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ちっちゃい彼女

/ちっちゃい彼女

この作品には官能表現があります。でもまだまだ微妙だったり。
結構危ない表現があるかもしれません。無理だと思ったらすぐにバックバック! by簾桜


 さぁぁぁぁぁという音を立てて雨が一面の草原に降り注ぐ。大地や草木にとっては恵みの雨であったとしても、水の苦手な生物にとっては厄介に他ならない。それがたいした雨具などを持たない旅人ならなおさらであり、そしてそれはポケモンの世界でも同じだったりする。
 一匹のポケモンが全速力で走っている。普段はそれなりにフワフワとしている黒と灰色の毛は雨でべっちゃりと濡れてしまい見るも無惨な事になっている。口元に光る鋭いキバは野生のポケモンならば恐怖の対象となるハンターグラエナは、現在雨宿りが出来そうな場所を探し奔走している所だった。
 やがて小高い丘近くへと来たとき、丘の上に大きな木が立っているのが見えた。これ幸いと全力ダッシュでその木へ向かっていく。近づいて始めて分かったがかなり樹齢の多い木らしく葉っぱは青々と茂っており真下の部分の殆どは水に濡れていない。ようやく雨宿り出来る場所につけたグラエナはぶるぶると全身を振るわせて水気を飛ばす。一気に地面は濡れたが毛の芯まで濡れてしまった毛はそう簡単には乾きそうもなかった。
 グラエナは大きくため息を一つ。腰を下ろして葉っぱの間から空を見るも雨が止めどなく降り続く。暫くは降り止みそうもない雰囲気であった。

「はぁー、主人に今日は雨降りやすいから気を付けろって言われてたのに……暫くここで足止めかなぁ」

 どうやらこのグラエナ、人に飼われているポケモンのようだ。再びブルブルと体を震わせ、まだ付着している水分を飛ばす。それでようやく満足したのか大きくぐぃーっと背を伸ばし、地面に伏せるのだった。何も出来ない以上少しだけ休憩する事にしたようだ。
 大きく欠伸をし、うつらうつらと船をこぎ出しそうになったとき、背後に気配を感じた。首をあげて背後を見てみると、どうやら自分と同じような境遇のポケモンがやってきたようだ。

「ブルル! うぅー毛がビチョビチョだよぉ……」

 声を聞く限り雌、それもかなり幼い印象を受ける。ブルブルと体を震わせたあとようやく落ち着いたのかそのポケモンが辺りを見回して、ふとグラエナと目を合わした。
 一瞬でそのポケモンは栗色の毛色の体を大きく縮み上がらせ、黒い瞳が恐怖に彩る。イーブイと呼ばれるそのポケモンは大きく悲鳴を上げてそのまま飛び出してしまった。
 グラエナは先程よりも大きくため息をついた。グラエナ、そしてその進化前のポチエナという種族は野生ではどう猛なハンターとして知られている。小型のポケモンを主に捕食し、骨までもガリゴリかみ砕いてしまうと言われる。無論野生の世界では恐れられている存在で、群れのグラエナにあったらよほど運が良くなければ食料とされるも同然という話もあるとかないとか。
 無論人に飼われているグラエナは十分な餌を与えられているので野生のポケモンを襲い捕食するという事をするものはまずいない。まぁごく稀にグラエナに食料調達を頼むというトレーナーもいるらしいのだが、少なくともこのグラエナの主人はそんな事を頼んだ事はなさそうだ。
 恐らく何度もこういった事があったのだろう、グラエナはブルーな気分で今度こそ寝ようと腕に頭を乗せて、鼻をふんっと鳴らすのだった。

「――ひゃあぁぁぁぁ!?」

 後ろから先程のイーブイの悲鳴が聞こえてきた。尋常ではない声に嫌な予感がしたのかグラエナはすくっと立ち上がり、声が聞こえた方へと行ってみる。
 雨に当たりながら探してみると、下の方で呻き声が聞こえる。駆け寄ってみると泥だらけになったイーブイが小さく呻いていた。近くに寄って確認してみると、どうやら後ろ右足を捻ってしまったようだ。これではまともに歩く事も難しいだろう。
 イーブイはグラエナに気付き、絶望の表情を浮かべていた。目の前に肉食のポケモンがいて、さらに足を怪我して全く動けない状況となったら逃げる事も戦う事も出来ない、まさしく死の宣告そのものなのであろう。
 がくがくと恐怖で震え、目に涙を溜め何とか逃げようと必死に前足に力をこめてほふく前進の要領で逃げようとするも、その移動力はポッポの涙程度のものだった。
 ふぅ、と小さくため息をついたグラエナは何も言うことなく顔をのど元に近づける。無論彼女に止めを刺すつもりなど毛頭無いが、四本足では彼女を担ぐ事も難しい、と言う事で仕方なくこの運び方をする事にしたのだが、この行為は勿論相手を極限まで怖がらせてしまうのも確かだった。
 事実イーブイは顔を青ざめ、とうとう手足を初めピンと立った耳も丸め込んで縮まりこんでしまった。グラエナは震える彼女の首もとをゆっくりと出来るだけ優しく銜え、そのまま持ち上げる。「ひやぁ!?」というイーブイの悲鳴を聞き流し、グラエナはそのまま木がある丘の上へと駆け上がる。イーブイは未だ震えるだけしか出来なかった。

 ようやく木の下へと戻った後、グラエナはイーブイを解放する。ビクビクと震えっぱなしであるイーブイは動く事も出来ずにお座りをする格好でグラエナの顔をジッと見つめる中、グラエナは三度体を震わせる。流石に毛がぼさっとなってしまったが特に気にすることなく地面に伏せて大欠伸。
 そんな様子を見て、イーブイはようやく落ち着いたのか大きく深呼吸を一つ。未だに何も言う事はないがグラエナもまた何も言わずに、数分間が過ぎる。雨音だけがその場に溢れていくが、不意にイーブイが声を出した。

「あの、どうして助けて――」
「グラエナは肉食獣のはずだって? 顔にそう書いてるよ」

 間髪入れずにそう言われ、イーブイは一気に背筋をピンと伸ばしてしまう。申し訳なさそうに視線をそらすもグラエナは少し苦笑を漏らすだけであった。

「別に構わないよ。グラエナってポケモンは実際肉食なわけだし。ただ俺は人付きのポケモンだからわざわざ狩りをしなくていいのさ」
「人付き……」

 ポケモンの世界において人付きとは、トレーナーの下で暮らすポケモンを卑下する為に使われている言葉である。野生の世界では人間は周りの自然を食いつぶす敵であるという認識が強く、その下で働くポケモンもまた自分たちの敵だという差別の為にこういった言葉が生まれるのも自然な事であった。
 イーブイもまた人間にたいして良い印象を持っていないのか少し言葉に影を落とした。やがてグラエナが立ち上がり大きな欠伸を一つしたあとに「ちょっと待ってろよ」と一言残し雨の中へと走っていくのだった。
 数分、数十分と時は流れ、ようやくグラエナが戻って来たときに彼は口にオボンの実を一つくわえていた。大自然の治癒薬とも言われるその実は同じ効果であるオレンよりも効果が高い。だが希少価値もその分高く、野生では滅多にお目にかかれない高級品である。
 驚いた表情を浮かべるイーブイに何も言わずに目の前に置き、にこりと微笑んだグラエナはそのまま何も言わずに少し離れた場所で体を震わし、近くに腰掛け、そのまま伏せてしまった。彼の予想外の行動にあっけに取られたイーブイは彼を直視してしまうが、グラエナは気にもとめずにそのまますぅすぅと眠ってしまうのだった。
 イーブイはどうする事も出来ずに、ただただ目の前に置かれた木の実を食い入るように見つめるだけであった。





 それから、約一時間は経っただろうか? どしゃ降りだった雨は次第に弱まり、やがてシトシトという音にかわり、しだいに完全にやんでしまう。雲から少しだけ日の光が差し込み、黒く厚い雲はゆっくりと風に流され青空が広がってきた。
 ついつい寝込んでしまったグラエナはふわぁ、と情けない欠伸を一つ漏らして頭だけを動かしゆっくりと辺りを見回した。先程までいたであろうイーブイの姿はなくオボンのヘタが近くに転がっていた。どうやら木の実を食べて回復した後そのまま何も言わずに行ってしまったようだ。少しだけ寂しそうな顔をした後、二度寝をしようと丸め込もうとして自身のお腹辺りへと頭を動かし――ほんの数ミリという距離にイーブイの可愛らしい寝顔が。

「おわぁ!?」

 思わず飛び退いてしまうグラエナ。その声に目を覚ましたのかイーブイが小さく唸ると大きく欠伸をして背筋を伸ばすようにぐぃーっと体に力を込めた。
 まさか添い寝しているとは思いもしなかったグラエナは心臓がバクバクとしているのか目を白黒とさせている。そんな事など露しらず、といった感じでイーブイはニコリと微笑んだ。その笑顔にグラエナは若干頬を紅く染めてしまうのだったが、果たしてイーブイは気付いたかどうか。

「おはようございます。すいません、勝手な事をしてしまって……」
「いや、別に構わないけど、なんかこう危険だと思わなかったの? ほら俺グラエナだし、雄だし、襲われるとかなんとか」
「いえ、多分大丈夫かなって思って……襲うのなら助けてくれたときにいくらでも出来ると思ったから」
「あ、そう、なの。うん、そっか、そうなのね」

 しどろもどろという事が分かるぐらいにグラエナの声が上ずってしまう。どうやら彼は異性とのお付き合いスキルがあまりないらしく、その様子がおかしかったのかイーブイはクスクスと笑みを漏らした。
 その事に恥ずかしくなったのかグラエナは頬を赤く染めて視線を逸らしてしまう。先程までのクールな印象が一気に無くなったように見えるが、逆にイーブイはほんの少しだけ親しみを感じるのだった。

「御免なさい、笑っちゃって。あたしグラエナだってだけでつい叫び声とかあげちゃって……本当にすいませんでした」
「いやだから本当の事だし別にいいって。……君、野生だよね? 雨も上がってるしそろそろ戻った方がいいよ、人付きの奴と話してるの見られたら友達に嫌われるよ」
「いえ、大丈夫です。それに私こんな格好でも一応子供じゃないです。多分あなたと一つ二つしか違わないと思いますけど?」
「――マジで?」

 イーブイはブスッとした表情で「マジです」と答えるだけだった。あはは、と苦笑いを浮かべたグラエナは明後日の方向を見つつ、少々痛い視線も感じつつ、じわりじわりと逃げ始める。
 イーブイもまたそれに合わせるように首を動かし彼を見続ける。間違いなく怒っていると感じたグラエナは「あー」とか「えーっと」など言葉が空を切るばかり。やがてある事を思い出した。

「あぁそうだ、俺もそろそろ主人の所に帰らないとね! 多分探してるかもだしね、うん、じゃ、じゃあ……」
「あのぉ!」

 そそくさと立ち去ろうとするグラエナを、イーブイは呼び止める。まだ少しだけ痛むのか後ろ足を引きずるように歩いているが、ほんの少しだけグラエナに近づく。
 体格差から、どうしてもイーブイは彼を上目遣いで見るしかないので、グラエナは先程からどぎまぎしたように顔を赤らめてしまう。それを知って知らずかイーブイは少しだけ誘惑するような甘い声で話す。

「あのぉ、明日のお昼頃にまたお会いしませんか? ほら、怖がって逃げたお詫びってわけじゃないけど……」
「は、へ? いや、その、き、君が、いいなら……?」

 良かった、と一言いいイーブイはニッコリと微笑んだ。あまりの可愛さにグラエナは一気に顔を真っ赤にさせて猛ダッシュで走り去ってしまうのだった。
 残されたイーブイは少しだけあっけに取られていたが、やがて満足したような顔で痛そうに足を引きずりながらその場を後にするのだった。


 その日から数日が経ち、イーブイが半ば無理やり詰め寄る形で二匹はそのまま交際する事となった。雌性と付き合うのはこれが初めてで、経験が無い為に終始手探りのような反応が多いグラエナはイーブイと会うたびおっかなびっくりといった感じ。一方イーブイは他の雄と付き合った事があるらしく、その分だけ少しグラエナをリードする事が多かった。
 グラエナの主人は二匹が出会った木がある草原からほど近い町で暮らす少年で、普段は学校に通っている為グラエナは抜け出せる機会が多いはずなのだが、少年の他の手持ち達に感づかれないように抜け出すのは少し骨が折れるらしく二匹はなかなか会う事は出来なかった。一度だけイーブイの方からグラエナに逢いに来た事もあったが、子供のトレーナーに追いかけ回されて大変な目に会ったらしくやはりグラエナが彼女に会いに行った方がよいという結論になった。
 二匹はなかなか逢えないもどかしさを抱えつつも順調に愛を育んでいった。だが一度も体を重ねるような行為を行うことは無く、そのせいでどこかすれ違うようになりつつも……三ヶ月という時間が流れるのだった。




 グラエナの主人の家は小さなマンションの一室で、一人暮らし。学校ではバトル実習がある日以外は基本持ちこみ禁止の為彼の手持ち達は部屋で留守番することが多い。よって昼に家にいるのはもっぱらポケモンだけであった。
 入り口近くにあるキッチンでは鼻歌交じりに誰かが昼食を作っている。まるで白いワンピースを着ているかのような容姿、緑色の髪のような頭、胸には感情を察知する事が出来る角を持つサーナイトはエプロンをかけ手慣れた様子でフライパンと菜箸を器用に使い料理を作っていた。
 次第に良い匂いが香ってくる中隣のリビングでは真っ白い毛におっきな尻尾が特徴のリスのような容姿のポケモン、パチリスがぐでぇーっとテーブルの上で垂れた状態で空腹に耐えている所だった。よほどお腹がすいているのかしきりにぐぅぐぅお腹を鳴らして鬱陶しい事この上ない。
 やがてちょっとした炒め物をお皿に載せ、サーナイトがリビングへ来てお皿を乗せると、パチリスはがばぁっと起きて料理をがつがつと食べ始めた。まるで餌付けをしているような感じであったが、毎日こんな調子なのかサーナイトは軽くため息をつくだけであった。

「何時ものことだけどもっとゆっくり食べなさいよトール。喉に詰まらせるわよ」
「ふぐぐ、ふぐ、ふぐぐふぐふぐっぐ」
「食べるか喋るか、どっちかにしなさい」

 そう言われ、トールと呼ばれたパチリスは食べる事に専念する事にしたのか一気にお皿に残っている料理を口にかっ込んで、むぐむぐと咀嚼する。やがて大きくゴックンと飲み込んだ後にようやく落ち着いたのかふぅーっと満足そうにお腹をさする。
 サーナイトは大きくため息をついた後、自分の分を食べる為にキッチンへと戻ろうとする。

「ねぇージュピア、最近バオン兄ちゃんの様子変じゃない? 最近朝ご飯食べるとすぐにいなくなっちゃってさぁ」
「そうですね、最近はそわそわしているように思えるのは同感ですね。元々彼はグラエナですし、肉食に目覚めてもおかしくはないでしょう」

 興味がないという雰囲気をプンプンと出しつつジュピアと呼ばれたサーナイトも昼食を食べ始める。ちゃんと箸を使い器用に食べるその姿はさながら人間のそれとまったく変わりばえしない。寧ろ人間の幼子以上に器用である。
 一体誰が教えたのだろうという事はさておき、優雅に食べるサーナイトをよそにトールはうーんと唸ってしまう。

「どうかなぁー、案外実は可愛い女の子といちゃいちゃしちゃってたりなんかしちゃってたりぃ?」
「まさか。見た目は猛獣でも中身は草食系の彼が異性とお付き合いするなど夢のまた夢でしょ」
「だよねぇー♪ 兄ちゃんかっこいいくせにナヨナヨしてるから普通に話しかけるのだって難しいよねぇ~」
「そうですよ。さ、後片付けは私がやりますからあなたはゆっくりしててください」
「はぁーい!」







「ぶぇっくしょん!!!」
「ひゃ、大丈夫ですか?」
「ぐじゅ……だいじょーぶ、たぶん」

 バオンは大きなくしゃみを一つして、近くにいたイーブイを驚かせてしまうのだった。


 二匹は現在少し木が茂っている林の中を散歩中だった。最近は朝早くに出かけることで何とか時間を作っているバオンは寝不足なのか少し目の下にくまが出来ていた。イーブイが心配そうに顔を覗きこむと、すぐに笑顔を作ってごまかした。二人を包む、若干の思いのすれ違い。
 その原因を産んだ事件がある。二カ月程前の話であるが一度だけバオンは他の手持ち達に少しだけ嘘をついて一日中彼女と一緒にいた日があった。その時は別段何もなかったのだが、彼女が少しだけ甘えた声で一線を越えようと言ってきた事があったのだが、彼はこれを全力で拒否した。理由は言わずもがな、体格差の問題があったからだ。
 グラエナとイーブイでは体格差が違う、君を傷つけたくないからこればっかりは絶対に譲れない。バオンの意思は非常に硬く、結局イーブイが折れる形でこの話はそのままなかった事になった。その日からどこか妙なすれ違いが生まれ、何故かちぐはぐとしてしまう。二匹共その事に気づき何とかしようとするも、何故かどうもかみ合わない。
 その事に薄々とではあるがどうにかしなければとは気づいているイーブイであったが、自分の為に色々と頑張ってくれている彼に強く言う事が出来ず、しかしどうしても彼が心配な為どう言おうか迷ってしまう。毎日どことなくすれ違ってしまうこの状況にイーブイは内心落ち込んでしまうが、ふとある事を思い浮かんだ。

「ねぇグラエナさん、今日はゆっくり日向ぼっこでも楽しもうよ。ほら最近散歩とかばっかりでマンネリだし」
「え、でも折角頑張って会う時間作ってるのに、なにもしないってのは」
「あ、た、し、が、そうしたいの! それとも可愛い彼女の言う事がきけないの?」

 まだ自分の名を伝えていない少し奥手なグラエナ、バオンはこう言われると何も言い返せない。むぐぅーっと唸り、結局観念するように首を縦にふるしかないのだった。ニコリとはにかむイーブイは、どこか勝ち誇ったように見えるのは気のせいだろうか?
 イーブイがせかすようにバオンを林の奥へと連れて行く。一体どこに行くのとバオンは聞くもイーブイは行けば分かるとはぐらかすだけであった。ふと前方から香る匂いは大量の匂いが混じりあったような、しかしどことなく心をくすぐる良い匂いであった。
 やがて林を抜け見えて来た景色に、バオンは度肝を抜かれた。イーブイに連れられて来た場所は、一面様々な種類の綺麗な花が咲き誇っているまるで天国のように美しい場所だった。花を擽るような様々ないい香りと色とりどりの花が咲き乱れ、バオンは一瞬だけ息をする事も忘れてしまっていた。

「ね、良い所でしょ? 普段からよく遊びに来るお気に入りの場所なんだ」

 後ろに音符マークが付くほど嬉しそうにそう聞くイーブイに、バオンはただただ何も言わずにコクンと頷くだけであった。――と、数匹の羽音が遠くからこちらに近づいてくる。思わずキッと目を尖らせるバオンであったが、イーブイは大丈夫、と彼を止めた。
 やがてこちらに近づいてきたのは、まるで蜂の巣のような体形に三つの顔を持った虫ポケモン、ミツハニー。それが二体ほどこちらに飛んでくる。イーブイは嬉しそうに走りだし、彼らに向かっておーい、と呼びかける。どうやらこのミツハニー達とは知り合いのようだ。

「イーブイダー! ヒサシブリー!
「ヒサシブリー、ヒサシブリー!」
「ゴメンね、連絡しなくて。皆は元気?」
「ゲンキダヨー! マタイッショニアソボー!」「アソボーアソボー!」

 ミツハニー達は嬉しそうにイーブイの周りをブンブンと飛び回る。随分と慕われているなぁと内心思いつつバオンが近づこうとした時、ミツハニー達はバオンの方を向き同時に悲鳴をあげた。

「グ、グラエナダァ!?」
「グラエナァ! キケン、キケン、キケン!!」
「あ、ちょ!?」

 イーブイが止めようとする間もなく、ミツハニー達は一目散に逃げてしまった。あちゃーと声を漏らすイーブイがバオンの方を向くと、彼は悲しそうな瞳をたたえて俯いてしまうのだった。この三カ月の間にも彼女の友達と会う事は二度三度あったが、皆バオンを見て一目散に逃げ出してしまっていた。
 彼の種族の事を考えれば仕方ない事とは言え、彼の事をよく知らずに逃げる彼らにイーブイは少なからず怒りを覚えていた。だが自分も逃げてしまった事があるのでそれを言う事も出来ず、はぁ、と小さくため息をつくことしかできなかった。
 イーブイはバオンに寄り添い、体をこすりつける。何も出来ない事にどうしようもないやるせなさを感じつつも、少しでも彼を慰められたらいいと願いを込めて。

「大丈夫だって、きっと分かってくれるから。あの子たち根はとっても素直でいい子達だもん」
「……うん、御免」

 僅かに笑みが戻ったバオンに、イーブイはニコリと笑いかけるのだった。




 とはいえこのまま誤解しているミツハニー達をほっとくわけにもいかず、とりあえず彼らを探す事となった。一歩花畑に踏み込んだだけでまるで夢の世界に入り込んだような錯覚を受けるバオンであったが、イーブイは慣れた様子でずんずんと進んでいく。
 こう花が咲き乱れていては何重もの香りに邪魔され自慢の鼻も効きづらいバオンは花を踏まないように細心の注意をしつつ、小さい体の為にすいすいと花畑を抜けていくイーブイを必死になって追いかけていく。

「ねぇ、ちょ、あぶね、どこに行くつもりなの!?」
「多分あの子たちは母親の所に行ったと思うの。ここら辺の花畑のリーダーみたいなポケモンだから」

 「マジですか」と花を踏まないようにこわごわ歩いているバオンが尋ねるのに対して「マジです」とイーブイは軽く流すように答えた。嫌な予感がするバオンではあったが、とりあえずは彼女に付いていく事に。
 そのまま数分は歩き続けただろうか、花の香りや風の音はすれどポケモンの気配がまるでしない花畑の中を何とか進んでいき、やっと広い場所へと出る事が出来た。何とか花を踏まないように歩いたグラエナは余計なエネルギーを使ったせいかぜぇぜぇと荒い息。イーブイはいつもとは違う野生の世界で生きる者のような鋭い眼で辺りを見回す。
 ここまで全くと言っていいほどポケモンの姿を見なかった事に若干の不安をイーブイは抱えていた。やはりミツハニー達がグラエナが来たと知らせた為に皆逃げてしまったのだろうか、それとも。イーブイが嫌な予感を抱える中、ようやく息を整えたバオンが一歩足を動かした――次の瞬間だった。
 シュン、と何かが空を切ってグラエナの脇を通り地面に激突した。一瞬息をするのも忘れるほどに素早い一撃。とっさに確認したら地面はまるで剣で切られたように縦にサックリと割れていた。

「グラエナデテケー!!」
「ソウダ、デテケデテケ!」
「チカヅイタラコウゲキー!」
「コウゲキー! コウゲキー!!」

 突如数十匹はいるであろうミツハニー達が次々と前方の花々から飛び出し、警戒態勢を取る。先程の一撃であろうかぜおこしを一斉に撃つ構えを取ってる事からどうやら本気のようだ。
 まさか徒党を組んで攻撃してくるとは思わなかったイーブイはとっさに両者の間に入る。ミツハニー達は攻撃の構えを一瞬解きかけたが、ブンブン唸りをあげ怒りを表した。

「イーブイドイテ! キケン、キケン、キケン!」
「グラエナ、ハナバタケカラオイダス、ナンデジャマスルノ!?」
「大丈夫だよ、みんな落ち着いて! このグラエナさんは皆を襲わないから!」
「シンジラレナイ、シンジラレナイ!」
「コウゲキ、コウゲキ、コウゲキ!!」

 唐突に一匹が羽を強く前に出し鋭い風を巻き起こす。小さな竜巻と化した風はイーブイをかわし一瞬でバオンに迫る。グラエナは一瞬体を動かそうと動き始め――すぐにそれを止め、ゆっくりと目を閉じた。
 次の瞬間まるで鎌鼬のごとく鋭い風がバオンを襲う。まるで撫でるように全身を切り裂く風は黒と灰色の毛をズタズタに切り裂き、至る所から鮮血が辺りへ飛び散った光景をイーブイが大きく悲鳴をあげ、すぐに彼の近くへと駆け寄った。
 全身から赤い液体がにじみ出し痛みで顔を歪ませてはいるバオンだが、しかししっかりと地に足をつけミツハニー達を凝視していた。悲痛な顔を浮かべ涙をためているイーブイに少し苦しそうな笑顔を見せ、ミツハニー達の方へと向く。全く抵抗しなかった目の前のグラエナに対し多少の罪悪感を浮かべていたミツハニー達はブンブンと羽音をたてつつもその表情は迷いに満ちていた。

「勝手に入った事は、素直に謝る。すぐに俺はここから離れる――それで構わないか?」
「グラエナさん!」

 違う、と叫ぼうとするイーブイに対し血が少しだけ垂れている右前脚をポンと頭に乗せる事で制止したバオンは、ゆっくりと来た道を戻って行ってしまう。何か言おう、何か言おうとイーブイは必死になって言葉を探すも、全て口から出る前に消えてしまい呻き声のような声となってふわふわと逃げてしまう。やがて花々に霞むようにグラエナの姿は見えなくなってしまうのだった。
 下唇をグッと噛みしめるイーブイは、心の中で激しく後悔していた。ただ彼にゆっくりと休んでもらいたかっただけのつもりでこの場所へと案内した筈がこんな事になってしまうなど露ほども考えなかった自分自身を呪い、そして恨んだ。ミツハニー達もまたとんでもない勘違いをしていたのではないかと不安げな表情を浮かべている。
 徐々に隠れていたポケモン達も顔を出し始める。チェリンボやスボミーなどの子供もいれば、バタフリーやキレイハナなどの大人も少しだけ心配そうにイーブイに駆け寄った。だがなんて声をかければいいのか分からないと言う風に困惑の表情を浮かべている。それほどまでにイーブイの落胆は酷かった。
 一匹のミツハニーがビクビクと震えながらイーブイの近くへと飛んでくる。そのミツハニーは、先程勢い任せにグラエナを攻撃してしまった者だった。彼は少し俯き、御免なさい、と小さな声で謝った。
 イーブイはただかぶりを振り、それは違うよ、と言った。ミツハニー達はこの花畑を守る為に、ここに住むポケモン達を守る為にグラエナを威嚇し、攻撃をしたのだ。それは仕方がない事だし、決して間違った行動ではない。誰も悪くはない、ただ私が――。

「一体何があったのみんな!?」

 イーブイが言いかけた時、もの凄い形相でミツハニー達の母親でありこの近辺のリーダーであるビークインがやってきて、その場の事態を収拾したのだった。




「……そうですか、トレーナーに仕えているポケモン……そのグラエナには悪い事をしてしまいましたね」
「御免なさい……まさかこんな事になるとは思っていなくて……」

 ビークインに事情を説明し、彼女がそれを他のポケモンに説明してくれたおかげでようやく他のポケモン達も普段の生活へと戻っていった。ミツハニー達は酷く落ち込みながらも普段の仕事である蜜集めへと散り散りに分かれていったが、その後ろ姿は何処となく寂しげだった。
 リーダーであるビークインは、危険なポケモンが花畑に入ってきたらすぐに他のポケモンに知らせ迎撃するように何時も言っていたらしい。それが今回の事件に発展してしまう事になった為ビークインは深く謝罪する。しかし知らなかったとはいえ勝手に入ろうとしたこちらにも非があるとイーブイは苦い顔で彼女を許すのだった。
 落胆するイーブイに対し、ビークインはその小さく丸まった背中をゆっくりとさすってあげる。自身の大きすぎる腹によって大分苦しい形とはなってしまうが、彼女が出来る精いっぱいの励ましであった。

「幼少の頃から人と共に生きるグラエナは、その殆どが本能と理性の狭間に苦悩すると聞いた事があります。彼もまたその一匹なのかは分かりませんが……ですが、きっとあなたを怨むような事はしないと思いますよ?」
「知ってますよ……だてに三カ月付き合ってたわけじゃないから」

 泣きそうな程の声でイーブイは答える。大きく深呼吸をして、さらに続けた。

「彼は、とっても優しいから……恥ずかしいけど、その、一度だけとっても良い雰囲気の夜があって、恥ずかしい事をしようって誘った事があるんですけど……どれだけ頼んでもそれだけは頑なに拒んだんです」
「彼とあなたとでは、セックスするにもどうしたって体格に差がありすぎますからね」
「ちょ、ハッキリ言わないで下さいよ……///」

 恥ずかしそうに赤面するイーブイに対しビークインはクスリと笑うだけ。どうやら人生経験においても性経験においてもビークインは一枚も二枚も三枚も上手のようである。
 真っ赤になったイーブイは微かに浮かぶ桃色の雑念を振り払い、前足で顔をぐにぐにとほぐし何とか普通の顔に戻す。まだ若干頬がピンク色だが、そこはまぁ仕方がないだろう。
 そんな様子を娘を見るように見守るビークインは、やはりクスクスと笑うだけ。他人が困っている所を見るのが楽しいと言う訳でなく、ただただイーブイの様子がおかしかっただけなのだが、しかしイーブイは恥ずかしそうに頬を膨らませプィっとそっぽを向くのだった。

「御免なさいね。でも雄と雌の関係なんてただ体を求めあうだけとはかぎりませんよ? 彼の心の傷を癒してあげるのもまた彼女であるあなたが出来る事なのでは?」
「こころの、きず……」
「難しく考える事はないと思いますよ? あなた達は既に付き合っている仲なのですから、少し乱暴にしたって多少溝が広がるぐらいで済みますよ」

 「溝深まっちゃ駄目だと思うんだけど」という言葉を辛うじて心の中で突っ込むだけで済ませ、イーブイは苦笑いをすることで返答とするのだった。
 やがてイーブイは決意を固めたように立ちあがり、大きく深呼吸をする。多少時間が経っているとはいえ、急いで追いかければきっと追いつくだろう。ビークインに別れを告げようとすると、彼女は首を振ることでそれを制止するのだった。

「折角だから、ここでちょっとチャレンジしてみたらどうかしら? いい考えがあるの」
「えーっと、何をチャレンジするんですか?」

 いいからいいからと言われつつ、ビークインは半ば強引にイーブイを引き留め、自分は花畑の奥へと向かっていった。非常に嫌な予感しかしないイーブイであったが、とりあえず彼女を待つ事にする。
 やがてビークインが戻ってくると、その手には何やら黄金色に輝く液体の入った小瓶が。一体なんなのだろうと首を傾けるイーブイに女王蜂は少しだけ、本当に少しだけ邪悪な雰囲気を出した笑顔を見せるのだった。

「あの~、その手にあるのはなんでしょうか?」
「これはミツちゃん達が集めた蜜なの。さっきのお詫びも兼ねて巣に帰って少しだけ汲んできたのよ?」

 明らかにそれだけではないのだろう、やけに楽しそうなビークインの声にイーブイは知らず知らず後ずさってしまう。
 一体今目の前に存在する小瓶の蜜にどんな秘密が隠されているのだろうか? びしばし伝わる不吉なオーラを受け流せずに、イーブイはただただビークインの邪悪な笑みを受け止める事しか出来ないのであった。


 一方バオンは、あまり生物がいないであろう森の獣道をよたよたと歩いている所だった。切り刻まれたとはいえ軽傷ですんだ全身の怪我ではあるが、ポケモンの回復力は人間よりも遥かに高い為既に血が流れてくるのは止まっているみたいである。だがほうっておいたら細菌が入り思わぬ病気を引き起こしかねない状況。早急に治療をした方がよいのだがバオンは気にせず歩き続けるだけ。
 フラフラとした足取りで歩くなか、彼の前方に小川が流れているのを発見する。誰もいない事を確認しバオンは少量の水を口に含む。辺りを見回してみると、ちょうどいいタイミングでオレンの実をつけた木を発見した。
 ゆっくりと近づき、一個を口に含んで噛み砕き胃袋の中へ。即効性が少々ある為かすぐに効果は発動しグラエナは自分の体に生気がジワジワと広がっていく感覚を覚えるのだった。
 ふぅ、と息を整え全身を舐めるようにして毛づくろいを始める。体中至る所が血に染まってるため血の味しかしない毛を、しかしバオンはただただ何も言わずに整える。多少染みるのか時折苦痛の表情を漏らしているが、数分も経つとようやく毛づくろいを終えたようだ。
 その場で座り込み、小さくため息をつく。体の傷はとりあえず応急処置は済んだが、心の傷はまだ何ともなっていない様子。理由はやはり先程ミツハニー達に追い出された事に他ならないだろう。既に自分の中で割り振っている仕方がない事とは言え、やはりあれほど直接言われまくれば傷つかない方がおかしいだろう。何とも言えないほど暗い表情のまま、グラエナは重いため息を吐くのだった。

 だが次の瞬間、その目つきはギラリと全てを射抜くかのような鋭い物へと変わる。その顔つきはポケモン界の指折りのハンターと呼ぶのにふさわしい物であった。顔を動かさず、視線だけで周りを確認し、ゆっくりと重い腰をあげる。
 後方の木の上で何かがガサガサと音を立てる。音の大きさや規模から見て複数ではなく、一匹だけ。しかし木の上辺りにいる事を考えると森に住むポケモンである事には違いないだろう。殺気に似た気配を感じ取ったからかバオンはすぐに四肢に力を込め臨戦態勢へと移った。一呼吸を置き、後方から大きめの影がバオンへと襲いかかる。バオンは四肢に大きく力をいれ右へと横っ跳びしその攻撃を避ける。瞬間的に相手を確認するとどうやら相手は二足歩行のトカゲらしい顔つき。バオンは脳内の図鑑をひっくり返して相手の種族を確認し、それがジュプトルと呼ばれるポケモンである事を確認した。
 バオンは敵を視野に入れつつ次に嗅覚に集中し、周りに漂う木々や腐葉土の匂いと比べてみる。微かに漂う香りはさっきまで居た花畑のような花々の複雑な香りと同じ物。という事は?ここまでを数秒で分析し、バオンは相手が何者なのかを確信する。一方ジュプトルの方は小さく舌打ちをした後口から無数の種のように形を変えた草の力を飛ばしてくる。種マシンガンと呼ばれるそれは文字通り無数の弾丸と化してバオンへと襲いかかる。だが手慣れた様子で右へ左へと余裕の様子で避け続け、転がり込むように近くにある木の後ろへと回り攻撃をかわす。バシュンバシュンと無数の弾丸が木を削っていくがグラエナには一発も当たっていないのは明白だった。
 だが激しい弾幕はすぐに止み、一瞬の無音。バオンはゆっくりと顔だけを出し様子を窺うと、すでにそこにはジュプトルの姿がなくなっていた。か細く息を吐き出し彼は再び集中する。全神経を五感に集中させ、一瞬たりとも見逃さないように気を配る。相手は森トカゲとも言われる種族故こういった木々が生えている場所での戦闘力は跳ね上がる筈。だが戦い慣れた場所だからこその小さな油断が生じやすくもなってくるというのがバオンの長年バトルを繰り返してきた経験則でもある。今まで戦ってきた中で相手はそれほどレベルが高い訳ではないとバオンは気づいていた。ならば必ず隙が生まれる……そこを突けば。
 瞬間右側からジュプトルが右腕の葉を光らせ突進してくる。バオンは瞬間的にリーフブレードであると判断し、左へと横っ跳びしつつ退避する。グラエナ種である彼は特殊系統の技を得意としておらず、相手をけん制する事が出来ない。だがそのハンデをもろともしないように、相手の振るう一撃を見きり、避け続けていく。
 業を煮やしたジュプトルは一度彼から大きく離れ、バオンへと正面から突っ込んでくる。両手に生える葉に虫エネルギーと思われる光をまとわせてる事から相手がシザークロスを使おうとしていると判断したバオンは、あえて相手に突撃していく。ジュプトルが両腕をクロスさせ、叫び声と共に叩きつけようと攻撃。大ぶりの一撃であるそれは四足とは思えないバオンの回転を加えたサイドステップにより難なくかわされてしまう。そのまま背後へと回りバオンは隙を見せることなく無防備になったジュプトルの右肩に氷をまとわせた牙をくいこませた。
 弱点である氷の攻撃にジュプトルは大きく叫び振り払おうとするも、元来肉を食らう事で生きるグラエナ種の牙は一度捉えた獲物を逃がさぬよう非常に鋭くとがり深々と獲物を裂くように出来ている。例え人付きのポケモンとはいえその牙は衰えてはいない様子。寧ろ人付き故に多くのバトルを経験しているからこそ鋭く尖っているのかもしれない。
 何とか振り払おうともがくジュプトル。その間にも肩に深く突き刺さる氷を纏った牙はジュプトルの体を凍らせながらダメージを負わせていく。十秒ほど経ちようやくバオンが離れた時にはジュプトルの右肩は酷い凍結と怪我を負い、使い物にならなくなった。痛みと寒さで顔を歪ませるジュプトル。そんな彼の様子を冷徹に見るグラエナの目には、イーブイに向ける優しさは微塵も感じられない。正しく『非情なるハンター』その物であった。

「何のつもりか知らないけど相手は選びなよ。もし近くの花畑に不法侵入したからって理由で襲ったんだったら……済まなかった」

 冷徹な目をしたまま、バオンはそのまま帰路につく。哀しそうなその背中は見ているだけでも悲痛な想いを周りに与えているかのようであった。後に残されたジュプトルは荒い息をしつつ、彼の背中をただ睨むことしかできないのであった。



 バオンがようやく家(マンションの一室)へとつき最初に食らったのは元気よく走ってきたパチリス事トール君による「スパーク」という名の突進(突撃)技であった。パチリス自身は何も考えずに技を出したのだろうが、全身を怪我している上に精神的に参ってる状態での一撃だった為支えきれずにモロに食らってしまい、おまけにマヒ状態にもなってしまいバオンは一撃でノックアウトとなった。
 彼が目を覚ました時には既に夜中の十時を越えているぐらいであった。体を確認すると所々包帯が巻かれており、よく嗅いでみると消毒液の独特のにおいも混じっていた。どうやら帰ってきた主人やサーナイトのジュピアが治療をしてくれたらしく、既に殆ど完治していた。元々そこまで酷い怪我ではなかった訳で、包帯をする事もなかったのかもしれない。
 口や足で出来うるかぎり包帯をほどき、体を伸ばして周囲を確認する。どうやらリビングにいるらしく既に他の二匹は晩御飯を食べ終え、各々和やかに過ごしているようだ。主人の姿が見えないのが気になるが、恐らく友人と飲みに行ったのだろうと結論付けた。

「あら、やっとお目覚め? あなたの分残してあるけど食べる?」
「いや、いいよジュピアさん。今日は食べる気がおきなくて」

 リモコン片手に中古のテレビを操作していたジュピアが気付き夕飯を勧めるが、バオンは食欲がないとだけ言いそのまま立ちあがる。多少ふらついてはいるが、やがてしっかりと立ちあがり支障がないように体を伸ばし筋肉をほぐしていく。どうやら体力も回復したようである。
 ちなみにトールはテレビにかぶりつき番組を見ている、と思われたがこっくりこっくりと首が上下している。どうやら半ば夢の世界へと旅立ちかけているらしい。

「珍しいわね、トールの攻撃を避けれないなんて……本当に大丈夫?」
「ちょっと色々あってね。あ、今から出かけるけど多分今日は夜遅くになっても帰ってこないかも」
「あら、ついに肉食の本能でも目覚めたのかしら。ひょっとして狩りにでも行くつもり?」
「まさか、ちょっと気持ちの整理をつけたいだけです」

 そう語るバオンはどこか自虐的な雰囲気を纏わせていた。人生経験が豊富らしきサーナイトは何かあったのだと女の直感的な物で悟るもあえて何も聞くことなく「じゃ、気をつけてねぇ~」と投げやりな感じで再びテレビへと視線を移すのだった。
 バオンもまた恐らくジュピアは気づいているのだろうと分かっていたが、なにも聞かないでくれる優しさに感謝しつつそそくさと部屋を出るのだった。


 少し雲がかかり星空が少しだけうっすらとしか見えない頃。既に真夜中という時間の為か殆どのポケモンは眠りについている……ごく少数のカップルが森や草影に隠れて夜の営みをする声が稀に聞こえる事を除けば、静かな夜である。
 かつてバオンとイーブイが出会った丘の上の巨木付近は見渡しが良いからか、ポケモンの姿も見えない。と、巨木の下を見ると大きな欠伸をしているイーブイの姿があった。どうやらバオンを探して歩き回っていたらしく疲れているのかげんなりとした表情である。

「はぁ、結局見つからなかったなぁ……ひょっとしたらここにいるかもって来てみたけど……」

 ふぅ、と重い息を吐き途方に暮れる。彼のいるだろう町には以前危ない目にあった為行こうと思えないイーブイは、行く場所が酷く限られていた。普段遊びに行く場所は彼がグラエナという種族を考慮して人気や野生臭のない場所ばかりだった為そこまで思い出深い場所でもない。唯一思い出の場所だと強く言えるであろうこの巨木の下にも彼はいなかった。となると、イーブイにはもう打つ手がないのである。しかもある理由により妙に雄ポケモンに絡まれやすい為、何度も全力疾走をした事もあって既に体力が空っぽに近い、という理由
もあった。
 力が抜けたのか、もう動く気も起きない彼女はこのままここで夜を越そうかなぁという考えつつ、ふと空を見上げてみる。うっすらとしか見えない星空ではあまり気分は晴れないかもしれないが、それでもないよりはマシなのか多少は顔に笑顔が戻る。
 そして思い出したかのように自分の前足に鼻を近づける。ほんのりと香るその匂いは甘く香り、彼女自身も少しだけ匂いに酔ってしまうような感覚に陥る。雄ポケモンに絡まれやすい一因である“ソレ”を確認し、軽くため息を一つして先程ビークインに言われた事を思い出していた。


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「ふぇ、ふぇろもん*1?? ビークインさん、何なんですか一体」
「とても簡単に言うと男の子に自分が魅力的に思わせる香りの事。普段はミツちゃん達に命令する為しか使わないけど、特別にね」
「はぁ……で、その蜂蜜と何か関係が?」
「ぶっちゃけるとどんな生物でもフェロモンを作る事ができるけど、男の子を誘惑するフェロモンは大人の体にならないと多く分泌しないの*2。今のあなたの……イーブイのままの体じゃ、グラエナさんを誘惑する事は難しいわ」
「えっ……じゃあどうすれば」
「そこでこの蜂蜜の出番。この中には私が取り溜めておいた性フェロモン……誘惑する香りが多く入っている。これを水で薄めて体中にかければどんな雄でもイチコロよ。ま、どうしてもイチャイチャしたいんだったら、試してみる価値あるんじゃないかしら。どうせ溜まってるんでしょ?」
「うぐ……。あ~えっと、うーん……」


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「結局使ってみたけど、効果ありすぎだよぉ……これじゃグラエナさんに会う前に襲われちゃうよ」

 自分自身では蜂蜜の匂いしか分からない為何とも言えないが、事実複数の雄ポケモンに絡まれてしまいげんなりとしている。果たして無事にグラエナ……バオンに会えるのだろうか、と不安になってしまっているようだ。彼女は自分の匂いを嗅ぐのに夢中になっていた為、普段なら怠らないであろう周辺を確認する事をおろそかにしていた。
 ……イーブイの背後より近づく黒い影。気配を殺し、足音を立てずに一歩、また一歩と近づいてくる。唸るイーブイの背後すぐ近くへと影は忍び寄り、鋭い牙を覗かせた口がゆっくりと開いていく……!!




「で、一体何をしようとしたのかな?」
「何ってビークインさんのふぇろもんって物でグラエナさんを……ってにゃぁぁ!?」

 後ろから声をかけられ、イーブイは飛び上がるように驚いてしまう。かなり心臓に負担をかけてしまったのか胸に手を当てて苦しそうに深呼吸をするが、なかなか収まらず荒い息を吐くばかり。
 流石にやり過ぎたと思ったのか苦い顔をする黒い影。よく見てみると影の正体はバオンであった。

「ぐ、ぐらえなさん、気配を消して、近づかないで……うぅ、まだ心臓がバクバクいってるぅ……」
「あぁ~ゴメン、なんか変な話が聞こえたからついとっさに」
「『ついとっさに』で驚かせないでください!!」

 相当驚いたのだろうイーブイはかなりご立腹の様子。言い返す事が出来ずバオンはしゅんとしてしまう。この時彼は体に妙な違和感を感じていた。何故だか体が火照ってくるような、何故だか目の前にいる彼女が何時にも増して可愛く見えてしまうような。早くも出始めたフェロモンの効果に<心臓がバクバクしているのを隠すように残っている冷静さをかき集め顔に出さぬようにするが、果たしてそれも何時まで持つ事やら。
 そんな様子を知ってか知らずか、ようやく動悸が収まったイーブイは大きく深呼吸をした後でグラエナの隣にチョコンと座る。これでまたバオンの理性は大きく揺さぶる訳であるが、努めて平常心を保つも顔はだいぶ焦っているのが分かる程冷や汗をかいていた。

「グラエナさん、随分と汗かいてますけど大丈夫ですか?」
「あ~、うん。ところでさっき言ってたよね、襲われるとか僕をどうするとか。何の話、かな?」

 話題を変えるように詰め寄るバオン。痛い所を突かれイーブイは視線を別の方向へと向ける。何とか言葉を繋げようと考えるその仕草だけでもバオンの理性はさらに崩壊していく……何故これだけでここまで動揺するのかバオンは疑問に感じていたが、まさかイーブイが誘惑する為に全身にフェロモンを混ぜた蜂蜜を振りまいているとは夢にも思っていないだろう。
 次第にバオンは目が霞みがかってくるように感じ、振り払うように大きくかぶりを振る。だが霞みは消えることなく、次に妙に鼓動が速くなるのを感じた。まるで全身が焼けつくように熱を発しているように感じ、呼吸も荒々しくなってくる。
 何の前触れもなく起こる全身の異常。今までにない事にバオンは焦りを感じ、前足を顔にかぶせ、何とか現状を把握しようとする。だが次々と頭に浮かんでくるのは、目の前にいるイーブイに対する純粋な想い……『彼女を愛さなければならない』という強い欲情だけであった

(なんだこれ……からだが、やける……ほしい、ほしイ、ホシイ、ホシイ!!)

 効果抜群すぎるビークインのフェロモンによって遂には精神までも犯され始め、激しく息が荒れる。目はだんだんと血走っていき傍から見ればまるで血に飢えた獣そのもののようにも映る。最早バオンには目の前にいるイーブイが一匹の獲物にしか見えなくなっていた。
 イーブイもまた彼の様子がおかしい事に気が付く。何度も荒い息を吐き、時折苦しく唸るような声。じっと自分を見つめる目がまるで捕食者のような危うさを持つと本能で判断し、後ろへと下がろうと腰をあげるイーブイ……だが目の前にいる獲物を捕食者が逃がす筈もなく。

 遂に理性が崩壊したグラエナが突如イーブイを押し倒す。仰向けにされたイーブイは何とか逃げようと体をよじるも、体を踏みつけられてしまえば逃げる事はもう叶わない。もはや肉食獣のそれと変わらない異常な雰囲気を発する目の前のグラエナにただただ恐怖するしかなかった。

「ぐ、グラエナさん……待って……ふぐぅ!?」

 イーブイの言葉を遮りつつ、何の前触れもなくバオンは彼女の唇を奪う。突然の事に驚くイーブイであるが、片方の前足が彼女の小さな胸へと触れ、さらに口の中に何かが入る感触に全身を逆立ててしまう。
 彼女の口内に入った物……それはバオンの舌である事に違いはなく。肉食獣特有のざらざらした舌が小さな口の中を何度も行き来する。行き来するたびに響くグチュグチュと鳴る水音。口内や歯を舐めつくされた後、ソレが躊躇なく自らの舌に絡みついた瞬間、規定外の快感を叩きこまれたように感じイーブイの頭は真っ白に染まってしまった。
 胸への愛撫も、野獣と化したバオンは忘れてはいない。まだ進化前と言う事もある小さな胸の先は快感により小さくぷっくりと膨れている。その部分に手を乗せ、ぐりぐりと強くいじりつける。胸から来る強い刺激にイーブイは知らず知らずに悶え、叫び声を上げようとするも獣と化したバオンの口の中へと収まるのみ。彼女の叫びは周りに響く事無く、激しく弄ばれるだけであった。
 胸を力強くいじられ、小さな口内を無茶苦茶にされるその感触だけでイーブイの精神はピンク色にドロドロと溶けだしていく。息継ぎが殆どなしの激しすぎるディープキスと愛撫でにイーブイの意識は既に刈り取られてしまっていた。
 イーブイの息が続かなくなるギリギリの所で、獣と化したバオンはようやく口を離す。彼らの口の間を銀色のように光る唾液が結び、だがすぐに崩れてしまった。どうやら激しいキスと愛撫でだけでイーブイは昇天してしまったらしく、彼女の秘部からはトロリとした愛液が流れ出ていた。三カ月もの間溜まりに溜まって燻り続けていた彼と交わりたいという欲望もまた彼女の快感の要因となっていたのだろうが……しかし、たった今始まったばかりのこの官能地獄は、まだ終わらない。少なくともイーブイはそう確信していた。
 最早恐怖の対象としてしか見えない最愛の雄に辛うじて視線を写す。狂気に似た何かを纏う彼を見たくはなかったが、少しでも相手が今どういう状況なのかを確認しなければ心の準備もなく快感に呑まれてしまうと思い、恐々と見る。見えたのは無論赤く充血した肉食の目……ではなかった。まだ荒い息をしつつとても怖い印象なのは変わりないが……でも、その眼は何時も彼女を労わる、普段のバオンの物であった。

「はぁ、はぁ……く、そぉ、うがぁぁぁ!!!」

 突如イーブイから離れ、巨木を相手に全力の頭突きを放つ。一回、二回と全力で頭を打ち付けそのたびに大きな音が響く。その様子に少なからず壊れて待ったのでは危惧するイーブイであったが、三回頭突きをした時点でようやくバオンは頭を抱えつつ腰を下ろした。全力で叩いた分頭からは赤黒い血が流れており、どれほどの力で叩きつけたのかが否が応でも分かる。
 まだ快感によるだるさから抜けきれないイーブイは体をうつ伏せにするだけで精一杯。お互い荒い息を何とか整えつつ、先に言葉を発したのはバオンであった。

「――御免。自分でも何が何だか分からずに、君を襲ってしまった……本当に、御免」
「ううん、謝るのは私……親友に言われるがままにグラエナさんが襲うようにしたから、仕方なかったの……」

 えっ、と言いバオンは小さく首を傾ける。イーブイは昼に分かれた後にビークインからの提案をかいつまんで説明し、襲われてしまったのは自身のせいだと語る。驚いた様子のバオンだったが、それでも襲ってしまった事には変わりないと、彼もまた深々と謝罪をするのだった。
 暫くは両者共に自分が悪いのだと言い合いをするだけであったが、二匹共酷く体力をなくしたのでとりあえずオレンかオボンを取ってくるよと言いバオンは闇の中へと消えていった。すっかり体が火照ってしまったイーブイは彼を待つ間少しだけ物足りなさそうに体をよじらせていたが、耐えきれなくなったのかゆっくりと秘部をなぞり自慰をしつつ待つのであった。






 ――そんな二匹の様子を遠くから観察していた影が、二つ。

「……危うく強姦になるところだったわね。まったくビークインもフェロモンの加減っていうの知らないの?」
「ちゃんと加減しましたよジュビア。二匹共だいぶ溜まっていたからそれを含めて彼は暴走したのでしょう」

 どうやらこの二匹、サーナイトのジュビアに花畑の長ビークインのようである。話から二匹は知り合いらしく、どちらも手には双眼鏡が握られている。盗み見る気満々らしく、周りにはスナック菓子のような物まである始末。

「しっかしバオンも何時の間にあんな可愛い彼女作っちゃって……こっちは彼氏ができない歴十数年だっつうのに……いい身分よね」
「そんな純愛カップルを覗くあなたの趣味もどうかと思うけどね。私が言う事じゃないけど」
「まったくよね。だけどまぁ、一度は暴走してもキスだけで終わらせるっていうのはなかなか理性の壁が厚いわね、あの子」
「このまま終わったら興ざめよねぇ……折角こっちもウズウズしてきたのに」

 ふぅ、と大きくため息を零す二匹。話の内容からして彼女らはラバーズ・ウォッチャー……恋人観察者の様だ。要するに覗きを趣味とするポケモンの事であるが、かなり手慣れた様子の所からベテランという感じであろう。恐らく二匹が出会ったきっかけも、偶然同じカップルをウォッチした事、なのだろう。こういった性癖なので仕方ないと言われればそれまでだが、覗かれてた方は冗談じゃないと言われても仕方がない。
 現に今彼女らの背後からやけに殺気だった影――頭に血を流している――が近づいてくる。足音もなく近づく影に二匹は気づくことなく、双眼鏡を覗いてイーブイが自慰している所をみているらしい。未だ興奮状態の影……バオンには、それだけで怒りの沸点をブッ飛ばすのに十分であった。

「なぁにをやってんですかジュビアさん」
「「にぎゃぁ!?」」

 相当驚いたのか二匹共背筋をビリビリと震わせ、上半身と首だけを背後に回してバオンの姿を確認する。既にバオンの牙には怒りの炎が纏っており、少し触れても火傷しそうな程にメラメラと燃えている。

「あー、えっとぉ、バオンったらどうしてここにいるのかなぁ?」
「オレンでも探しに行こうとしたら妙な視線を感じて。こんな所で覗きとは随分な趣味ですね」
「いやぁ、そのぉ……隣の彼女に誘われちゃって、ね。まさかあなたがまぐわってるとは夢にも思わずに」
「一応弁解するけど、彼女に変な蜂蜜渡したのは本当に彼女とあなたの仲が上手く行くように思ったのよ?」
「そうそう、これはあくまでちょっとした趣味の一環で……ダメ?」
「――イエス

 次の瞬間、爆音と共に二匹のポケモンの悲鳴が辺りに轟いた。自慰に勤しむイーブイもこの悲鳴に驚き、辺りを警戒したがその後は何事もなく時間が過ぎるのだった……。


グラエナ「全くもう、油断も隙もないな……」
イーブイ「うぅーやっぱり恥ずかしいなぁ、でもこれで終わりなの?」
グ「いや、ちゃんと本番もやるらしいよ?」
イ「うげぇー……耐えられるかなぁ?」


*1 フェロモン:動物などが体内で生成、他の個体に影響を与える分泌物質。ちなみに無味無臭と言われている
*2 本当かどうかは不明。二次創作クオリティって事でご勘弁を

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Last-modified: 2013-03-20 (水) 00:00:00
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