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グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 終章

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グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 終章
呂蒙

 第10章 終局

翌日、リクソンは荷物をまとめると、実家を後にした。父親が「食事代にでもしろ」といっていくらかの金を手渡してくれた。リクソンはそれを受け取ると実家を後にした。私鉄に乗って、ターミナルで空港行きのバスに乗り換える。平日の昼間ということもあって乗客は少なかった。
 バスに乗ると疲れていたのか、グレイシアは寝てしまった。リクソンは鞄の中から手に入れた資料のコピーに一つ一つ目を通していた。どれもこれも手掛かりになりそうなものだった。一通り目を通すと、それらを鞄にしまいリクソンもバスが空港に着くまでひと眠りすることにした。バスのアナウンスでリクソンは目を覚まして、グレイシアを連れて空港のターミナルビルへ入っていった。
 着替えを入れてあるバッグをカウンターで預けると後は搭乗時間まで時間を潰すのみだ。リクソンはコーヒーショップに入ってアイスコーヒーを2つ注文した。そしてグレイシアに話しかける。
「あのさぁ、グレイシア……」
「なぁに?」
「今回の一件なんだけどさ、実は、もう答えが出た気がするんだ」
「リクソンさんも?」
「え? グレイシアも?」
「ええ、でも……」
「そうなんだよね、証拠っていうか、それが起こりうることが証明できないとね……」
 運ばれてきたアイスコーヒーをすすりながら、天井を見上げてリクソンは考えていたが、それは、シドウに戻ってから考えても遅くは無いようにも思えた。とにかく物事には順序があるのだ。
 土産物をいくつか買って、時間になったので搭乗ゲートに向かう。搭乗チケットを見せて、機内のいつも座るところとは違う特等シートに通された。ラクヨウまでの1時間25分、のんびりとくつろげそうだ。太陽が西に傾く頃にはラクヨウの空港に着いているはずだ。

 その頃、バリョウは夕食の支度をはじめようとしていたが、どうにも何かを作ろうという気にならない。昨日のことがあったし、また同じことが起こりそうな気がしてならなかった。
「おーい、晩飯どうすんだ?」
「うん……」
 ウインディが言っても、はいともいいえともとれる返事しかしないバリョウ。昨日は自分たちだけで食事をしていたからな、と、いうことは、だ。
「おい、バショク?」
「ん?」
「ちょっと、今からメモに書いたものを買ってきてくれ」
 メモを見たバショクが言う。
「……庭でバーベキューでもやるのか?」
「まあ、近いな。早く買ってきてくれ」
 言われたものをバショクが買ってくると、バリョウはそれを持ってラクヨウのデパートの屋上に行った。
「ここで、バーベキューをする。さっき予約をしておいた」
「道具ないぞ?」
「料金についているからな。昨日のこともあるから、周りに人がいっぱいいたほうが良いだろ?」
 ポケモン達をボールから出して、炭に火をつけて、肉や魚介類、野菜を網の上に並べる。煙がゆらゆらと上に立ち上っていくのを見て、バリョウは何かを思った。あ、やっぱこれかな、と。
「あ、この魚もういいんじゃない?」
「あー、シャワーズに取られた」
 サンダースの言葉にシャワーズが追い打ちをかける。
「早くとらないのがいけないんでしょ」
「……共食い」
「何よっ!」
 最後の最後で反撃に遭ったシャワーズ。傍目から見たら微笑ましい光景である。バリョウはそれを横目で眺めながら、食材を串に刺して、網に並べていった。その時バリョウは誰かが自分に近づいていることなど気づきもしなかった。
「あっ!」
「ん?」
 バリョウの傍を歩いていたウェイターが、何かにつまずいたらしく転んだ。トレーに乗せていたものが地面にばらまかれた。トレーに乗っていたビールがバリョウにかかってしまった。
「も、申しわけございません」
 その光景を見た責任者と思しき人がバリョウのもとにタオルを持って駆け付け、詫びた。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったけど、上着がビール臭くなっちゃって」
 バリョウは言葉を選んでいたが「ビールがかかったじゃないか!」と言いたそうなのは明らかだった。結局クリーニング代が手渡されて、バリョウは「まぁ、いいか」と引き下がった。しかし場の空気が変わったのはその場にいた誰もが分かった。バリョウは無言で網に料理を乗っけている。その後も特に会話もすることもなくさっさと食事を終わらせて、家に戻った。
 バリョウはビール臭くなった上着を洗濯することにした。こんな夜だと乾くのが明日の朝になってしまう。明日の昼にでもちょっと寄って取りにくればいいことだ。明日は特に予定もないし。
「いやいやいや、とんだ災難だったな」
 バショクがそんなことを言った。沈黙が続いた空間に居づらくなったので話題を切りだしたのだろう。バリョウが戻ってきて床に腰を下ろす。
「災難といえば……、高校性の時の海難事故かなぁ……」
 バショクが顎に手をやって記憶を掘り起こすようにして言った。バショクが海難事故に遭ったなんて誰も聞いたことがない。バリョウが疑いの目でバショクを見ながら言う。
「いつの話だよ? お前がそんな事故に遭遇したなんて聞いたことないぞ」
「あ~いや、オレはたまたまその船には乗ってなかったから平気だったんだ。あとで事故に遭った友達から聞いた話なんだけどさ。ああ、いつかだって? え~と、高校一年の夏だから、4年前かな? 兄さんは受験でろくにテレビなんて見てなかったから知らないだろ。それにウチは新聞取ってないしな」
「んで?」
「『んで?』って何さ?」
 バリョウのその素っ気ない言葉は、先を促しているようにも取れたし、つまらないからやめろと言っているようにも取れた。ひとまずバショクは話を一つ一つ整理して話し始めた。
「部活の合宿でさ、行きは電車だったけど帰りは船を使ったのさ」
「船を使うなんて、どこへ行ったの?」
「ケンギョウだよ。船は夜に出て朝にラクヨウ港に着くやつだったと思うけど」
 バショクはシャワーズ達の質問に答えながら話を進めていった。何で帰りの船に乗っていなかったか? それはバショクがその前日に体調を崩し、熱中症が原因だとかで即入院を言い渡されて、熱が下がるまで入院するはめになった。当然病院からは出られないので、友人に部活の道具だけ持って帰ってもらうことにしたのだ。入院してから次の日の夜は風が強く、雨もかなり強く降っていた。多分それが原因だったのかどうかは分からないが、その帰りに乗る船は転覆してしまい、友人の話によると真っ暗な中とにかく必死で救命ボートまで逃げたという。幸い乗客に死者は出なかったそうだ。
「ん? その道具とやらが家に届いた記憶はないぞ?」
 バリョウが言うと
「ああ、沈んじゃったって言ってたな。まあ保険がおりて新しいのを買ったけど、愛用じゃないと使いづらくてな、結局スコアが伸びないんで、高1の終わりで部活はやめちゃった」
 バショクはそう答えた。その後、バショクは冷蔵庫の中にあったオレンジジュースをグラスに注いで飲みほした。テレビをつけると歴史もののドラマがやっていた。何でも、政争で祖国を追われ、諸国を流浪し60歳を過ぎて、帰国し国王になった人物を扱った大河ドラマとか。もう2000年以上前の人らしい。
「運命ってこんなもんだよな、自分は悪くないのにひどい目に遭ったり、何もしてないのに大富豪の家に生まれて、お金の苦労をしないとか」
 それはリクソンのことだと誰もが思った。
「でもまあ、生きてて何が起こるか分からないから面白いっていうのもあると思うわ」
「ん?」
「ブースターちゃん?」
 ブースターはあまり自分の生い立ちを話したがらないので、皆はブースターが以前ここに来るまでがどういう境遇だったのかを知らない。また聞く気が悪いようにも思えたので、聞かなかった。
「あれ、でも私がここにお世話になり始めた時には、ブースターさんはここにいたような気が……」
「あ、そうね。私がここで暮らすようになったのは、えっと、2年ちょっと前からかしら」
 バリョウが好奇心から一つ質問をぶつけた。
「じゃあ、リクソンの世話になる前はどうしてたんだ」
 ブースターはその言葉を聞くと、意味ありげに「うふふ」と笑った。
「教えてほしい?」
「え、うん……」
 そんな意味ありげに笑ったら、余計気になるではないか。しかし、嫌な過去があったのなら笑わないだろう。当のブースターはくしくしと毛づくろいをしている。乳白色の飾り毛を整えてからこんなことを言った。
「私はもともとは野生で人間があまり来ない森で自由に暮らしてたのよ」
「へ? なんか、普通……」
 その場にいた一同は内心「何だ、期待させておいて」と思わずにはいられなかった。が、話にはまだ続きがあって、ここでブースターの顔から笑顔が消えた。
「でも、何年前だったかしら、5年、6年、7年前だったかしら? 突然大きな網が上から落ちてきて、体に何かが刺さったと思ったらそのまま気を失ちゃって、気付いたら檻の中で、しばらくそこで暮らしたわ。食事は1日飛ばしで1日1食、ひどい時は2日飛ばしだったわ」
「ひどいな、2日も飲まず食わずなら餓死寸前だな」
「当然、技を出す元気なんかないわ」
「で、そこで食べた最後の食事が妙に豪華で、変だと思ったけどお腹がすいて死にそうだったから食べたわ。そしたら眠くなってきて、気付いたら、どこかの立派なお屋敷にいたのよ」
「その後は、どうしたの?」
「え、まあ、話はそれで終わりで、そこのお屋敷の持ち主に面倒を見てもらったわ。すごく優しい人だったわ。仕事が忙しいらしかったけど、休みの日は色んなところへ連れていってくれたわ」
「めでたしめでたし、だな」
 が、シャワーズがなおも質問をぶつける。
「ちょっと待って、じゃあ、わざわざここへ来る必要ないんじゃないの? その優しいご主人の所へいればいいじゃない」
「あ、そうだな。もしかして、捨てられたとか」
「捨てられたなんてとんでもないことを言わないでよ、まあそれはヒ・ミ・ツ」
 そう言って、ブースターはウインクをした。 表情からして何か悪いことがあったようには思えない。が、それならば余計理由が見つからない。ただまあ、ブースターが幸運という星のもとにいることは分かった。  
 それからしばらくして、リクソンが帰ってきた。疲れた表情も見せずに荷物をさっさとしまって、一階に下りてきた。リクソンが帰ってきたのでバリョウたちは帰っていった。リクソンは腰を下ろすと
「オレがいない間、ちゃんと留守番してただろうな?」
「ええ、まぁ……」
 一応あれは不可抗力だったし、その他は特に問題もなかったのでまんざら嘘でもなかった。リクソンは風呂に入って、出てくるとそのまま寝てしまった。表情には出ていなかったもののやはり疲れていたのだろう。
「お前たちも遅くならないうちに寝ろよ」
 それだけ言うと、リクソンは自分の部屋に入ってしまった。7匹がリビングに取り残された。いつまでもここにいても仕方ないので、7匹はリクソンの隣の部屋に移動した。
「お姉ちゃん」
「え?」
「どうだった?」
「何が?」
「だからー、リクソンさんと二人きりだったんでしょ?」
「別に何もないわよ。実家があまりにもすごいんで逆に落ち着かなかったわ、それだけよ」
 リーフィアの眼差しは好奇心にあふれていたが、グレイシアは素っ気なく答えた。自分だって疲れているのだ。しかし、素っ気ない答えが返ってきてもリーフィアは引き下がらない。
「ほんとに?」
「……まあ、何もなかったわけじゃないけど」
「いいなー」
「……」
 どうやら、リーフィアはグレイシアがリクソンと二人っきりになれたのが羨ましいらしい。リクソンと二人でいれたことは事実だが、あの広すぎる屋敷や起こった不可解な出来事のせいでそれどころではなかったのだ。もう面倒なので全て話してしまうことにした。別に隠すようなことではないし、さっさと話すことは話して寝てしまおうと思ったのだ。
「実は……」
「あ、やっぱりそっちでも何か起こったんだね」
 エーフィが言う。グレイシアも何となくではあるが、シドウの方でも何かが起きている、そんな気がしたのだ。それに関してはけが人がいないのは不幸中の幸いだったが、一体何でこんな目に遭うのかが分からなかった。
「ねえ、会長って誰かに恨まれているとか?」
「そりゃ、あるでしょ? ああいう仕事をしてればさ」
「まぁ、彼も同じことを言ってたけど、あれは……の仕業だと思うの。そうとしか考えられないわ」
「僕もそう思うけどさ、誰が標的なのか分からないし、対策をしないともう一回やってくるに違いないよ」
 他の5匹も同じ考えだったが、果たしてリクソンやバリョウたちが信じてくれるかどうか、表面上は信じてくれるだろうが、それでは意味がないのだ。一番いい方法は、リクソンたちにそれが起こるという証拠をつかませることだったが、果たしてそれができるかどうかは分からなかった。
「んで? どうやってその証拠をつかませるんだよ?」
 サンダースが言う。問題はそれだった。相手が相手だ、下手に警戒すると出てこないかもしれないし、そもそも誰を標的にしているのかが分からないのだ。また一つ壁に当たってしまった。どうやってリクソンたちに証拠を突き付けようか……。
 
 第11話 終局へ

 次の日、リクソンはガサガサと封筒から何かを取り出している。そしてそれらを年ごとにまとめていった。とてとてとリーフィアが歩いてきて、椅子の上に飛び乗った。
「リクソンさん。何ですか? これは」
「あ、リーフィア。いや、ちょっとね、この間の法先生の話とか、出来事が気になってね、実家に帰ってきたついでにちょっと書類をコピーしてきたんだ」
「手掛かりは見つかりました?」
「まあ、手掛かりらしいものは見つけたぞ。曲がりなりにも自分の父親が経済に及ぼす影響は大きいからね」
「……私はリクソンさんのお父さんが何をやっているかは知らないんですけど、それと何か関係が?」
「実はさ、んっと、あ、これかな……」
 リクソンは一枚の紙をリーフィアに見せた。
「えーっと、3年前ですね、年月日が。『調査を頼んだ結果が帰ってきた。やはり私の予想通りだ。このようなビジネスがまかり通っていることが私には腹立たしくてならない。後ろから手を回して法案の成立にはこぎつけたようだが一向に減らない。それどころか密貿易で利益を上げこの不況を乗り切ろうとしているところさえある。我がグループはそのようなところとの取引は一切行わない。明日各会社に通達を出しておこう』ですか。この日記はリクソンさんのお父さんが書かれたものですか?」
「そうだよ」
「この『ビジネス』ってなんですか? 何だかきな臭いものを感じるんですが。他の日付のはないんですか?」
「あるぞ、これは同じ年の暮れに書かれたものだよ」
 リーフィアにもう一枚の紙を見せた。
「えーっと、『今日お歳暮が家に届いた。何だかやたら重く、大きい。大画面のテレビでも入っているのだろうか? 開けてみて驚いた。こんなものを家に届けてくるとは、送り返そうか、いや、それは自分にはできない。私が見捨ててしまったら、誰がこの子を救うのだろうか。衰弱しきっている。すぐに内密に病院に見せることにした。そして送り主に問いただそう。この会社は確か我がグループと手を組むことを望んでいる会社だったな。恐らくこのようなことをした理由はおおよその見当はつく。しかし、あまりにも非人道的な行為である。私は厳しく相手を糾弾するつもりだ」
 そして、その1年半後にこの一件の結末が記されていた。
「『ついに潰してやったぞ。これで復讐を遂げることができたわけだ。このような方法は好かないが、こうでもしなければ犠牲者が増えるのは目に見えている。この判断は間違ってはいないのだ』何だか、ちょっと物騒な部分がありましたけど」
「まあ、いわゆるダーティーな部分だね。社会の。オレ達がこうやって普通に暮らしている中で、どこかでこうやって苦しんでいるのがいて、自分が悪いわけではないのに不当な扱いを受けている。社会の不条理ってわけさ」
「はぁ……。私にはよく分かりませんが、でも一度主人を失いました。あれは立ち直るまでに苦しみました……。どうして、と思いました……。いまは幸せです。でも……」
「だ、だからさ、その、少なくともお前たちに不自由はさせないからさ、天が迎えに来るまでずっと一緒だから安心しろ」
 リクソンは言った。若干論点がずれた気もするが、因果報応という言葉と反して、自らに不幸が降り注ぐこともある。そればっかりは避けようのないものかもしれない。命があれば「不幸の数だけ強くなれる」なんて言えるかもしれぬ。が、天魔のいたずらかどうかは知らないが、突然そこで自分の命にピリオドが打たれることもあるかもしれない。それで、おしまいなのだ。誰もが抗うことのできない、それが自分のおしまいなのだ。
 リクソンはリーフィアを抱きかかえて言った。
「リーフィア、ずっと、一緒だよ」
「リクソンさん。あの痛いです」
「あ、強すぎた?」
「ではなくて、他の……」
 いつの間にか、他の6匹がいた。シャワーズの視線が痛い。下手に言い訳をしたら自分の立場が悪くなる。ここは怯まず恐れず、弁明に尽きる。
「あー、リーフィアと大事な話をしていたところだけど、何か?」
「へぇー、不条理がどうとかリーフィアちゃんに講釈を垂れていたわけですかぁ~」
 こういう時のシャワーズの言葉はきつい。嫉妬しているのは分かるが、この時ばかりはリクソンは宥めすかすのだが、何故かこの時は逆上してしまった。
「お前なぁ、少しは大人になれ! 20年も生きてきて、いちいち言葉をかけてやらないとオレがどう思っているか分からないほど、お前はアホなのか!」
「リ、リクソン……。私は」
「こういう時、こっちが優しい言葉をかければつけ上がって、怒れば言い訳か! どうなんだ! オレが言ったことが間違っているのか!?」
「き、聞いてよ……」
「そもそもお前は、7匹平等に面倒を見ようとしているのに、リーフィアやブースターと一緒にいると、何かにつけては文句だよな! 何で文句を言う前に少しは考えようとしない!?」
「……ご、ごめんなさい……」
 ぼそっと、シャワーズは謝ったが、リクソンは立ち上がると自分の部屋に行ってしまった。どうやらシャワーズの言葉は耳に届いていないようだった。部屋のドアを閉める音が下にまで聞こえた。どうやらリクソンは本気で怒っているようだ。リビングには気まずい空気と7匹が取り残された。
「リクソンを本気で怒らせたな……」
「無理もないね、真面目なことを話していたのに、冗談半分であんなことをいわれちゃあね」
 エーフィがうなだれているシャワーズにそう言った。こういう時、リクソンに言葉をかけても無駄である。火に油を注ぐようなものだ。鎮静化するのを待つしかない。シャワーズは自分も少しは悪かったが、あんな剣幕で怒鳴られるとは思ってもいなかった。精神的ダメージは大きかった。両目からは涙を流しながら誰に言うわけでもなく弁明をした。
「ぐすっ、私だって、悪かったわよ、でも、あんな一方的に怒鳴るなんて、リクソンならちょっとの冗談なら分かってくれると思ったのに」
「だーかーらぁ、もっと大人になれって言ってんのさ、リクソンは。じゃれあっているだけなのに不条理がどうとかなんて言うわけないでしょ」
 エーフィの言うことは正論だったのでシャワーズは反論できなかった。一方的に怒鳴りまくったリクソンだが、ごく稀にだがあのように激昂しながらも正論を吐くという一面があるので、エーフィたちはわざわざ実家から着いてきたのだ。ただ甘やかしているだけなら「さよーならー」で実家に残ったかもしれない。逆上すると相手の言うことを一切聞かずに怒鳴りまくるのはいささか問題だが、訳もなくああなることは無い。幼少時に厳しくしつけられたせいのか、はたまた親子は似てしまうものなのか、人間ができているリクソンには惹かれるものがあった。それが4匹が着いて行った本当の理由だった。ただご飯をくれるとか優しいだけならついていかなかったに違いない。
「まるで、前の主人が乗り移ったようだったわ」
 グレイシアがそんなことを言った。ポケモンを欲しがる人は多いが経済的事情からというよりもきちんと育てられなくて、捨てる人も多い。まあ、ポケモンの方から去っていく例もあるが。野生のポケモンはそういうことがあるのを知っているらしく「バカだなぁ、何で人間なんかに飼われるんだ」と思っているらしい。
「んー、頼りないのは別に問題がないとは言わないけど些細なことでしょ。立派な人じゃないとついていこうという気にはならないなぁ」
「だな」
「というわけで、バリョウさんの家に行こうか。リクソンはしばらくそっとしておいてあげたほうがいいし」
「そうね」
「シャワーズも行くよ」
 エーフィはサイコキネシスで、シャワーズを持ち上げた。こうでもしないと動かないような気がしたのだ。宙に浮かびながらシャワーズが言う。
「下ろしてよ、自分で歩けるから」
「ほい」
「きゃあっ!」
 いきなりやられたので、シャワーズはお尻から落下してしまった。
「んもう……」
 立ちあがって前足で涙を拭くと、エーフイたちの後について歩き出した。
 
 ◇◇◇

 バリョウの家に行ったは良かったが、生憎バリョウは出かけてしまっていた。弟がいたので家の中に入ることはできたが。バショクは部屋の掃除をしていた。掃除機の音が聞こえ、部屋の前にはゴミ袋が置いてあった。
 やがて、掃除機の音がやみ、ゴミを捨てに行ったことからすると、どうやら掃除は終わったようだ。バショクがリビングにやってきた。
「え~っと、頂きもんのお菓子があったな……。飲み物は、今日の夕方買いに行く予定だったから、お茶かコーヒーしかないけど、いいよな?」
 2、3分もしないうちにバショクはそれらを持って戻ってきた。
「あれ、早いな」
「まあ、慣れてるからね」
 サンダースが感心して言うと、バショクは誇るわけでもなくそう言った。
「慣れてるって、お湯を注いだだけでしょ……」
「文句あるなら、ラプラスが買ってこいよ。オレの財布貸すから」
 ラプラスはそれに対して何も言わなかった。気安く会話できる、両者の会話なので先ほどの会話に別に意味があるわけでもないのだ。
「今日はどうした?」
「まぁ、リクソンが……」
「あーあ、まあ、しばらくほっとくのが一番いいかもな」
 そういって、めいめいお菓子を口に運ぶ。
「あ、そうだ。バリョウさんは?」
「ん? エーフィ、兄さんに何か用か?」
「いや、どーしたのかなーって……」
「朝飯食ったら、一番上の兄ぃのところに行くって言ってたな。で、ウインディを連れて出かけてったぞ」
 コーヒーをすすりながら、バショクが答える。
「んで、バショクは部屋の掃除をするんで残ったのか?」
「まぁー、それもあるけど、普段から会ってないし、年末年始にいつも会ってるから、別に」
「ふーん、仲が悪いとか」
「悪いというか良いというか、知ってるでしょ。オレが5人兄弟の末っ子で、バリョウ兄さんが下から2番目だっていうの」
「ああ」
「一番上とは15も年が離れてて、物心がついた時にはケンギョウの大学に行ってたせいで一人暮らしをしてたらしいから、最初兄弟って言われてもピンと来なかったな。まあ、その後こっちに戻ってきたんだけど、仕事が忙しいから滅多にこっちに来ないし、そういう事情だからこっちからも遠慮して行きづらいってわけさ」
「ところで何をされてる方なんですか?」
 リーフィアが質問をする。
「え? 何って……」
 バショクがちょっと意外そうな顔をした。
「皆の定期検診をしているのはオレの兄ぃだけど……。先輩言ってないのかな? 健診結果の紙の医者の名前を書くところに書いてあるはずだぜ?『BAEN = YOJO』あるいは『バエン=ヨウジョウ』って」
「あ、いえ、知り合いがやっているということは聞きましたけど、まさか、バショクさんのお兄さんがやっていることは知りませんでした」
「さて、ちょっと風呂の掃除をしてくるから」
 バショクはそう言って立ち上がった。
「まだ昼過ぎだぜ? 早くないか?」
「ん~、お湯を張るのは夕方だけどな、今日はいろいろと買い物に行くからな、んじゃあ、ごゆっくり」
 実際さっき言ったのはまんざら、嘘でもなかったが、いつぞやの悪夢のことが蘇ってきてしまったのである。あの夢に出てきたリーフィアは何だったのだろう? ついでにあの時、急所を切られたサンダースはリクソンのサンダースなのはほぼ間違いなかった。口調ならともかく自分のことを呼び捨てにするサンダースはリクソンのを除けば他にはない。たかが夢でどうしてそう何日も覚えていられるのだろう……。夢なんて言うのは記憶の波に飲み込まれてやがては消えてゆくものではないか。実際あの日から今日までにいろいろあったわけで、そんなもの真っ先に忘れてしまいそうなものである。人間の脳みそは何でもかんでも記憶できるわけではないのだ。ポケモンはどうか知らないが。
 デッキブラシでごしごしとバスタブの底面をこする。バショクの家の風呂はリクソンの実家に比べれば小さいがそれでも、かなりの大きさである。無論、特注品だ。こうしないとラプラスが入らないので仕方なくこの大きさにしているのだ。しかし、たちの悪いことに、シャワーや水道の蛇口は人間サイズなのでお湯を貯めるのにえらい時間がかかる。しかし、ラプラスやウインディのおかげでいろいろと助かっていることもあるので文句は言えない。ついでに先輩には頼もしい7匹のポケモンがいて、顔見知りである。とくにサンダースやブラッキーとは特に仲が良い。
(ん? サンダース? まあ、いいか)
 風呂の掃除が終わっても、あの夢がなんだったのかと思ってしまう。風呂の洗剤は流れたがこの疑問は流れないようだ。その後、バショクはリビングではなく、自分の部屋に行った。何だか眠くなったので、昼寝しようと思ったのだ。最初、さっき食べた少し遅い昼食が聞いたのかもしれない、バショクは単純にそう考えていたが、すぐにおかしいことに気付いた。自然に眠気を催したという感じがしないのだ。
(ま、まずい)
 瞼が重くなる。とっさに反転し部屋を出ようとした。ドアノブに手をかけドアを開けた。廊下に出ようとした時にバショクは転んでしまった。

 ◇◇◇

 廊下から何かが落ちたようなそんな音がした。気になったサンダースはドアを後ろ足で立って器用に開けた。バショクの上半身が目の前に見えた。一瞬何かに躓いて転んだのかと思ったが、バショクの様子がおかしい。
「さ、サンダース、後ろ……」
 バショクの意識はすでに朦朧としており、言葉を発するのもままならない状態だった。バショクの部屋の中から誰かの気配がする。
(間違いない、この前の奴だ)
 このままでは逃げられる。サンダースは持ち前の俊足で床を蹴り、飛びかかる。と、その時、何かが足に絡みつきサンダースは床に押さえつけられた。力ずくで振りほどいて、後を追う。何かが飛んできて左前脚をかすめた。よけきれず、鮮血が滴り落ちた。これでは俊足が生かせない。
「痛っ、畜生、オレにこんなことをしてただで済むと思うな!」
 バショクの部屋が白光に包まれる。と、ほぼ同時に轟音が閑静な住宅街に響く。サンダースは渾身の力で雷を庭に落としたのである。
「サンダース」
「あ、シャワーズ」
 後ろにはシャワーズがいた。
「あ、バショクは?」
「さっきソファに運んだわ。気を失っているだけだから、心配しなくても大丈夫よ」
「そうか、良かった。無事ではないけど、死ぬことはなさそうだな」
「んで、逃げられたの?」
「いや、さっきの手ごたえはあったから、相手も無傷ではないだろ」
 そのすぐ後に、バリョウが帰ってきた。彼曰く「家の方からすごい音がした」そうだ。本人は深く気にしていないようだったので、それについてはそれ以上何も言わなかった。そして、サンダースの怪我の応急手当てをしてくれた。バリョウが言うには、一応大丈夫だと思うが、血が止まらなかったら病院に連れていく必要があるとのことだ。
 しばらくしてバショクが意識を取り戻し、ようやく、全員が安堵した表情になった。
 
 ◇◇◇

「あれ? 何でここにいるんだ?」
「おお、気が付いたか」
 バリョウがほっとした表情になって言う。バショク自身は廊下で気を失ってしまってそれからのことは知らないのだ。バショクはしきりに右の足首に手をやっていた。
「足に怪我でもしたか?」
「いや、怪我っていうか」
 バショクが靴下を脱ぐと、右の足首が腫れあがっていた。
「捻ったのか?」
「あー、いや、さっき転んだから多分その時に……」
「多分って、さっき自分の身に起こったことだろ? はっきりと覚えてないのか?」
 バリョウが咎めるような口調でそう言った。しかし、バショクからしてみたらその時すでに意識が混濁していたので、はっきりと覚えていないのは無理のないことだった。バリョウはしばらくバショクの腫れあがった足首を見てこう言った。
「これ、捻ったんじゃないな、多分……」
 自信なさげにそう言ったが、そんな風に言われたら余計気になるではないか。
「じゃあ、何なの?」
 エーフィが尋ねる。
「しめられたんじゃないかぁ……」
「つまり、廊下誰かがバショクをフクロにしたと?」
「あ、う、何て言ったらいいか……」
 サンダースの解釈にバリョウは困惑した。当たらずも遠からず、と言えなくもなかったが。しばらく考え込んでからバリョウは言葉を選びながら言った。
「見た感じ、太い紐かなんかで絞められたような跡だったけど」
「あ、そっちか」
「何だと思ったのさ?」
「あ、でもオレの部屋には誰もいなかったぞ、網戸にはなってたけどな」
 横になっていたバショクが体を起こして言う。ついでに言うと、知らない人が訪ねてくることもなかったし、そんな約束もしていないという。さらに部屋の掃除をしている時に家を離れていることは無かった。よって誰かが侵入することなど考えられないのだ。
「むぅ、でも掃除した時のゴミとかはどうしたんだよ? 捨てに行ったんだろ?」
「それは、サンダースたちが来た後だったし、な?」
「ついでに、ラプラスは?」
「邪魔だから掃除の時は、ボールに入れておいた。で、掃除があらかた終わったら出したぞ」
「じゃあ、きっと掃除に夢中になってる隙に2階から……」
「どうやってだよ、絶対に気付かれるぞ。いいよ、もう。別に何か取られたわけじゃないし……」
「う~ん、じゃあ、あれかなぁ……。ウチには心当たりがないけど」
「まぁ、それはいいよ。ところで兄ぃのところに行って何してたんだ」
「あ、そうそう、いや~、ちょっと気になったことがあってね。医者って言うのは学者でもあるからさ。オレの一番上の兄さんは医者であると同時に研究者でもあるからね、きっと何か知ってるんじゃないかと思ってさ」
「何かって」
「ん~、いや、こないだの事さ」
バリョウが見せてくれたのはカルテの写しだった。患者の主人のところにはその主人の名前や住所、電話番号などが記載されている欄があるが、そこは黒で塗りつぶされていた。何年か前のもので住所が変わっているものもあるというのだが、やはりそれでも個人情報であることには変わりない。
「住所とかが黒塗りになってるな……」
 サンダースは少々不満そうだった。
「仕方ないよ、個人情報だしね……」
「てっきり、バショクとかリクソンがいじめたポケモンが仕返しに来たのかと思ったけど違ったな」
「いじめて危害を加えたポケモンを病院に連れてって、それが発覚したら逮捕だよ……。いじめた人間がそんなことするかなぁ……」
「何だか、エーフィの話し方だと、リクソンに原因があるみたいね」
「違うよ、そうは言ってないよ。あくまでポケモンをいじめた人間のことを言っただけだよ、リクソンはそんな人間じゃないことは周知の事実でしょ」
 シャワーズがそう言ったので、エーフィはそう反論した。しかし、リクソンの手持ちのポケモンたちは野生から見たら何一つ不自由のない優雅な生活をしているようにも見える。
「う~ん、ところで、バショクみたいなポケモンを持っている人間ってまわりからどう思われてるんだろうね?」
 ラプラスがそんなことを言った。皆はその場でしばし考えた。どう思っているか? それぞれの頭の中で思考が渦巻いて、出てきたのがこれらだ。例えば「羨ましい」「大変そう」「いいな」「お金持ちなんだな」というものだ。結局どう考えても、そう言ったところにしか行きつかない。複雑な思いにたどり着くことなどそうそうあるものなのだろうか?
「ねぇねぇ、じゃあの人に話を聞いてみましょうよ」
 グレイシアがそういうので、その「あの人」が誰なのかが気になり、聞いてみた。
「あの人って?」
「かいちょーよ、かいちょー」
「か、かいちょー?」
 ラプラスにはピンとこないらしい。それも当然だろう。会ったことがないのだから。
「もしかして、リクソンのお父さん?」
「あったりー、あの家結構私たちの仲間がいっぱいいたし、絶対何か知ってるはずよ」
「間違いねぇ、ああいうことしてれば絶対どっかで恨みは買うはずだ、きっとその仕返しを……」
「いや、でも、それはバショクとは無関係だよね……」
「だから、この前とは違う奴だろ、姿はどっちもぼんやりしてたから何とも言えねぇけど」
「でもそれじゃあ、違うとは言い切れないでしょう?」
「ま、まぁ、そうか」
 ラプラスの言うことも一理あった。結局のところ、リクソンの家、実家、バリョウの家に現れた「X」だが、三者すべてに共通するものがない。しかし、リクソンの家の時はリクソンはいなかった。ということはリクソンは無関係なのかもしれない。
「ぐぅう~、くっそー、謎だらけだな」
「よく考えてみれば、あの時はリクソンはいなかったんだから、リクソンは無関係かも。となると、バショクさんと会長の共通点になるわけだね」
 エーフィが言う。確かにそうなるかもしれないが、この二人に共通点などあるのだろうか?
「んーと、確か、大学が一緒だったと思うんですが」
「でもねぇ、2人は40近くも年が離れているし、あれだけ大きくて有名な学校ならそれもおかしくないでしょ」
「そ、そうよね。お姉ちゃんは何か聞いてないの? 実際に着いて行ったじゃない」
「いろんな話は聞いたけど、バショクさんとの共通点は知らないわよ。バショクさんてケンギョウ生まれ?」
「いや、ラクヨウ生まれシドウ育ち」
「じゃあ、後は性別が男ってくらいしかないんじゃない」
 それも共通点だろう。しかし、そんな世界中誰にでも当てはまりそうなことなのだろうか? 見落としている何かが絶対にあるはずだったが、一体それは何なのだろうか?
 考えていても埒が明かないのでバリョウが持ってきたカルテの写しに目を通してみることにした。カルテの他にも手術の経過や治療の経過などをまとめた者が別にあった。カルテで事は足りると思うのだが、余程几帳面な性格なのか、そういったものがカルテとは別に存在していた。
「ん? 住所とかが空欄になっているのがあるね」
 バショクが手に持っている書類を見ていたラプラスが言った。
「お、ほんとだ」
「バショク、これは何で?」
「えーと、主人が住所不定無職?」
「貸せ。えーっと、これは、あ、そうだ偶にあるらしいな、こういうの」
 バリョウがバショクの手に持っていた写しを取り上げて説明を始めた。普通の動物と同様、傷ついたポケモンが病院に運ばれてくることが時々あるらしいのだ。当然放っておくわけにもいかず、適切な治療ないし手術をした後、野生に返したり主人がいる場合には連絡を取って引き取りに来てもらうのである。野生の場合は主人がいないので、主人の住所を書くところは空欄になるわけだ。
「ところでさ、手術とかってやっぱり手遅れとかもあるの?」
「ある、ね。研究があんまり進んでないポケモンとかだと多いらしいな。結局のところ、本業の人でもどこをどう手術したらいいのか分からないらしいんだ。応急処置をしたりや昔ながらの薬草を使う方法になるけど、現代的な治療ではないからね。それでうまくいっても、容体が急変ってこともあるし」
「ふ~ん」
「まあ、それも天命だよね。超能力が使えるエーフィでもそればっかはどうにもできないでしょ? そういうのには逆らえないんだよね」
「無常ね」
「ふぅ……。ちょっと一服しようか」
 バリョウが飲み物を持ってきて皆に配った。

◇◇◇


 飲み物を口に運んで喉をうるおす。バリョウが持ち帰った写しの中には治療の経過などを記したものもあった。ちゃんと日付けまで記載されている。ポケモンなるものは研究がまだ進んでいないこともあって、こういった記録は大変貴重な資料となる。と言っても、中には悪用するとんでもない輩がいるのも事実なので、学会で厳重に保管され外に出回ることはまずないのだ。
「こうやって見ると、結構手術とかって成功しているのね」
「そうでしょ? 人間様の技術も捨てたもんじゃないだろ?」
 バリョウが少し得意そうになって言う。
「あれ、でもこっちには『手遅れ、死亡』って書いてあるぞ」
 ブラッキーが他の書類を見てそんなことを言った。
「ダメじゃん、人間様の技術」
「あのなぁ、無理なものは無理なんだよ……。ゲームみたいに機械に乗っけて10秒で回復したら医者なんか全員失業だよ」
「つーのは、冗談で、やっぱ死なせちまった場合って、主人から文句が来る場合とかってあるのか?」
「う~ん、そういうのは病死のケースが多いからなぁ……。それに無駄に延命治療させたくないっていう主人の意向もあるからなぁ。手遅れっていうのは野生が運ばれてくる場合かな、やっぱ発見までに時間がかかるし、病院に連れてくるのにも時間がかかるからね。ごく稀に散弾銃で撃たれたっていうのもあるらしいし……」
「ひどい!」
 シャワーズが憤る。
「う~ん、カンネイのお父さんが首相をやってる時に、そういうのを取り締まる法律ができて、密猟みたいなことは減ったらしいけどな。今も実はあるんじゃないかなぁ。闇のビジネスみたいなのが、イーブイとかは珍しい種類だし、人気も高いからね。ちっこくてもふもふなのがいいらしいな」
「あ、それ、リクソンさんが言ってました」
「え、リーフィア、リクソンがそんな話をしてくれたんだ、それで?」
 バリョウはその話の先が聞きたいので、続きを促した。が、リーフィアの話はそこでおしまいだった。
「あ、いえ、話が続くかと思ったんですが、その……」
「ん?」
 リーフィアがちらりとシャワーズの方を見た。
「え? シャワーズが何かしたの?」
「そこにシャワーズさんがやってきて、話の腰を折ってしまったのでリクソンさんが激怒してしまったんです」
「で、それで話が終わり、と?」
「はい」
「う~、まぁ、仕方ないか。カンネイが何か知ってるかもしれないけど、奴はゼミの合宿から帰ってきたと思ったら、旅行に行っちゃったしなぁ。今度リクソンの家に押しかけて聞いてみるかな?」
「おい、バリョウさん?」
「ん、どうしたのサンダース?」
「これ、変だぞ?」
「変って?」
 それはバリョウが持ってきた写しの一枚なのだが、明らかに異なっていた。治療の結果、一時は何とかなると思われたが、結局は死亡してしまったとある。ここまでなら普通なのだが、これに限っては死亡後もなぜか記録らしきものが手書きで付け加えられていた。
「ここだけ手書きだな」
「うーん、多分学会に出した後で控えに書き込んだんじゃないかなぁ、正式なものとして出していいものか迷ったんだろうね」
 エーフィたちも側に寄ってきてその一枚の写しを見る。さすがに全員で見るのは不可能なので、バリョウが手書きの部分を声に出して読んだ。
「えーと、どれどれ『5日前に治療の甲斐なく死んでしまったポケモンがいた部屋の患者から苦情が来た。夜中物音がするので別の部屋に変えてほしいとのことだった』次はその3日後か『部屋に飾っておいた花瓶が床に落ちて割れていた。気味が悪いので誰もこの部屋には近づいていないはずなのだが?』で、その次の日『一体どこで嗅ぎつけたのかテレビ局が取材にやってきた。インチキくさい霊媒師が祈祷っぽいことをやっていたが、全くこのせいで医師や患者もうんざりだというのに』」
 しばらくそういった怪異は続いていたようだ。そしてある日を境にぴたりと止んだことが分かった。
「『今日、同僚が交通事故で亡くなった。出世したばかりだというのに』それから3日後、これで最後だな『同僚が亡くなってから、あの部屋の奇妙な出来事はぴたりと止んだ。あいつは何か恨まれるような事でもしたんだろうか?』」
 バリョウはふぅ、とため息をついた。飲みかけのコーヒーを口に運んだ。
「ねぇ、バリョウさん」
「ん? どうしたの、どうしたのグレイシア?」
「この死んだポケモンって死んだ後どうしたの?」
「えーっと、どうしたって言ってたっけ? あ、そうだ、土葬にしたって言ってたな。教会の神父を呼んでそれでキリスト教形式の葬式にしたな」
「そう……」
「ん? この葬式のやり方がまずかったとか?」
「あ、前の主人から聞いたんだけど。あ、それより、バリョウさんは幽霊って信じる?」
「いや、信じないな。お化け屋敷も作りもんでしょ」
 バリョウが素っ気なく言う。
「ポケモンって死んだ後、精神はこの世に残ることがあるのよ」
「あー、つまり、化けて出ると? でも、そういうこともある、でしょ?」
「特に、恨みを抱いて死んだ場合はね」
「えっ、いやいやいや、オレは恨まれることをした覚えは無いぞ、な? ウインディ? ちゃんと死ぬまで世話をして骨を拾ってやるからな」
「何で、オレが先に死ぬことを前提に、まぁいいか、とにかくだ、さっき何でバショクが襲われたかってことだろ?」
 ウインディがバショクを見る。が、バショクにも恨まれるような心当たりは無い。
「心当たり? 無いな、そんなもの。だからこっちも困ってるんだよ、妙な悪夢は見るわ、なかなか寝付けないわで。逆恨みだとしたらいい迷惑だ。だいたい、オレのポケモンはラプラスだけなんだから恨まれようがないだろ、後は、兄さんと先輩2人だけだよ、ポケモンを持っているのは。でも恨まれることをした覚えは無いぞ。そもそも死んでないんだし」
「生霊とかになるぞ、そしたら」
「そんなのになったら誰か気付くだろ」
「待て待て、バショクは本当に無関係かも知れないぞ」
 バショクに責任があるような話になってきたのでサンダースが止める。
「ねぇ、話はまだ終わってないんだけど」
 グレイシアが話を続ける。
「あと、考えられるのが怨霊ね。あまりに強い恨みを持って死ぬと、些細な接点でも纏わりついてきて、長い間苦しませるのよ」
 冗談じゃないぞ、バショクはそう思った。これでは身が持たない。第一、自分が何をしたのだ。
「とにかく、会長は既に酷い目にあってるのよ? 高速道路を走っている最中の車をパンクさせられたりとか、このままじゃ、会長が危ないわ」
「で、どうするの? お姉ちゃん?」
「決まってるでしょ? バショクさんを会長の家に連れて行って、そこでけりをつけるのよ」
「リクソンさんが賛成してくれるかしら?」
「あなたが頼めば大丈夫でしょ」
「じゃあ、リクソンの家に押しかけようか、奴がだめなら、シュゼンさんに頼めば何とかなるでしょ。大学の後輩で付き合いも長いらしいからな」
 半ば強引に事を運んだが、グレイシアとしては、ここで決着をつけるしかないと思っていたのである。ここで倒しておかないと、また自分の身近な人が死んでしまう、そんな気がしたのだ。この悲劇はもう繰り返したくなかった。 

最終章

 その後、全員でリクソンの家に行った。呼び鈴を鳴らすが、返事は無い。
「あれ、どこかへ出かけたのかな? 出直すか」
 バリョウはそう言ったものの、もう一回だけ呼び鈴を鳴らした。それで返事がなければ帰ろうと思っていたのだが、返事はあった。
「どなたですか?」
「今、中に入っても大丈夫か?」
「あ、バリョウか。カギは開いているから中に入っててくれ」
 確かにカギは開いていた。ドアを開けて中に入る。いつもはリビングか、二階の自分の部屋にいるのだが、今日に限ってはどちらにもいなかった。
「どこにいるんだろう?」
「まぁ、返事はしたんだし、どっかにいるでしょ」
 しばらくして、水が流れる音がして、リクソンがリビングに入ってきた。
「どこにいたんだ?」
「トイレ。ああ、こいつらが勝手にやってきて悪かったね」
「ああ、別にいいけど、どうしたんだ、その荷物。二人揃って旅行か?」
 リクソンが二人の持つ鞄を見てそう言った。
「あ~、いや、その……。グレイシアたちがね」
「ん?」
 グレイシアがかくかくしかじかを説明すると、意外にもリクソンは承諾してくれた。
「ああ、いいぞ。丁度週末に行く予定だったし」
「ん、里帰りか?」
「いや、それもあるけど、ケンギョウは毎年、この時期に『豊漁祭』っていう祭りがあるからそれに行くのさ」
「ほ、ほーりょーさい、ですか?」
「あ、そっか、リーフィアは知らないか」
 リクソンの故郷である、ケンギョウはもともとは漁師の町で、毎年夏に豊漁への感謝と祈願を海の神様にするとかで、祭りが行われるというのだ。もう何百年も続く伝統行事だという。
「最終日は結構な盛り上がりを見せるからね、その時行こうと思ってたんだけど、それじゃあ、ダメか?」
 最終日は次の日曜日である。後4日もある。それでは遅いのだ。いや、遅いということは無いかもしれないが、さっさとけりをつけておくに越したことは無い。
「あの、お姉ちゃんは今すぐじゃなきゃダメって言ってるんですけど」
「ええ、今すぐ? それはあまりにも急な話だな、リーフィア……」
「お願いします」
「う~、分かったよ……。もう……。そんな急な話なのかなぁ……」
 案の定、リクソンは折れた。リクソンも例の一件を何とも思っていなかったわけではないのだが、そこまで急な話とは思ってもみなかった。
 リクソンは渋っていたが、さっさと支度を始めた。
「リーフィア、すごいなぁ……」
「話には聞いていたけど、ほんとに何とかなったぞ」
 それを見ていたバリョウ達がそんなことを言った。
「日ごろの行いがモノを言うんです」
 リーフィアは胸を張って言った。確かにそれもあるかもしれない。実際、日頃からリクソンは可愛くてもわがままな性格の人は嫌いだ、とか言っていたのは事実なので、皆が納得していた。
 リクソンは実家に電話をかけていたが、電話を切って、皆に言った。
「今日は大事な客が来るし、商談を家でするから遠慮してほしいそうだ。明日の昼からならいいってさ。友達を家に泊めたいって言ったら、構わないとも言ってたぞ、良かったな」
「だってさ、良かったね」
 エーフィがバリョウに向かって言う。
「まぁ、好都合よね」
「ん?」
 シャワーズがぽろっとそんなことを言ったのを運悪くリクソンが聞いてしまい、それを咎めた。
「まさか、バショク君や親父をエサにする気じゃないだろうな? そう言うことなら許さないぞ、親父はともかく、バショク君が危険な目に遭ったら責任は取れないからな。やっぱ行かないって電話しておくか」
 リクソンは受話器を掴んで、電話を始めた。
「あ、やっぱな、こん……」
「あー、全く、シャワーズが余計なことを言うから……。そいやっ!」
 せっかくうまく話が進んだのに、これですべてがパーになってしまうではないか。エーフィがスピードスターを放つ。精神力で実体化した星型の弾は受話器に当たって、それを叩き落とした。
「痛っ!」
 リクソンが悲鳴に近い声を上げた。受話器には星が刺さって、煙が上がっていた。が、何とか受話器は壊れていないようだった。
『お~い、どうした、大丈夫か?』
 床に落ちた受話器の向こうから微かに声が聞こえる。どうやら、会長本人と話しているようだ。
「ああ、大丈夫、その、こん」
(男に二言は無いんだよね、リクソン?)
 リクソンの頭に声が響く。エーフィの精神感応である。会話しなくても意思疎通ができるのは便利なようにも思えるが、リクソンがこれをされると、頭が痛くなってしまうのだ。多分、人間の脳、もしくは頭全体には刺激が強すぎるのかもしれない。
「あー、やめぃ、こら!」
『おい、本当に大丈夫か、優秀なドクターを紹介してやろうか?』
「と、とにかく、こん……」
(リクソン? 男に……)
「……夜の列車でいくから、昼ごろにそっちに着くと思う」
「おお、待ってるぞー、祭りの手伝いもよろしく頼む」
「え、何だよそれ、っておーい、もしもーし、ちっ、切りやがった」
 何とか事は無事に運ぶようだ。少々話が脱線したというか、まわりには一人芝居をしているようにしか見えなかった。精神感応に対して、いちいち口で答えていると、まわりには独り言を言っているようにしか見えず「危ない人」になってしまう。おまけに精神感応は第三者には何も伝わらないので、電話中に口で答えてしまうとさっきのようなことになってしまう。
「こら、エーフィ」
「ん?」
「この星、何とかせぇよ」
「ああ、ほいっ」
 受話器に突き刺さった星は跡形もなく消えた。が、やっぱり、受話器には突き刺さった跡がくっきりと残っていた。
「で、だ。宿はこの時期高いし、多分どこもいっぱいだろうから、実家に泊まってもらうけどいいな?」
「あー、いいけど」
 バリョウは笑いをこらえて言った。微笑ましいというより本当におかしかったのだ。しかし、おかしかったと言えるのは他人事だからであり、自分だったら身が持たないような気がした。
「いやー、しかし、超能力ってすごいな……」
 バリョウが言った。実際生で目にするの初めてなのだ。しかし、エーフィ曰く自在に使いこなせるまでに結構時間がかかったらしい。やはり相当訓練した賜物なのだ。さっきのスピードスターも訓練しなければリクソンに当たってしまうだろう。もともと乱射してその内一発でも当たればいいという技なので、一発で正確に的を得るのは難しいのだ。
「ところで、さっきのって当たっちゃったら、どうなるんだ?」
 バショクが聞く。
「うーん、さっきのは加減したから当たっても軽い火傷で済んだんじゃない?」
 エーフィが答える。
「それでも、火傷するのか……。いや、その、すごいな」
 と、バショクは言ったが、内心恐れているのがエーフィには分かった。が、事情が事情なだけに仕方ないのでそれに関しては何も言わなかった。
「全く手を捻ってしまったなぁ、バリョウ診てくれ」
「そんなもん、湿布を貼っとけば治るよ。この7匹がいなかったらお前どうなってるんだよ」
「皆訓練させてたらしいから、よくよく考えると恐ろしいよ、下手したら殺されちゃうんだから」
 リクソンが吐き捨てるように言った。しかし、ある意味両者の間に信頼関係が成立しているので、恐れたことは無く、むしろ、頼もしいと思えるくらいだ。
「じゃあ、切符を買ってくるよ、夜行列車でいいだろ? 寝てけるように寝台車の切符にするから」
「あ、待って、私も行くわ」
 リクソンはブースターを連れて出かけて行った。

◇◇◇

 リクソンが切符を買って戻ってきた。
「ほいよ、一番安いやつだけど。三段寝台の切符」
 つまり、ベッドが上・中・下段になっているタイプのものでただ寝られればいいというものだ。ポケモンたちはボールに入れてしまえば済む話だ。いやはや、これがなかったら長距離の移動なんて手軽にできない。ポケモン関係の商品を取り扱っているのは、ハクゲングループ内の一会社くらいなのでいかに自社製品に世話になっているかが分かる。
「よーし、明日お屋敷に乗り込んでいってケリをつけるわよ」
「おーっ!」
「?」
 リクソンには心なしか楽しそうに見えたが、やはり団結できるというのはありがたいことだった。いつもケンカばかりでその仲裁の日々では身が持たない。
「頼もしいじゃないか」
「そうだな……」
 バリョウは、そんなことを言ったが、この前のことがあったのでリクソンは何となく不安だった。表情が晴れないリクソンをリーフィアが心配してくれた。
「……どうしました?」
「いや、なんか、また何か起きそうで不安なんだよな。ほんとに何かあってもオレは責任は取れないぞ? 命は金で買い戻せないんだから」
「大丈夫です。私たちに任せてください」
「『任せてください』って、リーフィアに何かあっても困るんだけど」
「私たち7匹が揃えば、どんな強敵も敵ではありません。大船に乗った気でいてください」
 これ以上、何か言うのはどうかと思ったので、リクソンは何も言わなかった。ただ、バショクがぼそっと「大船、ね……」といったのが気になった。自身は難を逃れたとはいえ、やはり気になるらしい。
「ねぇ、リクソン。ところで何時の列車? 夕御飯はどうするの?」
「あ、シャワーズ。えっとだな、夜の11時だな。で、次の日の7時30分に着く。晩御飯はラクヨウ中央駅で済ませよう。後片付けが面倒だ。じゃあ、準備をするから待っててくれ」
 リクソンは自分の鞄に身の周りの物を入れている。その間、バリョウたちはリビングで待つことにした。
「バショク、どうした? さっきから何か考えてるようだけど?」
「あ、サンダースか。いや、ちょっと思い出したことがあってね」
 この前、話した海難事故は後日談があるのだという。その時、バショクは入院を余儀なくされ、3日後に退院を許され、家に戻ったのである。その後、友達からこんな話を聞いたのである。どうもあの船は曰くつきの船だったらしいのだ。大会社の傘下に入るはずが、その話が頓挫し、潰れる寸前だったという。で、その話が頓挫したわけがあの船がどうも、珍しいポケモンの密輸に関わっていたのがばれた、というのだ。その後会社は潰れた、というか提供した資金を一方的に回収され事実上潰された、という。
「まぁ、ほんとかどうか知らないけどね」
 そう言って、バショクは話を終えた。サンダースもそれ以上は聞かなかった。どうせ実家にはその道のプロフェッショナルがいるのだから、聞けば何かしら話をしてくれるだろう。そう思っていたからだ。
「あ、お待たせ」
 鞄を持ったリクソンが現れた。不安がないわけではなかったが、7匹に任せることにした。人に任せることができるというのが経営者にとって必要なものと、父親が言っていたのを思い出した。この場合は人ではないけど、それでもリクソンにとって無くてはならない存在だ。

 ◇◇◇

 中央駅のカレーショップで一行は食事を取っていた。リクソンはカツカレーを食べながら、周りを見る。別に周囲の目が気になったわけではないが、自分たち以外にもポケモン連れの客が多いこと気付く。もっとも、何匹も連れている客は自分たちぐらいだろうが。
「結構、ポケモンを連れた人が多いな」
「そうね」
「シャワーズのシーフードカレー美味そうだな」
「うふふ、あげないわよ」
「いいよ、別に、リーフィアからもらうから」
「リクソンさん。あーん」
「あーん」
 心なしか周りの気温が2、3度上がったような気がする。いや、もっとだろうか。それを見ていたサンダースがこんなことを言う。
「シャワーズ、火炎放射」
「できるわけないでしょ、そんなの」
「いや、今のお前ならできるぞ」
 そんな会話をして時間を潰す。食後のコーヒーをすすっていると、発車の30分前になったので、ポケモンたちをボールに入れる。
「シャワーズ」
「……何よ、リクソン」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
 なんだかんだで綻びがありながらもうまくいっているのだ。
 列車に乗り、指定された寝台にもぐりこむ。検札が終わって軽い振動が伝わると、列車が動き出す。停車駅と到着時間が放送される。が、リクソンたちは聞いていなかった。どうせ終点なのだし、寝てても車掌が起こしてくれるだろう、そう思ったからだ。車内が暗くなると、ほどなくして3人とも眠ってしまった。

 ◇◇◇

 翌朝、列車は海岸沿いを走っていた。朝の陽射しがまぶしい。バリョウ兄弟は既に起きていて、一番下の寝台に二人で腰かけていた。リクソンも梯子を下りて、洗面所で顔を洗って、寝台に腰かけた。
「さっき、車内放送であと一時間で、終点に着くって言ってたぞ」
 とバリョウが教えてくれた。車内にはワイシャツにネクタイの人が多かった。気ままな旅行者以上にビジネスマンが乗っているようだ。もっとも、リクソンたちは旅行者だが、気ままかと言えばそうではなかった。
「あー、喉乾いた。売店で何か買っておくんだったな」
「シャワーズに飲ませてもらえよ」
「いや、いい」
 一瞬考えたが、心理的に口から出たものを飲む気にはならなかった。シャワーズは嫌がらないだろうが、やはり、心理的に受け付けなかった。
 列車は海岸沿いから離れて内陸に入る。高層ビル群が立ち並ぶエリアの中に、ケンギョウ中央駅はあった。列車を降りる。
「で、これからどうするんですか?」
「どうするって、こいつらに飯を食わせないと」
 リクソンがボールから出したポケモンたちに目をやる。まだみんな眠そうだった。大学が休みになってしまうと、どうしても夜更かしをしがちになってしまう。結果として「遅寝遅起き」になってしまい、ポケモンたちにもその生活が染み付いてしまう。リクソン自身、最近はエーフィに起こしてもらうまで起きない生活が続いていた。どういうわけかエーフィだけは早寝早起きのままだった。まぁ、それはそれでいいか。
 コーヒーショップで朝食を済ます。しかし、昼までは来るなと言われていたので、リクソンはみんなを海岸沿いの公園に案内した。祭りがあるからなのか、ここにも屋台が出ている。といっても売り子はいなかった。平日の午前中だから、いても多分売れないのだろう。
「ここが祭りの会場だよ。7日間、いろいろな催し物があるけど、一番盛り上がるのはやっぱり週末だね」
 そんな説明をして、実家に向かうことにした。私鉄に乗って、とある駅で降りる。そこから少々歩くと、リクソンの実家に着く。
「あれ?」
「そそ、あれ」
 目の前にはレンガの塀に囲まれた大豪邸が建っていた。その広さたるや尋常なものではない。どのくらいの広さがあるのか、ラプラスはリクソンに聞いてみた。そして答えが返ってくる。
「50メートル×50メートルよりも広いことは確か。正確には分からないけど」
「え、ってことは、面積2500平方メートル? 広すぎてピンとこないなぁ……」
「うん、皆そう言う。まぁ、立ち話もなんだから、入って」
 金属製の門扉を開けて庭の中に敷かれた、レンガ道を歩く。その先に堅牢な作りのドアが立ちはだかった。一応呼び鈴を鳴らしてから、鍵を開ける。解錠の音がして、ドアが開く。目の前の玄関マットの上に1匹のイーブイがちょこんと座っていたが、突然の来訪者に驚いたのか、奥へ引っ込んでしまった。
「おお、来たか」
 奥から、口髭を生やした初老の男性が出てきた。どうやら先ほどのイーブイが来客があったことを伝えてくれたらしい。この人物が今回の一件に深いかかわりを持っている人物だった。

◇◇◇

 リクソンとシュウユは向き合ったまま何も言わなかった。数秒の沈黙の後「まぁ、上がれ」と言っただけだった。恐らく目的は祭りではないことに気付いたのかもしれない。しかし、そのようなことは口に出して言わなかった。
「ああ、そうだ。友達が一緒だったな。同じ学部か?」
「いや……」
 ひとまず、紹介する。どうせ初対面だろうし知っているはずがない。そう思ったからだ。
「ん、ヨウジョウ家の兄弟か……。ひょっとしてバシ先輩のご子息かな?」
「ええっ、父を知っているんですか?」
「おお、やっぱりそうだ」
 バリョウ兄弟の父親はシュウユの大学の先輩ということだった。7つ上なので学生時代に直接会ったことは無いが、卒業後のOB会で知り合ったという。もう30年の付き合いとのことであった。
「君たちは私のことは知らないだろうけど、生まれた時に立ち会っていてね、すごく喜んでおられたよ。まぁ、それで何日かしたら出産祝いを渡したな」
「はぁ……」
 シュウユは昔を懐かしむように言った。しかし、バリョウたちにはそのような話は聞かされていなかった。というよりも小さい時から両親と会話した記憶というものがほとんどない。仕事で忙しかったし、ラプラスたちが物心ついた時から側にいたことや、友達も多い方であったので特に寂しくは無かった。
 その後、客間に通されてバリョウたちは荷物を下ろした。
「まさか、お父さんつながりとはね」
「ああ、ラプラス。世界ってのは狭いな」
「うん、そうだね」
 しばらくして、リクソンがやってきた。どうやら昼食ができたらしい。
「どんな、デラックスな飯が出るんだ?」
「ウインディ、妙な真似したら叩き出すからな」
 バリョウが釘をさす。バリョウ自身も期待がないわけではなかったが、普段のリクソンは粗食でもないが、豪華なものを食べているようにも見受けられなかった。案外普通の家と変わらない食事をしているんだろうな、そう思っていた。ダイニングで出てきたのはごく普通のパスタ。やはりバリョウの思った通りだった。
「あ、叔父さん」
「おお、リクソンじゃないか。この間帰ってきたけど、今度は祭りに来たのか?」
「まーね、友達連れてきたし」
 再び紹介。しかし、ここでもつながりが出てくるとは思わなかった。
「バシ先輩の第4子と末子だってさ」
「あ~、じゃあ、バエン君の年の離れた弟か」
「……兄も知ってるんですか……」
 バリョウにはちょっと信じがたいことだった。が、バリョウたちを驚かせようと知ったかぶりをしているわけではなかった。
「ああ、私は大学が兄とは違いケンギョウ大学だったからね、そこのOB会で」
「へぇ、そうだったんですか」
「で、何年か前に私のところにやってきて、ちょっと相談があるようだったからそれに乗ってあげたのさ」
「相談、ですか?」
「ああ、かなり思い詰めた顔してたなぁ。今は元気にやってるってメールが来てるから安心だけど……」
「どんな相談だったんですか?」
「う、それは……」
 シュウホウは食事をしているイーブイたちの方をちらりと見てからこう言った。
「それが聞きたかったら、夕御飯が終ったら、私は晩酌をするから、その時にまた聞いてくれないかな。ここに私はいるから、来てくれたら話すよ」
 その時、シュウユは何食わぬ顔でパスタを口に運んでいた。が、明らかに何か知っていそうだった。あからさまに自分は関係ないという態度を取っているのが分かった。食事が終わり廊下に出たウインディはバリョウに言った。
「あれ、絶対何か知ってるような感じだったぜ?」
「そうだけど、聞いたところで『知らない』って言われたらそれでおしまいだろ?」
「じゃあ、それで終わらせるのかよ」
「いや、そういうわけじゃない。まあ、焦るな。焦ったところでいい結果が出るわけでもないしな」
「あ~、じれったいぜ」
「まかり間違っても『〆る』なよ。相手は経済界を牛耳る超大物なんだからな」
「わあってるよ」
 その時、ウインディが舌打ちしたことについてはバリョウは不問にしたが、バリョウとて何も気にしていないわけではなかった。シュウユはこの社会の裏まで知り得ることができるほどの権力あるいは経済力を持った人物だ。そこにカギがあるはずだ、バリョウはそう思っていた。
 部屋には先に戻っていたバショクとラプラスがいた。
「で、バリョウさん、これからどうするの?」
「ん、お前ならどうするラプラス」
「そりゃあ、後で話してくれるっていうんだから、ね?」
 どうやら、バリョウと同じ考えのようであった。しかし、ウインディは反対のようだった。
「待てよ、答えられないようなことだから適当にそう言っただけかもしれないぞ? いいのかよ、信じても」
「だったら、僕らが来ることに反対するでしょ? アポなしで来たわけじゃないんだし」
 ラプラスがそう言って一蹴した。ドアが開いてリクソンが部屋に入ってきた。
「結構白熱しているようだな」
 この客間はリクソンの部屋の隣にあるため、大声で話していると隣に聞こえてしまうのだ。
「エーフィたちは?」
「ん? 夜一戦交えるかもしれないから寝てるよ。その時に備えてね」
 リクソンとバリョウのやりとりを聞いていたラプラスは
「あー、じゃあ、僕も寝よう。お休みなさ~い」
 そう言って、二つあるうちの一つのベットを占領して寝てしまった。もともとのベットのサイズが大きいため、ラプラスが寝ても面積的には大丈夫だが、バショクの寝るスペースがなくなってしまった。
「あ、バショクも寝る? ここで寝ていいよ」
「ここって、お前の甲羅かよ! そんな無駄に硬いところで寝られるかよ!」
「硬いけど、無駄ではないから。敷布団を借りるとかいろいろやりようはあるでしょ。じゃあ、おやすみ~」
 ラプラスの甲羅は所々突起があって、実際に敷布団を乗せて、その上に横になってみても、その突起が体に当たって痛い。おまけに平らではないので、眠りを妨げる要因の一つとなっている。仕方なく、床に敷布団を敷いて眠ることにした。何だか妙に足音や水の滴る音が大きく聞こえたような気がするが、その時は気にしなかった。


◇◇◇

 夕食の時間が終わり、シュウホウはデザートを食べている。例の話をする素振りなどちっとも見せない。シュウユもイーブイたちの相手をしている。「遊んで」とせがまれ、上に放り投げたり、くすぐるなどしてその相手をしている。シュウユがちらりと時計を見てこんなことを言った。
「それじゃあ、夜は遅いからもう寝なさい。9時までに寝るんだぞ?」
「はーい」
 イーブイたちをぞろぞろと連れて部屋から出て行った。シュウホウは冷蔵庫からつまみやら酒を出してテーブルに並べている。シュウユが戻ってきて、リクソンを呼んだ。
「ここに座りなさい」
「ん?」
 シュウユはリクソンを向かいの席に座らせた。
「さて、本題に入ろうか?」
「は?」
「『は?』ではない。ここに帰ってきたのは祭りだけが目的なわけではあるまい。私に話があるんだろ? 違うか?」
「まあ、そうだけど……。連れてけって言ったのは、シャワーズたちだからな。オレは知らんぞ」
「ふん、まあ良いわ。随分と大きくなって利口になったというわけか」
 シャワーズの方を見たシュウユが言った。シュウユはビールを注ぎ、口に運んだ。
「ねぇ、会長。ずっと気になってたんだけど、何でこの家にはたくさんのイーブイがいるの?」
 グレイシアが聞いた。すると、シュウユはその訳を言った。
「ああ、あいつらは私が捕まえたわけではなく、ご先祖さんがつがいで飼っててな、その子孫だよ。大きくなったのはもうとっくに進化して、一番懐いていたやつのところにいる。まあ、私の一族の誰かということになるな」
「ところで進化とかはどうするの? 石が必要な場合とかあるでしょ?」
「石? ああ石ね? 私はカイケイっていう都市に鉱山を持っててな、そこの副産物で時々出るんだ。鉄や銅の材料になるわけではない、かと言って捨てるのももったいないから、私が買ってるんだ。ただ同然で。もっとも、流通もしてはいるが、それはそれなりの値段でしか売らないがな」
「いくらぐらいなの?」
「10万くらいかなぁ……。ぼったくりだとか暴利をむさぼるといわれればそれまでだが、進化って言うのを軽く考えてほしくない、子供が大人になるのとでは訳が違う。やはり進化すればそれなりに強くなるし、体も大きくなる。他人様に危害を加えたらどうなるか、そもそも進化が本当にそいつのためなのか、などを全て判断できるようなやつでないとそういうものは売れんな。ポケモンを持つということはペットを飼うのとは全然次元が違うことだからな」
「いろいろ考えてるのね」
「無論だ。ポケモンで真っ当な商売なんて、利益はそれほどでもないし、企業も参入したがらないからな。ウチでもグループ内の一つの会社が扱っているに過ぎん」
「真っ当じゃない、のもあるの?」
「無論……」
 そう言ってから、言葉がしばらく途切れた。
「すまん、水を一杯飲ませてくれ」
 水を一気に飲み始めると、話が続いた。
「いや、ちょっと昔を思い出してな。かつて、海運関係の会社でウチの傘下に入るはずだった会社があったが、ポケモンの密輸にかかわっていることが調査で明らかになって、裏から手を回して潰したことがあったな。まぁ、あそこまでする必要もなかったが……。私情をはさむのは経営には好ましくないことだ。しかし、あれはあれでよかったんだと今でも思う。ただ、結果として、その会社は海難事故を起こしたから、私の責任でもあるな。死人が出なかったのが幸いだが」
「それって、4年前?」
「おお、よく知っているな。リクソンがこの前来て調べていたがな。あの後、ふろで転んで頭を打つは、車はパンクするわ、妙な手紙が見つかるわで大変だったぞ。まあいたんだから知ってるか。3,4年前も同様のことがあってな。私の甥が落石に遭ったり、あと、シュゼン君が暴漢に襲われたりと、私の身近な者が大変な目に遭ったぞ。ああ、そうだ。シュウホウ。何か話があるとか言ってたが、それはいいのか?」

 ◇◇◇

「あ、そうだ。昼でもよかったんだがな。イーブイたちがいる前でああいう、ショッキングな話はちょっとな、と思ってね。寝かしつけた後にしようと思ったわけさ」
 シュウホウは話を続けた。
「あの時、バエン君がやってきて『今の病院に嫌気がしたので独立したい。一生かかってもお金は返すから、資金を貸してくれ』と言ってきたんだ。訳を聞くと『どうやら、人体実験のようなことをやっていた』とか言ってたな。俄かには信じがたい話だったが、嘘を言っているようにも思えなかったから最終的には承諾したよ。兄の許可を得て、無利子で1億ルピーの資金を貸すことにしたんだ。バエン君は関わっていないようだったけど」
 しかし、それならそれで、なぜ告発しないのか。黙っていたのなら、同罪ではないか。
「信じ……られない」
 バリョウはそれしか言葉が出なかった。自分の兄も捕まっていない、関与していないとはいえこれでは同罪だといわれても反論できない。バリョウを見たシュウホウがさらに言葉を続けた。
「時々、新薬投与の実験とかで、うまくいかなくてポケモンの患者が死亡するというのが実際にあったというが、それを告発すれば裏社会の人間から狙われるのは必至だね。それに対抗するのが政治力と経済力だよ。普通の人間じゃあ何もできない。悲しいかな、世の中ってそんなもんだ。真っ当な社会ですら一番上に立つ者の都合の良いように作られている。犠牲になるのはヒエラルヒーの下にいる人々あるいはポケモンだからね」

 ◇◇◇

 再び、シュウユにグレイシアが質問をした。
「そういえば、ここから脱走しちゃうポケモンとかっていないの?」
「いるぞ。だが、それを止める権利は私にはない。ポケモンだって自分の意思で生きているんだ。それを私がどうこうする権利などないからな。せめて、今も元気に生きててくれることを願うばかりだ」
 誰もが羨む楽園も、見方を変えれば、レンガの塀に囲まれた牢獄なのかもしれない。毎日決まった時間に起こされ、規則正しい生活をして、夜は早々に寝る。健康のための規則正しい生活なのだが、見方を変えれば自由がないともとれる。
 シュウユがウインディとラプラスの方を見て言った。
「君らをこういう生活に縛り付けた張本人は、実は私だ。頼まれて出産祝いの時に現金の代わりに卵を渡したというわけだ」
「……」
 と言われても、ウインディとラプラスは何も言うことができなかった、というより、返答のしようがなかった。「あ、そうなんですか」これだけだ。バリョウやバショクとの出会いのきっかけは分かったがそれだけである。今の生活には不自由していない。バリョウたちは欠点はあるものそれを補うだけの長所がある。今までこうやって生きてこられたのはどれも変えることのできない事実である。運が良かったのは確かだ。

 ◇◇◇

 本当にわずかな接点ではあるがそれを掴むことができた。
「本当に、私の行動が招いたことであったな。私には謝ることしかできないが、申し訳なかった」
 シュウユはそう言って頭を下げた。別にシュウユが何か悪いことをしてこうなったわけではないが、結局シュウユとのつながりのある人々に災難が降りかかったのは事実だった。全ての話が終わると、シュウユはグラスに残っていたビールを飲み干した。が、これで、事件が全て終わったわけではなかった。
 ダイニングの時計が12時を告げる鐘を鳴らす。鐘の音がダイニングに響き渡る。その時、屋敷全体の明かりが落ちた。あの時と同じである。水の滴る音が聞こえる。流しの方ではなくテラスとリビングを隔てている戸の方から聞こえる。夏の湿った空気が流れ込んでくる。一瞬の間をおいて風が吹いた。
(来やがったな、しょーこりもなく)
 サンダースたちは臨戦態勢になった。
「誰だ、戸を開けたのは?」
「一体何が起こった?」
 声が飛び交う。もともと、この屋敷に家の周りに木が植えられたいることもあって、他の家の明かりはほとんど入ってこない。
 リクソンは手探りで、玄関へ行った。ここにはブレーカーがある。これを上げればいい、が、どうも変だ。スイッチを上げる時の手ごたえがない。ふと上を見る。と、何かがいる……。

 玄関の方から、リクソンの悲鳴に近い声が聞こえた。
「くそ、リクソンがやられたっぽいな」
「先輩を助けに行かなくていいのか?」
「行くな、行ったらバショクもやられるぞ! オレが行く」 
 ブラッキーは玄関へ行った。そこにはリクソンが倒れていた。玄関には上にブレーカー。
(こういうところが一番危ない……)
 上を見ると突然、飛び上がり、爪で切り裂く。ジタバタしているようにしか見えないが、そこには何かがいたのである。手ごたえはあったが、致命傷を負わせるまでには至らなかった。
(まずい、リビングの方に行っちまった!)
 ブラッキーは大声で叫んだ。もうこれしか方法がない。飛び跳ねて、そして叫ぶ。
「ラープラース!『絶対零度!!』」
 声がした方にその技を繰り出した。闇夜の中に白い冷気の道ができて、暗闇を照らす。その刹那、爆音が響いて家の明かりは復旧した。
「あ、復旧したな」
「すごい音がしたぞ、リクソンは無事なのか?」
 玄関ではリクソンが倒れていて、その横にブラッキーがいた。そして、リビングのドアのところに氷の塊が落ちていた。
「何だこれは?」
 シュウホウが履いていたスリッパのつま先でつつく。ブラッキーが答える。
「そいつはロトムっていうポケモンだ。まあ電気の化けもんだと思ってくれればいいさ。電化製品に取り付いていろいろと悪さをする、とか聞いたことがあるぞ」
「ふぅむ、カッチカチに凍っているが、死んでしまったんではなかろうか?」
「ああ。『絶対零度』はそういう技だから」
「で、リクソンは無事ではないな。大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、叔父さん。気絶してるだけ」
 シャワーズが答える。多分、電撃で気を失ってしまったのだろう。しかし、こいつの単独犯ではあるまい。急いでリビングに戻る。そして、何故か開いていたドアを閉める。その時、シュウユがあることに気付いた。
「む? ガラスが切られているぞ」
 確かにカギが取り付けられているあたりのガラスが切られている。
「あーあ、これは、仕事が増えたなぁ……。しかし、割られないように防犯ガラスにしたはずだがなぁ」
 とはいえ、それもポケモン相手では無力だろう。と、その時、後ろから声がした。
「か、会長、上!」
「上? ん?」
 何だか、ぼんやりしたものが浮いている。いや、目の錯覚だろうか? と、思ったが違うようだ。しかも今度は人間の目にもぼんやりと見える。しかも声がかすかに聞こえる。
(あ、あれ?)
 シュウユは体を動かそうとしたが、何故か動かない。といって、体に力が入らないわけではないのだ。窓ガラスの前にしゃがんだままの状態で金縛りにあったかの如くシュウユの体はその場に固定されてしまった。
「……し……ね」
 シュウユに聞き取れたのはそれだけだった。
「死ね、だと!? 我が命運尽きたり、か……」
 実際は「し」の前後に何か言っているようだが、何と言っているのが分からない。ああ、きっと死神が迎えに来たのだ。シュウユは勝手にそんな解釈をした。
 後ろにいるシャワーズたちは何とかしてシュウユを助けたかったが、これで技を出せばシュウユにも当たってしまう可能性が高い。
「ひ、さ、し、ぶ、り、ね」
 2度目はちゃんと聞きとれた。こんな区切って言っていたわけではないが、一文字ずつ整理するとこんな感じだ。この声から、殺意は感じられなかったが、シュウユは恐怖のどん底に突き落とされた。「久しぶり」とは、お前は一体誰なのだ?
「だ、誰だ。私に化け物の知り合いはいないぞ!」
「ひどい! 姿かたちは変わっても愛情は変わらないかと思ったのに……」
 いや、どこの誰なのか言わなかったら、わからないぞ、そう言いたかったが、誰もそのようなことを言える状況ではなかった。そのぼんやりはだんだんと形を整えていった。
「え、こ、これは……」
「あなただわ」
「ひどいわ! あんなお化けと私を一緒にするなんて!」
 さすがにこれはグレイシアの言い方がまずかったかもしれない。妹のリーフィアは怒るというよりもショックを受けたようだった。
「誰だね? 君は?」
「忘れちゃった? 7年前のこと。ここのレンガ塀を修理していた時だったかしら?」
「あ、もしや、その時1匹のイーブイが逃げてどこかへ行ってしまったが、その時の……」
 なるほど、で、その後進化したわけか。
「君の方から出て行ったんだろう? もしかしたら間違って外へ出たかと思って、探したし、捜索願も出したが、見つからなかった。私のできることはそこまでだ。飼い主としての務めは果たしたつもりだ。恨まれるような覚えは無いぞ」
「恨んでないわ。恨んでいるのは私を捕まえて、高く売り飛ばそうとした会社。そう、後にあなたが潰したあの海運会社。あの船に積まれて、積荷もろとも海に沈んで……。溺死した後、冥王の力でこういう姿になって、あちこち探し回ってようやく辿り着いたのよ」
「それで、わざわざ何用かな?」
「相変わらず、幸せそうで、たくさんのポケモンに囲まれているのが羨ましくて寄っただけよ」
「じゃあ、これで満足だろう?」
「ふふ、とっとと消えてほしい?」
「む、消える消えないは自由だ。が、一つ教えてほしい。法前大臣やシュゼン君らに危害を加え、それに我が子のポケモンに重傷を負わせたのはどういうわけだ。いかなることがあっても暴力に頼ってはいけないということは常日頃言い聞かせたはずだ。それを忘れたとあればもう2度と現れないでほしい」
「そんなこと、してない……。知らない。だってここに来たのは今日が初めてだから……」
「じゃあ、誰がやったというんだ? 納得のいく説明をしてもらおうか?」
 無理な姿勢で問答をしているシュウユのには明らかに疲労の色が見えていた。もう58である。さすがに若い人並みの体力は残っていなかった。
「……」
「何とか言ったらどうなんだね?」
(まずいわ、このままじゃあ……)
 突然ブースターが飛びかかった。ブースターのおかげでシュウユは解放された。
「うう、ずっとしゃがんでいたから腰に、悲しいかな、私ももう歳だ」
 後ろに倒れ込んだシュウユをバショクが椅子に座らせた。
 ブースターはガラスを突き破って庭で格闘していた。火炎放射を放つ。紅蓮の炎が闇夜を焦がす。庭には火柱が立っている。ゆらゆらと燃える物体は崩れ落ち、そのまま消えてなくなるかと思われたが、屋敷の方へ向かってきた。
「コノヤシキゴト、オマエラヲモヤシテヤル……」
 シャワーズがそれを阻止するべく、前へ歩いて行った。そして深く息を吸い込む。それを見たブースターは安全なところまで避難した。
「成仏なさい!」
 シャワーズのハイドロポンプが火柱を貫き、跡形もなく消し去った。
「ふぅ……。もうこれで大丈夫」
「終わったな」
「終わったわね」
「終わりましたね」
「終わったね」
 ポケモンたちが口々にそう言った。

 ◇◇◇

 リクソンは次の日の朝、普通に食事を取っていた。
「昨日、一戦やらかしたんだってな」
 リクソンは他人事のように言った。そんな態度をシャワーズが咎めた。
「何だか他人事ね」
「他人事じゃない、被害者だよ」
「まぁ、ブラッキーたちに感謝するんだな、この未熟者め」
 シュウユがそう言った。そして言葉を続ける。
「しかし、昨晩のことだが、最後のあの豹変ぶりは何だったのか?」
「ああ、多分なんだけど、昨日みたいなポケモンの普通の霊に悪霊が憑依して、その体を乗っ取ることがあるって聞いたことがあるわ。憑依された方はその間の記憶って言うのは無いらしいわ」
「霊が霊にとりつくか……。世知辛い世の中だな……。結果的に悪者は滅びるけど、滅びるまでは善良な者たちが苦しむわけか。案外、あれは私に助けを求めてきたのかも分からんな」
「そうね」
「しかし、悪霊というのは何で現れるんだ? 私は恨まれるような覚えは無いぞ?」
「そりゃあ、そうでしょう? 逆恨みとか一方的な嫉みや僻み、そう言うのが実態化するわけだから。まあ羨ましいの裏返しが妬ましいでしょ。何でもないことでも相手はすごく根に持つこともあるし」
「ふむ、しかし、グレイシアは博学なんだな。ぜひ傍に置いておきたいな」
 シュウユ、グレイシア、シャワーズ、リクソンらが会話しながら、朝食を口に運んでいる。
 やがて、朝食が済む。そんな時、シャワーズが思い出したようにこんなことを言った。
「そういえば、ブースターちゃんの話の謎が残ってたわね」
「まあ、いずれ分かるんじゃないかしら? 今回の事とは無関係でしょ」
 グレイシアはあまり気にならないらしく、そうとしか言わなかった。

 その頃、ブースターはシュウユの部屋にいた。シュウユはブースターを抱きかかえてこう言った。
「重い、いや、私の力が衰えたんだな。本当に大きくなったなぁ」
「会長……」
 しばらく、シュウユはブースターを抱いたまま何も言わなかった。
「いろんな、大きくなった仲間との方が良いのではないかと思ってリクソンのところへ行かせたが、どうかなリクソンの家は?」
「とっても居心地のいい所よ。でもたまにはこっちに帰ってきたいわ」
「そうか、お前が幸せなようで本当に良かった」
 そう言って頭をなでた。

 ◇◇◇

 リクソンたちは、事の結末を真っ先に被害にあった法孝直に言うと、孝直は
「そう、だったのか」
 と言っただけだった。他の人たちも似たような反応だった。そして、誰もが考え込みながらそう言うのであった。きっとそれはこう考えているのであろう。
「もしかすると、いつ何時、誰かのとある記憶、感情の裏返しが原因で、自分がまた巻き込まれるかも分からない。まあ、私に限ったことではないだろうが」
 と。
 

 おしまい

 何とか断続的に書き進めました。とにもかくにも書き終えることができてよかったです。
 なれない大長編など構想もなしに書くもんじゃないですね、いやはや(呂蒙子明)

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Last-modified: 2011-02-24 (木) 00:00:00
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