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たった一つの行路 №289

/たった一つの行路 №289

「はぁはぁ……!!」

 少年は逃げていた。
 いや、逃げていたというのは正しく無い。
 雲に乗っている大仏みたいなポケモンを必死に倒そうとしているのだが、相手の攻撃力に押されてどうしても逃げてるように見えるのである。

「ま、負けるもんかぁ……絶対に……ゲットするんだ……!!」

 ツバの長い帽子を被った少年はモンスターボールを振りかざした。
 その帽子は、昔に鳥ポケモンを繁栄させるために作ったと言われる組織の被っていた帽子とそっくりだった。
 そんな彼は、一匹の鳥ポケモンを繰り出す。

「ケンホロウ!『燕返し』!!」

 孔雀のようなポケモンは、翼をはためかすと、一気にその雲に乗ったポケモンへと攻撃を仕掛けた。
 それに対抗するように、周りの雑草を根っこから吹き飛ばすような猛烈な風を放った。
 俗に言う『暴風』という技である。

「うわっ!!」

 防止のツバが長い少年は、吹き飛ばされる。
 一方のケンホロウはというと、必死に燕返しで暴風を耐え凌いで、攻撃を与えようとしていた。
 「決まる!」と少年は思った。

 バリバリッ!!

 だが、別の方向から飛んできた雷撃に、少年のケンホロウは一撃で撃沈した。

「……なっ!?別のポケモンが!?」

 少年が追っていた雲に乗った大仏に似たようなポケモンがもう一匹いた。
 しかし、2匹は色が違っているし、属性も違うし、何よりポケモンの種類としても違っていた。

「こうなったらとっておきのポケモンで……!! プテラ!『原子の力』!!」

 現代には実在せず、化石やコハクのみでその存在を知られているはずのプテラ。
 しかし、今では……いやすでに100年ほど前から、化石やコハクを元に戻す研究は完成していた。
 故に、主にカントーで生息していたと言われるカブトやオムナイトからイッシュに生息していたと言われるアーケンやプロトーガたちをゲットしているトレーナーも稀ではない。
 このプテラの潜在能力もかなり高い物である。
 だが、相手が悪かった。

 ブワッ!! バリバリバリッ!!
 
「っ!! プテラ!?」

 猛烈な風で動きを止められて、強力な電撃で迎撃される。
 弱点となる電撃を攻撃を受けてはさすがのプテラも倒れるしかなかった。

「くっ!!まだだ……!!」

 諦めない少年は残りの2つのボールを掴もうとするが、一匹の大仏がそれを許さずに突風を吹き付ける。

「うわっ!!」

 少年は吹き飛ばされて、転がっていく。

 ドンッ!!

 大樹に背中をぶつけてようやく止まる。
 しかしその衝撃は大きく、少年は意識が一瞬途切れる。
 そして、恐る恐る目を開けた時、大仏が背中の太鼓のようなものをバチバチと放電させていた。

「(『10万ボルト』が来る……っ!!避けられない……!)」

 少年は覚悟した。
 10万ボルトは少年へと向かって行く。
 しかし、少年の目の前で電撃は屈折した。

「……!?」

 少年は感じた。
 何か特別な力……つまりエスパー系の力で攻撃を強引に捻じ曲げたのだと悟った。

「おーい、あんた、大丈夫かいなー?」

 少年が見たのは、紫色のロングヘアの少年と緑色の細胞ポケモンといわれるランクルスだった。

「なんか襲われているみたいやから、俺たちが助太刀してやるでぇ♪」



 たった一つの行路 №289



「というか、あのポケモン……なんだよ」
「あら、初めて見るポケモンですね」

 また、身長がやや高めのがっちりとした少女と白髪のワンピースを着たふんわりした少女が姿を現す。

「カナタ、マキナはん、気をつけるんやで。あのポケモンは、トルネロスとボルトロス。イッシュ地方に伝わる風神と雷神の伝説ポケモンや」

 紫色のロングヘアのビリーがポケモンの名前を口にした瞬間、雷撃が飛んで来た。
 今、攻撃して来たのは、背中にいくつかの太鼓を持ったポケモンのボルトロスと言うポケモン。
 素早い電撃攻撃がビリーを襲う。
 ランクルスがエスパー攻撃で捻じ曲げようとするが、あまりのスピードにランクルスはダメージを負ってしまう。

「ちっ、しっかりせな!『サイコキネシス』や!!」

 反撃として、最大の念動力で対抗する。
 しかし、もう一匹のポケモンが猛烈な風で対抗し、攻撃を相殺してしまった。
 トルネロスの『暴風』である。

「この二匹……仲が悪いはずなんに、協力しているんか!?」
「『ツインフォルテスラッシュ』」

 マキナと彼女のポケモンであるアブソルが果敢にボルトロスへと突っ込む。

「『濁流』!!」

 そして、カナタはヌマクローでマキナの攻撃を援護する。
 二つの攻撃を相殺するために、2匹は電撃と風の刃を放つ。
 しかし、アブソルが放った強固な刃が2つの攻撃を打ち破って、二匹にダメージを与える。
 さらに怯んだ二匹を濁流が飲み込んだ。

「ビリー!今だっ!!」
「オーケー!!ワルビアル、『打ち落とす』やで!!」

 カナタの合図でビリーと彼のポケモンであるワルビアルが突撃する。
 両腕を振りかざしてボルトロスとトルネロスを叩き落した。

「今が総攻撃のチャンスよ!」
「ああ、行くでぇ!」
「一気に決めるぜ!」

 飛べずに戸惑っているトルネロスとボルトロスに向かって、ビリー、マキナ、カナタはポケモンたちで総攻撃を仕掛ける。
 アブソルが辻斬りで切りつけ、ヌマクローがハイドロポンプで押し流し、ランクルスがサイコショックで超能力の塊をぶつけ、ワルビアルはサンドクローで切り裂く。
 並のポケモンだったら、それだけで終わっていただろう。
 しかし……

「くっ!」
「うわっ!」
「キャッ!」

 ボルトロスの雷撃とトルネロスの突風の怒りの反撃で総攻撃に出ていたポケモンが一気に吹っ飛ばされる。
 攻撃に耐え抜いたのはビリーのランクルスだけで、他のポケモンはダメージに耐え切れずダウンした。

「そこだ!ピジョット!!」

 チャンスをうかがっていた少年が、電光石火でトルネロスをぶっ飛ばす。
 突風攻撃で隙があったトルネロスは、無抵抗で攻撃を受けたためにダメージは大きかった。

 ボシュッ!!

 さらに、トルネロスの反撃も許さぬうちに、少年はモンスターボールを命中させていた。
 トルネロスはボールの中に吸い込まれるが、カタカタとボールを揺らして抵抗する。

 ボシュ

 捕獲は失敗だった。
 トルネロスは再び外へと出てきた。

「まだ、ダメージが足りないみたいやな」

 ビリーはランクルスを戻して、ピクシーを繰り出した。

「もっと、強い攻撃じゃないとダメのようね」

 マキナはバクオングのハイパーボイスで牽制に出る。

「私が補助技で援護するから、ダメージを与えるのは頼むぜ!」

 カナタはチョンチーで超音波で2匹を撹乱にかかる。

「あんたはチャンスが来るまで待ってるんや」
「……わかったよ」

 少年はピジョットと共に捕獲の隙をうかがうことにした。
 ボルトロスとトルネロスはチョンチーの攻撃で動きを止めるが、それも少しの間だけだった。
 だが、ボルトロスにバクオングの音波が、トルネロスにピクシーのコメットパンチがヒットし、ダメージを与える。

「バクオング、『爆音玉』よ!」

 大きな声を上げると同時に、その音波を自らの手で圧縮する。
 そうしてできた、ボールをボルトロスへぶつけると、数メートルくらい吹っ飛んだ。
 地面を滑るように飛んでいき、ボルトロスは動きを止めた。

「そこや、『ムーンインパクト』!!」

 ボルトロスがダメージを受けて動けないのを見て、ビリーが勝負に出る。
 かまいたちやエアカッターをずっとかわし続けていたが、次の瞬間、ピクシーが翼を広げて飛び上がり、トルネロスの後ろに回りこんで月の輝きを纏った正拳を叩き込んだ。
 前のめりに吹っ飛ぶが、トルネロスは瞬時に体制を立て直した。
 しかし、そのときにはピジョットの最大の技がトルネロスの顔面を捉えていた。

「『ゴッドバード』!!」

 ズドォンッ!!!!

 トルネロスは吹っ飛んで、ついに動かなくなる。

「チャンスだぞ!?」
「よし、いまだ!」

 ここにいる誰もが次はトルネロスを捕まえられると思っていた。
 少年がモンスターボールを投げる。
 真っ直ぐにトルネロスに向かっていく。

 バシッ

 だが、何かが割り込んでボールが叩き壊された。

「……!?」
「……こいつは!?」

 真っ先にその正体に気づいたのはビリーで、ピクシーと共にそのポケモンを迎撃に出ようとする。
 だが、ビリーの敵意に気付くや否や尻尾で地面を叩き、地面を割った。

「っ!!うわっ!!」
「ビリー!?」

 地割れに足を突っ込んで、ビリーは思いっきりずっこける。
 しかも、ズズズッと割れは広がって行き、ビリーは落ちないように地面に掴まる。

「カナタ、来るでェ!きぃつけぇ!」
「っ!!」

 ドゴッ!!

 迫り来る第3の大仏のようなポケモンにピジョットの燕返しが決まった。
 しかし、そのポケモンはかすり傷程度を追ったぐらいしか思っておらず、ギロリとピジョットを睨む。
 無数の岩の破片を飛ばし、ピジョットとトレーナーを迎撃しようとする。

「くっ!!ピジョット、あの技だ!!」

 少年はピジョット自身に風を纏わせる。
 そして、翼でストーンエッジを叩こうとした。
 だが、何の効果も無くストーンエッジは少年たちを襲ったのだった。

「(失敗か……!!) うわっ!!」
「チョンチー、『水鉄砲』!!」

 少年に攻撃が集中している間に、カナタが水属性で攻撃する。
 岩と地面系の攻撃をしてくることから、弱点を突けるとカナタは思っていた。
 水鉄砲はそのポケモンに命中する。
 嫌な顔をして、ギロリとカナタたちを見ると、尻尾を地面に叩きつけた。

「……っ!? ぐわっ!!」

 突如地面からエネルギー波が打ち出された。
 カナタとチョンチーはそれにより打ち上げられて、地面にたたきつけられる。

「ぐぅ……」
「バクオング、『ハイパーボイス』!!」

 3人が動けない中、マキナとバクオングがフォローに出る。
 強力な音の衝撃波でそのポケモンを封じようとするが、『ストーンエッジ』で押し返そうとする。
 威力は互角だった。
 どちらも押し返せず、引きもしなかった。

「(威力は互角ね……それなら、エネコロロを……)」

 と、新たにマキナはモンスターボールを取ろうとした。
 しかし、電撃と突風がそれをよしとはしなかった。

「きゃあっ!!」

 復活したボルトロスとトルネロスが襲い掛かってきたのだ。
 そして、ストーンエッジがフィールドすべてに炸裂した。
 止めにそのポケモンとボルトロス、トルネロスは暴走した。
 それぞれ暴れる攻撃で、あたりを荒らしまくる。
 4人に反撃の隙は与えなかった。



 ―――10分後。

「くっ……逃げられた……」

 少年は肩を抑えて、歯を食いしばった。
 彼のポケモンはすべて全滅して、地面に倒れていた。

「ぐっ……」

 カナタは意識を取り戻したようで、頭を抑えて呻いていた。

「結局……なんだったのかしら」

 マキナは冷静にバクオングを戻して、呟いた。

「今のポケモンはさっきの2匹と同じ伝説のポケモンのランドロスや。しかし……」

 ビリーは空を見てふと思う。

「(トルネロス、ボルトロス、そしてランドロス……あの伝説のポケモンの3匹の暴走……異常なことや。もしかして、何かが起きようとしているんか……?)」



 ―――3時間後。

「そんなことがあったのね……」

 とある町にあるイタリアンレストランで一人の美少女が呟く。
 そんな彼女……サクノは数分前に運ばれてきたカルボナーラに粉チーズをちょこっとかけてからフォークにクルクル巻きつけて口へと運んだ。

「私を呼んでくれたら、助けに行ったのに……」
「お姉様……あれだけ、あそこで夢中になっていて呼べるわけが無いじゃないですか」

 熱々のドリアがカナタの前に運ばれてくる。
 スプーンで掬って口に運ぼうとするが、火傷しそうになって、スプーンを皿に落とした。
 カナタがお姉様と呼ぶサクノは、カナタたちが伝説の3匹のポケモンと対峙している間、今いるレストランの近くのバイクショップにいた。
 サクノがこのバイクショップの品揃えを見て、「じっくり見たいから、みんな先に行ってて!」と目を輝かせて言うもんだから、他の3人は仕方がなくぶらついていたのだ。
 そこへ見かけたのが、トルネロスとボルトロスに襲われている少年だった。

「それにしても、無事だったからよかったんじゃないの」

 優しく穏やかに話すのはふんわりとした白髪の少女マキナ。
 今集まっている面子の中では年長者に当たる18歳である。
 ミニフォークでさっくりとドルチェを切って、手で支えながらゆっくりと口へと運んでいく。

「でも……僕はあのポケモン……トルネロスをどうしてもゲットしたかったんだ!兄や姉達を見返すために!!」

 Lサイズのピザを6等分に切って、飛行ポケモン使いの少年は悔しそうに呟いた。

「ムシロ……兄や姉達って?」

 ふと気になり、カナタが尋ねる。

「兄が5人、姉が4人。目白<メジロ>、真白<マシロ>、紅白<クシロ>、邦白<ホウジロー>、白木<シラキ>、白<パク>、白亜<ハクア>、古白<コハク>、余白<ヨハク>……僕が末っ子なんだ」
「見事に……名前が揃っているな……」

 カナタが兄姉の名前を聞いて呆気に取られている。

「まさか、両親の名前がシロとかハクって言うんじゃないよね?」
「え?何で解ったんですか?」

 冗談交じりでマキナが言うと、ムシロ(無白と書く)は右手に持ったピザの具をポロリと落としながら、驚いた。

「男の子が産まれたら、シロという名前を含ませて、女の子が生まれたら、ハクと言う名前を含ませるって決めていたみたい。……ってそんなことはどうでもよくて」

 大きいピザをぱっくりと、一口で頬張る。
 流石にすぐに飲み込むことはできず、ゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ。

「どうしても、トルネロスをゲットしたいんだ!」
「どうして、トルネロスに拘るの?飛行ポケモンなら、他のポケモンもいるんじゃないの?」
「兄や姉を超えるにはこのままではダメだと思ったんです。だから、飛行使いのレベルを上げるキッカケとして、旋風ポケモンと呼ばれる風と飛行を司るトルネロスを捕まえることにしたんです」

 マキナの少し辛口な質問ももっともであるが、ムシロは即答して見せた。

「何せ僕の夢は、兄や姉を超えた先にある……世界一の飛行使いなんです!」

 夢。
 そのワードを聞いて、その場にいた全員が反応を示す。

「……夢……か……」

 サクノがポツリと呟く。

「お姉ちゃん達は何か凄い夢を持っているの?」
「おおう!私は持っているぜ!」

 即座に反応したのは、カナタだった。
 ドリアを食べ終えて、カタンとスプーンを机に置いて立ち上がる。

「世界中の海を旅をする!そして、大秘宝を手にする!」
「ん……なんか、海賊みたいやな」

 今の今までシャクシャクとフォークで生野菜サラダを食べて黙っていたビリーが、ここぞとばっかりからかう様にツッコミを入れる。

「トレジャーハンターだっ!」

 若干、怒ったように言うカナタだったが―――

「まぁ、そのときは絶対船長になるけどな!」

 ―――別にビリーの言葉を気にしているわけではなかった。

「せや。夢と言えば……」

 ビリーはキッと隣に座る女性を見る。
 彼女……マキナは困った表情で目を背けた。

「マキナはんは、どんな夢を持っているん?」

 真剣な表情でビリーは質問する。
 マキナには彼の質問が「一体何のためについてきたんだ?」と言う意味で聞こえていた。
 ビリーが警戒するのも無理はなかった。
 最近、敵として出会い、何の兆候もなくサクノたちの旅路についてきたのだ。

「私の夢……ね……」

 うーんと、マキナは眉間にしわを寄せて考え込む。

「夢や目標なんて無いんです」

 「でも」とマキナは付け加える。

「あえて言うなら、自分の在るべき場所を見つけるために旅をするという感じでしょうね」
「「自分の在るべき場所?」」

 ムシロとカナタが言葉の意味を問いかける。

「終着点というべきでしょうね。私は幼馴染のアスカと一緒に旅をしてきました。でも、アスカは自分がこう在りたいと思う理想を求めて、旅を終えた」

 彼女の表情は少し寂しげだった。

「だから、私も自分が自分で在るための旅の終着点を探しているの。とはいっても、人生自体が旅って言うから、本当の終着点は究極的に死なのかもしれないけどね」
「終着点か……」
「例えそれがどの場所でも、どの時代でも私はかまわないわ」
「…………」
「ビリーこそ何かあるのかよー?」

 マキナの壮大な答えを聞いて、ビリーは黙ってしまった。
 ちょっとイタズラっぽい笑顔を浮かべて、カナタが肘でビリーの腕をグリグリしながら聞く。

「お、俺は……………………」

 やや真面目な表情をするビリー。

「(何かを選択するために迷っているのかな?)」

 ビリーの心情を予想したのはマキナだった。
 彼の仕草や表情を見て、なんとなくそう感じたのだ。
 3分経過した。
 あまりにも真剣そうに考えているので、みんな意外そうにビリーを見ていた。

「せやな」

 フッとビリーの表情が明るくなる。

「一人の女の子を骨抜きにするためや~♪」

 すると、サクノを除いた全員がため息をついた。

「真剣に考えて、そんな答えなんですか?」

 ビリーは話を持ち出したムシロにまで白い目を向けられた。

「なんていったって、それしかないんやわ!なーサクノはん♪」
「ビリー……好きな子がいるんだ……。がんばってね!応援してるよ!」

 と、サクノは無邪気な表情でビリーを励ます。
 もちろん、同時に“あんたのことだよ”とビリーとサクノ以外のみんなが心の中でツッコミを入れる。

「(ビリー……哀れねぇ)」

 ビリーはいつものことなので気にしないが、ここまで気持ちを気付かれないと同情をしてしまうマキナだった。

「お姉様の夢はもちろん」
「ええ」
「サクノの夢はなんなの?」

 マキナだけが知らないようで首を傾げて尋ねる。

「刑事。それも国際警察官よ」
「じゃあ、ジュンサーさんのさらに上のクラスになることが目標なのね?じゃあ、まずは警察学校を目指さないと」

 そのマキナの言葉にサクノは首を横に振った。

「警察学校はもう卒業して来年の春の中旬に働くことを決めているの」
「え?凄いじゃないの!」
「ええ。そして、今はその苦労を報いるための最後の旅なの」

 サクノはスパゲッティを食べ終えて、レモン味の紅茶を一杯啜った。

「あと、この旅は人探しも兼ねているの」
「人探し?」
「一人は兄。もう一人は、父」
「……兄……」

 マキナはあらかじめサクノには兄がいることを聞いていた。
 彼の名前はオト。
 かつて何度か会ったことがあり、ポケモンバトルもしたことがある仲だった。

「(この子とオトさんが兄妹……なんと言うか、性格が正反対ね)」 

 男が苦手な性格のマキナだったが、とある2人だけはそれほど苦手意識は無かった。
 そのうちの一人がオトだった。

「そのお兄さんの行方の手掛かりはあるの?」

 首を横に振って残念そうな表情をするサクノ。

「それじゃ、どうしてイッシュ地方に?」
「カナタが見たことも無い地方を冒険したいと言う理由もあったけど、父がイッシュ地方にいるかもしれないってカズミさんから情報をもらったの」
「父……ねぇ」
「実は兄ももともと旅に出ていて、あまり会ったことがないけど、父も4歳の頃に突然、旅に出たっきりきり帰ってこないの。私と母を残したまま……」
「…………」
「母は時々寂しそうな表情を見せていた。だけど、一度も弱音を吐かなかった。理由はまったくわからないけど、こうなることを認めていたようだった」

 サクノは立ち上がる。

「だから、私は父に会いたい。そして、何故帰って来ないのかその理由が知りたい!母の寂しい顔は見たくないの!」
「……お姉様……」
「そんなことがあったんやなぁ……」
「……サクノ……」

 一同が彼女を想って視線を送る。

「(こんな想いをさせるお姉様の親父なんて、私がぶっ飛ばしてやる!)」
「(こうなったら、身をもって俺が骨抜きに……)」
「(サクノを身をもって慰めて、イロイロな事を……)」

 三者三様、考えていることはバラバラのようだが。

「とにかく!」

 夢の話を切って、ムシロが立ち上がる。

「僕はトルネロスを捕まえに行きます!」
「せやな、乗りかかった船やし、手助けしようやないか」

 ムシロの心意気に共感してビリーが立ち上がる。

「飛行使いか……それなら、そいつを捕まえてから、バトルしようぜ」
「お手伝いしますよ」

 カナタとマキナも立ち上がる。

「3匹の伝説のポケモンね。今度は私も力を貸すわ!」

 サクノも堂々と参戦を宣言した。

「ありがとうございます……皆さん……」

 こうして、5人はイタリアンレストランを出て、再び伝説のポケモンの3匹を追おうとした。

「はい。ここまでっスよ。ムシロの坊っちゃん」

 レストランを出たところで、キセルを咥え、麦藁帽子を被った無精髭を生やした初老の男がいた。
 怪しい男の出現にサクノたちはボールを取って身構える。

「……っ!! ハヤット老師!?どうしてここに!?」

 しかし、ムシロだけはその男を知っていた。
 驚いた様子でその男を見ていた。

「誰なの?」 
「僕に……いや、僕たち兄弟に飛行ポケモンについてレクチャーしてくれた人です。両親の古い友人だって聞いています」

 フゥーっとキセルを右手で取って煙を吐き出すと、ムシロに近づいていく。
 無精髭に麦藁帽子を被っていたせいか、表情まで見えなかったが、近づいてくるのを見て、案外、無邪気で若そうな印象が伺えた。

「ムシロの坊ちゃん、帰るっスよ」
「なんで!?僕はトルネロスをゲットするんだ!」
「その心意気は買うっスよ。でも、そんなことをいっていられないっス。ハクが……君の母さんが今大変なんっスよ」
「母さんが!?」

 驚いた表情でムシロがハヤットに詰め寄る。

「一体何があったんですか!?」
「実はシロが……君の父が無理をさせすぎたみたいで……」
「無理をって…………父さん…………」

 言葉にならず、ムシロはため息をつく。
 そして、4人を見た。

「ゴメンなさい。せっかく協力してくれるって言ってくれたのに」
「いいのよ!お母さんの元に行ってあげて」
「そうよ。サクノの言うとおりね。お母さんを大事にしてあげてね」

 サクノとマキナが揃って、ムシロを励ます。

「わかりました。ハヤット老師……行きましょう」
「すぐに行くっスよ」

 そういって、ハヤットが繰り出したのは一匹のカイリューだった。
 大分このカイリューも高齢のようだ。
 しかし、実力は充分のようで、すぐに飛び上がって、空の彼方へ見えなくなってしまった。



「ムシロか……いつかバトルができるといいな」

 次の町へと向かう道中。
 カナタがふと呟く。

「あら、もしかしてムシロに惚れたの?」
「え、マキナさん、そんなことあるわけ無いじゃないか!」
「そうなの?てっきり、私はカナタがムシロばかり見ているから、惚れちゃったのかと思っちゃった」
「違うって言っているだろ!」
「冗談よ♪」
「……っ!」

 クスクスとマキナはカナタをからかっていた。

「どちらにしても、ムシロが気になって見ていたのは、サクノだったみたいだけどね」
「……ふぇ?」

 道中の屋台でお好み焼きを買って食べていたサクノは、突然名前が出てきたことに驚いてマキナを見た。

「チラチラとサクノを見ていたみたいよ。もしかして、惚れていたんじゃないかな?」
「なっ、ムシロのヤツ……そんな目でお姉様を!?」

 やや怒りを込めてカナタは顔を赤くするが、逆にサクノは恥ずかしさで顔を赤くしていた。

「(あら、サクノ……可愛い)」
「(まさか、お姉様!?ムシロのこと……)」
「もしかして、私……」

 カナタとマキナがサクノの発言を注視する。

「……顔にカルボナーラのクリームが付いていたのかな?……そうだとしたら、恥ずかしいわ……」

 ずっこけるのはマキナ。
 その様子を見てカナタは安堵の表情を浮かべた。

「(ほんと、この子はうぶと言うか……鈍感と言うべきか……)」

 マキナは頭を抑えて、ため息をつく。

「マキナさん、どうしたんだ?」
「頭痛いの?お好み焼き食べる?」
「大丈夫だし、結構よ」

 苦笑いしかできないマキナだった。

「…………」

 一方、ビリーは一人でボーっと空を眺めていた。

「(あの3匹の伝説のポケモンの暴走……もしかしたら、“あそこ”で何か起こっているかもしれない。一度、帰らないといけないだろうか……)

 その表情は何かを重い決意を背負ったようだった。



 ―――イッシュ地方のとある場所。
 ビリーが空を眺めるのと同じように、女の子が空を眺めていた。
 その子は円らな瞳をした小さな女の子だった。
 年齢で言えば、まだ5歳にしか満たない様子である。

「……もうすぐ……」

 ミステリアスな雰囲気を醸し出し、細々と彼女は呟く。

「……もうすぐ……封印が……消失します……。世界を傍観するのはもう終わりですね……」

 立ち上がる女の子。
 不意にその子の円らな瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

「始まめますよ……ビリー……」



 ……数年後のムシロは……



 ドゴッ!! バリバリッ!!

“くそっ!!”
“『10万ボルト』も『冷凍ビーム』も効かないなんて!?”

 ちょうど、ムシロは街中でポケモンバトルをしていた。
 そして、圧倒的な強さで相手を退けていた。
 相手が繰り出してきたポケモンは、電気飛行タイプのエモンガと氷タイプのツンベアー。
 ムシロは苦手のタイプであるはずのピジョットで相手をしたが、まったく問題にしなかったのだ。

「完璧っスね。その技を完全にモノにするなんて思いにもよらなかったっス」

 ムシロの師匠であるハヤットがパンパンと手を叩いて労いの言葉をかける。

「『エアクロール』完成したよ」
「翼を高速で羽ばたいて、炎や雷はもちろん、物理的な攻撃も押し返してしまうと言う奥義的な技っスね」
「でも、この技が完成したのはハヤット老師のお陰です」
「一概にもそういえないっスけど。実際に君の兄や姉にもこの技を伝授しようとしたけど習得できた人間はゼロっスよ。これは才能っスよ」
「そうかな?」

 ハヤットに褒められて嬉しそうだった。

「(この技……僕だけじゃなくて、子供にも受け継がせて、僕の血縁にしかない技にしようかな)」
「それにしても、ムシロの坊ちゃん……あの女の子のことが気になるっスか?」
「……へっ!? な、何のことですか!?」

 声を上ずらせて、さらに顔を赤らめるムシロ。

「言わなくてもわかるっスよ!また会えるといいっスね」

 そうして、ハヤットは空を飛んで去っていった。
 その様子をムシロは若干膨れて見送っていった。

「また、会えるといいな。サクノさん」

 しかし、彼とサクノが会うことは無かったが、彼と彼女の子供がその出会いを果たすことになる。
 だが、それは世界を破壊する者と世界を救うものとして戦う運命にあったのだが…………。



 第四幕 Episode D&J
 目的地 P50 秋 終わり


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Last-modified: 2016-01-19 (火) 21:40:28
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