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アラベスクジムの決戦

/アラベスクジムの決戦

・transfur要素と原作設定一部改変を含みます。



「これが本当に最後の問題だよ」

 巨大なウェディングケーキを想起させる姿となったマホイップの前で、そのポケモンのトレーナーであるジムリーダー・ポプラは淡と言い放った。
 彼女と対峙するチャレンジャー・ユウリの相貌が更なる試練で苦しさを増す。少女の眼前には、片腕片膝をスタジアムの地に着けた相棒のゴリランダーが。
 ガラルリーグ最年長ジムリーダーは年功序列でその地位に獅噛付く老骨ではなく、純粋な実力を持ち合わせた強者であった。理不尽な問答に心をかき乱されながらも互いに最後の相棒一体のみまで辿り着いたが、こちらはダイマックスを使い果たしており、頼みのゴリランダーも限界に近い。「逆境に晒される時こそトレーナーの真価が試される」というのがこのジムリーダーの持論だと聞いているが、これでは若年者を甚振る趣味の悪い老人だ。
 ユウリが歯を食い縛る。
 ここで負ける訳にはいかない。自分を送り出してくれた実の親やチャンピオン、脳裏に浮かぶライバルの面々へ無様な姿を見せたくない。

 何より、私が負けたくない。

「いい顔をするじゃないか、ピンクが足りないのが勿体ないくらいに」

 天から降り注ぐ光の筋をゴリランダーが必死に躱す。だが、それも長くは続かないだろう。マホイップがキョダイマックスから戻るのが先か、ゴリランダーが仕留められるのが先か。悔しいが、後者である事は間違いない。力尽きるその前に、何としてでもこちらが先に仕留める。

 おばあちゃんのクイズなんて、いまさら!!

 ジムリーダーを睨むチャレンジャーの双眸が鋭さを増すが、老婆の口から放たれた問いはユウリが全く脳裏に描いてすらいなかった不意打ちであった。

「仮に嘘で塗り固められたものでも、突き通せばそれは真実と言えるかい?」
「っ!! ゴリランダー!! 右にかわして!!」

 止まった思考を無理に動かし、ユウリは相棒に指示を出す。ゴリランダーが立っていた場所を光の筋が射抜いた。
 焦るなと自分に言い聞かせるが、心はそれに従わず。今までのクイズと明らかに毛色が違う。十六歳と言われて笑顔を見せたジムリーダーが最後に呈した問い、万物の法則に関わるものと紛うほどに「本質」へと迫ったものだ。そこに真偽があるのか、そもそも問いになる事すら間違っているのではないか。ポプラを睨み返すユウリの瞳の端には薄っすらと雫が溜まっている。

 そんなこと、こんな時に言わなくたって!!

「時間切れだよ、チャレンジャー。マホイップ、キョダイダンエン!!」
「きゃ!!??」

 幾多の光がスタジアムに突き刺さり、そこから生じたクリームの津波がゴリランダーはおろかトレーナーであるユウリさえ飲み込んだ。
 目を瞑った暗闇の中で藻掻き、飲み込まれたクリームの奥から観客の大きなどよめきを聞いた。自分が今何処に居るのかさえ分からない。ゴリランダーは無事だろうか。負けたくない。負けちゃいけない。その思いで必死に手足を動かす。

「ユウリ!! 何処だ!? ユウリ!!」

 不意に自分を呼ぶ誰かの声が聞こえた。同郷のライバルでも彼の兄であるチャンピオンでもない、見知った者の中に覚えがない声。叫び返そうとしたところで右手がクリームの中から脱した。そこを頼りにようやく乳白色の海の中から顔が抜け出す。

「ここ!! ここだよ!!」

 顔に纏わり付くクリームで未だ目は開けられない。疲れからか、二本の足で立つ事すら儘ならない。
 トレーナーに対するポケモンの攻撃はリーグルールの法度に触れる。しかし、相手はそのリーグのジムリーダー、バトルの禁則事項を緩める事が許されるだろう。でなければ理不尽な問い掛けなど出せない。或いは、勝負は既に決してしまったのか。

 いやだ……そんなの……絶対に!!

「ゴリランダー!! どこなの!? 無事!?」

 ユウリが発した問いは彼女が予想していない場所から届いた。

「俺はまだいけるが……ユウリなのか……お前が……?」

 自分の呼び掛けに応えたのは、先程から自分を呼ぶ謎の声だった。不意に、分厚い両手が彼女の顔を拭う。感覚がおかしい。髪は首筋に掛かるほど伸ばしてはおらず、口周りが妙に長い。混乱する頭に道理を与えようとしている最中、太い指が瞼の上を擦る。ようやくユウリが双眸を開くと、そこにはこれまでの旅路で苦楽を共にした相棒が居た。

 どうしてだろう、ゴリランダーの表情がいつもより分かる気がする。

「ゴリランダー……無事で良かった……私達……まだ負けてない……!!」
「ああ、俺はまだいけるが……やっぱりユウリなんだな……」
「え!? ちょっと待って!? 私、ゴリランダーの言葉が分かる!?」

 ポプラが繰り出したクイズから続く困惑を落ち着ける為に立ち上がろうとするが、それが叶わない。クリームの中から力の限り手を引き抜き見下ろすと、そこにあったのは紫色の毛並みに覆われた蹄であった。

「え!? え!? なにこれ!? 私どうなっちゃったの!?」
「気分はどうだい? 相変わらずピンクが少ないけど、人間だった頃よりマシになったねえ。さっさとバトルに戻りたいから自分の頭で理解するんだよ。マホイップ、光の壁!」

 ジムリーダーの呼び掛けで顔を上げた瞬間、徐々にクリームが消えていくスタジアムの中にガラス板のような透明で巨大な壁が聳える。
 反射でその壁に映し出されたものは、クリームに塗れた相棒のゴリランダーと、その傍らには見知らぬギャロップ。人間のユウリは何処を探してもいなかった。自らの横目には実のゴリランダー。

 ってことは……。

「わ、私!! ギャロップになっちゃったの!?」
「ユウリ、落ち着け!! きっと戻る手段はある!! まずは落ち着くんだ!!」

 前後と左右の足を踏み鳴らす巻き毛の鬣を有するギャロップを、揺れる長い首筋に獅噛付いたゴリランダーが宥める。
 自分の身に起きた異変の原理は分からない。この姿では明日の暮らしさえ分からない。これがリーグの敗者に下される罰ならば、余りにも残酷だ。この姿では親にさえ自分であると分かって貰えはしないだろう。ギャロップとして草を食んで生き、一糸纏わぬ姿で野山に糞尿を垂れ流し、或いは人間のポケモンとして今までの全てを忘れろと言うのか。

「やだ!! 戻して!! 私は人間!!」
「ヒンヒン煩くて何を言ってるか分からないねえ。心配しなくても、バトルが終わったら元に戻すつもりなのに」
「ユウリ!! 聞いたか!? 人間に戻れる!! だから落ち着いてくれ!!」
「っ!!」

 ゴリランダーの説得で、ギャロップの動きが止まった。何度か深く息を吸う。

「……ありがとう、ゴリランダー。いくらジムリーダーでも、人間をポケモンに変えたままなんて許されないよね……」
「ユウリ……良かった……」

 自らの内に覚えの無い感覚が在る。胸中で念じると、自らの毛並みが光を発し、自分とゴリランダーの身体に纏わり付いていたクリームが弾かれる。ギャロップはフェアリーの他にエスパーの力もその身に宿す。そのギャロップに変じたのであれば、それらを自分が使えるのは当然だ。
 自らの身体の中を心で探ると、人間には無いものが多い。冴える頭、速い足、人間では叶わない獣としての力。それらが今のユウリに備わっている。

「理解したようだねえ。あんたらがあたしらに挑むなんて早い事は最初から知っていたさ。ただ追い返す事も出来たけど、それじゃあ面白くない、ピンクも足りない。これはあたしらからのハンデ。ポケモンとして自分の相棒と一緒に戦って見えてくるものもある。ピンチの時こそ成長のチャンスだからねえ」

 マホイップが生み出した巨大な壁はいつしか消えていた。しかしキョダイマックスの姿は保った儘。その足元で淡々と真意を語る老婆。未熟を見抜かれていたのは悔しいが、相手に贈られた機会を無駄にする腹積もりをユウリは持ち合わせていない。戦いの恐怖よりも、疾走による快楽を自らが待ち望んでいる。

 ギャロップとして戦いたい。ポケモンとして、気持ち良くバトルしたい。

「ゴリランダー、まだ頑張れる?」
「俺は行けるぞ、ユウリ。力を合わせて、この戦いに勝ってユウリを人間に戻そう!」
「うん!!」

 ギャロップが何度か足踏し鼻を鳴らす。ゴリランダーが長髪の如き毛並みを後ろに掻き分ける。互いに闘志は潰えて居ない。ならば、与えられた数の利を活かし勝利を掴む。

「私が前に出るから、ゴリランダーはマホイップにトドメを刺せるチャンスが来るまでかわすことに専念して。頼んだよ、ゴリランダー」
「ユウリ、君が前か? ポケモンとしてバトルするのは初めてだろう?」
「今の私はギャロップ! これくらい平気! ゴリランダーこそ、私に負けないくらい頑張って!」
「ああ!! ユウリ!!」

 ギャロップが向ける満面の笑みで、ゴリランダーの顔も綻んだ。そしてマホイップを見据えた後に、互いにその相貌へ決意を結ぶ。勝たなければならない、絶対に。

「行くよ!! ゴリランダー!!」
「ああ!!」
「マホイップ、キョダイダンエン!!」

 光の筋が降り注ぐ中をギャロップが四つの足で駆ける、ゴリランダーが木鼓を背負い駆ける。ユウリが地を蹴り飛び跳ね、一角が伸びる頭を振ると、光の筋が見えない壁に阻まれ霧散する。これがポケモンの、ギャロップの力。

 そして、私の力!!

 全身に人間のものではない感覚が駆け巡っている。教えられずとも蹄の足で駆ける術を知っている。元からギャロップであったように。客席から歓声が沸き起こる。トレーナーのユウリはポケモンであっても強い。それを見せつけるまでだ。

「っ!? ゴリランダー!?」

 ギャロップが振り返り、念ずる。足がもつれたゴリランダーを居抜かんと迫る光の筋がギャロップの力に弾かれた。体勢を取り戻したゴリランダーが再び駆ける。

「ゴリランダー、大丈夫!?」
 
 マホイップを翻弄すべくその周りを駆けるユウリが足を止めない儘でゴリランダーに呼び掛ける。

「俺は大丈夫だ!! ……ただ……」
「ただ……?」
「ユウリ……君の尻尾の奥に……君の大事なものが見え隠れするんだ……!」
「大事なものって……どこ見てるの!? ちゃんとバトルに集中してよ!! エッチ!!」

 ギャロップが叫ぶ。人間の儘であったらその頬は染まっていただろう。走りながらも尾で自らの秘所を隠そうとするが、風がそれを邪魔立てする。今の身体では、自分の「そこ」がどういう形をしているかさえ分からない。突如としてギャロップの中に羞恥の心が芽生える。

「ゴリランダーがそんなエッチな性格だなんて知らなかった!!」
「すまない……ユウリ……俺だって雄なんだ……!!」
「私は人間で、ゴリランダーはポケモン!!」
「君だってさっきは自分からポケモンだって言ってたじゃないか!?」
「ヒンヒンゴリゴリ煩いねえ。何を喧嘩してるか分からないけど、そんなんであたしらに勝てると思ったら大間違い」

 マホイップが繰り出す光の筋が数を増す。ギャロップが不可視の守りでゴリランダーを庇いながら並んで走る。この儘では先に消耗するのはこちらだ。その前に決着させる。

「出来るだけ見ないように戦う……信じてくれ……!!」
「次見たらカレー永久没収だからね!」
「それは困る!!」

 ギャロップとゴンランダーが二手に分かれてマホイップに仕掛ける。ユウリの身体と心を支配するは疾走する本能。元は自らの力不足で陥った事態だが、獣の姿は自らが知らない世界を見せる。
 マホイップの猛攻が瞬であるが緩んだ。ユウリが嘶く、ギャロップとして。長い鬣を靡かせて振り返る。相棒が携えた木鼓を轟かせながら跳ぶ。疼く、身体の奥が。ゴリランダーの所為で。


 ああ、でも、もしこの身体で最初からポケモンとして生まれていたら、ゴリランダーと結ばれても良かったかも。
 なんで私、本当のギャロップじゃないんだろう。


 アラベスクジムの決戦に勝利し人間に戻ったユウリは、後に深い褐色の頭髪を紫と薄緑に染め上げた。
 ギャロップのそれと同じ色に。


 了

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Last-modified: 2022-05-14 (土) 09:14:14
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