writer:赤猫もよよ
『オオスバメの春は尾羽の先からやってきて、』
「知っているかい。オオスバメの春は、尾羽の先からやってくるんだぜ」
やおらどっこい、春一番のような奴だった。
ずしん、と頭のてっぺんに重さを感じたと思えば、開口一番これである。
「やあ、オオスバメ。久しいね。」
「やあトロピウス。元気そうでなによりさ」
私は長首をもたげ、天を仰いだ。ようやくありついたばかりのつんつるとした止まり木が急に動き出したものだから、私の頭上の彼はてんてこ舞いである。
わさわさと慌てはためく翼の抵抗空しく、彼のふっくらとした身体は地面にぽてりと転がった。
「おやオオスバメ、ちょっと肥えたかい」
翼についた砂粒をわしわしと払い、オオスバメはひょんと私を見上げた。
「やあやあ、なにを言うんだいトロピウス。これは冬毛だよ。そういうお前さんこそちょっと首が長くなったね」
「そうかなあ」
「当ててやろう。それは冬首だね」
「そうかもしれないね」
私は冬首とやらをわしわし震わせた。この日の為に蓄えておいた顎熟れの果実をひとつ、地面にころんと落っことす。
「上物だなあ。いつも悪いね」
「君が一番おいしく食べてくれるからね」
彼は地面に転がった黄色の塊をもいもいと嘴で摘まんだ。あっという間に完食である。
「今年はいつもより甘いじゃないか。まるでふあふあな恋のようだなあ」
「なるほど、それはいいね」
私の果実というのは、気持ちによって味が変わるという。だからつまり、そういうことなのだろう。
二個目の果実を食べ終えて、彼は満足したらしい。ひょうと翼をひとつ震わせると、もういちど私のつやつやとした頭の上に飛び乗った。
「どこへ行きたい?」
「暖かい場所がいいと思うね」
「そうだろうね」
わたしののっそりとした歩調に睡気を誘われたのもあるだろうし、渡り旅で疲れていたのもあるのだろう。
しばらくもしない内に、頭上の彼はぷいぷいと膨らみ始めた。彼の明日はもうすぐそこにあるようだった。
「……知っているかい。オオスバメの春というのはだね……」
彼は半分寝言に近いとろんとした語気で、私に語り掛ける。
「「尾羽の先からやってきて、やがて、クチバシの先から抜けていくのさ」」
私と彼は言葉を合わせた。
彼に出会ってから何度となく春がきて、その度に彼は同じ言葉を言うのだから、もう覚えてしまったのだ。
しかし、ここから先が今年の違うところである。
私はちょっと面白くなって、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、逆にね。トロピウスの春というのは、どこからくるのだと思う?」
「……それは、難しい問題だなあ」
彼はふわあと大きな欠伸をして、そのままぺたりと地に伏せた。どうやら、答え合わせに間に合いそうにはないようだ。
私はのっそりと歩きながら、風にざわめく草原の波を眺めた。
「私の春はね、頭の上からやってくるものさ」
頭の上の重みを今年も感じながら、始まったばかりの春を歩く。
あとがき
タイトルがふんわり落ちてきました。もよよです。
落ちてきたはいいものの長い文を書く気力はなく、掌編という形に収まりました。たまにはこういうのもいいんじゃないかなって思います。
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