ポケモン小説wiki
ふた

/ふた

一人の人間と、シャワーズの淡い日常を綴った(ふみ)

ふた 

 ― 1 ―

夏の終わりの海水浴 だれがさいごに 海から上がったの
さいごの人が海のふた しめずに そのまま帰っちゃったから
ずーっと あれから 海のふた あいたままだよ


 僕はこの紙切れを握り締め、君の待つ家へと向かう。遠くでヤミカラス達が鳴いている夕暮れ、テッカニン達の鳴き声もその奏を第二章に変える頃。
 通り行く道の中で、マーブル色の思いが交錯する。張り巡らされた思いは、一体何処へいくというのだろうか。

夏のはじめの海水浴 だれが最初に 海へと混ざったの
最初の人が海のふた しめずに そのまま帰っちゃったから
ずーっと あれから 海のふた あいたままだから わたしも入りたいな 

 
 誰も君は止められない、それは僕にさえ。海燕とも呼ばれるあの鳥ポケモン達でさえ、君を止めないと思う。
 だから好きなだけ、泳いだらいい。楽しんで楽しんで、いっぱい楽しんで。

夏のさなかの海水浴 だれが最初に 海をにごらせたの
最初の人が海のふた ひらかず そのまま帰っちゃったから
ずーっと あれから 海のふた 存在する意味が わたしにはわからない


 僕のことは分かるかな。僕が君のトレーナーだってこと、まだ分かるかな。
 かいた汗は暑さのせいか、冷や汗か。早く喉を潤したい。
 君も渇いたよね、シャワーズ。麦茶の置いてある場所、ちゃんとメモしておいたから、きっと大丈夫だよね。
 君の病気、早く治るといいな。そしたら好きなだけ、海にも行ける。君と一緒に。


 ただいま、といって家に帰った。でも返事は返ってこない。いいんだ、もう慣れたから。
 一人にしてごめんな、こんな狭いアパートで。
 麦茶はちゃんと、飲めたのかな?
 
 あぁ。

 倒れてる君が視界に入ったら、僕の頭の中が急に真っ白になった。
「シャワーズ! なぁ、しっかりしろよっ」
 ふたがあいたままのイレモノ。壊れてる君と僕。
 こぼれた麦茶が、散って床と君を濡らす。
「入れ方、忘れちゃったのか? まってて」
 熱いカラダ。真夏のアパートで一人真昼を一滴の水も口に入れず、過ごしたみたいだ。
 肌は乾燥して、その呼吸は荒くも儚い。
 床を拭く前に、君のカラダを丁寧に拭く。心なしか、血色が悪いように感じる。
「ふたのあけかたがね、わからなくなっちゃたの……」
「そう。僕もよくやるよそういうミス。だから気にしないで、さ、早く飲みな」
 僕は器に注いだ麦茶を、彼女の喉に満たしてあげた。
 渇いたカラダに、徐々に潤いが取り戻される。
「ブザーも鳴らせなかったの? すぐ帰ってきたのに」
「おしかたがわからなくなっちゃたの。ごめんね」
「……っ」
 引き寄せたカラダはまだあつかった。僕はその引き寄せたカラダの裏で、そっと泣いた。
 どうして彼女なのか。どうして僕には何もできないのか。
 神様って、本当にいるんだろうか。
 そんなとりとめの無いことを考えながら、君を蝕む病魔を呪った。
「あるつはいまーって、いつなおるのかな? シュウ、しってる?」
 無垢な顔で、まるで本当の赤子のように無垢な顔で、僕の目をくりぬくように見つめる彼女。
 本当のことを言いたい。でも、もう君は言っても理解できないから。
 やめて。
 そんな顔で見られると、僕は――
「シュウ、なんでないてるの? きれいなかおがぐしゃぐしゃだよ。まるでねぐせみたい」
 嗚咽が漏れた。でも、救われた。寝癖みたいにぐしゃぐしゃな顔って、なんなんだろう。
 想像すると、なんだか自然に笑みがこぼれた。
「あたまがいいんだな、シャワーズは」
 そう言って、僕は彼女の頭を撫でてやった。あぁ、なんて気持よさそうな表情をするんだろう。
 目を細めて嬉しそうに首を上げる彼女の首筋は、とても蒼くて綺麗だった。僕なんかより、よっぽど君の方が綺麗だ。
 僕はすかさず、近くの棚の上に乗せておいてあったポラロイドカメラに手を伸ばす。
「シャワーズ、そのまま笑ってて」
「うん。でも……笑うって、なんだっけ?」
 
 最高の一枚が撮れたかもしれない。すこし首をかしげておどけた表情をしたシャワーズは、写真の中では普通に生きている。
 何年前から君はこうなったんだっけね。日記も途中まで書いてたのに、途中で書けなくなったんだよね。
 僕はその中でも、一番印象に残ったページを丁寧に切り取って、いつも持ち歩くことにしている。
 海が好きだった彼女。彼女を好きだった僕。
 とどのつまりは、同じことだと思う。いや、過去形じゃない。今も好き。だから君を毎日ポラロイドカメラに記憶させる。
 古びたカメラが吐き出すもう一人の彼女は、いつまでも()せることのない、セピア色をした写真という名の世界の中でいつも笑顔で生きていた。その笑顔の意味を、彼女が知ることがなくなったとしても。
 現実で確実に色褪せていく彼女が嫌いなわけじゃないけど、記憶をカタチとして残しておくためにも、君を写すことはもう欠かせない僕のルーチン。
「ぐあいっていうのがわるいみたいだから、わたしちょっとねるね」
「ん、あぁ今布団に……」
 死んだと思うように美しく、一瞬で眠りに落ちる彼女。
 僕は彼女を抱いて、布団に無言で移す。
 モンスターボールなんて使わない。生の景色を、少しでも刻ませてやりたいから。生の僕を、いつでも触れさせれるようにしておいてあげたいから。
 僕のわがままと取られてもいい。今をいかに褪せないで生きるかが、君にとっても僕にとっても大事なんだ。――きっとね。

 おやすみ。


 ― 2 ― 

 秋が来て、葉が枯れ落ち始めても、まだ君は散らなかった。残された君の命はとうに一年を過ぎている。
 君が居なくなることを想像しただけでとても怖い。
 去った夏の日々を、彼女はもう覚えていない。だけど、セピア色の君は何枚も、何十枚も生きていた。
 
 秋雨が、うろこ雲がめっきり秋を感じさせる。
 飛行機は何故雲を割るんだろうか。雲は痛くないのだろうか。僕の心は、こんなにも痛いのに。
 秋は夕暮れが美しく、雨が上がった後の夕暮れは虹というおまけも付いてきて、最高だ。
 昔はよく、シャワーズが僕のために水鉄砲で虹を作ってくれた。虹を見ると、視界が海水で歪む。
 
「今日は虹が綺麗だな、シャワーズ」
「にじ? それってシュウよりきれい?」
「見れば分かるよ、うん」
 空を見上げて、彼女は時を止めた。いつまでも上げた首を下ろさず何処を見ているか分からない目の焦点を、長く空に泳がせていた。
「くもって……いいね。だって、まいにちおよげるでしょう? わたしもはやくおよぎたいな。ねぇ、いつになったらわたしおよげるかなぁ」
 涙腺が緩む。涙脆い人間じゃないはずなのに、シャワーズと居ると僕も、いや僕の目は、いっとき水タイプになる。
「にじのむらさきは、なんだかこわいね」
「あ、そうかな? なんでそう思った?」
 覚えてるはずがない。虹の紫は毒だって話、覚えてるわけがない。――淡い期待はさせないでくれ。
「……むかし、とおいむかしだれかがいってたきがするの。でも、だれだかはわからないよ。だってわたし、もうこわれてるから」
 それは僕だ! と言ってやりたかった。でも君は分からないから。だから、悲しい。
「シュウ」
「……ん?」
「いっしょに、いつかおよぎたいね」
「雲で我慢しような」
「とどかないよ、わたしあそこまで。シュウってばかだね」
「うん。シャワーズには勝てないよ」
 ずっと首を上げたまま話すシャワーズが不憫だった。だから、絶景を撮るチャンスにカメラを取り出すのはやめた。なぜか。だって視界が曇ってレンズのピントが合わせられなかったから――

「わたし、なんだかつかれちゃった。ねぇ、かえろう?」
「そうだな。今日のご飯は何にしよっかね」
「わからないから、なんでもいいよ。でも、あまいものがいい」
「……甘い物ばっか食ってるとなぁ、太っちゃうぞ?」
「ふとる? ふとるとどうなるの? およげる?」
「……帰ろう」
「うん」

 疲れた様子を見せていたシャワーズを僕は敢えてボールには入れない。帰り道のささやかな自然との出会いが彼女を活気付けることもあるからだ。
 虹はいい時に出たのかもしれない。それを写せなかったのは、僕の眼が壊れてるせいなのかも。
 シャワーズの後ろを歩きながら僕は、目のふたがしまらずにどうしようもなかった。
 海水が溢れて、でもそれを見せるわけにはいかなかったから。



 帰宅。相変わらず狭いアパートだとふと思った。でも部屋は綺麗にしてある。まともな風呂やトイレ・ロフトまで付いていて家賃五万円しないんだから、いいとこだとは思うけど。
 まぁそんなことはどうでも良かった。早くご飯を作って、あぁ今月に撮った写真の整理もして。
「シュウ」
「ん? 今すぐ準備するから、もう少しま……」
 珍しい現象が彼女の身に起こっていた。月に一度あるかないか。
 いつも濁った目をしている彼女の瞳孔がいつになくはっきりしていると同時に、呂律が回りきってない幼い子どものようなしゃべり方も全く見受けられない。
 覚醒してる。半日は続く覚醒。この時の彼女は、普段と違って
「泳ぎたいよ、シュウ……」
 台所の前だというのに、僕は急にシャワーズに無理やり押し倒される。この力が痩せた彼女のどこにあるのかが未だに分からない。でも、ダメだ。背徳感が僕を襲う。一時の感情に身を任せてはいけない。これはもう、彼女の『仮の姿』なんだから――
 醒めたときに辛いのは、僕だ。そして君は何も覚えてない。そんなのは、今年の春で終わりにしたから。
「海に連れてってくれないなら、わたしシュウとここで泳ぐから」
「っ。シャワーズ、落ち着いて……」
 力で勝てないなんてどうかしてる。過去の活発だった彼女がデジャヴするから、いけない。いけないんだ。欲に身を任せると、今度は僕が壊れかけないから……
 そう思っているや否や、彼女はその口をうまく使って僕のズボンを無理やり下ろそうとするのっだった。
 




何かありましたら。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 何かこういう小説って、久振りですね・・・前のwikiには、多少あったんですが・・・執筆頑張って下さい。 -- 桜花 2009-06-15 (月) 23:18:09
  • 病気め 治れよぉ 治れよぉ 治れよぉ 最初の時点で目からマジで海水が出てきました
    なんで治らないんだよ アルツハイマー お前はお呼びじゃ無いんだよぉぉぉ -- 座布団 2009-06-15 (月) 23:50:56
  • >桜花様 貴女の小説も読んだことがあります。――お互い頑張れるといいですね。コメントありがとうございます -- [[]] 2009-06-19 (金) 22:34:12
  • >座布団様 本来のアルツハイマーとは矛盾点があるかもしれませんが。切なさや葛藤などがうまく伝わって貰えれば、書きがいがあります。 コメントありがとうございます -- [[]] 2009-06-19 (金) 22:37:08
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.