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アノマリー

/アノマリー



作:稲荷 ?
こちらも短めです




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好奇心と探究心こそ、人の不幸なるかな。
穏やかな水面を濡れないよう進むと、海中に没せしめられたかつての道路が揺らめく水底に横たわっている。
かつてこの地に牙城を築いたダイキンセツホールディングスも、今や名ばかりが残る無実のものになってしまった。
随分と悲しい話だ。ポケモンと自然を愛すゆえに数千という従業員が職を失い、何人が首を吊ったことか。
されど、そんなことは私には関係無い。
私は一介の研究員にして、かつてのダイキンセツホールディングスの役員を名乗る男から多額の報酬とともに、奇妙な新ポケモンの調査を依頼されたにすぎないのだから。
水面を進むラグラージの感触は冷たい。荷物が濡れないように細心の注意を払っているが、どうも冬の寒さと、時折吹き付ける風が私を悩ましている。
「ご主人様」
ラグラージのラルフは口を開く。
「自分は随分と前から、あの施設のことが気になっていたんですが、漸く探検出来るんですかね?」
「ああ。その通りだ」
私は首肯し、こう続ける。
「それに、あのジオフロントは機材の影響か、電気タイプが多いと聞く、ラルフなら十分に活躍出来るだろう」
するとラルフは少し嬉しそうな身振りを見せて、水面を進む速度を速めた。
波紋が大きく歪み、今まで眼下に見えた旧道路の姿が掻き消される。
「それにしても、透明度は高いのだな」
思わず感嘆とした。地元ではここまで透明な水は珍しい。確かにこの地は釣りの名所でもあるが。
「え?」
「いや、廃棄された道路が見えるだろう?」
「ああ。そうですね。ご主人様」
やがてラルフは陸地へと辿り着いた。
鬱蒼とした木々の繁茂する合間に、やたら近代的な建造物が場違いにも鎮座している。
ここが、彼の有名なニューキンセツ。
忘却の彼方に追いやられ、多くの金と汗を喰い尽くしたジオフロンティアの前線だった場所。
「なかなか風情があるな」
私の呟きにラルフは頷いた。
「まあ、ここからは封鎖区域だ。野生のポケモンも多い故に、手持ちを出しておこう」
私は腰元に携える小型のボールを2つほど取り出して、中央の丸いボタンを指で押した。
途端に光が弾け、何かが陸地の上で形勢される。
人類の科学の英知。便利なものだとつくづく思う。
光はやがて収束し、歪みなき輪郭へと収まる。一匹はライボルト、こちらは研究所から派遣されたポケモンだ。
もう一匹はイーブイ。いかにも幼そうだが、これでもダイキンセツホールディングスの元役員のポケモンらしい。経験を積みたいという名目で、私と同行するが、イーブイのふさふさの胸毛の中に監視カメラが備えられていることくらいは、察することが出来た。
「それぞれ、紹介しよう」
私がそう言うと、先ずライボルトが声を上げる。
「ええと、私はシャロン。よろしくね!」
声の可愛らしい雌だった。彼女はもともと避雷針技術の研究のためのポケモンであったが、今では前線で研究員のサポートをする優秀な助手だ。
しかし、研究分野が違い過ぎるためか、私とは面識も余り無く、初対面と言った方が正しいくらいだ。
「僕はイーブイのルカ。今はポケモン学研究のために遺伝子提供をしてるよ」
体のいい理由に違いない。しかし、あまりにも邪険に扱うと、カメラからの情報で私の評価に影響を及ぼしかねない。
私はあくまで気づかないふりをした。
「それでは....全員揃ったようだ。研究の躍進のためにがんばってもらうぞ」
一同は声を張り上げる。
いよいよ、未知の探求へと足を進めるのだ。
私とラルフ、シャロン、ルカは一列となって、アイリス認証の厳重なセキュリティをクリアすると、これまた堅牢なバリケードを超えて地下へと潜った。
廃棄されてから幾分か年月が過ぎているので、床は埃がつもり、荷物が散乱している。
灰色の壁は薄く汚れ、地面のタイルの一部は剥がれ落ちるまでに至っていた。
「念には念を」
私は鞄から銃身の長いライフルを取り出して、構えた。
装弾数は6発。手動で装填と薬莢の排出を行う、旧式のライフルだ。
「またライフルですか?ご主人様勘弁してくださいよ」
ラルフが文句を言う。
「仕方なかろう。一度、浮浪者に襲われてから、警戒心が強まってしまってな。それに、君らを無駄に負傷させたくもない」
「大丈夫ですって。自分もいますし」
私はラルフの抗議を無視し、さらに奥へと進む。
途中から流石に日の光が届かなくなるが、シャロンのフラッシュが威力を発揮した。
「連れて来て正解だ。自前の懐中電灯を使うより、はるかに効率的だ」
錆びた鉄骨の剥き出した階段を下りながら、私は褒めた。
事実、懐中電灯には無理があるが、彼女の綺麗なきらめきは視界確保に重要なものだ。
「いえいえ!私は当然の勤めをしたまでですよ!」
謙遜して彼女は答える。
まさしく、その通り。彼女の当然の勤めだ。
「しかし...こうも地下に潜ると湿度も高いな。いやな感じだ」
「そうですね」
ラルフが同意する。
地下10Fというのに、酷い湿度だ。身体を激しく動かせば汗が噴き出す様な勢いである。
「うーん、最深部は69階まであるんですが....まあ、厳密に言えば40階までしか整備されてませんけどね」
ルカはそのご自慢の体毛のおかげで、暑さには弱そうだ。この湿度だろうし、参ってしまうだろう。
割れた蛍光灯を踏みつけ、時折、瓦礫の山を越えながら私たちは深く潜って行く。
そして、20階ほどに達したころだろうか。
「.....こりゃ、酷いな」
私は思わず声を零した。
「完璧に沈んでるねー」
シャロンの間の抜けた声。声は可愛らしいのだが、どうやらシリアスな場面には不向きのようだ。
ラルフは沈黙し、ルカはうんざりと言った表情で水没したフロアを眺めている。
「くそっ。ダイビングか?....この深部に潜らなきゃならん」
最悪だ。私は鞄から酸素呼吸器を取り出すと、口に銜えた。
予備の代物を二匹の仲間にも投げ渡す。
「え?これ、潜れってことですか?」
ルカはあからさまに不愉快な顔をした。
濡れるのは嫌なようだ。
「ああ。水中で襲われたら元も子もないだろう?それに、いざとなれば君らだけでも逃れてくれれば良い」
「.....し、しかし――――――」
ルカは不平を言おうとしたのか、顔を歪ませたがすぐに口を噤んだ。
いい反駁が見出せなかったに違いない。
なんせ、奇妙なポケモンの調査を依頼し、安全のためにと彼を携えたのは、役員自身なのだから。
私は監視役の小さな落ち度に少しだけ喜ばしい感情を覚えた。
私は研究員なのだ。新たなポケモンの調査を依頼された純朴なる知の探求者なのだ。
知は監視されるものではない。内心、私はあの役員を見下している。
こんな監視役まで付けて、知の探求たる私になにをするつもりなのか?
少なくとも監視されていい気分はしないものだ。
「それじゃあ。進もう。ラルフはいいかい?」
問いかけにラルフは頷いた。水は冷たそうだ。地上ほどに澄んではおらず、生き物の姿は何も見えなかった。
酸素呼吸器は水中の酸素を分離して、肺へ送ってくれる科学の英知である。
これによって、我ら人類は、海中での探索を飛躍的に進歩させることに成功したのだ。
ラルフにしがみつき、私は水へと身を進める。
案の定、水は冷たく、まさしく地下に忘れ去られた歴史を物語っているようだった。
二度と日の目を浴びることの無い場所。
これこそが大深度の果てなのだ。









鼻や呼吸器の合間から泡がこぼれ、一直線に真上へと向かって行く。
案の定、水没した区域ははるかに深く、視界も悪い為に、剥き出しの鉄骨に細心の注意を払う必要が出て来た。
資材を運搬するためのリフトがネジ曲がり、鉄製のワイヤが鋭利な牙を剥いて水中を漂う。
ラルフは軽快な動きでそれを躱し、私は防水袋にいれたライフルが水没しないように抱きかかえていた。
後方からはルカとシャロンの泳ぐ音が追いかけて来る。
「ご主人様」
ラルフが泳ぎを止めて、破れた鉄柵に手を掛ける。
「見る限り、ここが深部です」
水中ゆえにシャロンのフラッシュは使えない。多少の電流であれば堪えれるが無闇に痛い思いを味わうのは好きではなかった。
そんなプレイに興味すらわかないし、ましてそんな下等な行為に手を染めることさえ罪のように思われる。
私は防水の懐中電灯で足下と周囲を照らし、注視した。
厚いコンクリートで地面は固められ、階段のあるはずの施設は鉄骨が幾重に折り重なって潰れている。
壁はあちこちが崩落しているが、その多くは硬い岩が露呈するだけで、気味の悪い暗闇を生んだだけだ。
「ルカさん。整備されてるのは40階までなんですよね?」
地面に打ち捨てられた37階というプレートを見据え、私は尋ねた。
数秒の沈黙を以て、ルカの声が答えた。
「ええ。空洞自体は69階まであるんですが――――」
「なるほど。ならば、まだ潜れそうだ」
ルカの声を阻み、私はまた周囲を捜す。
こういう施設には大抵空気循環のための換気口が備えられている。
私はライトでラルフが手をついている鉄柵を見つめ、ライトで向こう側を照らした。
どうやら、換気の為のフィルターらしきものが外れかかったまま放置されている。
「....ラルフ。ここを進め」
「了解です。ご主人様」
ラルフは破れた鉄柵から中へ入ると、直ぐに訪れる垂直降下のダクトを深く潜る。
予想通り、施設の深部へと進めた。
しかし、直ぐにダクトはコンクリートのようなもので押し固められていて、道は閉ざされてしまっていた。
「ラルフ、ダクトを破れ」
私はごんごんと反響する比較的薄いダクトを叩いた。
この程度ならば、ラルフにも余裕だ。
鈍い衝撃音とともにダクトは弾け、ぽっかりと横穴を開いた。
と、途端に微かな光が暗澹たる水の奥に煌めいた。
ラルフは厭わずダクトから身体をはい出し、倒壊したコンクリートの上にある空気溜まりに向かう。
後方からはシャロンが続き、ルカもそれを追った。
「ふう...ご主人様。大丈夫ですか?」
滴る水がコンクリートを湿らした。
私は淀んだ空気にも構わず、大きく息を吸い込み、防水袋からライフルを取り出す。
「ああ。他の面子も平気だな?」
遅れて浮上してきたルカとシャロンは首肯する。
水分を含み、あのもふもふ加減が無くなってしまった彼らを見るのには少し哀れな気がした。
「ええ。それにしても、こんなに深くまで潜水して、平気なのかしら?」
シャロンは水を飛ばしながら尋ねる。
確かに、私らは藐然とした不安を覚えていた。
大深度の奥底には原初より秘められし未知なる恐怖と不安が封じられていた。
幼き子が暗闇を怖がるように、私らもまた急に臆病になっていた。
「....今更手ぶらで帰る訳にもいかんからな」
ルカの胸に隠されていた小さなレンズが毛の合間から光る。
ルカは私の視線を感じたのか、少し戸惑い。何気なくを装ったまま身体を反らす。
「そうでしょう。ここはそろそろ40Fです。新ポケモンも近いことですし」
「じゃあ、急ぎましょう。幸いにして40Fの上部は水没を免れてるみたいです」
分厚いコンクリート層の天井からは水がしみ出して来ていて、一種の鍾乳洞の様なものを構築し始めている。
発電機器や鉄骨は半ば沈みかけているが、その上を通れば、行動に支障は無いように思えた。
「薄気味悪いことに変わりない。引き続き警戒しろ」
ライフルを構え、私は閉鎖されかけた通路へと足を進めた。
送電用のケーブルが垂れ下がり、二度と役目を果たさない蛍光灯が虚しく放置されている。
やけに重い空気が立ち籠めている。
「.....」
私は前方の闇を嫌っていた。
ゆえに、私はライフルをそちらへ構え、見えない恐怖に打ち勝つべく気丈な態度を保とうと勤めた。
過ちだった。




ばっしゃーん!




突如、静寂を突き破り、激しい水音が空気を振るわす。咄嗟に私は振り返った。当然の反応であり、状況確認のためには止む得ない行動であった。
ラルフとルカも同じだ。彼もまた唐突に響き渡った音を確認せざる得なかった。
シャロンだけが違った。
いや、彼女だけは前後左右も確認することが出来なかった。
気がつけば彼女は深い水の中に身を落としていた。冷たく暗澹たる水の中で鋼色に気泡が瞬く。
「シャロン!」
私は叫んだ。そしてラルフの肩を叩き、悲鳴に近い声で指示を飛ばす。
「いけ!助けるんだ!」
ラルフは頷いた。
酷く濁った水のせいなのか、彼女の姿は急激に闇に揉まれて消えて行く。
ラルフも同様に水飛沫を上げ、水中へ身を投じる。
水飛沫が足場を濡らし、シャロンの落下によって荒立てられた水面が増々混沌と歪み、すぐさまにラルフの姿も見えなくなった。
一体、なにが起きたのか。
私は何一つ状況が掴めなかった。
とりあえず、棒状のライフルで水面を叩き、シャロンを抱えて戻ってくるであろうラルフを誘導しようと試みる。
「.....」
ルカは突然のことに呆気にとられ、茫然と立ち尽くすばかりだ。
ライフルでぱしゃぱしゃと叩かれた水面は揺らめき続けるが、変化は起こらない。
「お、おい!」
怒鳴り声も虚しかった。
私の懐中電灯だけが唯一、この空間を照らしていて、ライフルで水面を打つ音のみが木霊する。
噫、そんな馬鹿な。
ライフルを腕に戻す。水面は揺らめいていたが、やがて元通りに濁った暗澹たる姿へと戻り始めた。
「ら、ラルフさんは」
ルカは震えた声でようやく喋った。
静かだ。
水面に動く者は無い。
まさか、話に聴く新ポケモンとやらにやられてしまったのだろうか?
いや、そんな筈は無い。水中での勝負ならばラルフが有利に決まっている。
例え同じ水棲のモノとしても互角までは持ち込める筈だ。
ここまでの沈黙は異常だった。
新ポケモン。それが、我々の既知のものとは大きく違うものなのかもしれない。
ならば、それは――――――
恐怖で顔が歪む。私は顔を左右に振り、ライフルを水面に構えた。
「逃げましょう!」
ルカの悲鳴にも似た叫びが私を劈く。薄やみの瓦礫の上では、確かにどこから水に引き込まれるか分かったものではなかった。
私は震えるながらも、それに頷き。なんとか決死の思いで硬直した身体を不自然に動かすことが出来た。
ルカが先導し、未だ原型を留めている小さなダクトをくぐり抜け、廃材の山を走る。
謂われなき恐怖と不安が後ろから追い立てている。
「ま、待ってくれ」
上擦った声で私はルカを呼び止める。余りにも違いすぎた。人間とポケモンとでは素早さが根底から違う。
とても追いつけるようなものではない。
しかし、ルカはそれに応じず、一人で曲がり角を曲がり、リフト降下路と書かれた扉をくぐり抜けてしまった。
なんと白状な!
私は見えない何かに追われながらも、憤怒し、同じように扉を抜けた。
だが。そこにルカはいなかった。
「うわっ!」
素っ頓狂な私の悲鳴がリフトの縦長い通路に木霊した。
薄暗い通路にはルカが付けていた監視用のカメラだけが取り残され、彼の綺麗なふさふさした毛が数本残されている。
血の気が引いた。
懐中電灯で照らすも、彼の姿はどこにも見えず、すぐ側に濁った水の溜まった深淵がぽっかり口を開いていた。
見る勇気などは持ち合わせていなかった。
「....ああ!」
そして、その瞬間に私は慄然たる現実に畏れ戦いた。
私は孤独となってしまった。よりによって、こんな地下の奥底で!
こんなこと、フェアで許される訳がない。
余りにも、理不尽だ。
私は狂ったかのように喚き、もはや満身創痍で小さな作業用の小屋に身を隠した。
小窓と朽ちた机、乱雑に木材が積もれている。
幾らか湿っていたが、あの濁った汚らしい水は存在しなかったことが、僅かながらに安寧を齎す。
知の探求者たる私がこんな場所で殺されるなど、合ってはならない。
あのダイキンセツホールディングスの元役員を名乗った男が、どうして監視役を私に付けたのか。
どうして、今更の調査を命じたのか。
どうして、施設は封鎖されキンセツ社は倒産の道を選んだのか。
どうして、此処に続く道は沈められたのか。
全ては忌まわしき記憶を封じ、それを地下で永遠のものにするためだった。
それらの答えを知ったからに私はもう逃れようのない恐怖に身を震わせるしかなかった。
恥も外見もない。あるものは生への堪え難き恐怖。
ふと、目にライフルがついた。
「あるではないか」
最後の最良の解決策。
全てを忘却の海に、あの、忌まわしい存在に私の隠れ場所を悟られる前に。
....何かが、小屋の外でのたうち回ってるようだ。
液体の滴る何かを引きずる不快な音。
だが、今更扉を破ったところで私を見つけられまい。
なぜならば、私は今。全てを忘却へと追放しようと試みてるのだ。
昂った心に私は微笑みを隠せなかった。
いやそんな!
あれはなんだ!窓に!窓に!




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Last-modified: 2015-02-08 (日) 11:58:17
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