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わたしのおばけ

/わたしのおばけ

わたしのおばけ 

writer――――カゲフミ

「よう」
「あれ」
「久しぶりだな」
「そうだね。でも、ここどこ?」
「忘れたのか? お前の家の屋根の上だよ」
「屋根? じゃあ降りなきゃ。また母さんに怒られる」

 二階から町の景色を眺めてみたくて、前に屋根に登ったときはお母さんにこっぴどく叱られたんだった。
 降りようと足を踏み出そうとして、わたしは体がふわりと浮かんだことに気づく。

「大丈夫だ、落ちる心配はない」
「……そっか、わたし」
「思い出してきたか」
「うん」

 ああそうか。
 わたしは、もう生きてない。
 死んじゃってるんだ。

わたしがおばけ 


 屋根の上。わたしと、わたしの隣にいる紫色。ゴーストポケモンだからなのか、わたしが死んでもわたしのところに居てくれるのかな。
 いつも飄々としてるから、どういう風の吹き回しなのかは分からないけれど。まあ、一人でいるよりは退屈しなくていい。
 さっきから少し時間が経って、だんだんとわたしの身の回りのことを思い出してきた。

「突然だったんだろ」
「うん、確か学校から帰る途中、横断歩道を渡っていたらいきなり車が突っ込んできて……そこからは覚えてない」

 信号は青だったと思う。先生やお母さんからも赤信号では絶対に渡っちゃいけないって言われてたし。悪いのはたぶん車のほうだ。

「ひえー、ついてねえな」
「うるさい」
「あいたっ」

 わたしだって好きで死んだわけじゃないのに、無神経な物言いに腹が立ってつい手が出てしまった。
 あれ、確かに今感触があった。今まで触ろうとしても触れなかったゲンガーに触ることができた。

「いてて。お前も幽霊になってたの、忘れてたぜ」

 叩かれたところを自分の手でさすりながら言うゲンガー。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど。
 なるほど。お互い幽霊同士ならちゃんと触れ合うこともできるということか。幽霊になってみての初めての発見だった。

「わたしも幽霊になったからあんたと同じね。変ないたずらとかしたら今度はわたしが泣かしてやるんだから」
「昔の話だろ。今はやらねえよ」

 わたしが幼かったころはゲンガーの悪ふざけで脅かされて何度も泣いたものだった。わたしが怖がる姿が面白いからと、余計に調子に乗るのが腹立つ。
 だんだん慣れていったのとわたしが成長したのもあって最近はちょっとやそっとじゃ驚かなくなった。最後に泣かされたのはいつのことやら。
 でも、驚かされたことはしっかり覚えているから、今度変な真似をしたら今までの分までちゃんと恨みを晴らしてやろうと思う。

「ふふ」
「なんだよ」
「あんたの体って、結構柔らかい」

 ふさふさした毛とは違う感触だ。だけど不思議な弾力があって心地よい。布団や枕にしたらちょうどいいかもしれない。

「くすぐったい。揉むな」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「俺が揉んだらお前絶対怒るくせによ。あ、そもそも揉むようなところない……」

 わたしがゲンガーの頭にげんこつを入れたのは言うまでもない。手加減はしなかった。

わたしもおばけ 


「なんだよ。浮いてるのに浮かない顔して」
「ん、あ、ほんとだ」

 幽霊になってから何かに触れている感触がほとんどない。いつの間にか屋根の上から少し浮かび上がってしまっていたようだ。
 わたしは自分の位置を調整して再び腰を下ろす。どうも霊体になったという感覚が掴みきれずにいた。

「せっかく幽霊になったんだからいろいろ試してみようとしたの」
「何やろうとしたんだ?」
「コンビニに忍び込んで好きなお菓子を食べまくるとか、デパートのお店から欲しかった服を勝手に持ってくるとか」
「泥棒ばっかりじゃねーか」
「でも、他の物に触れないから結局見てるだけしかできなかった。つまんない」

 そういえば、お腹が空いたという実感もなかった。あれから三日くらい経ってると思うんだけど。
 幽霊だから飲まず食わずでもやっていけるんだろうか。だけどゲンガーは時々ポフレとかポケモンフーズとか食べてたような気がするんだけどな。

「そんなもんさ。だけど空中を自由に飛び回れるのはなかなか新鮮だっただろ?」
「うん、ちょっとだけね」

 もちろんわたしも最初は自分の力で空を飛べるようになったことに歓喜して屋根の上から飛び立った。だけど、わくわくどきどきしていたのは最初の数分間だけ。
 宙を移動するときは頭の中で思い描いた方向へ勝手に身体が動いてくれる。特にコツとか必要もなくその分単調に感じられて。
 最初の目的地のコンビニに着いた時点でああこんなもんか、と飽きがきてしまっていたのだ。
 もしかすると幽霊になったからきっと真新しい発見が次々あるはず、と期待しすぎていたのかもしれない。

「あんたはこんな状況で退屈しなかったの?」
「したときもある。だからお前を脅かして退屈しのぎしてた」
「なるほど。こんな調子なら、そうしたくなるかもね」

 物に触れられない幽霊生活は出来ることが限られていて思ったよりも代わり映えしない。何か娯楽が欲しくて、ゲンガーはわたしにちょっかいを出していたのだろう。
 涙ながらにどうしてこんなことするの、と非難していたわたしを前にへらへら笑っていた彼の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

わたしとおばけ 


 あれから一週間くらい。わたしが死んだ次の日や次の次の日くらいまではみんな悲しんでくれていたけど、だんだんとわたしの話題も聞こえなくなってきた。
 学校でわたしの机の上に置かれていた花瓶もいつの間にか片付けられていたし。
 お父さんとお母さんはまだ落ち込んでいるのが分かるけど、友達とかはわたしがいなくてもいつもどおりに過ごしているようで。

「わたしがいなくても、みんな普通に生活してるんだね」
「そりゃそうだろ」

 わたし一人がいなくなっても、時間は流れていく。世界は回っていく。止まったままでいるのは、わたしの時間だけ。
 なんだか世界の中にわたしだけが一人取り残されてしまったかのように感じられて、ふと不安になる。

「このままみんなの記憶から忘れ去られちゃうのかなあ」
「さあな。でも死んだ後もずっと、生きてる奴の中を占領するのは図々しくないか?」

 ゲンガーの言うとおり、わたしの死がきっかけでいつまでもみんなが悲しんでいるというのはちょっと違う。
 そんなことをされたら、わたしがずっとみんなを悲しませているみたいで心苦しい。
 だからといって、数日で何事もなかったかのように過ごされるのはそれはそれで釈然としない。結局わたしはみんなにどうしてほしかったんだろう。

「気にすんなよ。俺はお前のこと覚えてるぜ、目の前にいるしな」

 隣に座っていたわたしの前に右手を差し出してくるゲンガー。何かくれ、とかじゃなくて手を取れってことなのだろうか。
 特に何も考えずにわたしは彼の手を握った。ぬくもりは感じなかったけど、感触は確かにそこにある。
 考えてみれば、ちゃんと手を取るのは初めてのことだ。ゲンガーが傍に居てくれていることはとてもよく分かった。
 目の前にいるから覚えている、と変な理屈だったけどちょっとだけ気持ちが楽になったかもしれない。

「あんたはわたしとずっと一緒に居てくれる?」
「何を今更」
「そっか。ありがとね」

 ゲンガーがわたしの顔を見ないでそっぽを向いたまま答えたのは照れ隠し、なのかな。ありがとう、ゲンガー。

わたしのおばけ 


「ねえ」
「何だよ」
「お別れみたい」

 ゴーストポケモンでもない、ただの死んだ人間のわたし。現世にとどまれるのはほんの短い時間だけだったらしい。
 どうやらゲンガーみたいにずっとふわふわ浮かんではいられないみたい。
 死んでから日が経つにつれ、何となく自分の存在が希薄になっていくのを感じてはいた。
 どうりで町をうろうろしても、他の幽霊に出くわさないわけだ。死んだ人間は遅かれ早かれ消える運命にある。

「そうか」
「そっけないね」
「知ってたからな」
「そっか」
「伊達にゴーストポケモンやってねえよ」

 肩をすくめて切なそうに笑うゲンガー。全てを悟った顔つきだった。
 きっと、最初からわたしがどうなるか理解した上でわたしに接してくれていたんだ。
 わたしに何も告げず、わたしが自分が消えてしまうことに気づくその日まで。
 遠からずいなくなってしまうと知りながら、どうしてわたしに普段通り振舞うことができたんだろう。
 これも彼が積み重ねてきたゴーストポケモンの年期がなせることなのだろうか。いつも馬鹿笑いばかりしていて、何も考えてないと思ってたのに。

「お前も、行くんだな」
「うん」
「一緒にいるんじゃなかったのか」
「ごめん……知らなかった」
「ならしょうがない。しょうがないけど……寂しいじゃねえかよ」

 ゲンガーもわたしとの別れを悲しんでくれているのか。今はもう人間としての気持ちも曖昧になっていて、嬉しいとか悲しいとか感じにくくなってはいたけど。
 それだけ彼がわたしのことを大切に想ってくれていたんだと分かると、やっぱり嬉しかった。変だな、お別れなのに嬉しいなんてね。

「ふふ」
「何がおかしい」
「ようやくあんたに仕返しできたなって。ほら、涙」
「あ……」

 わたしがゲンガーの頬に触れて、ようやく泣いていたんだと気がついた彼。初めて見て、初めて触れたゲンガーの涙。少しだけ、温かかった。

「幼稚園のときからの恨み。いつか絶対泣かしてやるって決めてたからね」
「倍返しどころじゃねえぞ、くそっ」
「今まで……ありがとね」

 体が少しずつ上へ上へと昇っていく。屋根よりも、公園の大きな木よりも、デパートの屋上よりも、遠くの町のビルよりも高く高く。
 どんなに頑張って浮かぼうとしてみても、あのビルの高さまでが限界だったのに。体がどんどん浮かんでいって、止まらなかった。

「俺は絶対に忘れねえからな。お前のこと」
「うん」

 頑張ってここまで付いてきてくれていたゲンガーの手が離れた。
 小さくなっていくあいつの姿が見えなくなるまで、わたしは手を振っていた。
 いつまでも、いつまでも振っていた。

 おしまい


・あとがき

 どこかで見たゲンガーと女の子が一緒にいるイラストで、女の子は死んでいて最初は一緒にいられるけどだんだんと消えていってしまうという切ないもの。そこからヒントを得て今回のお話を書きました。いつもとは書き方や雰囲気を変えてみようと意識してみましたがはてさて。作中で誰かを死なせるのは苦手ですが、既に死んだ登場人物に対してのお話を書く事が最近多いような気がします。

以下、コメント返し

>こういうの好きなんです
さくっと読める中に、ちょっとした笑いと、うるっと来る感動があって楽しかったです (2016/06/17(金) 21:08) の方

文字数が4000字もないという大会作品としては異様な短さでしたからね。ちょっとした合間にでも読んでいただけたらとも思っていました。
今回は少し切ない雰囲気を大切に物語を進めていきました。少しでも感動していただけたのならとてもうれしいです。

>ふたりの仲の良さそうなやり取りから垣間見えるどことない淋しさ。はっきりとした描写を避けることで死後の世界の曖昧さが浮き出されて、独特の雰囲気を作りあげています。言葉少なだからこそ伝わる優しさがじーんときました。ゲンガーのいつも笑っている顔が悲しげに歪むのが目に見えるようです。もっとゲンガーらしさが欲しかったかもしれませんが、短い分量で彼の魅力がぎっしりと詰まっていて読後感が素敵でした。 (2016/06/19(日) 23:53) の方

全体的にふわふわしたイメージで筆を走らせていたような気がします。事細かく描写するのでなくあえて曖昧に。
言われてみればちょっとそのポケモンならではの描写が少なかったですね。もう一つくらい少女とゲンガーのエピソードを入れてもよかったかもしれません。

投票してくださったお二方、最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。

【原稿用紙(20×20行)】 15.5(枚)
【総文字数】 3977(字)
【行数】 178(行)
【台詞:地の文】 28:71(%)|1114:2863(字)
【漢字:かな:カナ:他】 27:69:2:0(%)|1103:2750:112:12(字)


何かあればお気軽にどうぞ

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • いつもと違う作風に、思わずびっくりしました。それにしても、とてもいいものを見させていただきました。
    手ごろな長さで読みやすい、なのに入り込んでしまう……。何とも切ない話で、読み終わってしばらくは感傷に浸ってしまいました。

    ただ、短すぎるのが個人的には惜しく感じました。仰る通り、もう一つか二つ思い出話を入れるだけで、グッと心を掴んでくれたのかなと思います。そうなれば、私は間違いなく、暫く再起不能な状態になっていたと思いますが……。 --
  • あとがきにも書いたとおり、今回はいつもと違った雰囲気を目指して執筆してみました。情景描写や心理描写もあっさりめに、この世かあの世かわからないような曖昧な世界感を目指しました。
    大会に間に合わせるためやや駆け足になってしまった感はあるので、仰られるようにあと一つか二つエピソードを追加しても良かったかなあとは思います。
    感想ありがとうございました。 -- カゲフミ
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Last-modified: 2016-06-20 (月) 19:34:16
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