつれてしまった母が、病気の原因が分かったと話した。
 原因は──

──私の毒だった。


 特訓して出せるようになった私の毒は、強力だと言われてきた。だからこそ、毎日の教育の中で毒の調整は結構な時間を割いていた。
 毒は依然強力だったが、非戦闘時は出ないようにした、つもりだった。
 私の毒は汗や涙にまで含まれており、それらが蒸発すると目に見えない毒ガスとなって、意思とは無関係に周囲のポケモンたちに襲いかかっていた。当たり前だが、私と同じ部屋で、長時間一緒にいるほど毒の影響は強くなる。
 毎日母の部屋に通っていた私が、母を死に追いやっていたのだ。


 私の処分は、群れからの追放。
 群れに残れば今の群れを破壊しかねず、たとえエンニュートに進化したとしても、近くにいれば死んでしまうような女王など誰も近寄らない。今の群れが私に割く時間は全て無駄になるのだ。私には、もはや群れを出ていく選択肢しかなかったのだ。
 まだ日も登りきっていない早朝、私は洞窟を出た。
 母は病気の身体にムチを打って歩き、入口まで見送ってくれた。お互い顔を合わせることはなく、終始無言だった。外へ出てからも、母や洞窟に振り返ることなく、前へ進んだ。怒りも悲しみもない、ただこの群れからいなくならなきゃいけないという使命感だけで進んでいた。


「生きて」

 後ろから微かに聞こえた母の声に、私の視界は涙で歪んだ。
 母の病気の原因を聞かされた時からずっと我慢していた涙は、太陽が天高く登りきるまで頬を濡らし続けた。


 ごめんなさい







 群れを離れた私は、当てもなく彷徨い続けた。群れを作るわけにはいかない。かといって他に私を受け入れてくれる場所もない。
 追放され、群れのヤトウモリ以外のポケモンと戦闘してから分かったことだが、私の毒は思っていた以上に強力だった。何らかの技で私の毒を浴びせれば、あとは少しの間待つだけで勝手に戦闘不能になってくれた。同じ毒タイプであるはずのヤトウモリですら十分に効いていたのだから、そうでない相手には一撃必殺のような威力を発揮してくれた。
 小さなヤトウモリに舐めてかかってくる相手に毒をあびせ返り討ちにする。ただそれを続けていた。
 独りでいることを強いられるのは、思った以上にきついものだった。それでも、私は生きなければいけない。それが願いだから。

 そしていつしか私は、母と同じエンニュートへと進化した。

 進化したからといって、特段何かが変わるわけではなかった。居場所を求めて放浪し、向かってくる者がいれば私の毒で倒す。そして、その日も襲ってくるポケモンに、毒を食らわせるだけ。
──だと思っていた。
 相手はボスゴドラ。はがねタイプであり、毒は効かなかった。逃げようにも相手は意外と素早く、苦戦を強いられていた。
 ボスゴドラが足を滑らせた私に殴りかかろうとした時、横から青いポケモンがボスゴドラを吹っ飛ばした。呆気にとられていると、その青いポケモンは私の手を取り逃がしてくれた。

 ボスゴドラを撒ききったのを確認した後、息を整えながら青いポケモンにお礼を言う。
 改めて彼のことを見るが、知らないポケモンだった。青くはあるが、質感や見た目から、はがねタイプのように思えた。ふと、群れにいた頃に聞いた噂を思い出す。青い身体のはがねタイプのポケモン『ルカリオ』。話に聞いただけで見た目は分からないが、もしかしたらそうかもしれない。
 彼にルカリオかどうか聞くと、そうではないと答えた。彼は『キリキザン』という種族らしい。見たことも聞いたこともなかったが、箱入り娘だった私にはよくあること。何の疑問も持たずよろしくと言った私に、彼は何故か少しだけ驚きの表情を見せた後に、笑顔でよろしくと挨拶を返してくれた。
 そして、特にあてもない旅をしていることを伝えると、これも何かの縁と、少しの間だけ一緒に行動してくれることになった。私の毒のことも言ったが、はがねタイプだから大丈夫と笑っていた。

 彼と旅をしている間、お互いのことを話していった。
 どうやら彼は、色違いらしい。群れの皆は赤色であり、唯一青かった彼は、差別的な扱いを受けていたらしい。そんな群れに嫌気がさし、ひとりで旅に出たという。私の群れにも、稀に白い身体のヤトウモリを見たが、ただ目立つだけで他と変わらず生活を送っていた。それを聞くと、彼は少し羨ましいと言っていた。
 彼の話を聴いた後に、私についても話した。といっても、毒が強すぎたことと、それで群れを出たというだけ話だったが。それでも、彼は真剣に話を聴いてくれた。あまりにも真剣なので、お陰で戦闘は楽だけどねと冗談交じりで話を終えた。
 それでも彼は、大変だったんだねと優しく言ってくれた。その優しさに甘えたくなった私は、誰とも一緒にいられなくなったと付け加えた。きっと彼なら、今は僕がいると言ってくれると思ったのだ。
 そして、本当にそう言ってくれた彼に感謝しながらも、とても申し訳なく思っていた。


 恩人から、仲間へ。仲間から、相棒へ。

 相棒から、かけがえの無い存在へ───

 私と彼の旅は、まだまだ続いた。








 気づけば彼と出会ってから1年が経ち、私たちは元いた場所から随分と遠くまで移動していた。
 そして、私も彼も過ごしやすいと思える場所にたどり着いた。丘のある広い草原。そこにいた荒くれ者のバンギラスを追い払い、私たちはここに住むことを決めた。
 荒くれ者の退治、そしてこれから周辺の治安を守ることの見返りとして、近くに住むポケモンたちに丘の頂上に家を建ててもらった。毒のこともあり、私はあまり外に出なかったが、彼は定期的に見回りとしてよく出掛けていた。旅の最中はいつも一緒にいたので寂しくなるかと思っていたが、見回り以外はこれまで以上にべったりとくっついていた。
 私が外に出ないことに気を使ってか、彼はよくお土産として木の実を持って帰ってきていた。そして暇が多くなってしまった私は、それらを使って木の実ジュースを作っていた。毎日のように新しいジュースを開発している内に、彼が試飲して美味しかったものは見回りの時にレシピを伝えるようになった。その際エンニュートが作ったということをとても強調して話したらしく、距離をとってだが私に挨拶をしてくれるようにもなった。
 彼のお陰で、私たちはこの地にどんどん馴染めていった。


 この場所に住んでから幾度目かの冬を乗り越えたある日、見回りに行こうとした彼がふらついたように見えた。まさか私の毒が彼にも影響を与え始めたのではないかと心臓が飛び跳ねたが、彼は足がもつれただけだと言い、そのまま普段の足取りで行ってしまった。
 ああは言っていたがそれでも不安だった私は、モモンの実とラムの実を使ったジュースを作り、一日一回は飲ませるようにした。私の毒に効くのかも、そもそも私の毒のせいかも分からなかったが、何かはしておいた方がいいと思ったから。そして、杞憂だったねと笑いたかったから。









 彼が倒れた。

 いつもなら昼前には見回りから帰ってくるはずなのに、その日は昼を過ぎても帰ってこなかった。心配ではあったが、何も初めてという訳ではない。きっと何か手助けをしたりしているのだろう、と。
 激しいノックに鼓動がどんどん早くなる。大丈夫、きっと荷物で手が塞がっているだけ。きっと脚を怪我したとかという理由で運んでもらっただけ。何度も自分に対して大丈夫と言い聞かせる。
 扉を開けると──意識を失った彼が、2匹のミミロップに抱えられていた。
 彼をすぐに寝室で寝かせ、外にいるミミロップの夫婦2匹とカーテン越しに話す。彼の見回りルートの最後は、このミミロップ夫婦が暮らしている所の周辺にしているらしい。しかし、待てども一向に姿を見せない彼に違和感を感じて探してみたところ、少し離れた場所で荒い息をして倒れていた。すぐに家で休ませようとしたところ、彼が私の所へ運んでほしいと頼んできたと言う。

 ミミロップ夫婦に礼を告げて、毒を吸い込ませないうちに帰らせた。その後、私の毒が原因なのか、いつから影響が出ていたのか、なぜ私のところへ運ばせたのか、倒れている彼には悪いが思った疑問を全て聞いた。
 彼曰く、私の毒の影響は旅をしていた時から少しずつ現れていたらしい。はがねタイプということもあってか、この時はまだ進行は遅く、症状も無いに等しい状態だったと言う。しかし私と暮らし始めると、家という密閉空間に充満した毒を吸い込み続けているうちに、体内に溜まっていっていた。そして、長い年月をかけ、とうとう限界となり倒れたのだ。
 私と暮らさなければ良かった。私から離れていれば良かった。そう言おうとすると、察したのか私の口を塞いだ。たとえ毒に侵されようとも、私と一緒にいる。それが彼の一番の望みだったのだ。


 何度も家を出ようとした。何度も彼を出そうとした。けれども、出来なかった。私が側にいることは、彼の願いだったから。

 そして、翌日。


 彼は息を引き取った。

 最期に彼は、私に言葉を遺していった。

「生きて」







「わたし……わたしは!…あなたに、…いきてほしかった!!」
「あえ、なくなっても!…いきてほしかったのに!」
「わたしの、きもちも!……かんがえてよ!ばか!!」

 分かっていた。私を独りにはさせられないと。孤独に耐えられないと。それが分かっていたからこそ、最期まで私の側にいた。それが分かっていたからこそ、彼も、母も、私に言うのだ。
 ”生きて”、と。
 私に『(ねが)い』をかけるのだ。



 生きなければいけない。それでも彼がいなくなった喪失感は尋常ではなく、数ヶ月は家から出ることがなかった。彼を失ったことによる涙の毒が、私と私の家を守ってくれた。
 涙も枯れ果て、ようやく家を出た私は、変わり果てた外の光景に驚いた。なぜかならず者がよく訪れるこの地。見回りをしていた彼がいなくなると、待っていたと言わんばかりにならず者たちがなだれ込んできた。そして数ヶ月のうちに、ならず者の溜まり場となっていたのだ。
 私は彼だけでなく、彼が護り続けてきたものでさえ護れなかった。これだけ強い毒があるというのに、私はどこまでも無力だった。

 それでも、たとえ無力でも、私は生きる。

 私はならず者の街へと歩いていった──








 喧嘩でしか存在を示せない者、盗みでしか生活ができない者、騙すことでしか他人と関われない者。
 そんな者たちが集まる汚れた街、その外れにある小さな丘にはとある店がある。街が出来る前からあるその店には、街に住む者は誰も近寄らない。
 ただし、もしあなたがこの街へ行くようなことがあれば、この店だけがこの街で唯一心安らぐ場所となるだろう。きっと、店主は一風変わったジュースでも出して、旅の中で経験したおもしろい話を聞かせてくれるだろう。

 その店の名前は──



「いらっしゃい、『コルチカム』へ」



後書き 


知らない人しかいないのではじめましてですね。リルリラと申します。
普段から趣味でポケモンの小説は書いてたんですが、なんとなく投稿し始めました。

タイトルにもなっている「コルチカム(イヌサフランとも)」という花ですが、この話のためにあるような運命的な花でして。『紫色』で『強い毒性がある』、そして花言葉は『危ない美しさ』そして『私の最良の日々は過ぎ去った』です。

セリフが極端に少なかったと思いますが、もちろんわざとです。話の流れを考えて、「よし、書こう!」となった時、急にセリフ数縛りを思いつきまして。それをする意味は特にないんですが。小説の書き方的にも、サイトへの投稿という意味でも、色々と実験的な作品でした。
これは私の悪い癖というものなのですが、物語の最初と最後はすぐ出てくるのですが、如何せん最後に至るまでの繋ぎが苦手で…。今回も家に住み始めてからかなり苦しかったです。違和感を感じまくるような文章になってすみません…。

私としては読みやすい文章になるよう努力したつもりです。でも他人に見せたことはないので、ぜひ感想を書いてくださると発狂レベルで喜びます。次の小説へのモチベーションにもなります。
 それでは今後とも、宜しくお願いいたします!

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Last-modified: 2023-03-29 (水) 12:22:29
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