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たった一つの行路 №299

/たった一つの行路 №299

 ドドドドッ

 街中で煙を巻き上げて走るケンタロスたちの姿があった。
 その数は両手だけでは数えられる数ではなく、ゆうに10~20匹はいた。
 町人たちは、ケンタロスの群れに翻弄され、ただ町の器物が壊されていくのを慌てふためいているだけだった。
 旅のポケモントレーナーがポケモンで押さえつけようとするが、まるで止まらずに吹っ飛ばされていった。

“なんなんだよ……あのケンタロスたち……”
“一体どこから!?”
“ママー……怖いよぉ……”
“くっ……ボクのモジャンボが……まったく歯が立たないなんて……”

 町が壊れていく様を誰も止めることができなかった。

“あ、あれはなんだ!?”

 町の中心から、炎が立ち昇った。
 その圧倒的な威力を見て、町人もケンタロスたちもその方向を見た。
 そこにいたのは、黒いスラックスを穿き、白いブラウスを着用し、セミロングの美しい蒼い髪をなびかせた女の子だった。

“女の子とウインディ?”
“って、あの子にケンタロスの群れが突っ込んで行ったぞ!?”
“あ、あぶなーい!!”

 ある人は目を背け、ある人は目を瞑って、その惨劇を見ないようにした。
 だが―――

 ゴォォォォォォォォ!!

 ウインディの咆哮。
 ただそれだけで、ケンタロスが足を止めて怯んだ。
 そして、その場に座り込み、進撃を止めてしまったのだ。

“……凄い……”
“ただ、ウインディが一吼えしただけなのに……”
“『威嚇』をより強化した技……?いや、それだけでなく、ケンタロスたちがあのウインディの潜在能力に恐れをなしたのかもしれない”
“あの女の子……相当の実力者ね……”

 女の子はウインディをボールに戻して、ゆっくりとした足取りで、ケンタロスに近づいていった。
 「危ない」と町人は思っていたのだが、彼女がケンタロスの頭を撫でると、大人しくその手に頭を委ねていた。

「町長のメスター。いるんでしょ?」
「ブフュ!?」

 物陰に隠れていた町長のメスターと呼ばれる男。
 彼女が視線をその男に向けるのと同時に、町人も全員その男に目を向けた。

「あなたがこのケンタロスを仕掛けて、町を壊そうとしたことはわかっているわ」
「ブフュ……何故……わかった……!?」
「この町に関わる不可解な事件をちょっと洗い出ししたら、あなたの素行に目が行ったのよ」
「ブフュ!!」
「ケンタロスがこうなった今、あなたにはすべての抵抗が無駄なはずよ。諦めなさい」

 女の子はメスターの右手と左手をあっという間に右腕だけを使って背中に纏めて、ガチャリと手錠を掛けた。

「ブフュ!?警察だったのか!?」
「メスター、器物破損の容疑で逮捕します」

 その鮮やかな手際に、歓声で沸きあがる町人たち。
 彼女はメスターを連れて、近くに止まっていた車に乗り込んでいった。

「相変わらず素晴らしいお手並みね、サクノ」
「ありがとうございます」

 二十歳過ぎの女性の先輩に褒められて、クールにお礼を言うサクノ。



 彼女は今、カントー地方のタマムシ警察署で働いていた。
 あの悲しい事件から、2年が経過していた。



 たった一つの行路 №299



 ここはオレンジ諸島海上。
 太陽の光を受けて輝く海の上を一つの帆船が進む。

「にゃぁ……目がまわるーよー」
「おらっ、目を回してないでしっかり働け!」
「にゃぁんっ!!」

 ビシッ

 とムチを撃つ音が響く。
 ムチと聞くと、馬のしつけ等で使われるため決していいイメージの持たない道具である。
 一昔前では、人間を奴隷として従わせるために使われたこともある道具だ。
 かといって、この船は奴隷船ではない。

「あ……アルクぅ……」
「なんだ?もっとムチの味が欲しいのか?」
「にゃ……にゃぁ……」

 ぐったりと床に伏せて涙を滲ませる少女に向けて、アルクと言う少年は、容赦なくムチを振りかざしていた。
 その2人の姿を見ているのは、白のマイクロミニにピンクのキャミソールを着た青いボブヘアーの女性だった。
 ブラジャーの形が透けて見え、Gカップの胸を容易に想像できる。

「本当にアルクくんは、ミーシャちゃんを痛めつけるのが好きやんね」
「あぁ。だって、ユミさん。こいつ苛めるたびに悦ぶんだ」

 止めることをせず、ユミは微笑ましくアルクを見ていた

「そんなことないーよー……にゃぁっ!」
「嘘つけっ」

 と、ユミの見る目を気にせず、二人は行為を続けた。

「(それよりも、あの子はだいじょうぶかな)」

 遊んでいる2人を放っておいて、船室でボーっとしているであろう女の子を思いやるユミ。

 ドドドッ!!

「!?」
「にゃぁ!?地震ーよー!?」
「海で地震なワケあるかっ!」

 突然の振動に、各自近くにあった手摺りや取っ手にしがみつく。
 そのとき、海面から水飛沫を上げて、大きなポケモンたちが飛び出してきた。

「こいつはドククラゲ!?」
「にゃ……にゃあぁっ!?」
「規格外やんね」

 ただのドククラゲではなく、ゆうに大きさが5メートルほどある。
 個数も3匹ほどいた。

「くっ!やるかっ!」
「にゃあ……」

 アルクはクヌギダマ、ミーシャはチョロネコを繰り出して、ドククラゲに向かっていく。
 だが、いかんせんレベルが違う。
 触手であっという間に弾かれてしまう。

「イーブイ、『リーフブレード』やん!!」

 アルクとミーシャを助けるためにユミのイーブイが力を振るう。
 2匹のドククラゲの触手を次々と切り裂いていく。

「くっ……触手の数が多いやん」
「にゃっ―――!?」

 ミーシャがユミの後ろから絶叫した。

「(後ろからも!?)」
「クヌギ―――ぐっ!!」

 アルクとクヌギダマが割って入ろうとするが、簡単に弾き飛ばされる。
 ミーシャとユミに触手が伸びていった。

 ドゴォッ!!

 奇襲を仕掛けてきたドククラゲの頭に大きな衝撃が走った。
 ドククラゲの頭はへこみ、勢いそのままに海に沈められたのだった。

「ラグラージの『アームハンマー』……!」
「カナタ姉ちゃん……助かったーよー」

 船室から飛び出していたカナタがユミとミーシャの前に出ていた。

「この巨大なドククラゲたちはどこから来たんだ?」
「分からないやん。ドククラゲといえば、昔カントーのどこかの街で、メノクラゲを連れた巨大なドククラゲに侵略された話を聞いたことがあるやん」
「今の……このことと……何か関係あるーのー……?」

 涙目でやはりユミを見る。

「てゆーか、いつまで泣いているんだよっ!」
「にゃあ!ムチはぁ―――」
「こんなときくらいは自重しろ!」

 カナタは2人を宥めながらユミの答え伺うが、

「全然関係ないやん」
「「関係ないのかよ!」」

 ユミの冷静な答えに思わずツッコミを入れるカナタとアルク。

「一番シンプルな答えとしては、ドククラゲたちの縄張りに入ってしまったんじゃないかと思うやん」
「じゃ、仕方がない。力ずくで突破だ!」

 残った巨大ドククラゲ2匹をユミとカナタが撃退した。
 時間は数分程しかかからなかった。

「カナタ、旅する前と比べて凄く強くなっているな……」
「そうやんね。ウチの付き添いなんていらなかったんじゃないやん?」
「尊敬するーよー」

 穏やかな海に出て、カナタを囲い、褒めあう。
 しかし、カナタは首を振った。

「……駄目だ。駄目なんだ」

 遠い目をして、カナタは小さく呟いた。



 “あの時”。
 私は声を掛けることも近づくことさえもできなかった。
 お姉様は泣きじゃくり、お姉様の父は微動だにもせずお姉様を護っていた。
 父親の死は私も経験しているけれど、あっさりしたものだった。
 好きでも嫌いでもない普通の関係だったゆえに、泣くほどではなかった。
 お姉様がよっぽど父親のことを慕っていたことを思い知らされた。
 そこに私が入る隙は、まったくなかった。
 私の力が足りなかった。
 それゆえに、お姉様を悲しませてしまった。
 もっと強ければ、お姉様の父は死なずに済んだのに。
 最盛期の親父にさえも届いていなかった実力。
 これでは誰も守れはしない。
 だから、私はもっと強くなる。
 世界中の海を超えて、強くなって見せる。
 そして、サクノお姉様の背中を任せられるように……なりたい……。



「私はまだまだ、強くなる」
「これ以上強くなってどうするつもりだよ」

 アルクが呆れるように言う。

「強くなったらきっと見えてくるものもあるはずだ。そのために……」

 カナタは海の向こうにある陸を差す。
 そこには一つの孤島があった。

「トレジャーハンティングだ!」
「にゃあっ!」

 乗りよくミーシャもカナタと手を挙げた。
 アルクは「答えになってない」とため息をつき、ユミはにっこりと3人を見守ったのだった。
 そして、カナタがその孤島に降り立った時、目を回して吐いたのは、別の話である。



 ここはどこかのビーチ。
 一人の少女が白いビキニでビーチチェアに寝そべっていた。
 柔らかい雰囲気を持った程よい肉付きの少女マキナだ。
 そこへ近づく一人の男性がいる。

「イチゴパフェなんてどうだ、お姫様」
「私は姫様なんてたいそうなものじゃないけど……。でも、いただきます」

 と、マキナはその男の買ってきたパフェを手に取って食べ始める。

「…………。それで、私の食べる姿を見て、構想を練っているの?」
「まぁ、そんなとこだ」

 ビーチチェアに白いビキニというと、とても健康的なイメージがする。
 しかし、手前の男は、彼女のイメージを色眼鏡でも掛けていたかのように見ていた。

「はぁ」
「ため息なんてつくな。幸せが逃げるぜ」
「これが本当に幸せかなんて、分からないわ」

 マキナはもう一度ため息をつく。



 私は自分の終着点を探していた。
 旅の途中で出会ったサクノ。
 彼女についていけば、その答えは見つかると思っていた。
 だけど、彼女の旅は“あの時”終わりを迎えた。
 一度、カゴメタウンに戻ったあと、私たちはこれからどのようにするかの準備や手配などで忙しかった。
 そのときの彼女は、呆然としていた。
 危ういと思って、側で彼女の事を見ていた。
 彼女は一言も喋らず、じっと一点を見つめたままだった。
 半日くらいそうしていて、彼女らはカントー地方へと戻っていった。
 しかし、私だけはこのイッシュ地方に残った。
 私が付いて行っただけで何かできるとは思えなかった。
 それなら、そっとしておくのが一番ではないのかと考えた。
 彼女の辿り着く答えが、絶望だったとしても、それは仕方がないことだと、私は答えを出した。
 どう足掻いたって、旅の答えは自分で出すしかない。
 自分の足で歩き、自分の目で見つけ、自分の頭で考えていくしかない。



「しかし、今でも本当の幸せとか、自分の在るべき場所とか、よくわかってないってことよね」
「いきなり何を小説の主人公みたいなセリフを言い出すんだよ」

 男は苦笑いを浮かべる。

「自分の在るべき場所なんて、今ここにいる場所だろ?」
「あなたの考えはシンプルすぎですね」
「シンプルさというのは時に斬新なものだぜ。それともなんだ。自分の隣にでも来るか?」

 男はマキナの座るビーチチェアの下の砂浜に腰掛ける。

「遠慮します」
「そうか」

 男は空を仰いで目を細めて太陽を見る。

「自分の隣はお前の在るべき場所として空けてから、いつでも来いよ」

 その言葉を聞いて、マキナはぷっと笑う。

「それはプロポーズのつもりなの?残念だけど、“今は”お断りです。エッチな小説家さん」



 ノースト地方のオートンシティでの一画。
 大きな火柱が立ち昇った。
 影響として、側にいたワルビアルと一人のトレーナーが吹っ飛ばされた。
 ワルビアルは大火傷を負ってダウン。
 トレーナーは何とか受身を取って、次のポケモンを繰り出した。
 ランクルスが腕の細胞を伸ばしてピヨピヨパンチを繰り出す。
 それを体全身で受け止めるバクフーン。
 そのまま背中から炎を繰り出し、火炎車でランクルスに炎のダメージを与えいていく。
 特性の『マジックガード』で火傷は効かないのだが、通常の炎攻撃にランクルスは悶絶する。
 その隙を狙って、バクフーンの『ブラストバーン』が炸裂したのだった。

「くっ……まだだ!」

 紫のロングヘアの男……ビリーは諦めずにピクシーを繰り出して立ち向かっていく。



 “あの事件”で落ち込んだサクノの力になりたかった。
 だから、彼女の生まれた街であるタマムシシティに付いて行った。
 葬儀が終わった後も、彼女の母親に許可を取って、家まで会いに行った。
 だけど、彼女は葬儀以降ずっと塞ぎ込んだままだった。
 何とか策を練ったけれども、すべてが無駄だった。
 そのまま1週間の時が経った。
 変わらずに俺は彼女の家に行ったのだが、彼女の姿はなかった。
 母親の話によると、憑き物が落ちたかのように元気を取り戻して、外に行ったのだという。
 実際に彼女を見つけ出して話をすると、そこにはあの事件の前とほぼ同じ彼女の姿があった。
 違うところといえば、グンと大人っぽくなった表情をしていた。
 1週間しか会っていなかったというのに。
 彼女が元気になったことはよかったのだが、俺はショックだった。
 自分はまったく力になれなかったことに、虚しさを覚えたんだ。



「はぁはぁ……ぐっ……!!」

 ビリーは地面に大の字に寝転がって、息を切らしていた。

「あんたの『エンゼルハート』の力は凄いけれど、持久性がないわね」

 煙草をふかしているカズミは、傷ついたバクフーンを撫でてやる。
 ぐったりとしているが、意識はしっかり有り、カズミに寄り添っていた。

「もっと、天使の力をコントロールできるようにならないと……!!」
「力を使うのもいいけど、基本的な力を伸ばさないとダメよ。その力はあくまで切り札として使わないとね」

 フゥと煙を吐いて、カズミは聞く。

「ところで、あんたはサクノのことが好きなの?」
「そうだ。好きだ!だから、俺は……強くなる!彼女に頼れるような男に俺はなるっ!」

 起き上がって、ビリーは力いっぱいに手を振りかざす。

「無理ね」
「なんだと!?」

 ばっさりと言い捨てるカズミに食いかかるビリー。
 しかし、キッと目で射られたビリーは一瞬怯む。

「サクノは絶対にあんたに頼ろうとはしないわ。ましてや、恋愛対象として見ようとはしないでしょうね」
「……っ!! どうしてそんなことが―――」
「彼女の気持ちの大半は恋愛感情よりも憧れや尊敬で動いている。すべてのものを敬い、自分の信条に従って動いている。さらに相手の気持ちに鈍い。彼女にもし男ができるとしたら、下心に自制心があり、ひたむきな男でしょうね。その場合、彼女の方から惚れるというシチュエーションになると思うわ」

 ケータイ型の灰皿に吸殻を捨てて、立ち去ろうとする。
 バクフーンもカズミに従ってついていった。

「……いや、あきらめへんで!」
「…………」
「誰かが言ってたんや。“諦めたらそこでバトル終了だよ”ってな!!」

 体力を失っていたビリーのピクシーがバクフーンに向かっていった。
 バクフーンはピクシーの全力の攻撃を受け止めて、拮抗する。
 その様子を見て、カズミは心の中でフッと笑う。

「(まぁ、私もラグナに10年も片思いを続けて結ばれたんだから、100%無理とは言い切れないかしらね)」

 そうして、カズミはビリーの稽古に付き合っていったのだった。
 その稽古の成果が出るか否かは別の話ではあるが。



「戻りました」
“おー、おつかれー”
“おつかれさまです!”

 彼女が署内に戻り、広い事務所に戻ると、誰もが彼女を注目する。
 20~30才の面子が多いこの組織の中で、彼女は数少ない10代の署員だった。
 しかも、まだ若いにもかかわらず、あらゆる事件へと積極的に出向き、中心となって解決していた。
 いつしか、誰もが彼女を一目置いていた。

「サークノ!」
「サクノ先輩凄いです!また、事件を一人で解決してきちゃったんです!?」
「わっ!?クラキさん、ミユミ!?」

 そんなサクノに突進してきたのは一つ年下の後輩のミユミ。
 彼女の左腕に絡みつき、キラキラと上目遣いで羨望のまなざしを送っていた。
 もう一人のクラキさんと言うのは、20歳の女性署員で、サクノが入社したときに指導してくれた先輩である。
 サクノの頭を撫でて、誇らしげに頷いていた。

「今月に入って10件も解決……これはもう、完全に抜かれちゃったわね」
「さっすが!もう、サクノ先輩はあたしの嫁に決定ですね!」

 サクノ、クラキ、ミユミ。
 この三人の女性たちは、いつもこうやって喋っていた。
 クラキとミユミも実績ある人間である。
 クラキは新人教育のスペシャリストといわれ、さらにタマムシシティの取り締まりは、彼女の右に出るものはいない。
 ミユミは署内だけの活動だが、尋ねてくる人間やポケモンに親身になって対応し、彼女と話をした者は笑顔で出て行った。
 そんな彼女ら3人は、いつしかタマムシ署内の看板娘トリオと呼ばれるようになっていた。
 しかし、その中でもサクノの人気は凄かった。

“サクノさん!付き合ってください!”
“僕とクチバシティの夜景でお食事に行かない?”

 数十人の男性から、言い寄られていたのだ。
 だけど、彼女は笑顔で彼らの誘いに乗って、その想いを打ち砕いていた。
 男性はストレートにその気持ちを伝えるのだが、その気持ちはまったくサクノに届かず、「(仲間として)大好きだよ」で止まるのである。
 その影響でサクノの知らない裏側で、男性署員のサクノを巡る戦いが繰り広げられているのである。

「えー、サクノ先輩……なんでアルスさんの誘いまで断っちゃったんですか?」
「うん?」
「だって、アルスさんと言ったら、このタマムシ署内で1番のイケメンかつ2番目に実績を持つ人ですよ?」

 ちなみに、署内で1番の実績を持つのは、サクノだということは言うまでもない。

「仕事のことは完璧なのに、男の扱い<こういうこと>はまだまだね」

 ちゅーと紙パックに入ったレモン牛乳を飲みながら、微笑んで話すクラキ。

「あれは、『一緒に事件を解決するためにペアを組もう』と言われたから、断ったのよ」
「え?普通それって断らないんじゃ?」
「今、№2のアルスさんと行ったら、効率が悪いじゃない。だから、私とアルスさんは別々に活動した方がいいのよ。……あ」

 サクノは腕時計を見て、立ち上がる。

「そろそろ、街のパトロールに行ってくるわね!」

 そういって、署内を後にするサクノ。

「サクノ先輩……勿体無いです」
「天然なんだかー……鈍感なんだかー……」

 残念そうに呟くミユミとくすくすと笑うクラキ。

「でも……」
「そこが彼女のいいところよね」

 二人はそんなサクノが大好きなのだ。



「異常は……なさそうね」

 行き交う人に挨拶を忘れないサクノ。
 その挨拶を皆笑顔で返してくれた。

「(うん。私はこの街が好き!)」

 子供は皆笑顔ではしゃぎ、トレーナーは楽しそうにポケモンバトルをする。
 彼女が一通り見渡したところでは、誰も不満なんてなさそうだった。

―――「その希望……あんたなら叶えるかもね」―――

 ふと、サクノは1年前のあるバトルを思い出していた。

―――「ほんとにスリルのあるバトルだったわ」―――

 キョスウカイによって呼び出された『大地の守護者』アンリ。
 サクノとアンリはバトルをし、結果、ウインディの『フレアドライブ』とドダイトスの『ウッドハンマー』が相打ちになったが、サクノのライチュウが残ったため軍配はサクノに上がった。
 アンリが消えゆくとき、サクノに満足そうに聞いた。

―――「あんたの希望は、あたしと同じなのね」―――
―――「そうね。根本的な部分は同じかも」―――

 二人は微笑みあう。

―――「もしかしたら、あんたはあたしの血を受け継ぐものなのかもしれないわね」―――
―――「その証明は難しいわね」―――
―――「一つだけ助言をしてあげるわ」―――

 そして、アンリが消える時、最後に一言だけサクノに伝えた。

―――「例えどんなに苦しいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、逃げずに受け止めなければならない。それらを乗り越えてこそ、あんたの希望が見えてくるのよ」―――
「(カナタやビリー、マキナの存在もあったけど、あのアンリの言葉が私を励ましてくれた。お父さんが死んでも立ち直ることができたのは、みんなのお陰ね)」
“うわーん!たすけてー”
「!?」

 6歳くらいの小さな女の子が泣きながら走っていた。
 サクノは慌てて女の子に駆け寄り、身を屈めて女の子と目線を合わせた。

「どうしたの?」
“おにいちゃんが……しらないおにいちゃんが……わたしとイーブイをたすけるために……!”
「……!分かったわ」

 そう言って、サクノは少女の頭を撫でてやる。

「お姉ちゃんが行って、助けてくるから」
“ほんとう?”
「ええ。任せて」

 屈託のない笑顔を見せるサクノを見て、女の子は泣き止んで、頷いて見せた。
 そして、サクノは走って路地裏に入っていった。

“おい。おーい。お前は何のためにさっきの女の子を助けたんだ?”
“まさか、かわいそうだから助けたーなんて偽善者っぽいことを言うんじゃないだろうな?”
“アハハッ!違うわよ!きっと、さっきの女の子が好きなのよ。小さい子が好きなロリコンよ!”

 3人組の人間が、ニット帽を被った少年を痛めつけていた。
 その少年は何かを庇うように蹲っていた。

「あなたたち、やめなさい!」
“んー?”
“なーに?あの女”
“へへっ”

 ニヤニヤと一人の男がサクノに近づいていく。

“よく見たら、すげー美人じゃん”
“たいしたことないわよ、そんな女”
“どうだ?俺の女にしてやんよ……イタタタタッ!!のわっ!?”

 ドスッ

 サクノの顎をしゃくろうとした男が、肩の間接を決められ、さらに足をなぎ払われて、そのまま気絶した。

“にゃろっ!女のクセに調子に乗りやがって!”

 ナイフを持って、スッとサクノに突き刺そうとする。
 しかし、サクノは脇で男の腕を掴み、ナイフを持つ腕を封じる。
 そして、足を払って男をなぎ倒した。

“あんたたち!?……くっ、それならゴルダックっ!!”

 女はモンスターボールを取り出して、サクノを攻撃しようとするが、行動に移れなかった。

“うっ”
「無駄な抵抗は止めて投降しなさい」

 ゴルダックの胸元に、ライチュウの尻尾が突きつけられているのだ。
 何かをすれば、ライチュウが電撃を放ち、ゴルダックもろとも女をダウンさせるつもりだった。

“ま、参ったわ”



 3人を暴行事件で逮捕し、この場に残ったのは3人である。

“おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!”

 イーブイを抱えた女の子は、2人に礼を言って去って行った。
 そんな女の子に向かってサクノは、笑顔で手を振って見送った。

「それより、あなた……大丈夫なの?」
「……あ、うん……ぼくは大丈夫だよ」

 特徴は黄色い髪のミディアムカットでちょっと目立った少年だった。
 年齢はサクノと同じくらいだろうか。
 ヨロヨロと歩く少年の手をサクノがすかさず掴んだ。

「無茶しちゃダメよ。どうしてこんなことをしたの?」
「……どうしてって……? ―――ダメなの?」
「え?」
「理由がなくちゃ、困っている人を助けちゃダメなの?」
「…………」

 少年の言葉に、サクノは何かを感じた。
 そして、サクノの手を離れ、ヨロヨロと目的の場所へ向かって歩いていく。

「あの3人組から聞いたろ?『ポケモン窃盗団』はこのタマムシシティを裏から狙っているって。ぼくは捕まったポケモンたちを助けたいんだ」
「ちょっと、待って!危ないわよ!」
「ぼくは……困っている人を見捨てることなんてできないんだ」

 見るかぎり貧弱そうで、足取りも頼りない。
 風でも吹けばあっという間に吹き飛ばされそうな弱々しいイメージしかない。

「(でも)」

 サクノには彼に何かを感じた。

「(彼の言葉に弱さはまったく感じられない)」

 そのとき、サクノの心がふと熱くなった気がした。
 その感情を彼女はまだ理解できない。
 フラッと少年は膝を衝く。
 倒れそうになる少年をサクノが肩を掴んで支えてやった。

「あっ……?」
「立ちなさい。助けに行くんでしょ?それなら、私も行くわ」
「……ぼく一人でだけいいよ」

 そう少年は言うが、その少年の額を指でツンとつついてやるサクノ。
 少年は額に手を当てて、驚いてサクノの顔を見た。

「私はこれでも警察関係者なのよ。一般市民に任せておくのは職務上できないのよ。それに悪を放ってはおけない性質でねー」

 そう言って、サクノは右手を差し出した。

「一緒にやりましょう」

 とびっきりの笑顔で言うと、少年は若干顔を赤くした。

「お願い……します……」
「私はタマムシシティのサクノ。あなたは?」
「ぼくはマサラタウンの……サイオン」

 そして、二人はポケモン窃盗団を壊滅させるために立ち上がったのだった。



 この広い世界には、たくさんの人間がいて、たくさんの種類のポケモンたちがいる。
 そして、過去から現在へ。
 さらに、現在から未来へ。
 時は絶えず流れ続けていくのである。
 このストーリーは、そんな人間とポケモンたちを軸に、過去と現在と未来を繋ぐ、記録である。



 第四幕 Episode D&J
 そして、未来へ…… P53 春 終わり


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Last-modified: 2016-02-16 (火) 21:04:33
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