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クリムガンがフェアリータイプにめちゃくちゃにされる話

/クリムガンがフェアリータイプにめちゃくちゃにされる話
本作は♂同士の恋愛・性的描写を含みます。また、一部多大な解釈違いが生じる恐れがあります。お楽しみください。

 



「えっ」
 その心境だけを簡潔に言うならば、クリムガンにはもはや自身の死が秒読みであるかのように思われた。
 草原……春を思わせるうららかな空……頬をくすぐる柔風……の、ように再現された仮想空間。こういったロケーションにクリムガンはいくらかの場違いさを抱く。クリムガンとは主に洞窟を棲家とするポケモンであった。しかし、それはまだよかった。()()()()とはあらゆるポケモンにとって住みよい環境を作りだしているものだった。クリムガン好みの洞窟や穴ぐらなども、探せばいくらでも見つかることはわかっている。だから今、そこはあまり重要ではない。
 ぐるりを取り囲む風景に視界を巡らせて、クリムガンの想いは絶望に満ちたのだった。
 芝生の濃い緑の照り返しのなかで転げ回っているのは、プリンやトゲピーやデデンネたち。
 空の色を映しているように見事な青色の池では、マリルリやアシレーヌやカプ・テテフがのんびりと泳いでいる。
 静けさと木陰が昼寝にちょうどよさそうな林には、エルフーンやマシェード、アブリボンなどがうろついているのが見えた。
 違っていてくれという切実な期待が、容赦なく裏切られるのをクリムガンは実感した。
 ――このボックス、フェアリータイプしかいねえ!
 クリムガンは目と口を開きっぱなしで愕然とした。どこもかしこも見渡す限りのフェアリータイプ。その事実に戦慄するしかない。クリムガンのトレーナーはタイプごとにボックスを使い分ける几帳面な人間らしい。しかし、ならばなぜドラゴンタイプのクリムガンがこのボックスに入れられたのか? 意味不明。これはある種の制裁なのだろうか。それとも単なる手違いか……
 ドラゴンタイプの本能が、実存的危機の警鐘をガンガンと打ち鳴らす。クリムガンのこの状況はきわめて危険なものであった。同じフェアリータイプのポケモンだけが集まって平和に暮らしていたところに、クリムガンのような()()()が紛れこめば、どうなるか。クリムガンの頭には無慈悲な排斥のことばかりが思い浮かんだ。フェアリータイプはドラゴンタイプの天敵である。無論、クリムガンはそれなりの育成を受けている。特性「ちからずく」によるダストシュートやアイアンテール……いかにフェアリータイプといっても、このクリムガンと荒事になればただでは済まさぬ程度の対抗手段を具えてはいた。しかしあまりにも多勢に無勢。なによりフェアリータイプのポケモンというのは大概が無邪気で、好奇心が強く、イタズラ好きで、故に残酷だ。ボックス丸ごとがクリムガンを苛む牢獄の様相であった。
 いじめられる――
 じきに、近くで遊んでいたプリンたちがクリムガンに気づいた。和気あいあい、じゃれあっていたフェアリーのちびっ子たちが、きょとんとした目を向けている。はっとなって我に返ったクリムガンは直感した。まずい。俺のことを仲間に知らされる。
 あまり刺激しないよう、可能な限りごくふつうの足取りを装って、クリムガンは林のなかに逃げこんだ。
 ひとまず、ほかのポケモンと出会わない場所を見つけなければならない。フェアリータイプのボックスに紛れこんだクリムガンのことに、トレーナーが気づいて違うボックスへ移されるのは、いつになるだろうか。クリムガンはそれまで静かにサバイバルしてゆくしかない。
 ときどきキュワワーやギモーなどに出くわしながら、林のなかを当てなく進んでゆくと、次第に木々が鬱蒼としてきた。静謐さが冷たいしずくとなって落ちてくるようで、ようやく孤独になれたクリムガンは落ち着きを取り戻す。できるだけ、ほかのポケモンに会わない場所にいるのがいい。クリムガンというポケモンは、それほど群れをつくらない。凶暴でずる賢く、別種のポケモンとも好友するような性格ではない。クリムガンは一匹でも寂しくない。静かに……どこまでもひっそりとしていればいい。地中に潜って気配を殺すスナヘビのように。
 具合のよさそうな木の洞を見つけたので、クリムガンは体を押しこんで眠った。暗く、狭い場所をクリムガンは好んだ。陽の当たる草原などよりも、よほど心が安らいだ。ボックスには、どんなポケモンも快適に過ごせる場所がちゃんとあるのだ。洞窟のひとつくらいはそのうち見つかるだろう。とりあえずの危機を脱したクリムガンは、案外と楽観的になれた。




 それで問題らしい問題も起こさずにいられたのだが、なかなかクリムガンの思うようにはいかない日々だった。
 危険というほどでないにしろ、勝手のわからない林を探索するのはそれだけで手間だった。木に生っているきのみや植物の根っこなど、どこへ行っても食うものは豊富で困らない。湧き水も見つけることができた。しかしそういう場所を拠点に探索の距離を伸ばしてゆこうにも、森林に慣れないクリムガンはすぐに迷ってしまうのだった。行って戻ってくるだけで陽が暮れてしまう(昼夜という現象がボックスにも用意されている)ような一日を何度も過ごした。クリムガンは地中に暮らすポケモンである以上、夜に林が暗くなること自体は問題なかった。ほぼ完璧な暗闇のなかにあっても、クリムガンは問題なく探索できる。しかし寒さばかりはどうしようもない。ドラゴンタイプのなかでも、クリムガンというのは殊の外、冷気に弱いポケモンであった。夜になって冷えこんでしまう前に、安全を確保した寝床に戻って休みたい。そうすると、クリムガンが気に入りそうな洞窟や洞穴を見つけるための探索は、遅々として進まなかった。
 クリムガンはそのことに、それほど急いた気持ちにならなかった。クリムガンがうろついている林の奥深くには、フェアリータイプのポケモンたちはあまり寄りつかないらしいことがわかってきたのだった。クリムガンがこのボックスに預けられて以降、ほかのポケモンに会ったのは最初の日が最後だった。これくらい静かにいられるなら、無理によそへ移る必要もないという考えがないではなかった。洞窟で暮らしたいというのはクリムガンの好みの問題にすぎず、林のなかの暮らしそのものに不便はなかったのだ。
 クリムガン自身、本気で洞窟を見つける気がないのだから、この日も中途半端に林をうろついただけに終わった。日が暮れる前に、お気に入りの木の洞へ戻る。
 その途中、クリムガンは一匹のマリルを見つけた。姿を見られぬよう、とっさに身を低くしてようすを伺うと、マリルはべそをかきながら歩いていた。いかにも心細いといったように落ちこんでおり、大きな耳がなにかの物音をキャッチするのか、しきりにあちこちを振り向いては、キョロキョロとあたりを見回す。ひと目で迷子とわかる。
 茂みからマリルを観察しながら、クリムガンは無視したい欲望に駆られた。野生のマリルなら危険もあろうが、ここはボックスのなかである。どうあっても身を脅かす存在などありえない。しかしクリムガンは、迷子になって弱り果てているマリルを見て、可哀想になってしまった。よせばいいのにと自分で思いながら、クリムガンは茂みから出てゆくことを決めた。
「おい、おまえ。迷子か?」
 気配を隠すつもりのなくなったクリムガンは、ガサガサいう派手な音をたててマリルの前に現れた。それがマリルをひどく驚かせた。薄暗い林のなかをビクビクしながらさまよっていたマリルにとって、それが限界だった。いかにフェアリータイプといって、見るからに強靭そうで大きな体のクリムガンは恐怖以外のなにものでもなかった。悲鳴をひとつあげたのを皮切りに、マリルはわあわあ泣きはじめた。まだほんの子どもだったのだ。
「おお、泣くな、泣くな。驚かせて悪かったよ」
 いきなり泣かれてしまい、クリムガンは弱り果てた。野生でいたころは、ただ泣くだけの無抵抗なポケモンなど好都合だった。格好の獲物だったのだ。そういうふうにしか、クリムガンは弱いポケモンを見たことがない。今、俺はこのマリルをどう扱えばいいだろう?
 マリルと同じくらい、クリムガンもおろおろして、恐怖していた。もしこんなところを見られたら、俺がマリルをいじめて泣かせているみたいだ。その誤解はクリムガンの立場を一気に悪化させる。こんな小さなポケモンにやさしくするなど、クリムガンにとってははじめてのことである。迷子のマリルを助けると決めてしまった以上、クリムガンはマリルを泣き止ませることに全力を強いられた。
「そんなに泣くなって……なにもしないからさ。おまえ、池のほうに住んでるんじゃないのか? こんなところでどうしたんだ」
 いつまでもぴーぴー泣いてんじゃねえ、と怒鳴りつけたいのを堪えながら、クリムガンはマリルのそばにうずくまり、辛抱強く話しかけ続ける。また、マリルのほうもいきなり現れたクリムガンに驚いて、混乱していた。なにを訊いても、ひどいしゃっくり混じりでなにを言っているのかもわからないほどだった。それでも泣くだけ泣いたら、すこしずつ落ち着きはじめた。友達のモンメンやネマシュのところへ遊びにきたのだが、林のなかで遊んでいる途中ではぐれてしまい、帰れなくなったと、そういう話をなんとか聞きだした。
「わかった。俺が池のところまで連れていってやる。だからもう泣くな。わかったか?」
 俺が攫ったみたいだからな。
 クリムガンが言っても、マリルはまだべそをかいていたが、とりあえず静かにはなった。クリムガンは立ちあがり、マリルを抱えて背中の翼のところへ乗せた。マリルの体はひんやりと冷たく、寒さが苦手なクリムガンにはつらかった。しかしそれ以上に、マリルの体がさっぱり乾ききっていることが気になった。みずタイプのポケモンの体が乾いているのは、あまりよくないとクリムガンは考えた。元よりマリルの体毛というのは水をよく弾いてすぐに乾くものであるが、クリムガンはそんなことは知らなかったため、まずは湧き水へ連れていって水浴びをさせてやった。もう陽が沈みかけており、腹も減っているだろうと思い、そのへんのきのみを集めて食べさせた。マトマのみだった。水浴びして気分もよくなったマリルは文句も言わずにマトマのみを食べた。クリムガンも空腹を感じてひとつ齧った。酸っぱかった。あまりクリムガンの好むところの味ではなかったが、マリルの口には合ったようで、大ぶりのマトマをみっつも食べた。やはり腹が減っていたのだ。空腹は気持ちまで萎えさせる。
 このあたりで、マリルはすっかり平静に戻っていた。見知らぬポケモンではあるが頼る相手ができたマリルより、むしろクリムガンのほうが困り果てていた。池まで連れてゆくとは言ったものの、クリムガンはこのボックスへ来た最初の日、草原から林へ入ってきたきりだ。林から出たことが一度もないので、有り体にいって土地勘がまるでなかった。寝床にしている大木から、「たしかあっちのほうから歩いてきたはず」という大雑把なあたりだけをつけて、ひたすら歩いてゆくしかなかった。
 俺は道なんかわからない、おまえも見覚えがある場所があったら教えてくれ――とは、言えなかった。それは単にクリムガンの意地であった。自分から声をかけておいて、迷子といっしょになって迷っているなんてことを言えるわけもなかった。そんなことを言って、またマリルが泣きはじめたら面倒だ。水浴びしていっそう冷たくなったマリルの体は、ただでさえクリムガンを寒がらせる。これ以上イライラする原因をつくりたくない。
 当てという当てもなく林を歩いているうちに、アブリーが飛んでいるのを見かけたのが幸いだった。クリムガンが呼び止めて草原に出たいと話すと、話のわかるアブリーは、あっちへまっすぐ歩いたらすぐだと教えてくれた。実際にはクリムガンの方向感覚は正確で、ほとんど林を抜けかけていたので、クリムガンが思っていたよりはあっけなく林から草原へ出ることができた。草原にもとっぷりと夜が降りていた。最初にマリルリなんかを見かけた池もすぐに見えてきた。
「ほら、行きな」
 クリムガンは翼からマリルを下ろしてやった。ここからは自分が行かなくともよい。見上げてくる視線にうなずきかけたのを最後に、マリルは池に向かって転がるように駆けていった。一応、クリムガンは帰ってゆくマリルを見送った。水辺にいたアシレーヌに出迎えられて、すぐにマリルリも寄ってきた。そこでクリムガンは踵を返し、すごすごと林へ戻っていった。
 寝床へ戻る途中、らしくないことをした、ということばかりクリムガンは考えていた。このクリムガンの面倒見のよさというのは、トレーナーとの旅で培われたものだった。インテレオンやストリンダーやマホイップ……旅の仲間たちはクリムガンの目にはなんとも頼りなさそうに見えていた。見たまま、体が大きいか、力が強そうか、その要素が野生にとってはきわめて重要だった。そしてそういうポケモンが、クリムガンのほかに仲間内にはいなかったのだ。モンスターボールで捕獲され、弱肉強食という野生の棘が抜けたクリムガンの価値観は、クリムガンの無自覚なまま、面倒見の良さとなって顕れていた。こいつらの足らない穴を埋めるのは俺なのだ、と。
 自覚なき世話焼きへ長じたクリムガンは、無自覚ゆえ、マリル一匹を助けるだけでひどく疲れていた。体というよりも心が疲れたのだ。泣かせないように気を遣うし、冷たい体でくっつかれて寒いし――それでもクリムガンには、あのまま放っておけばよかったという後悔がすこしもなかった。そういう自分のお節介が不便だとも思っていなかった。洞窟の穴のなかで暮らしていたときには感じたことのない、相互扶助の精神がクリムガンには芽生えている。
 それでもクリムガンは、こんなことは後にも先にもこれきりにしたいと思っていた。どうあっても、ドラゴンタイプにとってフェアリータイプは恐ろしい。だいたい、いっしょに旅をしていたマホイップのことだって、俺は苦手だった――
 その苦手意識が、実際にどのような事実に起因したものであるかなど、クリムガンはてんでわかっていなかった。




 クリムガンはポケジョブへ出されることになった。
 無論、ボックスのフェアリータイプたちと同じチームであった。ポケモンセンターから見送られる際、トレーナーは「あれ?」という顔をした。フェアリータイプのポケモンたちに混じるクリムガンは、明らかに浮いていた。気づいた! クリムガンは気持ちが明るくなった。仕事から帰ってきたら、きっとボックスを移してもらえる。
 依頼内容は、焼き菓子店でのお菓子づくりを手伝うというもの。募集どおりにフェアリータイプのポケモンが集まるなか、紛れこんでいるクリムガンに制服姿の店長は首を傾げていた。そうだろう、そうだろう。クリムガンも店長の困惑に共感を覚える。あんたも変だって思うよな?
 しかし、パティシエとは力仕事である。パワーに自信のあるクリムガンは、ほかのポケモンたちとは違った方面において重宝された。厨房の調理器具をはじめ、生地を載せた鉄板、袋詰の小麦粉やグラニュー糖を運び続ける。長時間の立ち仕事。毎日継続する単純作業。温度によって変化しやすいデリケートな菓子材のため、厨房は常に冷房が効かされており、クリムガンは最初はとても寒かったが、力仕事に従事する焼き菓子店での一日は、寒さなど感じている暇もなかった。
 パティシエの朝は早く、営業時間後も翌日の仕込みが続く。華やかで美しく、人間たちを幸せな気分にさせるスイーツづくりは、現実にはまったく甘くない。仕事を終えてポケモンセンターに戻る段になると、ポケモンたちは疲労困憊だった。率先して力仕事を手伝っていたクリムガンも例外ではない。体力に自信があるといっても無限ではない。疲れるものは疲れる。
 早く帰って寝たいと考えていたクリムガンにトドメを刺したのは、ポケジョブからの帰りを出迎えたトレーナーのひと言であった。
「仲良くやれてるみたいだね」
 微笑むトレーナーがなにを見てそう言ったかといえば、ほかでもない。マリルである。
 迷子を助けた一件以降、クリムガンはボックスのポケモンたちに密かに一目置かれる存在となっていた。マリルを一匹で池へ帰したクリムガンは、誤解の種をみすみす増やさぬよう、ポケモンたちとの接点を避けてそうしたにすぎない。しかしマリルリやアシレーヌたちの視点をいえば、仲間が迷子になったところを助けて物言わず去ってゆくそれは、恩を着せぬ謙虚さと映っていた。この日のポケジョブに至っては、ピクシーやキルリアなどに代わって力仕事を引き受けるクリムガンは、頼れるドラゴンタイプの印象を無防備にばら撒いているとしか言いようがない。自覚なき世話焼きのクリムガンは、むしろ懐かれないほうが不自然のような親切を自ら演じていた。そして帰り道、マリルはもはやクリムガンにべったりと寄り添って憚らない。ほかのポケモンたちが見ている手前、無碍に振り払うのはいけない。そして好意をもたれるぶんには、悪い気はしないのだ。クリムガンはマリルを好きにさせておいた。
 それがよくなかった。結局クリムガンはフェアリータイプのボックスへ戻されてしまうのだった。
 尻尾にじゃれつくマリルを遊ばせているクリムガンを見る、トレーナーのあの微笑ましそうな顔。ガーンである。しかしトレーナーに文句をつけるには、クリムガンはポケジョブで疲れすぎていた。失望はあったものの、今はとりあえず帰って寝たい。
 そのような次第で、その夜はとっとと林に帰って洞で寝た。体じゅうから甘いにおいがして、あまり落ち着かなかった。
 翌日。
 目覚めても目覚めても、ぐずぐずと惰眠に淫するうちに陽も高くなった昼過ぎに、クリムガンは気配を察知した。気配というか、ばっちりポケモンたちの声がする。なにやら楽しそうで賑やかだ。
 寝ぼけまなこのまま木から這い出ると、マリルが嬉しそうに駆け寄ってきた。引き連れたようにトゲピーやモンメンもやってきて、クリムガンはまだ眠たい目を白黒させるしかない。
「おまえ、またこんなところまで来て……また迷子になるだろ」
 とりあえず、それだけは言う。
 しかしマリルはけろっとしていた。今日はアブリーに連れてきてもらったらしい。先日、道を尋ねたアブリーもいっしょなのだった。寝床を知られていた。痛恨の極みである。
 足元に寄ってきてじゃれついてくる小さなポケモンたちに、クリムガンはまともに困惑した。クリムガンはなにも、好かれることを嫌っているわけではない。しかし野生のころから小さくて愛らしいポケモンと触れあうことなど絶無であったクリムガンは、接し方がわからないという、ただそれに尽きた。俺みたいなこんな、ゴツゴツして爪の鋭いドラゴンタイプが、小さいポケモンに触れたりしたら傷つけてしまうかもしれない。怖がらせるかもしれない。ある種の恐れや遠慮が、マリルたちを阻もうとする。野生のころは言うまでもなく、クリムガンは旅の仲間たちからさえ、こんなふうに懐かれたことはなかった。無防備に愛情を向けてくる相手に、クリムガンは弱い。
「俺のとこなんか来ても、なんも楽しいことねえぞ……」
 喉が乾いていたので、湧き水へ向かう。マリルたちもなぜだかついてくる。あまり立ち入らない林を棲家にしているクリムガンのことを、チビどもはヒーローかなにかみたいに思っているようだった。俺だってたいして知らないんだがなあ、と思いながら水を飲み、水遊びをはじめたチビたちを一応は溺れないように見守っておいた。
 今日は一日眠っていてもよかったような気分だったが、起きてしまったものはしかたない。クリムガンは林の探索を再開した。といってもマリルたちがいるので本格的な遠出はできない。散歩のようなものだった。クリムガンは自分からマリルたちを構うようなことはしなかったが、ずんずん歩いてゆくクリムガンを、小さな体でヨチヨチついてくる健気さを見れば、クリムガンもほんとうにほったらかしにはできなかった。はぐれて遭難させるわけにもいかない。道すがら、食べられそうなきのみがあったら採って食べさせたり、開けた場所に花がたくさん咲いているのを見つけてアブリーを喜ばせたり、歩き疲れたらモンメンの吐く綿をクッションにしてひと休みしたり、道を阻む倒木や岩などをトゲピーがいちいち「ゆびをふる」で除去したり……クリムガンにとってもなかなかの冒険だった。
 そんなことをしているうちに、あっという間に影は濃くなり、林に陽が入らなくなってきた。森林は日暮れが早い。もう暗くなってきたのかと思うのは、クリムガンが昼間で寝ていたからか、それとも思いがけずマリルたちと散策するのを楽しんでいたからか。ともあれ、疲れて歩けなくなってしまったポケモンたちを頭や翼や尻尾に載せて、あの日マリルと歩いたのと同じルートを、クリムガンはまた歩いた。そうしていても、たいして重くもないくらいのチビたちなのだった。日が暮れる前にコイツらを帰してやらないと。
 草原で下ろして、それぞれに帰っていった。バイバイと手を振るので、クリムガンも振り返した。そして、早いとこ棲家を移さないとな、と考えた。いくらボックスのなかとはいえ、小さいポケモンをあちこち連れ回すべきじゃない。ほかの、もっと強力なポケモンたちに睨まれてしまいそうだ。フェアリータイプを本気で怒らせてしまえば、クリムガンでは太刀打ちできない。
 それでも洞に潜りこんで丸くなりながらクリムガンが思ったのは、「比較的、悪くない一日だった」ということだった。だれも傷つかなかったし、だれも泣かなかった。みんな楽しんでいた。俺も楽しんでいた。それはだから、そう……悪い一日じゃなかったってことだ。
 俺はドラゴンタイプなのに、フェアリータイプと仲良くしてる……
 そんな感傷を味わい尽くすより先に、クリムガンは眠った。




 なんだかんだと、クリムガンはフェアリータイプとつるみ続けた。
 焼き菓子店のポケジョブは、評判がよかったのだろう、ちょくちょく依頼が来るようで、フェアリーたちだけでなくクリムガンも込みでと仕事を頼まれているらしかった。働いていると時々、カウンター越しに厨房のクリムガンを見て驚く人間の声が届いた。いかにも大雑把で力任せそうなドラゴンタイプが、スイーツづくりの厨房にいるのが意外なのだ。クリムガンがやっていることは、それほど繊細な作業ではない。ほかのフェアリータイプには向かなそうな力仕事を代わっているだけだ。クリムガンが力仕事を担うだけ、フェアリーたちはほかに専念できる。店の雰囲気づくりとしてホールに出ているポケモンもいた。それはそれで、クリムガンには相応しくない仕事ではあった。クリムガンは派手な巨体ではなくとも小さくはないし、甘いお菓子を食べる店にドラゴンタイプのウェイターはミスマッチだ。実際には、ホールで動き回るにもクリムガンに不都合はない。翼や尻尾が邪魔になると思われがちだが、地中の穴で活動する野生のクリムガンにとって、狭いフィールドでの身のこなしなど日常である。機会さえあったならば、ホール業務をこなすポテンシャルは持っていた。厨房においても翼や尻尾をあちこちにぶつけるといったポカを、クリムガンは一度もやらかさない。パティシエたちに迷惑をかけることなく、クリムガンは厨房を縦横無尽に動き回る。クリムガンの、クリムガンとしてのスキルが遺憾なく発揮された。そういうクリムガンの働きぶりを、ボックスのポケモンたちは正当に評価していた。クリムガンの世話焼きには感謝し、ドラゴンタイプに特有の居丈高な性格を見せない控えめさも気に入っていた。それはクリムガンの性格というべきではなく、フェアリータイプを怒らせないよう慎重に気を配って立ち回っていただけにすぎないのだが、他者からどう評価されているかというところにクリムガンの鈍角があった。クリムガンの自覚なき親切心は、周囲の評価を青天井にするばかりであった。
 チビたちが遊びにくるのも頻繁になった。デデンネだのクチートだの、マリルの友達なのだろうが、日を追って数が増えてゆく。林のなかを案内してくれるガイドとでも思われているのかもしれない。それだけならまだよかった。林でチビたちを遊ばせるだけなら、いつものクリムガンとたいして変わらない。クリムガンがほんとうに困ったのは、マリルリやペロリームやブリムオンなど、チビたちとは違う成長したポケモンたちが、クリムガン[[rb:を > 丶]]目当てに林へやってくるようになったことだった。好奇心旺盛なフェアリータイプ、仲良くなりたいと感心をもったことに対して素直なのだ。ポケジョブで何度も労働をともにしている以上、クリムガンはボックス内ですっかり「仲間」と認識されている。いつもチビたちと遊んでくれてありがとうというだけでなく、根本的にクリムガンと好友したいというふうに擦り寄ってくる。クリムガンはしどろもどろである。クリムガンにそのようなつもりはまったくなかったのだ。できることをやっているにすぎない自分を、こんなふうに好きになられるとは思いもよらない。旅のなかでさえ、仲間からそのような深い信頼を獲得したとは思われない――というのはクリムガンの無自覚がなせる思いこみで、実際には忖度のない親切を行うクリムガンのことをインテレオンやストリンダーは一定の好意とともに受け止めている――。そう、クリムガンはあけすけな好意というものの照れくささを、フェアリータイプへの苦手意識と誤認していた。したがって、「俺なんかと友達になったりして、みんな怖がるだろ」などと言って、なんかかんか誘いをかわし、逃げるようにマリルたちと林へ出かけてゆくのだった。そのような態度がむしろフェアリータイプの好奇心を煽るのだと、冷静な分析ができないところに、クリムガンの焦りようが顕れていた。
 なぜって……俺はそんな「友達」なんて知らないんだから。ほかのポケモンは、餌にするか利用するか。クリムガンはそういうポケモンだ。トレーナーにゲットされてからは、そんなふうに争う必要がなくなっただけで、特別なことをしたつもりはない。凶暴でずる賢い、嫌われ者の乱暴者。そう思われていじめられないようにって、それだけを考えてきたんだから、俺は……
 それでも、クリムガンは無邪気に近寄ってくるマリルたちのことを厭わなかった。愛らしく、不思議で、幻想的なこの生き物たちを見ていると、無性になにかをしてやりたいような気持ちになる。それは最初、マリルたちが小さいからだと思った。非力なくせに怖いもの知らずのコイツらが、怖い目にあわないよう、怪我をしないよう、見張っていてやらなければならないと思ったのだと、クリムガンはそのように納得しようとした。ただそれだけではポケジョブでみんなに代わって仕事をしていたことの説明にはならない。元より、依頼にはドラゴンタイプなど募集されていなかった。力仕事だろうとなんだろうと、人間に比べればポケモンはいろいろなことができる。きっとなんとかしただろう。それなのに、なぜクリムガンは親切を行うのか?
 いつものようにチビたちと遊びながら、クリムガンはそんなことばかりを考えた。クリムガンの本音を言うのなら、いじめられるよりは友達になれたほうがいいに決まっている。嬉しそうにじゃれついてくるマリルたちに、心がやわらかくなってゆく気がする。そうする必要がないのであれば、クリムガンは悪辣を働かないことだってできる。やさしくなるための、勇気をもつことがいくらでもできる。クリムガンはここに至ってようやく、自分のなかの親切というものに向きあわされていた。
 フェアリータイプは、やはり苦手だった。あいつらにはとても適わない、という思いが離れない。今は向こうにその気がないというだけで、クリムガンごときどうとでもしてしまえるのだ。そんなポケモンたちを相手に、クリムガンは友達になどなれるのだろうか?
 湧き水で遊んでいるマリルの頭を、撫でてやりたい。ふわふわして柔らかそうなモンメンを、抱きしめてみたい。傷つけないように大事にしたい。だけど力いっぱいに愛情表現がしてみたい。
 なんとなく、幻想的な気分。
 そんな無邪気な姿を眺めながら、クリムガンは妖精を見ているのだと思った。




 このところ難儀しているのは、クリムガンが一匹でいられる時間がすくなくなったことである。
 頑なであり続ける理由など、最初からどこにもない。クリムガンの意地が許すのであれば、フェアリータイプのポケモンたちとも接していられた。いっしょに遊ぼうと誘われれば、断りはしなかった。いっしょにきのみを食べようといわれれば、集まりに顔を出した。フェアリータイプのように自由奔放な振る舞いはなかなか真似できないが――そういうところで精神性の差異を感じなくはなかった――、華やかなポケモンたちに囲まれて過ごすのは悪い気分ではなかった。チビたちも、クリムガンが参加することを喜んでいた。「林に棲むクリムガンさん」は、いつの間にかお馴染みの存在になっている。いつまでも拭えない場違い感を抱えながら、それでもクリムガンが誘いを断らなくなってきたのは、波風をたてたりして嫌われないようにするためだ……そういう言い訳がましい理屈を、ぐずぐずと捨てきれない。
 ともあれ、いつもだれかしらがクリムガンのそばにいるということは、それほど不便ではなかった。戸惑いながらでも、嫌われるより何倍もマシだと思っている。それが問題になってくるのは、クリムガンが生理的な欲求を催したときだ。
 ボックスというのは平和で快適である。ポケジョブさえなければ基本的にはやることがない場所だ。そのような場所では、クリムガンは若いオスとしての繁殖欲に駆られてしまうのをどうしようもなかった。
 別に、本気でメスにタマゴを産ませ子たいわけではない。()()()()()というだけのことだ。しかし気ままに盛りあえるようなドラゴンタイプがボックスにいない。自慰で満足しようにも、クリムガンの棲家の木の洞は大概のポケモンの知るところになっていて、このごろは割と気軽に毎日だれかしらがやってくる。面倒くさくても、用がなければ来ないような林の奥深くまで出かけてゆかなくてはならない。それもよほど気が乗らなければ面倒である。大抵は寝て誤魔化してしまう。
 そのような訳で、このごろのクリムガンは慢性的に欲求不満であった。溜まりに溜まった悶々とした気分のせいで、この際ドラゴンタイプでなかろうと具合のいいメスを口説いてしまおうかという気にもなる。しかし相手がフェアリータイプに限定されるのが悪いのか、どうも一線を越えようというところまで気分が昂ぶらない。アシレーヌなどは、なかなかいいセンいってるんだけどな、と思っている。それでも、いわゆる「そういう目で見れない」という気持ちがどうしても強い。ただ、いつまでもそんな贅沢を言っていては、いつか興奮のあまりチビどもに悪さをしてしまいかねない。結局、だれの目もささないところでマスターベーションする以外になかった。
 頭がどうにかなりそうなほどの興奮が抑えきれなくなったときだけ、クリムガンは深夜にこっそりと林の奥へ入る。あまりに木々が密集しているせいで獣道すら存在しない、そんな場所に隠れるのだ。
 そんなふうにして、クリムガンは気を払っているというのに――
「おまえ……また来たのかよ」
 クリムガンの興奮を目ざとく察知して、隠れ場に現れるヤツがいるのだ。
 ペロリームである。クリムガンの見る目の問題なのか、オスかメスかも判然としない。普段どこに棲んでいるのか、クリムガンは知らない。しかしどこに棲むにしろ、クリムガンの隠れ場は相当に林に入りこんでいるというのに、どんな夜更け、どんな離れた場所からもペロリームはクリムガンの発情のにおいを感じとって現れる。
「毎度毎度、よく来るよなあ。このスケベ」
 悪態をついても、ペロリームはいつもころころと笑うばかりだった。なにが面白いのか知れないが、別になにかしてくるわけでもないので、クリムガンも放っておいている。
 クリムガンは足と尻尾で小石や枝などを払い、均した地面に横になる。それでも木の根などで多少でこぼこしているが、その程度の順応性はポケモンそのものである。ゆっくりと呼吸してリラックスしながら、ゴツゴツした黄色い体の中心部、脚と脚のあいだあたりの肉の割れ目から、ずるりとペニスを露出させた。スリットの左右に一対の[[rb:半陰茎 > ヘミペニス]]には根元へ向けた棘が全体に密生し、ぶっくりと膨らむ瘤があった。クリムガンというポケモンにふさわしい凶悪さを具える生殖器。刺激に餓え、たっぷりと血を溜めて鉄のように硬く勃起し、濃い先走りのしずくをねっとりと腹に垂らす。
 ペロリームがクリムガンのペニスに顔を寄せる。しげしげと観察しながら、しきりににおいを嗅ぐのだ。生のフェロモンに目がないらしい。最初、恥部のにおいを嗅がれるのは激しい恥辱であった。しかし発情のしるしを包み隠さず見せつけるこの公開自慰の異常さと背徳に、クリムガンは酔わされ、抵抗が薄まってしまった。「このこと、だれにも言うなよ?」と何度も念を押しただけに、深夜にひっそりと行われるこの密会は、どうやら今のところ二匹のあいだで秘匿され続けている。
「ふう……ふう……」
 棘や瘤が複雑に発達したペニスは、手で扱くマスターベーションに適さない。ドラゴンタイプは木の幹、あるいは岩石などを使って自慰をするが、ボックスという閉鎖空間で自慰の痕跡は残せない。クリムガンは濡れたペニスを片手に握りながら、大きく開いた両足のあいだへ手を伸ばす。尻尾の内側のつけ根のあたり、横向きに割れた肉の控えめな膨らみ――総排泄腔(そうはいせつこう)――を、指で柔く圧迫した。
「あー……」
 心地よく瞼を落とし、頭を軽く上に向ける。視界を遮りペロリームがいることも意識から締め出して――厳密には、自慰を見られる羞恥を強く意識して興奮と結びつけ――、没頭する。自慰により性的刺激を覚えた総排泄腔も、この場所に来るまでに高まった興奮によって濡れはじめていた。
 爪で傷つけないよう、慎重に指を食いこませる。ちゅぷ、と濡れた音がかすかに鳴る。交尾を求めるオスの体が、辛抱の限界を証す音だ。
「ああ、ああ……」
 切ない溜め息が漏れる。
 ドラゴンタイプのボックスに入れられていたら、クリムガンはこんな想いをせずに済んでいたかもしれない。ドラゴンタイプのメスと交わるのが一番よかったが、別に(つがい)を求めるわけではなかったので、盛るだけの相手ならオスでも構わなかった。幼いヨーテリーが広大な草原を縦横に駆け回りたいと望むような、とても当たり前の、体の奥から湧きあがる生物の欲求。それをありのままに、すべてを燃焼させ、力いっぱい、だれにもなににもはばかることなく、存分に――認めあい、分かちあうことができたなら、どんなに素敵だろう……
 クリムガンは叶わぬ欲求に焦がれる体を慰めるしかない。その望みのある部分だけでも肩代わりしてくれるペロリームのことが、本音のところではすこしありがたい。だからクリムガンは自慰を見られることをついに拒まなかったのだ。
「はあっ、はあっ……」
 ずぶ、ずぶ、と総排泄腔は緩やかに指を飲みこんでゆく。貪欲なウツボットが、蜜のかおりで誘いこんだ獲物を口のなかの溶解液で溶かしてしまうように、クリムガンのナカは生々しい性臭を撒き散らしながら、熱く熟れ崩れてゆく。オスが生殖で使うべきでない尿管の部分を、やさしくやさしく指で貫き、排泄とも射精ともつかない特有の快感を育ててゆく。胸のうちで鼓動が早まり、クリムガンは呼吸を乱す。(もや)がかかったように思考が鈍くなり、自慰の気持ちよさへ強い執着がうまれる。
「あっ、あっ、あっ……」
 無理なく、ゆっくりと指を抜き差しする。濡れた肉穴をやんわりと掘り返す。それだけでどんなにか快感だ。ヘミペニスの片方を握って、手のなかで揉む刺激も加えれば、前後からの快楽がクリムガンの体を蕩かしてくれる。尻尾をびろんと伸ばしきり、可動域がさほど広くない両脚は足裏を天に向けたまま投げ出された、無防備な自然状態。こんな格好で、両手で恥部をいじくり回している自分のことを、ペロリームがにこにこと眺めている。見られてしまう。自慰でよがり、楽しんでいる姿が曝け出される。どんどん気持ちよくなってゆく自分のことを、ペロリームに筒抜けにする。
「あっ、んっ! はあっ! はあっ……んんっ!」
 肉壁に指の腹をなすりつけながら、長いストロークで出し入れすると、クリムガンの声が快感に甘く媚びる。たまらず、ヘミペニスを手放して傍らのペロリームを抱き寄せた。多量の空気を孕んだペロリームの体毛は柔らかく、抱きしめると心地いい。
 見ていてくれ、とクリムガンは思う。理性など一度も理解したことがないような、俺の浅ましい体のことを。こんなものを見せつけて、さもしい快楽を貪ることでしか俺は自分を慰められない。こんなことに付きあってくれるおまえがいてくれる、それがどんなにありがたいか。どんなに俺を悦ばせるか。
 ペロリームが擦り寄ってくる。クリムガンの頭部は地中を掘り進むために一際ゴツゴツしていて硬いだろうに、ぺろぺろと顔を舐めてくる。これだからいけない。フェアリータイプというのは、自分が楽しい、美しい、気持ちいいと感じたことにどこまでも従順であった。惨めったらしいクリムガンの自己満足を、無条件に甘やかし、肯定してしまう。
 このままイッてしまおう――ペロリームのにおいを嗅いで、その存在を肌の触れあいよりも深く感じながら、クリムガンがオーガズムの気配をすこしずつ確かめはじめた、そのときだった。
「おーおー、すげえなこりゃあ」
 クリムガンは、はっと目を見開き体を起こす。四つん這いの臨戦態勢になり、声に向きあった。
「おっ、と……怒らんでくれよ。別に茶化しにきたわけじゃないぜ」
 声の主はオーロンゲであった。黒い髪を全身に巻きつけて、夜の闇に紛れるように立っていた。背後にはマシェードを引き連れている。
 オーロンゲはクリムガンをなだめるように軽く両手をあげてみせていた。飄々としたその態度が、クリムガンは無性に気に入らない。自分のあられもない姿を目撃した向こうの優位性を証明するような、その余裕が。
「なんでここがわかった?」と、クリムガンは言った。「()けたのか?」
「そいつ」と、オーロンゲは顎をしゃくった。ペロリームだ。「このへんのヤツじゃねえよな? こんな夜中に、楽しそうにどっか行くみてえだからよ」
 ペロリームがあらゆるもののにおいに敏感なポケモンであることを、オーロンゲも知っていた。林のなかを上機嫌に歩いてゆくようすを見て、なにか旨いきのみでもあるのかと思い、後をついてきたのだという。
 尾行されたと知り、ペロリームがしょげ返ってクリムガンを上目に見た。クリムガンは微笑んでかぶりを振った。気にするな。こういうのってバレるときはバレるもんだ。
「それで覗き見かよ?」
 敵意がないことを先に示された以上、とりあえずクリムガンも構えを解いた。半勃起まで萎えたペニスは半端にスリットへ戻ろうとしているが、まだ先端部分がはみ出していた。
「さすが、あくタイプってのは悪趣味だ」
 クリムガンが吐き捨てるのを、オーロンゲは笑った。
「違う違う、いま来たばっかだって。オレらもすぐに追いかけたわけじゃねえからよ。見失って探してたわけ」
 どうだか。クリムガンは鼻を鳴らす。別にどうでもいい。だれにも内緒でペロリームと楽しんでいたところを邪魔された。不完全燃焼のクリムガンはムシャクシャしている。
「悪かったって。怒るのもわかるが、そう戦闘的になるな」
「覗きじゃないなら、なんの用だ」
「だから、用とかじゃねえんだって。たまたま見つけたペロリームを追ってきただけだ」
「そうか。用がないなら俺たちは帰る。じゃあな」
 ペロリームの手を引き、クリムガンは歩きだす。もう自慰を楽しむ気になどなれそうもなかった。隠れ場が見つかってしまったものは仕方ない。また別の場所を探さなければならない。ペロリームは――クリムガンがどこへ隠れてマスターベーションしようが、ペロリームなら勝手に見つけるだろう。
 しかし、クリムガンは不思議ではあった。なぜこんなに腹が立つのだろう? 隠れて自慰をしていたのを見つけられるという事情は、ペロリームのときも同じだった。ペロリームにしろオーロンゲにしろ、興味本位だったのは変わらない。オーロンゲに対するクリムガンの苛立ちは、ある意味では理不尽なものだった。
 それはオーロンゲの笑みに起因していた。クリムガンはペロリームとすくなからずの好友があった。ペロリームの好意は、好友のなかでうまれたクリムガンへの自然な関心であると解釈できた。しかしオーロンゲの笑みは邪悪なのだ。自慰に耽るクリムガンを見る、あのいやらしいニヤニヤ笑い。あれは哀れみだった。夜更けに林の奥に隠れて自慰をするクリムガンを憐れむことで支配しようとする、あくタイプに特有の思考が笑みになって漏れ出ているようだった。新しい遊び道具でも見つけたようなその視線に、クリムガンは我慢がならない。たいして話もしたことのないポケモンだったが、クリムガンはオーロンゲのことが大嫌いになっていた。
「最近ボックスにいれられたドラゴンタイプって、あんたのことなんだろ? あっちこっちで話を聞くぜ」
 ペロリームを連れて歩くクリムガンの後ろを、オーロンゲもついてきた。
「ついてくるな。どっか行ってくれ」
 いちいち振り返りはしなかった。オーロンゲもクリムガンの言うことを無視した。
「えらくモテモテらしいじゃねえか。なんで隠れてマスなんかかくんだよ?」
 モテモテだと? この俺が?
 クリムガンに言わせれば、それは違和感どころかはっきりと誤謬(ごびゅう)であった。
「そんなわけあるか。たまたま迷子のポケモンを助けた。それで印象がよかっただけだろう」
「それだけで、あんなに話題になるもんかねえ?」
「俺みたいなポケモンが、フェアリータイプと仲良くなれるわけないんだよ」
()()()はどうなんだよ?」
 ペロリームのことだ。クリムガンに手を引かれて、おろおろとついてくるばかりだったペロリームが、いきなり矛先を向けられてぎょっとする。
「こいつは……そんなんじゃない。ただの友達だ」
 クリムガンの言葉は苦し紛れすぎていた。友達。俺はこいつの友達なのか?
「仲良さそうじゃねえか。ハグだってしてた」
「それは……」
「そいつだって、あんたのこと気に入ってるみたいだ。素直になりゃあいいじゃねえの。あんたが言い寄れば、ここのヤツらなんかチョロいぜ?」
「チョロいもなにも、俺にそんな気はないんだよ」
「ほんとうか?」
 ああ……イライラする。いちいち神経をつつきまわすような問答に、クリムガンはそろそろうんざりしてきた。
「さっきからなにが言いたいんだよ! おまえには関係ねえだろ!」
 足を止め、振り返る。これ以上オーロンゲにつきまとわれるのが耐えられなかった。しつこいうようならこの場で叩きのめしてでも――
 クリムガンは、オーロンゲの顔を見た。そこにはクリムガンが想像していたような笑みはなかった。オーロンゲは、ごくふつうだった。その瞳はなにも映してはいなかった。透き通っているとか、悪意に淀んでいるとか、そういうこともない。ただ透明なだけの、赤い瞳があるだけだった。
「迂遠な比喩に酔っぱらってねえでさ。正直になれって。それで間違うことなんか、あるもんかよ」
 オーロンゲの髪のように、言葉は甘く絡みつく。クリムガンはその甘さにすべてを委ねたいような欲に駆られた。
 これだから――あくタイプなんて関わるもんじゃない。心のいちばん脆い場所にするりと入りこむ。そういうことを巧くやる手段など、いくらでも熟知しているポケモンなのだ。
「俺にそんなことはできないんだよ! みんなが俺をどう思ってるかなんて知らねえよ。嫌われなきゃ、俺はそれでいいんだ。それ以上のことなんか、俺は――」
「できるさ」
 強い、言葉だった。
 叫んだわけでも、怒鳴ったわけでもない。オーロンゲは至って穏やかであった。ドラゴンタイプのクリムガンは、向かってくるものに強い。闘争に怯むポケモンであってはならない。しかしただ穏やかなものに対して、クリムガンはどうしようもなかった。単純な強さという尺度では測れないものごとに、クリムガンの経験はなにもかもが足らない。
「いいぜ。あんただけじゃできねえってんなら、オレが手伝ってやるよ」
「手伝う?」
「もったいねえって思うんだよ。自分がどう見られてるかもわかっちゃいないなんてなあ」
「なにを……いったいなにを言ってるんだよ、さっきから」
 オーロンゲがマシェードになにごとかをささやきかける。
 クリムガンが油断していたのは、オーロンゲから敵意というものをすこしも感じなかったからだ。オーロンゲは邪悪だった。しかしクリムガンを害そうとする気がないように思った。野生なら殊の外、その種の気配には敏感だ。オーロンゲに敵意があったなら、気づかないわけがなかった。気配や雰囲気を装うことのできる強者がまったくいないわけではないが、オーロンゲはそういう類でもなかった。とても自然で、言葉にも仕草にも無理がひとつもなかった。
 だからそれも、オーロンゲにとって敵意や害意ではなかったのかもしれない。強いていえば、好奇心。フェアリータイプの宿痾(しゅくあ)ともいえる、邪気のない残酷さ――
 マシェードが、頭の傘から猛烈に胞子を吹きあげた。キラキラと不可解に明滅するその胞子に魅入った瞬間、クリムガンは不覚を悟った。
 せめて、ペロリームは無事であってくれ。咄嗟にそのことだけを願って、クリムガンの意識は唐突に途切れた。




「ふあっ……あふっ、ん、お、おっ……!」
 ぼんやりとした意識が浮上したとき、クリムガンは草原に仰向けに転がり、両腕にペロリームとフレフワンを抱きしめていた。周囲はミストフィールドが展開されて幻想的な心持ちがクリムガンを包みこみ、ふわふわの毛並みを堪能しながら甘く瑞々しいコロンのようなかおりを嗅いでいる。クチートの巨大な口が、クリムガンの頭を丸ごと齧るようにして、奇抜なディープキスで口じゅうを舐めまわす。
「イッ――!! ぐうっ! いぐっ、いぐう! まらっ、まらいぎゅうぅう――!!」
 全身の内側で火花が炸裂するような鮮烈な快感は、ヘミペニスと総排泄腔をめちゃくちゃに犯されるものだった。クレッフィのフェアリーロックによって射精を封じられたまま、エルフーンのやどりぎのタネが精嚢に根を張って栄養となる体液を根こそぎ吸いだす、あまりにも激しいオスイキを延々と強制する。下腹部を中心に植えつけられたやどりぎのタネの侵食は膀胱にまで及び、あまりの快感にクリムガンの総排泄腔が失禁してもなお内圧を高め続け、いつまでも終わらない排尿の快感を擬似射精と同時に味わわされていた。壮絶な快楽責めに泣きながら、小便を漏らして射精するーーそれと同じ錯覚を受け続け、限界まで神経の高ぶったままの敏感な総排泄腔を、ガラルのすがたのギャロップが、あまりにも太く長い巨根でほじくり返し、クリムガンの絶頂に絶頂を重ね続けた。射精を禁じられたヘミペニスと、膀胱が空になるまで失禁させられた総排泄腔は、もはや出すべきものなど残っていない。にも関わらず、交尾の快感を求めるはしたない生殖器が我慢汁を愛液として分泌し続ける。ぐずぐずに溶け崩れてほぐれきった肉穴は、ギャロップの巨根で掘られるごとに、じゅぼっじゅぼっと生物の体がとうてい出すべきでない音をたてていた。陰茎だけにとどまらず、総排泄腔にはオーロンゲの髪が触手となって入りこみ、尿管と同時に直腸までも割り開き、陵辱を尽くす。事前に水場できれいに洗浄された排泄の内臓には宿便のひとかけらすら残されておらず、クリムガンは引きずりだされる排便の錯覚をただただ排泄性感としてよがらせられている。
「お゛ッ――!! あ゛――ッ! あ゛ッ、あ゛ッ! あだま、どげぢまうッ!! フットーしゅりゅうう!!」
 ぶるん、ぶるん、と苦しげに跳ねまわるヘミペニスは、行為の潤滑になる先走り汁を漏らすばかり。そこへマホイップが濃密なクリームをデコレーションして、ニンフィアの触手がぎゅうっと抱きしめた。吸引するように慈愛に満ちた、たまらない圧迫。二本の男性器それぞれに執着点のないオスの快感を上塗りされ、クリムガンの全身はガタガタと痙攣をはじめた。
「ふぎゅッ――ん゛お゛おぉお゛ッ!! お゛お゛――ッ!!」
 生まれてきてから一度も出したことのなかった、裏返った雄叫び。クチートの舌がクリムガンの喉にまで入りこみ、せぐりあげる嘔吐の反射に、喉の内側が引き攣り、脈動する。あまりの苦しさに涙がぼろぼろと零れだし、鼻水まで垂れこぼすのも、まとめてクチートに舐め啜られる。
 どれほど性的虐待を加えられようと、クリムガンは自分に群がるポケモンたちを振りほどきはしなかった。そんな力は、マシェードのちからをすいとるによって最初に奪われてしまっていた。今のクリムガンがどれだけ全力を振り絞ろうとも、トゲピーほどの力もない。クリムガンに拒むことは許可されていない。達しても達して終わらない底なしのオーガズムに引きずりこまれ、擦り寄るペロリームとフレフワンに非力な両腕ですがりつくことしかできずにいた。
 マシェードの胞子は、クリムガンを操ったわけでない。理性によってかけられた本音の箍を緩め、自由意志の優先度を高めたにすぎない。思うように発散することもできず、きつく発情していたクリムガンを連れて、オーロンゲはポケモンたちを集めた。
 ――なあ、みんな。クリムガンは林のずっと奥に隠れて自慰をしていた。そうするしかなかったんだ。オレたちと違って、コイツは一匹だけのドラゴンタイプだ。番なんてつくれるわけがない。だれとも仲良くなれない。そんなふうに思いこんでる。なあ、おまえ、なんでそんなふうに思うんだ?
 クリムガンは、オーロンゲに尋ねられるままに答えた。みんなに手を出して、傷つけたくなかったから。嫌われて、仲間外れにされるのが怖かったから。頭がどうにかなってしまいそうなほどの発情をおぼえても、自慰でなんとか乗り切ろうと思った……
 ――いじらしいじゃねえか。オレたちがスポーツ感覚でまぐわってるようには、コイツはだれとも分かちあえない。そんなことをしたらみんなが傷つく。そう思ってるんだぜ。でも、なあ、そんなことってあるか? ここにいるみんな、コイツを気に入らねえと感じてるヤツなんか、どこにいる?
 クリムガンはやさしいと、マリルリが声をあげた。
 ポケジョブでいつも助けてくれると、ミブリムが追従した。
 絶対に花を荒らさないと、キュワワーが嬉しそうに呟いた。
 ――見ろ。みんながこう言ってるぜ。でもおまえは、わからねえんだよな。信じられない、好かれるわけないって言うんだろ。言ってだめなら、しかたねえ。なあみんな、ほんとうにコイツが好きなんだって、そろそろわからせてやろうぜ。なあ?
 クリムガンは、両腕のペロリームとシュシュプをかき抱く。
 かわいい。
 みんな、すごくかわいい。最初はただいじめられるのが怖かった。だけどフェアリータイプって素敵だ。なつっこくて、無邪気で、ちょっと不思議なポケモンたちだ。俺はみんなのことを大好きになりたい。だけど俺はドラゴンタイプだ。凶暴で、悪知恵のはたらくクリムガンだ。みんなに乱暴をはたらくかもしれない。そもそもみんな、ドラゴンタイプなんか嫌いかもしれない。うまくやってゆける自信がない。
「あ、うッ! はあッ、はあ――ッ!!」
 フレフワンの生みだすかおりが、クリムガンの発情を際限なしに強めてゆく。理解しようとしなかった愛が膨れあがってゆく。プクリンのねがいごとが、疲労するクリムガンの体に活力を蘇らせる。ピクシーのアンコールが、繰り返すオーガズムをさらに増長させる。クチートの口が離れたとき、ガラルのすがたのポニータがクリムガンの目を覗きこんだ。心を読むというその瞳でクリムガンの胸のうちを詳らかに理解して、癒しの力が詰まった角を擦り寄せた。
「ふあっ、あ、こ、これぇ……しゅご……」
 体じゅうのどこもかしこもが癒されてゆくそれは、性感とはまるで別種の甘美であった。蕩けた表情のクリムガンが視界をさまよわせ、ぐらぐらと揺れ動き、次に視線が落ち着いた先にはブリムオンがいた。クリムガンの頭を触覚で撫でながら、再びミストフィールドが広がる。ミストフィールド……フェアリータイプの空間……俺はドラゴンタイプなのに……とても不思議な……フェアリーの力が認めてくれるような……桃色の気分。
 ギャロップがクリムガンのナカで果てた。金属でできた串のように、クリムガンの内側をまっすぐに伸ばし、掘り拓いた長大なペニスが、むっくりと膨らんで、大量の精液を種づけする。
 クリムガンは嬌声をあげた。あったけえ……体のなかが満タンになる……こんなことをされたら、俺はメスになっちまう……でもオス同士の交尾だから、なにがあってもタマゴなんか生まれやしない。それが安心だった。クレッフィのフェアリーロックによって射精を禁じたのは、クリムガン自身の要求だった。まかり間違ってもタマゴができないように。そのうえで、ポケモンたちはクリムガンにオスの快楽を味わわせ続ける。クリムガンが嬉しがると思うから、そうするのだ。
 クリムガンは、自分が思っているほどには凶悪な外見と見なされてはいなかった。ドラゴンタイプらしい力強く逞しい体躯。そんなポケモンが、だれにも偉ぶらず、控えめに振る舞う姿は接するポケモンたちにはとても好ましかった。小さいポケモンたちと遊ぶ姿はきわめて微笑ましく、愛らしいとさえ感じさせていた。
 クチートから解放されたクリムガンの顔に、ニンフィアのささやかなドレインキッスが降り注いだ。体のどこかから、目に見えないなにかが吸いだされる。出力の抑えられたドレインキッスは、そもそもクリムガンには「こうかばつぐん」である。そこへマリルリが、エルフーンが、続けてドレインキッスで群がってくる。頭がクラクラするような恍惚のなか、クリムガンはみんなを抱きしめたかった。頬擦りして身を寄せたかった。だけど俺の体は危険だ。硬くて尖っていて、危ないところがたくさんある。
 しかしクリムガンはまったくわかっていなかった。ジグザグに尖った口吻と牙、ゴツゴツと無骨なドラゴンの体は、つるりとした青い滑からな地肌をむしろ際立たせた。ディープキスだけで飽きたらずか、クチートは無防備なクリムガンの脇腹を甘く啄むのだ。くすぐったく身を捩らせるクリムガンは鼻声を漏らす。その漏れ声の甘えきった音色といったら、ポケモンたちを夢中にさせてしまった。ペロリームが肩や腕、腋などを嗅ぎながら舐めまわしはじめると、後から後からほかのポケモンが続いてゆく。
「はひっ、あひゃっ、ひぎぃいぃ!! くっ、くすっ、くしゅぐったあぁああ゛ッ!!」
 ぐねぐねと嫌がるように逃げを打つ体も、たいした力は入っていない。しまいにはオーロンゲによって頭のうえで両腕を縛りあげられ、敏感でフェロモンのたっぷり蓄積した腋のくぼみを何枚もの舌が唾液まみれにして舐め尽くす。
「ふはッ、はあっはははひひっ、ひいぃい!! やめ、やめでえ、いぎっ、でぎなッ――!!」
 クリムガンはそれでも本心から嫌がりはしなかった。呆れ返るほどポケモンたちに愛される至福に、淫らな笑みを浮かべるばかりだ。歩き回って汚れている足裏に指の股、性感帯と際どい両脚のつけ根などまでお構いなしに舐めくすぐられ、クリムガンはもうなにかを思う隙もない。
 ギャロップがペニスを引き抜いた。途端に穴からどろりとザーメンが漏れ出てゆく。塞き止められるはずもなかった。強烈に開発されてしまった総排泄腔は閉じ方を忘れたように口を開き、粘液にまみれた肉の色を淫靡に見せつける。みっちりと拡げて塞いでいた大きな栓が抜けてしまうと、喪失感がとてつもない。しかしすぐに交代が現れる。その姿はクリムガンをゆうに上回る巨体で、その存在感は笑い転げて余裕のないクリムガンでも無視できるはずがなかった。
「ぜ、るねあ、す――」
 淫蕩に耽る矮小な生物を威圧するように現れた伝説のポケモン。クリムガンは、息を飲みこそすれ、ゼルネアスのことが恐ろしくはなかった。ゼルネアスは黒の毛並みが美しい四肢にほかのポケモンたちごとクリムガンを跨ぎ、後ろ足のあいだから胸にかけて、目を剥くようなペニスを見事に勃起させているのを、隠す素振りもなく見せつけているからだ。啓示的存在の証のように非生命的な色彩をもつ、幻想的な植物じみた八本の角とはいかにも正反対に、深い黒の毛並みをかきわけて、ところどころにうねりながら長く伸びる、真っ赤に勃起したペニスは、みるからに生命的の生々しさを異様なコントラストにする。意外と感じるべきか、ペニスの太さはそれほどでもない。しかしクリムガンの腕ほどもありそうな長さには、思わず生唾を飲む。長すぎるヴルストのような、大型のポケモンのオスの生殖器。間違いなく、クリムガンに欲情を向けていた。
 なにがせいめいポケモン。なにが伝説の生物。どれほど高尚な存在だろうと、人間にゲットされてしまえばただの一匹の獣。クリムガンのような、取るに足らないポケモンごときに性欲を催す俗物に変わりない。クリムガンは恐れるどころか、ゼルネアスがかわいかった。こんなポケモンが、俺のレベルにまで()()()()()……その事実がよかった。ゼルネアスの相手ができるならば、それは光栄であるとさえ思った。
 クリムガンは呆然とゼルネアスのペニスを見あげる。自分のもつ、棘や瘤が凶悪なヘミペニスとはまるで違うと感じた。まるで生物としての――オスの格が違うと言わんがばかりの、神のような力を持つポケモンのペニスなのだ。
 あんなものを入れられたら、入ったらいけないところまで入っちまう――
 そばにいたポケモンたちがクリムガンから離れる。バトンは完全にゼルネアスへ繋がれたのだった。
 脚を折るようにしてクリムガンを組み敷くゼルネアスは、ぽっかりと開いた総排泄腔をペニスの尖端で探り、狙いを定める。
「あッ!? いや、ち、ちがっ……そっちの穴じゃ……!」
 クリムガンは慌てた。胸筋の向こう、長い首のよりさらに高いところから降ってくるようなゼルネアスの視線は、クリムガンの異論を認めないというように動じることがなく、物言わぬまま、クリムガンはアナルを貫かれた。
「お゛ッ……あ゛ッ――!」
 オーロンゲがたっぷりとほじくって開発したクリムガンのアナルは、ゼルネアスのペニスを受け入れてゆく。限界まで見開かれたクリムガンの目には、ゼルネアスの頭部でとりどりの光が放たれるさまが見えていた。生命の力を自在に操るといわれるゼルネアスの力のせいかもしれない。そんなふうに扱うべきでないところに挿入されているのに、痛みらしい痛みなどどこにもなかった。
「ふがッ、ふが……い゛いッ――!! まだくるッ! まだはいってくるぅぅう!」
 直腸の突き当たりにコツンとぶつかるまで、ゼルネアスのペニスはクリムガンの体内を突き刺した。可能な限りの挿入を果たすと、ゼルネアスは体のしたにクリムガンをすっかり下敷きにしてしまう。ゼルネアスの前足を握りしめる手や、上向きに放りだされた脚、草のうえをのたうつ尻尾だけが、ゼルネアスの黒々とした体毛からはみ出しているようなさまだった。元より力を奪われたクリムガンはろくに抵抗などできなかったが、ゼルネアスにのしかかられると抵抗は物理的に不可能だった。
「お゛お゛ッ、あ゛――ッ!! ひっ、ぎッ――!!」 
 うずくまりながらゼルネアスが腰振りをはじめると、クリムガンは圧迫で引き潰れた声で咆哮する。尻の穴をぜんぶ扱かれ、体の奥の奥までペニスを詰めこまれる。オスのボルチオとでもいうべき、背骨が内側から弾けているとしか思えない電撃じみた快感が、体の末端にまで一瞬で駆け抜ける。
「ひッがああ゛ぁあ゛ッ! いぐううぅぅう!! イッ――! いいぃいぃッ!!」
 長すぎるペニスが、極限まで内圧を高めている膀胱をアナル越しにゴシゴシと擦りたてる。漏らす小便もないタンクが許容量に保たれたまま揺すぶられ、漏らし続けているのに漏らすのを我慢させられている、尋常でない責め苦に、二匹の腹に挟まれたヘミペニスは壊れたように潮を吹き漏らした。正体不明の熱い体液で毛が濡れてゆくのも構わずに、ゼルネアスは喜怒哀楽のすべてが欠落しているように悠然と腰を揺すり続ける。
「ひぬっ!! ひんじまううぅ!! あ゛だま゛ッ! ぶっとぶ――ッ!!」
 オスとして生まれたことの災難というべきオーガズムが、クリムガンの体内に荒れ狂い、蹂躙の限りを尽くす。生物が処理できるだけの快感の量をはるかに凌駕する絶頂の数々に、クリムガンの脳がほんとうに焼け焦げたとしても、ゼルネアスはそれを癒やし、修正し、元通りに調整して甦らせる。そこには生命を司る神の慈悲はなく、全能の力を欲望のまま振りかざす傍若無人だけがあった。ゼルネアスの角は人類がとうてい作りだすことの不可能な美しさで輝き続け、アナルを犯される快感をどこまでも強く、深く、濃く、長く感じられるよう、クリムガンの体を淫乱に調整していた。ポケモンがポケモンである限り絶対に見ることのできない快感。命との交換でさえ等価でない絶頂を、ゼルネアスはまばたきするように作りだす。ゼルネアスとの交尾を前にして、クリムガンは死をもってすら絶頂から逃れられない。字義通り、神がかりのオーガズムであった。
「お゛ッ――!! お゛お゛ぉ゛お゛――ッ!!」
 ゼルネアスがぶるりと身を震わし、全身を強張らせて中出しするとき、クリムガンは地面とゼルネアスのあいだで死にもの狂いで暴れまわった。非力に落とされ、ただの一匹のポケモンの体重に為すすべなく拘束されながら、前脚に抑えられた両手を握り、後ろ脚に開かれた両脚を跳ねさせ、尻尾をあちこちに振り乱して、ろくな機能ももたない形ばかりの翼までもがいて、全身をゼルネアスに押しつけていた。神に愛されて孕まされるクリムガンは、全身に春が訪れて花が咲くような、この世でもっとも美しい音色が言祝ぐような、星が生まれ死んでゆくような、あらゆる感覚の極みを体験した。ぷちゅっ、ぶちゅっ、と総排泄孔から溢れた濃密な精液が、二匹の股間をねっとりと汚した。
 ゼルネアスがクリムガンの上から体を退かす。最後、目を回して泡を吹くクリムガンの鼻先に、そっと口づけた。立ちどころに体力を取り戻したクリムガンは、それでもなお深い快感の余韻から浮上していない。涙に潤んだ目がはっきりと見えぬまま、快感の波がゆっくりと治まってゆく、愛おしい意識の怠惰を楽しむ自由は、まだ許されなかった。
 ぐるぐると、唸るような音がすぐそばにあった。それは剣呑さとは程遠い、心地よさに鳴るチョロネコの喉のように穏やかなものだった。
 ちょんと、湿ったものがクリムガンの顔に触れる。
 ザシアンが、クリムガンへマズルを寄せていた。体の向こう側で尻尾がゆったりと揺れていた。
 伝説のポケモンが今さらもう一匹やってきたところで、色欲に頭が混濁したクリムガンはもう狼狽えもしなかった。もはや、なにを言うこともなくうつ伏せになってみせる。震える脚で体を支え、尻を高く持ちあげた。ヴァギナよりも快感に敏感な、前も後ろも調教済みの肉の穴を見せて、服従の一心を示した。
 ザシアンがクリムガンに覆いかぶさる。前脚をクリムガンの太い脚のつけ根に引っ掛けるようにして、真っ赤に怒張し血管が透ける、根元に瘤のあるペニスを躊躇なく総排泄腔へ押しこんだ。
「ん゛おぉお゛ぉお゛――ッ!!」
 視界が激しく明滅した。ゼルネアスの調整から手放されたクリムガンの体だが、一度昂ぶってしまった神経は刺激に対して敏感になり続けていた。太く、長く、硬い熱いペニスが狭い肉の穴をかきわけて圧し拡げ、まっすぐに伸ばしてしまう。クリムガンのイイところすべてをゴシゴシと擦りながら、内臓を引きずりだし、また押しこむように、強烈に摩擦する。ずぼっ、じゅぼっ、ぶぢゅっ、と水と空気を孕んだはしたない音をたてて、クリムガンとザシアンの結合部が白く濁り、泡立って本気汁を吹く。ザシアンの獰猛な唸り声のなかにに、クンクンと甘え声も混じっている。二匹は互いの尻尾を愛おしく絡めあった。
 クリムガンは体の芯に力が入らない。オクタンのようにどこもかしこもがぐにゃぐにゃになってしまっていた。べたりと頬を地面にくっつけながら、ザシアンが腰を振るごとにリズミカルに体が前後する。自慰では決して味わえない、総排泄腔を犯される完璧なメスイキに、気持ちいいこと以外のすべてがよくわからなく、どうでもよくなってしまう。
 淫蕩に耽るクリムガンに、ペロリームが、ニンフィアが、アシレーヌが……みんなが寄ってきた。おいでとばかり、クリムガンは手を伸ばす。
 最後に向けて、クリムガンは思うままに啼き声をあげた。
 あまえる。いのちのしずく。じゃれつく。つきのひかり。チャームボイス。のみこむ。いやしのねがい。てだすけ。メロメロ。ワンダールーム。ドレインキッス。ミストフィールド。あまいかおり。アンコール。どくどく。ビルドアップ。くさむすび。まねっこ。ふるいたてる。アロマセラピー。くすぐる。のしかかり。ちょうはつ。なみだめ。とぎすます。ギガドレイン。いやしのはどう。どくのこな。ないしょばなし。ふういん。ほしがる。わるだくみ。ボディプレス。ようせいのかぜ。なかよくする。わたほうし。ねばねばネット。はきだす。いちゃもん。きゅうけつ。うっぷんばらし――
「はぎィいぃ――!! ひゃっ、ひひひっ、ははは、あッん、ははははッ! いぐいぐいぐッ!! ぎもぢいいッ、ぎも、ぢッ!!」
 全身を愛され、くすぐられ、犯し、犯される。
 クリムガンはだれもかれもが愛おしかった。俺の体ひとつで満足できるなら、いかようにも使えばいいと思った。
「ふぇありーたいぷっ、しゅごいぃいぃいぃい――ッ!!」
 ザシアンが、根元の瘤までペニスを捩じこみ、身を捩る。尻あわせになってすくっと立ちあがると、ガッチリと結合した総排泄腔が引っ張られ、クリムガンの下半身は宙に浮いた。
「ッ――!! ッッ~~~!!」
 どぷどぷ、びゅうびゅうと、前の穴にも大量のザーメンを注ぎこまれる。それと同時、クレッフィのフェアリーロックが解除される。吐きだすことの許されぬまま、体内にグツグツと煮えたぎっていた精子を、びちゃっ、びゅうっ、と地面に打ちつけて、立ちどころに白く粘ついた水たまりをつくった。
 いつまでも、いつまでも尿道を通り抜けて迸る精液の気持ちよさ。腹が膨れるほど中出しされる奇妙な満腹感。弱いところを内側からゴリゴリ圧迫されるオーガズム。
 声なき声をあげて、瞳がぐるりと上向きになる。上半身を地面に這いずらせ、下半身をザシアンの尻からぶら下げた無様なかっこうのまま、クリムガンは再び意識を手放した。




「おまえは結局なにが目的だったんだ」
 ポケジョブの日。
 仲間たちといつもの焼き菓子店に向かいながら、クリムガンはオーロンゲに詰め寄った。
「いや、まあ……オレもあんたには世話になったからよう」
「世話? どこかで会ったことがあったか?」
 クリムガンは首を傾げた。オーロンゲと会ったのは、隠れ場がバレたあのときが最初だと思っている。
「ギモーだよ。何度かいっしょにポケジョブで働いてたんだぜ。ボックスに帰ったら進化したんだが」
「それは……気づかなかったな」
 ギモーとして会ったことはあるかもしれないが、オーロンゲとして会ったのはアレがはじめてだったのだ。しかし世話といわれてもクリムガンとしては、特定のポケモンに親切を行っていたわけではなかった。同じボックスのよしみとして、当たり前の協力を続けていただけのことだった。それを恩義に感じたといわれれば、オーロンゲを詰ろうとしていたクリムガンの良心が疼く。邪険にしづらい。
「でも、だからってあんな……」
「乱交パーティー?」
 クリムガンはオーロンゲの後ろ頭を思いきりはたいた。それなりに本気だったが、オーロンゲは痛がりながらも笑っていた。
「仲良くなりたかったんだろ。やさしくなるんだろ。だったら意地でもやれ。きっかけにはじゅうぶんなっただろ?」
 それは、まあ、確かに。
 あの乱痴気騒ぎの翌日から、クリムガンは恥ずかしくてたまらなかった。自分の恥部のすべてをみんなに見られて、どの面を下げて接すればいいのかもわからない。狂ってしまうほどに恥ずかしかった。
 しかしクリムガンが考える以上に、フェアリータイプは奔放すぎた。交尾の一回や二回、十回や二十回で、だれも、すこしも態度が変わったりしないのだ。クリムガンとて交尾に過剰な聖性を抱きはしない。野生など発情すればところかまわず盛りあっているものだ。しかしあの日のクリムガンの乱れ方は、オスとしての範疇を踏み出しすぎていた。性欲の奴隷に落ちていた。
「かわいかったぜ」
 二度目の打撃は、見事に読まれていた。顔面を熱く火照らせながら、クリムガンはドラゴンタイプとしての自尊心が損なわれるような気持ちがして……それでも、まんざら悪い気分だけでもなかった。痴態をからかわれるよりなにより、そのことがクリムガンは恥じていた。
「スッキリしただろ?」
「おまえな! やめろよ、そういう言い方は……()()でさ!」
 そのとき、数多の視線を感じた。
 クリムガンとフランクにじゃれあうオーロンゲに、フェアリーたちの怨念じみた眼差しが注がれている。縮みあがったオーロンゲは全身の髪をしぼませて大人しくなり、クリムガンから距離をとった。
 性に奔放なフェアリータイプたちとの関係は、これといって変わりはしなかった。しかし困ったことがないわけではない。
 クリムガンは、ボックス内での共有財産のような扱いを受けるようになったのだ。すなわち、抜け駆けの絶対的タブー。だれか一匹がクリムガンを独占しないよう、監視と牽制がそこかしこで行き交っている……という説明を、オーロンゲから受けた。
 だれかとボックスで過ごしたりして、ふっとそのような雰囲気になり、「今日はどうする?」という空気になりかけたとして、クリムガンもその気になって一夜を過ごそうものなら、相手もクリムガンもどのような私刑に遭うかわからない。
 フェアリータイプは天真爛漫だが、邪気や悪意にも忠実だ。その嫉妬深さ、独占欲、恨みの強さは、あくタイプやゴーストタイプなどよりも強力である。
 これじゃあ、状況が好転したのか悪化したのかわかんねえよ……
 クリムガンのフェアリータイプへの畏怖が、改めて確かなものになった。結局、クリムガンはこれからも隠れてこっそり自慰をするのがいちばんの正解ということになる。そうでなければ、あるいはまた乱交である。非常に爛れたボックス環境が構築されることになるのだ。
 でも――
 ちょっと楽しかったかなあ、とか――
 そのアイデアは、めちゃくちゃな理屈のようでいて、実はあっさりと実現してしまえるのだった。その行為はおそらく、マメパトが空を飛ぶように、フェアリータイプにとっては当たり前なのだ。ゼルネアスやザシアンのような、伝説のポケモンであっても例外ではないくらいに。
 そしてなにより、あのような交尾に至ったのはクリムガンの願望がポケモンたちによって叶えられた結果でもあった。クリムガンが正直になることを認めるのであれば、愛らしいフェアリータイプに囲まれてめちゃくちゃにされるのが、一匹のオスの欲望として、嬉しくないわけはないのだった。
 乱交パーティーなんて、どうかしてる。いくらなんでも、そんなのは()()()()すぎる。
 だけどもし……万が一……億が一にでも……またあんなふうに、オスもメスもなくメロメロになっちまうくらい、みんなで仲良く愛しあえたらいいなあと思うことがあったら――
 正直に。
 正直に、やろう……
 ある部分、オーロンゲに感謝をしてやらないでもない。それを認められるようになったという意味に限っては。
 俺はボックスのみんなのことが好きだから。みんなと仲良くやってゆけたらいいと思うから。みんなが俺を大事に思ってくれるなら、どんなに爛れていたとしても、それは、望ませてほしいのだ。
 そんなことを思うくらい、元・嫌われ者で乱暴者の野生であったこのクリムガンというのは、愛されることにきわめて弱い、ガラルいちチョロいポケモンであった。



 

 可愛い子にはウケをさせよ、ってね! クリムガン創作、流行れ。
 あと名無しのアレとは無関係です。念のため。

 



 

 


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Last-modified: 2022-02-16 (水) 01:16:32
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