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ひとりじめ

/ひとりじめ




 お前をこの世で一番あわれなポケモンだと、俺は思ってる。
 思っているから、愛しているんだ。




  ひとりじめ
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「なんで! なんで俺に何も言わずに狩りに行っちゃうんだ! 俺がどれだけ心配したかなんてお前は分かってない!」

 薄暗い巣穴の中でそうやってお前は、仰向けに寝転んだ俺の胸に自分の顔をうずめる。ぼろぼろと、大きな瞳から大きな涙をこぼして、それが俺の毛並みに染みこんでいく。
 目をそらす振りをして、横目でを洞窟の外を見る。森は太陽に照らされて暖かいが、ここは少し冷たい。太陽に照らされない涙は光らない。こいつはあと何回、この洞窟の外に出られるだろうか。今日も怖気づいて駄目だった。それでいい。そう仕向けたのは俺だ。

「ごめん……起こすのは悪いと思って……」

 思ってもいないことを言う。ニンフィアは大声で何かをのたまうが、俺は三つ首のどの耳でも聞いていない。それでいい。思ってもいないことを言うのは、こいつも同じだ。結局のところ、こいつは俺に見捨てられるのが怖い。ひとりじゃ生きていけない。そう仕向けたのは俺だ。
 イーブイの頃からこいつの分まで狩りをして、森に潜むポケモンたちがいかに恐ろしいか教えてきた。いや、嘘をついてきた。そのおかげで、こいつはニンフィアになっても瞳のあどけなさが抜けていない。
 俺はそれを綺麗だと思う。何も知らなければ汚れることがない。ただ、この洞窟で俺の帰りを待って毛繕いをしているだけの生き物。それが綺麗じゃないわけがない。

「前にも言ったのに……! 何回も!」
「本当にごめん……」

 こいつは俺の真ん中の首にリボンを巻きつけた。その気になれば、そこから妖精の力を流して俺の首を簡単に焼き切ることができるのに、それをしない。それを知らない。俺が教えていないから。こいつは満足するまで俺を言葉で責めれば、それで落ち着く。俺が分かってくれたと思ってくれる。自分の嬉しいだとか悲しいだとかの感情が、俺に操られているなんて考えてもいない。
 こいつに目に映るものに、そんな悪いものはない。お前をここに縛りつけているのが邪悪なもので、洞窟の外にはこの世の全部が広がっているのを、お前が本当はそれを知るために生まれたきたのを、それらを知る術を奪ったのは俺だ。
 ニンフィアに見られないようにしながら、短くため息をつく。お前のあわれさは日に日に増していく。食べることも出すことも、遊ぶことも寝ることも、笑うことも泣くことも、その全部がこの薄暗い世界で完結しているのだから。だからお前はあわれで、俺はそんなお前が愛おしい。

「今度からお前に言ってから、狩りに出る。約束する」
「絶対……! 絶対だから……!」

 俺は俺の首元で顔を覗きこんでくるニンフィアを両腕で抱きしめた。この約束はもちろん破られる。そして、またニンフィアは俺に約束させる。もう何度も、ニンフィアには俺しかいないから、約束させることしかできない。何度でも俺が破っても。俺がいなくなれば何もできないから。怒りに任せて俺を殺すことはできないし、そもそも自分がそれをできると知らない。
 おかしな話だ。サザンドラに遊ばれるニンフィアなんて。何年もかけてそう仕向けた甲斐があった。何度も噛み殺そうかと思った。この愛の重さは、苦労の重さだ。そう簡単には手放さない。最後まで付き合ってもらう。

「うう……うぅ……」

 涙で毛と毛が張りついたみじめなポケモンを見ながら、俺は俺のみじめさを自覚した。
 お前がこの洞窟から出られないように、俺もお前を置いて遠くには行けない。洞窟に近づくポケモンを狩り続けなければいけない。お前の瞳を綺麗にしておく代償に、俺は本当の自由を失った。
 お前は俺に飼われて、俺はお前に飼われる。それを知っているのは俺だけ。それでいい。みじめな生き方だが、お前よりは上等だ。お前をひとりじめできていることが、お前がそれを知らないことが、何よりも重要だ。
 これはきっと、愛と呼ぶにはあまりにも歪んでいるおぞましい代物なんだろう。それがいい。それ以外に必要なものがないのだから。

 いつしかニンフィアは泣き疲れて眠ってしまった。寝顔にも森のポケモンのような泥臭さがない。また、このままこいつを置いて、今度は永遠に戻ってこなかったらどうなるだろう。こいつは死ぬまで俺を待ち続けるんだろうな。それはそれで面白いが、今までの苦労が全て台なしになってしまう。それに、こいつには普通の情も感じている。
 何度も頭を噛み砕きたい欲に襲われながら、俺は干し草の寝床の上にニンフィアを置いた。

 おやすみ、良い夢を。
 俺は俺の夢そのものへ小さく呟いたあと、片方の頬に優しく口づけした。


 了

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Last-modified: 2020-09-29 (火) 19:16:45
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