ポケモン小説wiki
アウトサイダー

/アウトサイダー



作:稲荷 ?

短いですが...

————————————————————





「そろそろ、ケリを付けてしまおうと思う」
蛍光灯に照らされた列車の車内で、私に向かい合うように座る一匹のコロトックが低い声でそう言った。
彼の名前は分からない、というのも、私と彼の関係は実に稀薄なものであり、毎朝たまたま同じ列車に乗り合わせただけの全く深い繋がりなど無い存在なのである。
そして、その彼がやたらに思い詰めた面持ちでそう私に言い放つものなのだから、私は少しの間だけ当惑してしまった。
「...何のことです?」
列車の走行音や軋む耳障りな音を除けば、完璧なる静寂に支配されていた車内。
私たち以外に客の姿は見当たらず、派手な文字が目立つ週刊誌の広告にプリントされたミミロップのなんとも艶かしい容姿が踊るだけ。
「いや、単純なことだよ。もうお終いにしようと思ってるんだよ」
嫌な予感がした。コロトックのその表情さえ変えない冷淡な態度が私の掌を汗ばませる。
「まさか、馬鹿なことを言うんじゃないんでしょうね?」
「馬鹿なことじゃない。よく検討した上での結論だ」
早朝ということもあって、外はまだ仄暗い。
私も先刻までは軽い微睡みに支配されつつあったが、剣呑な雰囲気にそうも居られなくなっている。
「まあ、これが君と最後の雑談になってしまうのが、僕は少し悲しい。通勤時のプチ楽しみみたいなものだったがね」
「ちょ、ちょっと。少し落ち着いて下さい」
落ち着くのは私自身だ。コロトックは怖いくらいに冷静で、確乎たる意志を持った双眸で私を見据えている。
「なんでそんな急に?昨日までいつも通りだったじゃないですか」
「まあ、昨日はこんなこと意識してなかったからね。そりゃそうだろう」
やがて列車が速度を落とし始めた。小さな駅に止まるのであろうことを、私とコロトックは良く知っている。
この駅では人は全くと言っていいほど乗って来ない。寂れたプラットホームには亀裂と雑草が繁るくらいだ。
「違います。そうじゃなくて―――」
「こういう決断をした理由かい?」
コロトックは頷いて、少しだけ目を伏せた。
尋ねてはいけないものなのか?もしかすれば、知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまってるかもしれない。
私は唐突の宣告に動揺し切っていた。
「そうだな...まあ、最後の遺言としてでも、聞いてくれ。幸いにも時間はまだあるからね」
にやりと笑うコロトックが、口を開く————






——————コロトックという名も不詳の青年が生まれたのは地方の寒村であり、極普通の家の次男であった。
コロトックという種族上、一家は皆音楽家という肩書きを持ち、須らくしてこの青年も同じ道を歩み始めた。
なんらかの義務感や圧力があったわけではない。
コロトックという種族の本能が音楽を素晴らしきものに仕立て、青年の心を魅了しただけである。
彼は特に情景を音楽に合わせるというものに惹かれていて、夏場の晴れ渡る空と青々と育つ豊かな牧草地。
冬場になれば豪雪で閉ざされる村ではあったが、雪の織りなすスターダストや宇宙までもが見え、恐らくデオキシスという卓越した存在すら眼中に納めれるのではないかと思うほどの明瞭とした星々を眺めていた。
そんな彼に転機が訪れるのはポケモンの一般的義務教養が修了し、友人のコラッタに誘われて都会への上京話を持ちかけられたことだ。
「こんな寒村じゃあ、僕らの才は何一つ活かされちゃあ居ない。もっと多くの人に僕らを見てもらいたい」
音楽家として、そして生けるものの当然の知能として、いわば自己顕示欲というものが働く。
故に青年は手早く荷物をまとめ、なんと当日中には家を出ることを決意し、夜頃には出発の夜行列車に飛び乗る始末となった。
青年の家族らはあまりに突飛の無い発想に半ば呆れ、半ば狼狽え、嬉しいやら悲しいやらと混乱していたらしい。
ともあれ、青年は閉ざされた寒村を出て、この情景を思い描かせる様な音楽を携えて都会へと出て来た。
生まれて初めて見る灰色の町もまた、青年にとっては新鮮であって、目を丸くするに値するものである。
友人のコラッタは地方よりはずっと給与のいい建築会社に勤め始め、青年も意気揚々とオリジナルの曲を売り込み続けた。
勿論、作曲して即ヒットとならないことは青年も知っていたし、覚悟もしていた。
音楽の会社を渡り歩く日々が長らく続き、路上ライブを続けても立ち止まる人が酷く少ないことも知っていた。
そして少しずつ、彼は困窮に追い込まれる。
作曲する時間を削って、路上ライブや商業音楽に身を委ね、それで生計を立てるのが精一杯になり始める。
それでも喰っていけない日は日雇いのアルバイトをしてまで、音楽を続けた。
彼の豊かな才能は社会の都合によって改変され、恣意的に歪み、まるで産業廃棄物の不法廃棄されたどす黒い小川のように歪み始めていく。
彼は限界に近づいていた。
だからこそ、彼は最後として社会への不満を、そして自分への憤りを作曲し、最後の記念として売り込むことにした。
これが駄目なら元の寒村に帰ろう。そこで質素ながらも細々と生活していこう。
そう思っていた。

しかし。神は無慈悲なるかな。

曲は大ヒットした。
彼の見る世界が180度ひっくり返り、泥沼だった道は一夜にして華々しいレッドカーペットが敷かれ、紙吹雪が舞う世界へ変貌を遂げる。
いつぞやのラッタもその成功を褒めたたえ、生まれて初めての高級レストランにも行った。
灰色に穢された空を見て、もう彼はなんとも思いもしないが、彼は嬉しくて仕方ない。
彼はまた、同じように曲を出す。
大ヒット。
次もまた同じ曲。
大ヒット。
そして次もまた...


もう彼は餓えを知らない。彼は困窮という概念すらも覚えていない。
だが、どこかに虚無感を覚える。
思えば、今まで一身に打ち込んできた音楽と、今ヒットしている音楽はどうも違う気がする。
「やはり君の才能は素晴らしい!」
賛美されるのは嬉しい。家族にも仕送りして、あの寒村も豊かにした。
だけど、何かが違う気がする。
青年は溜め息をつきながら考えた。
何が違うのだ?僕の心にぽっかりと開いた虚無感はなんなのだ?
何が足りない?何が満たされない?
僕は————————————







列車はトンネルを抜ける。
もうそろそろ人々が通勤のためにこの電車に流れ込んで来るだろう。
東の空が明るくなっても良い時間帯なのに、陽光は一切見えない。今日は曇らしい。
「それで、僕は知ったんだよ。あの曲は結局僕の音楽じゃない。僕は、もっと穏やかな情景を描きたくてここまで来たんだ」
列車のつり革の規則的な振動が、この列車が次の駅に停車することを暗示している。
「僕はね、結局一度も評価されてないんだ。あれはただの″音楽″。結局は僕が生み出したものじゃない。誰でも創れる。そうでしょう?」
「....」
私は口を閉ざした。
確かに、彼の生み出した曲は全くの別物だろう。
社会が穢した彼の清流に浮かぶ廃油が、世間にヒットしたにすぎない。
彼自身の自慢の小川は一回も、誰の目にも触れてなど居ない。
「僕は、もう疲弊した。僕の才能にはあまり価値がなかった。それは仕方ないことだよ」
列車がきしみ、人々の並ぶホームへと滑り込む。
やがてこの列車にも多くの人とポケモンがなだれ込むだろう。
「だから終わりにしたいんだ。音楽を生み出すものとして、音楽に殺されたなんて、面白いだろうし....まあ、全てのことにも言えることだけどね」
名も分からぬコロトックは座席を立つと、何も言えない私を一瞥し、少しだけ笑ってみせた。
扉が開き、人々が流れ込む。我先にと開いてる座席を奪い、瞬く間に彼の姿が見えなくなる。
私はただ突っ伏して、深呼吸した。
列車は時刻通りに次の駅へ向かう。
見慣れたプラットホームに私は降り立ち、いつも通り出勤する為のエスカレータに乗り込む。
『只今、中央線は人身事故のため、運転を見合わせております。お客様に大変なご迷惑を.... 』
どよめく群衆を尻目に、私は何も言わず改札を出た。
外は相変わらずの曇らしい。


——————————————————————


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2014-12-24 (水) 14:00:09
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.