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もう一つの自分-3

/もう一つの自分-3

作者GALD



金属のような堅そうなものではなく、柔らかいものが倒れ込む音。気がつけばギリウスの拳が当たっている。けれども、俺はその場で身動きがとれず固まったままで、倒れてすらいなかった。
ならば、誰が倒れこんだというのであろうか。この唐突なギリウスの行いに驚いて倒れた者は視覚に映る限りでは誰もいない。
そもそも、ギリウスが何故俺を殴りかかってそれを俺が受け止めきれているのだろうか。たぶん、直前に見えた気味の悪い炎のような物に仕掛けがあるのだろうが。
「急にすまないね、後ろを見てみるんだ。それが君の使っていた力の正体だ。」
言われて振り返ると、音の根源が倒れている。直接会うのは初めてなのに、身近に触れ合っているような見覚えのある姿。
フィリアの助けた時もそう、ある意味でもう一人の自分を見ているような感じがする。
「どういうことだよ、何でこいつがこんな所に…そもそもこいつは一体…」
ギリウスが口にする謎、理解できない現実、捨てがほどけず絡まり合って、何処から手をつければいいのか、俺は混乱に陥る。自分という単一個体の存在が全く掴めなくて、不安や焦燥に駆られてしまう。
答えに近づくはずが、どこかに迷い込んで我武者羅に自分が走りまわっているだけで、自分がどこに立っているのか分からないこの不安と焦り。
そのせいで一層整理がつかず、自分がすべきことでさえ見失う。
「落ちつくんだ、まずはそこに倒れている子の話からしたほうがよさそうだね。君の正体は後回しの方がよさそうだ。ただ…」
「ただなんだよ。今更もったいぶらないでくれ。」
「君にとっては辛い話になるだろう。それでも構わないかな?」
何をいまさら、さっさとしてくれと俺はギリウスをせかした。先にことなんて見えてないのに、トリガーをひかせてしまったのだ。
どんな物をギリウスが手にしていて、一体どれほど威力のある弾が装填されている事も計算せずに。
「君には家族が存在していた。姉と母親と父親がね。けれども一度誘拐されてしまったんだ、君達の体が目的でね。ある実験が目的で連れて行かれてしまった。君だけは助けだしたんだが、その時はすでに底に倒れている彼と強制的に融合された後だった。だから、私はそれを引き離す方法を探して今まで旅に出ていたわけだ。」
突っかかりたい所は山ほどある。まず、ポケモンとの一体化とは何なのか、それに誘拐されたなんて話は母親の口から出てきたことのないワード。
それよりも、一際気になって仕方のない言葉がギリウスの話に含まれていて、嘘であって欲しいと母親を見るだけ強く感じる中、母親にまでも冷たく突き放すかのように目線をそらされる。
「いたって…どうして過去形なんだよ、答えてくれ、母さん。」
「御免なさい、ソルマ。貴方と私の血は違うものなのよ。貴方のような能力は私にはないの。それは私の姉と同じ能力、黙ってて御免なさい。」
現実すべての物事が手のひらを貸したように、一斉に俺は裏切られた気がした。形だけが人間なのは俺一人。身近な存在にさえ見捨てられて、共有できない苦痛に俺は襲われる。
「すまない、ソルマ。君だけしか見つからなかったんだ…今となっては手がかりもなく、何処にいるのかさえ分からない。」
「じゃぁ、俺は一体何なんだよ。人間じゃないなら何者なんだよ。」
押し寄せるパニックと、現実にたたきつけられてた痛み。それらに見舞われて俺の中には怒りの感情が膨れ上がりだした。
「材料獣(マテリアルビースト)。見た目は人間そのものだが、特定のポケモンとならその身を一つにして、ポケモン自身の能力を引き上げる存在だよ。それと対をなすのが異獣(ハイティックビースト)。材料獣と反応して一つになり、人間から姿を変える時取り込んだ異獣の体がベースになる。こちらも、見た目は何らかの種類のポケモンだ。そこに倒れている子は改造で生まれた存在だけどね。」
「つまり、異獣じゃないのか?」
ギリウスの話を聞いている内にやけくそのなりながらも、どこからとなく好奇心が騒ぎ出てきて少しは落ち着いて話題に食いつきを俺は見せた。
けれども、好奇心は俺の心のほんの一部にしか過ぎない存在で、ほとんどは今すぐにすべてを投げ出したいという遣る瀬無さが占めていた。
「君達が捕まったのも、その子の存在が証明してくれているようなものだよ。材料獣と異獣を作り出すことが目的だった。そして片方を成功させてしまったんだ。本来は互いの意思で適合したり、分離できるのだが、特殊な方法を施されてしまっていて解除できなかった。だから、私はその術を会得してきたんだ。そう、君はその時に使われた材料獣の実験体だったんだ。」
つまり、俺は本来から材料獣だったようだ、生まれもって純粋な。今までの平和な生活が作り上げられた幻影の世界の物に思える。ただ俺がそれを現実だと錯視していただけで、真実は幻想を払いのけた先に存在していたのだった。
「俺からそいつをひきはがしたかったのはよく分った。用事はそれだけなんだろ、なら場を離れさせてくれ。」
一つ一つの事実は理解できても、一気にそれを積み上げて渡されてしまっては、整理整頓に時間を要する。内容が重く複雑なものであるかたさらに必要になってくる。
それに俺は自身を受け入れずにいる。自分自身の定義が崩れ去って、それに代わる新たな定義を作らねばならない。自分の事であるにもかかわらず、不明瞭な点が多すぎてまとめ上げれないのが現状。
自分で自分の存在が把握できないもどかしさが俺の中に積もる。振り払っても散らばるだけでなくなりはしない、俺が現実にいくらは向かっても変えれないように。
「そう焦るな、君の気持はわかる。けれども、今は時間を無駄にしている暇がないんだ。単刀直入に言う、私と一緒に来てくれ。君でなければ私の知る限り、達成できるものはいない。一日待つ、それまでに決めてくれ。」
返事も返さず自分の部屋に上がった。どうでもいいそんなこと、お前がどうだって俺には何も関係ない。ただ残酷な現実をぶつけて、それでは飽き足らずに連れていくなんて、よく言えたものだと苛立ちは湧き出る。
扉を閉めると俺はその場に座り込んだ。周りは誰もいない、一人だけの空間。それなのに、笑われているような気がして、蔑まれているような気がして、たんだんと嫌な被害妄想が膨れ上がっていく。
どこが音源か聞き取れず、不気味に響いてくるような気がするのか、本当に聞こえているのか。怒りや混乱や色々な感情に一斉にけし掛けられて、精神的に浮き沈みが激しく完全に飲まれている。
自分でも分かっていた、人間ではなしえないものであることぐらい。でも、それは俺だけの知り得る能力で、フィリアには仕方なしに見せてしまったが、他の誰にも分かりえないもののはずだった。
だから、自分が人間であろうとそうでなかろうと、周りの目は普通だから気にするに値しなかった。でも実際は違って、実は身近な存在はみんな分かっていて、実は俺が勝手に泳いでいただけ。何時間も俺は塞ぎこんでいた。何もかもとの接触を遮断した。時間だけがいつも通りに接してくれるだけだった。
馬鹿が勝手に部屋に引きこもってから、数時間が経過した。私の持ち主でありながらも、ほったらかしにしている事が許せない。でも、私にも同じような経験がある、ちょっと状況が違うけど。だから何となくわかってしまうから、余計になんて言えばいいのか分からなくて、扉の前で結局引き返してしまうのを何度も繰り返している。
良くある話だけれども、私はすごくもどかしさを感じている。自分の抱く思いを上手く言葉として形成できなくて、やけになって口走ってしまう。ひどい時には恥ずかしくなって、暴言や黙りこんだりして、無理やり過ごそうとさえしてしまう。
おちつけずに私は廊下をうろうろと徘徊するだけだったが、知らぬ間に足がどんどん速くなっていく。私は比例して落ちつけなくなっていっている。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
私に急にブレーキがかかった。声の主の方に視線を向ければ、記憶を探らずとも誰だか分った。
「僕はどうしてここにいるんだい?僕は彼のために生まれて、永遠に彼の一部のはずなのに。」
「なに訳の分かんないこと言ってんのよ。そんなこと私に聞かないでくれる?ギリウスに聞いてきなさい。」
立っていたのは名前も知らないブラッキー。ソルマが纏っていた姿であり、ギリウスの手によって分離させられた時に横たわっていた本人。
ソルマが変化した時の声の違和感の謎が今解けた。この喋っている本人の声そのものこそが、あの時のソルマの声。
ギリウスから聞いたように、あの時のソルマは目の前にいるブラッキー自身と何ら変わりないようだ。けれども、全てが完全に一致しているわけではない。一文字で片付けしてしまうなら無、さっきから話す時もそう、何も感情を感じない。冷たい機械の様にただ音を出しているだけなのと何ら変わりない。
その異様な様は考えが読めないと言うよりも、それは考えていないに近しいものだった。
「あんた、名前は?」
「名前?それはなんだい?」
「私の名前はフィリア、あんたは何て呼ばれてるのよ?」
「僕は被験体G-01、そんな言葉で呼ばれていたきがするよ。けれども、それ以上は思い出せない、記憶がないみたいなんだ。」
面倒事は連鎖反応でも起こすというのだろうか。ただでさえ処理せねばならない問題があると言うのに、次から次へを仕事を増やさないでほしいと私は愚痴りたくなる。けれども、言った所で言葉が通じない可能性があるし、それもまた一から説明すると言うのも大変面倒な話。ならばここは抑える方が得策だと、いつもなら呼吸するように軽く飛び出る愚痴を私は口の中に留めて飲み込んだ。
「被験体G-01…そんな変なのじゃなくて、他に何かないの?」
「他になんて…あったような、なかったような…どっちだっけ。」
悩んでいる風な事を言っているが、態度は考えることすら放棄してしまったかのように、表情をゆがめない、ブラッキー。思い出す気なんてさらさらないと言っているかのように、さらっとしている表情が、私を余計にいらだたせる。
なめているのかとでも怒鳴りつけたくなる怒りが込み上げてくるのを、私は押さえつけるかのように抑えた。とりあえずは、記憶がないのにあるようなふざけた態度に突っ込んでやりたい所だったが、激しく当たりすぎるのはよくない。
初対面で自分の印象を悪いものにしてしまっては、後の関係がぎこちないものになってしまうかもしれない、ここは我慢所だと私は自信に暗唱させた。こんな時にこそ馬鹿に面倒事を押しつけてやりたいところなのだが、タイミングの悪いことに引き受けてもらえる状況ではない。
「それで、わけのわからない記憶喪失が何の用事?」
爆発寸前で自分を抑えていた私は少し口調が毒づいた。
「僕は何故ここにいるの?それを教えてよ。僕は永遠に彼の一部なはずなのに…」
「本当に気にしてるわけ?あんたを見ていても、全然不思議そうにはみえないんだけど?」
表情も変えずに話すブラッキーの対応は私にとっては挑発的だった。感情的な思考がかなり欠如している、もしくはポーカーフェイスがよほど得意でないと、こうも白々しい態度を装うことはできないだろう。それに頭が真っ白であるはずなのに、二度も同じ質問をしてくる辺りが、本当に記憶喪失なのかを私に疑わせる。今すぐにでもにどげりで蹴りあげてやりたい気分である。物理攻撃面では私の能力はあまりたけていないため、いくら相性がいい技をぶつけても大したダメージにはならないだろう。
「不思議?それはなんなの?」
こうも事あるごとに変に食いつかれては話が進展しない。ここはいったん深呼吸をして心を落ち着かせようと、息を吸い込み不満ごと息を吐き出した。これから長い戦いになりそうだ、と私は覚悟せざる得ない。目の前にいる相手はおそらく普通の話し合いでは、何も互いに共感出来ず収穫なしで終わってしまうだろう。それにつけて悪いことには、私の短気さが内容次第では長引く話を切断しようとする。
「ねぇ、教えてよ。」
「ああ、もう。今のあんたみたいにそうやって変に気になることが不思議よ。わかった?」
「そうなのかぁ…これが不思議という感情なんだね。」
「それじゃ、私の質問にも答えなさい。あんたは何者よ?」
私はとっさにしては、上手く交換に持ち込んだ。本来こうするつもりはさらさら無かったが、急にひらめいた割には有効な手段だ。
交渉に対してブラッキーは表情ひとつ変えてくれない。依然心を読み切れず、私は出方を伺い続けていたが、無という言葉が合うこの存在に対して、逆に飲み込まれそうである種の緊張感を私は帯びている。
「僕は彼だけのための存在。彼の中で永遠に彼の一部であるはずだったんだけど、どうしてなんだろうね。それよりさ、教えてよ。」
「何よ、まだなにかあるわけ?」
本当に気にしているのか私には理解できないが、本人はそうであると主張するブラッキー。私がどう返しても、表情をキープしたままで、私は気味悪ささえ覚えるようになる。無表情さからは、感情のない冷たさのような物が、案の変哲もない顔色が不気味さが原料であるような、私は心が動揺していた。
何を思っているのかはっきりとしないこの存在が、何かを企んでいるのか、仕掛けてくるのか、別に何か狙いがあるのかと、疑いを掛けてみたが、それが一層私を不安に引きずり込む。
だから何もこちらから探りを入れることができず、一方的なやりとりを続けるしか私には選択肢が用意されていない。
けれど、続けていく内に本当に何も知らない、子供以前の段階の存在であるようにブラッキーを見る目が変わる。無知で無邪気、純粋に周りの事に手を伸ばしているように私の目には映る。感情表現も何も知らない、無ではなく今から増えていくようなゼロの存在であるブラッキー。
教えた事を不器用なりにも表に出し始めると、なんだか先を期待してしまうように私はなっていた。
ドアを外側から誰かが叩いている。音は中の者に入手つの許可を問いかけている。しかし、反応は帰ってこず、ただ音だけが見えない部屋の中を知っている状況。音だけが真実を見ている事に耐えかね、訪ねた側は痺れを切らして強行突破に出た。
俺はまだ誰が入ってきたか分からなかった、正確に言えば誰であろうとどうでもよかった。
無理に押し入ってくると、犯人はその場に座り込んだと物音が俺の耳に駆け込んだ。俯いたままの俺はそこでようやく顔をあげた。視線が交差するとともに、怪物のような赤い眼が俺を映している。それだけでも人間でない事は確認できると、俺は俯いた。ポケモンと人間、そのちらでも無い俺自身と同じものはない、周りの存在は別物だという壁が俺を取り囲んでいる。
この閉鎖的な感覚に捕らわれながらも、俺は窮屈だとは思っていない。むしろ、他の手を阻むいい理由付けになるので有難いと思っている。
しかし、侵入者はこの壁を叩き潰すつもりのようだ。そっとしてくれればいいものを、壁を壁の向こう側から声を投げ入れてくる。固く閉ざしていた壁の隙間から、声が嫌でも耳に入ってくる。
「いつまで、そうしてるつもりなのかな?」
よりによってとんだ外れくじを俺は引かされてしまったものだと後悔した。一番会いたくないと言っても言い過ぎではないし、一番合わないと言っても過言ではない相手、ギリウスに他ならない。真実は変えることができなくたとしても、現実は平穏なままだったのだが、こいつの到来によって不協和音が生じた。
俺の持っている物を全てを奪い去ろうと、片っぱしから俺の関係を壊して、新しく自分との関係を築かせて、こうなったのもギリウスが原因。
怒りに飲まれて殴り飛ばしたい衝動に一度は駆られたものの、今は無気力で自分で何かを起こす気にすらなれないでいる。
「何から話せばいいのかな?とりあえず、昼間いい損ねたことだけ伝えておくよ。」
構いたくない奴の言葉なんて記憶の片隅にも俺は置いていない。全く話に乗り気でない俺にお構いなくギリウスは話を続ける。
「フィリアの事でね、私から聞いたことは内緒だよ?あの子も君と似たようなものでね。親の事を知らないんだ。全く誰とも接点がなくてね、私はあの子の育て親なだけで、血は繋がっていない。私では理解者にはなれなくて、困っている時に君を助けだしてね。そこで君に預けることにしたんだ。」
フィリアも親がいないからなんだというのだろうか。仮にもポケモンという輪の中に属しているあいつはまだ幸せなんじゃないか。
「君の事は知っていたし、上手くやれると思っていたんだが、色々と重荷を背負わせるだけになってしまったようだ。それだけは謝ろう。けれども、孤独というのは疲れるものだと私は思うよ、あの子もそれで話したがらないみたいだしね。それじゃ、伝えることは伝えたから、私は失礼するよ。」
打つだけ乱射してギリウスは部屋を出て行った。あたった弾や当たらなかった弾、どちらも存在していたが、命中した物は俺の中に深く食い込んでいる。
正論というものは実に痛々しいもので、食いこんだ弾丸が体中に痛みを広げている。深くまで入り込んで、俺の体をズキズキと痛めつけてくる。
自分は独りだと変な自己暗示をかけるほどに痛みが増していく。周りを否定するほど、自分を拒むほど、言葉が深くにまでえぐりこんでくる。
痛みに耐えかねてか、俺はその場で蹲るのを止めてとうとう体を始動させた。
自分でも処方が薄々と感じていた。けれども、それを自ら否定していた、自分が誰かに理解されたいけれども、誰にも理解されないと勝手に決めつけて。
行先なんて考える間も必要とせずに、勝手に歩きだしてくれる。素直になれば自分が求めていた答えを目指している自分が今ある。リビングにまで降りていくと、何やら騒がしい。
「あら、もう大丈夫なの?」
「まぁ…なんとかな。」
「ならいいわ、こいつをなんとかしてちょうだい。」
解決法を見出して実行しようとすると、何故こうも上手く邪魔が入るのだろうか。問題の山積みというのはあまり気分がいいものではなかった。
「そこの馬鹿の相手して頂戴。私は疲れたから、先に寝るわ。」
「お姉ちゃん、相手してくれないの?」
「お前…弟いたのか。」
「そんなわけないでしょ、勝手に呼んでるだけ。もう、疲れたから寝るわ。」
問題児と俺だけを取り残してその場をフィリアは離脱した。けれども、それはそれでいいと俺は前向きに開き直った。あいつらしいあいつを見れたから、それだけで安心していたのかもしれない。
けれども、安心はすぐさま背を向けた。初対面なのににこにこ笑っている見覚えのある姿が取り残されている。
「初めましてでいいのかな?まだよく言葉が分からないや。」
「俺の事が分からないのか?」
「御免ね、僕は記憶がないみたいなんだ。だから君のこと教えてよ。」
まずは自己紹介から俺は入った。俺の名前を聞いても今までの事がなかったかのような反応から、ブラッキーの記憶喪失が伺える。
とりあえず、もともとの自分の事を知っておかねばならないと、俺は色々詮索してみたが、全くと言っていいほど手ごたえがない。
分かったことは、フィリアの入れ知恵で笑っておけば仲良くなれるとか、基本的なあいさつや簡単な単語は学んだなど、幼い子供のようなことばかり。
その中でも、親しいものを姉などと呼ぶと教えてもらったことで、フィリアの事をそう呼んでいるらしいのだ。やはり、家族に関する話題が辛いのかと思う所であり、兄弟のような繋がりを求めている寂しがりな一面にも捕えることができた。
それを知ると、もう少し優しく接してやればよかったとさりげなく後悔したり、今からでも遅くないからと思ってみても、当の本人が寝てしまっているから結局後悔するだけ。
明日からにすればいいというのもあるかもしれないが、こういうちょっとだけ思うような事は人は寝て起きると抜け落ちてしまうものである。けれども、今日してやれることがあるはずもなく、俺は何もしない方向に進むことにした。
「ね、何考えてるの?僕にも教えてよ。」
「うん?あぁ、これからどうしようかってな。」
「僕に付き合ってくれるんでしょ。おねーちゃんが言ってたよ、馬鹿のソルマなら永遠に相手してくれるって。」
前言撤回を俺は申し出たくなった。目の前には脳の腹を空かせたブラッキー。与えれば何でも興味を持って食いつき、そしてもっともっととねだってくる。
知識を大量に貪る存在の相手を簡単に俺に向かって投げたフィリアを少しは恨みたくなった。けれども、目の前のブラッキーは無実、突き放すこともできず俺はあきる言葉も意味も感覚も何も知らないブラッキーに付き合わされ続けることになった。
聞き覚えのあるような声が聞こえる。夢の中なのか現実なのか、ぼやけるこの感覚では判断が下せず俺は光を目に入れることさえも拒んでいる。そうやってその場で動くことをしない俺を、置物と勘違いしてか何かが駆け回る。けれども、それは俺の上ではなくて体内。体を痛めつけながら俺の中を爆走して、何もなかったかのように突然存在を消す。痛みに耐えかねて体を起こそうとするも、今度は体が俺の言う事を聞いてくれない。体の様々な部位や器官が麻痺してしまって、思うように動いてくれないのだ。
「いい朝ね、全く朝からすっきりしたわ。」
フィリアのモーニングコールがさく裂したようだ。毎回の事だがすっきりする方はやっている方だけで、やられている方は目覚めが悪いことこの上ない。起きない方にも悪いのは認めざる得ないが、だからと言ってこの仕打ちは釣り合っていない。あくまで電流を流して起動するのは電子器具であって、それも直接流し込んでいいとは書いていないものが大半、それを俺にするのだからフィリアの力ずくな面をどうにかしてほしいと嘆きたくはなる。
棒のように固まった足を動かしながら、不安定に歩くその様は出来そこないのロボットのようだが、これでも俺は精一杯あるいている。壁にもたれながらも、なんとか階段を降り切りリビングに入ると、俺がいなくとも団欒としているようだ。いつもは二人で母親と向かい合うだけのテーブルが、今日はもう一人余分に座っている。
ティーカップを片手にさわやかな朝をギリウスは迎えているようだ。隣の椅子に不安定な足取りで腰を下ろすと、ギリウスが不思議そうに横目で目線を送りながらもティーカップを口元に運ぶ。俺が大きなため息をつくと、ギリウスはもう一度横目で俺を軽く見て再びティーカップを傾ける。
「あら、おはよう。もう大丈夫なの?」
母はあいさつとともに俺の前に皿を並べていく。朝食なので油気のものは控えてあり、食欲があまりないこの時間帯でも手の出せるものばかりである。俺は早速端から手を伸ばしていく。朝からの食欲を持て余している様を見て、母親は返答を待たずとも安心している。
皿の上を俺が単独でかたずけると、母親がさらっと下げてくれる。俺は満腹感に覆われて、椅子の上から動く気になれず、椅子のもたれかかる。
「朝から堪能してるね。これで、当分シャスラの料理を食べることもないだろう。それじゃ、私は外で待つよ、あとは君次第だ。」
ギリウスはカップをテーブルにおくと手を合わせてから礼を言って玄関に向かう。
昨日は俺が塞ぎこんでいたせいで肝心な事を忘れていたが、簡単に言えば家を出ると言う話だった。
「出て行くの?貴方の自由よ、いくならいってらっしゃい。」
「悪いな、その…血のつながってないのにここまでしてもらってさ。自分勝手かもしれないが、俺は行ってくるよ。」
「別にいいのよ、血縁なんて気にしてたらあなたみたいなの育てれるわけないでしょ。さっ、決めたなら行ってきなさい。」
後押しに勇気づけられてか、思ったよりも前向きに立ち上がることが俺は出来た。とりあえず部屋に戻って、冒険に出るお約束ともいえるリュックに色んなものを詰め込む。長旅というものの経験を知らない俺は、何をもちあるたらいいのかもわからず、よく考えれば無駄なのだが、ひょっとするとなどと変に心配を膨らませてしまい結局ぱんぱんにリュックを膨らませてそれを背負う。
「あら、大事な忘れ物をしてるんじゃないの?」
「何かあったっけ?」
フィリアに言われたから考えてみたが、詰め込み過ぎて詰め込んだものをすべて言うということ自体が危うくなっている。
思考を張り巡らせて、箪笥や引き出しをあさってみたりしたが、一向にこれと言える当たりは訪れない。
困った俺はその正体を知っているフィリアの方に視線を送って、暗に教えてくれと会い図する他ない。
「私でしょ。本当に物分かりの悪い馬鹿ね。それにそこにおまけもいるわ。」
確かに隣には見覚えのあるようなないような黒い生き物が並んでいる。毎日がどれだけ楽しいのか、笑みを絶やさずにこちらを期待のまなざしで見ている。
朝から気前のいいことはこちらとしても嬉しいのだが、朝も夜も変わらずまだろくに知らない相手に接されるとどうも俺としてはやりにくい面がある。変に裏があるのではないかと疑いがちである俺の前で、このような機嫌取りと言えるような行いはどうも目について仕方がなかった。
「僕は君のためにいるっていったよね?僕もついて行くよ、君に必要なくともぼくが必要だから。」
フィリアは先陣を切って先に部屋を出て行ってしまう。これでは、どちらが先導しているのか示しがつかないが、俺の思うように動かない事がフィリアなのだから別にどうとは口にしなかった。
それから好きにしろと、俺はリュックを背負い直し改めて階段を下りて行く。
一方こちらのブラッキーは忠実にも俺の後ろに続いてくるようだ。この性格だと、こいつと俺はフィリアに振り回されるんだなと、俺はこれから先の事を覚悟した。
「なぁ、楽しい事でもあるのか?そんなに、にこにこしてさ。」
フィリアに取り残された空間で俺は探りを入れた。すると本人は別にない、などと笑って返してくるのだから俺は疑わずにいられない。
面白くもないのに笑っていると言う事は、何かを企んでいるのか、それとも気が狂っているのかの二択が迫られることになる。
どちらともこの状況では決断を下しにくいが、俺の中ではこの二択のどちらに転がっても面倒な事に変わりはなかった。
しかし、ここでブラッキーは微妙なコースを狙った変化球で俺の意表をついて予想を空振りさせた。ただ笑っておけば相手に受け入れられる、そうフィリアに教わったと、ただ純粋に笑っているのだと俺の予想を砕いて見せる。
本当にそうなのかはフィリアに聞けば裏が取れるような嘘を、ここで大胆にも練り込んでくるとするならかなりの自信があっての事なんだろう。
俺の中ではその線はかなり薄いと思われたので、疑ってばかりいてもきりがないし、これから先に内輪もめにつながっても困るので、俺は真だと割り切った。
「疲れるようなら、無理はしなくていいからな。」
本性を現したのか、ブラッキーは言われると真顔に戻る。俺とようやく真面目に話す気にでもなったのだろうか。
「僕何か悪いことしたかな?御免ね、って言えばいいのかな?」
「お前は別に何もしてないが、とりあえず、あれだ。これからよろしくな。」
俺は対応に困って適当な事を言って誤魔化した。何も知らない相手に説明したところで、説明中に疑問を抱かれて、それを説明している内にまたと、連鎖していき話が脱線しすぎて説明している側も元がなんだったのかを忘れてしまったり、時間をかなり浪費してしまったりすることになるのは、昨夜俺は経験済みである。
俺の態度を良しとして受け取ってか、それとも自分にはそうするしか選択肢がないのか、ブラッキーは再び笑顔を作って俺につづいた。
外に出るとギリウスは手に持っていた何かを腰にしまい込んで、俺と同じように旅支度の済ませてある鞄を背負う。
何にも準備の要らないフィリアは身軽そうにしながら、行先を知ってか勝手に歩いて行く。ギリウスがその後ろをついて行くので、とりあえず俺は間違ってはいないと信じたい。
フィリアはネイト町並みから外れる。ギリウスもすたすたと歩いて行くが、俺は一度足を止めて振り返る。例え忘れる事がなくとも、いつ見れるか分からないとなれば、見あきている光景もそれなりの意味合いを持ち始める。今の状況から見えるネイトの光景は、さっきまでいたのに何所か懐かしく、優しい日差しを眺めているような気がした。
けれども今は先の見えない影の中に進んでいくしかないと、日の光に背を向けて再び歩きだした。


ギリウス「結局この子をどうする気なんだ・・・」
フィリア「毎回うけど世話見る方の身にもなってほしいわ。」


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Last-modified: 2012-08-18 (土) 00:00:00
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