101
1週間の月日が流れた。
オートンシティのSHOP-GEARでは事件前と同じように毎日騒動が起こっている。
「……むー」
「てめぇの負けだ」
「あはは……」
テーブルでトランプゲームをやっているのは、水色のワンピースの少女と黒衣の不良男とオーバーオールの少年だ。
どうやらババ抜きをやっていたらしく、一枚だけ残ったカードを少女は手にして膨れている。
「俺はもう行くぜ」
「ダメ!」
「ぬおっ!」
立ち上がったときに服の裾を引っ張られて不良男はすっこけた。
「アイが負けるはずないもん!絶対、おじさんがイカサマしたんだもん!」
「てめぇ……いちゃもんつけんじゃねぇよ!」
「ラグナさん、落ち着いてください!」
怒るラグナを慌ててリクが止めに入る。
しかし……
「じゃあ、イカサマじゃないって言うなら、もう一回やって証明してよ」
「バーカ。そんな挑発には引っかからねぇよ」
「イカサマ!イカサマ男!」
言われ放題のラグナだが、無視するようにその場を去ろうとする。
「イカサマだって。まさか、ラグナがイカサマをするなんて思わなかったわ」
「……な!てめぇは俺がイカサマすると思っているのか!?」
ロビーに入ってきたセミロングの秀麗な美女に言われて、ラグナはムッとする。
「していたとしたら、がっかりね。私のあなたへの評価が『一閃の覗き魔』から『イカサマのヘタレ男』に下がったわ」
「何だと!?ユウナ!俺のどこがヘタレだぁ!!」
「あら、イカサマは否定しないのね」
「っ! どっちもちげぇっての!」
「じゃあ、証明して見なさい」
「……畜生……やってやろうじゃねぇか!」
みごとユウナの巧みな言葉で誘導させられ、ラグナは再び席についてカードを配り始める。
この様子は本当にラグナが失踪する前とほとんど変わり栄えもない日常だった。
ただ、そう感じていたのはユウナだけだった。
―――「なんで、ユウナにバンが死んだことを話さねぇんだよ?」―――
リクとジュンキは必死にラグナを説得した。
最終的にはバンが居たと言う事実を抹消することでリーダー的役割を担うユウナに苦しい記憶を蘇らせないことにした。
ユウナは今、バンという人間以外のことをすべて思い出して生活している。
それには、SHOP-GEAR全員の協力が必要だった。
「はぁ……飽きた」
「……って、途中だろうが!」
つまらなそうにカードを投げ捨てて投了するアイ。
背もたれつきの椅子に抱きつくように座って、ガタンガタンとバランスを取って遊んでいる。
「ケライ……遊んでくれないんだもん」
「それなら僕が遊んであげていますよ」
「リクお兄ちゃんのことじゃないもん」
不満そうに呟くアイ。
「それなら、ジュンキさんのことですか?」
「それって、誰?」
アイはポカンとリクの顔を見る。
その様子を見てラグナが爆笑し、ユウナは彼の頭を傍にあった辞書で叩いた。
ちなみにこの場所にジュンキは本当にいない。
現在、ミナミと一緒にトキオの手伝いのため、オウギ山へ行っているのだ。
「お兄ちゃん……毎日毎日、カレンお姉ちゃんのところへ行って遊んでくるの。たまにアイも行くんだけどね、二人のやり取りを見ていると、アイだけ取り残されたように感じるの」
「それって、ケイさん……カレンさんと付き合っているって事に……!?」
「カレンお姉ちゃんに聞いたけど、違うって言っていたもん!」
「なんだ、構ってもらえないからカレンに妬いてんのか?」
「違うもんっ!」
アイが啖呵を切るとそのまま黙り込んでしまった。
ラグナは面白いようにクククと笑い、ユウナが頭を撫でて宥めてやる。
すると、そこへ……
「ラグナおじさまー、キトキがおねしょした!」
赤ん坊を持って連れてきたのはおかっぱ頭の少女のカズミだった。
結局赤ん坊のキトキは、カズミ同様にSHOP-GEARで育てることになった。
母親も父親もわからないというこの状況で、捨てておくということができなかったのである。
しかも、ナルミやオトハの話によると、この赤ん坊は未来の世界から来たと言う話だ。
ラグナやユウナは未来の世界に返してやりたいと思ったが、現状、未来に行く手段がない。
一応、セレビィをケイ&カレンが持っているが、そのセレビィの力では指定した時間に行くことができないのだという。
さらに、問題はそれだけではなく、赤ん坊がいつの時代から来たかもわからなかったのだ。
「てか、俺に報告するんじゃねぇ!俺にオムツを替えができるはずがねぇだろうが!」
「オーゥオーゥ、倅よ、そんなこともできねーのか?」
「……づっ!?」
後ろから現れるラグナよりも更に巨体の男。
「クソオヤジ……まだいたのかよ!?」
「あら、昨日旅立ったんじゃなかったのかしら?」
ラグナは明らかに不愉快そうな顔をし、ユウナは意外そうな顔で応対していた。
「ジョウチュシティまでいったんだが、スペシャルな忘れごとがあったんでな」
コズマはそういいながらキトキのおしめをテキパキと変えていった。
さすが一応父親だけのことはある。
「スペシャルな忘れ事だぁー?」
「あぁ」
ドスッ!!!!
「ぐぷっ!」
ラグナの親父……コズマの正拳はラグナの腹に一突きだった。
そして、彼は一撃で気絶した。
「こいつを貰っていくぜ」
「ええぇぇ!?」
「ラグナおじさま!?」
気を失ったラグナは、あっさりとコズマの肩に担がれた。
リクとカズミは慌てて声をあげる。
アイはふーんと興味なさそうに一瞥すると、そのまままた俯いてしまった。
「別に構わないけど、理由を聞いていいかしら?」
「アレだ。お見合いだ、お見合い」
「「「「「!!??」」」」」
アイを含め、この場の者全員が驚いた。
「まー、俺様の都合上の政略結婚をさせるって奴だ。というわけで、達者でな!」
コズマはそういうと嵐のように去っていった。
「政略結婚って、コズマさん……自分で公言していますよ……。アレっていいんですか?」
「いいんじゃないの?」
ユウナの返事はそっけなかった。
「ラグナは胸が大きければ誰にでもOKを出すでしょ」
「あー……」
リクは苦笑いを浮かべるしかない。
「ラグナおじさまが……ラグナおじさまが……」
カズミは軽いパニックを起こしている。
「そんな……お見合いだなんて……冗談じゃなかったんだ……」
線の細い美女もショックを受けて、その場に座り込む。
「あら、ミライ、いつからいたの?」
「カズミちゃんがキトキちゃんのオムツを誰か替えてって叫んで入ってきたときからです」
「そ、そう」
ユウナは冷静に頷く。
一方のミライは、かなり沈んでいた。
「……やっぱり、ラグナくんに振り向いてもらうには……胸を大きくするしかないのですね……」
「ミライ?」
「決めました。私、SHOP-GEARを出て、胸を大きくする旅に出ます」
「ちょっと、ミライさん!?」
「止めないでください」
そう決心すると、ミライは急いで部屋へと戻ってしまった。
彼女が旅に出るのは、この三日後のことである。
「本気みたいね」
「なんか、どんどん寂しくなっていきますね……」
しみじみとリクは言った。
アイは勝手に冷蔵庫の中からソーダを出して飲んでいる。
キトキはカズミのおかしな表情を見て笑っていた。
「キトキにいいものをみせるよ」
と、カズミはコズマから貰ったモンスターボールからポケモンのタマゴを出した。
「ポケモンのタマゴだよ!…………あれ?」
びくっとタマゴが動いたかと思うと、ひしっとタマゴにヒビが入った。
「……え?まさか……」
「ポケモンの孵化ね!?」
パリーンっとタマゴが割れる。
すると、生まれてきたのは細めの可愛い炎ポケモンだった。
カズミは目を輝かせて、ぎゅっとそのポケモンを抱きしめた。
「ヒノアラシですね」
「ラグナのお父さん、なかなかいい卵をカズミに渡したみたいね」
生まれてきたヒノアラシを見て微笑むユウナ。
アイも自然と駆け寄り、ヒノアラシを間近で見ようとする。
「生きていると別れだけじゃなくて、ちゃんと出会いもあるんですよね。僕、忘れていましたよ」
そうして、リクも生まれてきたヒノアラシを見るために近づいて行ったのだった。
―――ジョウチュシティ。港の連絡船アズマオウ丸。
「う゛~~~~……」
船が揺れる。
そう、すでに船は出港している。
そして、腹に一撃を受けて気を失っているはずのラグナだが、それでも船酔いの魔力からは逃げられないらしい。
非常に哀れな様だった。
「それにしても、お前さんは本当にこれでよかったんかい?」
コズマが疑問を飛ばす。
その相手は白いロングスカートにピンク色のカーディガンを羽織った優しそうな女……オトハだった。
「ええ。これでよかったのです」
「柄じゃねぇが、俺様が後ろからドガッと!とくっつけてやることもできたんだぜ?」
「それは、流石に強引過ぎるのではないでしょうか……?」
苦笑いでオトハはコズマの言葉を受ける。
「まー、お前さんが後悔していないならいいのよ。それじゃ、俺は一眠りしてくらぁ」
そういって、コズマは自分の部屋に戻っていく。
その様子をオトハは見守ってから、甲板で海の向こうを眺めていた。
「(大丈夫です。約束しましたから)」
―――「なんだ、お前さん、もう行くのか?」―――
ニケルダーク島から脱出して、このときいる場所はアイオポートの外れの岩場。
町の誰にも見つからないような場所である。
彼女が意識を取り戻した時、荒っぽい男の声が聞こえて来たのだ。
―――「ああ。俺はまだ彼女に会うわけには行かないしな。……一応会う覚悟はあったけど……」―――
―――「(ヒロトさんの声?)」―――
今まで一番会いたかった人の声が聞こえた時、バッと飛び起きた。
2人は驚いて彼女の方を向く。
―――「探しました…………狭間の世界で……あなたが消えたときから…………」―――
―――「…………」―――
やや複雑そうに顔を逸らすヒロト。
―――「まー、なんか事情があるようだな。俺様はあっちに行っているぜ」―――
コズマは気を利かせて、まだ気絶しているナルミとキトキ、そしてケイを担いで離れていった。
ヒロトとオトハは岩場に残された。
―――「久しぶりだな……オトハさん」―――
―――「……はい……」―――
しばらく二人は黙って潮騒の音をバックに佇んでいた。
そこに言葉はなく、自然のありのままの音が流れていた。
キャモメが鳴き、メノクラゲがザッパンと波に揺られて浮いている。
―――「あのときの俺は……ヒカリの事で頭が一杯だった。死んだヒカリのためにこの世界を守ろうとしたんだ」―――
二人が並んで岩場に座った時、ポツリとヒロトが語りだした。
―――「でも、夢の中で教えてくれたんだ。ヒカリの求めたものは俺の幸せだったんだって……彼女が愛した世界に生きていた俺だったんだって分かったんだ」―――
―――「…………」―――
―――「俺はこれからも世界の未来を守っていく。でも、それ以上に生きて幸せにならないとと思ったんだ……」―――
その横顔をオトハは黙って見ている。
ボーっと見とれていると言う目ではなく、彼女の目は真剣そのものだった。
―――「生きることを……俺はもう迷わない」―――
立ち上がるヒロト。
―――「これからは、自分の幸せも見つけるために生きて行こうと思う」―――
その言葉を聞いて、弾かれるように彼女も立ち上がった。
いつもの服装ではなく、クロノに着せられた服装……すなわち、胸元が存分に開いているヒラヒラのフリルを存分と散りばめたドレス姿である。
しかも、ぐっしょりと水がしみこんでいて、オトハの体のラインが鮮明に想像できる。
―――「!!」―――
冷静にヒロトはそのことに今気付いて、顔を背けた。
―――「その幸せを探す旅に……私もついて行っていいでしょうか?」―――
真っ直ぐにオトハはヒロトの目を見る。
互いに目を逸らさずに、見つめあい、二人は気恥ずかしくなってきたのか、頬が赤くなっていった。
―――「…………」―――
視線を先に逸らしたのはヒロトだった。
大きく息を吸って、落ち着かせるように深呼吸を一回した。
―――「頭ではわかっているんだ」―――
―――「え?」―――
―――「でも、心がまだダメなんだ。波立って納得してくれない。俺はまだ……弱い。ユウナから聞いたけど、君は俺よりも強いらしいじゃないか」―――
―――「そんなこと……ありませんよぅ……」―――
謙遜ではなく、本当に心からそう思ってオトハは否定した。
―――「俺はもっと強くなる。オトハさん、2年後にポケモンリーグがある。それに俺は出るつもりだ」―――
俯いていたオトハは、ヒロトの言葉に顔を上げた。
―――「あなたに出て欲しい。そこで俺はあなたに勝って見せる。そのときは……」―――
しっかりとヒロトはオトハの目を合わせて言った。
―――「俺と一緒に幸せを見つけないか?」―――
光は影を生み闇が生まれる。
逆に光が生まれないと闇は生まれない。
すなわち。どちらも生まれなければ、そこはただの無の世界。
今、人々が息吹かしているのは、光と闇の両方である。
その二つの力のおかげで、過去があって、現在があり、未来へと繋がっていく。
これは他に例外などありえない一本道のお話。
こうして、すべては繋がった。
そして、時の足音は未来への時へと一歩ずつ歩みだすのである。
第三幕 The End of Light and Darkness 最終話
明日の記憶(後編) 終わり
アトガキ
たった一つの行路 第三幕であるThe End of Light and Darknessはいかがだったでしょうか?
光と闇を軸に、タイムトラベルを含めて、話を作るのが大変だけど楽しかった記憶があります。
主人公がラグナやユウナという個人的にも好きなキャラだったからもあるでしょうか(笑)
最後はケイとヒロトがおいしいところを持っていきますが。
物語的にも、たった一つの行路の原作を投稿していたところも、実はこの話ですべて終了ということになります。
しかし、この後の話はまだあって、しっかりと更新していく予定です。
そして、未来の大幹部の正体だとか、オトノが何者なのかとか、伏線を解消させていきます。
(ただ、エロし、ハードだし、NTRだしうんぬんの話ばっかりになって、普通のサイトに載せられないのが困ったものだ←)
よければ、最後までお付き合いください。
***
「あれからもう5年が経ちましたね」
「えっ?急にどうしたの?」
突然の言葉に僕の奥さんは意表を付かれたみたいに、目を点にしていました。
「あ……ええとですね……」
僕は相変わらず彼女のズイッと見つめてくる目に慣れません。
もう、結婚して1ヶ月になると言うのに、その可愛らしい瞳で見られると恥ずかしくなります。
「あのニケルダーク島での事件のことです」
「……あー……そうね。もうそんなに経ったんだ……」
彼女のポカンと遠くを見る横顔を僕は見つめながら言いました。
「あの時を境に、いろんな人がここから去っていきましたよね」
「……そうね……ログ、ミライ……それに……」
「……ハイ」
言葉に出さなかった名前に僕は頷きました。
「それに多くのことがあったよね」
「そうだね。一番驚いたのは、カレンさんとケイさんの二人が結婚したことですね」
「ケイったら、3年前のポケモンリーグで優勝したら結婚して言っていったのよね。そして、決勝戦で準決勝でヒロトに勝ったエースに勝利して実現させちゃうなんて本当に思わなかったけど」
「1回戦でラグナさんと当たった時は、流石に難しいかなと思いましたが、互角の戦いの末に勝ちましたものね」
「私もラグナくんが負けるとは思わなかったなー……」
と、どこか彼女は遠くを見つめていました。
彼女は今でもラグナさんのことを想っているのでしょうか?
そのことを僕は聞きだしたかったけど、怖くて聞くことができませんでした。
「でも、一番最低なのは、トキオくんよ!」
先ほどとうって変わって、怒った表情に彼女はなりました。
「1年以上も前からミナミと浮気していたなんて、最低よ!飛ばされて当たり前だわ!」
トキオさんのことは僕も驚きました。
ヒロトさんのお姉さんのルーカスさんととてもいい関係を築いていたのにもかかわらず、ミナミさんとふしだらな関係にあったのです。
その事が発覚したのは、ミナミさんが妊娠してしまったというのと、彼女のうっかりな発言……なのかどうかはわかりませんが……をしてしまったのです。
当然、その事に激怒したルーカスさんは、トキオさんをあられもない姿にして、ジョウチュシティの海に放り投げました。
あの時のルーカスさんの顔は忘れたくても一生忘れられません。
ちなみに、トキオさんは現在元ポケモン総合研究所のあった土地で街づくりをしています。
英雄の名前の頭を取って、アカハケシティという名前に決まったそうです。
「僕は……浮気なんてしませんよ!?」
「大丈夫。わかっているわよ」
ふふっと微笑んで僕にそういいました。
その笑顔にいつもドキッとさせられます。
「ただいまー!」
いい雰囲気になりかけたとき、元気で可愛くおしゃれな格好をした女の子が帰ってきました。
彼女の名前はカズミちゃん。
5年前は幼くておかっぱ頭だった彼女も、10歳になって、快活なホットパンツに赤いシャツを着たカッコイイポケモントレーナーになっています。
「戻ったわ」
「ただいまぁー!」
ユウナさんと一緒に5年前は赤ん坊だった小さな男の子、キトキくんも戻ってきました。
3人はちょっとした買い物で外に出ていたのです。
「あら?お邪魔だったかしら?」
「え……いや、そんなことありませんよ!?」
僕は狼狽して、ユウナさんに必死に言い訳します。
その様子を見て、おかしいのか、彼女はくすくすと笑っていました。
同じようにしてカズミちゃんとキトキくんも笑います。
そのときのことです。
「よう、ユウナ、久しぶり」
緑髪の男の人と会釈をして男の後ろから息を飲むような美人の女性が幼い子供の手を引いて入ってきました。
「ええ。久しぶりね、二人とも!」
「待っていたわよ♪」
僕はユウナさんと愛すべき可愛い奥さんと共に幸せそうな家族を築いた彼らを迎えいれました。
今日はみんなで楽しくバーベキューをします。
その準備のために、近くに置いてあったタオルを取って、張り切って僕は頭に巻きました。
「今日は楽しんで行ってくださいね!」
つづく