「(しまった……)」
ナルミは油断していた。
まさか、敵がゴウカザルとブースターによるコンビネーション技を駆使し、自分を攻撃してくるとは思いにもよらなかったからだ。
それも仕方がないだろう。
彼女は今までジムリーダーとして“バトル”はしてきてはいたが、こういった“戦い”というのは経験が少ない。
ゆえにブースターの『はたきおとす』攻撃で自分のモンスターボールが叩き落されるという考えには及ばなかった。
「動くなよ?」
ジリジリとアンカラが迫ってくる。
どちらにしてもナルミは動くことはできない。
背中にはブースター。
正面にはゴウカザルが拳を構えていて、彼女が動いた瞬間に攻撃を撃てる様にスタンバイしているからだ。
「(こんなことで負けるなんて……)」
非常に悔しそうな表情をして体を震わすナルミ。
「悔しがることはないぜ。あたしが相手だったんだからな!」
対してアンカラは無邪気な笑顔だった。
ところが、一転。
「え……?」
そのアンカラから笑顔が消えることになる。
「ちょっ……!?」
ナルミも表情が豹変する。
ドス―――ン!!
何かが落ちてきたのだ。
「オーゥ……嬢ちゃん、ここにいたのか?」
「……この……アホジジイ……!! 重いのよっ!!」
その何か……とは、コズマだった。
今の体勢を説明すると、コズマがナルミの上に乗っかって差し押さえているような状況だ。
ナルミは動けない。
「どいて!」
「……いや」
「なんでよ……!?」
ドゴッ!! ドゴッ!!
ナルミの耳に届いたのは、打撃音。
明らかに自分を狙ってきた2匹の攻撃だった。
「ソフィアをどうしたんだ!オッサンっ!」
「あの巨乳女ならのしてやったぜ。キングラー!」
ブオンッとハサミを振りかざすと、ゴウカザルとブースターは吹っ飛ばされた。
「……!! あたしの二匹が簡単に吹っ飛ばされただと!?」
「にしても、嬢ちゃん、ピンチだったのか、ヘヘッ」
「笑わないでよ。気色悪いから……」
「そんなこと言うなよ」
「それなら、どいてよ!」
コズマがナルミの上に乗っかっている以上、ナルミが気色悪いと言うのも仕方がないことである。
「キングラー!『クラブハンマー』!」
横歩きのキングラーはトットコと走り、ブースターを捉えて右のハサミを振りかざす。
ズドォンッ!!
その攻撃を真っ向から受けるブースター。
「このくらいなら、普通に受けることができるぜ!『火炎車』!!」
「んなら、進化してやるよ!『キングラーハンマー』!!」
火炎車で右手のハサミが弾かれてしまう。
だが、すぐに左手のハサミが右手のハサミを叩きつけた。
「なっ!?」
凄まじい衝撃音と共に、ブースターは地面にめり込まれてダウンした。
「俺様のキングラーは、右利きじゃなくて左利きなんだぜ?」
「だから何」
ナルミは白けながらもツッコミを入れる。
「パワーはあるようだな!それなら、こっちはスピードと火力で行くぜ!ゴウカザル!」
名前を呼ばれて、ゴウカザルは頷くと、アンカラと共にジャンプして、チェーンリフトに捕まった。
そして、恵まれた身体能力を生かして、素早い動きでチェーンとチェーンを渡っていく。
「気をつけて!多分、止まった瞬間に最強の技『ブラストバースト』が来るわよ!」
「止まる前に決めればいいことだろ。レントラー!『放電』!!」
「そんなの当たらないぜ!」
ゴウカザルとアンカラは余裕で攻撃をかわす。
「狙いはおめぇらじゃねえよ!」
コズマが狙ったのは、アンカラとゴウカザルが確実に触れているチェーンだった。
「あははっ!効かないよ!」
「ぬ!?」
すべてのチェーンは電気を弾いてしまい、帯電することはなかった。
「チェーンを帯電させて動きを鈍らせる作戦なら私も考えたけど、その鎖が絶縁性みたいだからすぐに止めたわよ」
「それを先に言えよ!」
「そんなこと言われてもねっ……!」
と、ここで口ケンカに発展してしまう始末。
アンカラは少し考えていたが、すぐに動いた。
「隙有りだぜ!ゴウカザル!『ブラストバースト』!!」
「あぁ?邪魔する奴はお尻ペンペンのお仕置きだぜ!『エレクトリックバズーカ』!!」
そして、二匹の最大の技が激突したのだった。
たった一つの行路 №239
82
―――マグマフロア。
ズドッ!! ドガッ!!
目にも止まらぬ速さで二匹のポケモンが打撃攻撃の応酬を続けていた。
「リーフィア!」
影分身で敵を惑わそうとするティラナ。
「『地震』だよ」
それに対応して、全体攻撃で破るケイ。
少しずつではあるが、ケイの方が押して行っていた。
「(こんな子供に負けるわけには行かないわ!私のプライドに掛けて……!)」
今もあくびをしているケイを見ながら、ティラナはそんなことを思っていた。
ガバイトとリーフィアの戦いの少し向こうの方では、いまだにウソッキーとドダイトスがバトルを続けていた。
こちらの方も激しい攻防が続いているが、ウソッキーの『物真似』と身体能力だけでは、ドダイトスを相手にするのは辛い。
こらえているのが、奇跡と言わんばかりである。
「ふぁぁ……『竜の波動』」
しかし、リーフィアは攻撃をかわしつつ、リーフブレードで積極的に接近してくる。
この2匹の対決は互いの接近技である『ドラゴンクロー』と『リーフブレード』をいかにしてクリーンヒットさせるかにかかっているのだが、今の今まで均衡状態が続いていた。
「……ガバイト」
地面をタッチするとリーフィアの足場がへこんで砂になる。
いや、正確にはリーフィアが居た場所である。
「残念ね」
ティラナはガバイトが地面にタッチした瞬間に『砂地獄』に出ることを読んでいた。
ゆえにリーフィアはすでにジャンプして、リーフブレードで切りかかる体勢に入っていたのだ。
「私の勝ちよ」
落下の力とリーフィア自身の力で切りかかる攻撃で一気に倒せると思ったティラナ。
「ガバイト!『剣の舞』、『ドラゴンクロー』」
「……なっ!?」
しかし、一瞬のうちにガバイトは力を上げてリーフィアの攻撃に対抗した。
空中でバランスが取りにくいリーフィアは、地面に叩きつけられて、ダメージを負った。
その隙をケイは逃さなかった。
「『ドラゴンダイブ』!」
リーフブレードで攻撃に対抗するものの、一気に押しつぶして、リーフィアを戦闘不能にした。
「それなら、ドダイトス!」
「ウソッキー、『物真似』!!」
一番最初にやったマグマの津波を巻き起こすドダイトスだったが、同じようにウソッキーに防がれてしまう。
「決めるよ」
ケイが指示を出し、ガバイトが走り出すと共に、体が光り始めた。
「な!?進化っ!?」
「ガブリアス。限界を試すよ!『ドラゴンクロー×7<チェーンセブン>』!!」
通常チェーン技は、技と別の技を繋げて隙のない技を作る技術である。
しかし、このケイのガブリアスの技は、同じ技を繋げて、一気に解き放つ連続攻撃だった。
ドガッガッガッガッガッガッ!!!!!!
一点に強力な打撃をかましたガブリアス。
強固な防御力を誇るドダイトスも、この一撃に沈んだ。
攻撃をしたガブリアスは、少し疲れたような顔をしている。
「……っ!やってくれたわね……」
ドダイトスを戻すティラナ。
「(進化して初めて今の技を使ったけど……6回で止まっちゃったみたい)」
ガブリアスを観察してから、ティラナを見る。
「お姉さん……カレンお姉ちゃんの友達を持っているでしょ?」
「カレン……友達?……あぁ、この子のことね!」
と、言って繰り出したのは、セレビィだ。
だが、ただのセレビィではなかった。
通常薄い緑であるのに、体の色が闇に包まれたような色に変わっているのだ。
それこそ、スキャナーを通さなくてもわかるほどに。
「草系のポケモンを使っていたから持っていると思ったけど……ダークポケモンになっているなんて……」
「私のドダイトスとリーフィアを痛めつけた罪は重いわよ!この子で蹴散らして、悲しみの上で泣かしてあげるわ!」
禍々しい黒い球体を撃って来るセレビィ。
ガブリアスは攻撃を受け止めようとするが、あっけなく吹っ飛ばされる。
「(今のは『ダークシャドーボール』……?)」
「倒れなさい!『ダークリーフストーム』!!」
目を黒く光らせて、セレビィは力を解放する。
風がうねりをあげて轟々と葉っぱを撒き散らす様子は、簡単に目視できた。
あっという間に、ガブリアスを戻そうとするケイを巻き込んだ。
「っ!!」
しかし、次の瞬間、ケイを閉じ込めた風は、内側から弾け飛んだ。
やや黒いオーラを纏っていた風は、白い風に打ち消されて、キラキラと輝いていた。
「ダークセレビィと互角の力を持っているの!?」
風の中から登場するのはケイと相棒のグレイシア。
一人と一匹は特に険しい表情もせずに、のんびりと構えていた。
「何、あの間抜けな顔……」
「ふぁ?どうしたの?来ないならこっちから行くよ?」
あくびをしながらいうケイ。
その天然な挑発にティラナは見事にかかってしまう。
「黙りなさいっ!!『種マシンガン』!!」
パパパパパッと連続で種を吐き出して、グレイシアとケイを狙う。
「『粉雪』!」
軽い冷風で種を凍らせていく。
だが、相手の技の勢いは強い。
撃ってきた半分ほどの種は、風を突き抜けてきた。
しかしながら、攻撃を回避する。
「『ダークレイブ』!」
「『冷凍ビーム』!」
二つのエネルギーが激突する。
両者共に拮抗した激突が続く。
「『ダークエナジー』!!」
黒緑のエネルギーの壁が生じる。
そして、地面を抉り、マグマを巻き上げながら、襲い掛かってくる。
「(どうよ。打ちひしがれなさい…………っ!)」
ティラナは信じられなかった。
「(どうして……?どうしてなの?)」
ダークエナジーと言う攻撃は、ケイの方からはティラナの様子が見れないが、逆は見る事が可能である。
ケイの様子を見て、ティラナは息を呑んだのである。
「(あんなのんきな表情でいられるの!?)」
がちんっ!!
ティラナは見た。
グレイシアに指示を出して、マグマごとダークエナジーの壁を凍らせる瞬間を。
同時に氷の礫を繰り出して、壁を抜けてくるケイとグレイシア。
「それならっ!!『マジカルリーフ』!!」
接近を許さないティラナ。
威力よりも手数で押し込もうとする。
それに対抗するのは、『吹雪』だった。
「止まらない!?」
グレイシアは吹雪を繰り出しながらも、ゆっくりとセレビィに近づいていく。
攻撃を撃ちながら接近すると普通なら少しでも遅くなるはずなのに、普段歩いているスピードと同じなのだ。
「私は……私は悲哀のティラナ!!相手に悲しみを与える存在!!そんなのんきな表情、悲哀の表情に変えてやるわ!!」
そういうと、ダークセレビィはマジカルリーフを止めて、力を溜め始めた。
「最強の技で悲しみに打ちひしがれなさい!」
解き放たれるダーク系最強の技。
「『ダークエクスティンクション』!!」
超能力とダーク系の力が合わさり、いくつもの力の渦が空間を暴走する。
マグマも岩場もすべて関係なく、削り取っていく。
「僕は……」
ケイは意を決してグレイシアと共に走り出す。
その表情に険しさなどない。
「君たちの悲しみをすべて受け止めるよ」
彼の表情にはやさしさしかなかった。
「……そんなバカな……!!」
冷たくもやさしい風が吹いた。
『ダークエクスティンクション』はまちがいなく、すべてを破壊しつくすダーク系最強の技だった。
しかし、グレイシアが解放した吹雪は、そのすべてを受け止めてティラナとダークセレビィを覆い尽くした。
「私の……負け……!?」
薄れ行く意識の中、セレビィを包んでいた黒いオーラがゆっくりと消えていくのを感じた。
そして、ティラナは誰かに受け止められた感触を感じてから気を失った。
83
「さーて、どうしてくれようか!」
「は、放せぇ―――!!」
この様子を一言で説明しよう。
上半身裸の男が、手を後ろに縛られている赤い服の女の子を肩で担いでいた。
どうみても、拉致しているようにしか見えない。
「…………」
その様子を見て、第三者のナルミは何も言うことができずに、黙り込んでいた。
結局、コズマとアンカラの勝敗は最大の技の激突で決まったようなものだった。
パワーは互角だったのだが、レントラーが接近しながら撃って来たので、その影響でゴウカザルは押し込まれた。
慌てて回避を実行したところ、アンカラとゴウカザルは捕まってしまった。
そんなところである。
「やっぱり、マキシマムなお尻ペンペンの刑だ!」
「い、イヤだぁっ!!」
アンカラを肩から下ろして、左手で支えてやる。
そして、思いっきり右手で平手打ちをした。
バシンッ!!
「いやぁんっ!!」
それも手加減なしで。
「てゆーか、セクハラよ。エロジジイ」
そんなコズマの行動を蔑む目で見るナルミ。
「い……痛い……から……やめろぉ……」
「誰がやめるか!」
「クロノの場所を教えるから……!やめろっ!」
「オーゥ?」
そういうと、コズマは手を止めた。
「クロノはどこにいるんだ?」
「降ろしてくれたら言ってやるぜ」
バシンッ!!
「いやぁんっ!!」
やっぱり、容赦なくコズマは叩く。
「ガキが!そう易々と放すわけねぇだろ!!」
「わかった!そこだ、そこ!!」
そういって、アンカラはとあるチェーンリフトの上部を指差す。
「そこがクロノの部屋に通じるワープポイントになっているんだぜ!」
「ホーゥ」
「これでいいだろ?もう放せよ!」
バシンッ!!
「いやぁんっ!!」
「生意気なガキには、しっかりと言葉遣いってもんを叩き込まないとな!それが大人の責務って奴だ!『放せ』じゃなくて『放してください』だっ!」
「う、うるせぇっ!!」
「言えるまで、躾けてやるっ!!」
「いやぁ―――――――――っ!!」
こうして、数十分間、コズマの指導は続いたと言う。
指導を享受し終えたアンカラは、チェーンリフトのフックの部分にフードを引っ掛けられて気絶していたと言う。
第三幕 The End of Light and Darkness
混迷のニケルダーク島③ ―破天荒オヤジのコズマvs歓喜のアンカラ― 終わり
意外な伏兵現る……!?