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グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 後編

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グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 後編

呂蒙

 第6章 急襲

 何か冷たいものが触れた気がしてリクソンは目を覚ました。ここはケンギョウ行きの高速列車の中である。すぐ横にはグレイシアがいた。
「あら? 終点まではまだ距離があるわよ」
「って言ってもねぇ、目が覚めちゃったから、もう一回寝るのは……」
 リクソンは洗面所に行くため席を立った。
 リクソンは帰省のため、この列車に乗りこんだのである。たまには実家でゆっくりしたいというのもないわけではなかったが、本当の目的は別にあった。
 前日、グレイシア以外の6匹と家の留守番をバリョウにまかせて、リクソンはグレイシアだけを連れて家を出た。バリョウの弟バショクもいるし、その点は何も問題はなかった。十分すぎる費用も渡しておいた。つまりは家にいてさえしてくれればよい状態にしておいたのだ。
 リクソンは洗面所から戻ってくると、椅子に腰をおろして持参した飲み物を飲む。まぶしい日光が車内に差し込んでくる。リクソンはカーテンを閉めると、再び本に目を落とした。

 一方、その頃リクソンの家では、ようやく朝食の後片付けが終わったところである。
「全く、慣れないことをすると時間がかかるな……」
 バショクは洗った食器を食器乾燥機に入れた。あとは停電にでもならない限り機械が勝手にやってくれる。機械ってのはほんとに便利だなと思いつつその場を離れた。
 リビングには他の面々がいた。さすがに人数というか、数が多い。これだけ多いと面倒ではあるが、絶対に孤独ということはないだろう。リクソンはこうやってお互いに支えあって生活していたんだろうな、と簡単に想像できる。リクソンの周りには幸せが満ち溢れていた。最初はお金がなくてついには友達から借金までしていたらしいが、ひょんなことから富豪学生になり、借りた金には利子をつけて全て返したという。が、金があろうが無かろうが、幸せなんていうのは金では買えないものであるし、感情だとか理性というものを持った人間とは違う生き物に囲まれているのは、普通の人からすれば羨ましいものである。
 バショクは床に座ると、隣にいたラプラスに声をかけた。
「な、オレ達は恵まれてるな……」
「え、そ、そうだね……」
 普段のバショクらしからぬ言葉に、ラプラスは戸惑った。一体どうしてしまったのだろうか? そこで先ほどの言葉の意味を聞いてみた。
「どういう意味で言ったかって? その言葉通りだよ」
 と答えが返ってきた。
 じりじりと外を照りつける太陽が雲に隠れた。日が差さなくなった分、少しだけ涼しくなった。
 そして、リクソンのポケモン達を預かって、最初の晩御飯の時間となった。買い物に行った際、酒のような不必要なものまで買ってしまったが、リクソンなら何も言わないだろうと誰もが思っていた。楽しい夕食の時間になりそうだった。

 ◇◇◇


 昼前になってようやく終点に着いた。朝は売店で買ったパンとコーヒー、ミルクという簡単なものだったので、いささか空腹であったがリクソンは寄り道をせずに実家へと向かった。南国と人の多さで実際の気温以上に暑く感じてしまう。
「やっと着いたな、それにしても暑い……」
「リクソンさんこれからどうするの?」
「どうするって、実家に行くんだよ」
 リクソンはグレイシアを抱きかかえて、別の電車に乗り換える。幸い平日の昼間ということもあってか、車内はすいている。3つ目の駅で降りる。しばらく歩くと、大きな邸宅が見えてきた。白亜の壁がまぶしい屋敷が見える。その広大な敷地はレンガの壁で囲まれており、所々には木が植えられている。中に入るとその大きさが良く分かる。
「ひ、広いわ……。一体どのくらいの面積なの?」
「あ、そうか。実際に見るのは初めてか。広さ? 50メートルかける50メートルくらいかな? もう少し広かったかな? でもまあそのくらいだと思うよ」
「あ、あら、そうなの……。50メートルって競技用のプールと同じ長さよね……」
 広すぎてグレイシアには実感がわかないようであった。以前一度来たことがあったが、その時はボールにしまっていたので、生で見るのはこれが初めてであった。一面の芝生の上にレンガで道が作られおり、リクソンはその上を歩いて玄関まで行った。堅牢な木の扉を開ける。中は広かったが調度品は意外にも高級品ではなく普通の品物だった。
「おーい、誰かいないー?」
 リクソンが声をかける。
「あ、はーい。今行くわぁ~」
 奥から声がする。そして足音が聞こえる。トタトタというスリッパの音ではなく、ドスドスという音であった。
「ね、ねえ、リクソンさん。聞こえてくる足音変じゃない?」
「そりゃ、人間の足音じゃないもん」
「???」
 グレイシアはその言葉の意味が分からなかったが、やがてそれを知ることとなる。奥から姿を現したのはガルーラだった。
「あ、おばちゃ~ん。元気そうで何より」
「あらぁ~、ぼっちゃん。もう大学は夏休みになったの?」
「そそ。帰省というわけだよ」
「元気でやってる?」
「まぁ、『大所帯』だけど何とかね」
「あらまぁ~、自活してるなんて偉いわぁ~。昔は泣き虫でおとなしかったのに、すっかり大人になって」
「じゃあ、荷物は部屋に持っていくから」
「あ、おばちゃん、ありがとう」
 リクソンは部屋につくと部屋の隅に置いてあるベッドに横になった。
「でもびっくりしたわ」
「え? 何が?」
「え、その、いろんな意味で。というかこんな立派な屋敷に他所者の私がいるなんて、いいのかしら」
「他所者って、何でそんなこと言うのさ? 毎日毎日同じ屋根の下で暮らしているっていうのに?」
「あ、ごめんなさい。リクソンさんに不満があるとかいうわけじゃなくて」
「だったら、なにも気にすることはないんだよ」
「ありがとう、リクソンさん」
 グレイシアには、最初にシャワーズに会った時以来、シャワーズに対してコンプレックスを抱いていたのである。姿かたちが美しいとか自分より強いといったたぐいのものではなく「身分」が自分とは違いすぎるということを感じ取っていた。シャワーズがそういったことを自慢しているというのは全くないし、リクソンは気前のいい時もあるが、普段はケチである。他のポケモンからも不当な扱いをされたことは一度もない。だからこそ人見知りをするリーフィアも心を開いたのであるが。でもやはりそのコンプレックスは心のどこかで残っていた。と、同時に自分のせいでリクソンに迷惑がかからないようにしなければ、と気を引き締めていた。
「あれ? どうしたのグレイシア?」
「え、あ、何かちょっと落ち着かないの……」
「じきに慣れるよ」
 そう言うと、グレイシアを抱きしめた。リクソンの「あたたかさ」が体に伝わってくる。しばしのときが流れた後、ドアをノックする音がした。
「おい、いるか?」
「あ、ガルーラおばちゃん? 今、手が離せないんだ。用ならまた後で」
「何を寝ぼけたこと言っている? 私だ」
「うっ、えっ、あ!? お、親父?」
 そ、そんな、なんでこんな平日の真昼間にいるんだ? 会社はどうしたんだろう? 不意打ちかよ?
「入るぞ」
 リクソンがまだいいと言ってもいないのに、扉が開いた。
 広い部屋の中には、自分の息子と1匹のポケモンがベッドの上に座っていた。それを見てシュウユは別にグレイシアのことを何か言うわけでもなく
「帰ってくるなら、電話の一本でも寄越せばいいものを」
 と言った。
「仕事だからどうせいないと思ったんだよ。というか何でこんな時間に家にいるんだ?」
「出張で今朝帰ってきたからな。一眠りして、今から出勤だ。留守中はシュウホウに会社を任せておいたからな」
「あ、叔父さん、こっちに帰ってきてたのか」
「外国の支社がようやく軌道に乗ったからな。ところで今暇か?」
「まあ、見ての通り」
「なら、丁度いい。お前も会社に来い。手伝ってほしいこともあるし。むろんそれなりの報酬は出すぞ」
「それなりねぇ……。危険なことさせる気じゃなさそうだから、まあいいか」
 親孝行というのもあったけれど、これはこれでリクソンにとって好都合であった。
 車庫から車を出すと、シュウユの運転する車でリクソンたちは会社に行った。その車中では、いつ帰るかなど普通の会話がされていた。グレイシアには、口髭に白髪交じりの紳士はやさしそうに見えたが、どこか国際組織のシンジゲートにも見えなくもなかった。人を見た目で判断するのは良くないが、自分のことを一切話題に出さないのは何だか不自然なようにも思えた。
 車が会社に着いた。目の前には高いビルが聳え立っている。
「あー、上が見えないわ……」
 グレイシアが言うとおり、敷地の面積はそれほど広くはない代わりに、上へ上へと建物が延びている。まるで天をも貫かんとしていると言っても大げさな表現ではないだろう。会社の車庫に車を入れに行っていたシュウユが戻ってきた。
「待たせたな。ついてきてくれ」
 会社の自動ドアが開く。中は冷房が効いており少々寒いくらいだった。中では人間に混じってポケモンまでもがオフィスワークに精を出していた。エレベーターに乗り、25階で降りる。長い廊下を歩くと大きな扉が行く手をふさぐ。実はここが会長室なのである。部外者はまず入ることができない空間である。仮に部屋の前まで来たとしても警報装置が作動して捕まることは確実だ。ちなみにリクソンのポケモンは「家族」扱いなので、問題はなかった。一応、ラクヨウでどんな暮らしをしているかは独り立ちしてしばらくは定期的に連絡していた。最近は面倒になってしなくなってしまったが。シュウユはカードキーでロックを解除して中に入った。中には一人の若い男がいた。不審者ではなく使用人兼秘書という役割の人物だった。もちろんリクソンとも面識がある。
「これは会長。連絡をしてくださればすぐにお迎えにあがりましたのに」
「いや自分でできることは自分でやるよ。何でも人にやらせるのは良くない、自分でできることは自分でやらねばな」
 リクソンにとっては聞き慣れた言葉である。
「でさ、親父。やってほしいことってなんだよ」
「雑用になるがな、資料室の掃除とこの間の出張でいくら使ったかの計算だ」
 そう言うと、背広のポケットから一冊の手帳を取り出した。そこには丁寧に領収書が挟まれていた。資料室というのは会長室の中にあり、契約書など仕事で使った書類のファイルが保管してある場所だ。
「まあ、いいけど飯食ってからでいいか? 昼まだなんだ」
「あ、そうか、悪いけど何か注文してくれんか? 代金は私が払うから」
「かしこまりました」
 シュウユは秘書にそう命じた。自身は会長室の冷蔵庫の麦茶をコップに注いでリクソンとグレイシアに出した。資料室の中でシュウユが話を切り出した。
「リクソン、お前が独り立ちする時、4匹のポケモンを連れていったが、たまには連れて帰ってこいよ。顔も見たいしな……」
 シュウユは突然話を打ち切った。
「えっ、あっ……」
「あ、危ないわよリクソンさん!」
 外に行こうとしたリクソンをグレイシアが慌てて止める。資料室のドアが少し開いている。そしてそこに見える影……。その影の動きからするとどうやらこちらの様子をうかがっているようだ。
 その直後
「どうなさいました?」
 先ほどの秘書がやってきた。
「君さっき何してた?」
「と、言いますと?」
「だから、料理を注文した後何をしていたのか聞いているのだ」
「トイレに行っていましたが?」
「そうか……」
「??? あの、次の会議で使う資料がまだ作りかけですので」
「そうだったな、まぁ、何かあったら呼ぶからさ」
 秘書は会長室を後にした。
「リクソン、今の見たか?」
「ああ……」
「一体何者だ?」
「さぁ……」
 少なくとも先ほどの秘書がウソをついているようには思えなかった。トイレは会長室の外にあり、トイレまでの廊下には防犯カメラがついている。ウソをついても後で映像をチェックされたらそれでアウトである。
「そう言えば、グレイシア。さっき何でオレを止めたんだ?」
「影からの殺気が尋常じゃなかったからよ。かと言って私が出ていっても勝てるかどうか分からなかったし……」
「じゃあ、私を殺し損ねた者が再びやってきたのか? でもどうやって?」
「だったら、襲われたっていう時に殺ってると思うわ、あ、思いますわ」
「いや、別に敬語を使わなくても構わんよ。しかし、じゃあ、何の目的で」
「それは、分からじゃなくて、分かりませんわ」
「あ、だから無理に敬語を使わなくても……」
 普段ならみんな笑いだすだろう。しかし、この時ばかりは笑うことができなかった。

 ◇◇◇

 出前が運ばれてきてその料理を食べると、シュウユは資料室から出ていったため、リクソンとグレイシアは資料室の中に残された。資料室と言っても薄暗い空間ではなく、ただ単に本やファイルがたくさん置いてあるだけにすぎず、他の会社の部屋と変わりはない。掃除をしろと言われていたので、埃だらけの部屋かと思ったが、意外に綺麗であった。何でもちょうど1週間前に掃除したとのことだ。頻繁に使う部屋というわけではないのだが、それでも1週間に1度は掃除する決まりになっているのである。もちろん他の部屋もそうだ。社内の機密が漏れることを恐れて、シュウユは自分の会社でできることは自分たちでやるようにしていた。だからなのか、この会社は個性的というか何か一つのことに秀でている社員が非常に多い。語学能力が非常に高いといったものから、武術に優れているという会社とは一見関係なさそうな特技の持ち主もいる。さしずめ、これは得意だが、あれは苦手、というと、ポケモンの属性のようなものだろうか?
 領収書の計算はいちいち電卓を打つのが少し面倒だったが、掃除に関しては、もともとが綺麗だったのですぐに終わった。汚れているところを雑巾でふいてそれでおしまい。天井まで届く大きな本棚には、様々なファイルが並んでいる。どうやら10年前のものから保管してあるようだ。まるでちょっとした図書館である。
「すごいわね……」
「ほんと……。自分の家の本棚よりもずっと大きい……」
 リクソンとグレイシアが感心したように言う。リクソンは4年前のファイルを探すと、本棚から引っ張り出した。上半期と下半期に分かれているが、いずれも分厚いファイルである。この会社がいかに活発に活動しているかが窺える。
(ええと、この前先生が言っていたのって、真夏だったよな、あるかなぁ……)
 ページを繰っていくと、ホチキスで止められた報告書があった。どうやらどこかの会社との交渉の記録や経過を記したものらしい。
(なになに、7月*日、交渉は順調です。S海運株式会社は我が社が経営再建を後押しする代わりに、その期間中は我が社の傘下に入ること、という案を首脳部で検討するとのことです、か。とか何とか言って巧みに吸収合併する気なんだろうな……)
 その後も頻繁に交渉があったようだが、ある日を最後に交渉が打ち切られていた。
(月が変わって、8月*日か。会長、S海運株式会社は、我が社の極秘の調査によりますとどうやら粉飾決算を行っていたことが明らかになりました。債務は僅かということでしたが、実際は債務超過でいつ倒産してもおかしくない状況であります、か。どうやって調べたかはともかく、この日で交渉を打ち切ったようだな)
 孝直の言っていた「ある会社」とは、自分の父親の会社だったことはある程度予想がついていたけれど、この程度のことしか分からないのでは、2つの事件のつながりがあるとは言えなかった。しかし政界と経済界の大物がそう立て続けに襲われているのは偶然とは思えなかった。
 他に手掛かりはないのかと辺りを見回すと、グレイシアの声がした。
「ねえねえ、リクソンさん。こっちの本棚を見て」
「ん~、あ、日記か。そう言えば親父は毎日日記をつけていたな。もしかすると仕事のことが書かれているかもしれないぞ」
 4年前の日記帳を開く。ちょっと日焼けしてしまっていたが文字を読む分には差し支えなかった。万年筆で書かれた字が綺麗に並んでいる。日付はほぼ毎日であった。交渉が打ち切られている前後の日付は一日も欠かさずに日記がつけられていた。リクソンとグレイシアは黒い文字の羅列を目で追っていった。文字の海には決して表には出なかった世界が広がっていた。ちょっと大げさに言えば暗闇の世界。そこに光が当てられようとしていた。
 日記帳にはあまり埃がついていなかった。本棚に入れておいたからというのもあるだろうが、やはり定期的に掃除していたからであろう。リクソンが日記帳を開く。案の定仕事に関する事も書かれていた。「今日から出張である。時間があったので街をぶらぶら歩くことができた。楽しかった」といった短いものが大半だったが、中には何行も費やしている日にちもあった。例の日にちの前後もそうであった。
(えーっと、8月*日、交渉中の会社の粉飾決算が明らかになった。こんな会社に資本を投下することは出来ぬ。やはりこの件は無かったことにしたい。恐らくは社員は何も知らないだろうし、資本を引き揚げさせれば倒産は免れないだろう。けれどそれでは罪もない社員が路頭に迷う。こんなことが世間に大っぴらになっていないということはかなり巧妙な手口であろう。そうではなかったにしても私が問い詰めたところで白を切るのは目に見えている。とにかく、交渉は打ち切らせ、資本も回収を始めるとしよう。こんな会社とかかわりを持てばうちの会社の評判も落ちるというものである。しかし、優秀な人材はほしいから、こっそりと接触して優秀な人材は引き抜いてしまおう。まだ続いてはいるが、この日で知りたいことは書かれていないようだな)
 リクソンは日記帳をローテーブルの上に置いた。
「ねえ、リクソンさん。もうちょっと後ろの日付も読んでいいかしら」
「ああ、いいけど」
 とりあえず、父親の会社が係わっているということは確かだったが、それだけである。収穫は全くなかったわけではないが、これでは少なすぎる。さてどうしようかと考えていると、グレイシアがリクソンに声をかけた。
「ねえ、リクソンさん。ここを見て」
「ん、どれどれ……」
 日記の日付はすでに9月の後半になっていた。
(9月*日、例の海難事故の海域を極秘にシュゼン君に捜査をしてもらった。実際に調査に携わった人は口の堅い人ばかりだから世間に洩れることはないだろう。その海域から沈没した船が見つかった。今後は部下に命じて引き続き極秘に捜査してもらうことにしたと本人は言っていた)
 それから3日後の日付には
(犠牲者は人間だけかと思っていたが、どうやらポケモンも犠牲になったらしい。船の整備もろくにしていないようだったし、これは人災だな)
 読み終わったリクソンは、ふぅとため息をついた。それからは大したことは書かれていないようであった。ページを繰っていたが、内容もありきたりなものであった。正直リクソンにとってはどうでもいいようなものばかりである。この年にシュウユは海外に長期出張に行っていて次の年の2月まで帰らなかったのである。
「ところで、この調査はどうなったのかしら」
「あ、そうだねぇ、打ち切ったとは書かれていなかったからね」
 リクソンは次の日記帳を開いた。日記帳と言ってもなぜかこの時は普通のノートに書かれていた。手頃な物が見つからなかったので持ってきていたノートで代用したのだろう。11月の最初の日からスタートしている。ちょうど海外に出張に行っている時か。
(11月*日、私のもとに調査報告書が届いた。何だか例の会社は粉飾決算以上にひどいことをやっていたようだ。もう潰れてしまったけれど、それで罪がなくなるわけではない。あと、もうすぐ海が荒れる時期だから、今後の調査は海が穏やかになる春以降だという。まぁ、ここまで分かればいいか)
 その後、選挙の結果、シュゼン率いる勢力が下野し内閣が変わってしまったので調査はこれが最後とみていいだろう。リクソンは日記帳を閉じた。
「お疲れ様。リクソンさん。これだけのことが分かったんだもの。大きく前進ね」
「ありがとうグレイシア。あとは、調査報告書とやらの内容が分かれば完璧だな。それにしても少し暑いな」
「涼しくする?」
「どうやってって、冷凍ビームはやめてくれよ。死んじゃうから」
 グレイシアは大きく吸い込んだ息を吐きだした。それは冷気となって部屋を駆け巡った。
「どう? 『凍える風』は? 涼しいでしょ?」
「ああ、ちょっと寒いけどね」
 その時、シュウユが部屋の中に入ってきた。
「終わったかって、何か寒いなこの部屋」
「掃除ならもうとっくに終わったぞ」
「そうか御苦労」
 と、会長室のドアを叩く音がした。
「あれ? お客さんかな?」
「客? 今日は誰かが訪ねてくる予定はないはずだがなぁ……」
 どうやら、シュウユにも覚えがないらしい。3人に緊張が走った。もしもさっきの奴が再びやってきたとしたら……。
「一体誰だろう?」
 ドアについている覗き穴から外を見ると、出前と思しき男が立っていた。来ている服の胸には店の名前の刺しゅうが入れてあった。シュウユがドアを開けようとするのをリクソンが止めた。
「待った。オレが開ける。まあ万が一、オレが襲われて死んじゃったら骨ぐらい拾ってくれよ」
 冗談めかして言うと
「ふん、私より先に死ぬことは許さんからな」
 ときつい口調が返ってきた。若くして父を失ったシュウユにとってそのような話は冗談でも言ってほしくなかったのだ。命なんて今は医学の発達でどうにでもなるようにも思えるが、実際そんなことはない。病気でなくても事故で死んでしまうかもしれぬ。天命には逆らえないのである。仮に悪魔の加護を受けて永遠の命を手にしたとしても、素直に喜べないだろう。というよりもきっと途中で自ら命を絶ってしまうかもしれない。矛盾している思想のようだが、命には限りがある。これが本来天から授かりし命ではなかったか。自分ももう58である。一体自分に残された時間はあとどのくらいだろうか……。
 リクソンがドアを開ける。
「はい?」
「器の回収に参りました」
「あ、はい、今持ってきます」
 リクソンが三人分の器やレンゲを渡すと、男はそれをおかもちに入れ、
「どうもありがとうございました」
 とだけ言って去って行った。リクソンはドアを閉めた。
「ふぅ。何だか心配して損した」
「まあ、何もなくてよかったじゃないの」
「そうだね、グレイシア」
 さて、これからどうしようか。一応やることもやってしまったし、家に戻ろうか。
「じゃあ、親父。やることやったから家に戻るぞ。グレイシアも連れて」
「おおそうか、じゃあ家まで送ってやろう。2階にある喫茶室で待っててくれ。すぐに暇そうな部下に連絡を取るから」
「いやいいよ。一人で帰れるから」
「まあ、そう言うな」
 リクソンとグレイシアは言われたとおりに2階の喫茶室で待っていた。そこの店員が気を利かせてアイスコーヒーを持ってきてくれた。リクソンが代金を払おうとすると、店員は、
「いつも会長にはお世話になっておりますので」
 と言ってついには受け取らなかった。コーヒーを持ってきたその店員の姿をリクソン達は何も言わずに見送っていた。社員の姿のまばらな喫茶室で過ごすこと十数分。その間にアイスコーヒーは飲みほしてしまっていた。氷だけが入ったグラスを前にして椅子に座っていると、シュウユがやってきた。
「あれ、どうしたの?」
「みんな手が離せないらしくてな。私が送るから、ついてきなさい。あ、そうだ。家に帰ったら、今日は早いから私の分の夕飯も作るように言っておいてくれ」
 車庫に移動して車に乗る。エアコンのスイッチを入れて車を動かす。冷風が車の隅々に送り込まれる。会社から家までは少し離れているので高速道路を使うことにしている。いつものように高速道路に入りスピードを上げる。カーラジオによると渋滞はしていないようなので、そう時間はかからないだろう。
「いやぁ、朝と違って空いてていいねぇ。引退したら気ままにドライブをしたいもんだよ。35年前の気分に浸ってね」
 シュウユが昔を懐かしんで言う。これに関してはまだリクソンが生まれていないことなので何とも言いようがなかった。やがて、会社と家との中間地点に来た時のことである。グレイシアの表情が変わった。
「ん? どうしたの」
 車のミラーを見ながらシュウユが言う。
「は、早く車を止めて!」
「え?」
「早く!!」
 偶然サービスエリアの入り口が見えたので、左にハンドルを切ってスピードを落とし始めた。その時、急に車が右に傾いて激しく縦に揺れた。
「うわっ、何やってんだよ、ヘタクソな運転だな」
「バカモノ、私のせいではないわ」
 何とか大事故には至らず、サービスエリアの駐車場に止めることができた。シュウユが車の右前輪を調べてみるとやはり、パンクしていた。
「むむう、やはりパンクか」
「スペアタイヤは無いのかよ?」
「ああ、まあ心配することもなかろう。丁度ガソリンスタンドがあるから係員にタイヤを持ってきてもらえばいい」
「じゃあ、行ってくるか。財布貸してくれ」
「あ、領収書を持ってきてくれ。この車は会社のものだから、タイヤの代金は経費で落とす」
「おいおい、私用で会社の車を使うなよ。まあいい。行ってくるぞ」
 結局、無駄に時間がかかってしまうこととなった。タイヤの取り換えにはしばらく時間がかかるとのことだった。それまでの間シュウユたちはサービスエリアのレストランで一休みすることにした。シュウユはコーヒーを頼んだが、リクソンとグレイシアは冷たいお茶にした。
「あれ? コーヒーじゃなくていいのか?」
「だって、さっきも飲んだし、ね? グレイシア」
「ええ」
「いや、別に無理に飲む必要はないがな……」
 コーヒーが運ばれてきて、シュウユは砂糖とミルクを入れる。ミルクがくるくると渦を巻いていくのを見届けると、ティースプーンでかきまわし茶色の液体を作る。それを前にして少しさめるまで待つ。シュウユとリクソンの間で言葉が飛び交う。
「こんなクソ暑いのに、よく熱いコーヒーなんか飲めるな」
「冷たいと腹が痛くなるからな、やはり私ももう歳かなっと冗談は置いておいて。まあ、リクソンが連れているグレイシアのおかげだな。あのとき車のスピードを落としていなかったら一体どうなっていたことか……」
「まあ、ポケモンだから人知を超えた能力があるんだろうよ。エーフィなんかその典型だと思うし……。ありがとうグレイシア」
 そう言ってグレイシアの頭をなでてやる。グレイシアは嬉しそうな顔をしてそっとリクソンに体を寄せる。それを見ていたシュウユが言う。
「随分となついているようだな。幸せそうで何よりだよ。リクソンは小さいときからポケモンに懐かれる奴だったが、まあそれは私が原因だろうな」
「え? それはどういう意味?」
 グレイシアが聞くとシュウユは答えてくれた。
「私は仕事の方にかかりきりであまりリクソンと一緒にいることがなかったからね。家には何匹かイーブイがいて、もともとは私のものだったんだが……」
「面倒見切れなくって捨てたってか?」
「バカモノ、お前が一番知っているだろうが」
「へいへいっと」
 リクソンが続きを話してくれた。仕事が忙しいので代わりにリクソンが面倒を見ていたのである。そうなると当然リクソンになつくようになる。そしてリクソンが実家を出るときに特になついていた4匹がリクソンについていったのである。
「そうなの。ところで他のはどうしたの?」
「叔父さんはじめ、親戚が面倒を見ているよ」
 タイヤの交換も終わったので再び家に向かって車を走らせた。家に着いたのは夕方になってしまった。シュウユはもう一仕事をするとかで会社に戻った。ちなみに先ほどのことがあったので、今度は電車を使った。
 玄関の扉を開けると、ガルーラおばちゃんが出迎える。
「あ、おばちゃんただいま」
「おかえりなさい。ご飯はまだ作っている途中だから、先にお風呂にする?」
「え? 風呂? いやぁ良かった。今日車がパンクしちゃってさ、無駄に疲れちゃったよ」
「あらま、災難だったわねぇ。そうそう災難って言えば昨日廊下の電気が切れちゃって大変だったわよ」
「寿命が来たんでしょ?」
「でもねぇ、その3日前に取り変えたはずなんだけど。旦那様が帰ってきて晩御飯の途中だったかしらね。予備がなかったから使用人の一人が慌てて買いに行ったのよ」
「ふぅん、まぁいいやとにかく風呂に入っちゃうよ。その後は部屋にいるからご飯ができたら呼んでね」
「はーい、じゃあごゆっくり」
 部屋に戻るとリクソンは鞄から着替えを出した。
「じゃあ、グレイシア。一緒に入る?」
「ええっ? いや、でも、私……」
 突然の申し出である。いったいどうしよう。一緒に入りたい、しかし、恥ずかしい。ぐるぐると頭の中でイエスとノーが回り始める。返事が返ってこないのでリクソンが言った。
「あ、嫌ならいいよ。ちなみにね、リーフィアは二つ返事だったな。いつも『はい、喜んで』って言ってくれるよ」
「……あの仔は遠慮ってものを知らないのかしら。もっとしつけとけばよかったわ」
「え?」
「あ、あ、あの、わ、私も一緒に入るわ」
 グレイシアはリクソンについていった。
 浴室も広かった。一辺は6,7メートルといったところだろうか。浴室の片隅に御影石の浴槽がでんと置いてあり、傍に置いてあるシャワーズの像の口からお湯が浴槽に落下している。
「うわぁ、これとても自家用のお風呂とは思えないわ……」
「女湯もあるよ。ここよりちょっと狭いけどね。ちなみにポケモンはどっちに入ってもいいことになっているから」
「す、すごすぎるわ」
「使用人たちも使うからね。まさか銭湯に行けとも言えないし」
「うーん、大富豪ならではの事情ね……」
 リクソンは体を洗うと、グレイシアの体も洗ってくれた。ごしごしとスポンジで体を磨いて、汚れを落としてもらう。最後に水をかけて泡を流す。
「ありがとう、リクソンさん」
「どういたしまして」
 リクソンは気持ちよさそうにお湯につかっている。グレイシアはシャワーから水を出してそれを浴びている。
「じゃあ、そろそろ出ようか」
「はーい」
 脱衣所でリクソンは衣服を身につけている。下着を身につけた時、リクソンが
「あ、そうだ、グレイシア。ちょっと頼みがあるんだけどいい?」
「私にできることなら何でも言って」
「あー、まあ、できるっていうか、その、抱きついてもいいか?」
「はい?」
「いや、だから、体をちょっと冷やしたいから……」
「い、いいけど」
 リクソンはグレイシアを抱きしめた。と、グレイシアはここで考えた。これって千載一遇のチャンスではないだろうかと。
「あ~、やっぱり氷タイプだ。冷たくて気持ちいい~。って、わぁっ!? しまった、ちょっと強かったかな。グ、グレイシアの胸が当たった……」
「そ、そんなのいいから、もうちょっとこうしていましょ……。リーフィアに独り占めはさせないんだから」
 いつもの大人っぽさが今のグレイシアからは感じられなかった。これが本相とも思えなかったが。理性が飛んでしまったというのが正しいのかもしれない。妹のリーフィアを不安にさせないように気丈にかつ大人っぽく振舞い、冷静でいる。これが普段の姿であった。もともと冷静で理性的な振る舞い、こういう性格でなければ普段の姿は見られないだろう。自分に無いものを演じていたとしても、いつかはボロが出るし、そんなことをずっとしていたら、精神的に参ってしまうだろう。
 グレイシアの心臓の鼓動が伝わってくる。グレイシアは次の行動に出た。
「リクソンさん。喉乾いたでしょ」
「うん、そういえばそうだなって、何を!?」
 グレイシアはいきなりリクソンの口をふさいだ。というか正確には口づけをしたのである。いきなりの先制攻撃でリクソンは為すすべがなかった。鼻が使えたのでかろうじて呼吸は出来たが、声は出せなかった。仮に声が出せて助けを呼んだとしても、この状態を見られたくなかった。
「んっ、んんぅ~」
 グレイシアが声を漏らす。リクソンの口の中に何か冷たい液体が入ってくる。それがグレイシアの唾液であることは容易に想像がついた。引き離そうとしたが、グレイシアの方が力が強かったし、体が冷え過ぎてしまい力が入らなかった。ようやくグレイシアがリクソンから離れた。口の中には妙な味の液体が残っていた。青白い顔をしているリクソンとは対照的にグレイシアの顔は少し赤くなっていた。
「あれ、グレイシア、顔に何か付いているよ」
「へ?」
 リクソンに言われて洗面台の鏡で自分の顔を見てみる。確かについていた。一筋の赤い液体が。
「きゃあ!? 鼻血?」
「もしかして、ふろで逆上せたのかな?」
 リクソンがティッシュでグレイシアの鼻を押さえた。ほどなくして鼻血は止まった。
(う~ん、ちょっとやり過ぎたわね……)
 しばらくグレイシアはリクソンの部屋のベッドで横になっていた。何か下で音がしたような気がしたけれど、その時はあまり動く気にならなかったので、気にしていなかった。

 ◇◇◇


 その頃、リクソンの家では、夕食の準備が整いつつあった。台所から涎の出てきそうな匂いがリビングに流れている。リビングにはバショクと8匹のポケモンがいて、テレビを見ている。見ている番組はニュースなのだが、どうも最近事件が多い気がする。親が子供を殺してしまった、あるいはその逆といったものや、セルフ式のガソリンスタンドに強盗が入ったというものもあった。毎日事件が起きているけれども、きっとうやむやにされたり、迷宮入りになってしまったり、普通の人が知らないところでもみ消されて表に出てこないような事件もあるんだろうな、とバショクは思っていた。
「おーい、誰か料理の味見をしてくれないかー?」
 台所からバリョウの声がする。
「毒見かな?」
 ブラッキーが冗談めかして言う。
「ははは、兄さん、料理はすごくうまいからね。味見してほしいんでしょ。手の込んだ料理を作るみたいなこと言っていたからな」
「何だ、味見なら味見って言えばいいのによ」
 ブラッキーがすたすたと台所の方に歩いて行った。台所にはバリョウがいた。
「あ、ブラッキーか」
 バリョウは牛刀で鶏肉を小さく切るとブラッキーに食べさせた。ブラッキーはそれを味わうようにして、もぐもぐと何度も噛んでから、ようやく飲み込んだ。
「どう?」
「おおっ、美味しいぞ。バショクの言うとおり、バリョウさんって料理上手なんだな」
「おお、そいつは良かった。けど、もう少し辛口採点でもいいんだけど……」
「んなこと言ったってなぁ、まぁ、強いて言えばちょっと薄味だな」
「あ、じゃあ、もう少しソースの味を濃くするか……。ありがとうブラッキー。あと十分もすればできるから」
 リビングにブラッキーが戻ってきた。バショクはテレビのチャンネルをパッパと変えていたが見たい番組がないらしくスイッチを切った。そして、テーブルに食器を並べ始めたが、あることに気づいて手を止めた。数が足りないとか皿にひびが入っているというわけではないのだが、傍にいたラプラスに声をかけた。
「あ、そうだ、ラプラス。お前どうするよ」
「何を?」
「お前は体が大きいから、このテーブルを使ってみんなで食事をするにはちょっと狭いかもしれないぞ」
「あ、そっか。というか、僕やウインディが入ったら、全員がテーブルにつけないかも」
 肝心なことを忘れていた。リクソンの手持ちは数は多いが、体がそんなに大きくないのであまりスペースは使わずに済むのだ。椅子にはちょこんと行儀よく座っていれば問題は無いわけである。
「じゃあさ、僕らはローテーブルで食事をするよ。それでバリョウさん、バショクさん、ウインディ、ラプラスはテーブルに着けばいいよ」
「って、エーフィが言ってくれているけど、どうするラプラス?」
「じゃあ、そうしようか」
 まもなくバリョウが料理を持ってやってきた。ライスに、チキンのグリルに、サラダ、デザートとなかなかのメニューである。もっとも、デザートはフルーツの缶詰をいくつか買って、中身を取り出してそれを切り、器に盛り付け、缶詰のシロップをかけただけなのだが。そのあたりの手抜きを差し引いてもなかなかの料理であることは変わらなかった。バショクは冷蔵庫からビールをとってきた。テーブルを埋め尽くした料理を見て、シャワーズが言う。
「すごいわ……」
「採点するなら100点中何点ぐらいかな?」
 バリョウがシャワーズに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「99点ね」
「あ、それは、何か残念……」
 99点とは、点数としては悪くはないが、後1点。素直に喜ぶべきであろうが、後1点分は何がいけなかったのだろうか? そこでシャワーズはこう付け加えた。
「それで、残りの1点は、みんなで楽しく食事ができたら、足してあげるから」
「あ、そう。頭のいいというか、随分、気の利いた答えだな……」
 リクソンのシャワーズは頭は良いが、ときどきこういう答え方をするから意図がはっきり伝わらないんじゃないか、とも思ったが、シャワーズはやはり時と場に応じて使い分けているのである。シャワーズを見てバリョウは何となくリクソンが羨ましくも思った。
「ウインディ。お前も少しはリクソンのポケモン達を見習え」
「言葉を返すようだけど、ちゃんとしつけなかったお前にも責任があるぞ、違うか? うん?」
「……はいはい、育ちが悪かった自分のせいでした。ったく、こいつは。まあ、いいや。ご飯にしよう」
 さっきのウインディの言葉は正論と言えば正論だった。ポケモンは捕まえておしまいではなく、ダメなものはダメとしつけ、それと同時に自分も成長していかなければならないのである。とはいえ、バリョウは小さい頃から、ウインディ(当時はまだ進化していなかったが)と一緒であった。つまり、小さな子供にどうやって他者にしつけをしろというのだ。バリョウとバショクの兄弟は両親が忙しかったために、両親と一緒にいる時間が少なかったのである。そのおかげで今のような大きな家に住めて、何不自由なく暮らせているから文句は言えなかったが。でもやはり、小さい時のことを思うと空しいというか、時間が詰まってなかった、そんな気がするのである。今思うと、リクソンと馬があったのも幼いころの境遇が似ていたからなのかもしれないな、バリョウはそう思った。それにしても気分が暗くなってしまった。今日は自分も少し飲むとするか……。
「じゃあ、食べようか」
 バリョウたちは食事を始めた。その直後、バショクは冷蔵庫から今度はワインをとってきた。
「バショク、お酒をちゃんぽんで飲むの?」
「いけないのか?」
「気持ち悪くなっても知らないよ」
「まあまあ、ラプラスいいじゃないか、今日は。オレも飲むからグラスをとってこよう」
 ラプラスは止めたが、バリョウが今日は大目に見るようなのでそれ以上は何も言わなかった。バショクがビールの缶を開けてグラスに注ごうとするのをエーフィが止めた。
「あ、手酌はいけないよ。僕が入れてあげるよ。じゃ、グラスを持ってて」
 バショクは言うとおりにする。エーフィの精神がビールの缶に命令を出すと、ビールの缶は生を与えられたかの如く、テーブルの面を滑り、そして浮き上がる。バショクのグラスを持つ手のそばで止まると、ゆっくりと体を傾け、開いた口から黄金色の液体がグラスに注がれていく。
「あ、もういいよ」
 とバショクが言うと、缶ビールは体を起こし、テーブルの上に戻った。
「どう? すごいでしょ。僕のサイコキネシスはこんな風にも使えるんだよ」
「すごい、まるでビールの缶が自分の意思で動いているみたいだった。今のって全部超能力で動かしていたんでしょ?」
「うん、でもね、最初はうまくできなかったから、訓練したらようやくここまでこれたんだ」
 エーフィはちょっと誇らしげだった。しかし、本人は自分から超能力を取ったら、何もとりえが無くなってしまうので、せめて磨きをかけたいなという方が強かったのだが。その後は楽しく雑談をしながら、食事が進んだ。料理を口に運び、酒を飲む。バリョウは酔いが回り始めたので酒を飲むのをやめた。一方、バショクはワインが入ったグラスを片手に、サンダースやブラッキーを相手に雑談をしている。雑談に夢中になって、ワインを飲むことを忘れてしまっているようである。会話が飛び交い、笑い声が混じる至福の時。それがこの後、招かれざる客によって突然ピリオドが打たれようなどと誰が思っただろうか。


長くなりすぎたので「後編2」に続きを書くことにしました。

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    ――呂蒙 2010-08-29 (日) 23:44:48
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Last-modified: 2010-08-29 (日) 00:00:00
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