―――オーレコロシアム。
水晶のように固まったフィールドのど真ん中で、一匹のカビゴンが気を失って倒れていた。
その状況を作り出したのは、白い光を腕に纏ったガバイト。
『ドラゴンクロー』で異常にスリムになったカビゴンのスピードに追いついて、一発でノックアウトしたのだ。
「(あれ?よく見たらこの白い光は……!)」
冷静にガバイトを分析しているのは、ネコがつけるような鈴のチョーカーを首に巻いているベル。
ふと、不敵な笑みを浮かべている。
「ふふっ……ふふふふふっ♪」
「…………? どこかおかしいの?」
笑い続けるベルを見て、ヘッドセットを巻いた眠たげな目の少年、ケイは疑問を相手にぶつける。
彼女はその言葉を聞いてカビゴンを戻し、プクリンを繰り出した。
「おかしくなんかなってないわっ♪今、サイコーにあたしは楽しいのよ!“わるいポケモン”に対を成す“やさしいポケモン”。あんたがそれの使い手として覚醒するなんてね!」
「やさしいポケモン……?」
頭にクエスチョンマークを浮かべるケイに対して、プクリンが口から強力な音波を放ってくる。
それをガバイトが前に出て防ごうとする。
しかし、あまりの威力に防ぐことはできずに、吹っ飛ばされてしまう。
「さーて、あんたはあたしをどう楽しませてくれるのかしら?あんたの力を見せてちょうだいっ!」
チリンチリンと鈴の音を掻き鳴らして、ベルは動き始める。
同様にプクリンも柔らかなボディでケイとガバイトを撹乱する。
「(……影分身っ?)」
幾多のプクリンが接近攻撃を仕掛けようと迫って来る。
だが、どれもすり抜けるばかり。
ケイはすべてのポケモンが影分身によるものだとわかっていたのだ。
そして、すぐにどのポケモンが本体かを見極めようとしていた。
「そこかな?『ドラゴンクロー』」
迫り来る3つの中から、右のプクリンに白いドラゴンクローを仕掛ける。
勢いよく飛び込んだドラゴンクローは、右のプクリンを突き抜けて行った。
「……ふぁ!?」
「残念っ♪」
ケイから見て3つの選択肢の中の左のプクリンが本物だった。
背中を見せたガバイトは、背中から集束された音波を受けて吹っ飛ばされた。
「…………」
「いくらやさしいポケモンの攻撃でも、当たらなければ意味がないのよ」
傷ついたガバイトを無言でケイは戻して、代わりにウツボットを繰り出す。
「ふわぁ……」
そこで軽くあくびをしてから、柔らかい表情でベルをぼんやりと見る。
「そうだね。ウツボット」
2枚の葉っぱが勢いよく口から飛び出して、プクリンの腹にめり込んだ。
そのスピードは、ほとんど肉眼で捉えることができなかった。
ベルもプクリンが攻撃を処理したのに気付いてから攻撃されたことに気がついた。
「ビックリするじゃない!でも、無駄だって言っているでしょ。あたしのプクリンの防御力は並じゃないって」
「……ふわわ……」
ウツボットが吹っ飛ばされた。
体の弾力を使ったプクリンは、葉っぱカッターを弾き飛ばして、威力を保持したままウツボットにぶつけたのである。
「『眠り粉』……!」
「『ダークベール』よ!」
耐え切ったウツボットが催眠の粉を振り掛けるが、プクリンはすぐに黒い膜を張って眠り粉を遮断してしまう。
「(どうやら、すべてのポケモンがやさしい技……すなわち『癒しの技』を使えるわけじゃないようね~)」
「グレイシア、お願い!」
ウツボットを戻した所で飛び出すのは、ケイの相棒。
「『冷凍ビーム』だよ!」
ドガガガガッ!!
オーレ地方を包み込まんとしている物体と同じ色の光線をプクリンの黒い膜にぶつけていく。
「ふふっ♪……無駄よ。この膜はわるいポケモンが使える最強の防御技。癒しの技でもないかぎり、この攻撃は……」
ガチガチガチッ
「……! プクリン!退避!」
慌ててプクリンに攻撃を回避させるように指示を出す。
黒い膜で防いでいた冷凍ビームが、徐々に膜を突き抜けていき、プクリンの腕を凍らせていったのだ。
そして、次の瞬間にはケイも指示を出していた。
「『電光石火』、『氷のキバ』!」
「『スピードスター』!」
ドゴゴゴゴゴッ!!!
片手しか攻撃を繰り出すことの出来なかったプクリンは、満足にグレイシアにダメージを与えることは叶わなかった。
一方のグレイシアは、白い光を纏った『電光石火』→『氷のキバ』のチェーン攻撃で確実にプクリンを倒した。
「わるい超弾力性のプクリンを癒しの力で打ち消したようね~」
「さぁ、次はどうくるの?」
相手の出方をケイは冷静に伺う。
「どう来るでしょう ね!?」
最後の語尾と共に飛び出してきたのは、拳に炎を纏った優しそうなポケモンだった。
『炎のパンチ』でグレイシアを吹っ飛ばしたのだ。
「『吹雪』だよ!」
対抗して猛吹雪をそのポケモンに浴びせる。
白い光をもつやさしい技で攻撃をして、倒せないはずがないとケイは考えていた。
「(……効いてないみたい……)」
「ふっふっふ……甘いわね。あたしがわるいポケモンばかり持っていると思った?」
グレイシアの吹雪を耐え切ったポケモンの名はラッキー。
パンチンググローブのようなものを両拳につけて、再びグレイシアに炎のパンチを放った。
炎のパンチというが、一般的に直接ぶつける攻撃ではなく、拳から炎を繰り出す遠距離タイプの攻撃技だ。
「ふわ!?」
慌てて間一髪でかわすが、後ろからの気配に気付いてケイは振り向きざまに攻撃をぶち込まれた。
同時にグレイシアもだ。
「『ネコの手』!」
不意打ちの尻尾攻撃を当ててきたエネコロロが繰り出した次の技は、暗黒の念動力の『ダークサイコキネシス』だった。
それを素早く見分けたケイは、威力を調整したグレイシアの吹雪で攻撃を防いだ。
「もう一度よ♪」
「させないよ」
葉っぱカッターの早撃ちだ。
だが、それでもエネコロロのネコの手のほうが一足早かった。
ドガッ!!
とはいえ、早く攻撃を繰り出したとしても、それがよい結果に繋がるというわけではない。
『のしかかり』をするために飛び上がったエネコロロは、ウツボットの葉っぱカッターの餌食になった。
そのエネコロロの隙を見逃すケイではない。
ウツボットのつるのムチを伸ばして、『巻きつく』攻撃を決めたのである。
さらにそれだけではない。
グレイシアの方もラッキーが仕掛けてきた炎のパンチを『影分身』→『バトンタッチ』でかわし、ガバイトの『ドラゴンダイブ』で押しつぶしたのだ。
「決めて!」
その一言でラッキーとエネコロロをノックアウトにした。
だが、同時にベルは不敵な笑みを浮かべつつ、新たなポケモンでウツボットに迫っていた。
「……ふぁ!?ウツボット!?」
気がついたら、ウツボットは一撃でダウンしてしまっていた。
そして、その脅威のポケモンはガバイトにも牙を向けていた。
正確には、魔の手が迫るというべきか。
「『ドラゴンクロー』だよっ」
白い光を纏った癒しの力が込められたドラゴンクロー。
ドゴォ――――――ンッ!!!!
「ふぁ!?」
しかし、まったく歯が立たなかった。
巨大な黒い魔人のような右手が、ガバイトを圧倒的力で押しつぶしてしまったのだ。
「ふふっ♪完璧ね。遂に完全にモノにできたようね、『ティーターン・クロー』」
「ふわわ……なんて禍々しい力なんだろう……」
圧倒的な力を持つベルのリングマを見て、ケイは息を呑んだ。
ガバイトのやさしい力を持ってしても、リングマのわるい力の前には無力だったのである。
「でも……僕は打ち破るよ。あなたの力を……打ち破って見せるよ」
最後のポケモンは相棒のグレイシアだ。
「ふふっ♪」
氷の礫で先制攻撃を仕掛けて、リングマを牽制する。
だが、それに怯まず、左手で地面を抉って岩の礫を投げつけてきた。
当たる前に霰を体に纏って岩のダメージを軽減すると、右手で繰り出してきた魔人の腕を回避した。
「確かにあんたの言うとおりよ」
「ふぁ?」
「あたしはずっと退屈で退屈で仕方がなかった。彼氏と別れてから、つまらない怠惰の日々を送っていたわ。そして……」
リングマは左手で闘気の塊を打ち出した。
『気合玉』である。
「その怠惰な日々に別れを告げるために、人間になってポケモントレーナーになった。でも……」
グレイシアは電光石火で動いて回避するが、そのスピードにリングマが付いてくる。
左手の『切り裂く』攻撃で弾き飛ばされる。
「暴れ足りない。壊し足りない。満たされないのよ。生きることがこんなにつまらないなんて思わなかった。けどね……」
追撃で『ティーターン・クロー』の右手が振りかざされるが、歯を食いしばってグレイシアは回避する。
振り向きざまに癒し属性の『冷凍ビーム』を放ち、左手に命中させる。
正確には、『リングマが左手で防いでいる』が正しいが。
「クロノに出会ってちょっとは楽しいと思えたわ。あんたという面白い人間にも会えたしね!」
その左手は徐々に先ほどと同じように気合玉を作り出して飛ばし、冷凍ビームを押しのけていく。
危険に察知したグレイシアは飛び上がったが、タイミングが遅かった。
直撃を受けて、地面を転がっていく。
「グレイシア!?」
すぐに立ち上がるが、ダメージを受けていることは目に見えて明らかだった。
「ハルキとカレンがあんな目に遭っていると言うのに、あんたはそんな表情<かお>でいられるんだから。普通の人間なら、怒るか悲しむでしょ?最初は怒っていたみたいだけどさ」
「…………」
「何があんたをそうさせたのかしら?」
「確かにあなたのしたことは簡単に許せることではないと思うよ。でも、僕はあえて許そうと思ったんだ。憎しみは憎しみを生んで負の連鎖は続くんだ。そのことが言えるのなら、やさしさはやさしさの正の連鎖を生むと思うんだ。だから、僕は例え苦しくてもやさしさを貫こうと思ったんだ」
「やさしい男ね。ふふっ♪でも、あたしはわるいネコ女なの。悪いことが大好きで退屈なことが大嫌い」
リングマが飛び上がって、『メガトンキック』を放った。
横に跳んでグレイシアは回避する。
「だから、あたしを退屈させないで!」
すぐにリングマが突っ込んでくる。
ふと、ケイは深呼吸をすると前を見据えた。
「『吹雪』だよ」
優しくも厳しい相反した力の雪風が、リングマを吹き飛ばそうとする。
「そんなもの『ティーターン・クロー』よっ♪」
右手を振りかざした勢いのみで、吹雪を払ってしまう。
「『冷凍ビーム』、『氷の礫』だよ」
「温いわ~♪」
そして、チェーン攻撃でさえも、右手の魔人の腕を止めることはできない。
「これが限界?だとしたら、がっかりだわ」
ドゴォッ!!
ところが、右手の攻撃は当たらなかった。
地面に底知れぬ穴を開けるだけにとどまり、グレイシアは完全に攻撃をかわした。
ドガッ
頭に氷の礫をヒットさせた。
ダメージは多少しかないのだが。
「粘るわねぇ」
「行くよ、グレイシア」
『影分身』→『氷の礫』のチェーン攻撃で回避と攻撃を流れるように打ち出したのである。
そして、2匹は攻めてはかわし、攻めてはかわし……
攻防は、数十分も続いた。
「ふぅ……」
一息ケイが息をついて目の色を変えた。
同じくしてグレイシアの体の輝きが増していく。
「(次で決める気ね?) 来なさいよ!」
リングマが最大の力をこめた『ティーターン・クロー』を解き放つ。
上から下へ叩き付ける様に振り下ろした。
大きさはまさにどこぞの漫画の巨人族と呼ばれるものより、数倍大きい腕。
まともに受けたら、恐らくケガだけではすまない。
「グレイシア!」
ケイは真っ向から受けて立つ気だ。
繰り出した技は、吹雪。
しかし、威力は最初にかき消された時よりも、格段上がっていた。
「(力を蓄えていたって事ね♪でも……) こっちも威力は上がっているのよ!!」
「(やっぱり、全力の吹雪だけじゃ押し切れないみたいだ……)」
状況は互角。
魔人の右手を凍らせている分、グレイシアのほうが若干優勢なのだろうが、吹雪が止めばたちまち立場は逆転するだろう。
なにせ、リングマは右手を振り下ろせばいいだけなのだから。
数十秒後、その吹雪は急速に力を失っていった。
「終わりよ~♪」
右手が勢いよく振り下ろされた。
ドゴォッ――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!
「……!!??」
しかし、吹っ飛んだのはリングマの方だった。
吹雪が止まる直前、突如極大な光線がリングマの凍り付けになった魔人の右手ごと打ち抜いたのである。
それを受けて、リングマは吹っ飛ばされてダウンしたのだった。
「え……今のは『破壊光線』……(そうか……)」
ベルは気がついた。
ケイのグレイシアの攻撃は、ただの『吹雪』ではなく、『吹雪』→『破壊光線』のチェーン攻撃だったのだと。
「ふふっ♪ふふふふふっ……♪負けちゃったー」
バタリとベルは大の字になって寝転がった。
フィールドの上から見たら、彼女が小さく見えることだろう。
「……でも、今は全然退屈じゃないのよ。なんでかしらね~……?」
「教えて。クロノって人はどこにいるの?カレンお姉ちゃんの友達のセレビィはどうしてるの!?」
ケイはグレイシアと共にベルに歩み寄っていく。
「いいわよ。教えてあげるわ。クロノはニケルダーク島でオーレ地方が完全に鎖されるのを待っているのよ」
「ふわわ……ニケルダーク島……」
ケイの過去の記憶から思い出されるのは、2年前のダークルギアの事件のこと。
そこで、シャドーの総帥であるデスゴルドと戦って打ち勝ったのである。
「そこに行けば、クロノに会えるんだね?」
「そうよ~。でも、彼の強さはあたしを凌ぐわよ?」
「それでも僕は、行くよ。何よりも、カレンお姉ちゃんを助けたいんだ」
「……そう……」
そのときだった。
「ふぁ?」
ベルの体が少しずつ光に包まれてゆく。
「一体何が起こっているの?」
「別にたいしたことじゃないわよ。ただ、おまじないが消えるだけのことよ♪」
「おまじない?」
「そう。魔法と似たようなものよ。それにあたしはもともと人間じゃないのよ♪」
「……ふぁ?」
「ふふっ♪まぬけな顔をして、面白い男ね」
ベルはそう微笑んで彼女の言う人間ではない元の姿に戻っていった。
「最後に……セレビィを持っているのは、女の子のうちの誰かよ~。誰が持っているかは、当ててみてからのお楽しみに~♪」
「…………。……ニューラ……?」
最後にベルが微笑んだ表情でそのポケモンは、コロシアムを走り去っていった。
ケイは特別にそのニューラを捕まえようとはしなかった。
グレイシアと共に、そのニューラの行く先を確認してから、固まっているハルキとカレンを見守っていたのだった。
75
―――ニケルダーク島。
「ログが死に、マルク、ベルが倒されたか……」
「そうみたいですね」
Gカップくらいの胸でマントを付けた茶色のポニーテールの女性はクロノの隣で頷いた。
「…………」
逆に黙り込んでいるのは、赤毛のロングヘアで胸がまな板の女性だった。
「もしかして、マルクがやられて心配しているのか?」
「べ、別に心配なんかしてないわよ……! アンカラ、いい加減なことを言うと許さないんだから!」
モンスターボールを投げつけると、ドダイトスが飛び出してくる。
「あははっ!ティラナ、やっぱり、怒ってやんの!」
小ばかにするように男勝りのアンカラは、ゴウカザルを繰り出した。
そして、2匹が激突すると、周りに衝撃波が響き渡る。
「2人とも……!」
出遅れた残りのソフィアが止めようとモンスターボールを取るが、1つの腕がそれを制した。
ハッと、ソフィアは気付いて半歩下がった。
「2人とも、やめろ」
「むぅ……」
「……ちっ……」
「部屋がボロボロになってしまうだろ」
すでに、その部屋は台風が通った後のように物が散らばってしまっていた。
「もうすぐ、オーレ地方が闇に包まれ、作戦が完成する。まだ2つ壊されていないところがあるから問題ないだろう」
そういった矢先のことだった。
「ん?また一つ壊された……?バカな……」
クロノは意外そうな表情をしていた。
「どうしたんですか?」
ソフィアは心配そうにクロノの顔色を伺う。
「ナポロンが負けたとは考えにくい……だとすると、隙を突かれて壊されたか、持ち場を離れてそこをやられたのかのどちらかか……」
「まぁいい」とクロノは気軽に言って、立ち上がった。
「もうすぐ闇の世界が始まる。過去も現在も未来もない……ただ真っ黒の世界がな。そのときこそ、すべてのはじまりだ……!」
冷静冷酷な表情で、クロノは3人にそういった。
アンカラ、ティラナ、ソフィアは賛同して頷いた。
「(ただ、問題はナポロンがどうしたかと、ベル、マルクを倒したトレーナーの存在だが……)」
チラッとクロノは横を見ると、一匹のヤミカラスが頷いていた。
「(取るに足らない問題だったな)」
笑みも浮かべず、クロノは3人に言った。
「作戦の準備を始める。オーレ地方がすべて固まったそのとき、闇は最大に深まり、俺の力は闇の最大の境地に達する!その時こそ、今の世界の破滅だ!」
第三幕 The End of Light and Darkness
コールドペンタゴン⑩ ―悪い雌猫― 終わり
満身創痍。戦力となる残っているトレーナーは……?