明朝5時55分。
このとき、オーレ地方でひとつの島が消滅した。
しかし、この消滅は明日を運ぶと言う結果を残した。
この功績を知る者は一部の者たちしかいない。
ゆえに称える者も少ない。
当たり前のことを持続させるというとんでもないことやってのけた者達を世界の人々は知る由もなかった。
そんな誰も知らない大きな事件から、3日が経った。
たった一つの行路 №247
100
ロウソクの火がゆらゆらと揺らめいていた。
何人かが集まり、その場で手を合わせて、その場を通り過ぎていく。
鯨幕で覆われた悲しみの式。
追悼するための儀式が行われていた。
「(……ハルキ……)」
「(バンの兄貴……)」
「(……ログさん……)」
このオーレ地方の戦いで失った者は多かった。
この悲しみに涙を流し、ショックを受けた者はそれ以上にいた。
「ログさん……僕らをもっと信用してくれてもよかったと思うんですけど……」
全てが終わった後、リクはしょぼくれた様子でロビーにたたずんでうなだれていた。
「なんでお前はそんなにお人よしなんだよ!」
「……ジュンキさん……」
ログの話に怒りをあらわにするのは影が薄い少年ジュンキ。
「あいつが裏切ってなければ、まだ展開は違っていたかもしれないんだぞ!?」
「それは……」
「俺はログの写真が式に並んでいたことにすっごい腹が立っているんだ!こいつが裏切ったばかりに、ユウナが……!!」
「ジュンキくん、それは言わない約束ですよ」
後ろから声をかけてきたのは痩せた美人さんのミライである。
「……っ。わかって、いるよ」
目をつぶって、ジュンキはリクに八つ当たりをするのを止めて、さっさと行ってしまった。
「ジュンキさん……」
「リクくんはやさしいんですね」
「え……?」
「裏切ってもログくんのことを心配していたなんて、誰でも出来ることじゃないですよ」
「…………。悲しいじゃないですか。理由があるにしろないにしろ、みんなに恨まれて死ぬって言うのは。だから、僕だけでも理解してあげられたら……って」
リクは不安な表情でミライの方へ振り向く。
「僕……おかしいですか?」
「いいえ。おかしくありませんよ」
ミライはやさしく微笑んでリクにそういった。
「ミナミちゃんもジュンキくんもあんな感じで元気がないみたいですけど……でも、一番心配なのは……」
そういって、リクは会場内にいるはずのある人を探した。
「あれ、いない?……まさか……ショックで…………探してきた方が……」
慌てるリクをミライが掴む。
「大丈夫ですよ」
と、彼女は微笑むのだった。
最初はポツリポツリと小さな水滴だった。
だがやがて、その小さな水滴たちは、後から落ちてくるにつれて大きくなり、更に大勢で落ちてくるようになった。
式の外れに、公園にしてはやや大きい雑木林があった。
そこの自然に倒れた木の上に彼女は座っていた。
「…………」
しかし、チャームポイントであるツインテールは水を含んで元気なくしぼんでいる。
傘を差していないために、雨が彼女の服にしみこんで行く。
ぐっしょりと重さを含んでいる服と共に彼女の気持ちも別の重さを抱えていた。
―――「この場所も、次の世代も、そしてお前も俺が全て守ってみせる」―――
……ハルキ……
私をずっと守ってくれるはずじゃなかったの……?
ハレに……次の世代にバトンを引き継がせるために生きるんじゃなかったの……?
こんなことになるなんて……私……私……
……ハルキ……あなたがいないと……
突然、雨が止んだ。
「……?」
いや、実際に止んだわけではない。
前を見ればずっと雨は降り続いているし、水滴が自分の足元に弾け跳んできている。
「……風邪引いちゃうよ、カレンお姉ちゃん」
水玉模様のやさしい色の傘。
差し出したのは赤いヘッドバンドに少々眠たげな目をした少年。
「……ケイ……くん……」
ゆっくりと後ろを振り向いてから、彼女は少年の名前を口にする。
雨か涙か、よくわからないが彼女の顔は濡れていた。
それを見て、ケイはふと手を胸に当ててシャツを軽く握り締めた。
「……そんな悲しい目をしないで……」
「…………」
ケイの言葉にカレンは目を逸らして黙り込む。
言っているケイもカレンを見てはいないが。
「ハルキさんは命を賭けてカレンお姉ちゃんを守ったんだよ。それが今に繋がっている。約束を果たしたんだ」
カレンは首を横に振る。
しかし、それだけで何も言わない。
「僕……ハルキさんを凄く尊敬するよ……」
「褒めても、ハルキは戻ってこないのよ……」
ケイに背を向け、俯いてカレンは手のひらを眼に当てる。
「もう無理よ。……私、今までハルキに頼りすぎていたってわかったの。これから一人でハレを育てていくなんてことはできない……自信がない……生きていく……自信が……」
「カレンお姉ちゃん……泣かないで」
ケイの言葉も彼女の涙を止めることはできない。
ただ、降りしきる雨の中、時間だけが流れていく。
幾分後のこと。
雨が再び降り始めた。
「……!」
同時にカレンは暖かい何かに包み込まれたように感じた。
「(腕……)」
「泣くことを止めないと言うなら……せめて、僕の胸の中で泣いてよ……“カレン”」
「……! ケイ……くん?」
水玉の傘が地面に投げ出されて、そして、風で飛ばされていく。
ケイは傘なんてどうでもよかった。
「ハルキさんの代わりは勤まらないかもしれない。でも、カレンと2人が残した子供であるハレを僕は守りたいんだ」
「ケイくん……」
右手でそっと、ケイの腕に触れる。
その手はとても冷たかった。
「ダメだよ……私は……」
「僕がカレンの涙を弾く傘になる。守りたいんだ、あなたの笑顔を。悲しませたくない、ずっと笑顔でいて欲しいんだよ」
カレンの言葉を聞きまいとケイは矢次に語りかける。
「僕はまだまだ弱い。今の僕じゃ、あなたに認めてもらえない」
自然と彼の腕の力が強くなる。
「けど、これから強くなって見せる。あなたが望むならこの世界のどのトレーナーよりも強くなってみせる」
「……!」
腕が離れていくのを感じ取るが、カレンは俯いたままでいる。
「だから、あなたに認められるそのときまで、僕はあなたに触れないよ。でも…………」
「(ケイくん……?)」
声の感じが少し変わったと思い、振り向くと彼の顔もグショグショに濡れていた。
「でも……今日だけ……今日だけは……あなたの悲しみを僕にぶつけて欲しいんだ。お願い……僕の胸の中で…………」
トスッ
二人の影が重なる。
その二人は降りしきる雨の中で泣いたのだった。
―――その一方でオートンシティのジム。
「それにしても、あの時、オッサンがいなかったらどうなっていただろう……」
ジムの一室にある部屋に座って、一人思いに耽るのはこのジムのジムリーダーであるナルミだ。
「まさか、人間を5人も連れて泳いでアイオポートに戻るなんて化け物みたいな技を繰り出すとは思わなかったわよ」
思い出しただけで、ありえないという気持ちとぞっとする気持ちの2つが沸き起こる。
何はともあれ、彼女は生きてこの町のジムリーダーとして仕事を続けていた。
「(式には出たかったけど……結構ジムを空けちゃっていたし……仕方がないよね)」
ナルミはそう言い聞かせて戻ってからのジム戦の業務をこなしていた。
「しかし、毎回思うんだけど、なんでジム戦はいつも全力じゃないんだ?」
「っ!! ちょ、ビックリさせないでよ!」
後ろから声がして、ナルミは振り向いて構える。
その声の主は、白衣とグラサンと言う妙な組み合わせの男だった。
「そんなジュンキが現れたみたいな反応するなよ。俺はさっきのジム戦からいたぜ?」
グラサンをピンと額にあげて、ニッと笑う。
「本当に思うんだけどさ……トキオくん、グラサンは似合わないよ」
「ヒロトと同じことを言うなよ!」
何年か前にも同じ事をヒロトにも言われているトキオ。
しかし、それもそのはずで研究員にグラサンをかけるのは怪しい研究員くらいだろう。
誰一人として、トキオのグラサンを肯定したものはいなかった。
「ミナミは似合ってるって言ってたぜ!」
「からかわれているだけじゃないの~?」
「笑うなっ!」
冗談で怒ったような口調でナルミに反論する。
「それで、何の用があってきたの?」
「特に俺は用があるわけじゃないけど」
そういうと、部屋に一人の男が入ってきた。
「あいつがジム戦をやりたいってさ」
「バトルしてくれるか?ぜひともザンクスを倒したと言う力を見せてほしい」
「……ザンクスのことを知っている?……誰?」
ナルミが頭にクエスチョンマークを浮かべるのも不思議ではない。
何せ彼……カツトシは彼女と会っていないのだから。
「ジム戦ね?いいわよ」
そして、彼らはオートンジムのバトルフィールドである岩のスタジアムへ移動した。
「じゃ、私から行くわよ。チョンチー!」
「それなら俺はマスキッパだ!」
二人のポケモンがフィールドに登場し、ぶつかり合う。
冷凍ビームを打ち出すチョンチーに対し、マスキッパはパワーウィップで打ち破る。
それに負けずにチョンチーは放電で対抗し、マスキッパを麻痺させる。
しかし、最後はソーラービームがチョンチーをノックアウトさせた。
「やるわね」
「……これが本気ですか?」
「……? ええ」
「(嘘だ……こんな力でザンクスを倒せるはずが……)」
ナルミは力を隠している。
カツトシは確信していた。
そして、ナルミがクチートを繰り出して、マスキッパが巻きつくで絡みついたそのときだった。
「あなたは邪魔ですYO」
「な!?」 「……!」 「この声は!?」
チュド―――ンッ!!!!
強力な電撃を拳に纏った何かが、ジムの中心へと落ちてきた。
そこで爆発が起き、岩のフィールドの中心が窪んでしまった。
「雑魚はどいてなさいYO。この女は私が倒すんDA!」
「お前は……ザンクス!?」
「こいつがあの世界の破壊者と噂されているザンクス!?……そんな奴が何故ここへ……?……一体何が目的だ!?」
トキオがサンダースを繰り出して、フィールドの中心へ素早く電撃を放つ。
「目的?決まっているじゃないですKA。ジムリーダーのナルミを倒しに来たんですYO」
サンダースの電撃は間違いなくザンクスのポケモンに当たった。
だが、それが間違いだった。
「……なっ!?」
ゾッとして後ろを振り向くと、そのポケモンが技を構えていた。
トラ柄模様の電気ポケモン、その名はエレキブル。
「特性は『電気エンジン』DA。もはや、そのポケモンでは私のエレキブルに付いては来れないYO!」
ズドゴォンッ!!!!
ギガインパクトがサンダースを吹っ飛ばした。
「ぐっ……」
「ダメだ……やっぱり勝てない……」
トキオも自信のあるパートナーを返り討ちにされ、カツトシはザンクスの強さに戦意を失った。
「さぁ、次はナルミ……お前を倒してあげますYO」
「いいわよ」
「迷いも無く答えるのかよ!?」 「(即答するのか!?)」
二人は同じようにツッコミをした。
「でも、ルールはポケモンバトル。ニケルダーク島で戦ったようなバトルロワイヤルはやらないわよ」
「FUFUFU……ここのルールと言うのなら従いましょうKA。だが、負けるのはお前DA!」
素早さのあがったエレキブルに対して、ナルミはドータクンで攻撃を受け止めた。
そして、その場に凄まじい衝撃を巻き起こしたのだった。
―――「しかし、毎回思うんだけど、なんでジム戦はいつも全力じゃないんだ?」―――
トキオ……ジム戦は毎回全力でやら無くていいのよ。
適度に勝って、そして、相手の力を認めたらバッジを渡せばいいの。
ユウナやラグナがこの町に来てからは、私の実力も上がっていって、全力を出さなくても勝てるようになって行ったけどね。
ジムリーダーは本当に楽しいわ!
30分の激闘の末。
「……OYAOYA……私がまた負けるとはNE……。また出直してきますYO!」
そういって、ザンクスはその場から姿を消したのだった。
「てか、あいつ、また来る気なのかよ」
トキオは若干呆れたように呟いた。
カツトシは不安そうにトキオとナルミの二人の顔を見る。
そして、ナルミは笑顔で答えた。
「大丈夫!また、返り討ちにするから♪」
後編へ続く