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イーブイTF薬を飲んだら盛大にやらかした話

/イーブイTF薬を飲んだら盛大にやらかした話

※本作品にはR18表現が含まれます。


・イーブイTF薬を飲んだら盛大にやらかした話
by農協の人


「はぁ~」
 僕はため息をつく。社会人一年目の生活は、思っていたのよりも何百倍もしんどい。
 毎日毎日、怒られてばっかりだ。自分の不出来なのだから、しょうがないと言えばしょうがないのだけれども。なんだか、人間が嫌いになりそうだ。
「癒しが欲しい」
 思考回路ダダ漏れの独り言をつぶやきながら、ポケモンの写真をネットで漁り続ける。愛玩用ポケモン専用ページに写る、ピカチュウ、フォッコ、エモンガ、エネコ……どれもこれも見とれてしまう。
 実家暮らしではあるものの、ポケモンを飼ったことはない。昼間は誰も家にいないものだから、常に面倒を見れる人間がいないという心配がある。だから、飼ってみるつもりもない。たくさんのつぶらな瞳は、自分のことを見てくれているようで、ただカメラに顔を向けているだけだ。その触り心地も、においも、温もりも、画面の向こうの出来事。どれだけ思い描いたところで、自分の想像でしかないのだ。
「ああ、かわいいなぁ」
 思わず頬がゆるむ。布団を抱きしめて、ゴロゴロと転がる。
 もし自分がポケモンを育てるとしたら、どんなのがいいかなあ。理想を描いては、でも実際は面倒も多いんだろうなあと後込みしている。結局、僕は動画勢にしかなれないのだろう。

 そんなある日、広告欄に興味深い一文が流れてきた。
「癒しが欲しい……」
「愛するポケモンの気持ちが知りたい……」
「ポケモンに、なってみませんか?」
 キャバクラの従業員を募集するようなノリで、イーブイやピカチュウのかわいい姿が描かれたポップなバナーが表示されている。仕事疲れで頭が働かなかった僕は、反射的にそれをクリックしてしまっていた。ポケモンになるってどういうこと? 胸がドキドキしている。風俗とかに興味がある人って、こういう気持ちになるものなんだろうか。

 リンク先はキャスト募集とかそういうものではなく、端的に言えば「ポケモンになれる薬」の通販サイトだった。文章を読んでいる限りでは、本当に変身出来るらしい。ポケモンに。眉唾物だと思ったが、ちょっと興味はある。
 匿名掲示板で評判を調べてみると、意外とちゃんとしたものらしく、変身ライフを満喫している人は多いらしい。ドリンク状で、依存性や後遺症もなく、深刻な事態になることは滅多にないので、安心して初心者にもオススメできるのだとか。何より、値段が安い。一回当たり、普通の居酒屋に行くのと大して変わらない。
 注文したとして、届いたところを親に見られるのも恥ずかしい。タイミングが重要だ。予定を把握して、確実に問題ないと思われる日を決める。社会人になって「必要になるだろうから」と助言され、とりあえず作ったクレジットカードの初めての出番だ。コードを入力する。胸が熱い。震える指で、なんとかボタンを操作する。
 注文確定。
 押した。押してしまった。
 こんなよく分からないものを、誰に見咎められることもなく購入できるなんて。これがクレカの力かと、ありがたい気持ちになった。
 とにかく、僕は到着するまでの数日を、今か今かと待ち続けるのであった。

 変身薬が到着する土日は、普段日帰りでしか出かけない両親が何故か旅行に行くという珍事が発生した。ラッキーというしかない。せめて二人が出かける前に、インターホンよ、鳴ってくれるな、と願う。
 それじゃ、行ってくるからね、出かけるときは戸締まりよろしく。二人が出て行ったあとに、静寂が訪れる。ついに一人きりだ。落ち着かず、最近全然やってないゲームを起動して、遊んでみようとする。集中力を欠いてプレイしたせいで、全くお粗末な結果になったが、それでも構わない。本来の目的は時間つぶしなのだから。ちらと壁掛け時計の方を見やると、まだ二十分も経っていないことに気付く。思わずため息をついた。
 そう言えば、他に必要なものって何かないのかな、と調べてみると、色々とオススメ品がヒットした。コンビニで買えるようなものもいくつかあったので、ドリンクが届く前に出かけるのもアリかもしれない。少しでもそわそわした気持ちを落ち着かせたかった。家を飛び出し、袋を持って家に戻る頃には、心臓の高鳴りは大分マシになっていた。

 ピンポーン。一息ついているところに、インターホンが鳴り響く。応答すると、やはり宅配の人だった。
 ついに届いたのか。抑え込んだと思ったドキドキ感が、急に蘇ってくる。何とかごまかして、荷物の段ボールを受け取る。挙動不審でおかしいところはなかっただろうか。まあいいや。
 中を見ると、緩衝材の間に栄養ドリンクのような瓶が二本入っていた。ラベルには、茶色くて耳の長い、つぶらな瞳のポケモン、イーブイのイラスト。変身できるポケモンはいくつもあるが、その中でもとりわけ人気が高い種族だ。最初の一回は、イーブイになってみることにする。
 だけど、何故二本なんだろう。て、今回買ったのはお試しの一回分だったはずなのだけど。不思議に思っていると、そのわけは説明書を読めばすぐに分かった。
「なるほど、①の薬を飲んでから、②の薬を飲まなきゃいけないんだな」
 胃の中で混ぜ合わせることで、人体に作用するらしい。
 意を決して、一つ目を飲む。栄養ドリンクに近い、甘酸っぱい味がする。飲みやすい、というのが率直な感想だ。
 そして、一分ほど時間をおいて、二つ目を飲む。舌に触れた瞬間、むせかえりそうになった。まずい。我慢できないほどではないが、青臭い味がする。ネットの記事で読んだ通りだった。二つ目の薬がまずく感じれば感じるほど、薬の効きはいいらしい。理屈はよく分からないけど。
 布団で横になって、身体に変化が起こるのを待つ。胃の中が熱くなったり、冷たくなったりしている。体験したことのない感覚だが、不思議と不快感はない。むしろ、その感覚の揺れ方に身を委ねていたくなるような心地さえする。
 世界がぐるぐると回る。
 最初、ベッドを誰かが運んでいるのかと錯覚した。全てのものが、動いているようにも、止まっているようにも見える。自分が重力から切り離されてしまったと思うくらい、何もかもが回転している。少し怖くなってきた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、意識的に呼吸をする。大きく吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
 急に、おえっ、と吐き気が襲った。枕元に袋を用意しておく、というアドバイスが役に立った。胃の中身は幸い何も出ていなかったので、安心する。
 回転する視界の中、身体の感覚はとてつもなくはっきりしている。
 背中がぞくっとして、言いようのない高揚感に包まれた。
 変化がはじまる。
 全身の感覚が、更に鋭くなっていく。腕を見ると、茶色くて柔らかい毛がすごい勢いで伸びていく。全身で同じことが起こっているのが、感覚で分かる。顔、肩、胸、背中、脚。首回りが少しかゆいな、と思った。ひときわ長い、白い体毛が伸びている。毛が長い分、敏感になっているみたいだ。
 体毛が伸びていきながら、身体も少しずつ縮んでいくのを感じる。服が擦れて、だんだんとぶかぶかになっていく。
 手のひらを見つめていると、指がだんだん小さくなっていくのがよく分かる。特に親指の変わり具合が顕著で、縮んでいくと同時にどんどん手首の方へと下がっていく。生えてきた茶色い毛と相まって、ぬいぐるみのような手になっている。
「う……くっ」
 吐き気とは違う、えづくような感覚が口腔内を襲った。鼻の形が変わっている。下を向いていた人間の鼻筋が、少し前を向いたような。においを嗅ごうとして鼻先を突き出すような格好を、ずっとしているような感じだ。顎も小さくなり、舌も薄くなる。歯も小さくなっていき、犬歯だけが大きく残って、鋭く尖っていく。唇や頬も、引っ張られるような感覚と共にどんどん小さくなる。
 逆に、耳の周りにはどんどん力が入りやすくなっていく気がした。耳の感覚が鋭くなり、布団に触れている感覚が大きくなる。長く伸びているらしい。最後には、先端が頭よりも高い位置についた。
「ぶいっ……」
 肛門のあたりに妙に力が入る。自然と、お尻を高く突き上げる姿勢を取ってしまう。腰の中心から、尾てい骨のあたりにかけて、ぞくぞくとした感覚が駆けめぐる。
「ぶぃっ、ぶゆうううう」
 思わず声が漏れる。ぞわぞわと、身体の後ろの方から何かが出てくる感覚。間違って出してしまったのかと一瞬焦ったが、どうも違うようで安心した。
 肌感覚的に、背中が少し長くなったのか、と一瞬思った。背中のようでもあり、お尻のようでもある。そんな部分がとても敏感に布地に触れているのを感じる。
(ひょっとして、これがしっぽ?)
 腰の少し下の方に力を入れてみると、布と身体が擦れた。足は動かしていないのに。たぶん、尻尾だ。

 効果時間はおよそ二時間。さて、何をしようかと考えてみる。
 布団から出てみると、体が縮んでしまったことを実感する。枕に倒れ込んで、腕を伸ばしてみても、抱え込みきれないほどの長さしかない。足で体を回転させてみると、だいたい自分の体がこの枕よりも少し大きいくらいしかないことが分かった。枕の斜面にバランスを崩し、体がぐるりと転がる。
(赤ちゃんだったころって、こんな感じだったのかな)
 記憶がないほど過去のことに、思いを馳せる。
 とりあえず、鏡で自分の姿を見てみよう。洗面所へ向かうことにした。
 と、立ち上がろうとした瞬間、違和感に気付いた。
 足を伸ばそうとしたが伸び切らなかった。足も細さもあってバランスを崩し、前に倒れ込んでしまった。思わず手……いや、前足を地面についてしまう。そういえばそうだ。イーブイは四足歩行のポケモンなのだ。二本足で立てるようには出来ていない。
 ベッドから地面を見下ろす。恐らく高さは5、60センチくらい。人間の時は大したことのない高さでも、塀から飛び降りるくらいの差を感じる。子どもの頃はよくやっていたけれど、運動不足になりがちな今は出来るだろうか。それに、四本足でどう身体を動かすのが適当なんだろう。歩き方から練習しないといけなさそうだ。意を決して飛び降りることにした。ベッドの上で変身時間を終えるのはもったいない。
(顔から地面に激突しそうで怖いなぁ)
 そうならないように、後ろ足で出来るだけ踏ん張りながら、前足を顔の前に差し出した。ゆっくり高さを下げていくが、前足はなかなか地面につかない。
「ぶやっ」
 後ろ足が滑った。突然のことで焦ったが、何とかして前足で地面を掴もうとする。だが下半身に振り回されて、バランスを崩してしまった。顔から激突、とはいかなかったが、全身はぐるりと一回転した。
 心臓がバクバクと鳴っている。だが、冷静になってみると思ったよりは痛くない。身体の軽さと、ふわふわな体毛のおかげだろうか。勢いよく飛び降りてしまってもよかったかもしれない。
 起き上がり、部屋の外を目指して歩き始める。四足の姿勢は思ったより楽だった。太ももや膝下が人間の時より短くなったせいか、前足とバランスが取れてしっくりくる感じがする。ただし歩くとなると話は別で、最初は少し戸惑った。数歩進んで、左右の動きが揃わなくなってしまい、よろける。これを繰り返すうちに、少しずつマシになっていく。なんだか本当に、赤ん坊のころからやり直しているみたいだ。
 目の前に現れた光景に、息を飲んだ。
 階段である。
 自室は二階。洗面所に行こうと思ったら、これを降りる必要があるのだ。小さくなった体にとって、この一段一段が危険を伴うような気がした。一瞬ためらったものの、ここは降りるしかないと決心する。一階のリビングに降りれば、広い空間もある。この身体を存分に使うことができるだろう。そう考えると、わくわくして全身の毛が逆立つような気がした。
 ベッドから降りるよりは段差は小さい。両足で着地するほどの幅はない。だけど、脚立を降りるみたいに、一歩ずつ歩いていけば何とかなりそうだ。一段目に前足をかける。たった十五段の階段も、とんだアスレチックになったものだ。身体の全体重を前足で支えても、肉球がクッションになってくれるおかげかそこまで負荷を感じない。よくできた身体だなあ、と思う。
 階段を下りきる頃には、大分身体に慣れてきた感じがした。
 リビングに到着する。小さな身体で見ると、まるで体育館のようだった。少し楽しくなってきて、身体を存分に使いたくなってきた。
 足に力を込めて、蹴り出す。両手を前に出して、地面を掴む。もう一度、後ろ足で地面を蹴る。
 すごいスピードだ。テーブルなどの障害物を避けながら、部屋の隅から隅へ。思った以上に小回りも利く。走り回るだけでも楽しい。子どもの頃に戻ったみたいに興奮している自分がいた。早く。もっと早く。部屋中に足音が響きわたる。

(あ、そういえば鏡を見に来たんだっけ)
 息が切れるまで走り回ったところで、ようやく階段を下りてきた目的を思い出す。
 洗面所、洗面所。とてとてと足を鳴らして歩く。
 しまった、と、到着して気付く。洗面台が高すぎて、上れないのだ。試しに足に力を込めてジャンプしてみるが、ふちに前足をかけることもできない。
 お風呂場の鏡はどうか、と考えたけど、乾燥し忘れていて地面が濡れていた。指先で水滴をつつくと、人間だった時の数倍も濡れている感覚がじっとりと染み着いた。というより、毛が水分を吸っている。ほんの僅かな距離だけど、我慢するのはつらい気がする。
 あと鏡があるのは、玄関か。うちは玄関とリビングを繋ぐドアがあるが、そこは閉めてしまっていたので、開けなければならない。扉の前に立ち、背伸びをする。それでも届かないので、今度はジャンプ。何度か試して、ようやくドアノブに手をかけることが出来た。そのまま体重移動で押し出して、扉を開く。
 姿見の前に立って、自分の姿を見てみる。
(確かにイーブイになっている! ……なんてね)
 見れば見るほどに、イーブイである。少し頭部に元の髪色が混じっている気がするけれど、耳も、目も、鼻も、口も、ふわふわも、手足も、しっぽも、間違いなくイーブイだ。耳元に力を込めればくるくると動く。お尻のあたりに力を入れれば、鏡の中でも尻尾が動く。自分で言うのも何だけど、結構かわいいかも。

 ドアの向こうから、声がした。何だろう。耳をくるりと向ける。
 もう一度、同じ声が聞こえる。ふぃあーお、ふぃーお。何かの鳴き声だった。こちらに向けて発せられた声ではないらしいけど、なんだか切なそうな声だと思った。急に興味が湧いてきて、外に出てみたくなった。
 今から外に出ても大丈夫かな、と考える。視力は大分落ちているようで、壁時計の針を読むことはできなくなっていた。テレビのプレイヤーの時計表示から経過時間を読む。意外にも、薬を飲んでからまだ三十分ちょっとしか経っていないようだ。効果が切れるまでは大体二時間らしいから、少しだけなら大丈夫だと思った。
 ふぃあーお。外での鳴き声は、誰かを呼んでいるみたいだった。その声が聞こえるたびに、胸が苦しくなる。どういうわけだか、早く外に出なきゃ、という気持ちを強くさせる。
 玄関のドアには前足が届かない。いや、届いて外に出られたとしても、ドアが閉まれば戻ってくる手段を失ってしまう。出るなら、リビングの掃き出し窓からが一番いい。運良く、鍵は閉め忘れていた。防犯意識がなってないと怒られそうだけど、今日だけは自分のズボラさに感謝したい。力を込めて扉を引けば、何とか外に出ることができた。
 階段を下りる要領で、前足を顔の前に突き出す。すとん、と降りることができた。ただ高さがあるせいか、ちょっと腰が痛んだ。
 振り返って、退路確認。これくらいの高さなら、問題なく帰れそうだ。
 ふぃおん、ともう一度鳴き声が聞こえる。心臓がどきりと跳ねた。さっき聞こえた時には気付かなかったけれど、なんてかわいい声なのだろう。耳がびりびりとしびれるような感じがして、とてつもなく心地の良い気分になった。
 じっと、長い耳の先まで意識を研ぎ澄ませる。ゆっくりと声がしたらしい方向へと歩き出す。
 ふぃあーお。
「ぶい!?」
 小さく声が漏れた。びくん、と身体が震える。低音が、耳を丁寧にくすぐる。今まで感じたことのない刺激だった。彼女の声が、自分の耳の根本から先端までをゆっくりと、優しく、包み込むようになぞる。
 身体が熱い。今までそんなことはなかったのに、急に外の空気が寒くなってきたように感じる。全身がぶるっと震えて、足取りがふらふらとおぼつかない。
 息を吸い込むと、心地よいにおいを感じた。直感で、彼女のにおいだとはっきり分かった。いつの間にか、無意識でそれを辿っていた。全身の感覚が、こんなにも鋭くなるのは初めてだ。彼女に会ってみたい。一目でいいから、見てみたい。
 いつの間にか家の敷地を出て、道路を渡る。車が一台、正面から向かってくるのを見て、一瞬足がすくんだものの、すぐに隣の家の敷地へと飛び込んで難を逃れる。イーブイの目線で見る車は、あまりにも大きい。彼女のことばかり考えていたところを、がつんと殴られたような気持ちだ。住宅街の中だからそれほど車通りは多くないけれど、気をつけなければ。
 まだ彼女が鳴いている。二軒先の家から、声が聞こえる。においもはっきりとしてきて、彼女の存在をより強く感じることができるようになっていく。
 家の庭の木の下に、彼女は佇んでいた。紫色のしなやかな身体。大きな耳。先が二つに分かれた、ゆらゆらと揺れている尻尾。エーフィだった。
 彼女と目が合った。全身が緊張して、こわばる。どうしよう。会いに来たはいいけれど、会ってどうすればいいんだ。
 考えあぐねているうちに、彼女はふっと目線を逸らし、どこかに歩いて行ってしまう。
「ぶ、ぶいっ」
 待って、と言おうとした。伝わったのかどうかは分からないが、後ろ姿を見せる彼女の足取りは、逃げる風には見えなかった。しなやかな腰つきで、尻尾をゆらゆらと揺らしながら歩いていく。気付いたら、その姿にじっと見とれていた。
 同じような距離を保ちながら、エーフィと自分は歩く。ゆるやかな追いかけっこを楽しみながら、どこかへ移動しているようでもあった。薄々彼女のなわばりに誘いこまれているのであろうことは気付いていたけれど、そんなことはどうでもよくなっていた。周囲の景色は目に入っているけれど、彼女の足取りと、ゆらめく尻尾と、そして……。彼女のふりまく蠱惑的なにおいのせいだろうか。

 ある家の庭の隅で、彼女は立ち止まる。尻尾をするっと上げて、股の割れ目がゆっくりと見えていく。それは人間で言うところの、服を脱いで自身の裸の姿を晒す行為に似ていた。
 彼女はちらとこちらを見る。吸い込まれそうな、きれいな瞳だと思った。ごくり、とつばを飲み込む。彼女のことが、欲しくなる。
 一歩一歩、歩いていく。しゃくしゃくと草を踏む音が、やけに大きく響く。
 自分の股間から、ぷっくりと股間から一本、竿が伸びていくのが分かる。
 勃起の感覚自体は、人間の時と変わらない。熱が股間に集中して、まるで自分が自分じゃなくなっていくような感覚。だけど今の自分は、本当に別の生き物になっている。感度もやたらと鋭いような感じがする。興味本位で、立ち止まって股下を見てみた。人間のものとは違って、先端が鋭く尖っている。きゅっと力を込めると、ひくひくと動いた。確かに、これは自分のものなのだ。
 これを、彼女に。
 本当に、このまま流れに身を任せてしまうのだろうか。まだ人間ともしたことがないのに。
 逡巡しているうちに、彼女は紫色の毛並みを自分の頬に身体を擦り付けた。まるで自分の中にするりと入り込まれるような、不思議な触感が全身を伝う。
「ぶい!?」
 ああっ。
 さり、とエーフィの舌先が自分の竿に触れた。感じたことのない刺激に、思わず顔を草のベッドにうずめた。竿の先端が擦れた時の、痛みにも似た快楽。
 収まってきた頃に、もう一度彼女はその舌で屹立した肉棒を攻める。今度は、より激しく。より深く。ねっとりと味わうような舌が、自身の股間をなぞり、絡まり、暖めていく。びくん、と全身を震わせると、自然と全身の毛までが逆立った。あまりの快楽に、頭が変になってしまいそうだった。上半身は草に必死にしがみついているのに、尻尾をぴんと立てて、腰から下はされるがままの状態。自分の行動は、すでにちぐはぐだった。
 はあ、はあ。
 何度か繰り返して、彼女の舌は離れる。
 快楽からやっとの思いで這い上がると、今度は彼女のお尻が目の前にどんと現れた。
(大きい)
 さっき身体同士を擦り付けた時にも感じたことだけど、エーフィとイーブイの体格差は随分なものだった。恐らく、自分が三匹分くらいあるのではないだろうか。まるで大人と子どもだ。それでも、こうしてふたりだけの時間を許してくれるのは、彼女が自分を受け入れようとしてくれることへの証拠に他ならないと思う。
(これが、女の子のもの)
 彼女の割れ目が、果実のように熟れている。尻尾をぴんと立てて、自分にその姿を見せている。ごくり、とつばを鳴らした。まだ少し残っていたためらう気持ちは消え、本当に心まで、ポケモンになってしまおうと思った。すんすん、とにおいを嗅ぐと、少し汚く、とてもいいにおいがした。ゆっくりと顔を近づけて、ぺろりと舐めてみる。とろりとして、少ししょっぱい。彼女はふぃ、と小さく声を漏らして、尻尾をぷるぷると震わせた。その行動が、自分の心をさらに獣にしていく。
 彼女の身体に多い被さろうと、前足を腰にかける。彼女の方が身体はずいぶんと大きい。自分の竿は思ったよりも下で、地面に足をつけたままでは到底届かない。そんな自分のことを察してか、彼女は腰を落としてくれた。
 ぐい、と腰を前に突き出す。当然ながら見えないので、彼女の入り口の位置は手探りだ。思ったよりも後ろなんだな、と思いながら、位置を調整する。
(ここかな)
 竿の感覚で穴らしきものを見つけ、前に突きだそうとすると、彼女の身体がぼんやりと光ったような気がした。触れられていないのに、勝手に自分の逸物は少し下の方へ動かされた。エーフィの超能力で、位置を調整されたらしい。初めてのことで、勝手が分からないのがバレてしまったかな、と少し恥ずかしくなる。
 彼女の超能力ほどきに従って、ゆっくりと腰を前に動かす。彼女の中へ入っていく。とろりとした液体が、自分の竿を優しく包んでいく。
(あったかい)
 ふぃっ、と彼女は声を漏らす。力を抜いて、自分のものを受け入れる体勢を作っていく。
 ゆっくりと、腰を動かした。奥へ、奥へと潜り込むように。彼女の中を、隅から隅まで味わうように。
 進める度、戻る度、自分の股間がふくらみ続けるような感じがして、より強く、より早く、腰を動かす。
「ぶぃっ、ぶぃっ」
「ふぃ、ふぃ」
 声が漏れる。だけどそんなことはどうでもよかった。ただもっと、気持ち良さに身体を委ねていたい。ただそれだけだった。少しずつ、絶頂に近付いていって、そして。
(~~~っ!)
 自分の中身が、弾け飛ぶ。飛び出た液体が、彼女と自分の隙間をどんどん満たしていく。
 彼女と自分が一つになれたような、そんな気がした。
 ドクドクと、精液は溢れ出続ける。そのたびに股間はひくついて、甘い鳴き声を漏らしながら、彼女を抱きしめるように押さえつける。彼女も自分に腰を押しつけて、よりつながりを深めようとしている。
 舌を使って、彼女の身体を撫でる。きっとこの子達なら、こうやってコミュニケーションを取るだろう。体格差のせいで背中までしか届かないのが残念だけど。
 絶頂がようやく収まってきて、股間のものを抜こうとした。
 だが、そこでイーブイの身体と人間の身体との違いを思い知らされる。
 抜けないのだ。
 股間の根本がぷっくりと膨らんでいるらしい。焦って引っ張ろうとすると、痛くて抜くことができない。彼女もうなり声を上げて、こちらをキッと睨んだ。ごめんよ、と申し訳ない気持ちになる。どうしよう。一体どうすれば、この膨らみは収まるのだろう。勃起に伴うものなら、時間経過で収まるけれど。
(まあ、焦っても仕方がないか)
 彼女も自分のものを無理矢理引き抜こうとはしないのだから、きっとこれはこういうものなのだろう。諦めて、彼女の背中の感触を堪能することにした。美しく、きめ細やかな毛並み。イーブイの雄として思わず舌先で整えてあげたくなる。何度か舌を出して顔を動かすと、少し彼女は嫌そうにした。ごめんよ。ぶいと声をかける。やっぱりイーブイになったばかりで、あまり上手ではなかったらしい。
 彼女の背中で、わずかに続く絶頂を味わい続ける。自分の中から、まだ液体が流れ出ているのが分かる。ゆっくりと動かすと、彼女は気持ちよさそうに声を上げている。その声が可愛らしくて、思わず強く腰を振ってしまいそうになる。縁ぎりぎりまで水を注いだコップのように、僅かな刺激で再び自分の中から液体が飛び出してしまう。人間の時は一度しか絶頂できなかったのに、こんな小さな身体のどこにそれほどの精力を蓄えていたのかと、内心驚いていた。
 ようやく、彼女と自分をつなぎ止めていた根本の膨らみが小さくなった。自分の快楽も、少しずつ落ち着いて、彼女との時間の終わりを感じる。

(あれ?)
 それと同時に、彼女の身体が少しずつ小さくなっているように見えた。届かなかった背中の上部にまで、顔が届くような。まるで、少しずつポケモンと人間の目線に戻っていくような……。
 まずい。
 元の姿に戻りかけている。
 思わず、彼女の中から自分の逸物を引き抜いた。根本の膨らみが無くなったのは、自分のモノも人間に戻りかけているからだったのだ。
「ぶい!」
 ごめん。彼女に一言謝って、自宅へと走った。今の声も、発声自体はイーブイのものだったけれど、少し人間の時の響きに近いものがある気がする。
 家はここからだとそれほど遠くない。身体が大きくなって、骨格も人間のものへと戻りつつある。体力を使い果たしているせいか、足がふらふらだ。徐々に四足歩行もし辛くなってきている。肩への負担が大きい。それでも、それを気にしている場合ではなかった。家にたどり着けなかったら、社会的に終わりだ。
 開けっぱなしにしておいた自宅の掃き出し窓は、相変わらずの状態だった。幸い、不用心の隙を突く不審者は現れなかったらしい。いや、一番の不審者はむしろ自分かもしれない。
(はあ、はあ)
 リビングでべっそりと横たわる。危なかった。掃き出し窓をよじ登る頃には、体高は恐らくあのエーフィくらいにまで戻っていたように思う。降りる時よりも遥かに楽に上がれてしまった。
 疲れた身体に、変化が訪れる。
 手足の力が徐々に強くなっていくのを感じる。それに反して、尻尾を動かす力や、耳を動かす力は少しずつ失われていく。尖って前を向いていた鼻先も下を向いて、唇と分かれていった。体毛は縮んで抜け落ちて、下から覗いたのは人間の、本来の自分の皮膚。伸びた指はかじかんだように動きが悪いけれど、じきにもとに戻るはずだ。
 頭の大きさも人間になり、理性が戻ってきた。
 冷静になって考える。
 今の今まで自分がしていた行為は。
 何というか……かなりまずい。
 初めての経験が人間じゃなくて。しかもあんなに夢中になって、ガッツリ中に出してしまって。
 色々な不安が頭を過ぎる。ぶるると身体が震えたのは、毛皮のない裸一貫でフローリングに寝そべっているせいだけじゃないと思った。

 そして、数ヶ月後。あの日感じた不安は、見事的中する。
 庭先に座り込んでいる一匹のエーフィを見かけて、青ざめた。
「や、やあ。どうしたの」
 彼女は睨みつけるような瞳で、じっとこちらを見つめている。明らかに彼女は、自分があの時のイーブイだと気付いている。他人のふりをしようとしても無駄だと、その視線は語っていた。
 彼女の後ろから、楕円形のものが浮いて出る。それがポケモンのタマゴと呼ばれるものだと気付くのに、時間は掛からなかった。
 持ち前の超能力で持ち上げて、自分の胸に、ドン、と叩きつける。
 抱え込まなければならないほどの大きなタマゴ。中の熱が、両腕に伝わってくる。それとは裏腹に、自分の背筋はひんやりとしてくる。
 後は知らない、と言わんばかりに、エーフィはするりと踵を返して、どこかへ行こうとする。
「待って、これは」
 呼び止めようとするも、手元でぱきりと音がして、反射的に目をやる。タマゴにヒビが入っている。そして、そのヒビはどんどん大きくなっていく。まさか。まさか。
 タマゴの殻が弾け飛ぶ。
「ぶい!」
 茶色い毛並み。長い耳。無垢な瞳。タマゴが孵って、イーブイが生まれた。
 薬でイーブイになっていたから生まれたのもイーブイだった。そういうことなのか。戸籍はどうするべきだろうか。イーブイだからいらないのか。そもそもポケモンってどうやって育てればいいんだ。自分は実家暮らしだけれど、この子を育てるにしたってまず親にどうやって説明すればいい。待てよ、今はイーブイでも、将来人間の姿になれたりすることもあるかもしれない。そのときは一体どうすれば……。
 一瞬で、様々なことが頭を巡る。
「はは、は」
 思わず、笑った。笑うしかなかった。
 とりあえず、何としてでもこの子を無事に育てなければ。
「……がんばろう」
 半端に笑った顔で凍り付いた自分の心とは裏腹に、我が子は無邪気な瞳で父親の顔を見つめていた。



 生まれた異種族の子を育てているうちに、どういうわけだか人生がうまく周り始めたのは、また別のお話。

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Last-modified: 2021-03-24 (水) 19:41:58
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