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たった一つの行路 №281

/たった一つの行路 №281

 ☆前回のあらすじ
 稀代の美少女サクノはオートンシティのSHOP-GEARを訪れた。
 そこでは数人の従業員達と社長のカズミ(ラグナに拾われ、SHOP-GEARに育てられ、世界を冒険し、天照<てんしょう>のカズミとまで言われるまで有名になった大人の女性)がいた。
 南十字星<サザンクロス>と言う組織が襲い掛かってきたが、楽に返り討ちにし、サクノはカズミの娘であるカナタを仲間にし、モンスターバイクを手に入れて旅立ったのだった。



「うぅぅ……寒い……」

 ガチガチと歯を鳴らせるのは、ラフな水色のハーフパンツに上半身もラフで大き目のTシャツを着用している少女。
 そんな少女は、思いっきり腕を回してもう一人の少女に回して抱きついていた。
 抱きついてといっても、背中にピッタリとくっ付いている感じであり、それはバイクから落ちないようにするためである。

「ええ……そうね。流石に辛いわね」

 スピードを緩めながら、大型のバイクは停止する。
 ヘルメットを取り、ライダーの美少女は空を仰ぎ、さらに周りを見る。
 あたりは真っ白だった。
 それが彼女らが感じる寒さの要因であった。

「ダメね。これ以上はバイクでは進めないようね。歩いて行きましょう」

 カズミから貰った大型バイクから降り、ゆっくりと引き始めるサクノ。
 カナタも頷いて、後部席から降りて、サクノの隣を歩き始めたのだった。



 たった一つの行路 №281



 現在は夏の真っ只中である。
 しかし、彼女らが居るのは雪が降り注ぐ雪原のど真ん中だった。
 ここはノースト地方であり、雪が降る地域である。
 だが、夏に雪が降るほど寒い土地ではない。
 せいぜい、雪が降るとしても季節が冬になってからである。

―――「オートンシティと港のジョウチュシティの途中で、今、異常気象が起こっているの」―――

 カナタはふと母の言葉を思い出す。

―――「異常気象とは言うけど、多分、野生のポケモンの影響だと思うから、そんなに気にしないことね」―――

 「そんなことで時間はとりたくないし」と色気を帯びた母は笑いながらそういい放っていた。
 ゆえに彼女の母も東で何が起きているか、完全に把握しているわけではなかった。

「いったい、この場所に、何がいるって言うんだ?」
「想像もつかないわね」

 そういって、2人は歩き続ける。



 ―――1時間後。

「……っ!! 吹雪がよりいっそう強くなっている気が……」
「もしかしたら、この吹雪の元凶が近いのかも―――」

 ドゴゴゴゴッ!!!!

 サクノの言葉が続かず、地面が大きく揺れ動く。
 なっ、くっ、と二人が息をつく中、“それ”は地面の中から現れる。

 ゴォォォォォッ!!!!

 圧倒的な威圧感に体長3メートルの体。
 極低温の冷気を発し、辺りを凍らせようと凍らせようとしていた。

「なんだ、このポケモン!?」

 カナタは今まで見たことのないポケモンを目にして、ごくりと生唾を飲み込む。

「(天候まで変えてしまう影響力や威圧感から考えて、フリーザーやレジアイスなどの伝説の氷ポケモンと思ったけど……どうやらそれ以上の存在みたいね)」

 サクノはチルタリスを繰り出していた。
 すると、チルタリスはカナタの首根っこを口で咥えて自分の羽の上に乗せた。
 羽毛のような柔らかい羽があるために、その中はとりあえず、外よりは温かかった。

「サクノお姉様!?」
「ファイ、カナタを守ってあげてね」

 キューイ!と、チルタリスは体をちぢこませながら頷いた。
 羽毛が温かいとはいえ、流石にドラゴンタイプが冷気に弱いということはカバーできなかった。
 ギロッとその威厳のある氷ポケモンはサクノを睨んだ。
 しかし、サクノは怯える様子はない。
 退く様子もない。
 相手をただじっと見ていた。
 ブォッと凄まじい冷気が襲い掛かろうとも、彼女の身辺で揺れ動くのは、豪雪と彼女のミッドブルーのポニーテールだけだった。
 サクノも見たこともないこのポケモン、名前はキュレムと言う。

「(もしかして……)」

 サクノが何かを察知したその瞬間、キュレムは勢いよく氷の礫を吐き出した。
 しかし、サクノの出したポケモンが氷の礫を真っ二つに斬る。
 出てきたのは貴重な骨の剣を持ったルカリオだ。
 続けざまに3連続で氷の礫を吐き出してくる。
 それさえも『ボーンラッシュ』で振り払っていく。
 だが、氷の礫を防御したところで、ルカリオは相手に接近していることに気付いた。
 すでに鋭い爪がルカリオを狙っている。

「エンプ!」

 ブォンッとエンジンを吹かして、サクノはルカリオの手を取って、一気にバイクを走らす。
 キュレムの爪『ドラゴンクロー』は空を切るが、続けざまに氷の礫を吐き出してくる。

「(雪でハンドルがとられる……!!)」

 滑りながらの運転に、ハンドルを取られ、機敏に動けない。
 とはいえ、ギリギリに氷の礫をかわしてく。
 と、その時、キュレムは片方の腕で地面を揺らした。
 地響きにサクノの乗っていた大型バイクは転倒する。
 サクノはゴロゴロと転がって受身を成功させて、指示を出す。

「エンプ、『波動弾』!!」

 手から生じる波動の塊を打ち出するルカリオ。
 顔に一撃が当たり、キュレムは一瞬だけ動きが止まった。
 さらに、

「『気合玉』!!」

 闘の極大なエネルギー弾をキュレムの腹に打ち込む。
 それが爆発し、一瞬だけ体が持ち上がるが、すぐにズドンと足を突くキュレム。

「……これでは威力が足りないようね……」

 ポツリと呟くサクノに対して、キュレムは完全に怒った。
 強力な氷のブレスをサクノ目掛けて放って来た。

「……っ!!エンプ、防いで!『竜の波動』!!」

 力は互角と思いきや、『氷の息吹』が『竜の波動』の一番脆い部分、すなわち死角を突いて、押しのけてくる。

 ボフ―――ンッ!!!!

 ルカリオとサクノに当たったかは不明だが、確かに大きな爆発が起きて、積雪が舞い上がった。
 キュレムは大きく息を吐きながら、ゆっくりと口を緩める。

 ビシッ

 キュレムはふと、自分の頬が傷つけられたことに気が付いた。

 ビシッ ビシッ ビシッ

 それがいくつもいくつも体に小さい傷を作っていく。

「『Cyclone Slash』」

 ビビビビビッ!!!!

 キュレムを翻弄する何かが、ダメージを蓄積させた。
 どんなポケモンが攻撃しているか、キュレムにはわからなかった。
 ただ、そのポケモンはもうこの場にはおらず、新たなポケモンがサクノの隣にいた。
 そのサクノの新たに繰り出したポケモンは、キュレムの冷気にまったく影響されていなかった。
 むしろ、サクノの周りの雪をあっという間に溶かしていた。

「さぁ、あなたの一撃で決めるわよ」

 頷くのはサクノに忠実で誇り高きポケモン。
 立派な鬣を携えて、そのポケモンが、炎を纏い突撃した。

「アンジュ……」

 そして、その速度はキュレムには見えなかった。
 何せ、そのポケモンは先ほどのスピードを『バトンタッチ』で受け継いでいたのだから。

「……『Flare Drive』!!」

 速度と破壊力。
 その二つでアンジュ……ウインディはキュレムの顎から体を目掛けてタックルを繰り出した。
 ウインディの一撃でキュレムは仰向けにひっくり返った。
 すると、雪はゆっくりと止んでいく。

「お姉様!!」

 チルタリスとカナタがいそいそとサクノに近づいていく。
 しかし、サクノはキュレムに走って近づいていった。

「危ないってば!」

 しかし、ひっくり返ったキュレムの足を見て、ルカリオを繰り出すと、その足から何かを引っこ抜いた。
 ギャァァァッ!!とキュレムは呻くが、すぐに声は収まった。

「“これ”のせいね」
「これは……」

 それは欠けた日本刀の破片だった。

「これがこのポケモンの足に刺さっていたということは……」
「どこかで踏みつけてそれで暴れてここまで来たということね」

 「もう大丈夫よ」とサクノはルカリオに『癒しの波動』を指示する。
 そして、キュレムは体力を回復させていった。

「(凄い……私が見ても明らかに伝説級のポケモンだとわかるポケモンに臆せずに戦いを挑み、さらに暴れる原因まで突き止めてしまうお姉様……なんて人だ……)」

 カナタは、サクノの実力を改めて知り、羨望の眼差しを送ったのだった。



 ―――数日後。
 サンサンと照りつける太陽の下。
 サクノとカナタは船の上にいた。
 この船の名前はタイヤキック号という。
 何でもこの船の名前は、タイタ○ック号を再現したものだとか、鯛焼き好きな富豪が作っただとか、タイヤにキックするのが趣味の船長が乗っているとか、そんな噂のある船である。

「いや、いくらなんでもそんな噂は全部ウソだろ」
「いいえ、全部本当みたいよ。このタイヤキック号の船の成り立ちを見て」
「……ゲッ!?本当なのかよ!?」

 サクノが指差した先にあるのは、タイヤキック号の年表だった。

「……本当だとしても、せめて、沈没だけはして欲しくないもんだぜ……」

 冷汗を浮かべながら、カナタは呟く。



 とりあえず、カナタは周りにいるトレーナーとポケモンバトルをすることにした。
 実はこの船の上でのバトルが、カナタにとって旅立って初めてのポケモンバトルだった。
 それまでは、SHOP-GEARの従業員に軽く付き合ってもらった程度である。
 もちろん、一度も勝てたことはない。
 そのことをサクノは知って、オートンシティからジョウチュシティの港から出航したタイヤキック号に乗るまで、優しく丁寧にポケモンバトルをレクチャーしてあげた。
 すると……

“う……ウソでしょ!?なんでこの私が……初心者トレーナーに負けるの……!?”

 10代ギリギリに見えるお嬢様風の女性(もしかしたら20代後半かも)は、自慢のクチートを倒されて跪いていた。
 そして、その倒した相手はガッツポーズを取っている。

「よっし!これで10連勝だぜ!」

 一緒に戦っていた8戦目で進化したニョロゾとハイタッチをする。

“オイ、あの女の子、10歳にして、しかも初心者トレーナーで、初めてのバトルで10連勝だとよ?”
“うっそー!?信じられないわ!”
“信じるも何も、この俺は最初から見ていたぞ!あの少女が戦うところを”
“マジヤバー!それって、天才少女ってヤツー?マジヤバー!”

 いつの間にかカナタの周りにギャラリーが集まっていた。
 これだけ連続してバトルして、勝ち続けているのだから、当然といったら当然だろう。

「よし、次の私の相手は誰だ!?」

 調子に乗ってカナタは次の挑戦者を募集する。

「カナタ、そろそろ止めた方がいいんじゃない?」

 と、彼女の近くにテクテクと近づくのはサクノだった。

「いいや、やる!もっとポケモンを使いこなす練習をしたいんだ」
「…………」

 カナタの言葉にサクノは黙って、手元の2段に積み重なっているアイスに口をつけてパクパクと食べる。

「よーし、じゃあ、僕がバトルするっしょ!」

 二人の前に現れたのは、どこかの貴族のような胸元のはだけたシャツを着て貴族のようなズボンを穿いた18歳の青年だった。
 そして、特徴的なのは髪型で、水色の髪にまるでアドバルーンのようにお団子が浮いているようだった。

「おっ!それじゃ……」

 意気込んでカナタは前へと出るが、チッチと青年は指を振る。

「僕がバトルしたいのは、あなたじゃないっしょ。貴女でしょ!」
「……はむっ?」

 ちょうど、アイスクリームのコーンの部分を食べていたサクノは、いきなり指を差されて首を傾げた。

「僕は決めたっしょ!貴女に勝って、貴女と一緒に行動する権利をもらうっしょ!」

 それは、遠まわしに、サクノの事をいただくというのと同じことである。
 そのことに気付いたカナタは、サクノの前に出た。

「そんなことはさせるか!お姉様には指一本触れさせないっ!!」
「初心者トレーナーはどくっしょ!ケガするっしょ!」
「誰がケガするか!ニョロゾ!」

 傍にいたパートナーに声をかけるカナタ。
 期待に応じて、ニョロゾは青年に急襲した。

 ドガッ!!

「っ!?」

 ニョロゾは跳ね飛ばされた。

「まったく、マナーがなってないっしょ」

 青年が取り出したポケモンはダイノーズ。
 鋼と岩の頑丈なポケモンである。

「確か……ノズパスの進化系だったな!ニョロゾ、『水鉄砲』!!」
「無駄っしょ!」

 水鉄砲はダイノーズに当たるどころか、キラキラ光る岩の礫によって押し切られてしまう。

「『パワージェム』っしょ」

 ドガガガガッ!!!!

「ぐっ!!ニョロゾ!!」

 反撃を受けて、もう残りHPの少なかったニョロゾはダウンしてしまった。

「畜生!ミズゴロウ!!」

 同じく水鉄砲を指示する。
 だが、結果は同じだった。

「『パワージェム』っしょ」

 同じく連戦の疲れがたまっていたミズゴロウは、呆気なく倒れてしまう。
 まして、2人の間には経験と力の差が圧倒的とは言わずとも、開いていた。
 もし、カナタが万全の状態だったとしても、一糸報いるくらいしかできないだろう。

“あーあ。あの女の子、負けちゃった”
“にしても、あの青年、中々やるな。変な格好だけど”
“そうね。強いわね。変な頭だけど”
“確かに変な頭だなぁー”
“服のセンス悪いね”
“マジヤバー。あのセンスはマジヤバー”
「君らに僕のセンスはわからないっしょ!!」

 と、青年はギャラリーを黙らせて、カナタを見る。

「くそっ……くそっ……」

 初めての敗北にカナタは相当落ち込んでいた。
 そして、そんなカナタを見たのは1秒にも満たなかった。

「あなたには負け犬の顔が似合うっしょ!」

 嘲る青年。
 まわりが若干嫌悪を感じる中、青年は言った。

「さぁ、いよいよ本番っしょ!そこの貴女!!バトルするっしょ!」

 青年が指差した先にサクノはいなかった。

「……え?あ。うん、そうだったわね」

 屋台に腕を突いて寄りかかって、サクノは何かを注文していたところだった。

“お嬢ちゃん、ホウエン風焼き蕎麦で来たよ!”
「あー……うーえー……」

 サクノの手が、まるで平泳ぎをするように困惑した。
 そして、焼き蕎麦とバトル、どっちを取るかで彷徨った。
 結局……

「ゴメンなさい!後で取りに来るわね!」

 掌を合わせて、深々と頭を下げるサクノ。
 そんな可愛らしい仕草に、屋台のおっちゃんは、「いーよ」と笑顔で頷いた。
 『こんな可愛い子にそんな風にお願いをされたら断れないよー』と、屋台のおっちゃんは心の中で呟く。

「ええと、ポケモンバトルよね?」
「もちろんっしょ!」

 周りが「今度はあの10連勝の子と一緒に居た女の子が戦うみたいだぞ!」と興味を示す。

“ところで、あの美少女、どこかで見たことないか?”
“うーん、言われて見れば……どこかで……”

 ざわざわとギャラリーがさわぐ中、サクノはショックを受けているカナタの肩を叩く。

「私のバトルを見てなさいね?」

 優しく言うも、どこか違和感のある言葉遣いに、カナタはサクノの後姿を見ていた。
 サクノがモンスターボールを持つのと同時に青年は言う。

「僕はアカハケタウンのカツキって言うっしょ!一生この名前を覚えておくっしょ」

 アカハケタウンとは、オーレ地方にある20年ほど前にできた町のことである。
 オーレ地方で活躍した英雄達の頭文字をとって名前がつけられたのだという。

「カツキね。私はタマ……」
「いや、言わなくていいしょ」
「へ?」
「後で僕だけに教えればいいことっしょ。貴女の名前は僕のためだけにあるのだから!」

 「うっわー」とか「キザったらしー」とか、そういう言葉がギャラリーから雪崩れ出た。

「それは違うわよ。私の名前はみんなに呼んでもらうためにあるの」

 と、真面目に答えるサクノに、ギャラリーが総員で「カツキはそういうつもりで言ったんじゃない」とツッコミを入れる。

「じゃあ、貴女の名前を僕だけのものにしてやるっしょ!ダイノーズ!」

 カツキのポケモンを見て、サクノもあらかじめ構えていたモンスターボールを投げた。
 出てきたのは水系ポケモンのフローゼルだった。

「相性で来たっしょ?でも、そんなの関係ないっしょ!ダイノーズ、『10万ボルト』!!」
「『水の波動』!」

 ドゴォンッ!!!!

「…………。へ?」

 カツキが隣を見ると、ダイノーズが大ダメージを追って地面に倒れていた。
 だが、ゆらゆらとダイノーズは何とか起き上がった。

「(今の攻撃速度はなにっしょ?)」

 息を呑むカツキ。
 彼には何も反応できなかった。
 わかっているのは、水の波動が10万ボルトを打つ前に決まったという1点だけだった。

「ジャック、もう一発よ!」
「ダイノーズ!」

 今度は何とか攻撃を出される前に指示を出して攻撃を回避させた。
 だが、かわせたのは一撃の遠距離攻撃だけだった。
 すでに、フローゼルがダイノーズの頭上を取った。
 拳から放たれる水の波動。
 2撃目を受けただけで、ダイノーズはダウンしてしまった。

“圧倒的……”

 ざわざわとギャラリーが騒ぎ立てる。

「それなら、僕の最強のポケモンでいくっしょ!」

 繰り出したのは、なまずのようなポケモン。
 ただし、ナマズンではない。
 体にビリビリと電気を纏っていて、さらに体を磁力で浮かしている。
 特性『浮遊』のポケモンだった。
 そのポケモンの名は……

「シビルドン、フローゼルを蹴散らすっしょ!!」

 バチバチと電撃を迸らせるシビルドン。
 『10万ボルト』がフローゼルに向かって飛んでいく。

「ジャック」

 サクノの一言でフローゼルは最小限の動きで10万ボルトをかわす。
 そして、カウンター気味に水の波動を撃って、シビルドンにダメージを与える。

「その手は通じないっしょ!」

 電気を腕に纏って、水の波動は弾かれた。
 攻撃の速度が速くても、盾のように腕を構えていれば、水攻撃を防げるということなのであろう。

「今度はこっちからっしょ!『ランスサンダー』」

 鋭い電気が槍の様に形作り、5本程放つ。
 すべてがフローゼルに向かっていく。

「ジャック、Set!」

 サクノが言うと同時にフローゼルの後ろにピタリとつく。
 「姉ちゃん!危ないぞ!」とギャラリーが忠告するも、サクノはまったく気にしない。

「『Archer』!」
「なっ!?」

 5本の電撃の槍だが、呆気なく打ち消される。
 しかも、それだけではない。
 シビルドンも腹に攻撃を受けて吹き飛ばされた。

「ウソっしょ!?こっちの手数以上の攻撃を打ち出すなんて!?」

 カツキは信じられなかった。
 この電気の槍だが、岩をも貫き、鉄にもヒビを入れる一撃を持つ。
 しかし、それがフローゼルのスナイプ攻撃によって、打ち消される。
 スナイプ攻撃とは、まるでライフルを使ったような攻撃の表現のように聞こえるが、実際は弓を引くような動作から繰り出される狙い撃ちだ。
 右拳を引き、瞬時に狙いを定めて攻撃を打ち出す。
 その様な攻撃を連続で放ったのだ。

「ろ、6発連続攻撃!?でも、まだ倒れな……」
「止めよ!」

 すでにフローゼルはシビルドンに接近していた。
 胸にぶらさげている赤いハーブのペンダントが光る。
 そして、素手で一気にシビルドンを切り裂いた。

「『かまいたち』!!」

 勝敗は決した。
 シビルドンは宙に舞い上がり、そして、甲板に倒れた。

「カツキさん、1つだけ間違えています」
「……な、なにっしょ?」

 サクノはフローゼルの頭を撫でながら事実を言う。

「さっきのArcher<狙い撃ち>は、8連続攻撃ですよ」
「……っ!!」

 すなわち、シビルドンに命中した狙い撃ちは、1撃ではなく、3撃が固まってできた威力なのだという」

「(道理で、あっという間にやられた訳っしょ……)」

 サクノはフローゼルをボールに戻した。

“なぁ、まさか……あの女の子とフローゼル……もしかして……”
“ああ。間違いない!“あの”サクノだ!”
“噂の美少女トレーナーね!?それに、『Archer』のフローゼル……狙い撃ちの精度といい合致しているわ!!”
“こんなところでお目にかかれるなんてぇ……!”
“本物の“Flare Blitz”や“Soul Blade”も見たい!!”
“いや、なんと言っても、“Lighting”だろ!?”
“超マジヤバー!これって、超マジヤバー!”

 ギャラリーはサクノを見てガヤガヤと騒ぎ立てる。
 そんなギャラリーをまったく気にせず、サクノは膝をついてこちらを見ている女の子のほうへと歩いていく。

「お姉様……」

 きっと、このバトルを通して何かを伝えたかった。
 そうカナタは感じた。
 そして、何かを伝えるために、サクノは今こっちへ向かってきている。
 カナタはそう思っていた。
 が。

「あれ?」

 サクノはカナタをスルーする。

「おじさん!さっきのホウエン風焼き蕎麦をちょうだい!」
「あいよ!」

 愛想のいいおじさんから焼き蕎麦を受け取り、そそくさと口にするサクノであった。
 その姿に一同は呆然としたのだった。



「くっ……負けたっしょ……完敗っしょ……」

 船室に入ったカツキは、悔しさ一杯で自室に入った。
 そして、入った部屋には何冊かの分厚い本と資料が散らばっていた。
 本の内容は、法学、経済学、科学……といくつかの専門書の内容が書き施されてあった。

「……ん?どうしたんだ。カツキ」
「と、父さん……」

 カツキが父さんと呼ぶのは、いたって普通の中年男性だった。
 格好からするとYシャツの上にグリーンのカーディガンを来て、白い顎鬚を生やしていた。
 黒いスラックスで痩せすぎす太らすぎずのどっちつかずの体型で、清潔感があった。

「なるほど。女の子を口説こうとして、ポケモンバトルをして負けたのか。それは悔しいだろうね」
「その女の子がサクノって言うらしいんしょ!父さん、知っている?」
「……! ハハハッ!」

 一瞬だけ、目を丸くし、そして、彼は笑った。
 そんな父を怪訝そうに見るカツキ。

「どうやら、カツキはとんでもない相手を口説き落とそうとしていたみたいだね」
「……え、えぇ??そんなに有名な相手だったっしょ?」

 目を点にするカツキ。

「カントー、ジョウト、シンオウ。この3つのリーグをほぼストレート勝利で制覇した女の子だよ」
「……っ!?つまり、それって……」
「そう。紛れも無いポケモンマスターだよ」

 にっこりと父親は笑ったまま、カツキの頭を近くにあった六法全書で撫でる。

「学問もポケモンも何事も一歩ずつから。カツキ、地道にがんばりなさい。そうすれば、運も関係無しに道は開けるから」
「…………。父さんに運をどうこう言われても説得力がないっしょ」
「……そうかなー?ハハハッ」

 カツキの父は笑ってごまかすのだった。



「お姉様!早く早く!」
「カナタ、わかったから、そんなに急がないで!」

 手を引っ張るカナタにサクノは戸惑う。
 というのも、サクノが港に着くまで仮眠を取っていたのだが、予想以上にベッドが気持ちよくて、サクノにしては珍しくカナタに起こされるという逆転の立場になってしまったのだ。
 早く降りないと、次の出港に影響するとのことで、カナタは急いでサクノの荷物を持って、降りようとしているところである。
 タッとジャンプして、地面に着地するカナタ。

「くー、ここがあの有名なヒウ―――んぁああ?」
「え?どうしたの、カナタ?」

 ガクリと力をなくして、地面に手をつくカナタ。

「なんか……船から降りた途端……急に景色がぐるぐるとし始めて……気持ち悪い……」
「……酔ったの?船酔い?」
「船に乗っているときはなんでもなかったのにぃ……」

 サクノはうーんと隣にある大型バイクを見ながら考えて一言。

「じゃあ“陸酔い”ね!」
「ぅぅぅ……」

 もやは突っ込むことができないカナタだった。

「何はともあれ、ここが―――」

 サクノが見渡す先には、巨大高層ビルがいくつも並んでいた。

「―――イッシュ地方のヒウンシティね」

 かくして、サクノとカナタはイッシュ地方に上陸したのだった。



 ……一方で……



 ―――街の一角。

「遅いじゃないの!一体何をやっていたの!?」

 40代くらいの水色の頭にカツキの頭のようなバルーン髪を2つ浮かばせた女性が両手を腰に当てて頬を膨らませて怒っていた。
 40代らしくない行動で言動は子供っぽいが、何故かそれらの行動は自然とマッチしてしまう不思議さを持った女性だった。
 その女性が怒っている相手というのは、カツキと彼の父親だった。

「ゴメンよ。運が悪かったというか……ちょうど目の前で船の募集が締め切られて、後の方の船に乗らざるをえなかったんだよ……」
「それなら、トリトドンに乗ってここまでくればよかったじゃないの!」
「いや、トリトドンでイッシュ地方まで波乗りするのは無謀すぎると思うよ!?ましてや俺とカツキを乗せて来るなんてさ!」
「どっちにしてもっ!!」

 女性はムギューッと旦那の耳を引っ張る。

「罰として、アイにここのヒウンアイスを奢ること!わかった?」
「わ、わかったよー」

 両親の一連のやり取りを見て、はぁーっとため息をつくカツキ。
 父親の運のなさや母親のお転婆な振る舞いは、旅行で異国の地に来ても変わらないなぁと思う。

「……あれ?」

 そんなカツキはふと周りを見て、首を傾げた。

「(ここって、こんなに巨大なビルがあって人がたくさん居る町のはずだよな……?)」



 ……なんで、こんなに静かなんだ?



 第四幕 Episode D&J
 イッシュ地方到着 P50 夏 終わり

 


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Last-modified: 2016-01-14 (木) 17:06:16
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