バリバリバリッ!!!!
街の外れで電撃が迸った。
その一撃で、屈強な防御力を誇るドータクンはダウンした。
「2匹先にアウトでおれの負けか……流石に強いな」
納得するように男性は呟く。
ドータクンを戻して、ゆっくりと歩いてサクノのライチュウに近づいて頭を撫でてやる。
「『Railgun』と『Lighting』を警戒していたのに、まさか、他に大技があったとは知らなかったよ」
「私もエレキブルのパワーやドータクンのスピードには驚かされました。ジャックとレディももっと強くなるようにがんばります」
両者共に笑顔で言葉を交わした。
「ところで、キミのその強さを見込んで頼みがあるんだ」
「……なんでしょうか?クレナイさん」
彼……クレナイの笑顔でもあるにもかかわらず真面目そうな雰囲気に、サクノも真剣になる。
しかし、二人はふと周りの様子に気が付いて振り向いた。
三人の女の子がぐるりと包囲していた。
そして、一斉にポケモンを繰り出して襲い掛かってきた。
だが、サクノと彼を合わせた実力は、三人の実力を上回る。
あっという間に、3匹のポケモンをノックアウトし、サクノのエルフーンが宿木の種の効果でトレーナーの動きを拘束した。
「これは一体……っ!」
ドゴッ!!
空からの急襲だった。
一匹のオオスバメが燕返しでサクノを狙ってきたのだ。
「狙いは……私?」
咄嗟にエルフーンの『コットンガード』で攻撃を弾き飛ばした。
跳ね飛ばされたオオスバメはヨロヨロと空へ舞った後、トレーナーの元へと降り立った。
そのトレーナーは、がっしりとした身体の男性で、レンジャーの格好をしていた。
「流石は誇り高き女教皇<アキャナインレディ>。お嬢様の言ったとおり、堕とし甲斐がありそうな女の子だ」
ギラッと野獣の目をしている男。
サクノは彼の言葉にキョトンとして、首を傾げる。
「オトシガイ?」
キョロキョロと周りを見るサクノ。
「何をしているの?」
優しい笑顔でサクノの隣のクレナイは、問いかける。
「あの人……私を落とし穴に嵌めようとしているんじゃないかなと思って、その罠を探していたんです」
「いや、あいつはそういう意味で言ったんじゃないから」
「……ん?それじゃどういう意味ですか?」
サクノは真面目な顔で彼に問いかけるが、「ええと……」とクレナイは言いづらそうに首を掻いていた。
「ヘラクロス!!」
メガホーンで襲い掛って来るのを見て、エルフーンが対峙する。
ふわふわと攻撃を何とかかわすが、隙を見てエルフーンを無視し、サクノたちへと襲い掛かった。
ドッ!!
「トレーナーを攻撃するとは反則だな」
やはり笑顔を絶やさず、クレナイはニョロボンを繰り出して、ヘラクロスのメガホーンを受け止めていた。
「オオスバメ、ヘラクロス……そして、フーディンとグラエナ、行けっ!!」
新たに2匹のポケモンを追加して、彼は2人に襲い掛かる。
しかも、男は機械のようなものを構える。
そして、丸っこいディスクのようなものを発射をした。
ポケモンレンジャーが使う、いわゆる、キャプチャースタイラーだった。
5つの戦法がサクノとクレナイに襲い掛かった。
新しく出してきたグラエナは炎のキバで襲い掛かるが、エルフーンが押さえつける。
ヘラクロスは相変わらず、ニョロボンが一進一退の攻防を続けていた。
しかし、このままでは上空から仕掛けてきたオオスバメ、サイコキネシスを発動しようとするフーディン、ニョロボンをキャプチャ仕様とするディスクに対抗するのは不可能だった。
ビシッ! バシッ! バキッ!!
一匹の何かがフーディン、オオスバメの体勢を崩し、さらにキャプチャのディスクまで破壊した。
「……!?何が!?」
「ジョー」
サクノは指示を出す。
「『シザークロス』!」
ズババババッ!!
目にも止まらぬ速さで、フーディンを切りつけて、あっという間にノックアウトさせた。
「速い!?」
「一気に行くわよ!」
一瞬だけ、彼にその姿が見ることができた。
「テッカニン……『Slash』かっ!!」
「『Cyclone Slash』!!」
縦横無尽に駆け抜けて、すべてのポケモンを切り裂いていった。
クレナイはその攻撃の意図に感付いて、ニョロボンを戻して、地面に伏せていた。
結果―――
「ぐっ……!!」
それほど、防御能力の無かった彼の4匹のポケモンは、地面に倒れていた。
そして、クレナイが男に向かって言う。
「姿を見せたな。教えてもらおうか。なんでこんなことをしているんだ?……ケビン!!」
「……っ!!何故俺の名前を……」
「昔、ホウエン地方で度々名前を聞くほど有名なトレーナーだったから、顔を覚えていたんだ。さぁ、どうしてこんなことをするんだ」
そして、次の瞬間、
「教えろよ、クソ虫。さもなくば、痛い目を見るか?ああん?」
相変わらずの笑顔で、罵詈雑言を吐き出すクレナイ。
「ナイ様。そんな怖い言葉はダメですよぉ?」
「……っ!?」
クレナイは聞き覚えのある声に振り返る。
「ナイ様はもっと笑顔で優しい言葉をおかけにならないとぉ」
「ちぇ、チェリー!?」
チェリーというなにふさわしいピンク色のショートカットの女性だった。
年齢は20代前半だった。
「探したんだぞ!」
ドゴォッ!!
「っ!?」
フシギバナのつるのムチがクレナイの腹にめり込んだ。
そのまま、クレナイを吹っ飛ばした。
「クレナイさん!?」
「ふふっ……」
チェリーは不敵に笑う。
「どういうこと……?あの人は誰なんです?」
サクノは戸惑う。
「おれの妹だ……。なん……でだ……チェ……リー……」
「気付かないのか、クレナイ。このチェリーも俺の忠実な駒なんだよ」
ケビンはゴローニャを繰り出して、クレナイに追撃を仕掛けたのだった。
たった一つの行路 №285
ズドゴッ!!
「っ!!」
呆然としていたクレナイに攻撃は当たらなかった。
ハッとクレナイが気付くと、テッカニンがゴローニャの攻撃を止めようとしていた。
「サクノちゃん!?」
「(ダメ……ジョーじゃ、ゴローニャのパワーをいなせない!!)」
「テッカニンで止められると思うなっ!!」
ゴローニャは少しの間だけ止められたが、やがて何事もなかったかのようにテッカニンごとクレナイへ攻撃しにいった。
「っ!!」
何とかクレナイは動いて、攻撃を回避するが、テッカニンは押しつぶされてダウンしてしまった。
「ナイ様~逃しませんよぉ」
チェリーのフシギバナが葉っぱカッター連射してくる。
だが、攻撃が届く前に地面に炎を吹き付けて葉っぱカッターを防いだポケモンがいた。
「ゴローニャ、『ストーンエッジ』!!」
サクノはチラッとクレナイを見る。
彼は信じられないものを見る目でチェリーを見ていて、戦意が失せていた。
そして、相手のケビンは攻撃する気満々で、チェリーも次の攻撃を準備していた。
彼女は決断した。
「アンジュ、『竜の怒り』!!」
地面に向かってドラゴンブレスを放った。
「「!!」」
岩の破片達は、地面にぶつかった烈風で威力を殺された。
「フシギバナ、『ソーラービー……って誰もいませんねぇ」
チェリーが技名を指示するのを辞めて、サクノたちがいた場所を見て呟いた。
「逃げられたか……さすがアキャナイン。引き際も見極めているか」
ケビンはゴローニャを戻して、身を翻す。
「一旦、戻ろうか」
「そうですねぇー」
「あら?どうしたんですかぁ?」
チェリーとケビンは拠点へ戻ってきた。
2人が戻ってきた拠点とは、どこかの倉庫のような場所であった。
しかし、倉庫であるにもかかわらず、相当な広さと部屋数があった。
恐らくは、この拠点のメンバーが作ったのだと思われる。
「どうかしたのか?」
“おかえりなさい、ケビン様。実は……”
2人を迎えたのは執事の格好をした10代半ばの男の子だった。
可愛い顔立ちをして、メイド服を着せられたら女の子に見られそうにも見えなくも無い。
「お嬢様の手駒の三人が、あっさりと返り討ちにあったから、お仕置きを受けているのか……」
と、自分で言って、ケビンはゾッとしていた。
同じく執事の男の子も顔を真っ青にしている。
“は、はわわぁぁぁぁん!!”
“お願い……もう……あぁぁぁぁ……後生ですからぁぁぁぁーーーー”
“いっそ……殺してくださいぃぃぃぃ……”
パタンと隣の部屋から出てきたのは、短髪の黄色い髪の女性だった。
「ただいま戻りました……お嬢様」
ケビンはその女性の足元に近づいてひざまずく。
それにチェリーもならう。
「サクノは……連れてこられなかったようね」
「申し訳ございません。逃がしてしまいました。次のチャンスを……」
「そうね」
女性はふと考える。
「流石に誇り高き女教皇<アキャナインレディ>と言われているだけのことはあるわ。ケビンで押し切れないのも無理はない」
「……っ」
「次は私も行くわ」
そういうと、悲しそうに彼女は笑ったのだった。
「ふぅ……楽しかった」
「ハァハァハァ……もうちょっと、相手したかったわ……」
とある3人のお仕置き部屋から2人の女の子ができてきた。
アスカとマキナだ。
「チェリー。あなたが3人のお仕置きの続きをしなさい」
「えぇーと……んー。私、あの子の相手をしてみたいかなぁ」
と、倉庫の隅っこでいまだ気絶しているカナタの姿があった。
「ちょっと、お嬢様に意見をする気なの!?」
アスカがチェリーに注意を促す。
「でも」
こそっとチェリーは小さな声で言う。
「マキナはお仕置きの続きをしたいみたいだよ?私がカナタをやれば、彼女はその続きが出来るんじゃない?」
ニコリとチェリーが笑うと、アスカは一旦間を置いて、そして、顔を蕩けさせて頷いた。
「アスカはいいって言ってくれたよぉ?」
「ま、いいわ。アスカはお仕置きの続き。チェリーはカナタを教育しなさい」
「はぁーい」
アスカはマキナの手を引いて、3人のお仕置き部屋に再び入っていった。
チェリーはカナタを背負って、別の部屋へと入っていった。
「さて、私たちは再び行きましょうか」
「はい、お嬢様」
ケビンはお嬢様の後ろをしっかりと付いていったのだった。
「さぁて、カナタ……目を覚ましてあげるわよぉ」
チェリーは、密室でカナタに手をかけた……!!
「アンジュ、スピードを落として大丈夫よ」
サクノの指示に従って、100キロほどのスピードで走っていたウインディが格段にスピードを落とす。
彼女のウインディは、他人の言うことはまったく聞かないが、彼女の指示や命令は確実にこなす忠犬なのだ。
「…………」
そのウインディの背中に乗っているのは主人であるサクノと呆然としているクレナイである。
さっきから一言も発さずに俯いている。
今、笑顔かどうかもわからなく、ただしょぼくれて表情を隠していた。
「(クレナイさんの妹に一体何があったのかしら……)」
サクノはクレナイの胸中を案じながら、どこか休める場所はないかと探していた。
しかし、ホドモエシティの南は倉庫が大半に建てられている。
どこへ行っても倉庫しか見当たらない。
「あれ?」
そんな中、見慣れた紫のロングヘアの男が倒れているのを見つけた。
ウインディに止まるように指示を出して、地面に降り立った。
「ビリー、何があったの?」
膝を折って座り、彼の頭をその太腿に乗せて体を揺さぶってみる。
あぅっ……と唸り声をあげた後、彼は目を開ける。
「サ……クノはん……」
「目が覚めた!?あれ、カナタはどうしたの!?あなた一人なの!?」
「っつつ……悪い……カナタを……連れ去られてしまった……」
「え」
「……俺が……助けに……でも……その前……に……」
ビリーはパタリと力なく頭をサクノの膝に乗せた。
「サクノはんの膝枕で、安らかな眠りをさせて……」
と、再びビリーは気絶してしまった。
「仕方が無いわね」と、傷ついたビリーを案じるサクノは微笑んでそれを許したが……
「ゴミ虫、寝てんじゃねぇ!!」
「ぐほっ!!」
クレナイが笑顔でビリーの腹を思いっきり蹴っ飛ばしたのだった。
―――P36年の秋。カントー地方のマサラタウン。
この村から旅立ったトレーナーの中には、ポケモンマスターになり、有名になっているものが多い。
例えば、オーキド博士もこの村出身であり、はるか昔にポケモンリーグで優勝したこともあるらしい。
今では隠居して、研究を孫のシゲルにその座を譲っている。
ちなみに彼のライバルであったサトシという人物は、現在、とある町でジムリーダーをしているらしい。
そのマサラタウンの中のとある小さな家に4人の兄弟が住んでいた。
「ふう。さぁ、朝飯ができてぞ。しっかり食べろー」
目玉焼き、おひたし、ウインナー、納豆、豆腐の冷奴、ナスとキュウリの漬物に人数分の味噌汁と白米を用意した。
一番上のお兄さんである赤髪の短髪の男……クレナイ(当時18歳)は、妹達を呼ぶ。
すると、まるで争うかのように二人の妹が机の食べ物を争うかのように食べ始めた。
片方の妹はピンク色の短髪のキリッとした目の女の子でもう一方は紫色のさっぱりした短髪の女の子だった。
「あぁー、私のウインナーぁー」
「さらに、この目玉焼きもいただきですぅー」
「サクラちゃん、待ってよー、せめて……目玉抜きでもいいから、ちょうだいよぉー」
紫色の短髪の女の子は、サユキ(当時13歳)と言う。
狙いを定めたおかずをことごとく、隣の妹に取られていた。
自分のほうが年上であるにもかかわらず、涙ながらに食べ物を恵んでもらおうとするサユキだったが、妹は意地悪なのか、サユキの食べるものばかりを狙っていた。
「早い者勝ちですよぉ」
桃色の髪の子はチェリー(当時8歳)である。
サユキからは髪の色が桃色のためサクラちゃんと呼ばれている。
とにかく、この頃から人の物を取るのが好きだった。
とくに、人が欲しがるものを盗る事にかけては天才的だった。
その動きはまさに忍者のごとしである。
「うぅぅ……」
その5歳下の妹に泣かされるサユキ。
その時、スッと目玉焼きがサユキの目の前に差し出される。
ハッとサユキはその手元を見る。
そこには黄色い髪のミディアムカットの男の子がいた。
「オンちゃん、私にくれるの?」
「ぼく、だいじょうぶだから、たべていいよ」
彼の名前はサイオン(当時3歳)。
小さいながらもサユキのことを気遣って目玉焼きを渡してくれるほどの優しい子供だった。
「ありがとぉーオンちゃん、だーいすき!!」
サイオンの目玉焼きに手を伸ばすサユキだったが、ガチッとその箸は空振りした。
「……ぬあぁぁ!!」
一歩手前でその目玉焼きは、チェリーの口の中へと消えていった。
「サクラちゃん、返してよぉ!!」
「無理だよぉ♪」
「ええと……」
サユキとチェリーは取っ組み合いのケンカを始めてしまう。
「けんかはやめよーよ……うわっ」
サイオンが止めに入るが、あっさりと弾かれてしまう。
ドンッ!!
衝撃がして、3人は一斉に音の方を向く。
一匹のカメックスと笑顔の男の声があった。
「全員、いっぺん、死んでみる?」
クレナイのその一言で、ケンカは終結した。
こんな平和な1日が、秋に入ってから続いていた。
それまで、クレナイはチェリーを連れてホウエンとジョウト地方を旅をしていた。
その間、サユキはカントー地方を一人で旅して、サイオンはマサラタウンで親と一緒に住んでいた。
実はこの4人の兄弟の親は特別だった。
クレナイの母は、父がマサラタウンに訪れた時にできた子供だった。
しかし、彼の母はクレナイを産んで間もなくして亡くなった。
彼を育てようとして、父はマサラタウンに残った。
その3年後に、あるマイペースの女の子がマサラタウンに訪れた。
その子はクレナイの父に恋をして、子供を授かった。それが、サユキであった。
やがて、父親は彼女に子供たちを任せて旅に出た。
サユキの母はそれを止めなかった。
クレナイの父が旅立ってから3年後にサユキの母の元へ手癖の悪い男が現れた。
その男はサユキの母をあっという間に虜にした。
そのときの子供がチェリーであった。
その4年後にサユキの母は衝撃的な体験をする。
自分を差し置いて、他の女の人と一緒になっている姿を見たのだ。
その光景を見たサユキの母は姿をくらました。
チェリーの父とその一見真面目そうな女の人との間に生まれた子供がサイオンだった。
サイオンが生まれた1年後のこと。
旅から帰ってきて事情を知らなかった当時16歳のクレナイは激怒した。
理由と言うのは、今の親と言うのは、自分とサユキにとってもはや赤の他人であり、さらに自分がいなかった間にサユキはロクにご飯も食べさせてもらえずやせ細っていた。
このままではダメだ。
クレナイは妹と弟の将来を案じて、チェリーの父とサイオンの母を追放した。
もちろん2人は抵抗したが、旅を出て成長し、まして激昂したクレナイの相手は務まらなかった。
そして、2年間の間、サユキがホウエン地方を旅したりということもあったが、平和に日々が続いていた。
「ノースト地方に行くのか」
「うん。行って来るよぉ」
P37年の春。
サユキはカントー地方の北にある地方へと旅立とうと決心する。
「くれぐれも気をつけていくんだぞ」
「えへへっ、わかってるよ、お兄ちゃん♪」
クレナイたちは一同、サユキの旅立ちを見送った。
だが、これ以降、サユキに再会することはなかった。
―――P50年の秋。
「その後もチェリーが何度も旅立って盗みを働いてきたりして、今に至るんだ。サユキ、サイオンとは連絡が取れないが、元気にやっていると思う。チェリーはいつもいつも手をかけるから定期的に連絡を取っていた。だが、イッシュ地方のライモンシティでドームのお客の財布を盗っている連絡があったのを最後に連絡が途絶えた」
「なーるほどなぁ。それは兄としてはショックやなぁ」
心配をしたのにもかかわらず、可愛がっていた妹に反撃されたクレナイ。
そのことに同情するビリーはうんうんと頷いた。
そんな彼は仰向けに寝転がっていた。
カナタや黄色い短髪の女に蹴られ踏まれた背中の痛みのせいで起き上がれないのだ。
「…………」
「サクノはん?」
途中から、サクノはクレナイの話を眉間にしわを寄せて聞いていたことにビリーは気が付いた。
彼女は話を聞きながら、ビリーの代わりにきずぐすり等のアイテムで彼のポケモンの傷を回復させていた。
そして、サクノは言う。
「許せないわ」
「え?何がや?」
「人の物を盗むなんて泥棒よ!チェリーさんには刑務所で反省してもらわないと!」
「や、サクノはん落ち着いてや!論点はそこやないっ!!」
人一倍の正義感を持つサクノにとって、盗みは許しがたい行為らしい。
「おれも前々からそのことに関してしっかりとしつけていたんだけど……ちっ、あの父親に似たんだな」
クレナイが笑顔で悔しそうに言う。
何があっても笑顔は崩さないらしい。
「にしても、カナタを誘拐した連中ってどんな組織やねん?」
「そういえば、女の子が多いみたいね。それも、独特な格好をした女の子が多いね」
看護婦やチャイナドレス、バニーガールなど、普段なら着ないコスチュームなどを多く着用していたことを思い出す。
「まさか、カナタもあんな服を着せられてしまうんやないか!?」
「そういえば、チェリーさんも忍者のようなくノ一の格好をしていた……」
「間違いない!!奴らは色んな女の子を集めて、芸能界に殴り込みする気や!……こんなことを考えるのは、男に違いない!許さへんでぇ!」
いきり立つビリー。
「(いや、チェリーは元々くノ一の格好を好んで着ていたけど)」
心の中でツッコミを入れるクレナイ。
「しかし、2人を助けにいくとして、どこを探せばいいだろう?」
「探すんじゃなくて、待っているだけでいいんやないか?」
「そうなの?」
「ああ。だって、サクノはんも狙われているみたいやし」
「え?そうなの?」
キョトンとビリーの言葉に目が点になる。
「ああ、確かにサクノちゃんは狙われてもおかしくない」
「てゆーか、“あの女”がサクノはんとカナタを狙うって言っていたしな」
「んー?なんでだろ」
「いや、なんでだろはないだろ」と2人は心の中でツッコミを入れる。
サクノほどの美少女は町中探しても1人いるかどうかほどの器量を持っている。
そのことに彼女は自覚がないらしい。
「(誇り高き女教皇<アキャナインレディ>は鈍感か)」
苦笑するクレナイ。
同時にカメックスを繰り出していた。
ドゴォンッ!!
「な、なんや!?」
「なんでかわからないけど……どうやら、私のお迎えが着たみたいね」
サクノもライチュウを出して、戦闘体勢を整えていた。
「流石に同じ方法は通じないか……」
カメックスに攻撃を防御されたオオスバメは転回して、トレーナーの元へと戻る。
レンジャーの格好をしたケビンだ。
「カメックス、『ハイドロロケット』!!」
カメックスはハイドロキャノンを後ろへと向けて、自分自身を飛ばして強烈な体当たりを繰り出す。
オオスバメはギリギリでかわすが、
「レディ、『エレキボール』!!」
バリバリッ!!
サクノのライチュウが電気の球で狙い撃ちをし、撃墜した。
「くっ……相手が複数人はやっぱり辛いな」
しかし、言葉とは裏腹にケビンは余裕の表情だった。
「(相手の余裕は……何かあるのね)」
うすうすサクノは感じると、突如、凍える冷気が吹き付けてきたのに気付いた。
「(……なに、この嫌な感じの冷気の風は……?)」
「…………。カメックス!」
先ほどと同じくハイドロロケットでケビンに突っ込むカメックス。
ドゴッ!!
「なんやて?」
驚きの声を上げたのはビリーだった。
今はポケモンを出さずに事態を静観しているビリー。
ハイドロロケットはクレナイのカメックスの中でも最大級の突進技であるのは見てわかる。
だが、その攻撃がケビンの新しく繰り出したヘラクロスに止められてしまったのだ。
しかも、片手で。
そして、反撃でもう片方の腕でカメックスは殴り飛ばされた。
ダウンこそはしていないが、大きなダメージを受けた。
「『メガホーン』!!」
「『鉄壁』っ!!」
ズドォンッ!!!!
カメックスは倉庫の壁に叩きつけられた。
防御を取っていたおかげで何とか倒れはしなかったようだが……
「あのヘラクロス……カメックスをあれだけ押し返すだけの力は無かったはず……一体どうして?」
サクノは先の戦いでケビンのヘラクロスのメガホーンをクレナイのニョロボンが受け止めたのを見ている。
パッと見てだが、明らかにカメックスの方がニョロボンより防御もパワーも上と見ている。
すると、今の激突は明らかに何かの異変が起きているとしかサクノは思えなかった。
「あんた達はここで終わりよ」
ケビンの後ろから黄色い髪の短髪の女性が姿を現した。
身長は155くらい。
白の丈の長い長袖のシャツを着て両手に白いリストバンド、両足首に黒いリストバンド、さらに首には真っ赤な首輪を付けていた。
「また変なのが出てきたなぁっ!?」
いつもは女に浮つくビリーだが、ここのところ危険そうな女ばっかり出てきて、さすがに浮ついた気分になれなかったようだ。
「やっぱり、これはキミの仕業か」
「グレイシア」
短髪の女性が冷凍ビームを指示する。
狙いはサクノのライチュウだが、間一髪でそれを回避する。
「(速い!……でも……)」
バリバリッ!!
電光石火で接近し、グレイシアの顔面にかみなりパンチをぶつけた。
しかし……
「(効いてない!?それなら……)」
グレイシアの氷の礫をジャンプでかわす。
後ろに回りこんで、ライチュウは体をぐるりと回転させた。
「『Sander Slice』!!」
尻尾に電気を纏い、ナイフのように洗練させた電気の尻尾の刃。
グレイシアを切りつけた。
「『バリアー』」
ガキッ!!
切りつけたのだが、攻撃はかすり傷しか負わせることができなかった。
「(クレナイさんのカメックスを一撃で倒したこの攻撃でかすり傷程度なの!?)」
その様子にライチュウも驚きを隠せない。
氷のキバのカウンターを受けて、ライチュウは吹っ飛ぶ。
右手のプレートの小手でガードはしたものの、ダメージは大きかった。
休ませないと戦えないと思ったサクノは、ライチュウをボールに戻す。
サクノが次のポケモンを出そうとした時、クレナイが前に出る。
「『アビリティーダウナー』。相手の力を低下させる力。それを使うことができるのは君だけだよな。カヅキ」
「…………」
グレイシアにさらにバシャーモを繰り出すカヅキ。
「クレナイさん、あの人と知り合いなの!?」
「……一応……知り合いかな」
サクノに向き合ってから、カヅキに再び向かうクレナイ。
「なぁ、カヅキ。一体なんでこんなことをしているんだ?男嫌いだからって、女の子でも愛そうって言うのか?」
「あんたには関係ない。あんたもろとも倒してやる」
バシャーモの炎を纏った蹴りが襲い掛かる。
それ見て、クレナイはニョロボンを繰り出して防御に出る。
しかし、蹴りを右腕で弾こうとしたのだが、体ごとと吹っ飛ばされてしまう。
「サクノちゃん、ビリー。あいつの能力は、攻撃した相手の能力を低下させることができる。今、あのグレイシアが冷気でおれたちを覆っているから、それを何とかしないかぎりは、どうすることもできない」
「なるほど。そういうことね。アンジュ!」
ウインディが飛び出し、地面に向かって熱風を繰り出す。
サクノたちに纏わり付いていた冷気が一気に吹き飛んだ。
「(まずは、グレイシアを何とかしないとね)」
「させない!」
サクノの意図に気付いて、カヅキのバシャーモがウインディに攻撃を仕掛ける。
「ニョロボン、『爆裂パンチ』!!」
当てれば相手を昏倒させる一撃。
命中率は低いのだが、クレナイはあえてこの攻撃を選択した。
バシャーモはウインディへの攻撃をやめて、後ろへと跳んだ。
「アンジュ、今よ!」
炎を蓄えて攻撃の準備をしていたウインディ。
グレイシアへと向って走っていく。
そして、次の瞬間、ウインディの姿が3匹にブレて見えるようになる。
「この技は……!」
カヅキ、クレナイは共に息を呑む。
この技がサクノのアンジュの代名詞と言うべき技であったのだ。
炎を纏った3匹のウインディに見えるこの技は、炎と炎でできた幻の合成である。
そして、3匹のウインディと後ろから駆け抜けるウインディがグレイシアを突き抜けた。
「『Flare Blitz』!!」
カヅキのグレイシアは大ダメージを受けて吹っ飛ぶ。
上空へ投げ出されて、バタッと大きな音を立てて不時着する。
「流石の威力のようね」
「……相性はよかったはずなのに……!」
グレイシアはウインディの最大の技を受けたにもかかわらず、立ち上がった。
しかし、大ダメージを負っている事は見て明らかで、しかも火傷を負っている。
有効であることには違いは無かった。
「カヅキのアビリティダウナーのせいだろうな。その効果さえなければ、確実に勝てていたよ」
「……キーとも言えるポケモンが追い詰められるなんてね。でも、まだまだこれからよ……!」
バシャーモのほかにもう一匹のポケモンを繰り出そうとしたその時、
Prrrrr
カヅキの腕から電子音が響いてきた。
ポケギアのようだ。
「何事?」
会話の内容を聞いて、カヅキは少し驚いた表情になる。
通話を切ると、ケビンに向って言う。
「ここはケビンに任せるわよ」
「え!?お嬢様!?」
「負けたら、お仕置きだからね」
そういって、カヅキはその場から走り去っていった。
「お仕置き……お仕置きもいいけど……やっぱりご褒美がいいよな……さて、一気に倒してやる」
サクノとクレナイの前に気合の入ったケビンが立ちふさがったのだった。
第四幕 Episode D&J
停滞のパラダイス② P50 秋