ポケモン不思議のダンジョン 探検隊アドバンズ物語
作者 火車風
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第五十八話 夏の悪夢!恐怖の肝試し! 前編
「はあ~・・・、疲れたぜ~・・・。」
「あそこまでてこずるとは思わなかったよ・・・。」
依頼を終えたソウイチ達は文句をいいながら帰ってきた。
どうやら今日は難しい依頼だったようだ。
下に降りると、すでにソウマ達は帰っていた。
いつもと違うのは、ソウマ達以外に、ギルドのメンバーが全員いることだった。
どうやらペラップから話があるということで、みんな集まっていたのだ。
「え~、今日はみんなに伝えておきたいことがある。前々から予定していたことだが、今日の夕方から、ギルド総出で肝試しを行うことになった。もちろん付近のポケモンたちも参加する。」
ぺラップはみんなに言った。
肝試しという言葉を聞いてみんなはざわめいた。
「探検隊なるもの、心身ともに鍛えなければならない。そこで、みんなの精神を鍛えるために開催することになった。」
興味津々で話を聞くものもいれば、青い顔をしているものもいた。
「基本みんなは肝試しをする側だが、脅かし役をやりたいものがいれば募集する。脅かし役がいなければ肝試しにならないからな。くれぐれも不参加ということがないように頼むよ。」
そしてペラップの話は終わった。
部屋に帰ると、すぐにソウイチ達は肝試しのことについて話した。
「肝試しだってよ!なんかわくわくするぜ!」
「夏らしゅうてええやんけ。こら楽しみやな~。」
シリウスとカメキチは結構楽しみのようだ。
「で、でも・・・、お化けはやっぱり怖いよ・・・。」
「できれば参加したくないな~・・・。」
モリゾーとゴロスケは少し青くなっていた。
やはりお化けは苦手なのだ。
「大丈夫だよ。お化けなんて誰かの変装で本当はいないんだから。」
ソウヤは笑って言った。
ソウヤ自身はお化けのことを信じていないのだ。
「そ、そうかな~・・・。」
それでも二人は不安そうだ。
「心配ないよ。ね、ソウイチ?」
ソウヤはソウイチのほうを見た。
しかしソウイチはものすごく暗い顔をしていた。
話を全然聞いていないようだ。
「ソウイチ?どうしたの、ぼ~っとして?」
ソウヤはいつもと違うソウイチの様子が気にかかった。
「・・・へ?あ、な、なんでもねえよ・・・。」
ソウイチはあわてて部屋の外へ出て行った。
いつもと明らかに様子が違う。
「変だな~・・・。いつものソウイチだったら、『お化けぐらいでなにびびってんだよ!お化けなんかオレが滅多打ちにしてやるぜ!』って言いそうなのに・・・。」
ソウヤは実際に口真似をしていった。
「確かにちょっと変ですね・・・。」
ドンペイもコンもどこか違和感を感じていた。
「うん。絶対変だよ。アニキもそう思うでしょ?」
ソウヤはソウマに話をふった。
「え・・・?あ、ああ・・・。そうだな・・・。」
ソウマはどこか気のない返事をし、そのまま部屋を出て行った。
どこか目をそらしているようにも見えるし、今日は二人していつもと様子が違うようだ。
何を隠そう、二人ともおばけが大の苦手なのだ。
時期は違うが、二人ともおばけ屋敷や肝試しがかなりのトラウマで、おばけに対する恐怖心が抜けないのだ。
もちろん恥ずかしいので、そのことは誰にも話していない。
肝試しが始まるまでの間、二人はずっとそわそわしてほとんどしゃべらなかった。
「(肝試しか~・・・。どうすりゃいいんだ・・・。)」
「(このままじゃ・・・、お化けが嫌いってことがみんなにばれちまう・・・。)」
二人はそのことが不安で、ずっと頭から抜けなかった。
ソウイチは木の上で、ソウマは海岸でずっとそのことを考えていた。
みんなはどこか具合でも悪いんじゃないかと不安になり、まずは、ソウヤ達五人がソウイチに聞いてみることにした。
「ねえソウイチ。今日はいつもより元気がないけど、本当にどうしたの?」
モリゾーは心配そうに聞いた。
「なんだかずっと上の空だし、体の調子でも悪いの?」
ソウヤも不安げな様子だ。
「別に・・・。お前らには関係ねえよ・・・。」
ソウイチはそっぽを向いたまま答えた。
「だけど・・・。」
「いいからほっといてくれ。」
ソウイチは話をさえぎり、それ以上は口を開こうとしなかった。
みんなは顔を見合わせてため息をつき、その場を離れた。
そして今度は、ソウマのほうがカメキチ達から質問を受けた。
「なあソウマ、今日お前なんかへんやぞ?どしたんで?」
「なんにもしゃべらないけど、ほんとに大丈夫?」
カメキチとライナはソウマの背中に声をかけた。
「何でもねえよ・・・。」
ソウマは振り返らずに答えた。
「でも、さっきから先輩、表情が暗いですよ?」
「ほんとになんでもねえよ・・・。心配すんな・・・。」
ソウマはふっと笑った。
ドンペイはまた何か言おうとしたが、カメキチは肩をたたいてとめた。
これ以上聞いても無駄ということだろう。
それからみんなは部屋に戻り、それぞれ二人の様子について話し合った。
「絶対あの二人なんか隠してるよ。」
開口一番ソウヤが言った。
「間違いねえな。あの様子じゃあ絶対隠し事してるぜ。」
シリウスもうなずく。
「だけど、何を隠すようなことがあるんでしょうか・・・。私達に知られたくないほど隠したいことって・・・。」
コンは首をひねった。
みんなも二人の隠し事がすごく気になるのは確かだった。
「あの調子やと、肝試しに関してなんかあるんやろうな。もしかしたら、あの二人逃げるかもしれんな・・・。」
カメキチはつぶやいた。
「えええええ!?」
みんなはびっくりした。
まさかカメキチの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「結構いやがっとったし、出たくない気持ちはわからんでもないな~・・・。やけど、二人のプライドからして、お化け嫌いっておもわれたないけん、たぶん参加するやろうな。」
思われたくないのはあっているが、二人は本当にお化け嫌いなのだ。
「まあ、時間になるまで待って、こんかったらお化けが嫌いやったってことで。」
カメキチはいたずらっぽく笑った。
どうやら二人がお化け嫌いだと面白そうだと思っているようだ。
「くるわよ。ソウマがお化け嫌いなんて話聞いたことないもの。」
ライナはむっとして言い返した。
「ソウイチも、たぶん他の事情があるんだよ。開始時間になったら元に戻るさ。」
モリゾーも言った。
それでも、カメキチはやっぱり二人のお化け嫌いだという考えを捨て切れなかった。
根拠はないが、勘が働いているのだろう。
「やっぱり、参加しないわけにはいかねえよな~・・・。」
「このままじゃ絶対お化け嫌いって思われちまうし・・・、行くしかねえか・・・。」
二人はつぶやくと、意を決したように立ち上がった。
無論、ソウイチは立ち上がった瞬間にまっさかさまに落ちてしまったが。
そして日がくれ、あたりはオレンジと暗闇が交じり合った。
いよいよ肝試しの始まりだ。
「え~、ただいまより肝試しを行う!ルールは簡単!二人一組で海岸のゴールを目指し、たどり着ければクリアだ。途中棄権を認めないわけではないが、くれぐれもそのようなみっともないことがないように!」
ぺラップは参加者に大まかな説明をした。
説明を聞いている間も、ソウイチとソウマはずっと不安そうな顔だった。
みんなには気分転換をしていたとうそをつき、開始時間ぴったりにやってきたのだ。
そして、みんなの二人に対するお化け疑惑は一応晴れたようだ。
「(おいおい、よりによって二人一組かよ・・・。)」
「(ただでさえ怖いってのに、何で人数が少ないんだよ・・・。)」
二人は心の中で愚痴をこぼしていた。
人数が多ければ何とかごまかせるかもしれないが、これではかなりきついだろう。
だが、なんとか乗り切るために、二人は体の隅々から勇気を引っ張り出した。
みんなはそれぞれ、いつものパートナーと二人組みを組んだ。
ところが、その中にシリウスの姿が見えなかった。
「どこに行っちゃったんだろ・・・。そろそろ始まるっていうのに・・・。」
モリゾーは心配そうだ。
いつもなら真っ先に来ているはずなのに、ちっとも来る気配がないのだ。
「どうしましょう・・・。二人一組なのに・・・。」
コンはどうしようか迷っていた。
「じゃあ、オレ達と一緒に来ればいいんじゃねえか?人が多いほうがいいしさ。ちょっとペラップに聞いてくる。」
ソウイチは二人が話しかける前にペラップのところへ走っていった。
もっとも、人数が多いほうがいろいろと都合がいいのだ。
聞いてみたところ、仕方がないので三人でもいいとのことだった。
それでも、コンはやっぱりシリウスがこないことが心配だった。
「きっとそのうち来るよ。とりあえず僕たちは先に行ってよう。」
ソウヤはコンに笑っていった。
順番は、カメキチ&ドンペイ、ソウイチ&モリゾー&コン、ソウヤ&ゴロスケ、ソウマ&ライナで行くことになった。
「いざ行くとなると、なんだかこわいですね・・・。」
ドンペイはちょっと震えていた。
何しろドンペイにとって肝試しは初体験なのだ。
「心配すんなや。お化け出てきたらオレが追い返したるがな!」
カメキチはドンと胸を叩いた。
その様子を見て、ドンペイもいくらかは安心したようだ。
そして、二人はドンペイのしっぽの明かりを頼りに、森の中へと足を踏み入れていった。
それから10分たって、今度はソウイチとモリゾーが出発した。
「ううう・・・。こわい・・・。」
「大丈夫でしょうか・・・。」
「へ、へっ・・・。なにびびってんだか・・・。こんなのたいしたことねえって・・・。」
ソウイチはそんなことを言うが、怖がっているのは一目瞭然だ。
前へ進む足取りも、行灯を持つ手も小刻みに震えている。
この三人からはたくさん絶叫が聞こえてきそうだ。
それからまた10分後、今度はソウヤとゴロスケの番になった。
「大丈夫かな~・・・。なんだか不安だな~・・・。」
ゴロスケはちょっと顔色が良くないようだ。
「平気平気!さ、行くよ!」
ソウヤはそんなことはお構いなし、うきうきしながら森の中へ入っていった。
「あ、待ってよソウヤ~!」
ゴロスケはあわてて後を追いかけた。
一人で行くなんてまっぴらごめんだ。
そして最後はソウマとライナペア。
「怖いけど、なんだかどきどきするわね。」
ライナはちょっと怖そうだが、若干楽しんでいる部分もあるようだ。
「あ、ああ・・・。(びびるな・・・、ライナの前では絶対に怖がっちゃだめだ!)」
ソウマはライナの横顔を見ながら自分に言い聞かせた。
ライナがいる前では、絶対に自分の醜態はさらしたくないのだ。
こうしてみんなは、いろいろな脅かしが待っている恐怖の森へと入っていった。
まずはカメキチ&ドンペイ組み。
森に入ってしばらくたつが、まだ直接的な脅かしはない。
それが余計にドンペイの不安心をあおる。
「なかなかこないですね~・・・。まさかそろそろ・・・。」
「心配すんなや。びくびくしとってもはじまらんて。」
おどおどしているドンペイに対し、カメキチはいかにもお気楽そうだ。
しかしそのお気楽も不意に終わりを告げた。
目の前に鬼のような形相をした真っ赤な老婆が立っていたのだ。
「うわあああああああ!!!」
もちろんドンペイはすごくびっくりした。
カメキチも多少は驚いたようだが、すぐに老婆をじっとにらんだ。
「なんや・・・、これただの絵やん。ほれ。」
カメキチは老婆をバンバンと叩いた。
確かに木の板にかかれた絵のようだ。
「ほ、ほんとだ・・・。」
「肝試しなんてこんなもんや。ほな次行くで~。」
カメキチは明るくいうと先へ進みだした。
ドンペイは、カメキチがいつもよりもっと頼もしく見えたような気がした。
そして今度は、ソウイチ達が絵の近くまでやってきた。
「ううう・・・。なんだかすごく不気味だよ・・・。」
「時々聞こえるヤミカラスの声もぞっとしますね・・・。」
モリゾーとコンはお互いにくっついて歩いていた。
怖いと自然にそうなってしまうのだろう。
「な、何言ってんだ!こんなの怖いうちにはいるかよ!」
ソウイチはつまりながら大声で言った。
怖いのを隠すためにわざと強がっているのだ。
実際はモリゾーやコンの何倍も怖がっている。
例の絵のところへ来たときも・・・。
「うわああああああ!!!」
「きゃああああああ!!!」
「ひぎゃああああああああああ!!!!」
一番悲鳴が大きく、動作が大きかったのがソウイチだ。
ソウイチは木の後ろの隠れ、コンはびっくりしてモリゾーに抱きついていた。
「(お、オイラががんばらなきゃ・・・。)」
コンに抱きつかれてまでおびえているわけにもいかず、モリゾーは勇気を出して絵に近づいた。
「・・・あれ?これただの絵だよ?ほら。」
モリゾーは絵をぽんぽんたたいた。
「ほ、ほんとだ・・・。びっくりしました~・・・。」
コンはほうっとため息をついた。
「お、オレは最初からわかってたぜ!これぐらいおどろかねえと盛り上がんないからな!」
いつの間に木の陰から出てきたのか、ソウイチはふんと鼻を鳴らした。
ごまかしているのは見え見えだ。
「でも、モリゾーさんって勇気ありますね。なんだか尊敬しちゃいます。」
「そ、そんなあ・・・。オイラだって怖がってたし、そんなことないよ。」
といいつつも、コンにほめられてモリゾーは赤くなっていた。
ソウイチはなんとなくモリゾーにしっとした。
怖がっていたのにほめられたことが悔しかったのだ。
だが、モリゾーは怖がっていたものの、勇気を出して絵に近づいたことにかわりはないのだから、ソウイチが怒るのは筋違いといえるだろう。
「ソウイチ、いつまでそこにいるの?次に行くよ。」
コンにほめられて自信が出たのか、モリゾーは明るくソウイチに声をかけた。
もちろんソウイチはむすっとして返事をしなかった。
通り過ぎる間際に、腹いせに思いっきり絵を蹴っ飛ばした。
ひっくり返りこそしなかったものの、絵は固定していた部分がはずれぐらぐらになってしまった。
そんなことに気づくはずもなく、三人はその場所を後にした。
それから十分して、今度はソウヤ達がやってきた。
「なんかすごく不気味・・・。」
ゴロスケは変なものがないか辺りをきょろきょろと見回していた。
「ちゃんと前見てないとぶつかっちゃうよ?」
ソウヤはゴロスケに注意した。
「で、でも・・・。あたっ!」
ゴロスケは何かにぶつかった。
そしてそれをじ~っと見てみると・・・。
「で、でたああああああああ!!!」
ゴロスケはびっくりして飛び上がり、ソウヤの後ろに隠れて震え始めた。
「だ、大丈夫・・・?」
「うううう・・・。」
ソウヤが問いかけてもゴロスケは震えるばかり。
ソウヤはゴロスケにじっとしているように言うと、その絵のほうへ近づいていった。
「そ、ソウヤ!危ないよ!!」
ゴロスケはとめたが、ソウヤはお構いなしにどんどん近づいていく。
そして近くまで来ると、急にふふっと笑った。
「そ、ソウヤ・・・?」
「見てよゴロスケ。これはただの絵だよ。」
「え・・・?」
ソウヤが示すほうを見て、ゴロスケにもようやく絵だと理解できた。
「あ~、びっくりした~・・・。」
それが分かって、ゴロスケはぺたんとしりもちをついた。
「肝試しなんて大体こんなもんだよ。さ、行こう。」
ソウヤはゴロスケに声をかけて先へ進み始めた。
ソウヤはお化けを信じていないので、こういうおどかしにはなれているのだ。
ただし、テレビで特集しているような心霊現象は苦手なのだ。
もちろん、そのことを本人は誰にもしゃべっていない。
そして最後に、ソウマとライナがやってきた。
「ヤミカラスが結構鳴いてるわね~。」
「あ、ああ・・・。」
ライナはこの雰囲気を楽しんでいるのに対して、ソウマは浮かない返事で返した。
恐怖心を押さえつけることで頭がいっぱいなのだ。
そして例の絵の近くにさしかかると・・・。
ぎいいいい!
絵がバランスを崩して倒れてきたのだ。
「きゃあ!!」
「うっ・・・!」
ソウマは勤めて表情に出さないようにしたが、内心は結構怖かった。
ライナはびっくりして思わず後ずさりした。
しかしよく見てみると、二人ともそれが絵だということはすぐにわかった。
「驚いたわ~・・・。でも、これよくできてるわね。」
ライナは絵を持ち上げて言った。
「あ、ああ・・・。次いこうぜ。」
「ええ。」
確かによくできてはいるが、あんまり眺めて気持ちのいいものではなかった。
ソウマは絵を立てかけると歩き出した。
ライナはソウマの後姿を見て、カメキチの言っていたことは間違いだと確信した。
お化け嫌いなら、この絵を見たらきっと驚くはずだと思っていたからだ。
実際は、ソウマのライナの前でみっともない姿を見せたくない思いが恐怖に打ち勝っただけなのだが。
こうしてみんなは、最初の脅かしを通り抜けていった。
そして次なる脅かしは、宙に浮き包丁を持った人形が不気味な笑い声でこっちに迫ってくるというものである。
もっとも、仕掛けは実に簡単で、ネイティオのサイコキネシスとヒメグマの声まねというものであった。
それでも十分迫力は出るだろう。
最初にさしかかったカメキチとドンペイを驚かすのにも十分な効果があった。
「せ、先輩・・・。なんだか、変な音しませんか・・・?」
「変な音?そういや、しゃりしゃりいう音しよるな・・・。」
カメキチもこの音は不審に思った。
今まで聞いたことのない音だった。
「なんでしょう・・・。すごく嫌な予感が・・・。」
「し、心配すんな・・・。たぶん次の脅かしが・・・。」
カメキチがそこまで言ったとき、不意に森の中からウフフフという笑い声が聞こえてきた。
二人の背筋は一瞬にして凍りついた。
「だ、だれや!!」
カメキチは思わず大声で怒鳴った。
そして辺りをぐるぐる見回しているうちに、カメキチはある一点を見つめたまま動かなくなった。
しかも、足が小刻みに震えている。
「せ、先輩・・・?」
ドンペイはカメキチの様子が尋常でないことに気づいた。
そして、カメキチの目線の先にあるものを見ると、ドンペイは息を呑んだ。
空中に浮かんだ人形が、赤いもののついた包丁を持って笑いを浮かべていたのだ。
「あ、あわわ・・・。」
二人はそんな声でも出すのが精一杯だった。
恐怖のあまり思考回路がうまく機能していないのだから。
[ねえ、私と一緒に遊んでくれる?]
人形は二人に問いかけた。
二人の震えはさらに大きくなった。
[私と一緒に・・・、遊びましょうよ!!]
不意に人形の声が大きくなり、髪を振り乱し口が裂けた笑顔のままこっちへ向かってきた。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
ようやく二人の体は言うことを聞くようになり、人形が近寄ってくる前に全速力で逃げ出した。
平気そうな顔をしていたカメキチも、こればっかりは無理だったようだ。
驚いた二人の様子を見て、ネイティオとヒメグマは大成功といわんばかりに笑顔になった。
そして今度はソウイチ達が通りかかった。
そのタイミングを見計らい、ヒメグマはしゃりしゃりという音を出した。
「な・・・、なんだ・・・?」
「今の音は何でしょう・・・?」
モリゾーとコンは、急にあたりの気温が下がったような気がした。
「き、気のせいだ気のせい!!さ、さっさと行こうぜ!」
ソウイチは知らず知らずのうちの声が上ずっていた。
再び歩き出そうとすると、今度は不気味な笑い声が響き渡ってきた。
「い、今の声何!?」
モリゾーはびくっとなった。
「だから気のせいだって言ってんだろうが!!」
ソウイチは躍起になって大声で叫んだが、ある一点を見つめて急に動かなくなった。
「そ、ソウイチさん・・・?」
コンはソウイチの目線をたどっていくと、ひっ!と声を上げて震え始めた。
「ふ、二人ともどうしたの・・・?」
モリゾーも目線をたどると、あんぐりと口をあけてそれを見ていた。
なにしろ包丁を持った人形が浮いているのだから。
[私と一緒に・・・、遊んでちょうだいな!!]
そしてものすごい形相でこっちに迫ってきた。
「わあああああああああ!!!」
「きゃああああああああ!!!」
モリゾーとコンは全速力で逃げ出したが、ソウイチは恐怖のあまり出遅れてしまった。
二人はソウイチのことなどすっかり忘れて一目散に逃げていった。
人形が目前まで迫ると、ソウイチはわれを忘れてかえんほうしゃを放ってしまった。
もちろん人形は黒焦げになりその場に落ちたが、ソウイチはそんなことお構いなしで逃げ出した。
「あ~あ・・・。真っ黒になっちゃったわね・・・」
ヒメグマは残念そうに言った。
「どうするのだ?」
ネイティオは困った顔で聞いた。
「交換はできないし・・・、このままやりましょう・・・。もう、ソウイチったら・・・。」
ヒメグマはため息をついた。
そしてそのころ、ソウイチは先に逃げた二人に対して説教していた。
「ったく!何でオレを置いて逃げるんだよ!!」
「だって・・・、あんなふうに向かってこられたら逃げるしかないじゃない・・・。」
「そうですよ・・・。必死だったんですから・・・。」
怒るソウイチに対して二人は口を尖らせた。
「情けねえなあ・・・。少しは我慢しろよ!オレなんかかえんほうしゃ浴びせてやったっていうのに・・・。」
ソウイチはあきれた表情で二人を見た。
浴びせたというより、とっさの勢いでうっかり出ただけなのだが。
「えええ!?燃やしちゃったの!?」
「大丈夫なんでしょうか・・・。」
二人は、今度は人形の心配までしはじめた。
「きっとだいじょうぶだろ。ほら、次行くぜ。」
燃やしたということで自信がついたのか、ソウイチは明るく言って歩き始めた。
モリゾーとコンはまだ人形のことが気になるようだったが、ソウイチがどんどん先に行くのでやむを得ずついていった。
そして次はソウヤとゴロスケ。
ソウヤは鼻歌まで歌えるほど余裕だが、ゴロスケはしっぽをぶるぶる震わせながらソウヤの後をついていっていた。
とても鼻歌など出る気分ではない。
そして、またしゃりしゃりと刃物をこするような音が聞こえてきた。
「ひいっ!な、何・・・、あの音・・・?」
ゴロスケはびくっとなってその場に固まった。
「脅かしのための効果音だよ。大丈夫大丈夫。」
ソウヤは一向に動じる気配がない。
そして、今度は不気味な笑い声が聞こえてきた。
「うわあああ・・・。」
ゴロスケは全身ががくがく震え始めた。
すぐにでも逃げ出したいが、体がちっとも動かない。
「結構リアルだな~・・・。」
ソウヤは怖いのそっちのけで、上手い演出に感心していた。
そして、ゴロスケが一点を見つめたまま動かなくなっていることに気づいた。
「ん?どうしたの?」
「あ・・・、あれ・・・。」
ゴロスケは震える手で指差した。
ゴロスケの指差すほうには、黒焦げになった人形が浮かんでいた。
「なんだ・・・。ただの人形じゃない・・・。」
ソウヤはつまらなそうに言った。
「そうじゃなくて、何で人形が浮いてるの!?」
「どう考えても、エスパータイプの技で浮かせてるとしか思えないよ。肝試しでそんな心霊現象が起こるとも考えられないし。」
あせるゴロスケを尻目に、ソウヤは淡々と推理した。
森の奥でネイティオが冷や汗を流しているのは言うまでもない。
[私と一緒に遊びましょうよ!!]
人形は全速力で近寄ってきたが、ソウヤは一向に動く気配がない。
そして人形が目の前まで来ると、ソウヤはそれをつかんでゴロスケに見せた。
ただの変哲のない人形だということを示したかったのだろう。
「ほら、真っ黒になってるけど普通の人形だよ。それに、持ってたのは包丁の形をした木の板だし、塗ってた赤いやつはリンゴジャムみたいだね。」
ソウヤは事細かく人形を分析した。
ゴロスケはその説明を聞いている間はポカーンとしていたが、自分もよく観察してみるとそのとおりだということがわかった。
「最初はちょっとびっくりするけど、タネがわかればあんまり怖くないんだよ。」
ソウヤは笑って言った。
「でも、ソウヤってほんと勇気あるよね。ちっともお化けに動じないんだもの。」
「僕は小さいときから、肝試しとかお化け屋敷とかは平気なほうだったんだ。誰かが脅かしてるってわかってたからね。」
ソウヤはちょっと照れくさそうに言った。
そんなことで勇気があるなどとほめられたことは今回が初めてなのだ。
「じゃあ先に進もうか!」
ソウヤは明るく言った。
「うん!」
ゴロスケもソウヤがいることで安心したのか、すっかり恐怖心はなくなっていた。
しかしそれで面白くないのはヒメグマだ。
なにしろソウヤがちっともこわがらなかったことが悔しかったのだ。
「(次こそは絶対こわがらせるんだから~・・・!)」
ひそかに決意を固めるヒメグマであった。
そして今度は、ソウマとライナがやってきた。
「きたわよ!今度こそ怖がらせてあげるんだから!」
「(妙に張り切っているな・・・。)」
ヒメグマの入れ込み具合にネイティオは少し驚いていた。
そしてまた、例のしゃりしゃりという音を出し始めた。
「今の音何かしら・・・?」
ライナは耳をそばだててあたりを見回した。
「何か金属がこすれるような音だったような・・・。」
ソウマは表面上は落ち着いているように見えるが、今度こそライナの前で思いっきり驚くんじゃないかと冷や冷やしていた。
こういう風に音で恐怖をあおられるのは絵で脅かされるより怖いのだ。
そして今度は不気味な笑い声が響いてきた。
「な・・・、何なのこの声・・・?」
ライナはちょっと恐怖がつのってきたのか、少し震えていた。
「心配すんな、大丈夫だ。」
といいつつも、ソウマの心臓もバクバクと音を立てていた。
そしていよいよ最大の恐怖が訪れようとしていた。
[私と一緒に遊びなさああああああい!!!]
人形がまたしても猛スピードで迫ってくる。
「きゃああああああ!!」
ライナは飛び上がってソウマの後ろに隠れた。
人形はソウマの目の前で止まり、ソウマは人形をじっと見たまま動かない、いや体が硬直して動けないのだ。
人形の腕が上がり包丁を振り下ろす寸前に、ソウマは人形をつかんで思いっきり森の中へ投げ入れた。
飛んでいった人形は見事ヒメグマの頭にクリーンヒットした。
「きゃあ!いた~い・・・。」
ヒメグマは頭を押さえてうずくまった。
「だ、大丈夫か・・・?」
ネイティオは心配そうにヒメグマを見る。
「もう~・・・。ソウマもソウイチも本気出しすぎよ!」
ヒメグマはぷんぷんして言った。
まあそれほど怖かったというだけなのだが。
「そ、ソウマ・・・?大丈夫・・・?」
ライナは後ろから出てきて声をかけた。
「ああ・・・。とりあえずあの人形は追っ払ったぞ・・・。」
ソウマは冷静を装って言った。
「そ、そう・・・。でも怖かったわね~・・・。すごく手の込んだ脅かしね。」
ライナはまだ恐怖が冷めないようだ。
「あれぐらいまだ序の口だ。これからたぶんもっと手が込んでくるぞ。」
「でしょうね~・・・。」
「心配すんな。オレがちゃんとそばにいてやるから。」
ソウマはライナの手を握った。
ライナは一瞬びくっとなったが、すぐにソウマの手を握り返した。
ライナも楽しんではいるものの、さっきの脅かしはさすがにこたえたようだ。
そしてソウマはライナ以上に怖がっていた。
手を握ったのも、そうしてるほうが自分の恐怖心がまぎれるからだ。
二人はしばらく、そのまま手をつないでいくことにした。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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